【沼田城風雲記】凶猿

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:4

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月04日〜01月09日

リプレイ公開日:2009年01月20日

●オープニング


 武田信玄、伊達政宗の仲介により、沼田と新田との争乱については一応の解決を見た。要は源徳家康に対する為、ともかくも手打ちをしたというわけだ。
 そして沼田にも上杉謙信より指示がくだされた。かまえて新田には手出しをするな、と。
 それは沼田城主たる北条三郎にとっては望むところであった。元々三郎は新田と事をかまえるつもりなどないのだから。新田が手出しする事により争乱に火がついて、むしろ迷惑したのは三郎の方であった。
「よろしゅうございましたね」
「うむ」
 微笑む蛍に、三郎は肯いてみせた。が、その顔色は冴えない。
「いかがなさいましたか」
「此度の事だ」
 三郎は溜息を零した。
「謙信公と義貞公により、此度の争乱は一応の鎮静をみた。が、それで全てが終わったわけではない。此度の争乱のもとは何であったか。それはまだ取り除かれてはおらぬのだからな。云わば傷口をとにもかくにもふさいだだけであって、毒はまだ体内をめぐっておるに等しい。このままでは何時血が噴き出すか‥‥」
「それでは冒険者との約定を」
「うむ。果たすつもりだ。冒険者が捕らえたという鬼道羅漢衆を吟味すれば何かがわかるかもしれぬ。蛍」
「はい」
 蛍――三郎の側に仕える風魔の女忍びの眼がきらりと光った。
「軒猿を呼ぶのでございますね」
「ああ。檜垣兵助をこれに」
 静かな声音で三郎が命じた。


 江戸。
 上野の寛永寺の門を一人の女性がくぐった。
 煌く金髪の、異人の女性。初老ともいっていい年齢だが、どこか艶めいた美しさをもっている。
 カーラ・オレアリス(eb4802)。エルフの冒険者であった。
「これは」
 一人の老僧がカーラを出迎えた。寛永寺の僧で、真海という。
「カーラ殿、いかがなされましたかな」
「はい。先日お頼みした事がどうなったかと思いまして」
「ご案じめさるな。お預かりした男は捕らえております」
「それなら良いのですが」
 ほっと胸を撫で下ろすと、カーラは真海に微笑みかけた。
「近く沼田に行く事になりそうなのです。その折、鬼道衆の者を連れていきたいと考えております」
「ほう。では、とうとう北条三郎様と?」
「その使いの方とお会いするのです。上手くいけば、沼田にかかる暗雲の全てを晴らす事ができるかと」
 答え、カーラは空を見上げた。
 蒼い空はひたすら高く、爽やかで。しかし、何故かカーラは胸の内が蝕まれるような不安を感じていた。


「三郎様がお召しになったと?」
 問うたのは剛直そうな相貌の侍であった。
 名は宇佐美定満。三郎付きの家老ともいうべき武将である。
「はッ」
 答えたのは狼の眼をもった若者で。
 上杉家忍び衆、軒猿。名を檜垣兵助という。
「どのような用件であった?」
「冒険者に会えと申されておりました」
「またそのような事を」
 定満が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「冒険者など信用できぬものを。何が鬼道八部衆か。上杉にとりいろうとする魂胆であるのか、その思惑はよくわからぬが、ともかく上杉に祟る妖怪である事は変わりない。檜垣」
 定満は兵助に氷の光をためた眼をむけた。
「わかっておるな。冒険者を必ずや始末せよ。必要ならば下忍を使っても良い」
「承知」
 応えが返り――
 その響きの消えぬ間に、兵助の姿はかき消えた。


