【道教大神】黄金髑髏

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:04月21日〜04月26日

リプレイ公開日:2009年05月19日

●オープニング


 深夜。
 煌々と冴える月の下、粛々と進む一団があった。駕籠と、その駕籠を守る共侍である。
 と――
 突如、先をゆく共侍の一人が足をとめた。そして眼を眇めた。
 前方に月光をあびて朧に浮かぶ人影が見える。
 体躯は六尺ほどか。マントに似た衣服をまとっている。深編笠の為に相貌は見えない。異様な風体であった。
 が、その風体より何より、その人影から漂い出ている禍々しき気配を感得し、先頭をゆく侍――駒井重四郎は本能的に刀の柄に手をかけた。 
「邪魔だ。どけ」
「‥‥」
 人影は黙したまま動かない。重四郎は刀の柄にかけた手に力をこめた。
 その指が震えている。それは、重四郎自身すら気づかぬ恐怖によるものであった。
「これは戸田勝隆様のお駕籠だ。無礼は許さぬぞ」
 自らの恐怖そのものを恐れるかのように重四郎は怒声を発した。
 平野長泰は藤豊秀吉の武将で、勇猛なるその性を知らぬ者は少ない。
「無礼はお前の方であろう」
 人影から声が響いた。
 重四郎が――彼を含めた全ての供侍がびくりと身を硬直させた。いや、駕籠の中の平野長泰その人も。
 人影の声は、聞く者に原初的な恐怖を呼び起こさずにはおかぬ不気味な響きをおびていたのであった。
「何っ」
 重四郎は鯉口を切った。
「貴様、何者だ」
「知ったところで伝えることはできぬ」
 人影は名乗り、笠をあげた。
 刹那である。侍の口から呻きがもれた。
 笠の下。そこに人の顔はなかった。
 あるのは金色の光である。いや、正確に云えば、黄金の髑髏が月光をはねかえしているのであった。
「下郎」
 黄金髑髏の口から重々しい声が発せられた。
「我に対する無礼、その命をもって償ってもらうぞ」
 黄金髑髏が骨のみの手をあげた。それが合図ででもあったか――
 駕籠の前後にふっと五つの影が現出した。
 いずれも衣服をまとってはいるものの、正体は骸骨である。重四郎は知らぬことであったが、死霊侍と分類される妖であった。
 この場合、しかし重四郎の口元に嘲りにも似た笑みが浮いた。
 彼は怪骨と呼ばれる妖怪の存在を知っていた。突きが効かぬことを除けば、さしたることもない敵である。恐れる必要はなかった。
 が、抜刀した重四郎の刃が凍りついた。
 怪骨から発せられる妖気に戦慄すべき気がまとわりついている。それは凄絶の剣気であった。
「石丸兵部、大川鉄蔵、栗林隼人、関口玄蕃、田口一真」
 黄金髑髏が名を呼んだ。すると五体の死霊侍が進み出た。いずれも高圧の殺気をまといつかせている。
「何っ」
 重四郎は呻いた。今、大禍津日神が発した名に聞き覚えがあったからだ。
 石丸兵部。
 大川鉄蔵。
 栗林隼人。
 関口玄蕃。
 田口一真。
 五人とも、京において道場をもつ剣客であった。石丸兵部は佐々木流、大川鉄蔵は新当流、栗林隼人は新陰流、そして関口玄蕃は中条流、田口一真は夢想流の免許皆伝であったはずだ。そして先年、五人ともが亡くなっていることを重四郎は知っていた。
「ま、まさか」
「やれ」
 黄金髑髏が命じた。すると五体の死霊侍が抜刀し、するすると重四郎に迫った。
「‥‥」
 無音のまま、死霊侍が刃を薙ぎ下ろした。それを重四郎はかろうじて受け止めている。
 が、他の供侍達は違った。一合も刃をあわせることなく、供侍達は斬り捨てられている。案山子でも斬るような無造作な殺戮であった。
「殿、お逃げください!」
 重四郎が叫んだ。が、その絶叫ごと、疾る刃が彼を両断した。


