●リプレイ本文
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その日、江戸城に入った異風の四人の姿があった。
二人は男だ。一人は異国人で、端正な相貌をしている。
もう一人はジャパン人であった。うっすらと微笑をうかべ、糸のように眼を細めている。どこか不気味な男であった。
残る二人は女だ。一人は可憐な相貌と引き締まった肉体の持ち主で、まるで舞っているかのように軽やかに歩を進めている。
残る一人はシフールであった。仮面めいた表情のない顔の中で、氷の光を揺らめかせた眼が前方を見据えている。
四人は江戸城城門の前で足をとめた。
「イリアス・ラミュウズ(eb4890)。伊達家馬上衆だ」
異国人の男が名乗った。そして鋭い眼を光らせつつ、叫んだ。
「伊達政宗様に御意を得たい」
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町奉行所。
江戸の治安を守る代表的な組織だ。が、長たる鳥居耀蔵は昨年暗殺され、その権威は失墜している。
「どうやら鳥居耀蔵暗殺にはそれほどの人員を割いてはいないようだな」
ぼそりと抑揚のない声をもらしたのは人形のように美しく、そして表情のない相貌の女であった。名をカノン・リュフトヒェンという。
「そうね」
肯いたのは同じく美しい女であった。名をセピア・オーレリィ(eb3797)というのだが、こちらは妖精のようである。いや、小悪魔的といったほうがよいか。
「いつまでも過去の事件にかかわっている余裕はないといったところでしょうね。でも治安を守ることに全力あげてた人を暗殺するなんて、放っておけるものではないわ」
云うと、セピアは歩き出した。カノンが問う。
「どこへ?」
「近くの居酒屋へ。役人は源徳旧臣を使っているらしいから、もしかすると内通者がいるかもしれない。上手くいけば接触できるかもしれないわ」
背で答え、セピアはゆりると足を運んだ。
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江戸城、奥。
一人の男と四人の男女が対座している。
四人はいうまでもなくイリアスを含めた者達だ。そして一方の一人は――
隻眼の侍であった。抑えても抑え切れぬほどの覇気がその身から噴き零れている。
伊達政宗であった。
「源徳旧臣どもを誘き出すだと?」
政宗がイリアスに隻眼をむけた。はッ、とイリアスは肯首すると、
「彼らの手を借りまして」
瀞蓮(eb8219)、伊勢誠一(eb9659)、レベッカ・カリン(eb9927)とイリアスは他の三人を紹介した。
「ほう」
政宗が三人を見た。その隻眼に何やら色がよぎる。
三人のうち、二人は見知った顔であった。瀞蓮と伊勢だ。
共に伊達家下士であり、私設治安維持組織である鶺鴒団に関係する者であった。政宗が知らぬはずはない。
と、瀞蓮が深々と頭を下げた。
「今更顔向けもできませぬが、お願いしたき儀が参上仕りました。政宗公の影武者を囮に、地下に潜んでいる輩共を引っ張り出す所存。何卒影武者策をこうじること、お認めていただきたく」
「地下に潜みおる者‥‥。鳥居耀蔵暗殺の下手人どもがことだな」
政宗の隻眼が冷たく光った。
「はい。鳥居耀蔵殿を討たれたのはとにもかくにも我らが手落ち。江戸の治安、並びに奉行所の権威を取り戻すためにも、このまま捨て置くわけにはいきませぬ故」
「自分と同じく、理を以て政を為そうと鳥居殿の仇は討たねばならんのですよ!」
この男には珍しく、半ば叫ぶようにして伊勢が云った。
「鳥居の仇を討つ、か」
政宗の隻眼に嘲弄にも似た光がよぎった。
「それはいいが、まこと、成せるか?」
「成す所存」
瀞蓮が答えた。