 沼田国境。
 月の光に蒼く沈む森の中に、ぼうと浮かび上がったものがある。
 三つの人影。
 一人は総髪の若者だ。人形めいた、端正だが非人間的な相貌をしている。
 二人目は薄く微笑した若侍であった。涼やかな瞳が印象的である。
 残る一人は巌のような体躯の持ち主であった。肩にとてつもない巨槍を担いでいる。
「‥‥冒険者どもにしてやられたな」
 若侍が口を開いた。その言葉の割には、さほど悔しげでもなさそうな口ぶりである。
「ふふん」
 総髪の若者が嗤った。
「そうでもない。いまだ我らは沼田と新田に食い込んでおる故な。というより、かえって面白うなったわ。此度の謙信と義貞の手打ちによって、その側近の者の心に毒が生まれた。いずれ禍々しき花が咲こう」
「馬鹿な」
 巨槍の侍の眼が血色に光った。
「せっかく赤城砦の者どもを皆殺しにしたというに、その苦労が水の泡となったわ」
「存外と楽しんでおったのではないか、摩侯羅伽王」
 若侍がニヤリとした。
「鬼道八部衆のうち、修羅王と並んでもっとも殺しが好きなのはおまえであるからな」
「ふん、あのような虫けらども、幾ら殺しても面白うはない。それよりも緊那羅王」
 摩侯羅伽王と呼ばれた巨槍の侍が若侍を睨みつけた。
「うぬの配下の羅漢衆の一人が冒険者に捕らわれたようだが、大丈夫なのであろうな。おそらくは冒険者ども、三郎のもとへ引き立ててゆくぞ」
「それだが」
 緊那羅王の代わりに総髪の若者が口を開いた。
「我らが手を下さずとも、始末を引き受けてくれる者がおる」
「我らの代わりに?」
「ああ」
 肯き、総髪の若者がニタリと笑った。
「人間とはつくづく馬鹿な生き物よ。放っておいても互いに喰らいあう。それよりも、三郎だ」
「三郎? 沼田城主の若造がどうした?」
「見込み通り――いや、どうやら見込み以上の器だ。上手くすれば上州のみならず、越後までをも地獄に変える事ができるかもしれぬ」
「越後か‥‥」
 緊那羅王の口の端が、彼らを見下ろす弦月のようにきゅうと吊りあがった。それは魔性にしかなしえぬおぞましき笑みであった。

●今回の参加者

 eb2196 八城 兵衛(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb4646 ヴァンアーブル・ムージョ(63歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 eb4802 カーラ・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)

●リプレイ本文


 沼田に向かう街道にはちらちらと白いものが舞っていた。風は身を切るほどに冷たい。
 フィーネ・オレアリス(eb3529)は濡れたような朱唇を震わせて立ち止まった。
 防寒衣を纏っていない身体に、容赦なく北風が吹きつけてくる。どうやら風邪をひいてしまったようだ。
 同じくヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)も凍えている。いつもは磁器のように白い肌は、今うっすらと青ざめていた。
「二人とも、大丈夫ですか」
 気遣い、カーラ・オレアリス(eb4802)が問うた。するとヴァンアーブルがかすれた声で、
「大丈夫なのだわ。でも何だかふらふらするのだわ」
「私も同じです」
 潤んだ、しかし霞んだ眼でフィーネもまた答えた。
「やはり二人とも風邪ひいてしまったようだな」
 八城兵衛(eb2196)は重い吐息を零した。
 此度沼田に赴くのは依頼主であるカーラを含めて四人である。そのうちの半数である二人が病を患ってしまっては戦力の低下は免れない。おまけにその中には沼田城城主である北条三郎と唯一連絡のとれるヴァンアーブルがはいっているのだ。下手をすれば北条三郎との見える事は不可能となるかもしれない。
 その兵衛の懸念を読み取ったかのように、ヴァンアーブルは強いて元気そうに微笑んだ。
「心配はいらいなのだわ。沼田に着く頃には治っているのだわ」
「ならいいが」
 兵衛の不安は、しかし去らない。それは決してヴァンアーブルの事ばかりではなく。
 此度、北条三郎の使者である檜垣兵助と落ち合う場所は沼田城近くの森の中であった。その点が兵衛の胸に棘のように突き刺さっているのだ。
 会うのに、何故人目を忍ぶような森の中を選んだのか。いいや、情勢を考えるに、それもわからぬ事はない。それでも兵衛はべったりと張り付く不安を拭い去る事ができない。それは我が身一つで修羅場をかいくぐってきた彼の勘のようなものであったのかもしれない。
 瞳に憂いを秘めて、カーラが問うた。
「何か気掛かりな事でもあるのですか」
「まあな」
「でも」
 とカーラは云った。彼女らしくもない強い口調で。
「私達はいかなければならないのです。一つの芽は摘みましたが、それでも闇の根は深くどこに潜んでいるのかも分りません。私の命が終わる前に少しでも多くの方にこの世の真実を知らせ、真の正義の為に立ち上がっていただきたいのです」
「地獄の悪魔の動きも活発になってきているみたいだしね」
 溜息と共に吐き出されたフィーネの声音にも恐れが滲んでいる。
「八部衆なんていう厄介な敵もいるというのに」
「そうだわ」
 突然、何かを思いついたかのようにヴァンアーブルが両手をうちあわせた。
「鉄の御所の先代の酒呑童子のタケさんは実は建御雷神で、ということは八部衆は神代の昔から神様と対立していた悪魔達なのだわ」
「八部衆が建御雷神と対立していた?」
 さすがにフィーネは眼を丸くして、
「それは本当の事なのですか」
「ええ、なのだわ」
 はっきりとヴァンアーブルは肯いた。
「先代の酒呑童子――建御雷神の盟友である月王が云っていたのだわ。八部衆は古来より敵であったと」
「そいつは‥‥」
 兵衛ほどの男が事葉を失った。
 当初は人間世界の争いをとめるものと思っていた。が、その背後にあるものは、どうやら人知を超えた異形の存在だ。神々と対立する古の悪しきモノと、本当に戦ってゆけるのだろうか。
 兵衛は北の空を見上げた。
 わずかに雲がたなびく蒼穹。が、そこにわきあがる暗雲を幻視して、兵衛は身を震わせた。


