【風雲】信玄暗殺

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:08月11日〜08月16日

リプレイ公開日:2009年08月28日

●オープニング


「信玄が病?」
 問い返したのは、巌のような相貌と体躯の持ち主であった。
 源徳家康。かつては摂政であり、東海一の弓取りといわれた武将である。
「はい」
 肯いたのは天上界に属する美貌の若者であった。
 北条早雲。元冒険者であり、現在は駿河の国主である。
「風魔の探り出した情報によれば」
「江戸の噂では、信玄は騎馬で江戸市中の巡回に出ておると聞いたが?」
「おそらくそれは影武者」
「影武者、か」
「はい」
 早雲は薔薇のように微笑んだ。
「小田原では、木端のように崩れたのう。北条軍は物の役に立たぬが、忍びの腕は違うと申すか、早雲よ」
「そう、名誉挽回の機会をお与え願いたい。もし信玄が病であったれば、おそらくは家中においても秘中の秘。暴かれたなら、どれほどの動揺が武田の軍をおそうか。江戸では武田武者が木端の如く崩れましょう」
「不遜よな‥‥ならばこそ、警戒は鉄壁。江戸城内に放てば、九分九厘まで犬死にぞ」
 江戸はもう目と鼻の先。当然、敵も江戸城の守りを固めているはずだ。
「なればこそ、服部党の忍びをお貸しくださりませ」
「断る」
 即答する家康に、早雲は眉をひそませた。
「服部党ほど、江戸城の中を良く知る者は居らぬ。貸すと言われたら、信玄の首を渡すつもりです」
 気さくに言う早雲を、家康は睨み据えた。
「信玄を暗殺するか」
「はい」
 早雲は肯いた。
「もし信玄が精気充溢し、甲斐にあれば暗殺は限りなき難事でありましでしょう。が、此度は違う。小田原から追われた信玄はもはや矢尽き刀折れ、そして心も折れた状態。尻尾をまいた手負いの虎を狩るのはそれほどの難事ではありますまい。のう、半蔵殿」
「――」
 すうと部屋の片隅に人影がわいた。服部半蔵である。
 家康の眼が転じられた。
「半蔵、出来るか」
「御意‥‥と申す所なれど、正直まったく自信がござらん。風魔一党と小太郎ならば、或いは」
「そうか」
 家康は、早雲と風魔に信玄暗殺を下知した。

「という次第でな」
「馬鹿か」
 話を聞き、風魔小太郎は主人である早雲を頭ごなしに詰る。
「いや馬鹿とは思っていたが、この大馬鹿者め。風魔を皆殺しにする気か」
 信玄暗殺、試すだけなら造作も無い。だが本気で取り組むとなれば、まず小太郎は一族を失う覚悟で臨まねばならない。
「いいか、敵の身になって考えろ。軍勢は言うに及ばず、腕利きの忍者や冒険者、妖怪変化から悪魔の類に至るまで、何が来ようと主君の命を守るように、考え得る限りの手を打っている」
 それは北条も、勿論源徳も同じである。そして暗殺阻止の要は忍者。風魔も服部も、昼夜を問わず己の主君を警護している。その守りを薄くし、敵に仕掛けるなど愚の骨頂。
「俺は大丈夫だ」
「根拠の無い自信は止せ。お前を失えば、北条は終わりなのだからな。ともかく、俺は出ぬぞ。どうしてもというなら冒険者にでも頼め、何人かは貸してやる」

●今回の参加者

 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8619 零式 改(35歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3556 レジー・エスペランサ(31歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec0205 アン・シュヴァリエ(28歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec3787 各務 蒼馬(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec5148 カナード・ラズ(33歳・♂・陰陽師・シフール・イギリス王国)

