嵐の前に

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月16日〜12月19日

リプレイ公開日:2009年01月08日

●オープニング

「お、お許しを」
「だめだ」
 平伏した町人風の男を、浪人者らしき侍が睨みつけた。
「そのガキ、差し出せ。叩っ斬ってくれる」
「お、お許しを」
 もう一度叫ぶように云うと、男は隣の五、六歳ほどの男の子の頭をぐいと地におしつけた。
「可哀想に」
「何とかならんもんやろか」
 周囲の野次馬達から溜息にも似た声がもれた。
 どうやら男は男の子の父親で、その男の子が侍にぶつかりでもしたらしい。それで侍が無礼討ちにしようとしているようであった。
「ならぬ!」
 叫ぶと、侍は白刃を抜き払った。酒に酔ってはいるようだが、手並みは鮮やかである。
 と――
「待てよ〜」
 いやにのんびりとした声がかかった。気勢をそがれたかのような顔で侍が振り返る。
 侍が立っていた。やや猫背気味で、懐手して立っている。
「女か」
 侍の眼に嘲りの光がよぎった。
 その通り、懐手の侍は女であった。よく見ると引き締まった相貌は可憐であり、着物の胸のあたりももやや膨らんでいる。
「邪魔立てするか。ならば女とて容赦はせぬぞ」
「やってみな〜」
「ぬっ」
 女侍のとぼけた口調に触発されたか、侍が女侍に斬りかかった。
「あっ」
 野次馬達が一斉に眼を手で覆った。その脳裏に血煙にくるまれた女侍の姿を描きつつ。
 が――
 眼から手をどけた野次馬達は、その場に信じられぬ光景を見た。斬りかかった侍が地に這い、斬られたはずの女侍はのそりと佇んだままであったのだ。むろん懐手のままだ。
 何がどうなったのか良くわからない。ただ女侍がとてつもなく強い事だけはわかった。
「面倒くせーな〜」
 云うと、女侍は侍を石ころのように蹴りつけた。


「で、その浪人者を蹴り上げたってのか」
 酒を口に含むと、ふてぶてしさと虚無のないまぜになった不可思議な気をまといつかせた男は片眉をあげた。
 男の名は平手造酒。新撰組十一番隊組長である。
「まあな〜」
 答え、頭を掻いたのは新撰組十一番隊隊士であった。こちらは名を所所楽柊(eb2919)という。
「おめえらしくもねえ」
 平手は面白そうに笑った。
 十一番隊には一癖も二癖もある連中が多い。怒りにまかせて暴力をふるいはしないはずだ。
「何だかよ〜、苛々しちまってな〜」
「苛々か」
 平手は杯をもつ手をとめた。
 柊の云う事ももっともだ。近頃江戸も京も混迷の度を極めつある。新撰組隊士ならば、何時屍を晒す事になるか知れたものではないのだ。刃で薄く削りとられるように精神が蝕まれていったとしてもむべなるかな。
「何か気晴らしが必要かもしれねえな」
「気晴らし‥‥」
 何を思いついたか、柊が顔をあげた。
「呑み比べってのはどうだ〜」
「呑み比べ?」
 繰り返した平手の眼が輝いた。
「いいねえ、そいつは」
「だろ〜」
 柊がニンマリした。平手がのってくると思ったのだ。
 彼女は平手の率いる十一番隊隊士なのである。平手の酒好きは先刻承知であった。
「でよ〜、できるなら新選組隊士の親睦ってのをやりたいんだ」
「親睦ねえ」
 平手がふうむと唸った。
 新撰組の各隊は独立部隊としての色合いが濃い。それは各組長の判断に委ねられる部分が多いのと、また各組長の個性が強い為である。故に、よほどの事がない限り各隊の隊士が合流して一つにまとまるなどという事はない。
 しかし新撰組は一蓮托生である。いつ死ぬかわからぬこの動乱期、隊士同士の交流は深めておくべきではないか。
 などという理屈が脳裏をかすめたのは一瞬である。それよれ何より、平手は酒が呑みたかった。
「いいだろう。やるか」

●今回の参加者

 ea0020 月詠 葵(21歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1067 哉生 孤丈(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1624 朱鳳 陽平(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb2408 眞薙 京一朗(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2585 静守 宗風(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2919 所所楽 柊(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb3393 将門 司(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