「いや、成さねばならぬ。が、一度しくじったものを安請け合いすることもまた不誠実。しくじったらば鶺鴒団団長のわしが雪辱を焦って起こした失態として処分し、伊勢殿に後を継いでいただこうと存ずる」
「この政宗、それほどあまい男ではない」
政宗が笑った。ひどく冷酷そうな顔で。
「この俺の名を使って事を起こすのだ。しくじればイリアスと瀞蓮、伊勢の三人には伊達家家臣としての処分を受けてもらう」
「処分とは?」
「これよ」
問うイリアスにむけて、政宗は首に手を当てて見せた。
「命をかけてもらう。いいな」
「面白い」
この場合、伊勢は微笑った。驚くべき胆力である。
「馬鹿馬鹿しい」
と、誰にも聞こえぬほどの小声でレベッカは吐き捨てた。
レベッカは政宗に勝るとも劣らぬ冷徹な野心家であった。その氷の頭脳がはじきだした答えの中に犠牲という二文字はない。
と、イリアスが口を開いた。
「殿。いまひとつ、お願いしたきことが。黒脛巾組がこと。犯人追跡のためにお借り願いたい」
「だめだな」
冷たく政宗は首を振った。
「俺がわざわざ冒険者を家臣にしたのは黒脛巾組を使わせるためではない。己の才覚のみにて、独自で事を成せるとふんだからだ」
「いいでしょう」
レベッカの眼が政宗の隻眼を射た。
「冒険者の力、とくとご覧にいれましょう」
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そこは江戸で最も大きな居酒屋であった。黄昏と共に人と喧騒が渦巻く。
その居酒屋からやや離れた物陰立ったのは二人の男女だ。共にぞくりとするほど美しい。
雨宮零(ea9527)とシオン・アークライト(eb0882)。冒険者である彼らは恋人同士でもあった。
「シオン」
零がちらりとシオンを見遣った。紅色の妖瞳にやどる光は愛のきらめきだ。
「僕はこんな江戸は見たくない。力になりたいんだ。暗殺犯の外見や特徴を教えてもらえるかい」
「いいわ」
こたえると、シオンは零の唇にそっと接吻した。
「子狸が狼を怒らせたら末路は一つ、ってのを教えてやるわ」
「だめだ!」
左に紅色の瞳をもつ若者がドンと卓を叩いた。
「伊達政宗の護衛を引き受けるだって!? そんな危険な真似はやめるんだ」
「放っておいて」
冷徹な声音でこたえたのは白銀色の美女であった。空になった猪口をおく。
「いくら零でも、私のすることに口出ししないで」
「そうはいかない」
零と呼ばれた若者もまた立ち上がった。
「愛する者が危地に飛び込もうとしているのを放っておけるものか」
「云ったはずよ。口出ししないでって」
云い捨てると、女は卓に叩きつけるようにして金子をおいた。そして居酒屋から姿を消した。
それをしばらく見送っていた零は、やがて崩れるように椅子に腰を下ろした。
同じ頃、瀞蓮の姿は江戸外れにあった。人を見かけると声をかけ、源徳旧臣の居所を尋ねる。
その様を嘲笑いつつ窺っている者があった。
飯塚孫之丞。源徳旧臣であり、鳥居耀蔵暗殺の下手人の一人でもあった。
鳥居耀蔵を暗殺した源徳旧臣達――というより、頭目である樋口孫右衛門はかねてより瀞蓮に注目し、その動静を探らせていた。なんとなれば瀞蓮が鳥居耀蔵を襲撃した際の唯一の生き残りであるからだ。
「あのような愚か者」
飯塚の嘲笑が深くなった。
下手人が江戸から離れたところに潜んでいると考えるなど、いかにも単純な思考の持ち主だ。恐るるに足りず。
が――
ひそかに笑っていたのは瀞蓮であった。その飯塚の反応こそ、瀞蓮が望んでいたものであったのだ。
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江戸市中にある屋敷。
その奥、蝋燭の光に濡れて、五つの人影があった。
樋口孫右衛門、藤井新五郎、飯塚孫之丞。三人は源徳旧臣であった。
残る二人。
一人はぞっとするほど冷たい眼をした男だ。
名は馬飼庄蔵。服部党の忍びであった。