 きりきりと歯噛みする音が響いた。
「おのれ!」
 怒声を発すると、藤豊秀吉は扇子を叩きつけた。
 彼は、たった今、家臣の侍から平野長泰暗殺さるの報を聞いたところであった。
 これで五人。すでに三好房一、井上道勝、郡宗保、松原五郎左衛門という四人の黄母衣衆が暗殺されていた。
 秀吉は焦慮に血走った眼を見開いた。
 黄母衣衆なら良いというわけではないが、ついに暗殺者の凶刃は武将にも及んだ。藤豊秀吉の名にかけて、このままに捨て置くわけにはいかぬ。
 とはいえ、どう手をうつか。秀吉の頭脳は混迷に陥った。
 暗殺者が何者であり、何を狙っているのかわからぬ。しかしそれが判明するまで、まさか家臣達に屋敷の奥に閉じこもっていろと命じるわけにもいかなかった。
「何の暗殺者ごとき」
 苦々しく吐き捨てた者があった。
 強靭な筋肉に覆われた体躯。虎のような凄みのある眼。圧倒的な迫力を秘めた侍である。
 加藤清正であった。
「この清正が一人で出向き、暗殺者を斬り捨て、長泰の仇をとってくれましょうぞ」
「いや、清正。其方の手をわずらわせるまでもない」
 慌てて秀吉は清正をなだめた。清正は藤豊家の武闘派を背負う男であり、とてもではないが任せられない。が、清正も強情だった。清正と長泰は、かつては同じく秀吉の小姓出身の朋輩だった。
「では、殿には何か算段がおありでござりまするか」
「――冒険者」
「冒険者?」
「そうじゃ」
 秀吉は大きく肯いた。
「奇怪な敵、冒険者なれば何か算段がつくであろう」


 江戸の冒険者ギルドに依頼書が貼り出された。藤豊秀吉からの依頼書である。
 すっとのびた手が依頼書をとった。
「この依頼は俺が受ける」
 手の主は云った。
 駒井重太郎。駒井重四郎の息子であった。
「父上は役立たずじゃないぞ」
 重太郎は唇を噛んだ。
 彼の父、重四郎の家格は低い。が、それでも平野長泰の側衆にひきたてられたのは、ひとえにその剣の技量によるものといえた。
 その父を、重太郎は誇りにしていた。彼は、ずっと父の背を追いかけていたのである。いつか父に追いつこうとして。
 しかるに、その父は主を守ることができずに果てた。口さがない者は、重四郎のことを禄盗人などと呼ぶ始末だ。
「父上の汚名は俺が雪ぐ」
 熱をおびた眼を光らせ、重太郎は云った。
 

●今回の参加者

 ea0020 月詠 葵(21歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2445 鷲尾 天斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb3824 備前 響耶(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ec0205 アン・シュヴァリエ(28歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec1223 王 冬華(26歳・♀・ナイト・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

