【獅子王伝】獅子の子、動く
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月10日〜09月15日
リプレイ公開日:2009年09月23日
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●オープニング
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陣屋敷の奥で、二人の若者が相対していた。いや、正確には三人の若者が。
一人はゆったりと座し、神々しいともいえる微笑を浮かべている。対する一人は剛直そうな相貌の持ち主で、どっかと胡坐をかいていた。
そして三人目。右眼を糸のように閉じた若者は無造作に柱にもたれて座している。
北条早雲と源徳信康、柳生十兵衛であった。
何と清清しい男か。早雲は思った。家康の嫡男とは思えぬ真っ直ぐな眼をしている。
何と恐ろしい男か。信康は思った。父である家康も何を考えているか読めぬところがあった。が、早雲はそれ以上だ。
龍と獅子の初めての対面。それぞれは、それぞれの想いを抱いて立ち上がった。
「民のため、俺達は手を握ることができそうだな」
「ああ」
信康が差し出した手を早雲が握った。信康もまた握り返し、
「では、俺はゆく」
早雲の手を放した。そして信康は十兵衛を振り返って、見た。
「十兵衛。お前はどうする?」
「俺は」
十兵衛が眠そうな隻眼をあげた。
「さて、どうするか。ともかく、今は暑いので眠っているつもりでござる」
「そうか」
信康は苦笑した。柳生十兵衛を御することのできる者など、この世にはおらぬ。たとえ早雲であろうとも。
信康は陣屋敷をあとにした。
早雲が再び座したのは、しばらくしてのことであった。
「面白い」
早雲は呟いた。
信康という男、想像していたよりも器がでかい。さらに野に下ったことにより、さらに器の容量が増している。が――
「やはりお坊ちゃんか」
早雲は思わざるをえない。
民のためと称してはいるが、信康の目指すものは大名による支配である。城の暮らしを捨てて、少しは民の中に混じり暮らしを送ったようだが、それだけでは侍気質は抜けぬ。
このジャパンは誰のものか。民のものだ。神皇のものでもなく、ましてや大名のものでもない。そこのところが信康はわかっておらぬ。
やはり大名は潰さねばならぬ。早雲はあらためて思った。
が――
客観的にみれば、信康の考えの方が現実的である。この時代、早雲の目指すところのものは夢物語に近い。まあそれだからこそ面白いと早雲は思っているのであるが。
「いつか雌雄を決せねばならぬ時が来るかもしれぬな」
早雲は呟いた。
そして――
信康は動き出した。武力によらぬ平和をもたらすことはできぬものかと思案している。
今の信康は源徳ではない。自ら源徳を捨て、徳側と名乗っている。つまりは徒手空拳ということだ。それで、どこまで世を動かせるか。
「冒険者と話してみるか」
信康は江戸にむけて歩みだした。
●リプレイ本文
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江戸外れにむかう九人があった。
三菱扶桑(ea3874)、 トマス・ウェスト(ea8714)、陸堂明士郎(eb0712)、空間明衣(eb4994)、リン・シュトラウス(eb7760)、大蔵南洋(ec0244)、百鬼白蓮(ec4859)、将門雅。冒険者である。
「どうした、リン殿」
厳しい顔つきの男が妖精めいた可憐な娘に眼をむけた。男は南洋であり、娘はリンである。南洋は続けた。
「いやに楽しそうだが」
「ついに信康様にお目にかかれるるんだもの♪ 凄く格好良いって評判だけど、どうなるかなって思って――」
こほん。リンは咳払いをひとつした。南洋の顔が恐い。
リンにとって南洋の現実的かつ理知的思考は尊敬に値した。が、同時に少し鬱陶しい部分もある。
「ジャパンの将来を憂う者の一人として、仲間になれたらいいなー」
「仲間、か」
複雑な眼をリンにむけた女がある。明衣だ。
リンは仲間になりたいと思っているようだが、彼女は北条家家臣である。噂によれば北条早雲は民をおもう武将であるようだが、もし信康とゆく道が違っていた場合、リンはどうするか。
そのリンを、やや白眼視している者がある。
トマスだ。天性彼はエルフという存在が嫌いでならなかったのだ。
と、ゆったりと歩を進めていた男と無音の足運びを行っていた娘が立ち止まった。これは明士郎と白蓮である。
「あれか」
明士郎が呟いた。眼の良い彼と白蓮は待ち合わせの場所である堂の階段に座す一人の若侍の姿を見出している。