そして最後の一人。
こちらは少年だ。が、とてつもない気をまといつかせている。
名は柳生義仙。源徳家剣術指南役である柳生宗矩の四男であり、かつ裏柳生衆の総帥でもあった。
「シオンが伊達政宗の警護を引き受けたと申すか」
孫右衛門が問うた。新五郎が大きく肯く。
「それで雨宮なる浪人と諍いになった模様。気づかれてはならぬ故、深入りは避けましたが」
「なるほど。瀞蓮のことといい、政宗が密かに京にのぼること、真実であるかもしれぬ」
孫右衛門の耳には他にも様々な情報が入っていた。
レイア・アローネという冒険者もまた伊達政宗警護のために仕事に呼ばれたこと。荊信とイクス・エレという冒険者が里見江戸攻めについて話していたこと。さらには藤豊秀吉と伊達政宗が秘密裏に会談をもつとの百鬼白蓮なる者よりの情報。全てが政宗隠密行が真実であることを裏付けているように見える。
「樋口様」
新五郎の声に、孫右衛門はふっと我にかえった。
「いかがした?」
「セピアと申す女のことでございます」
「我らに手を貸すともうしておる女か」
孫右衛門は腕を組んだ。が、すぐに首を振った。
「いいや、かまうまい。これは源徳がことじゃ。それよりも政宗がこと。義仙殿はどう思われる?」
「さあて」
義仙は立ち上がった。そのまま退室する。
廊下に出た刹那、すうと三つの人影がわいた。裏柳生衆である。
「よろしいのですか」
「我らには兄者――十兵衛を斃す役目がある。あのような馬鹿者どもにかかずらっていられるものかよ」
「馬鹿者?」
「そうさ。相手は仮にも江戸をかすめとった奥州の梟雄だぞ。その隠密行の噂が、何故こうも容易く市中に流れる。さらには伊勢なる者の女――志摩千歳といったか。その女が伊勢の大事をもらすにいたっては」
「では、罠と?」
「ああ」
「しかし万々が一ということも」
「それよ」
義仙は薄く笑った。
「人はついそう思う。何故か。欲があるからよ。ただでさえ奴らは追い詰められ、焦れている。その前に伊達政宗という美味そうな餌が投げられてみよ。飢えた奴らがどうなるか。ふふ、敵には相当頭の良い奴がいるぞ」
しかし、と義仙は足をとめた。
「このまま放っておくわけにもいくまい。せめて忠告を一つ与えてやるとするか。我ら裏柳生のやりかたを」
じろりと義仙は三人の裏柳生衆を見た。
「我ら裏柳生に卑怯の文字はない。ただ勝つ。ただ殺す。そのこと、うぬらも肝に命じておけい」
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江戸城。
半蔵門からそっと駕籠が忍び出た。
その駕籠には供があった。たった四人。シオン、イリアス、伊勢、レベッカの四人である。
駕籠は黙々と江戸市中をぬけていった。しかし、一度駕籠はとまった。
「殿、もうすぐ月道でございますぞ」
イリアスがすっと駕籠の戸を細く開いた。
隙間から覗いたのは、確かに政宗の顔である。眠ってでもいるのか、政宗の眼は閉じられていた。
そして、どれほど進んだか。レベッカと伊勢が目配せした。
レベッカはその眼で、伊勢は懐に忍ばせたエレメンタラーフェアリー――涼風によって潜む敵の存在を感知していたのだ。
突如、無数の銀光が閃いた。空を切り裂く風の唸り。
矢だ。
「飛び道具とは、卑怯な!」
シオンがきりりと歯噛みした。美しい顔が怒りで歪む。
その傍ら、伊勢は冷静に地に突き立った矢を拾い上げた。彼のみは矢をかわしていたのだ。矢は伊勢の頬を掠めてすぎたにとどまっている。
「これは!」
愕然として、伊勢は呻いた。
鏃が黒く染まっている。毒だ。
「ここまで姑息な手を使うか!」
伊勢の眼がカッと開いた。
刹那だ。十を超す数の侍が刃を舞わせて殺到した。
「ええいっ!」
レベッカが空に舞い上がった。その顔が青ざめている。彼女もまた矢の一撃を受けてしまっていた。