セシェラム・マーガッヅ(eb2782)/ リンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210

●リプレイ本文

●その朝
 その朝、新撰組壬生屯所をふらりと一人の隊士が訪れた。
 年の頃なら十五ほど。彫りの深い端正な顔立ちの、美しい少年である。
 新撰組三番隊隊士。月詠葵(ea0020)であった。
「あれ」
 葵はふと気づいた。屯所の庭の柿の木の枝に影が見える。
「お猿?」
「いいえ」
「えっ」
 葵が振り向くと、一人の巫女姿の女性が立っていた。
 衣服の上からもわかるほどの見事な肢体の持ち主。これは新撰組九番隊隊士である明王院未楡(eb2404)である。
「猿のように見えますが、どうやら人のようですよ」
「確かに人だな」
 苦笑まじりの声。眼を転じた二人の新撰組隊士は、廊下にうっそりと立つ一人の侍の姿を見出した。
 精悍な相貌に、どこか虚無の翳を滲ませた男。新撰組十一番隊組長・平手造酒であった。
 そうと気づき、葵はぺこりと頭を下げた。
「平手組長、始めまして」
「堅苦しい挨拶はいい」
 答えると、平手はニンガリと笑った。
「今人だと云ったが、どっちかっつうと、猿に近えかもしれねえ」
「やはり猿なのですか」
「ああ、朱鳳陽平(eb1624)っつう名前のな」
「誰が猿だ、誰が!」
 柿ノ木からびゅっと何かが飛んだ。ふっと平手の手が空間を撫でるように動く。掌がパシッと音をたてた。
「ふふん」
 平手が柿の実を放り上げた。樹上の主から放擲されたものだ。
「まったくよー」
 枝から人影が飛び降りてきた。五尺を越す大柄だが、思いの外身軽である。平手の云う猿――陽平は口を尖らせた。
「好き放題云いやがって」
「てめえ、何やってんだ」
「柿をとってんだよ。今晩、呑み比べがあんだろ。二日酔いしねえようにさ」
「二日酔いしねえようにねえ」
 平手は肩を竦めてみせた。
「ご苦労なこったな」
「へへヘ」
 陽平はニンマリと笑った。
「まあ宴会といやあ、俺様の出番だ。任せてくれ」
 云い捨てると、陽平は再びするすると樹をのぼっていった。それを見送り平手は溜息を零した。
「まったく、ほんとの猿だな、ありゃあ」

 それより少し前。まだ朝霞漂う鴨川に一人の侍の姿があった。
 眞薙京一朗(eb2408)。どこか理知的な感じすらするこの男もまた、剣客集団新撰組の隊士であった。
 が、この時、京一朗は剣人ではない。刀を釣竿にもちかえ、彼は鴨川に釣り糸を垂れているのであった。傍には鴨の琥珀がくっついている。
「年の瀬か」
 京一朗の口から呟きがもれた。
 その通り、神聖暦一千三年は終わろうとしている。やがて来る一千四年はどのような年となるのであろうか。その答えは知らず――
 ただ京一朗は予感した。吹き荒ぶ嵐が来る事を。
 明くる年、俺はまたこのように釣りなどしていられるのだろうか。
 そう思った時、釣り糸がぴくとひかれた。

 そして――
 依頼主でもある所所楽柊(eb2919)は、朝日の差し染める部屋の中で髪を結っていた。
 静謐な朝の冷気の中で、それはある種の儀式のように見えて。
 最後に柊は、鮮やかな色彩の花の飾りのついた簪を髪にさした。


