【源徳大遠征】大狐
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月23日〜12月28日
リプレイ公開日:2009年01月12日
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●オープニング
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駿府城内。
三人の男が相対していた。
一人は壮年の侍だ。巌のような重々しい気を体内に溜めている。
源徳家康であった。
その傍らに座するのは無骨そうな風貌の侍である。田舎武士然としているが、しかしその眼にやどっているのは冷たい理知の光であった。
家康第一の謀臣、本多正信である。
そして第三の男。
これは若者であった。まだ二十歳にも満たぬだろう。
しかし――
薄く微笑を面にゆらめかせたその若者の何たる美しさか。神自らが彫り上げた芸術品としかいいようのない美貌を、若者はもっていた。
北条早雲である。
「すでに武田は小田原に陣をはったとの事」
「うむ」
正信の言に、家康は肯いた。
まずは武田が動いた。続いて来るは伊達か新田か。
家康の眼に炎が踊る。北条がごねた間に、敵は万全の体勢を整えたか。
が、いずれは戦う相手だ。反源徳勢が小田原に集うなら、それも好都合か。
「政宗は出て来ぬ様じゃな」
「はっ。あの男の事ゆえ、確かな事は申せませぬが、やはり八王子の‥」
家康は再び頷く。大久保長安の手腕が大とはいえ、長千代は非凡の英雄児と言える。事実、信康の廃嫡で戸惑う後継者問題に、早くも長千代を推す家臣もいるようだ。家康はまだ後継者問題が深刻なほどの歳ではないが――とまれ、まずは目前の戦である。
八王子軍が江戸を牽制しているが、それでも家康が過酷な戦いを強いられるは必定。身震いせざるを得ない。敵の顔ぶれを見るならばだ。
伊達。新田。武田。上杉。
江戸を奪った乱世の梟雄、独眼竜伊達政宗。家康が比類なき権力を持っていた頃より反抗し、ついに家康が倒せなかった男、新田義貞。常勝の軍神、越後の竜上杉謙信。
そして小田原城を守るのは甲信相の太守、甲斐の虎武田信玄。
一度は上州の地にて家康は彼らの前に敗北を喫した。
今回は違う、という思いはある。だが、勝てるか――その答えは未だ霧の彼方にあった。
ただ兵力において、源徳軍の不利は明らかだ。駿河、伊豆の兵を接収しても敵軍の有利は動かない。
戦は兵力差だけで決まるものではないが、
やはり将か。
伊達新田武田上杉の武将がまさか無能ではあるまい。無論、源徳軍の武将も歴戦の勇士揃い、些かも劣るものではないが――。
あらためて家康は早雲を見た。
まず、若い。嫡男だった信康よりも年下という。際立つ美麗は、家康に感銘を与えない。ただ家康は、これまでの早雲の行動で、彼の心が冒険者と同じと見ていた。それゆえ、身震いする恐ろしさがある。
(「冒険者が大名となり、天下の戦にて采配を振るわば、怖くないものがあろうか‥‥」)
早雲の事は、他の英雄達ほどジャパンでは知られていない。家康を含めた一部の武将の間にだけ端倪すべからざる存在として伝わっているだけだ。あの信玄をして、鵺のようなと云わしめた男。
「早雲」
家康は口を開いた。
「駿河は小田原の隣国。お主の意見も聞こう」
「里見」
気候の挨拶でもするかのような語調で早雲は答えた。
「里見か」
「そう、里見でござる。敵は武田のみにあらず、同時に伊達、上杉、新田を相手にするならば、お味方が足りませぬな」
小田原を取るため、城攻めをするのに敵より戦力が少ないのでは話にならぬと。意外に感じたのは、早雲の策が存外に凡庸だからか。
「里見を動かすしかない。とはいえ、伊達も里見を警戒して千葉の後藤信康を温存しております。里見義堯は損得に聡い男にて、おそらくは源徳と伊達が疲弊するまで待つ算段でしょう。簡単にはいかない」