即効性の猛毒であるらしく、急速に意識が遠のいていく。レベッカは治癒呪文を瞬間発動させた。
レベッカの生命力が光が注ぎ込まれた。が、すぐに闇が多い尽くしていく。他の呪文を発している余裕はなかった。
他の三人――シオン、イリアス、伊勢は慌てて解毒剤を口に含んだ。
そこに一瞬隙ができた。駕籠に襲撃者達が迫る。中に一人、蛇の素早さで動く者があった。
「政宗、死ね!」
襲撃者――馬飼庄蔵が駕籠を刃で貫いた。
「殺った――うん!?」
庄蔵の顔が怪訝そうに歪んだ。手ごたえがおかしい。
「影武者さ。伊達はそうあまくはない」
ニヤリとし、イリアスが庄蔵を斬りさげた。血しぶきをあげつつ、それでも庄蔵は飛び退った。
が、冒険者は逃さない。背後からのびた刃がその胸を貫いた。伊勢の小太刀だ。
「お、おのれ。謀ったな」
襲撃者の一人が叫んだ。
その顔を見遣り、シオンが微笑した。妖しく、そして恐い笑みだ。
「樋口孫右衛門、久しぶりね」
「ううぬ、シオン、貴様‥‥」
怒りに満面をどす黒く染め、孫右衛門は絶叫した。
「伊達に与する者ども。まずはうぬらから血祭りにあげてくれる!」
「やれるか」
ひやりとする声は孫右衛門の背後からした。
振り向いた孫右衛門は見た。血色に光る瞳を。
零だ。
「ええい、やれ!」
孫右衛門が命じた。鞭うたれたかのように、一斉に源徳旧臣達が冒険者に襲いかかる。
「闇路の片道のみ、覚悟されよ」
零がすうと身を沈めた。それは獲物を狙う肉食獣めいて。
きら、と光がはねたのは一瞬だ。鍔鳴りの音が響いた時、源徳旧臣の一人がよろめき、片膝ついた。胴斬りされている。零の抜き打ちの一閃であった。
「くそっ」
呻いたのは誰か。次の瞬間、血風が吹き荒れた。冒険者達が源徳旧臣達に斬り込んだのである。
数は源徳旧臣の方が多い。が、技量が違う。さらにいえば精神的に冒険者の方が優位であった。策にはめた者とはめられた者との違いである。
たちまち立っている源徳旧臣達の数は減った。孫右衛門は血の滲むほど唇を噛み締めると、
「もはや、これまで。‥‥退け!」
命じた。
「そうはさせぬ」
金色の粒子を散らしつつ、イリアスが孫右衛門に迫った。その前に新五郎が立ちはだかる。
「樋口様、お逃げください」
「だめよ」
シオンが笑った。走り出した孫右衛門の退路を断つ。
「今度こそは逃さない」
「馬鹿め」
血を吐くような声音で孫右衛門が怒鳴った。
「それほどまでの才覚がありながら、何故に伊達に力を貸す? 政宗は不義の悪賊、それを討つは正義ぞ」
「正義?」
ちらりとシオンは周囲に眼をはしらせた。
数人ではあるが、町人が倒れている。矢をうけたのであった。
「無辜の民を犠牲にして、何が正義だ!」
シオンの野太刀が袈裟にはしった。
眼にもとまらぬその一撃は孫右衛門を斬りさげ、のみならず地すら穿っている。遅れて鮮血がしぶいた。
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奉行所が動いた。源徳旧臣達の隠れ家を急襲する。セピアが逃亡した源徳旧臣の後を尾行し、発見したものだ。
そこで数名の源徳旧臣を捕らえた。さらにレベッカの責めにより、源徳旧臣の一人が情報をもらした。
舌を噛み切って命を絶っても、すぐさまレベッカにより蘇生させられてしまうのである。とても堪えられるものではなかった。
その情報に基づき、さらに隠れ家が潰された。全滅といえぬまでも、これで江戸にひそむ源徳旧臣勢力は壊滅的な打撃をうけたといっていい。
そして数日が過ぎて。
吉祥寺に二人の冒険者の姿があった。シオンとレベッカだ。
彼女たちの前にはひっそりと墓がたっている。鳥居耀蔵のものであった。
「これで江戸も少しは安らかになるのかしら」
シオンが酒をもちあげた。
耀蔵の真面目くさった顔に、苦笑にも似た微かな笑みがういた。そんな面影をシオンは見たように思った。