人喰い

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 81 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月01日〜09月04日

リプレイ公開日:2005年09月12日

●オープニング

 童が歩いている。
 白無垢の着物をまとった、端正な顔立ちの童だ。
 夜。鬱蒼と茂る森の中。
 真底の闇を、まるで舞っているかのように、童はするすると足を運んでいる。
 と、突然その歩みがとまった。
 童の体躯よりも数倍大きい巨石の前。張られた注連縄が巨石がただならぬものであることを示している。
「これが不動石か」
 くすくす笑うと、童がすっと手をあげた。刹那、触れてもいないのに注連縄がぱさりと断ち切れ――一陣の風に吹き飛んだ。
 その様を、童はただ笑みを零したまま見つめ――やがて、ゆっくりと不動石と呼ばれた巨石に歩み寄って行く。
 とん。
 童が不動石を蹴った。
 それほど力を込めたとは見えないのに――またたとえ力をこめたとしても――不動石がごろりと転がった。
 あとに顕れたもの。
 穴だ。人一人が通れそうな大きさの。
 覗いて見ても深さは知れぬ。まるで地の底まで通じているかのように音すらも吸い込んで暗く――
 と――
 がりっ、と。
 土をかく音がした。
 続けて、ずるずる、と。
 這い出てこようとする気配。何かが。
 そして。
 穴の縁に指がかかった。皺だらけのそれは、獣のものに似た黄色い爪を土にめり込ませ。
 沼から浮かび上がるように、闇が凝固したような人影がぬたりと姿を見せた。ざんばらの白髪を振り乱した老婆。
 けひけひ。
 老婆が嗤った。
 ぐきぐぎ。
 歯を噛み鳴らした。
 そのとき――
 老婆の眼が爛と光った。鬼火のようなそれは、傍らに立つ童を凝視ている。
「殺してやろ」
 老婆の口がさっと裂けた。ぞろりとした牙が覗く。
「喰ろうてやろ」
 老婆が地を蹴った。颶風と化して童に殺到する。そして気死したように身動ぎもせぬ童の首に牙を突きたてた。
 幾許か。
 ふふふ。
 含み笑いが流れ、怪訝に揺れる老婆の首に、童の小さな指がからみついた。そのまま一気に引き剥がす。老婆の顔が苦悶に歪んでいるのは童の膂力が凄絶なるがゆえだ。
「可哀想に。飢えておるのであろう」
 童は、童とは思えぬ口調の声を発した。
「ならば、たっぷりと餌のあるところに連れていってやるほどに‥‥。そこで好きなだけ喰らうが良い」
 にぃっ、と。童の口が鎌のように吊りあがった。

 数日後。
 江戸の外れの無住の寺に老尼が住みついた。最初はものめずらしそうにしていた者もいたが、日常の喧騒にのまれ、すぐに誰の口の端にものぼらなくなった。

 また数日後。
 度々神隠しの噂が流れるようになった。物の怪の仕業とも、人買いによるかどわかしとも噂されたが。

 そして――
冒険者ぎるどを去る老人を見送って後、手代は冒険者達に目を戻した。
「知香さんと申されるお孫さんを探してほしいと」
 依頼人の名を猪吉と告げた後、手代が言った。
「ほう」
 何人かが視線を動かしたようだ。老齢のために自らが動けぬ者が依頼を持ち込むことは多い。
 ややあって手代が続ける。
「お聞き及びの方もいらっしゃるかも知れませぬが、近頃流行りの神隠しというやつで」
 そのことは何人かの冒険者も耳にしたことがあった。なんでも歳若い娘ばかりが狙われるとか。
「これ以上犠牲者が出ぬうちに禍根を断っていただきたいというわけでございます」

●今回の参加者

 ea4387 神埼 紫苑(34歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 ea9450 渡部 夕凪(42歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9861 山岡 忠臣(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1555 所所楽 林檎(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1833 小野 麻鳥(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2896 楠井 翔平(28歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3111 幽桜 虚雪(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3311 華音 花折子(35歳・♀・僧兵・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

