凶敵
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:04月13日〜04月18日
リプレイ公開日:2009年05月05日
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●オープニング
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その一撃は迅雷に似て。
大気に白光の亀裂が刻まれた後、村に雇われた浪人は真っ二つに断ち割られ、血に崩折れた。狭霧のように血煙が噴いたのはその後だ。
その血煙に、真紅に染まって立つのは一匹の鬼であった。
只の鬼ではない。二本の角が額にあるものの、相貌は人のそれである。端正ともいえなくもない顔に獰猛な笑みをうかべていた。
「チッ。面白くねえな」
巨大な刀を肩に担ぎ上げ、鬼はつまらなさそうに舌打ちした。
「大瀧丸のアニキ」
呼ばれ、鬼――大瀧丸は振り向いた。その先、一匹の鬼が少女を踏みつけている。大瀧丸と同じく人の相貌をもつ鬼だ。
「蛇骨丸か。何だ」
「この小娘で最後だ。喰らっていいか」
舌なめずりし、蛇骨丸がじろりと少女を見下ろした。恐怖によって気死しているのか、少女は身動き一つしない。ただ涙と鼻水で満面を濡らしていた。
「かまわねえ。いや――」
大瀧丸がとめた。
「そいつは生かしておけ」
大瀧丸が周囲を見回した。
屍が累々と地に横たわり、生きている者の姿は一人たりとてない。蛇骨丸のいうとおり、村人は少女を残し、皆殺しになっていた。
蛇骨丸は不服そうに鼻を鳴らした。
「どうしてだよ。こいつ、美味そうなのに。‥‥って、どうして他の奴らを連れてこなかったんだ。江戸をぶっ潰すんじゃなかったのかよ」
「うるせえな。俺が勝手に暴れるのは悪路王が許さねえだろ。野郎、俺を奥州の守りにおいときてえみたいだからよ。下手に他の奴らを動かしたら悪路王にばれちまうだろうが」
大瀧丸は忌々しげに口をゆがめた。
悪路王配下の鬼王の中でも、大瀧丸の軍団は最大級の規模と精強さを誇る。あまり大規模に配下の鬼動かせば、大瀧丸の独断専行が悪路王に露見するのは必至であった。
「じゃあ何でこんなちんけな村で暴れてんだ?」
「ある野郎を誘き出すためよ」
大瀧丸の眼に凄絶な光がやどった。
大瀧丸は奥州最強であると自負している。戦闘力のみにおいては悪路王ですら凌ぐとも。
事実、過去において、大瀧丸は何者とも一合も刃を合わせたことはなかった。すべてにおいて一刀のもとに敵を斬り捨ててきたのである。
音無し。それが彼の誇りでもあった。
しかるに――
その大瀧丸の一撃を受け止めた者があった。
鬼ではない。人間だ。
どれほどの昔になるか。大瀧丸は一度二百の鬼を率いて江戸を攻めたことがあった。
その折、大瀧丸の前に数人の人間が立ちはだかった。その中の一人が大瀧丸の一撃を受け止めたのである。虫けらと侮っていた、たかが人間風情に、である。
その時、大瀧丸が感じたものは怒りであった。憎悪であった。殺意であった。
が、同時に大瀧丸は別の感情をも覚えていた。
それは喜悦である。かつてない好敵手と巡り合った者のみがもちうる敵愾の心であった。
その後、大瀧丸は配下の鬼をつかい、その人間が何者であるか探った。そして知ったのである。その人間の正体が冒険者であることを。
「小娘」
大瀧丸が蛇骨丸をおしのけた。そして少女の背に刃先で瀧の文字を彫った。
「次は隣の村を潰す。その次は、その隣の村だ。覚えておけ」
告げると、ニンマリ笑いつつ、大瀧丸は空を見上げた。
そこに、彼は一人の男の面影を描いた。共に天を戴かざる敵の面影を。
その男の名は――
●
陸堂明士郎(eb0712)はふと顔をあげた。何者かに名を呼ばれたような気がしたのだ。