 上州、蒼海城。
 新田義貞の主城である。が、現在、この城に義貞はいない。源徳家康と雌雄を決する為、兵を率いて小田原にむかったのだ。
 その主なき城の庭の前に、一人の男が立っていた。
 栗生顕友。新田四天王の一人といわれる武将である。
 その顕友の面には今、苦々しげな表情が滲んでいた。それは小田原での戦に参戦できなかった事が大きな理由である。
 彼は沼田方面を任されていた。その任に就いた時、顕友は有頂天になったものだ。敬愛する義貞に、四天王筆頭であると認められたと思って。
 が、此度の仕儀はどうだ。蒼海城の留守居だと。これでは何の手柄もたてられぬではないか。
 もし四天王の他の者が手柄をたてた場合どうなるか。そ奴こそ四天王筆頭となるは必定。
 焦りと憤怒が顕友の満面をどす黒く染めた。
 さらに――
 顕友には不満があった。沼田に対する義貞の決断である。
 沼田に関し、義貞は謙信と手打ちを行った。いずれ沼田問題は解決すると。
 何の弱腰。少なからずの家臣達はそう不満を抱いた。顕友もその一人である。
「殿は猫におなりなされた」
 顕友は慨嘆した。
「そうであろう、新吾」
「はッ」
 新吾と呼ばれた若者が答えた。
「顕友様の申される通り、義貞様は猫とおなりなされた。それは何故か。戦なき故でござる。戦の中にあってこそ義貞様は虎であった。顕友様」
 新吾の語調があらたまった。
「沼田を攻めなされ。沼田をとる事ができれば、その時はまさしく顕友様が四天王筆頭となりましょう」
「沼田とは事をかまえてはならぬ。殿の仰せじゃ」
「それはこちらから手出しをするなという事。もし沼田から手出しがあった場合はその限りにあらず」
「何っ」
 思わず顕友は振り返った。その眼前で、新吾は薄く笑っている。それは惑乱した顕友には気づき得なかったが、禍々しきものを内在した微笑であった。