剛直そうな相貌。鋭い眼が炯と光っている。信康だ。
「そう、あれが信康だ」
肯いて、一足先に歩みだしたのは扶桑であった。
「久しいな、信康殿」
「お前は」
おお、と眼を見開き、信康は立ち上がった。
扶桑の顔を信康は知っている。――どころではない。見忘れようもない顔だ。
なんとなれば信康切腹の際にかかわった冒険者である故に。彼が生きてここにあるのは扶桑を含めた幾人かの冒険者のおかげであった。
「また会えるとは思わなかったぞ」
「ふふん。野に下ってどれ程の漢になったか」
扶桑は徳利の首をばきりとへし折った。そして口の部分のみを地に突きたてた。
「今のお前さんはこんなところか。見えているのは口のみ。ここにどれだけの酒が注げるか」
扶桑は立ち上がった。そして砕けた徳利の首に口をつけ、ぐびりと酒を呑んだ。
「お前さんの器、まだまだ大きくなる可能性は秘めていそうだがな」
扶桑はニヤリとした。信康もまた不敵に笑った。
「見ていてくれ。源徳を捨て、徳側信康となったこの俺を。お前に拾ってもらったこの命、無駄にはせぬよ」
「ふむ」
扶桑は信康をじろりと見下ろした。その眼に揺らめく光がある。
久しぶりに見た信康であるが、以前の彼とは違う。格段に器が大きくなっていた。
それではどれだけの男となったのかというと、迷うところがある。
扶桑はこれまで幾人もの武将と相対してきた。源徳家康、上杉謙信、伊達政宗――
彼が見るに、家康という武将はかなりの傑物である。器の大きさでいうなら、今のジャパンにおいては最大級ではあるまいか。が、所詮それは土台を作る程度のものである。故に行き詰まった。
そして謙信はというと片手に乗る杯程度のものと扶桑は考えている。器も小さく底も浅い。
残る政宗は器はでかく底も深いが、何処か天運に見放されているようなところがある。それでは天下はとれない。まあ梟雄とはそういうものだ。
「信康殿」
声をかけたのは明衣である。信康の口元が綻んだ。実のところ、全冒険者中、彼が最も信頼しているのは明衣であった。
「空間、よく来てくれた」
「なんの。信康殿の願いならばどこにいても駆けつけるさ。ところで」
明衣が背後を見た。そこに一人の娘が立っている。雅だ。
「私の身内で京で万屋を営んでいる将門雅だ。雅の生き方は貴殿の参考になるかと思ってな、連れてきた」
そして明衣は雅が個人として新撰組やお市と取引をしている事を告げた。
「ほう」
信康は見直す思いであった。
雅という娘は小柄で華奢で、とてもそのような行動力があるとは見えない。が、今の信康にはわかる。市井に生きる者達の生命力の強さが。
「万屋将門屋店主の雅や。ご贔屓に。明姉が執着する程やから会うのを楽しみやったんよ」
雅がニカッと笑った。その頭をごつんと明衣が小突く。
「馬鹿。何て口のききかただ」
「せやかて」
「かまわん」
信康は可笑しそうに笑った。
「面白い娘だな。お前の姪らしい。その強さ、見習わせてもらうぞ」
「信康はん」
雅は真摯な眼をむけた。
「うちは商売をやってる。入用のときはいうて。あと死んだらあかんからね。死んだらそれで終わりやさかい」
「雅」
明衣が雅を抱きしめた。
「山南さんは雅が笑ってる姿が気に入ってたと思うぞ。無理でも笑え」
「明姉‥‥」
雅が泣き笑いのような表情をうかべた。
●
一足先に江戸を発った冒険者がいた。明士郎とリンだ。向かう先は鬼一法眼の庵である。
深い森をぬけ、やがて二人は小さな庵に辿り着いた。
縁に一人の若者が座し、盃をほしている。美しい若者だ。人間離れした美しさをもつ北条早雲を見慣れたリンですら息をつまらせそうになるほどであった。
「鬼一法眼殿か」
明士郎が問うた。が、鬼一法眼はこたえない。ただ盃をかたむけている。
明士郎が続けた。
「陸堂明士郎と申します。此度源徳家元嫡男であった信康殿と会談することに相成り、そこで」
「わかっている。好きにするがいい」
鬼一法眼はこたえた。
「忝い」
明士郎は頭をさげた。その身裡には震えがはしっている。
かつて彼は京において平手造酒と相見えたことがある。
さすが千葉北辰道場の小天狗とうたわれただけあって強い。戦って勝つ自信は彼にはない。
が、平手に対して明士郎は畏れを感じなかった。ただ好敵手に対した時の敵愾の炎が燃え上がっただけである。
比べて鬼一法眼はどうだ。強いというのはわかるが、その程が知れないのだ。
明士郎ほどの剣客ならばわかる。それがどれほど恐ろしいことかが。
「では」
明士郎は背をむけた。
●
鬼一法眼の庵に信康と五人の冒険者が到着した。
「ここが鬼一法眼の庵‥‥」
信康が小さな庵を見遣った。縁に座して盃につけているのが鬼一法眼その人であろう。
あれが鬼一法眼!