「‥‥年若い娘ばかり、の神隠し‥ねえ」
 誰にともなく。渡部夕凪(ea9450)は呟いた。
 季節はすでに夏の暮。寒蝉の鳴声も途切れがちで。
 傍らをゆく所所楽林檎(eb1555)は月色の髪をわずかに揺らせ、小首を傾げた。
「何か御不審でも?」
「いやさ――」
 夕凪は思慮深い眼を転じた。此れは私の主観だが、とことわってから続ける。
「神隠しってのは子供が対象‥‥な印象もある。人買いにしても、若い娘が欲しければ貧窮した村に的を絞れば良い話だ」
 であるのに、危険を冒してまで攫うとは、考え辛い――
「じゃあ下手人はなんだってんだい?」
 秋立つといえど、まだ日差しは強い。ぐい、と汗を拭って問う楠井翔平(eb2896)は、なぜか嬉しげだ。
 愛する林檎と共の探索行。念願かなった彼の面は自然と笑み崩れる。
 いや、真面目に真面目にと。念仏のように呟く翔平の浮き立つ風情など歯牙にもかけず、夕凪は醒めた面をちらりと動かした。
「人買いが絡んでいると私には見れないんでな‥‥となると残るは妖しの存在か」
「それはあたしも案じておりました。ゆえに、此度は古い伝承なども調べようと思っておりますが――」
 林檎は言葉をきった。翔平の熱い眼差しにこそとも気づかぬ代わりに、彼女は夕凪の頬に落ちる薄墨を見とめている。
「まだ、何か?」
「ああ」 
 浮かぬ顔。
 何某かの襲撃と仮定しても、一切の痕跡も残さぬ仕事振りは妖しとしては如何にもおかしい。
 そろりと。夕凪は告げる。
 もしやすると――
「それは、人の傍に存在する事が可能なモノ‥ではないのだろうか」
「!」
 はたと、林檎と翔平は顔を見合わせた。
 いきなり風に蒼味が加わったようで。
 もし夕凪の推測が正しければ、おぞましき魔性がすぐそばに潜んでいる可能性がある。ほら、そこの夏陰に――
 慌てて翔平は何気ない風を装って空を混ぜた。
「それの正体は知香ちゃんを見つけ出せば自ずと知れるさ」
 行方知れずの者達の最後の足取り。そこに何か手掛かりがあるはずだ。
「それが肝であろうな」
 夕凪が断定した。

 神埼紫苑(ea4387)は、目立つ。
 御侠な面立ちは可憐とはいえ、息をのむほどではないのだけれど。しかしバラの彼女は少女としか映らず、やはり美少女の志士はそれだけで絵になるのだ。そして人は親身にもなる。今も――
 この辺りは物の怪が出るような場所なのか? または過去に物の怪が出たのか?
 懸命に問う紫苑の前で、最初怪訝な面持ちであった老爺も真剣な眼で首を傾げる。何とか孫娘のような紫苑の力になりたいと奮闘しているのであろうが、いかんせん――
 その物の怪はどうなったのか、という肝心な問いを発することを諦めて、紫苑は別側の問いを手繰る。
「それではですね‥‥この辺りに最近新しく来たものは居ませんか? または挙動不審になった者などがいたら教えて欲しいんだけどな」
「うーん」
 またもや老爺は首を傾げる。
 そのまま幾許か。どこかで長閑な鳶の声、響く。
 もしかすると寝ちゃったのかな?
 恐る恐る覗き込んだ時、ぱちっと老爺の眼が開き、あわわと紫苑は後退った。
「お‥‥じいちゃん?」
 強張った顔の紫苑の前で、老爺は寂しげに首を振った。