さすがに関東指折りの風魔忍軍を抱えるだけあり、北条早雲は諸侯の事情に明るいようだ。
「なるほどのう。早雲は、里見を動かせると申すか?」
「ご命令とあらば」
微笑しつつ、早雲は答えた。今の彼は家康の配下である。駿河藩の嫡流を人質に差し出し、駿河の譜代家臣からは主家を売った男と陰口を叩かれているが、一向に気にする様子も無い。
早雲は、何かを思いついたかのように問うた。
「一つお尋ねしたい。家康様は江戸を取り戻し、その後、どうされるおつもりなのか」
「取り戻した後か‥‥」
家康は彼に似合わぬ苦笑を漏らした。
かつては天下をほぼ手中とした。
今は、いつ朝廷から謀反人とされても不思議はなく、絶望的とも呼べる戦に臨んでいる。
眼を細めて早雲を見すえ、家康はわずかに首を傾けた。
「さて」
家康の返答は、間がぬけていた。
「この家康、ともかくも江戸を取り戻す事に大汗をかいておる始末であれば」
「ははあ」
何を得心したか、早雲は微笑みつつ肯いた。
●
「どうであった」
忍びやかな声がした。早雲の寝所である。
「小太郎か」
床に座した早雲が問うと、部屋の片隅にぼうと人影が浮かび上がった。
精悍な風貌の若者。風魔一族頭領、風魔小太郎である。
「ああ。で、どうであった、家康という男は?」
「さすがに東海一の弓取りといわれた男。でかい。が、つまらぬ男だ。一言で云ってしまえば、古いジャパンの根が衣を着ているようなモノだな」
「ならば」
「ああ。いずれは倒さねばならぬ相手だ。ジャパンの新しい夜明けを呼ぶ為にはな。が、今はともかくも里見だ」
「里見? 下総の里見義堯か」
「ああ。あれを残しておくのは面倒だ。伊達の牽制にも、動いてもらわねばならぬ」
「動くか? 義堯は源徳と伊達の動静を窺っているようだが」
「利口だからな、あの男は。まるで狐のように」
早雲は可笑しそうに笑った。
「が、あの狐は飢えている。美味そうな餌には眼がない。突付けば巣穴から出て来るはずだ」
「突付くか‥‥ともかく月光をむかわせるか」
「そうだな。そして江戸で冒険者を雇わせろ。里見を動かせる知恵、冒険者ならばもっていよう」
「おい」
小太郎の声が探るかのように鋭くなった。
「てめえ、何かたくらんでやがるな」
「ふふふ、わかるか」
早雲は再び可笑しそうに笑った。
●リプレイ本文
●
「むぅ」
アルディナル・カーレス(eb2658)は煌く銀色の髪をなびかせて、小田原の空に立ち往生する。残念そうに吐息をついた。
空飛ぶ箒に跨り、急ぎ小田原に向かったカーレスだったが、既に両軍は衝突し、家康公の本陣に近づけない。
「自分は味方です。何卒、家康公か早雲公にお目通りを!」
カーレスは里見義堯を動かすために、家康と早雲から里見へ恩賞与えるの誓約書を得ようと目論んでいたが、門前払いをくらって彼の計画は早くも頓挫した。激戦の陣中にて大将に謁見するのは無理がある。
「そのような話は聞いておらぬ」
源徳侍は味方の冒険者にも確認したが、結局カーレスは江戸に戻った。
「仕方ないですよ」
微笑みつつ、リン・シュトラウス(eb7760)が差し出したのははちみつを湯に溶かした飲み物だ。
その甘さと暖かさはアルディナルの胸に染みた。
「やはり説得しかないか」
呻くが如く呟くと、アルディナルは北条の使者である風魔の月光という若者を見た。
怜悧な相貌にはあまり表情はない。冷たい刃のような印象の若者であった。
「他に主殿は何と?」
ぎろりと眼をむき、問うたのは大蔵南洋(ec0244)である。その言葉通り、彼は北条早雲股肱の臣であった。
「全て冒険者に任せると」
「早雲公らしい」
南洋は身震いした。
「ただ、今はまだ源徳に倒れられては困るという事のようだな」
南洋はリンに眼をむけた。
「リン殿はどう思う?」
「よくわかりません」
リンはあっけらかんとして答えた。
「策謀の多い方だから。実は源徳を倒す手かもしれないし。もしかすると、何も考えてないのかも」
「いや、それはあるまい」
