毒花

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:3人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月25日〜03月30日

リプレイ公開日:2009年04月07日

●オープニング


 上州、沼田。
 沼田城にある宇佐美定満は苦悩のうちにあった。何故なら――
 そもそも彼は沼田などに来たくはなかった。沼田城城代家老といえば聞こえはいいが、要するに北条三郎のお守である。左遷であるといってもよい。
 此度の小田原における戦もそうだ。沼田などに押し込められ、戦功などあげられようもない。その間、他の武将どもはどれほどの働きをしていることか。
 このままでは沼田に朽ち果ててしまう――それは恐怖にも似た思いであった。
 同時に、定満は別の思いも抱いていた。それは三郎に対するものであった。
 当初、彼は三郎を只の人質と見なしていた。北条が上杉と同盟を結ぶために送り込んできた捨て駒と。
 が、どういうわけか主君である謙信がえらく三郎を気に入ったのである。
 どこが良いのか?
 定満にはわからなかった。
 確かに容姿は端麗である。噂に聞く兄の早雲とは比ぶべくもないが、女の眼を惹きつけずにはおかぬほどの美貌の持ち主である。
 が、謙信がそれだけのことで気に入るはずもなく。では、とよくよく注視するに、ようやく定満にはわかった。三郎の英邁さが。
 そして確信したのである。上杉を継ぐ者は三郎をおいて他になし、と。
 この上は何らかの戦功をたて、何としても三郎を謙信の後継者第一としなければ。それは結果として定満の立身出世にも通ずる――
「策があると申したな」
 定満が振り向いた。
 そこに一人の男が座していた。総髪の若者だ。人形めいた、端正だが非人間的な相貌をしている。
「御意」
 ニタリと笑んで、若者は肯いた。
「新田の栗生顕友と会う段取りはできておりまする」


「蛍」
「はい」
 三郎の声に、一人の娘が答えた。風魔の蛍である。
「檜垣兵助のことでございますね」
「ああ」
 三郎は溜息を零した。
 檜垣兵助とは上杉忍者である軒猿の一忍である。その檜垣の動きがおかしい。どうやら背後に何者かの影があると三郎はふんだ。
「おそらくは宇佐美定満」
「私が」
 蛍が身を乗り出した。
「調べてまいります」
「ならぬ」
 三郎はかぶりを振った。
「風魔が動いたこと、知られてはならぬ。もし知られれば大事となろう」
「では、どうすれば」
「冒険者」
 三郎は云った。
「冒険者ならば背後は窺えぬはず。極秘裏に宇佐美定満を調べさせよう」
「三郎様」
 蛍が眉をひそめた。
 三郎の様子が変だ。早雲ほどではないにしろ、三郎は豪胆だ。その三郎の肌がそそけだっている。
「どうされたのですか」
「嫌な予感がする」
 三郎は呟いた。
「戦の予感だ」

●今回の参加者

 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 eb3797 セピア・オーレリィ(29歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb4802 カーラ・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)