彼は今、京にあった。黄泉大神たるイザナミと決着をつけんがためである。
おそらくは生死をかけた壮絶なる戦いになるであろう。が、その戦いに勝るとも劣らぬ凄愴の気配を感得し、明士郎は戦慄した。それは――
大瀧丸と同じく、好敵手と巡り合った者のみがもちうる戦きであった。
●
「大瀧丸めが」
微かに牙を軋らせたのは容貌魁偉な鬼であった。
名は悪路王。万の鬼を治める、奥州の鬼王である。
「勝手な真似を」
悪路王はちらりと頭を垂れた一匹の鬼を見た。そして命じた。
「大瀧丸を連れ戻せ」
●リプレイ本文
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萌という名の少女は背をむけると、着物をゆるめた。細い背が露わになる。
刹那、陸堂明士郎(eb0712)の眼が凄絶に光った。少女の背にあるモノを見とめた故だ。
少女の背には無残な傷があった。刃によって刻まれたものだ。
瀧。
傷は、確かにそう読めた。
「俺のせいだ」
明士郎の口から軋るような声がもれた。
聞きとがめたのは巨躯の女だ。金色の皮鎧を纏ってはいるのだが、それでも強靭な筋肉を身につけていることは見て取れる。
メグレズ・ファウンテン(eb5451)。イギリスの騎士たる彼女は不審そうな顔を明士郎にむけた。
「貴殿のせいとは?」
「うむ」
肯いて、明士郎は語った。大瀧丸とのいきさつを。
「この娘の背にわざと瀧の一字を彫り、大瀧丸は俺を呼んでいるのだ。出て来いと」
「へへえ」
楽しそうに笑ったのは端正だが、獰猛な瞳をもつ若者だ。名を日高瑞雲(eb5295)といい、彼は云った。
「面白え。こういうアツいのは嫌いじゃねえ」
「馬鹿な」
明士郎の口から怒気のこもった声がもれた。そして明士郎は少女の背に指をのばした。
「すまぬ。俺のせいで‥‥俺には言葉が見つからぬ」
「気持ちはわかる」
真っ直ぐな瞳の持ち主が明士郎の肩を掴んだ。
カイ・ローン(ea3054)。若き騎士は、敢えて厳しい声で告げた。
「が、悲嘆にくれている暇はないぞ」
「そうです」
七瀬水穂(ea3744)が拳を握り締めた。いつもは屈託のない彼女であるが、志士たるその魂は、か弱き者が虐げられた時、憤怒の炎をあげる。
水穂は云った。
「暴虐なる鬼を撃破して村人達を守るですよ」
「そうね」
と、肯いたのはエルフの娘であった。異種族特有の人間離れした美しい相貌の持ち主だ。
ステラ・デュナミス(eb2099)という名のウィザードは、沈鬱な眼に焦慮の光をよぎらせた。
「こういう無軌道な暴虐は被害が大きいわ。急がないと」
「わかっている」
明士郎は長大な刀の柄に手をかけると、萌を見下ろし、告げた。
「大瀧丸を斃し、必ず村人の仇はとる」
「‥‥」
背をむけたまま、こくんと萌が肯いた。それを見届け、明士郎は歩みだす。
死地へ。天敵が待つ戦場へ。
と――
暗い色の衣をまとった、おっとりとした風情の若者――ベアータ・レジーネス(eb1422)がすっと明士郎に身を寄せた。
「敵は奥州に名を轟かせた鬼王だぞ。勝つ自信はあるのか」
「わからぬ、とは云わぬ」
明士郎は答えた。
「たとえ死すとも、必ず大瀧丸は討つ」
江戸の蒼空をゆく八つの影があった。云うまでもなく八人の冒険者である。
その中の一騎。翼もつ白馬には二つの人影があった。
一人はステラ、そしてもう一人――手綱をひくのは少女のように可憐な娘で。
名はアン・シュヴァリエ(ec0205)。イスパニア王国の神聖騎士である。
「雫を思い出すわね」
ぼそりとアンは呟いた。明朗な彼女には似合わぬ重い声だ。
「雫?」
「うん」
肯くと、アンは雫という娘について事情を明かした。
クサナギという伝説を背負い、それを守る為に自ら身を投げた少女。萌と同じく暴虐の手に引き裂かれた哀れな者だ。