南洋は顔を顰めて手をあげた。
「ともあれ、里見を動かすのは悪しき手ではないな」
「はい」
無垢な瞳でリンは肯いた。
「早雲様を――早雲様が目指す夢を信じたんですもの。私達もその夢にむかって突き進むだけです」
「よかろう。では、ゆくか、安房へ」
「はい」
シェクティ、とリンが呼べば。ばさりと空を羽が打つ音がして、一匹の幻獣が舞い降りてきた。
鷲と獅子の体躯をあわせもつ美しき異形。グリフォンだ。
シェクティは、すでに南洋の傍で伏せている同種のグリフォン――羽衣の隣に降り立つと、同じく身を伏せた。
「月光さん」
リンが月光を呼んだ。
「月光さんは、私と一緒にシェクティに乗ってくださいね」
「わかった」
月光があっさりと答えた。その様子に、リンはやや戸惑いを覚えた。
「月光さんは女と一緒に乗るのは嫌じゃないんですね」
「それには逆らえぬ」
月光がちらと視線をはしらせた。その先――リンの腰では印籠が揺れている。
龍のものであるという伝説の三つ鱗の家紋のついた印籠。北条家印籠であった。
「その印籠を持つ者は我と同じと思え――早雲様の命だ」
「へえ」
リンはしげしげと印籠を見つめた。が、すぐにリンは印籠を懐にしまった。
「でも、今は必要ないわ。早雲様も、風魔のみんなも、私は家族だと思っているから」
「家族?」
月光の切れ長の眼にきらと光がよぎった。
北条家精鋭部隊である五色備えの五将にすら与えられなかったという北条家印籠。その印籠を、あの北条早雲が唯一与えたという冒険者とはどのような人物であるかと思ったが――
「面白い」
呟いた月光であるが。何の予備動作もなく、突如手裏剣を放った。いや――
投擲の姿勢のままのばされた手の先で手裏剣の刃先は氷のような光を放っている。
「何の真似だ」
「関東屈指の風魔忍びの実力がどれほどのものかと思いましてね」
薄く口辺に微笑をため、一人の男が笑った。城山瑚月(eb3736)。忍びだ。
「さすがは風魔。噂通り‥‥いや、噂以上ですね。俺の発したわずかな殺気を見逃さず反応し、それどころか間一髪手裏剣を放つ手をとめるとは」
瑚月は告げた。そのもの静かな口調に動揺はない。が、内心、彼は舌を巻いていた。
「その風魔を見込み、お願いしたい事があるのですが。俺と一緒に気配を探ってもらえませんか。敵方のね」
「よかろう」
月光が瞑目した。次いで眼を開き、素早く上下左右に視線をはしらせる。
「いるな」
「やはり」
瑚月は思案げに腕を組んだ。
「俺も何者かの視線をとらえました」
「とえいえ、立ち止まっているわけにもいかぬな」
云うと、南洋は羽衣に跨った。
「まこうとすれば、余計に注意をひくだけだ。空路をとれば、いかな忍びとて容易には追いつけまい。ゆこう」
●
安房。久留里、別名霧降城城下の外れ。
行商人らしき男が道を曲がった。すると、その半町ほど後方を歩いていた雲水が慌てて後を追い、同じく道を曲がり――
ぎくりとして雲水が立ち止まった。
「何か、御用ですか?」
うっそりと佇んだ行商人が問うた。
「い、いや」
雲水が笠を揺らせて答えた。が、行商人の顔に悪鬼の相が滲んだ。
「嘘をつけ、里見の隠密。俺を黒脛巾組と知った上か」
「ぬっ」
雲水が飛び退った。が、それより早く、行商人の放った手裏剣が雲水の右胸を貫いている。
「くっ」
雲水が倒れ伏した。その腹を、ぐっと行商人が踏みつける。
「里見は関東王を夢見ておるとの噂じゃが、忍びを見るにその器ではない。幽鬼と化したのち、左様に報告せい」
行商人が懐から手裏剣を取り出し――はじかれたように飛び退った。
「何者だ!」
行商人の口から叫びが迸り出た。彼はこの時、熱風にも似た凄絶の殺気に吹かれていたのだ。
「ううぬ」
呻きつつ、しかし伊達忍者は瞬時に計算してのけている。
刹那――
伊達忍者が爆ぜた。
「微塵隠れか」
声と人影がわいたのは、まだ爆煙が消え去らぬうちであった。ぼうと霞む人影は、ちらりと倒れたままの里見の隠密を見遣ると、そっと屈み込んだ。