●サポート参加者

ガンド・グランザム(ea3664

●リプレイ本文


 その日、三人の冒険者が江戸を発った。
 一人は男だ。若者で、少年のような体躯をもっている。パラであった。
 他の二人は女である。一人は二十代半ば、一人は五十歳そこそこと年はまったく違うが、印象は驚くほど似ていた。
 まず雰囲気だ。どこか神聖な気をまといつかせている。
 さらにいえば身体――胸であろうか。どちらもはちきれんばかりに胸元の布を圧している。
 若者は名を白井鈴(ea4026)といった。女は若い娘がセピア・オーレリィ(eb3797)、老女をカーラ・オレアリス(eb4802)といった。
「宇佐美定満って人の身辺調査をするんだよね」
 確かめるかのように問う鈴に、カーラは肯いて見せた。
「はい。沼田城城代家老です」
「良く知っているわね」
 セピアが驚いたように眼を見開くと、カーラは力なく項垂れた。
 以前、カーラは沼田を巡る陰謀を阻止する為に奔走した事があった。が、それは果たせず、今日に至っている。
 それでも成果はないというわけではなかった。
 カーラは九鬼花舟という者が沼田で暗躍している事を突き止めた。そして、その九鬼が鬼道八部衆であるという事も。
 その事実を仲間に告げ、さらにカーラは青木という若者についても付け加えた。
「青木?」
 鈴が眉をひそめた。
「何者なの、その青木って?」
「青木新太郎。本名かどうかはわかりませんが、九鬼と同じく鬼道八部衆です」
「鬼道八部衆?」
「はい。緊那羅王と呼ばれているようです」
「何だかややこしい事になっているようね」
 セピアが美しい顔を顰めた。
「じゃあ今回の依頼においての敵は、その鬼道八部衆って事になるの?」
「いいえ」
 厳しい顔でカーラはかぶりを振った。
「敵は鬼道八部衆だけとは限りません。宇佐美定満なる人物を探るとなれば、今回の敵は、むしろ上杉そのものになるかと」
「上杉そのもの?」
 セピアの顔色が変わった。敵が上杉そのものとは只事ではない。
 生唾を飲み込み、セピアが問うた。 
「上杉そのものって‥‥どういう事?」
「忍びです。宇佐美定満が何かを企んでいるとするなら忍びを使っているかもしれません」
「忍びかあ」
 遠い眼をして鈴が記憶をまさぐった。
 忍びである彼には、当然ある程度の忍びに対する知識がある。源徳家康は服部党、北条早雲は風魔を使っているはずだ。そして上杉は――
「確か軒猿っていうのが上杉の忍びだったはずだよ」
「軒猿‥‥ね」
 セピアがぽつりともらした。
「知っているの?」
 さすがに驚いた顔で鈴はセピアを見た。するとセピアはわずかに苦笑し、
「昔、ちょっとね」
 とだけ答えた。
 そう、確かにセピアは軒猿なる忍び集団を知っている。
 どれくらい前であったか、江戸復興際の折に上杉謙信が江戸に赴いた事があった。その際、実力をはかるために謙信が軒猿と冒険者を戦わせたのだ。
 その冒険者の中にセピアがいた。故にわかる。軒猿の実力が。
 伊賀の名門である服部党、関東随一と噂される風魔ほどではないにしろ、恐るべき実力の持ち主だ。真なる殺意をもって迫ったきた場合。果たしてどれだけ対抗しうるか――。
 暗鬱な眼でセピアは鈴を見た。仲間中、唯一の忍びであり、かつ物理的戦闘力を備えた若者を。
 あまり頼りにならないようだが――
 そのセピアの不安の滲んだ眼は、次の瞬間、かっと見開かれた。
 鈴の手が突如霞んだように見え――一瞬後、地に小柄が突き立っている。驚くべき迅速の手並みであった。
 が、セピアが驚いたのは、その鈴の瞬間的な手並みではない。真に驚くべきは、その小柄の刃の先にあった。
 百足。
 暖かさにつられて眼を覚まして這い出てきたものだろうか。小柄の刃は、注視しなければわからぬほどの小さな百足をものの見事に縫いとめているのだった。
「危なかったね、セピア。小さいけど、刺されたらけっこう痛いから」
 ニッコリと微笑むと、鈴は小柄を拾い上げた。


 沼田城城下。
 一際豪壮な屋敷の奥。座敷中に、一人の侍が座していた。宇佐美定満である。
 その定満の前に、別の侍が座していた。
 総髪の、端正な相貌の若者だ。が、その整った相貌の中には毒蛇の牙のごとき禍々しさが潜められている。
 九鬼花舟であった。
「九鬼よ」
 定満が口を開いた。
「栗生顕友との事、どうなっておる?」
「今宵」
 九鬼がニタリとした。
「約定をとりつけてありますれば」
「そうか」
 肯くと、定満は立ち上がり、廊下に出た。座敷の戸を閉める。そして檜垣、と呼んだ。
「ここに」
 庭に、片膝ついた人影が現出した。精悍な風貌の若者である。
 檜垣兵助。軒猿であった。
「御用でございますか」
「うむ」
 肯くと、低い声で定満は命じた。
「今宵、供をせよ」