 沼田城近くの森の中を進む幾つかの影があった。云うまでもなく冒険者達である。
 が、もし他の者が彼らを見たら、あっと声をあげるに違いない。何故なら、フィーネの引く馬の背に異様なモノが積まれていたからだ。
 それは氷であった。いや、人だ。人間が氷付けにされているのである。
 藤井宗蔵。それが氷付けにされた者の名であった。
(北条三郎の前で、藤井は本当の事を話すであろうか)
 ちらりと兵衛は藤井を見上げ、胸のうちで呟いた。それに対し、さあとヴァンアーブルのテレパシーによる返事は心許無い。
(チャームをかけてみたのだわ。でも‥‥)
 藤井の態度はヴァンアーブルの予想と違った。それもそのはず、チャームは術者に対し友好的な気持ちにさせるだけで、いいなりにさせるものではない。いくらヴァンアーブルに親しみの情をもったしても、鬼道羅漢衆ともあろう者が八部衆を裏切るはずもなかったのだ。
「ともかく気をつけた方がいい。三郎殿に会うまでは警戒してし過ぎる事はねえだろうからな」
 兵衛が周囲に探るかのように視線を這わせた。フィーネは石の中の蝶を確かめる。が、指輪にはめられた宝石の中で蝶は沈黙したままだ。悪魔の接近はない。
 その時――
「冒険者か」
 突如声が響いた。
 はっとして冒険者達は足をとめた。慌てて周囲を見回す。
 すると、彼らの眼前の木陰から一人の男が姿を現した。精悍な風貌の若者だ。狼のような野性の眼をしている。
 反射的に兵衛は身構えた。
 彼は北辰流の使い手である。その兵衛がまったく気配をとらえられなかったのだ。只者ではない。
「何者だ」
 兵衛が問うた。刹那だ。
 ひゅっと風が唸った。
「ぬっ」
 咄嗟に動き得たのは兵衛とカーラのみであった。
 飛び退りつつ、兵衛は槍を旋回させる。空間を穿つ衝撃波は樹枝をはじき、もうと雪煙を舞い立たせた。
「気をつけて!」
 高速詠唱で展開したホーリーフィールドで矢を防ぎつつ、カーラが叫んだ。が、返ってきたのはフィーネとヴァンアーブルの苦鳴だ。発熱の為に反応の遅れた二人は矢の攻撃を受けてしまったのである。
 雪を蹴立てて、幾つもの漆黒の影が殺到する。兵衛がソニックブームで雪煙を舞い上げたが、白幕を割って襲撃者は冒険者に肉薄した。
 ガキッ。
 兵衛の槍が襲撃者の刃を受け止めた。カーラと、その時には態勢を立て直したフィーネはホーリーフィールドによって敵の刃を防いでいる。
 が、ヴァンアーブルは――
 ばたりと襲撃者がヴァンアーブルの前で倒れた。彼女のスリープの仕業だ――と気づくより早く、別の襲撃者がヴァンアーブルに迫った。
 瞬時のスリープ発動。が、襲撃者はとまらない。術がはねかえされたのだ。
 襲撃者の刃が疾った。もはや避けられぬ。ヴァンアーブルの美しい顔が恐怖に歪んだ。
 きらっ。
 火花が散ったのは、その時だ。するするとのびた槍の穂先が襲撃者の刃を受け止めている。
 何者か。――おお、兵衛だ。
「誰が首謀者なのかだわ」
 ヴァンアーブルの手に銀光が収束し――それは矢と変じて放たれた。それは空を裂いて飛び、狼の眼の若者の身に吸い込まれた。
「あなたが――」
「そうだ」
 ニヤリとする若者の手から炎が噴き出した。
「うっ」
 兵衛とヴァンアーブルが呻いた。彼ら二人にはフィーネやカーラと違い、炎を防ぐ術はない。紅蓮の炎は容赦なく二人を灼いた。
 とはいえカーラ達も完全に無事かといえば、そうでもない。次々と繰り出される炎、さらには距離をとって放たれる他の襲撃者達の矢によりホーリーフィールドは破られ、間断なく術を発動させていなければすぐに攻撃の手にさらされてしまう。フィーネがコアギュレイトを発動させている余裕はなかった。
 苦し紛れにヴァンアーブルが空に逃れた。が、それは格好の矢の的だ。スリープによってまた一人敵が昏倒したが(といっても、すぐに他の者が目覚めさせるのだが)、放たれる矢はヴァンアーブルを貫いた。
(このままでは‥‥)
 鮮血を唇の端から滴らせつつ、ヴァンアーブルは思った。このままでは全滅すると。
「皆、ひとまず撤退するのだわ!」
 ヴァンアーブルが叫んだ。
 その一瞬後の事だ。いきなり夜が現出したように辺りが真闇に包まれた。何も見えぬ。
 どれほど時が流れたか。
 やがて闇が消えた。後には襲撃者だけが残されている。
「逃したか」
 悔しげに狼の眼の若者が呟いた。すると襲撃者の一人が檜垣殿と呼んだ。
「あそこに」
「何っ」
 檜垣と呼ばれた若者が眼をむけた先、一頭の馬が佇んでいた。フィーネの戦闘馬だ。どうやら闇の為に逃げ遅れたらしい。
「馬はいらぬ。その背のモノだけいただいておこう」
 若者――檜垣兵助は刃を背からすらりと抜いた。