「里見の隠密だな。俺は北条の使いだ」
「北条?」
「ああ。冒険者、城山瑚月という」
瑚月は告げた。
●
里見の隠密に導かれ、四人の冒険者は久留里城に入った。
当初、里見の隠密衆も冒険者に疑いの眼をむけたが、数人がリンの顔を知っていたのである。
里見においてリンは英雄だ。おまけにリンは北条家家臣の証たる印籠ももっている。すぐさま冒険者達は久留里城奥へと案内されたのであった。
「久しぶりだな、リンよ」
里見義堯が最初に発した言葉はそれであった。そして濡れた眼でリンを見つめる。
古来、英雄色を好むという。義堯も御多分に洩れず、麗しき女性には眼がなかった。
「はい」
伏せていた顔を、リンはあげた。他の二人の冒険者も続く。
義堯は問うた。
「で、リンよ。此度は何用で参った?」
「まずはお詫びを」
「侘び?」
「はい」
リンはこくりと首を振った。
「以前小田原藩ご助勢の嘆願に参りました際の事でございます」
「かまわぬ」
義堯は鷹揚に答えた。
「リンは里見にとって大切な客分である故な。今は北条も家康公の臣となり、いわば北条家家臣たるリンは身内も同然。実を申せばこの義堯、早雲公に願い、リンをわし付の臣としたいと思っておるくらいなのだ」
「は、はあ」
今度はリンが複雑な笑みを返した。
リンは里見義堯という男をそれほど嫌いではない。この男のとことん前向きな思考形態はいっそ好ましい。
が、それと家臣となるのは別であった。
「どうしたのだ、リンよ」
「いいえ」
くらくらする頭をおさえ、リンは続けた。
「それよりも義堯様。源徳勢と反源徳勢による小田原決戦の事、もうお聞き及びの事と思いますが」
「うむ。将門公以来の大戦じゃな」
「将門? ‥‥それで、決戦に際し、私の主である北条早雲は頭を痛めております」
「さもあろう」
義堯は大きく肯いた。
軍門にくだれとの家康の通牒にあたり、北条早雲はどう対するか。その決断を、関東諸侯は息をひそめて見守ったものである。
ぎりぎりまで引き延ばした揚句、全面降伏した。義堯などはその結末に拍子抜けしたものだが。
しかし同じ藩主として早雲の苦衷は痛いほどわかる。
「早雲殿は何と?」
「義堯公にお動きいただきたいと」
南洋が口を開いた。義堯はわずに眼を見開き、
「わしに、動けと、な?」
「はッ。里見動くは、決して源徳や北条のみの利にはあらず。里見にとってもまた利するものであると愚考致しますれば」
「ほう。今動いて、わしにどのような利があると申すのだ」
じろりと義堯は南洋を見た。その燃えるような眼をはっしと見返し、内心南洋はほくそ笑んだ。巣穴から、大狐が鼻面を覗かせたと判じて。
「されば」
南洋は説いた。劣勢である源徳軍は援軍を欲しているおり、今が恩を売る好機である事を。
「義堯公が江戸を取り戻す為に尽力しておられた事は家康公もご承知でいらっしゃいます。反源徳勢を駆逐した暁には、必ずやあつい褒賞をもって家康公は報いられる事でありましょう」
「なるほどのう」
肯きはしたものの、義堯の表情はさほど変わりはしなかった。
確かに里見が動けば反源徳勢への牽制にもなり、家康に恩を売る事はできよう。
だが、気だるげに義堯が問うた。
「わしが得するのはそれだけか」
「いいや」
アルディナルが首を振った。
「得などと申されている場合ではない。今が里見家の存亡危急の時」
「な、何と?」
義堯が眉を吊り上げる。
「里見は小田原の戦の外におる。その里見が何故に危ないと申すのだ」
「その外が問題なのです」
アルディナルは冷淡ともとれる語調で答えた。
「里見動かざれば、もし家康公が勝利した場合、決して義堯公を許しはしないでしょう。反源徳勢も然り」
「そうかな」
義堯はじっとアルディナルを見据えた。
「家康公は関白の話を知らぬ筈もない。陛下の御心を思えば、とても兵を動かせぬ事は御理解頂けると思うが」
里見の返答は正論。関白藤豊秀吉は私戦を禁止しているし、安祥神皇も今回の源徳軍の大遠征を憂慮しているとの噂だ。