カノン・リュフトヒェン(ea9689)/ リアナ・レジーネス(eb1421)/ ローラ・アイバーン(ec3559)/ 九烏 飛鳥(ec3984

●リプレイ本文


 その小柄の男は、とても関白とは見えなかった。藤豊秀吉である。
「よくぞ来てくれた」
 鷹揚に笑いつつ、秀吉は二条城に集まった八人の冒険者を見渡した。そしてその中の一人、ベアータ・レジーネス(eb1422)に眼をとめると、大きく肯いた。
「ご苦労であった」
「いいえ」
 ベアータは美しい口元をわずかに綻ばせると、
「それよりもお願いしたき事が」
「願い?」
 眉をひそめると、秀吉は傍らに座す侍に眼をむけた。
 巌のような男。引き締まったその身体からは勇猛の気が溢れている。
 加藤清正であった。
 秀吉は再びベアータに眼を戻すと、
「聞こう」
「では」
 口を開いたのは顔に横一文字の傷のある男であった。
 ぎらり、と清正の眼が光る。彼は知っていたのだ、その男の正体を。
 ふてぶてしいまでの覇気に満ちた男の名は鷲尾天斗(ea2445)。新撰組一番隊組長代理であった。
「貴様、確か家康の犬であったな」
「ああ」
 天斗が平然として清正を見返した。
「が、今は一介の冒険者として依頼を受けている。文句でもあるのか」
「何っ」
 かっと怒りの色を顔に滲ませ、清正が腰を浮かせた。
「清正」
 秀吉が制した。そして天斗を促した。
「続けよ」


 冒険者ギルドに二人の冒険者の姿があった。
 共に異国人。そして共に美女である。
 一人は名をリアナ・レジーネスといった。そしてもう一人はカノン・リュフトヒェンという。
「どうだ、未来視は?」
 カノンが問うと、リアナは暗い顔で首を振った。
「ベアータに話したのと同じ、駒井重太郎と加藤清正を待っているのは死です」
「そうか」
 カノンはギルド内を見渡した。未だ、此度の依頼に興味を示す者の姿はない。
「嫌な予感がする」
 カノンは、己の肌が粟立っていることに気づいた。


 五条通。
 人で賑わうその通りにベアータは立っていた。傍には大人と子供ほど背丈の違う男女が立っている。
 男は三度笠を被っている為、顔は良くわからない。が、その身から噴き零れる高圧の気は尋常ではなかった。
 そして、女もまた市女笠を被って顔を隠していた。身形からして巫女であるらしいが、衣服の下の身体は鍛え抜かれた者特有の躍動美に満ちている。
 アンリ・フィルス(eb4667)とアン・シュヴァリエ(ec0205)であった。
「ここか」
 アンリが問うと、ベアータは肯いた。
 この通りで平野長泰――正確には、その影武者が暗殺されたのである。それは五日前の事であった。
 ふむ、とアンリは首を捻った。暗殺された他の者に共通性はなかったからだ。
「四人の黄母衣衆は勇猛なれど、秀吉殿にとっていわば桂馬や香車。が、平野殿はそうではない。金か銀といったところだ」
「つまりは王手をかけたがっているってこと?」
 アンが瞳をくるくるさせた。ああ、とアンリは肯くと、
「おそらく暗殺者は次に飛車か角を狙ってこよう」
「だから清正なんだね」
「うむ」
 アンリがベアータに眼をむけた。
「暗殺者の情報が欲しい」
「やってみよう」
 ベアータが経巻を広げた出した。それからどれだけの時が流れただろう。やがてベアータが眼を開いた。
「わかった?」
 アンが問うと、ベアータは低く呟いた。
「暗殺者は人じゃない」
「人じゃない?」
「ああ」
 ベアータは答えた。そして垣間見た過去について物語る。暗殺者の正体が怪骨である事を。