「ぬん」
 鋭い呼気とともに、すっと光芒がはしった。
 何が起こったのか、よくわからない。が、狼の眼をした一人の侍が斧を再び振り上げた時、太い薪が音もなく二つに割れている。
「相変わらずたいしたもんやな」
 声がした。
 ちらと振り向いた侍は、背後に立つ懐手の男を見とめている。ニンマリと笑ったその男の名は将門司(eb3393)。新撰組十一番隊隊士だ。そして侍の名は静守宗風(eb2585)といった。
「将門か」
「ああ」
 司は肯くと、
「薪割りかいな」
「俺はお前と違って料理などできん。手伝えるとしたら、これくらいだからな」
 宗風は別の薪を置き、再び斧を振り下ろした。
 が、此度は先ほどとは違った。どういう加減か割れた薪の欠片がはじけ、くるくると回転しつつ別の背をむけた男の後頭部にむかって飛んだのである。
 いくら木片とはいえ、このままではただではすむまい。もし第三者が目撃していたならそう思ったであろう。が――
 男はわずかに身動ぎしただけで、背をむけたまま、飛来した木片をがっしと片手で開けとめたのであった。
「危ないねぃ」
 男――哉生孤丈(eb1067)はおどけて笑ってみせた。炯と眼を光らせて。
「宗風殿、わざとこんな事をするのは良くないねぃ」
「ふふん、余裕で受け止めておって、何を云う」
「そうでもないねぃ」
 木片を宗風に放り、新撰組出張所の裏庭で、再び孤丈は背をむけた。宴会、宴会〜と鼻歌を歌いながら。
「今夜は宴会部隊の異名を持つ十番隊の真の実力を見せる時だねぃ。原田組長、空の上から俺っちを見守って下さいなんだねぃ」
「宗風はん」
 と呆気にとられていた司が口を開いたのはしばらく経ってからの事だ。
「空の上から見守ってくれって‥‥十番隊の原田組長、亡くなったんやったっけ」
「そんなの聞いてねえぞ〜」
 くくっと笑う声はどこかいつもとは違って。柊である。傍にはセシェラム・マーガッヅの姿も見えた。
「すまねえな、宗風サン。薪割りなんぞ頼んじまって」
「かまわん。それよりも礼を云わねばならぬのは俺の方だ」
 この男には珍しく、微笑を浮かべながら宗風が柊を見た。
「宴会で仲間と酒を飲むなど、一昔前までは考えもしなかったからな。俺が飲む酒は、血の味しかした事が無かった。そんな俺が死線を越えた仲間と、このような時間が持てるとはな。俺は幸せなのかもしれん。その資格があるかは別にしてな」
「資格ならあるさ」
 釣竿と魚籠を手に、声を発したのは京一朗であった。
「静守、貴様は俺達の仲間だ。資格はないとは誰にも云わさん」
「そうですわ」
 未楡がすっと姿を見せた。それを見とめ、柊が破顔した。
「未楡サン、助かったぜ〜。出張所が使えたのはキミのおかげだ〜」
「そんな事は気にしないで。新撰組隊士の親睦のためですもの。それよりも将門さん、料理の仕込みを手伝っていただけませんか。リンデンバウム・カイル・ウィーネが大量に仕入れてくれた食材が届く頃ですから」
「まかせとき」
 大きく肯くと、京一朗の手から魚籠を受け取り、司は勝手にむかって歩き出した。


「塩加減、どうでしょうか」
 未楡が小皿を差し出した。受け取った司が口をつけ、
「うーん、ちょっと足らへんかな」
「こほん」
 咳払い一つ、厨房に響いた。気づいた司がちらりと視線をくれると、包丁片手の京一朗の姿があった。
「何や、眞薙はん。おったんかいな」
「いたさ。ずっとな。‥‥ところで、随分と仲がいいな」
「ああ。料理の事で話がはずんでな。で、眞薙はんは何をしてるんや」
「これさ」
 京一朗は包丁でまな板の上の魚の切り身を指し示した。
「すり身にして、籤を仕込む」
「籤?」
「ああ。平手組長との手合わせをかけた籤だ」
「そいつはエエ」
 司がニヤリとした。
「きっと宗風はんが喜ぶで。一度平手組長と手合わせしたいって云うとったからな」
「そういえば」
 くすりと笑ったのは、京一朗の隣で、こちらも魚をさばいていたセシェラムだ。
「その組長殿の事だが。奥に大量の酒が用意してあった。おそらくは平手殿が用意されたものだろう」
「ふふん」
 京一朗が可笑しそうに声をもらした。
「そういう人だ、平手造酒という男は」