●サポート参加者

エイジス・レーヴァティン(ea9907)/ 陸堂 明士郎(eb0712

●リプレイ本文


 そこは船宿の一室であった。
 幾つかの人影が見える。数は十。冒険者と風魔の忍びであった。
「‥‥というわけだ」
 信玄暗殺の段取りについての説明を終えたのはシフールの男性であった。名をカナード・ラズ(ec5148)という。
「なるほど」
 頷いたのは端正な相貌の若者だ。風魔の忍びで、紅影という。紅影はちらりと眼をあげた。
「要するに信玄をあぶりだすのだな」
「そうだ」
 答えるカナードの前で、鋭い目つきの男が腕を組んだ。
「しかし信玄が二の丸にいるのは確かなのか」
 男――風魔忍者である黒影が云った。
 信玄の正確な居所は彼らもつかんではいない。
「わからん」
 答えたのは、弓の鏃に河豚毒を塗る男であった。
 レジー・エスペランサ(eb3556)。かつて真田十勇士の一人である望月六郎と刃を交えたことのある兵である。
「で、江戸城内部の様子はわかっているのか」
「それは」
 口を開いたのは冷然たる娘だ。風魔くの一、白影である。
「服部党の忍びに確かめてあるわ」
「ならいいわ」
 冷徹そうな美女が笑った。しかしすぐに女――アイーダ・ノースフィールド(ea6264)は真顔になると、白影が用意した江戸城地図に眼をおとした。幾つかは陸堂明士郎が話していた様相と符合する。
「でも、忍び込んでからが大変よ」
 アイーダは溜息を零した。
 以前、彼女は江戸城に入ったことがある。
 城内の陰陽師の呪法により変装は見破られ、また呪法具も使えず、潜入それ自体すら予見されていたのだ。信玄がどれだけの呪法者を用意しているかはわからないが、その前に陰陽師らの警備網をすり抜けねば話にならない。
 と、アン・シュヴァリエ(ec0205)という名の娘が紅影に好奇心一杯の瞳をむけた。
「ひとつ訊いていい? 信玄公が病だってことだけど、何か根拠はあるのかな」
「医者と僧侶の動きだ」
 紅影は答えた。
「江戸城への出入りを調べた。だが誰が病か分からぬ」
 どうも武田の貴人らしいと当たりを付けた所で、信玄が市中巡回を始めた。病を隠す為の偽装と見た。
「ふーん。ところで」
 と、アンは白影に眼を転じた。
「ね、風魔の人って恋人とかいるの?」
「えっ」
 白影ともあろう娘が動揺をみせた。しかしすぐに表情を消すと、
「おる者もおらぬ者もいる」
「へえ。じゃあ白影はいるの?」
「わたしは‥‥おらぬ。そのような者」
 白影が顔をそむけた。すると紅影がニヤリとした。
「白影は早雲様一筋だからな」
「な、何を――わ、わたしは」
「隠すな」
 とは黒影だ。可笑しそうに口をゆがめると、
「風魔の女のほとんどは早雲様に惚れているからな」
「早雲、ね」
 納得がいったかのようにアンは大きく首を縦に振った。
 その時、レジーと同じように刃に河豚毒を塗る男が窓の外に視線を飛ばした。
 氷のような冷厳たる風貌の男である。が、その眼の奥でちろちろと燃えているのは反骨の炎であった。
 各務蒼馬(ec3787)という名の忍者は眩しそうに眼を瞬かせた。
「良く晴れている」
「今宵は良い月がでるぞ」
 同じく空を見つめている精悍な男が微笑んだ。そして指刀を一閃。尾上彬(eb8664)という名の忍者の顔は一瞬にして娘のそれと変じた。
「俺はやることがある。先にゆくぞ」
 彬が立ち上がった。と――
 待て、と呼び止める者があった。
 零式改(ea8619)。北条家家臣たる忍者である。
「むっ」
 彬の足がとまった。彼ほどの忍びをして、そうさせずにはおかぬほどの改の殺気であった。
「確か尾上殿と申されたな」
「ああ」
「刻限間際で依頼を受けられたようだが、何故に信玄を狙う? まこと信玄を狙うつもりならよし。もし早雲様の邪魔をするのなら」
 改の全身から氷のような殺気が流れ出た。
 彼はすでに早雲に命を含めたすべてを預けている。これほど面白い人生を与えてくれた早雲のためなら死すとも惜しくはない。 
「ふふ」
 彬の唇に野太い笑みがういた。
「信玄がどうなろうと、俺の知ったことではない。が、な、あいつらのために俺は信玄の首をとりたいのさ」
「あいつら?」
「ああ」
 彬は頷いた。その脳裏に浮かぶのは強い少女と、強くなろうとする少年の面影である。
 鶴と忠胤。かつての小田原藩主である大久保忠吉の妹と弟だ。
 小田原決戦の際、小田原藩残党はほぼ壊滅した。鶴と忠胤の行方も知れぬ。が、彬は二人の無事であることを信じ、たった一人で二人の行方を追っていたのであった。
「待ってろよ、強くて優しい姉弟」
 彬は足を踏み出した。