 あっ、と呻く声は旅籠の一室からした。
 二階。窓際に座しているのはカーラであった。
「あれは――」
 カーラが唸った。
 旅籠の二階に部屋をとり、カーラはテレスコープとエックスレイビジョンの呪法を用いて宇佐美定満の屋敷を見張っていたのであったが、この時、彼女は驚くべきものを見た。
 定満が対していた人物。それは先日カーラを襲った忍びではなかったか。
「まさか‥‥宇佐美定満が襲撃の首謀者?」
 カーラは愕然として呟いた。
 あの忍びが定満の配下である以上、彼は軒猿であろう。そして、その軒猿を使い得るのは上杉家重臣である定満であるのも肯ける。
 が、わからぬのは定満の真意だ。北条三郎の臣であるはずの定満が、何故に冒険者の邪魔をするのか。
「やはり、あの男の仕業か」
 カーラの眼が再び常越の力を得た。そして一人の若者の姿を捉えた。
 総髪の侍。九鬼だ。
「乾闥婆王‥‥」
 カーラの口から押し殺した声がもれた。
 その時だ。障子戸が開き、鈴が顔を覗かせた。
「どう、屋敷の様子は?」
「先日の襲撃者が何者なのかがわかりました」
 答えると、カーラは今見た事実を語った。鈴は困惑したように頭を掻いた。
「いったいどうなってるんだろ? どうして宇佐美定満は冒険者の邪魔をするのかな。冒険者は主である北条三郎の味方なのに」
「きっと九鬼にそそのかされているんです。‥‥で、白井さんの方はどうだったのですか」
「駄目だね」
 残念そうに鈴はかぶりを振った。
 宇佐美定満の屋敷に潜入すべく、先ほどまで鈴は屋敷周辺を探っていたのだが、結果は徒労に終わっている。さすがに沼田城城代だけあって忍びの眼が光っているのだ。異常なほどに。達人級の隠密能力をもつ鈴にしても宇佐美定満の屋敷に潜入するのは不可能に近かった。
「これじゃ、後をつけるのも難しそうだなあ」
 鈴が慨嘆した。その時だ。
 突如、宇佐美定満の屋敷から数人の男が姿を見せた。
「あれは‥‥」
 ちらりと見下ろし、鈴は男達の正体を忍びと看破した。身形は町人だが、身ごなしが只者ではない。鈴の眼を誤魔化すことはできなかった。
「忍びが、どうして‥‥?」
「きっとセピアさんね」
「ははあ」
 カーラの言葉に鈴は合点した。そして、ニッ、と悪戯っ子のように笑った。
「軒猿の数が少なくなれば尾行は可能かもしれない」


 残照も消え、辺りは薄闇が満ち始めている。
 朧な影をひきつつ、セピアはぴたりと足をとめた。彼女の眼は前方に立つ浪人者らしき人影を見出している。
「私に何か用かしら」
「女、江戸者か」
 浪人が問うた。
「江戸者かどうがわからないけれど、江戸から来たのは確かね」
「そうか」
 浪人者が足を踏み出した。するすると近寄ってくる。
 セピアは何気ない風を装って佇んでいた。その背に冷たい汗を滴らせつつ。
 軒猿が無闇に手出しをするはずがないと彼女はふんでいる。が、実際にその読み通りに動くか。
 もし軒猿が襲いかかってきたならばセピアに防ぐ術はない。彼女は無手であった。
「女、貴様、戦に興味があるのか」
「えっ?」
 セピアは虚をつかれた。やや戸惑った後に、
「どうしてそんなことを」
「居酒屋で傭兵志願の浪人者は話していただろう」
「何だ、聞いていたの」
 セピアはわずかに緊張を解いた。どうやらいきなり抜刀してくることはなさそうだ。
「興味というか‥‥私はジーザス教の宣教師なの。戦を見過ごしにはしておけないから、やっぱりね」
「ふふん」
 浪人者は薄く笑うと、セピアの全身を無遠慮に眺め回した。
「まあいい。それより、これから俺と飲まぬか。俺は仕官先を求めてこの沼田に来た。沼田の事は詳しいぞ。戦についても何かと教えてやれるだろう」
「そう」
 セピアの眼が妖しく煌いた。
「ちょうどいいわ。少しお腹が減ってきたところだから」
「よし。俺が良い店に連れて行ってやる」
 浪人者が歩き出した。後にセピアが続く。見送る眼は二対あった。
「上手くいったようだな」
 声がした。檜垣兵助のものだ。
「しかし本当か。あの女が冒険者であるというのは」
「はッ」
 別の声が答えた。
「以前謙信様の供をし江戸に参った折、冒険者と刃を交わし申した。その冒険者の中に、確かにあの女が――」
「いたというか」
 兵助はううむと唸った。
「謙信様とかかわった冒険者がこの沼田にいる。そして何事かを嗅ぎまわっている。これは偶然であろうか」
 ややあっと、兵助は平三郎と呼んだ。
「助太夫だけでは不安だ。お前を女を見張れ」
「兵助殿」
 平三郎がやや鼻白んだ。
「下忍とはいえ、我らは軒猿。あの女ごときに助太夫が遅れをとるとは思えませぬが」
「いいや」
 兵助はかぶりを振った。
「謙信様が申されていたという。冒険者という者、妖怪のようであるとな。不義不忠の徒であるが、その技においては瞠目に値するということであるらしい」
「な、なるほど」
 平三郎が首を縦に振った。
 思い出したのだ。江戸において戦った冒険者の実力を。確かに侮れる相手ではない。
「わかったか。ならば、ゆけ」
「はッ」
 影が音もなく疾り去ってゆく。それを見届け、兵助もまた闇に没した。