 京の町に闇が落ちた。ここ、二条城にも。
 その二条城の一角に、幾つかの影があった。冒険者と清正である。
 何をしているのか。
 上半身裸の清正にアンが顔を近寄せている。それだけ見ればいかにも卑猥で怪しいが、アンの眼に浮かぶのは理知の光であった。
「もうよいか」
「まだ」
 アンはかぶりを振ると、清正を見上げた。
「そんなに邪険にしなくていいじゃない」
「くだらぬ」
 清正が吐き捨てた。
「このような後細工をせずとも、わしが出向けばよいことじゃ」
「そんなに簡単じゃないのよね」
 桃の花の刺繍が施されている振袖を纏った、はちきれんばかりの肉体をもつ娘が溜息を零した。
「あなたが動いていいのなら、秀吉公が依頼を出すはずがないじゃない」
「こう申してはなんだが」
 静かな、しかし鋭さを秘めた眼の男が娘――王冬華(ec1223)から清正に視線を転じた。そして男は備前響耶(eb3824)と自ら名乗ると、続けた。
「敵が只者では無い事は明白。清正殿の武勇は存じ上げているが、もしものことをお考え願いたい」
「どうやら敵はただ藤豊を狙っているわけじゃないようだし」
 ずばりと云ってのけたのはステラ・デュナミス(eb2099)という名のウィザードだ。
「藤豊の者を狙っているだけなら時間をかけすぎてる。揺さぶりか、或いは不死者として戦力に取り込む気かもしれないわ」
「ふうむ」
 清正がステラをまじまじと見つめた。最初は女とみてなめてかかったが、なかなかどうして。
 その時に至り、ようやく清正は部屋の片隅に座す八人目の冒険者の存在に気づいた。そして愕然とした。
 清正とて常人を凌駕する武勇の主である。その清正に悟られることなく潜みうるとはいかなることであろう。
 無論、清正はその冒険者の名が月詠葵(ea0020)であることも、彼が新撰組三番隊隊士であることも知らぬ。ただ、その存在そのものを恐れた。そして、告げた。
「冒険者とやらの実力、みせてもらうぞ」


 月のない夜であった。墨を流したような闇が地を覆っている。
 二条城の門が開き、駕籠が現れた。揺れる提灯の紋は蛇の目。加藤家の家紋である。
 供の者の姿は九つあった。うち一つは小さい。少年である。
「重太郎さん」
 少年の背に呼びかけた者がいる。声から察するに女であった。
「仇をとるつもりなら落ち着いて、ね? 蛮勇で事を為せる相手じゃないと思うから」
 女は云った。
 正体はステラであるのだが、彼女は日中重太郎を伴って加藤清正下城の噂を町に流していた。その折、ステラは重太郎の胸に燃え上がる復讐の焔の存在を見抜いていたのであった。
「蛮勇じゃない」
 歯軋りするような声音で重太郎は答えた。
 ならば良い、と云ったのは別の声である。静かな、しかし力強い響きをもったそれは響耶のものである。
 響耶は続けた。
「重太郎殿。剣術を例えるのなら、貴殿はどう例える?」
「剣術を例えるのなら、でございますか」
 問い返す重太郎の声は至極丁寧であった。
 父に仕込まれただけあって、重太郎の剣技は若年とは思えぬ域にある。それ故、彼にはわかるのだ。響耶の剣の技量が並外れていることが。
 重太郎の口調が丁寧であるのは、彼自身気づかぬ尊敬の念の表れであった。
 ややあって重太郎はかぶりを振った。
「そうか。‥‥剣術に対する例えは色々ある。烈火や雷光の如くと。が、達人を表するに最も多いのは水だろう」
「水‥‥」
「そう、水。湖心だ、重太郎殿。強い想いは心の奥へ、最も奥へ。そこで力に昇華させる。浅くに留まる事勿れ。わかるか、重太郎殿」
 すうと重太郎の身裡から放散されていた殺気がしずまった。
「なるほど。‥‥水、か」


