【黙示録】暗黒騎士、来る

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月01日〜05月06日

リプレイ公開日:2009年05月19日

●オープニング


 そこは血の色に染まっていた。荒涼とした大地には希望の光はない。
 あるのは全き絶望。汝、この門をくぐる時、希望を捨てよ。
 地獄であった。
 その穢れた地に、累々たる屍が横たわっていた。地獄に攻め入った冒険者の成れの果てである。
 いや――
 全てが屍であるかといえば、そうでもない。中に少数ではあるが、息をしている者がある。とはいえ満身創痍の為に動けない状態であるようだ。
 その生き残りを見つけ、異形のモノが襲いかかった。
 蝙蝠の羽をもつモノ、醜い小人、口が耳まで裂けた鼠に似たモノ、黒豹、巨大な禿鷹、妖艶な瞳の妖精様のモノ――
 悪魔であった。
 悪魔達は冒険者達が動けぬことを知り、すぐに息の根を絶つことなく、わざといたぶりはじめた。
 小突き、皮をはぎ、肉を刻み、目玉をえぐり‥‥
 殺してくれと哀願するまで、悪魔達は冒険者をふみにじった。それは文字通りの悪魔的な残虐さである。
「ぎゃはは。殺してくれだとよ」
 一匹の悪魔――ネルガルは冒険者の耳を引きちぎると、口に放り込んだ。男である為か肉がかたく、あまり美味くない。
 ぷっと肉片を冒険者に吐きかけると、ネルガルは冒険者の顔を踏みつけた。
「そう簡単に殺すか、ばーか。生まれてきたことを後悔するまで苦しめてやる」
 ニンマリすると、ネルガルはナイフのように尖った爪を冒険者の顔にのばした。眼球をえぐりだし、冒険者の口に押し込んでやるつもりだった。
「待て」
 声が響いた。
 ぴたりとネルガルの爪がとまる。冒険者の眼球の寸前であった。
 牙をむき、ネルガルが振り向いた。
「誰だぁ、とめやがる野郎――」
 ネルガルのわめく声が途切れた。その眼が恐怖に見開かれる。
 彼の背後に、異様なモノがいた。
 鰐である。とてつもない大きさの。象ほどの大きさはあろうか。
 が、ネルガルが恐怖したのはその鰐に対してではない。ネルガルが恐れたのは、その鰐に乗るモノであった。
 それは白銀の鎧をまとっていた。端正な、しかしふてぶてしい顔に気だるげな表情をうかべている。
 三十の軍団を率いる地獄の公爵、サレオスであった。
「そいつはもう動けぬ。つまらぬ真似はよせ」
 血のような真紅の酒の満たされたグラスを片手に、サレオスは面倒くさげに云った。
「し、しかし」
「貴様」
 蝙蝠の羽の生えた、禍々しき黒馬に跨った騎士姿の悪魔が一瞬にして間合いを詰め、ネルガルの首に長槍の穂先を凝した。
「偉大なる銀の公爵に逆らうか」
「‥‥」
 息をひき、ネルガルは身を強張らせた。
 サレオスが無益な殺生を好まぬ、悪魔としては珍しき性の持ち主であることを知らぬ悪魔は、およそ魔界においては一匹たりとておらぬ。そして、その恐ろしさについても。
 酒を好み、怠惰なるその様子から、知らぬ者の眼にはサレオスは臆病なる者と映るかもしれぬ。が、事実は違う。
 一度剣をとれば無敵。サレオスは凄絶なる戦士であった。その超猛さは、副官の一人であるアビゴールなど比較にならない。
「よせ」
 欠伸をもらすと、サレオスは鰐を進めた。後にアビゴールが従う。
 全身が小刻みに震えていることにネルガルが気づいたのは、赤黒い瘴気の彼方に白銀光が消え去った後のことであった。


「エドを攻めろよと」
 苦く笑うと、サレオスは酒を口に含んだ。するとアビゴールが眉をひそめた。
「エド、とは?」
「ジ・アースの辺境にある小国の都市の名だ。そこに地獄の拠点をつくれとバアル様が申されている」
「では軍団の召集を」
「いや」
 サレオスはだるそうに椅子に深く身を沈めた。
「そのような小国、我らが軍団が全力をもって攻めることもなかろう」
「‥‥」
 今度はアビゴールが苦笑をもらした。もったいぶった理由を口にしてはいるが、要は面倒なだけであろう。
 アビゴールが頭を垂れた。
「では私めがエドを蹂躙してまいりましょう。お許しいただけますか」
「いいだろう。しかし」
「承知しております。無益な殺生はするなということでございましょう」
「わかっていればよい」
 肯くと、サレオスはゆったりとした仕草で酒をあおった。