 煌と月の輝く夜であった。
 江戸湊にある伊達陣地に一人の侍がふらり姿をみせた。供を一人連れている。
 その顔を見とめ、番役の侍の顔に不審の色が滲んだ。
「白石様、この時刻に何か御用でございますか」
「うむ、それがな」
 白石と呼ばれた侍が口を開いた。
 その瞬間、海上で真紅の花が開いた。
 炎だ。小船が燃え上がっている。
「火を消せ! 軍船に火が移るぞ!」
 白石が叫んだ。

 南の空にやや赤みがある。
「どうやらアンと翠が上手くやったようだ」
 蒼馬が云った。翠とは彬の使う風精龍のことで、湊の軍船襲撃を助けているはずであった。
 蒼馬が仲間の顔を見渡した。全員が黙したまま肯いた。その顔が月光に白く浮かび上がっている。
「ゆくぞ」
「おう」
 答えた彬の身がずずうと影に没した。まるで水中に飲まれるかのように。追うように蒼馬の身も影に消える。
「俺達もゆくぞ」
 カナードが指を立てた。
 呪力凝縮。解放。
 強力な呪力により異次元立方体と変じたレジーの身体が亜空間へと消えた。


 幾度かムーンシャドゥを繰り返し、彬と蒼馬は江戸城三ノ丸に辿り着いた。はじかれたように飛び、物陰に身をひそめる。
 二人は、この時既に敵に見られていた。
 港の騒ぎで警戒を強めた江戸城の守護者たちには、二人は頃合いの侵入者だった。
「急げ」
 蒼馬が油を取り出す。竹筒四本に入った油を、二人は馬小屋にまき散らす。
 と――
 彬の手の油壺が割れた。飛来した手裏剣の仕業である。
「もう来たか」
 彬が歯噛みした。その背後では蒼馬が火打石を打ち合わせ、油に火をつけている。
 彬が抜刀した。氷嵐のような殺気が四囲から吹きつけてくる。おそらくは黒脛巾組だ。
 その時、ぼうっと炎が燃え上がった。
 刹那である。炎光をはねかえし、幾条もの流星が疾った。必殺の意志をのせた手裏剣の群れだ。
「ふん!」
 彬と蒼馬が飛んだ。手裏剣をかわす。が、すべてはかわしきれず、二人の身体を手裏剣がかすめて過ぎる。
「やるぞ。火の手が大きくなるまで」
「おう」
 肯いた蒼馬の身がよろめいた。
 毒だ。手裏剣の刃に毒が塗られていたのである。
「やるじゃねえか」
 蒼馬の冷めた相貌の中に、その時ぬうっと獰猛な獣の表情が浮かび上がった。そして殺到する黒脛巾組の群れを見遣った。