 どれほど歩いた頃だろうか。
 突如、供の者の一人が駕籠を制した。
「どうしたのだ」
 加藤清正のものだろうか、駕籠の中から問う声がした。
 答えたのはベアータだ。
「何者か近づいてまいります。数は五」
 ややあって、駕籠の前後にぼうと人影が浮かんだ。その数はまさに五。――とは、どういうことか。足音すら届かぬ距離がありながら、実にベアータは敵の接近のみなず、その数まで云い当てたのであった。
「何やの、あんたら」
 怯えたような声で問うたのは小柄の娘であった。一見、京娘風であり、その正体がアンであるとはとても思えない。
 人影に応えはなかった。
 その時だ。月が雲間から顔を覗かせた。
 月光に浮かび上がったのは異様なモノであった。着物を纏った骸。怪骨である。
「うぬらが、噂の辻斬りか」
 駕籠の戸が開き、加藤清正が顔を見せた。
「そうだ」
 という答えは空からした。
 はっとして供の者――七人の冒険者と重太郎は顔をあげた。そして、見た。空に浮かぶ不気味なモノを。
 黄金の髑髏をもつ骸であった。
「ううぬ」
 アンリの口から慄然たる呻きがもれた。
 アンリの剣技は常人を遥かに凌駕している。その彼をして、黄金髑髏は存在を悟らせなかった。恐るべき戦闘能力を秘めているに違いなかった。
 そのアンリの恐怖は知らず――
 アンは恐れげもなく問うた。
「金のお方は、お名前は何て云わはりますの?」
「我か」
 黄金髑髏の口からしわがれた声がもれた。そして次に、黄金髑髏は戦慄すべきことを告げた。
「知ったとて、他人に告げることはできぬ」
「いけず!」
 アンは叫んだ。
「教えてくれへんと、髑髏の君、云いますえ」
「ふふふ」
 驚いたことに、黄金髑髏の口から笑いがもれた。
「この場にあって面白き娘よ。その豪胆ぶりに免じ、我が名を教えてやろう。我が名は大禍津日神」
「大禍津日神!」
 愕然たる声は誰の発したものであったか。
 大禍津日神とは黄泉の穢れから生まれた神で、災厄を司る神とされている。もし黄金髑髏の名乗りが本当なら、この時冒険者は日本神話上最悪の神格の一柱と対したことになるのであった。
 本能的にアンはリードシンキングを試みた。が、あっさりと大禍津日神はアンの呪をはねのけている。
 大禍津日神は云った。
「娘‥‥ますますもって面白い奴。加藤清正ともども始末するとしよう」
「そうはいかねえ」
 加藤清正が駕籠からおりた。
「何故に我が主君の家臣達を狙う? てめえをぶっ斃す前にそれだけは聞いておきてえ」
「貴様‥‥」
 大禍津日神の暗黒の眼窩の奥で光が閃いたようである。
「加藤清正ではないな」
「ばれちゃあしょうがねえ」
 加藤清正――アンのミミクリーにより変形した天斗がニヤリとした。
「なら力ずくで訊き出すしかねえようだな」
「力ずく、か。面白い。やれ」
 大禍津日神が命じた。
 一瞬後、背筋の凍りつくような冷気が流れた。怪骨どもの発する凄愴の殺気である。ただの怪骨ではなかった。
 その事実を悟った重太郎は、敢えて抜刀した。が、足が金縛りになったように動かない。
 大禍津日神がじろりと重太郎を見下ろした。
「動けぬか、小僧。それが恐怖というものだ」
「俺は恐れてなどおらぬ!」
 重太郎がようやく足を踏み出した。その肩をそっと押さえた者がいる。天斗だ。
「びびって悪いことなんぞないんだぜ」
 天斗はニッと笑むと、
「強え奴ほど恐れを知っているものさ。それに復讐に我を忘れ、力を誇る事が真の侍ではない。おめえには後衛の者を護ってもらう。わかったな」
 告げた。
 ちらりと見遣った先でベアータが肯いている。その身が薄く光っているのはライトニングトラップを用意している為であろう。重太郎の事は任せておいても大事なさそうであった。
「ふーん、じゃあ」
 するすると迫りよってくる怪骨を冬華を見渡した。その肌が吹きつける殺気にそそけだっている。が、冬華に怯えはない。むしろ楽しんでいるようにさえ見える。
 冬華は一人の怪骨に眼をとめた。それが関口玄蕃という名の死霊侍であることを彼女は知らない。が、中条流の達人であることはわかった。その手の小太刀を見とめた故だ。
「あなたの相手は私よ」
「貴殿の相手は拙者でござる」
 アンリが大川鉄蔵と対峙した。葵は田口一真、天斗は石丸兵部、響耶は栗林隼人と。
 闇降る地に闘気が満ちた。焔のように熱く、あるいは氷嵐のように凍てついて。


 紅眼を夜に煌かせ、刀の柄に手をかけると、すうと葵は腰を沈めた。対する一真もまた。
 天はかくも皮肉な運命を与えるか。相討つは同門同血の夢想流!