 息せき切った小僧が冒険者ギルドに駆け込んできたのは黄昏の光に江戸の町が濡れた頃であった。
「どうされました?」
 小僧の様子の異様さに、さすがにギルドの手代も動揺を声に滲ませて問うた。
「あ、悪魔が」
 小僧が喘いだ。
「無数の悪魔が寛永寺を襲ってまいりました。奉行所にも助けを求めましたが、しかしお役人様達だけでは‥‥」
 冒険者にすがることを寛永寺住職に命じられたことを小僧は告げた。
「わかりました」
 答えると、手代は大声をはりあげた。
「どなたか、寛永寺にむかってくださりませ。江戸の聖地が冒されようとしております」

●今回の参加者

 ea0629 天城 烈閃(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3874 三菱 扶桑(50歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0712 陸堂 明士郎(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ec0205 アン・シュヴァリエ(28歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

ステラ・デュナミス(eb2099)/ アルミューレ・リュミエール(eb8344

●リプレイ本文


 震え慄く小僧の前に身を屈めたのは二十歳にも満たぬ少年であった。
 顔だけみれば子供のようである。が、炯とした眼光は年少の者のそれではない。日向大輝(ea3597)。冒険者であった。
「時がない。ちゃっちゃっと答えろよ」
「だめだよ」
 海色の綺麗な瞳の娘が大輝を遮った。
 こちらも冒険者。名をアン・シュヴァリエ(ec0205)という。
「恐がってるじゃない」
 微笑むと、アンは小僧の頭を優しく撫でた。
「良く頑張ったわ、えらいね。で、教えてくれる? 悪魔はどんな姿をしてたの?」
「い、色々です。背に蝙蝠の羽根を生やしたのや‥‥」
「そう」
 アンの面に暗澹たる色がながれた。つまりは特定できぬほどの悪魔が寛永寺を襲ったということなのだろう。
「江戸の聖地、寛永寺に手を出してくるとは」
 呻いたのはとてつもない巨漢だ。これも冒険者で、名は三菱扶桑(ea3874)といった。
 扶桑は酒臭い息を吐くと、
「どうやら悪魔共も本腰を入れ始めたというところか」
「ああ」
 無表情な、しかしそれ故に人形のように美しい娘が肯いた。
「が、地獄でもこちらでも、思うように事は進めぬ」
「カノンさんは相変わらずクールね」
 冷然たる娘――カノン・リュフトヒェン(ea9689)に苦笑をむけたのはステラ・デュナミスであった。カノンと何度も依頼をこなした彼女は、その冷徹に秘められた魂の熱さを良く知っている。
「でも敵は悪魔の軍団。油断は禁物よ。せめてレジストファイヤーを施しておくわ」
「すまない」
 カノンは周囲を見回した。すると何人かの冒険者が眼をそらせた。
 無理もない。敵は無数の悪魔なのだ。冒険者とて命は惜しい。
 が、中に数人、眼をそらさぬ者がいた。
 気品溢れる相貌の若者、優しい眼の異国人、静かな、しかし高圧の気をまとわせた男、聖女のような清らかな老女。
 後にカノンは知ることになるのだが、彼らは天城烈閃(ea0629)、カイ・ローン(ea3054)、陸堂明士郎(eb0712)、シェリル・オレアリス(eb4803)といった。


 ふわりと烈閃は空に舞い上がった。
 重力を無視した浮動。風門の志士ならではの呪法、リトルフライだ。
 烈閃は視線を巡らせた。
 遠くの空が赤く染まっている。寛永寺の方向だ。騒ぐ人の群れも見えた。
「どうだ」
 舞い降りてきた烈閃に駆け寄り、大輝が問うた。烈閃は大輝の手の江戸裏地図に眼をやると、幾つかの通りを指し示した。
「これらはだめだな。人が溢れている」
「ならばこの道をつかうしかないな」
 明士郎は、自身の手の地図に記された一本の通りを指し示した。裏路地である。
「敵は多い。一刻の遅れは仲間の命を削ぐ一刀となる。急ぐぞ」
 飛ぶような迅さで三人の冒険者は疾りだした。


 カイ達三人よりわずかに遅れ、空飛ぶ絨毯に座した扶桑は寛永寺を目指していた。地を時折眺めやり――
 扶桑はおかしな事に気づいた。思ったより逃げ惑う群集の姿がない。
「もしやすると、奴らの目的は寛永寺のみをおとす事か?」