 浮雲のようだ。
 誰かが、そう評した。
 存外、その評を山岡忠臣(ea9861)は気に入っている。
 ふわりと勝手気ままにゆく。あの夏雲のように自由奔放でありたいというのが彼の信条であるから。
 けれど、今、忠臣は信条を曲げ――正確には少し――おばちゃんを前にしている。依頼人の孫娘に恩を売るという深遠な計画の為に仕方ないのだと、己を納得させて。
「ここ最近、村に来たり出ていったりした人ってのはいねえかな」
 軽話で女を蕩かした後、忠臣は何度目かの問いを発した。
 拐かし。
 順当に考えれば、神隠しの真相はそれである。昨今妖しが跋扈しているらしいが、それよりも、やはり人のもつ闇は深い。見立てに多少の瑕はあるものの、まず疑ってかかるべきであろう。
 そして真正拐かしであるならば、必ず不審な者の姿が見咎められているはずだ。
「そうだねぇ」
 内儀らしい女は頬を染め、可愛い仕草で顎に指を当てる。ちらと忠臣を見遣る眼に妙な艶を浮かせ――
「ここじゃなんだからさぁ、家にでも寄っとくれよ」
 熱く柔らかい指を、女は忠臣のそれに蛇のようにからめた。
 胸の内で吐息ひとつ。
 林檎ちゃんだと思って、ここはひとつ、相手するか‥‥
 女の手を、忠臣はかろく握り返した。

 くしゅん。
 顔色を変え、翔平はくしゃみをおとした林檎の顔を覗き込んだ。
「どうした林檎ちゃん」
「いえ――」
 一歩退き。形の良い鼻を林檎は押さえた。
「ちょっと悪寒がしたものですから」
「風邪じゃねえのか?」
「物の怪に憑かれたのかも知れんぞ」
 彼女らしくない軽口をとばし、夕凪は女に眼差しを戻した。
「話の途中ですまぬ。で――」
「はい――」
 夕凪に促されて、女――神隠しにあった娘の母親が、失踪当時のことについて語り始めた。
 ややあって――
「では親戚の元から戻る途中で行方知れずとなったというのだな」
「はい。親戚の者も泊まってゆけとすすめてくれたらしいのですが、慣れた道だときかず――」
 女が震える睫を伏せた。
「今ひとつ。‥‥この辺りで、物の怪などの伝承はございませんでしょうか」
「物の怪? ‥‥」
 女が眼を上げ、林檎を見返した。蝋のように白くなった顔が揺れる。
「‥‥いえ、存じ上げませんが――」
「そうですか」
 吐息は鉛の重さ。と、林檎の手を女のそれが掴んだ。痛みすら伴うそれは、女の想いの強さでもある。
「まさか、娘は物の怪に――」
「いえ」
 林檎の手が、自らの左手を掴む女のそれの上に重ねられた。強く、柔らかく。
 温もり、届け。血肉に混じり、彼岸を溶かせ。
「娘さんは大丈夫です」
 嘘を、吐く。
 おそらく娘は生きてはいまい。その真実はいずれ母親の身を苛むであろうが、今は――
 林檎は我と我が身を打った。

 神隠し。
 皮肉に嗤い。
 そして溜息に変わる。
 勾引かしをしでかす者など鬼畜生が相場。神などとんでもあるまい。
 先ほど別れた猪吉の魂を抜かれた様子を思い出し、幽桜虚雪(eb3111)はきりりと歯を噛む。
 その間も。
 忍びの虚雪の足取りは蝶のごとく軽やかに、ひたすら知香の足取りを追う。
 最後に知香の姿を見たのは農家の爺様。内職の仕立てを届ける姿が目撃されている。
 そして、それっきり――
 と。
 しばらく歩いて、虚雪の足はとまった。いや、とまらざるをえない。
 彼女の足元。泥色の混じったかなり水嵩の多い川にかかる橋が――崩れている。
「難儀なことじゃのう」
 声に。
 虚雪が振り返った。人足風の男が一人。
「これは――」
「おお。先日の嵐の翌日、流されてしもうた。それで修復しておるところよ」
「嵐――」
 先日の嵐といえば、知香が行方知れずとなった前日のことである。ならば――
 虚雪は来た道を見遣った。
 知香はここまでの道のりのうちで襲われた?
「尼様もお困りのご様子で、可哀想であったわい」
「!」
 虚雪はカッと眼を見開いた
「尼様と――」
「そうじゃ。嵐の翌日、宵の口のことであった」