「さあ、用意はできたようだな」
 平手が見回した。
 新撰組出張所奥座敷。並べられた膳の前には葵、孤丈、陽平、未楡、京一朗、宗風(の隣にはしっかりと柊)、司が座している。他には一般隊士の姿も見えた。
「じゃあ、まずは組長の挨拶やな」
 司が促した。しかし平手は苦く笑うと手をひらひらと振ってみせた。
「勘弁してくれ。挨拶ってんなら、発起人の柊が適当だろうぜ」
「そうだな」
 宗風がいやに真面目ぶった顔つきで肯いた。
「これが終われば明日からはまた死線。‥‥生を掴み取る戦いが始まる。だからこその宴。ここは、やはり発起人にけじめはつけてもらわないとな」
「仕方ねえな〜」
 頭を掻くと、柊は場の全員を見回した。
「では僭越ながら――ぐっ」
「かたい話はここまでにして」
 横から飛び出して来た陽平が柊を突き飛ばした。
「宴会を始めようぜ」
「てめえ!」
 柊が陽平の胸倉を掴んだ。
「せっかく挨拶しようとしてたのに、どういうつもりだ〜?」
「辛気臭くなるから、かてえ挨拶してんじゃねえってんだよ」
「馬鹿か、てめらは」
 ぼかっ。
 ぼかっ。
 拳を二つくれてやり、そして平手は呆れたように首を振った。
「こんな時まで喧嘩してんじゃねえよ。それよか呑もうぜ」
「その前にまず食えっ!すきっ腹に呑むとすぐ潰れるで」
 一言命じてから、そそくさと司は厨房に戻っていった。 


「美味しいですねー、これ。ぴりっとしてるのがいいです」
 牡蠣を口に放り込み、葵が眼を輝かせた。せやろ、と司が答える。
「未楡はんが用意してくれた香辛料が隠し味なんやで。それはそうと」
 司がまじまじと葵を見つめた。
「ほんまに葵はん、男なんか。どう見ても女にしか見えへんで」
「そうですか」
 葵の頬がほんのりと桜色に染まった。
 元々葵は混血ならではの美しい顔立ちで女と間違われる事はよくあった。が、今宵の獣耳ヘアバンドに巫女装束という井出達は女そのものにしか見えず。
「着付けは未楡さんに手伝ってもらったのです」
「はい」
 京一朗にお酌しようとしていた手をとめ、未楡が微笑んだ。
「葵さんはとても綺麗なのでやりがいがありますわ」
「でも衣装だけじゃないんですよ」
 すっと葵が胸元をはだけさせた。するとそこには豊かな膨らみが‥‥。
「おおーっ!」
 全員が立ち上がって歓声をあげた。陽平は扇子をひろげて踊っている。
「月詠、優勝まであと少しです。今度は裾をまくってみせれば――むぎゅっ」
 投げつけられた銚子を顔面にめりこませ、陽平がぶっ倒れた。ふんと鼻を鳴らしたのは、投擲の姿勢のままの柊だ。
 その様子を苦笑しつつ眺め、
「やはり馬鹿だな、あいつは。なあ、眞薙」
 平手が眼をむけてみれば、京一朗は未楡に酌してもらった酒をほしたところであった。
「おお、いい呑みっぷりじゃねえか。あれ」
 その時、平手は気づいた。京一朗の目つきが変だ。
「お、おい」
「‥‥」
 無言のまま、京一朗が二杯目をほした。
「‥‥ふむ」
「な、何がふむだ?」
「‥‥」
 またも黙したまま京一朗は立ち上がり、壁と向かい合って座した。そして何やら会話しはじめた。
「お、おい」
 顔色をなくした平手が京一朗の肩を優しく叩いた。
「だ、誰と話してんだ、おめえ」

「賑やかになってきたようやな」
 響く歓声を耳に、厨房で司は徳利に口をつけた。目の前では魚が香ばしい煙をあげている。
「さあて、どんどん料理をつくるでぇ」


「おおーっ、でました哉生の十八番芸が」
 銚子片手の陽平が扇子を振った。それに煽られるように孤丈が踊っている。手には葱、猫を模した防寒義、しかし下半身は赤褌一つという格好だ。
 いや――
 暑くなったのか、孤丈はまるごと猫かぶりを脱ぎ捨てた。今や赤褌一丁という格好になって孤丈は踊っている。
「いいぞー」
 誰かがはやし立てた。応えるように孤丈は腰を振り――ぽろり。陽平が叫んだ。
「おお、尻尾が出たぞ。むぎゅっ」
 陽平の顔面に再び銚子がめり込んだ。投げつけた柊は真っ赤な顔で手をわなわなと震わせている。そんな柊に気づき、
「そんなに怒らないでほしいねぃ。おや」
 宗風を見つけ、孤丈がしなだれかかった。
「ごろにゃーん」
 きらり。
 白光一閃。
 ばしっと眼前で。孤丈の両掌が宗風のはしらせた刃をはさみとめていた。
「じ、冗談はやめてほしいねぃ」
「ふふふ。冗談だと思うか」
 宗風は餓狼の如く笑った。