 そこは、まさしく地獄であった。炎が荒れ狂い、異形が飛び交い、人々が逃げ惑っている。
 真っ先に到着したシェリルは、フライングブルームの上で顔色をなくした。が、涙をこらえると、シェリルはデティクトアンデットの呪を唱えた。輝く呪紋が帯状に彼女を取り巻き、異能の感知能力を拡大させる。
「数は三百ほど。寛永寺に集中しているわね」
 シェリルは呟いた。
 その時だ。一際大きな悲鳴があがった。
 数人の小僧が禿鷹に似た悪魔に追われている様が、シェリルの作り出したホーリーライトの光によって明々と照らし出されている。
 怯んでいる場合ではない。瞬時に判断すると、シェリルはフライングブルームを矢のような迅さで降下させると、悪魔と小僧の間に割って入った。
 刹那である。禿鷹に似た悪魔――アクババが小僧に襲いかかった。
 が――
 光の飛沫を散らせてアクババははねとばされた。見えぬ聖結界によって阻まれたのである。
シェリルは小僧を抱き起こすと、
「この結界の中にいれば安心です」
 云った。その言葉通り、先ほどから数体の悪魔が爪牙、或いは禍々しき闇の魔法らしき攻撃を加えているが、シェリルのホーリーフィールドはびくともしない。
「座主はどこに?」
 シェリルが問うた。すると小僧は御本坊では、と答えた。
「わかりました」
 肯くと、炎に炙られて真紅に染まった本坊めがけ、シェリルは駆け出した。

 やや遅れ、カイとアンが寛永寺上空に到着した。
「これは‥‥」
 カイほどの豪胆なる男が呻いた。
 地には、どれほどの数とも知れぬ僧侶が倒れ伏している。息があるとどうかはわからない。治癒魔法を主に使う僧侶は悪魔と抗するべくもなかったのだろう。
 他に侍らしき骸も見える。身形からして奉行所の役人に違いない。
 いや、生きて戦っている役人の姿も見えた。が、戦況は圧倒的に不利である。
 何故ならほとんどの役人は闘気魔法を身につけておらぬからだ。おまけに、その手の刃は魔力の付与されておらぬ普通のそれである。ただの刀で悪魔を傷つけることは不可能であった。
「まさに魔の宴、ワルプルギスの夜ってところね」
 アンが喘鳴のような声をもらした。
 無数の悪魔のそれぞれの名などアンは知らない。が、この場に地獄が生まれつつあることはわかった。
 その時、アンは禍々しき殺気をとらえた。はじかれたように振り向けた彼女の眼は、襲い来る蝙蝠の羽根をもつ悪魔――インプの姿を捉えた。
 瞬時に編み出した黒き痛撃を、アンはその繊手から発した。悪魔が身をよじる。かすり傷にしかすぎない。
 慌ててアンは降魔刀を抜刀した。が、間に合わない。
「あっ」
 アンの口から悲鳴に似た声があがった。
 瞬間、衝撃波が空間を疾り抜けた。撃たれたインプがきりきり舞いし、落下していく。
 空に、蒼光煌く槍を振りのばした影があった。ソニックブームを放ったカイだ。
「役人に話を通さなければなるまい。探すぞ」
「うん」
 答えると、アンは天馬――キルヒを降下させた。