感慨を込めて信康は鬼一法眼を見つめた。
無論信康とて武将の端くれ、六韜三略なる兵法のことは耳にしている。その継承者が鬼一法眼であることも。そして京八流なる伝説の剣流の創始者であり、その一流である鞍馬流をかつて源義経に伝授したことも。
一度会ってみたいと思っていた。生ける伝説に。
「信康殿」
背後からの声に、はっと信康は我に返った。
「確か‥‥百鬼と申したか」
「はッ」
白蓮が肯いた。
「服部党が動いているやに聞き及んでおります。もしもに備え森へとむかう所存。その前に一言、信康殿に申し上げたきことが」
「うむ、何だ?」
「信康殿の今後の行動についてで候。直ぐに諸侯に影響を与えようと急ぐのではなく、まずは諸大名とお会いなされるのはいかがであろうか。無論今日のお立場であれば過去のしこりもあり、簡単に面談できぬのは承知致し候が、自らの視野を広げてことは損にはならぬと」
「確かに、な」
信康は肯かざるを得ない。
現在のジャパンはまさに戦国。群雄割拠という状態だ。その群雄と立場をこえて話し合ってみるのも悪くない。そうでなければわからぬことも確かにある。あの北条早雲のように。
「わかった。考えておく」
●
庭にむかう一室で信康と冒険者達は座していた。
前にそれぞれに茶碗がひとつ。ハーブの良い香りが立ち上っている。
やや離れたところでリンが竪琴を弾いていた。揺らぐ音色がゆったりと部屋に満ちている。
「さて信康殿。今後のことだが」
明衣が口を開いた。
「何を求めるにしろ、私は貴殿の考えに賛同する者を集めるべきだと思う。人が集まれば纏めるのも大変だが大名らも数の力ってのは軽視出来ん。冒険者が関わると余計にな」
「数、か」
信康は腕を組んだ。
力の論理。確かに明衣の云う通りだ。
彼は父である家康の強引なやり方を側で見てきた。そして蹂躙された者達も。
かつてはそれでいいと思っていた。が、源徳を捨てた今、父と同じ道は歩みたくない。
その信康の迷いを読み取ったか、トマスが尊大な笑みをむけた。
「けひゃひゃひゃ〜。何かを成し遂げるためには相応の力が必要だよ〜」
「それはそうだが」
「武力によらぬ平和、難しいね〜。素晴らしいことではあるが、話し合いにしてもなんにしても、どこに妥協点を置き、相手を従わせるかだね〜」
「従わせる、か‥‥」
信康の表情が曇った。目指す場所が違うだけで、やはり手段は父のそれを踏襲するしかないのか。
トマスがニヤリとした。
「従わせるとか支配とか嫌かね〜。なら納得させるだね〜」
「納得?」
「そうだよ〜。武力でも財力でも魅力でもいいから、とにかく相手を納得させる為の力を持たなければね〜」
「力、か」
信康の眼に光がともった。力にも様々な質があることを、彼は今理解し始めている。
怒涛のように全てを押し潰す力もあれば、手を携えて築き上げていく力もある。要は力の使い方なのだ。
「信康殿」
明士郎が口を開いた。
●
樹枝に鴉のようにひそむ影があった。白蓮である。
「来るか、服部党」
白蓮の口から呟きがもれた。
服部半蔵と服部忍者。忍びであるならば知らぬ者はいない。恐るべき相手だ。敵として不足なし。
「むっ」
白蓮の鋭敏な感覚が異様な何かをとらえた。針のような小さく、そして尖った気だ。
刹那だ。迫るましらのような三つの影を白蓮は見とめた。
「来たな」
音もなく白蓮は地に降り立った。ぴたりと三つの影がとまる。
「服部党の忍びだな。ここから先はゆかせぬ」
白蓮が云った。応えもなく、いきなり服部党忍者達が手裏剣を放った。
獣並みの動きで白蓮が避ける。が、全ては避けえなかった。
咄嗟に身を捻ったものの、一本の手裏剣が白蓮の肩に突き刺さった。反射的に白蓮が手裏剣を引き抜く。刃が黒い。毒だ。
解毒薬を口に含み、白蓮が飛び退った。するりと樹木の後に回り込む。
次の瞬間だ。カッと音たてて手裏剣が樹木の幹に突き立った。
はじかれたように白蓮が飛ぶ。それを追ってさらなる手裏剣が疾った。
逃げ切れない!
白蓮が心中に叫んだ時だ。突如殺気が途絶えた。
何だ?