「あいや」
南洋が制した。
●
「待て」
制止の声が飛んだのは、西の外曲輪におかれた侍屋敷近くであった。
「待てというのはわしのことか」
一人の侍が足をとめた。そうだ、と答えたのは里見の侍ではない。瑚月であった。
「貴様の顔、見覚えがある」
「とは気のせいであろう。わしは貴殿に見覚えはない」
「ほう」
瑚月の眼がぎらりと光った。
「俺に見覚えはなくとも、城下の外れで襲った雲水には見覚えがあるだろう」
「ぬっ」
ほとんど反射的に侍が抜刀した。同時に瑚月の腰からも白光が噴いた。
一瞬後、世にも美しい金属音と共に雷火が散り、二人の忍びの半顔を青白く染めた。
●
「我が主早雲がアッサリと降伏の意を示した時、正直我らは落胆したものでござった。が、今にして思えば、正しき選択であったと。何故ならば、仮に武田と上杉と組んで源徳に勝利しても、いずれ武田に併合される運命でござった」
「あの北条が、か」
義堯の表情が動く。アルディナルは機と見て言葉を重ねる。
「そうです。家康公倒れたならば、伊達は牙をむいて里見に襲いかかりましょう。関東を手中におさめる誘惑の強さ、何よりも義堯公ご自身が良くご存知のはず」
「くくっ」
義堯は嗤った。或いは図星であった故か。
「ねえ、義堯様」
その時、リンが微笑みかけた。義堯は我に返り、眼をリンにむけた。
「何だ?」
「ご一緒に悩みを分かち合いませんか」
「早雲とか?」
「いいえ。私達と」
ほんのりと笑みを残したまま、リンが肯いた。
「戦火にさらされれば女性が泣く。それは駿河も里見も同じ。私はそれが嫌なんです。正直云って、私は里見にも生き残ってもらいたい。でも、源徳なり伊達なり、強者からの賜りものを期待するようじゃ、この先どうなるか」
「では」
義堯は身を乗り出した。
「リンはどうせよと?」
「仲間を大切にするのです。乱世で助けとなるのは、本当に信じあえる者だけですから。確か里見は比企氏と盟を結ばれてましたよね? もし比企氏が立たれるなら、義堯様はどうされますか?」
「比企か」
思えば反伊達連合の呼びかけに応えてくれたのは比企のみではなかったか。信義など乱世においては塵芥に等しいものだが、比企の利用価値はあるかも知れぬ。
やや傾きかけた義堯の思考。その均衡を一気にぐらつかせたのはアルディナルの一言であった。
「例え一戦に勝利したとて、最早家康公に嘗ての権勢はない。関東を治め得るか否か」
「‥‥」
義堯はアルディナルを睨みつけた。
そして後、気づいた。南洋の眼に異様な光がともっている事を。
南洋の主である北条早雲は身一つから駿河を盗った男であった。この義堯に関東が盗れぬ道理もない。
「よかろう」
義堯はニンマリした。その眼は熱に浮かされているかのように濡れ光っている。
「わしは――」
●
「里見は?」
本丸から姿を見せた三人の冒険者を見とめ、瑚月は問うた。すると南洋は足をとめ、
「動く」
とだけ答え、すぐに瑚月の異変に気づいた。衣服の胴の辺りが断ち切れ、血が滲んでいる。
「どうしたのだ?」
「伊達の忍びと少しね。微塵隠れで逃れたので、致命の一撃は与えられませんでしたが」
何ほどの事もなさそうに瑚月が答えた。するとリンが瑚月の傷跡を撫で撫でし、
「私達の会談がうまくいったのも、瑚月さんのおかげですね」
「そうだといいが」
くすぐったそうな顔で、瑚月は本丸を見上げた。
●
「殿」
声をかけたのは、家臣である市川玄東斎であった。
「下総を攻めるとの事。よろしいのですか」
「よい」
本丸から去りゆく冒険者達を眺め下ろし、義堯は肯いた。
「冒険者ども、わしを上手く唆したつもりであろう。千葉攻めの準備をせよ。伊達に気づかれぬようにな。厳しい戦となるが、まずは房総を手中にし、しかる後に関東に覇を唱える。ふふふ、わしは必ず関東の覇王となるぞ」
高き冬空に、義堯の哄笑が響いた。まるで狂風のように。
それはさらなる混迷の始まりであった。