 寛永寺門前に、数名の侍の姿があった。
 寺社奉行である安藤重長と与力達である。南北奉行所の筆頭与力も混じっていた。
 その場に冒険者は集っていた。烈閃、カイ、扶桑、明士郎、アンの五人である。
「邪魔だ。これは奉行所の仕事である」
 安藤はにべもなく云い放った。
 馬鹿な、という言葉を明士郎はあやうく飲み込んだ。ここで奉行所役人ともめたとて、何の益もないからである。
 すると、その明士郎よりさらに落ち着き払った者が口を開いた。烈閃である。
「奉行所の方々の力は十分に承知しております。我々の力など必要はないかもしれませぬ。が、非力とはいえ、やはり力添えはあった方が良いのはおわかりの事ではないかと。怪我人を導くなど、我々もお手伝いできる事はあるはずです」
「うむ」
 安藤は眉根を寄せた。その態度に苛ついたか、扶桑がやや声を荒げた。
「悪魔相手に有効な装備は持っているのか? もしないなら、面子にこだわって命を捨てる様な事はするな。家族がいるのなら、特にな」
「だ、黙れ!」
 安藤が怒鳴った。
「我らをなめるな! たとえ悪魔に有効な手段なくとも、命惜しさに逃げ出す者などおるものか。無礼を申すとそのままには捨ておかぬぞ」
「‥‥」
 扶桑は自らのしくじりを悟り、押し黙った。侍とは面子を背負っている生き物である。その点をついたのは間違いであった。
 その時だ。突如、烈閃が安藤を突き飛ばした。
「な、何をする!」
 血相を変えて与力達が抜刀した。が、次の瞬間、彼らの眼が驚愕にかっとむき出された。
 烈閃の肩部分の衣服がはじとんでいる。まるで見えぬ刃に切り裂かれたかのように。
「そこか!」
 流れるような動きで弓弦をひきしぼり、烈閃が矢を放った。唸りを発して飛んだ矢は空間を流れすぎ――いや、空の一点でぴたりととまった。
 刹那、響く。苦悶の咆哮が。
「あっ」
 と呻いたのは安藤を含めた奉行所役人達である。彼らは見たのだ。矢に貫かれた悪魔の姿が朧に浮かび上がる様を。
 炎を纏い、悪魔――ネルガルは闇色の翼を開いた。
「逃さぬ」
 一声叫び、殺到する影がある。一人遅れていたカノンだ。
 冷気の尾をひき、カノンの氷の剣がたばしった。何でたまろう、飛び去ることもかなわず、ネルガルは袈裟に斬り裂かれている。
 地に伏してもがくネルガルを踏みつけ、カノンが止めを刺した。 
「こ、これは――」
 絶句する安藤をちらりと見遣り、烈閃は顎をしゃくった。肯いて冒険者達は寛永寺境内に駆け込んでいく。もはや彼らをとめる奉行所の者は一人たりとていなかった。


 烈閃達が寺社奉行と対している間、役人の少ない箇所から一人寛永寺に潜入した者があった。大輝である。 インプやアガチオンなどの小物の悪魔を叩き伏せながら、大輝は本坊めざして疾駆した。小僧の話では、本坊で座主らが結界を張っているらしい。
 と、大輝の足がとまった。
 一人の僧兵が数体の小悪魔と奮闘している。時折漆黒の炎を吹きつけられているが軽傷ですんでいるようだ。その足元には一人の僧侶が倒れていた。
 大輝は駆け寄ると、一匹のインプを叩き落した。
「ここは俺に任せろ」
「す、すまぬ」
 僧兵が僧侶を肩に担ぎ上げた。そして走り去ろうとし――ふっと足をとめ、振り返った。
 炎に赤く染まった寛永寺を背に、群がる小悪魔どもにむかって大輝は十手を奮っている。物理的戦闘能力は大輝の方が上で、なかなか小悪魔達は爪牙をたてられない。が、大輝の武器も悪魔に傷はつけられないようだ。
 しかし悪魔達には戦闘魔法がある。次々と漆黒の炎を吹きかけられ――が、それでも大輝は屹立している。それは事前に施されたシェリルのレジストデビルの効果によるものであったのだが――
 その大輝の姿を眼に焼きつけ、僧兵は再び走り出した。
 その姿が消えた後、激痛を覚え、大輝はよろめいた。その彼の頭上を蝙蝠の羽根もつ黒豹――グリマルキンが飛んで過ぎた。
「ヤレ」
 掠れた声が命じ、小悪魔達が大輝に襲いかかった。いや――
 小悪魔達がばたばたと地に転がった。はじかれたように振り向いた大輝の眼は一人の聖女が走りよってくるのを見とめている。シェリルだ。
 高速詠唱によるホーリーフィールドを展開し、シェリルは大輝に助け起こした。
「大丈夫ですか」
「すまねえ」
 大輝は激痛に顔を顰めると、
「仲間はどうした?」
「わかりません」
 答えるシェリルの顔は暗澹たる色に滲んでいる。
 グザファンやネルガル等、炎を使う悪魔により、今や寛永寺は火の海だ。もはやシェリルのファイヤーコントロールによってもどうしもなかった。