 無事だと良いケド‥‥いや、生きてさえいれば‥‥って、違う違う、無事だ・・無事なんだ――
 揺り動かされ、翔平はふっと眼を開いた。
 目の前には林檎の憂いに沈んだ顔。思わず抱きつきかけた翔平の頬がびしゃりと鳴った。
「酔いにとち狂いおって。俺にその趣味はないわ」
 はっと。翔平がよくよく眼をしばたたかせて見れば――
 林檎と見えたのは小野麻鳥(eb1833)で。秀麗な面を顰めているが、その眼にはなぜか日向の光がたゆたっている。
「あ‥‥」
 熟し柿のように面を紅に染め、翔平は頭を掻いた。
 どうやら居酒屋の訊き込みで呑み過ぎた酒が、今頃になって効いてきたようだ。
「お、俺、変なこと口にしなかったか?」
「いや、何も。林檎のこと以外ではな」
 とたん。
 翔平、こける。
 ふふ、と。
 嘘吐き麻鳥は苦笑を隠す。底の知れぬこの男にも、これくらいの洒落っ気はあるのだ。
「えっ、翔平さん、林檎さんと何かあるの?」
 眼を真ん丸く。楽しげな虚雪の口を慌てて翔平がふさぐ。
 ふふんと顎をあげた麻鳥が口を開いたのは居住まいを正した後である。
「不動石という」
「不動‥‥石?」
「ああ」
 小首を傾げる紫苑に、麻鳥は眼を転じた。
「黴の生えた話を引っ張り出すのは生業がら得意としておるのでな。神隠しについて調べたところ、その封印の石に突き当たった」
 江戸から外れたところにある故、知る者は少ないが。そう付け加えた麻鳥は、次にその石の由来について言及した。
 ――その昔、人を潜み喰らう鬼姥あり。旅の呪能者、これを封じ、重き石を要とす。
「要するに山姥のことだ」
「山でも鬼でも良いんだが‥‥そいつが下手人としても、居所がつかめねえんじゃどうしようもないぜ」
 ちゃっかりと林檎の隣に座り込んだ忠臣がややいらついたように。が――
 したりとばかり。柳眉を微かにはねて、麻鳥は懐から取り出した紙片を座の中央にすべらせた。
 見れば地図様の紙片。あちこちに朱の印がある。
「ぎるどで写した江戸の地図だ。行方知れずの娘達が消えたと思われる地点を夕凪に記してもらっている」
「そういえば――」
 地図を覗き込んだ一人。虚雪が思案の体で面をあげた。
「知香ちゃんの足取りを追ってて気になった者がいたんだよね。尼さんなんだけどさー」
「読めた」
 ニヤリ、と。
 麻鳥の繊手がのび、ほぼ円形にひろがった朱印の中央を細い指がトン、と――
 そこには卍の文字があった。

「楠井さん」
「ど、どうしたんだい?」
 林檎に呼びとめられ、やっと翔平は言葉を絞り出した。
 見返す林檎の面はいつもながらのそっけなさだが、その眼は麻鳥と同じ春の陽のように――
「知香さんは大丈夫ですよ」
 林檎は再び嘘をついた。

 枯れ木のような。
 見たところ、問題の老尼はとても人など喰らいそうには見えぬ。が、冒険者は仮衣などには惑わされない。どのようにも化生する妖しは多くいる。
 が、とりあえずの目的は徒労に終わりそうである。身内の神隠し探しを装っては接触はしたものの、口がきけぬという老尼は知香の人相を話して聞かせても首を振るばかり。すでに諦めた虚雪は姿を消している。
 では、と。
 踵を返しかけた夕凪が、ふっと足をとめた。そして塀際の叢に屈み込む。
「これは――」
 再び立ちあがった彼女の手には、泥に汚れた草鞋がひとつ。何気ない風を装い、夕凪は仕掛ける。
「尼殿、ご存知ないか?」
「‥‥」
 ややあって、老尼は首を振った。
 が。
 剣呑。
 夕凪の鋭い眼光は見逃さない。
 老尼の眼に一瞬浮いた刃の閃きを。そして。
 ぞわりと吹きつけた獣気の如き殺気を。