「許せないんだよね、そういうの」
怒りを声を滲ませ、アンは云った。
彼女の手は覚えている。萌を抱いた時、その萌の身体に残る震えを。
「大丈夫よ」
ステラはぎゅっとアンを抱きしめた。
「御神楽澄華がついているから。きっと萌の心の傷を癒してくれるわ」
「うん‥‥」
アンの応えは冴えない。何故なら、彼女の胸をリアナ・レジーネスのフォーノリッヂの結果が締めつけているからだ。
悪路王が江戸を滅ぼし、大瀧丸が人々を殺戮する。もし冒険者が何も手をうたなかったら。
「もう雫や萌のような哀しい者はださない」
アンは決意を込め、天馬――キルヒの腹を蹴った。
●
そこは地獄であった。村には死と苦痛が満ちている。
「あっ」
一人の少女が倒れた。どこか痛めたか、それとも恐怖のためか、すぐには立てない。
見下ろすように、一匹の鬼が立った。爛と眼を光らせ、獣のもののような牙の覗く口から涎を滴らせている。
「美味そうな小娘だな」
鬼が手をのばした。小さな肉体を引く裂くべく。
次の瞬間、真紅の花が開いた。血の花だ。
少女の瞳は見た。彼女を庇って立つ一人の娘――メグレズの姿を。
「助けにきた」
メグレズが云った。その脇腹を鬼の爪が抉っている。
そしてメグレズのテンペストは鬼を袈裟に斬りさげていた。血の花は、鬼の肩から噴出する鮮血であった。
「妙刃、水月!」
「グハッ」
鬼が哭いた。一撃で致命に近い損傷を与えている。恐るべきメグレズの戦闘力であった。
が――
メグレズの顔色が変わった。
彼女のテンペストの刃を、瀕死のはずの鬼が掴んでいる。信じられぬ生命力であり、かつ執念であった。
刹那、鬼の拳がメグレズの腹に叩き込まれた。巌のような彼女の腹筋はその拳をしっかりと受け止めている。が、それでも苦痛にメグレズは身をよじった。
その時だ。鬼の顔がひしゃげた。炎の塊が鬼の頭蓋にぶち当たったのだ。
鬼の頭蓋の上、炎塊の中で水穂がにこりと微笑んだ。
「大丈夫なのかです」
「すまん。助かった」
メグレズが鬼の手から剣を奪い返した。肯くと、水穂は再び空を翔けようとし――彼女の足をがっきと鬼の手が掴んだ。
「あっ」
七瀬が呻いた。めきり、と彼女の足が悲鳴をあげる。骨が砕かれていた。
「しつけえんだよ」
刃、一閃。血煙と共に、今度こそ鬼が斃れた。真紅の狭霧の向こうで、ニッと傲慢ともいえる笑みを浮かべているのは、血刀をかかげた瑞雲であった。
「やるじゃねえか、こいつら」
瑞雲が素早く周囲を見回した。相貌に浮かぶ笑みとは裏腹に、その眼の光は厳しい。
村人に手をかけていた鬼達が彼らの存在に気づいたようであった。およそ戦闘能力においては桁外れの域にある瑞雲は、瞬時にして彼我の戦力差を見抜いている。
「こいつはやべえな」
むしろ血笑をうかべ、瑞雲はすずうと退った。
「遊んでやるぜ。かかってきな」
●
天馬を駆るアンは唇を血の滲むほど噛み締めた。
見下ろす地は悲惨な有様だ。半数ほどの鬼が瑞雲達に誘き寄せられたようだが、まだ十分ではなかった。
「やるわよ」
ステラが叫んだ。
呪力展開。瞬時に編み込まれた呪言は空中の水分を凝縮し、拳大ほどの水球をつくりだした。
「ウォーターボム!」
「ブラックホーリー!」
ステラの手から水球が放たれた。同時にアンの手からも不可視の呪的熱量が。
一匹の鬼の背で水球がはじけた。そして別の鬼の肉を聖衝撃が撃つ。
が、鬼にさしたる損傷はない。鬼の身に刻んだのはかすり傷であった。
「やはり、ね」
しかしステラの相貌に落胆の色はなかった。その結果はステラの予想範囲であり、目的は鬼を誘き寄せる事であったのだから。
「わざと威力をおとした攻撃をした甲斐があったね」
「ええ」
とステラが肯いた時だ。
「てめえら!」
雷鳴にも似た大音声が響き渡った。
はじかれたように声のした方向に眼をむけた冒険者達は、そこに一匹の鬼の姿を見出した。