 のびた綱を伝い、アイーダと黒影は外濠の内、即ち外曲輪に潜り込んだ。そのまま二ノ丸を目指す。
 三ノ丸の濠に届こうかというところに至った時だ。
 黒影がアイーダを制した。その身に月光の矢が刺さり、闇に溶けた。
「露見した、いるぞ」
「わかっているわ」
 アイーダが矢を番えた。眼にもとまらぬ迅さで矢を射る。
 うっ、という呻きは二つあがった。アイーダの矢と黒影の手裏剣に貫かれた忍びのあげたものだ。
「やるわね」
 アイーダが片目を瞑ると、黒影が綱を放った。それは生き物のようにするするとのびると濠を越えた。
 黒影が叫んだ。
「ゆけ。ここは俺に任せろ」
「わかったわ」
 アイーダの手が綱にかかった。


 レジーとカナードの姿は二ノ丸近くにあった。
 すでにカナードのムーンアローにより信玄の居所は判明している。やはり三ノ丸だった。
 だが彬と蒼馬の放った火は一瞬で消えた。忍びだけでなく、伊達や武田の兵が彼らを追い詰めつつある。
 二人は平蜘蛛のように地に這った。それでも時折、敵の月矢が容赦なく二人の身体を撃つ。もはや袋の鼠だった。死ぬのも時間の問題だ。
「信玄は、どこだ?」
 レジーは先ほど黒脛巾組に押し包まれる蒼馬の姿を目撃していた。が、敢えて蒼馬を黙殺した。いや、むしろ信玄を誘き寄せる囮になれと念じた。
「酷い奴だと思うか」
「ああ。仲間を大切にしないとは酷い冒険者だね。必要なら、俺もろとも信玄を射抜くつもりなんだろ」
「ああ。詫びはあの世でする」
 レジーは矢を取り出した。


 湊から来たという数人の伊達侍が江戸城の門を叩いた。
「軍船が襲われた。それで報告に参った次第」
 一人の侍が口を開いた。その顔を一目見、門衛は眼を見開いた。
「白石様。それはまことでございますか」
「確かに。すぐに報せねばならぬ故、門を開いてくれ」
「承知しました」
 門が開かれた。急く様子で白石達が門をくぐり、弾かれた――
 あっ、と白石が呻いた。その脇腹を貫いて槍の穂先が覗いている。門衛の槍だ。
「な、何の真似だ」
「とはこちらの台詞だ。貴様、何者だ」
 門衛が吼えた。
 非常時に際し、門には結界が張られていた。敵を拒む不可視の防御。
 ホーリーフィールド!
 そうと白石――アンが気づくより先に、紅影が動いた。その手から放たれた手裏剣が空を裂き、そして門衛の首を裂く。
 同時に改も豹のように門衛を襲った。小太刀で頚動脈を刎ね、一瞬で仕留める。残る門衛も白影が屠った。
「大丈夫か?」
 白影がアンを抱き起こした。すでにアンはヒーリングポーションを口に含み、傷を癒している。が、その顔は暗澹たる色を滲ませていた。
「大丈夫。だけど伊達兵に紛れて潜入するのは無理みたいだね」
「そうでござるな」
 ひどく落ち着いた様子で改は答えた。すでに死を覚悟した彼の心中は凪いでいる。
 改はアンを見返した。
 こちらに近づく敵兵の足音が聞こえていた。遭遇すれば今度は、彼女らがなぶり殺される番だ。
「どうする?」
 紅影が改を見た。
「信玄まで辿り着くことは限りなく困難となった。このままゆけば、待っているのは確実なる死だ」
「それでもゆかねばならぬのでござるよ、早雲様のために」
 改がニヤリとした。


 三ノ丸から武士の一団が現れる。
 一人の男が、数十名の侍と僧侶に守られている。
「信玄!」
 気づいたのは彬であった。
 武田兵に変装し、走り寄った彬は誰何の声を無視して、片手を突き出した。
 春花の術!
 直後、彬は複数の槍に肉体を貫かれて死んだ。春花の術は頑健な者には効き難い。彬自身、3回に2回は耐えられる。精強な信玄の護衛は言うに及ばず、春花を纏った忍びは儚く散る。
「もはや、これまで」
 その時、蒼馬に襲いかかろうとしていた忍びがもんどりうって倒れた。
 首を貫く一本の矢。アイーダだ。
「今だ!」
 微塵隠れ。爆発音は天雷に似て。
 実体化の座標軸固定。それは――