 半身に削られた月は血の色。ややもすると雲にのまれ――暁闇は深い。
 件の寺を見渡せる物陰に、冒険者達は潜んでいた。
「どうだい?」
 忠臣に問われ、林檎は厳しい顔で頭を振った。昼間の時と同じく知香らしき者の命の灯火は掴めない。デティクトライフフォースの結果は限りなく暗澹たるものだ。
 そして。今は老尼の気配もない。
「狩りの最中というわけかな?」
 浮薄の口調。しかし虚雪の両の拳の鋼は冷たく冴えている。
 その時――
 闇にふっと人影がわいた。棒状の風呂敷包みを携えた老尼である。
「尼様」
 するすると歩み出た紫苑が老尼を呼びとめた。
 一瞬ギクリとし――しかし老尼は仮面めいた無表情のまま歩き去ろうと――
「アンタが知香ちゃんを攫ったんだね」
「‥‥」
 振り返った老尼の眼が細くなり、紫苑の顔から、その手の焼け焦げた着物の切れ端――虚雪が裏庭で見つけ出してきたもの――を舐めるようになぞり――
 きゅう、と老尼の口の端が耳まで裂けた。
「あっ」
 たじろいた紫苑を追い、老尼――山姥の身が猿のように宙を舞った。
 その手には白々と山刀。はねとばされた風呂敷はひらと空に。
「しゃあ!」
 牙をむいた悪鬼の形相が迫る。獣並の迅き身ごなしに、さしもの紫苑も迎撃はおろか、発呪もままならず――
 唸る刃が山姥の山刀をはじきかえした。
「テメェは必ずブチコロス!」
 翔平。返す刃は変幻自在の新陰流!
 が――
 地に降りた山姥は鞠のごとく跳ねた。逃さぬとばかり追う翔平の刃の軌跡のさらに高空。山姥は次なる獲物――林檎に襲いかかった。
 カッ!
 再び火花が散り、山姥の山刀は忠臣の日本刀によって受けとめられている。
 一歩退っていたことが功を奏した形になったが、当の忠臣は慌てていた。信条を秤にかけ、林檎をとった彼であるが、山姥の山刀がじりじりと押し下げられて――技量のみならず、膂力すらも鬼婆の方が数段上だ。
 と。
 突如山姥が飛び退った。
 追う光流は一。夕凪の矢。
 流星と変じ、次々に放たれるそれは、山姥を一気に冒険者達の間合いへと引き剥がした。
 そして――
 三度山姥は宙に跳んだ。
 否。落ちた。
 ローリンググラビティー。麻鳥は天地を返す。
 山姥の身が真正地にたたきつけられた時、疾風と変じた黒影がはしりよった。
 交差は一刹那。しかし重なる衝撃は三つ。さしもの山姥も身を仰け反らせている。
 「雪式陸奥流、巴鋏(ともえばさみ)っ♪」
 黒影――虚雪の桜色の唇から、歌うような声がもれた。

 天から紅の色がひいた時、地には鮮血がひろがっていた。
 朝日影に露見した化生の姿は凄惨で、見下ろす冒険者の身も荒んでいた。刃をもってまともに戦えるのが翔平だけであった為、迅速苛烈な直接攻撃力を誇る山姥を始末するのはさすがに手間取り――かなりの者が傷を負い、薬の助けを受けていた。
「林檎殿、さすがに疲れたようだな」
 晴れぬ顔色の林檎を気遣うのは麻鳥である。
 いえと面を向けた林檎の眼の色はさらに昏く――
「そのようなことは‥‥それよりも気にかかることがございます」
「気にかかること?」
「はい。‥‥此度のこと、老尼を装い寺に住むなどと、山姥の知恵で考え付くでしょうか」
「それよ」
 頷く麻鳥の眼が、この時、凄絶に光った。
「封印の不動石。その七五三縄が立ち切れておったが――あれは何者かの手になるものだ」
「えっ――」
 林檎は愕然として息をひいた。
「そういえば、京の妹が同じような話を申しておりましたが――まさか!?」
「その、まさかよ」
 麻鳥の冷笑に怖いものが混じった。
 彼の身内もまた、京で似たような事件と遭遇している。京と江戸。場所は違えど、このジャパンで何かが起こりつつあることは間違いない。
 その懸念は、他の冒険者達の呼ぶ声で立ち消えた。
 幾つかの遺品発見の報。中には知香のものらしき簪もあるという。
 ああ、と林檎は嘆いた。
 長い夜はまだ終わってはいないのだ。