衣服を纏った、端正ともいえる相貌。金色の魔眼に獰猛な光をうかべ、肩に巨大な刀を担いでいる。
「あれは――」
アンの口から、彼女自身気づかぬ声がもれた。その声が聞こえぬ距離であるのに、鬼はニヤリとした。
「大瀧丸だ」
「馬鹿野郎が!」
再び大瀧丸が叫んだ。
「いいように虫けらどもに振り回されやがって。おい――」
大瀧丸が顎をしゃくると、その背後に、これも人間の相貌をもつ一匹の鬼が現れた。冒険者は知らぬ事であったが、蛇骨丸である。その巨腕は二人の少女の襟首をひっ掴んでいた。
「こっちには人質となる虫けらがたんまりいるって事を忘れているようだな。蛇骨丸」
「げへへ」
蛇骨丸が手にわずかな力を込めた。女の子の顔が苦痛に歪む。
「くっ」
カイの傍らで、空飛ぶ絨毯に座したベアータが呻いた。その時――
「待て」
静かな声が、しかし地鳴りのように空間を震撼させて響いた。
●
風が塵煙を巻き上げた。茶の旋風が吹きすぎ――
一人の男が佇んでいた。
「約二年振りか、大瀧丸」
「てめえ」
大瀧丸が立ち上がった。すでに傍らの少女の事など念頭にない。
対する男はあくまで静かな眼で大瀧丸を見返し、名乗った。
「陸奥流、陸堂明士郎だ」
「ふはは、明士郎ってのか、てめえ」
大瀧丸の眼がぎらりと光った。その相貌が喜悦にゆがむ。
「会いたかったぜえ」
「心して来い。己の罪を踏みしめて」
「ぬかせ」
大瀧丸が唇を吊り上げた。
「俺の歩みは、貴様を地獄へ蹴り落とす時の刻みだ」
そして――
間合いをわずかにはずし、宿命の二人は対峙した。
一方は超人的な剣技を誇る剣侠、そして一方は悪魔的な戦闘能力を持つ鬼王。互いに相通じるものなど何もない。
が、二人は誰よりもお互いの事を理解していた。剣でしか語り合うことができぬ者と。
陸堂明士郎と大瀧丸、今、剣をもって相対す。
明士郎の身から凄絶の殺気が放たれた。対する大瀧丸の身からも。
二人の周囲を旋風が取り巻いた。土埃と小石を巻き上げ、唸りをあげる。二人の殺気の成せるわざだ。
時が凍りついた。冒険者と鬼が凍りつかなくてどうしよう。
ただ二人、カイとベアータのみは好機と見た。
本当のところ、ベアータは鬼のもとに人質がいるかもしれぬことをブレスセンサーでつかんでいた。その事実をヴェントリラキュイでカイに伝え、奪還の機会を窺っていたのだ。
カイがメイより身を躍らせ、舞い降りた。どこへ――蛇骨丸の前に。
「青き守護者、カイ・ローン、参る」
片膝ついた姿勢のまま、カイは波濤紋の槍を繰り出した。眼にもとまらぬその突きは避けもかわしもならぬ蛇骨丸の腹に吸い込まれ――
「何っ」
カイの眼が驚愕にカッと見開かれた。
カイの渾身の一撃は確かに蛇骨丸の腹に突きこまれた。が、鋼並みの硬度をもつ蛇骨丸の腹筋に阻まれ、海王の槍の穂先はわすがに蛇骨丸の腹の肉を抉ったにすぎなかったのだ。
「何だあ、てめえ」
二人の少女を放し、蛇骨丸が抜刀した。そして無造作に振り下ろす。
咄嗟にカイは高速詠唱によるホーリーフィールドを展開しようとし――
とてつもない衝撃がカイを襲った。
蛇骨丸の刃がカイを深く斬り下げていた。ホーリーフィールドの発呪に失敗したのだ。
「メイ、子供達を」
血を吐きながらカイが叫んだ。致命とはいかないまでも、かなりの深手を負っている。カイ自らの手で少女達を救うのは不可能であった。
「やらせるか」
蛇骨丸が刃を横にはしらせた。唸る刃先は少女の首を刎ね――寸前でとまった。天から下された紫電が蛇骨丸の腕を灼いたのだ。
ふわりと空飛ぶ絨毯が降下し、上に座したベアータが少女を引き上げた。
●
蒼空に鋭い光が閃いた。雷鳴だ。
ふふふ、と大瀧丸が笑った。
「天も俺達の戦いに興奮しているぜ」
「来い」
明士郎が抜刀した。
刹那だ。何の予備動作も見せず、大瀧丸が間合いを詰めた。迅雷の如き斬撃を叩き込む。