 アイーダはがくりと膝をついた。
 咄嗟に蒼馬を助けたが、もう矢は尽きかけている。そして身は傷だらけだ。この場には誘い込まれた気がする。とすれば逃げ場は無い。
 それでもアイーダは震える手で矢を番えた。無駄な抵抗と知りつつ。
 と、迫り来る敵の一人が倒れた。そしてもまた一人。
 アイーダの身がすっと抱きかかえ上げられた。黒影だ。誰のものかわからぬ血で満身朱に染まっている。
「て、敵は‥‥」
「黒脛巾組など風魔にかなうものかよ」
 黒影は血笑をうかべた。
「ここまでだ。ゆくぞ」


 改の刃は旋風のように。紅影の炎は敵を灼き、白影の手裏剣は敵を刺す。そしてアンのプレシューズは断罪の鉄槌だ。
 颶風のように江戸城内を駆け抜けた四人であるが、その疾駆はとまった。用意周到な罠に嵌る。
 周囲を囲まれ、一斉に矢が放たれた。
 刹那である。すっと人影が動いた。
 アンの眼前、緋色の霧のむこうに人影がある。それは――
「白影!」
 絶叫するアンの胸に、無数の矢に貫かれた白影が倒れかかってきた。
「ど、どうして」
「‥‥」
 答えず、白影はただ微笑った。そして逝った。
「退れ!」
 紅影が叫んだ。が、改は退らない。いや――
 改の胸を矢が貫いている。生きて、動いているのが不思議であった。
「信玄‥‥信玄を殺らねば」
 うわごとのように声を発しつつ足を踏み出す。ただ霊のみにても敵を討つ。改とはそういう忍びであった。
 ババ・ヤガーの空飛ぶ木臼でアンと紅影が空に舞い上がった時、再び矢が一斉射された。
「改!」
 アンが叫んだ。直後、針鼠と化した改がどうと倒れた。


 見えぬ壁にはじかれて蒼馬は実体化した。
 信玄の前、ではない。信玄を守る僧侶の張るホーリーフィールドが彼を阻止した。
「まだ!」
 退魔刀を不可視の結界に叩きつける。が、壊れない。
「やれ! 誰でもいい。俺ごと信玄を殺れ!」
「任せろ!」
 絶叫をあげてレジーが矢を放った。
 飛燕のように翔けた矢は二つ。蒼馬を貫き、信玄へ――
 届かない。カナードのムーンアローも跳ね返される。
「まだだ!」
 レジーがきりきりまいした。その身体に幾本もの手裏剣、矢、ムーンアローがぶち込まれている。信玄は軍配をあげて、暗殺者に止めを刺す。
「に、逃げ――」
 それだけの言葉を発するのがレジーにとって渾身の業であった。薬水を手に取ることもなくレジーは絶命している。
 同じくムーンアローの攻撃を受けていたカナードは間一髪、影へと消えた。


 後日、死亡した冒険者の亡骸は切り刻まれることもなく受け取りに現れた仲間に引き渡された。唯一、彬は武田の僧侶の手で復活した。彬は尋問を受け、黙秘したが魔法を使われ、依頼のあらましを武田に知られる。
「何故、受けた?」
「‥‥」
「お主達の襲撃、通り一遍で工夫が無い。結界すら破れ得ぬ」
 魔力感知を恐れたが徹底はしていない。よしんば信玄に近付けても、護衛の武士や僧侶を倒す策や力を持たない。強力な武具をわざと使わなかった節さえある。
「万に一つに賭けたのか」
「‥‥」
 彬は尋問の後、解放される。
 そして早雲。
 冒険者は蘇ったが、白影は逝った。その報を耳にした早雲は子供のように泣きじゃくったが、そのことを知るのは風魔小太郎ただ一人であった。