「というわけだ。まあいっぱい呑め」
 壁にむかって京一朗は銚子をあげてみせた。


 司が座敷に戻ってみると、平手を中心に呑み比べがはじまっていた。
 では、と。司は舞を終えて席にもどった柊の前に座した。柊の隣の宗風の前には葵が座している。
「さあ静守はん、いっぱいいこか」
「すまん」
 司の酌を宗風はうけた。
「何だ、この酒は?」
「こいつは素直になれる酒や」
「そう、素直にね」
 葵もまた柊の盃に魅酒を注いだ。そして――
 宗風と柊が盃を何度かあけた頃をみはからい、葵がおもむろに口を開いた。
「ねえ柊お姉ちゃん、恋した事ありますか」
「こ、恋?」
 柊がぎくりとした。
「はい、恋。いいものですよ、恋するっていうのは」
「そうや」
 司もまた大きく肯いた。
「守りたい相手がいる事、それがどれだけ力になるか。以前組長も云うとったけどな、明日も知れぬ俺らやから、この一瞬を燃やし尽くすような恋をせなアカンと思うんや」
「宗風サン!」
 たまらずといった様子で、柊が顔をあげた。
「き、聞いてほしい事があるんだ」
「うん?」
 やや驚いた顔で宗風が柊を見た。
「どうした?」
「お、俺」
 言葉が詰まった。云いたい事は山ほどある。が、想いが溢れるのに比して、云うべき事がみつからない。
 ようやく見つけた事は――
「俺‥‥宗風サンが好きだ」
「柊」
 宗風は戸惑ったように眼を瞬かせ、次の瞬間、ふっと微笑んだ。
「そうか。俺は――」

 歓声が宗風の答をかき消した。が、平手の常人を遥かに超える聴力は確かに宗風の答えを聞き取っている。平手の面にも微笑がよぎった。
「何笑ってんだ、組長」
 陽平が挑戦的な眼を平手にむけた。
「俺を侮っちゃあいけねえぜ? 組長に勝って、俺が組長の座を頂くぜー!」
「わかった、わかった」
 平手が陽平の髪を手でぐしゃりとした。
「おめえは平和でいいな。よし、おめえの挑戦、受けてやるぜ」

「何! 俺の酒が呑めぬだと!」
 京一朗は壁にむかって怒っていた。


 賑やかだった新撰組出張所にも静けさが降りて。すでに宴は果てている。
 いや――
 一人、まだ宴の真っ最中の者がいる。陽平だ。けらけら笑いつつ、酔い潰れた隊士の口に何やら得体の知れぬものを詰め込んでいる。闇鍋の中身であるので食えるものであるのかさえ怪しい。
「皆さん、楽しまれたようですね」
 そこかしこで抱き合うようにして眠っている隊士を見つめ、未楡が姉のようにころころと笑った。
「ああ。とりわけ陽平の野郎はな」
「きっと朱鳳さんはわかっていらっしゃるのですわ」
 未楡が表情をあらためた。
「次の年が新撰組にとって激動の年になる事が」
「ああ、そうだな」
 蒼い月光の反射に顔色を染めて、平手が答えた。


 早朝。
 ふと京一朗が目覚めると、平手が足元に立っていた。
「よお、眞薙」
 見下ろす平手が楽しそうに笑った。そしてぴんと指で何かをはじいた。
 受け止めた京一朗が掌を開いてみると、それは丸めた紙であった。
「籤の当たりはおめえだ。やるかい?」
「望むところ」
 太刀を引っ掴み、京一朗が立ち上がった。

 幾許か後の事だ。
 朝霧の中に二筋の白光が流れ、続いて呻く声が響いた。それきり――
 やがて朝霧は晴れ、新たなる一日が始まった。
 残るは十三日。今、神聖暦一千三年は暮れようとしていた。