藪の中に平蜘蛛のように這った白蓮は周囲の気配を探った。
そして見た。喪神した服部忍者三人が枝から吊るされている様を。
怖気を覚えつつ、白蓮は立ち上がった。
何時、誰がやったかわからない。白蓮ほどの忍びが、である。
「どうやら天狗が守っているというのは本当らしいな」
白蓮の口から重い息がもれた。
●
「家康公は変わられたと思う」
明士郎は切り出した。
「かつての家康公ならば助勢するにやぶさかではない。が、正直申し上げて、今の家康公では民を導くことはできぬ。力によって道理を曲げる者にはその資格はないからだ」
明士郎は云った。信康は黙したまま耳を傾けている。
明士郎の云うことには一理も二理もあった。野に身をおき、彼は道理を踏みにじられた者達の恨みの声を聞いたのだ。故に彼は源徳を捨て、徳側と名乗った。
「わかる。わかるぞ」
信康は唸った。明士郎の言に共感したのである。
その点、やはり信康は早雲が揶揄したようにお坊ちゃんであるのかもしれない。
明士郎の云うことは理想論である。古来、為政者が道理のみによって世を治めたことがあるか。ない。道理を建前として利用しただけである。
とはいえ、そのことを明士郎ほどの男がわからぬはずがない。それを知っていて、なおも理想を目指す。明士郎とはそのような男であった。
「が、信康殿。空間やトマスが申し上げたように、乱世を乗り切る為には力が必要なのもまた事実。それこそ冒険者と自分は考える」
「冒険者、か」
信康は再び唸った。冒険者は今や大名ですら無視できぬ存在と化しているのは事実だ。
「俺に冒険者を束ねよというか」
「左様」
明士郎は肯いた。
「政道を正す為の力としての部隊を作り、纏める者が欲しい。貴殿にその為に起って頂きたく思う」
「その通りでござる」
今まで黙していた南洋が声を発した。
「神皇様がご親征をご決意あそばされたこと、ご存知でござろう。それにお加わりなされい。万が一家康殿が朝敵のまま最後を迎えられるようなことあらば、御家取りつぶしの可能性もありまする。そうなった場合、残された家臣はどうなりましょう。源徳家臣、そして徳姫様のためにも、今は神皇様に忠節を尽くしておかれませ」
「でも」
リンが手をとめた。竪琴の音がやむ。ふっと信康は夢から覚めたような顔つきになった。
リンは信康に微笑みかけると、
「大人らしく考えると大蔵さんの言葉が理にかなってると思うけど‥‥でも、やっぱり信康様には戦を止めて欲しいです。そのために神皇様の下に参じ、その意を受ける形で諸侯の前に立たれるのはどうでしょう?」
「神皇、か」
信康の眼がきらりと光った。
徒手空拳の信康が世に平和をもたらす手段。それは神皇と冒険者という二語に集約されるのではないか。
が、問題はある。
神皇の御前にたったとして、果たして朝敵たる源徳家康の嫡男であった自分を神皇が受け入れるだろうか。さらにいえば冒険者が自分に束ねられるか。
かつて父が冒険者に云ったという。冒険者は個人軍。誰にも束ねることはできぬと。
それでも――
「ゆこう、京へ」
信康は云った。
すでに命は捨てた。名も捨てた。何を恐れることがあろう。
柳生十兵衛と冒険者が身を賭して救ってくれた命。ジャパンの平和のために燃え尽きるのなら本望だ。
「じゃあ門出を祝って」
リンが立ち上がった。いそいそと庵の奥にむかう。
嫌な予感を覚えて南洋がリンを呼びとめた。
「リン殿、どこへ?」
「河豚鍋をつくりに」
「河豚?」
南洋の額にびっしりと汗がういた。
「リ、リン殿。あ、あれから河豚は調理したのであろうな」
「ううん。全然」
「や、やめよ」
南洋は悲鳴に似た声をあげた。
「き、貴殿は早雲様だけでなく信康殿まで殺すつもりか」
「ちぇっ」
リンが可愛らしく唇を尖らせた。
「じゃあ、せめてこれを」
リンが信康にナイフを差し出した。
「落ちたる星の欠片っていうんですよ。星は落ちても、その内に天空の力を秘めるとか。まるで信康みたいね。そうは思わなくて?」
「ふふふ」
呼び捨てにされたことも気にならぬのか、信康は小さく微笑んだ。
「冒険者とは不思議な存在だな。接していると、何故だか勇気がわいてくる」
信康は落ちたる星の欠片を懐にしまった。そして天を見上げた。
その瞬間、冒険者達は信康の姿に獅子を見た。
今、獅子の子は立ち上がったのである。