七色の火花を散らせ、明士郎が大瀧丸の刃を受け止めた。
「むっ」
明士郎の口から彼自身気づかぬ呻きがもれた。
再び受けた大瀧丸の刃であるが――違う。迅さも威力も数段増している。大瀧丸の実力は明士郎の予想を遥かに超えていた。
が、舌を巻いているのは大瀧丸の方であった。
この世に受け得る者なし。満腔の自身をもって放った一撃であった。それをまたもや明士郎は受け止めたのである。
「野郎‥‥」
大瀧丸が飛び退り、び間合いを開けた。
●
鬼達が動いた。数匹が一組となって冒険者と村人に襲いかかる。
「妙刃、破軍!」
二匹の鬼と交差した一瞬後、メグレズが叫んだ。
刹那、吹く。剣風が。
その恐るべき威力に、鬼ほどの化生が肉をはじけさせ、身をのけぞらせた。が、致命には至らない。鬼がメグレズに掴みかかった。
「は、放せ」
メグレズがもがいた。が、両腕に組みついた鬼は離れない。鬼の膂力はメグレズよりも上であった。
「ぐふっ」
メグレズの顔面が粉砕された。三匹めの鬼が叩き込んだ鉄棒の仕業だ。さらに止めを刺すべく鬼が鉄棒を引き――
炎をまといつかせた蹴りが鬼の顔にめり込んだ。水穂だ。
が、歪んだ顔で、鬼がニンマリした。たいした傷は負っていない。
「メグレズさん、逃げてくださいです」
のばされた鬼の手を逃れて、水穂が空に舞い上がった。
瀕死のカイを守り、怒涛のように繰り出される蛇骨丸の攻撃をアンは次々と張り巡らせたホーリーフィールドで防いでいた。息継ぐ間もない。威力を落とした聖結界は瞬時にして解呪されていた。
「だ、だめ――」
アンの眼に絶望の色が流れた。あと少しで呪力が尽きる。
その時、横からのびた一刀が蛇骨丸の刃を受け止めた。
「瑞雲!」
「待たせたな」
ニヤリとすると、瑞雲が蛇骨丸の刃をはねあげた。
鬼切丸の秘力もあいまって、すでに彼は数匹の鬼を不動にしている。同時に彼自身も傷ついていたが。
瑞雲は童子のように笑った。
「さあ、死合おうか」
同じ時、ステラとベアータは村人を守って奮闘していた。
ステラが鬼の動きを鈍らせ、その隙にベアータが村人を運ぶ。言葉でいえば簡単だが、それは至難の業であった。
村人を巻き込まぬため、広範囲魔法は使えない。かつ、ベアータの発呪は高速の為に度々しくじっていたからだ。
それでも次第に村人の避難は終わりに近づき、ステラとベアータの胸に希望の光が灯された。
その時だ。大地が鳴動した。
●
刃が舞い、拳が疾り、脚が飛ぶ。
爆発に似た衝撃を幾度も放ち、両雄はぶつかりあった。互いに傷は追いつつも、しかし未だ決着の時は来ない。されど――
ふいにその瞬間は訪れた。大瀧丸の殺気が揺らいだのだ。
それが地の鳴動の為と知るより早く、ほとんど反射的に明士郎は刃を薙ぎ下ろした。疾る銀光は大瀧丸の面上を過ぎ――
大瀧丸は左目を押さえてたたらを踏み、明士郎は飛び退った。その明士郎の手は、確かに肉を裂いた手ごたえを覚えている。
斬った! あの大瀧丸を!
心中に快哉をあげつつ、
「大瀧丸、覚悟!」
「待て」
突如迸った声に、大瀧丸に迫ろうとした明士郎の足がとまった。はじかれたように振り向けられた彼の眼は、村を取り囲む無数の鬼の姿を捉えている。
その中の一匹の鬼が吼えた。
「退け、人間ども。退かば、我らもまた奥州へと退く。退かねば、皆殺しぞ」
「‥‥」
明士郎は蛇骨丸と刃を噛み合わせた瑞雲と視線を交わしあった。これだけの鬼軍を相手にしてはさすがに分が悪い。ここは退くのが賢明だろう。
「わかった。村人には手を出すなよ」
「ま、待て!」
閉じた左眼から血を滴らせ、大瀧丸が絶叫した。
「まだだ。まだ勝負は終わっちゃいねえ」
「‥‥」
黙したまま明士郎は背をむけた。その背を追って大瀧丸の怒号があがった。
「明士郎ーっ!」
その時、この日最後の雷鳴が轟いた。