 倒れた僧侶にむかって黒蛇がはねた。
 いや、黒蛇ではない。クルードという悪魔の尾だ。
「させぬ」
 眼にもとまらぬ迅ざで伸ばされた槍の穂がクルードの尾をはじいた。そのまま弧を描いた槍の穂はクルードの身を貫いている。恐るべき手練であった。
 が――
 槍の主――扶桑はがくりと膝を折った。激痛が内部から彼の身を灼いている。
「危ない!」
 飛びかかったグレムリンを斬り払い、カノンが扶桑を庇った。が、そのカノンも苦痛に唇を噛んだ。またもやグリマルキンの邪術だ。
 そうは気づいても、しかし二人には手は出せぬ。すでにグリマルキンはカノンのソードボンバーの射程外に逃れている。
 が――
 次の瞬間、グリマルキンが身をのたうたせた。衝撃波が漆黒の魔獣の身体を撃ったのだ。
「青き守護者、カイ・ローン、参る」
 海王の名をもつ槍が旋回し、再び衝撃波が空飛ぶ黒豹を撃った。


 烈閃の放つ矢は鋭く、剛い。流星のように乱れ飛ぶそれは次々と悪魔を射抜いていく。
 その時、烈閃は中堂上空に浮かぶ悪魔らしき姿を見とめた。他の悪魔同様烈閃は矢を放ち――
 あっ、と烈閃は眼をむいた。
 彼の放った矢は確かにその悪魔の胸に突き立っている。が、悪魔は平然と矢を抜き取ると、べきりとへし折ったのであった。
「このようなもの、我には効かぬ」
 蝙蝠の翼もつ黒馬に跨った悪魔が嘲った。騎士姿の、美麗な面立ちをしている。アビゴールであった。
 その前に、すうと舞い上がった者がいる。グザファンを斃す事に専念していた明士郎だ。
「どうやらただの悪魔ではないようだな。どうだ、俺と天城殿を斃せばモレクの敵が討てるぞ」
 明士郎はカイと同じく、モレクを餌に挑発した。が、カイが試した他の小悪魔同様、アビゴールはのってこない。冷徹な眼で明士郎を見つめている。それだけに恐ろしい奴、と明士郎は見抜いた。
 と、その明士郎の傍らにアンが舞い上がってきた。彼女は先ほどまで悪魔を牽制しつつ、負傷した僧侶をシェリルの張ったホーリーフィールドに誘導していたのであった。
 当然その身は傷ついている。が、その傷は天馬のリカバーによって癒されていた。
「狙いは何?」
 アンが問うた。同時にリードシンキング発動。が、無造作にアビゴールはアンの呪法をはねのけた。
 その時だ。地上の烈閃が叫んだ。
「悪魔の騎士様か。身なりは立派だが、やってることは最低だな。弱い者虐めが趣味か。恥を知れ」
「何っ」
 初めてアビゴールの顔に表情らしきものがよぎった。憤怒の相だ。
「サレオス様の軍は無益な殺しはせぬ」
「サレオス?」
 アンが鋭い視線をむけた。
「それが主の名なの?」
「そうだ」
 アビゴールは肯いた。
「偉大なる銀の公爵。その力はアロセール大公すら凌ぐと謳われる、な」
「ならば」
 明士郎が長刀物干し竿をふりかぶった。
「そのサレオスの首、俺がとってやろう」
「できるか」
 アビゴールが長槍をかまえた。その身に凄愴の気が満ちる。
「はっ」
「むっ」
 気合は同時。が、馳せたのはアビゴールのみであった。
 閃光は一瞬。二影の交差も一瞬。
 すれ違った後、呻きは明士郎とアビゴールの二人の口からもれた。アビゴールは胴斬りされ、明士郎は長槍によって脇腹を貫かれている。
 明士郎の口からたらたらと血が滴り落ちた。
「貴様‥‥相討ちを狙ったな」
「そうせねば貴様は斃せまい。サレオスの軍に敗北があってはならぬのだ」
 血笑を浮かべると、アビゴールは黒馬――ヘルホースの首にもたれるように喪神した。ヘルホースは鋭く嘶くと翼をうちふった。そのまま空を翔け、飛び去ってゆく。
 それを追うように、他の悪魔達も闇に身を退いていった。後にはただ、紅蓮の炎に包まれた寛永寺のみ残されている。
「私達は‥‥勝ったの?」
 アンが沈痛な声で問うた。
「ああ。だが」
 明士郎の答えに苦いものがまじった。もし騎士姿の悪魔を斃すのがもう少し遅かったらどうなっていたか。
 
 伊達の軍が到着したのは、寛永寺が焼け落ちる少し前であった。もし冒険者がいなければ寛永寺は焼失していたであろう。
 その冒険者の存在を江戸市民は知らぬ。が、地獄の底で、サレオスのみは心中に呟いていた。侮るかなれ、と。