 宇佐美屋敷から駕籠が現れたのは亥ノ刻であった。
 供の者は七人。中に一人、総髪の若者の姿があった。九鬼だ。
 すでに人通りの絶えた道を影絵のように駕籠がゆく。わずかに遅れ、二つの影がその後を追った。カーラと鈴だ。
「どこへ行く気だろ」
 鈴が首を傾げると、カーラは黒子頭巾をかぶりなおし、
「さあ。‥‥でもこのような深夜に出向くのです。只の相手とは思えません」
「そうだね」
 鈴は答え――ぱっと飛び退った。彼の立っていた地に一本の手裏剣が突き立っている。忍びの使うものだ。
「何者だ、うぬら」
 物陰からすっと人影が現れた。
 その顔をカーラは知っている。檜垣兵助だ。
 カーラは慌てて顔を伏せ、鈴は忍犬獅子丸の頭を撫でながら小首を傾げた。
「何なの、おじさん」
「馬鹿め」
 兵助は冷笑した。
「それほどの身ごなしをしておって、とぼけても無駄だ。うぬは忍びだな」
「仕方ありませんね」
 カーラが頭巾をはねのけた。うっ、と兵助が眼をむく。
「うぬは、あの時の‥‥」
「鈴さん!」
 カーラは叫んだ。
「行ってください」
「わかった!」
 鈴が印を組んだ。
「やらせぬ」
 兵助の手から手裏剣が疾った。が、それは不可視の力場によってはじかれている。カーラのホーリーフィールドだ。
 直後、爆発音が轟き、鈴の身が消失した。
「微塵隠れか!」
 兵助は抜刀した。そしてカーラをじろりと見据えた。
「あの時は逃したが、此度はそうはいかぬ。何を企んでおるか吐かせてくれる」
 兵助が殺到した。ましらの迅さでカーラに迫る。月光をはねた刃はしかし、再びカーラの身に届く前にとまっている。が――
 一刀の衝撃でホーリーフィールドは解除されていた。高速詠唱での呪法発動を完璧にする為には専門級の発呪でなければならず、それでは威力は不十分であったのだ。
「おのれ!」
 怒涛のように兵助は刃を唸らせた。それをことごとくカーラはホーリーフィールドによって防ぐ。
 カーラの眼に焦慮の色がよぎった。
 一瞬でホーリーフィールドが解除されてしまうので、他の呪法を発動させる余裕がない。とはいえ、このままではいずれ呪力が尽きてしまう。何とかしなければ――
 その時、突如兵助が飛び退った。今度は、彼のいた地に手裏剣が突き刺さっている。
 はっとして顔をあげたカーラは、愕然として眼を見開いた。
 月光に蒼く浮かび上がる小影。それは鈴ではなかったか。
「やっぱりカーラさんを見捨ててはいけないよ」
 鈴が身構えた。右手には甲賀卍手裏剣、左手には鬼神ノ小柄を携えて。
「ぬっ」
 カーラの存在を忘れたかのように兵助が鈴に向き直った。そうさせずにはおかぬ凄愴の殺気が鈴からは放たれていた。
「そこまでです」
 カーラの叫びが鞭のように夜気をうった。
 その一瞬後のことだ。兵助の身は薄蒼い光に包まれている。
 氷柱。カーラのアイスコフィンであった。


 三人の冒険者が沼田城城下を去ってゆく。見送る影は二つあった。
 秀麗な若者と可憐な娘。北条三郎と風魔の蛍だ。
「冒険者。‥‥よくやってくれた」
「しかし宜しいのですか。宇佐美定満を放っておいて」
「証がない」
 三郎は云った。
 檜垣兵助を捕らえた冒険者は、その心を読みとり、かつて冒険者の邪魔をした黒幕が宇佐美定満であることを確認している。とはいえ、それはあくまで呪法によって判明したもので、確たる物証があるというわけではなかった。それで、仮にも城代家老ともあろう上杉家重臣を追い詰めるわけにはいかない。
「とはいえ宇佐美定満が何事かを企んでいるのはわかった。これ以上は好きにはさせぬ」
 三郎は告げた。そして決意した。
 沼田にかかる暗雲――鬼道八部衆とやらと決着をつけねばならぬと。