 天斗はすらりと左右の大小二刀を抜き払った。その様は暗夜に翼を広げた鷲の如し。向き合う兵部は長大な刀を下段にかまえている。
 二天一流と巌流。宿命の剣流の激突であった。

 もう一羽の猛禽は響耶であった。即ち二天一流である。
 が、そのかまえは微妙に天斗とは異なっていた。死線をくぐりぬけることにより、その剣法は我流ともいえるものになっていたのだ。
 相対する隼人の剣流を新陰流と響耶は読んだ。恐るべき使い手とも。
「魂無きその剣術に後れをとるわけにはいかない」
 響耶の刃に殺気がこもった。

 アンリはテンペストをかまえた。彼の流派はウィルソードを生かす為に考案されたものであり、その意味で、テンペストをもって戦うことは不利である。
 それがわかったか、鉄蔵の刃はゆっくりと振り上げられていった。

「玄蕃、無手だぞ」
 大禍津日神が云った。冬華がちらりと眼をむける。
 その冷徹な語調から、冬華が無手故手加減しろと命じたのではない事は明白だ。
 玄蕃は思案するように一度立ち止まったが、すぐに冬華にむかって殺到した。一気に間合いを詰める。
 その動きが仇となった。玄蕃の剣流から、冬華は敵の接近するを読んでいたのだ。
「はっ」
 鋭い呼気を発しつつ、冬華は蹴りを放った。残像すら残る瞬速の一撃だ。
 さすがに避けきれず、玄蕃の腹に冬華は脚が叩き込まれた。乾いた音を発して玄蕃の胴部分の骨が吹き飛ぶ。地に転がった玄蕃の髑髏だけが不気味に動いていた。

 遅れて四つの剣光が疾った。一瞬後、二つの血しぶきがあがっている。葵と天斗の身から。
 軽傷の葵と違い、袈裟斬りされた天斗はその場に崩折れた。かなりの深手を負っている。
 対する一真は半ば身体を粉砕され、隼人、そして刃を砕かれた鉄蔵は響耶とアンリの二撃目を防ぐ余力をもたなかった。
「ほほう」
 感嘆の声は大禍津日神の口から発せられた。
「残ったのは石丸兵部のみか」
 声に出した命じられたわけではないのに兵部が後退りはじめた。追おうとした冒険者であるが、ぴたりとその足がとまった。大禍津日神から壮絶の殺気が放たれている。
「良いのか。このままでは仲間が死ぬぞ」
 天斗を見つめ、大禍津日神が云った。まさにその通りだ。すでに天斗に息はない。
 大禍津日神はステラを見た。
「娘、術で死霊どもの動きを封じたようだが、次はそうはいかぬぞ」
「待て」
 飛び去ろうとする大禍津日神をアンリが呼び止めた。
「貴殿に問いたいことがござる。今迄に気骨のあった者はいなかったであろうか」
「いた」
 何を思ったか、大禍津日神は答えた。そして重太郎の顔にじっと視線をあてた。
「が、名は知らぬ。しかし、その小僧と同じ眼をしていた。勇ましき者の眼、よな」


 翌日の事である。
 重太郎は秀吉の前に平伏していた。冒険者より詳しい報告を受けた秀吉が二条城へと召したのである。
 満面に笑みをうかべ、秀吉は云った。
「大禍津日神をして勇ましき者と云わしてめたそうな。どうじゃ、重太郎。わしの小姓とならぬか」
「ありがたき幸せにございます」
 重太郎は答えた。そして胸の中で決意していた。いつの日か、きっと父に、そして彼らに追いついてみせると。
 重太郎の脳裏には八人の冒険者の面影がよぎっていた。