 そして、また。
 どれほど時が流れたか。すでに黄昏が世界を黄金色に染める頃、四人の冒険者は落ち合った。
 惨憺たる有様だ。ヴァンアーブルは重い傷を負い、戻ってきた馬の背には藤井宗蔵の姿なく。
「やはり俺一人では無理があったか」
 兵衛はぎりと歯を軋らせた。
 彼は敵の正体を忍びであると見抜いている。暗闘が得意な忍び相手に、直接的な戦闘力を持つ者が一人ではいかにも不利だ。
「あれは‥‥何者なのでしょうか」
 誰にともなくカーラが問うた。答えたのはヴァンアーブルにリカバーを施していたフィーネだ。
「わかりません。でも石の中の蝶が反応しなかったのは確かです」
「という事は悪魔ではないという事ですね」
「忍びだ」
 兵衛が告げた。
「あの身のこなし、忍びに違いない」
「忍び‥‥しかし、忍びが何故」
「それよりも何者かが問題だ」
 兵衛が云った。そして苦々しげに、
「奴は俺達が冒険者である事を知っていた。そして、俺達がここに来る事を知っていた者は誰か」
「北条三郎なのだわ!」
 愕然としてヴァンアーブルが叫んだ。そうだ、と兵衛が肯く。
「それならば全てに説明がつく。北条三郎は、理由はわからぬが俺達の抹殺を目論んだ。そして――確か上杉には軒猿とかいう忍び集団を擁していたはずだ。その軒猿を俺達に差し向けた」
「でも」
 フィーネは首を捻った。何か違和感がある。
 フィーネは続けた。
「もし北条三郎が私達の抹殺を目論むのなら、忍びなんか使わずに、城に入れて殺そうとする方が確実ではないでしょうか。彼は城の主なのですから」
「それはそうだが‥‥」
 兵衛は返答に窮した。確かに云われてみればその通りだ。
「わかったのだわ」
 傷の癒えたヴァンアーブルが立ち上がった。
「ともかく、この状況を三郎様に伝えるのだわ」
「しかし」
 兵衛が暗澹たる眼をあげた。
「もはや証人はいないのだぞ。三郎が話を聞くだろうか」
「わからないのだわ。でも、やるしかないのだわ」
 決然たる光を眼にやどらせて、ヴァンアーブルは落日を背に舞い上がった。


 沼田城内。三ノ丸付近。
 一人の男が足をとめた。宇佐美定満である。
「檜垣か」
「はッ」
 どこからともなく声が響いた。
「首尾は?」
「取り逃がしましてございまする」
「馬鹿め」
 定満は吐き捨てた。
「待ち構えておって何たる様。それでも名だたる軒猿か」
「申し訳もございませぬ。されど彼奴らがつれておりました者、とらえてございまする。何者か糾明しようとしたところ、舌を噛んで相果てましてございまするが」
「死んだ、とな」
 定満の眉が一瞬ひそめられた。が、すぐに氷の光を眼に浮かべると、
「すぐに三郎様に会え。冒険者達が三郎様に余計な事を吹き込まぬうちにな」
 命じた。


 すでに夜。
 背にあるを、落日を銀月に変えて、ヴァンアーブルは空を舞っていた。そして念を飛ばす。北条三郎にむけて。
 内容は、起こった事全てだ。何も包み隠さずに。
(それで証人は奪われたと申すか)
(そうなのだわ。その忍びに、三郎様は心当たりがあるのかだわ)
(ない。いや‥‥)
 三郎は曖昧に答えた。すると、ねえ、とヴァンアーブルは切り出した。カーラから伝え聞いた事を。
 それは鬼道八部衆の事であった。即ち先代酒呑童子はジャパンの守護神である建御雷神であり、鬼道八部衆と戦ってきたというものだ。さらに伊達家に魔王マモンが力を貸している事も付け加えた。
(伊達‥‥)
 さすがに三郎の心に漣がたった。
 上杉と伊達は、反源徳という条件付だが同盟関係にある。その伊達が悪魔と繋がっているだと。もし本当ならば看過する事はできない。
(ヴァンアーブルとやら、ご苦労であったな)
 三郎は会話を打ち切った。

「冒険者は何と申しておりました?」
 風魔忍び、蛍が問うた。三郎は顰めた顔を蛍にむけると、
「忍びに襲われ、証人を奪われたそうだ」
「檜垣の申している事と違いますね。檜垣は冒険者など現れなかったと」
「ああ。どちらの申す事が本当か」
 迷いに揺れ動く瞳を、三郎は宙に投げた。
「が、このまま捨て置くわけにはいかぬ」


「三郎様に信じていただけたでしょうか」
 舞い降りてきたヴァンアーブルにカーラは問うた。が、ヴァンアーブルに返答はない。
「そう」
 カーラは小さく声をもらした。胸に恐れと哀しみを抱いて。
 一体どれほどの敵が立ちふさがっているのだろう。そして私達は、本当に敵に勝てるのだろうか。
 縋るような眼を、カーラは月にむけた。が、月は黙したまま、ただ冒険者達を見つめているのみで。
 その時、カーラの眼に光がともった。それは、何者にも消しえぬ希望の光だ。
「まだ、やれるわ」
 カーラは云った。煌くような勇気を込めて。