【道教大神】死神
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:13 G 3 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:11月11日〜11月18日
リプレイ公開日:2009年11月20日
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●オープニング
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鎌のような弦月のかかる夜。
奈良近くの山越えの道をゆく三つの人影があった。
多羅尾半蔵、後藤伊織、木村又右衛門。いずれもが柳生新陰流の高弟であり、江戸に道場をかまえていた。
「急ごう。十兵衛様も待っておられるはず」
半蔵が急かせた。十兵衛はこの先の寺で待っているはずであった。
と――
三人は足をとめた。微かな、しかし異様な気配をとらえたためである。
何か?
三人の剣客は自らの気配を殺し闇を透かし見た。そして、そこに不気味なものを見出した。
髑髏。月の光をうけ、金色に輝いている。
そして、その黄金髑髏の傍らには異形が控えていた。
衣服を身につけた骸が五体。それぞれが刀を帯びているところから元は侍であったようだ。
「さて松永久秀を殺るか」
黄金髑髏の口からしわがれた声がもれた。
刹那である。黄金髑髏の深淵のような眼窩が動いた。
「呪唱中であった故に気づかなかったが、鼠が三匹紛れ込んだようだな」
「!」
雷に撃たれたかのように半蔵達は身構えた。
「妖怪!」
叫んだのは又右衛門である。刀の柄に手をかけると、
「今、松永久秀を殺すとか申していたな。松永久秀とは大和の松永公のことか」
「聞いたか。聞かれた上は生かしてはおけぬなあ」
「生かしてはおけぬ?」
伊織の面に不敵な笑みがういた。
「妖怪。我らを誰だと思っている。江戸では知らぬ者なしの柳生の高弟。その我らに対し、ようもほざいたものよ」
「柳生? ならばお前がよかろうな」
黄金髑髏が一体の骸を見た。
「惟孝、ゆけ」
骸が立ち上がった。するすると滑るように三人の剣客達の前に歩み寄る。
きらり、と月光がはねた。骸が抜刀したのだ。
はじかれたように抜き合わせ、半蔵は身を強張らせた。
たかが怪骨と侮ったが、骸から放射される殺気は只事ではない。半蔵ほどの手練れが骨がらみ呪縛されていた。
何者か。
恐怖の風に吹かれながら、半蔵は思った。
骸のかまえから、彼は敵の剣流を新陰流と読んだ。が、これほどの凄絶の使い手を彼は知らない。
誰か。これほどの新陰流の使い手は。
そういえば黄金髑髏は骸剣士を惟孝と呼んでいたが――
その時、半蔵の脳裏をある剣士の名がよぎった。
まさか、まさか――!
敵に対したまま、半蔵はひび割れた声を発した。
「伊織、又右衛門、逃げよ」
「に、逃げよだと」
伊織の顔に怒りの色がはしった。
「半蔵、血迷うたか」
「血迷うてはおらぬ。ここがわしが防ぐ故、こやつらのことを十兵衛様に」
「させるものかよ」
黄金髑髏が顎をしゃくった。
次の瞬間である。二体の骸剣士が化鳥のように空を舞い、伊織と又右衛門の背後に降り立った。
「武蔵、小次郎。逃してはならぬぞ」
「ぬかせ!」
伊織と又右衛門が同時に抜刀した。
刹那吹く、凄愴たる殺気が。伊織と又右衛門は凍りついた。それっきり息もつけない。
と、一体の骸剣士の口が開いた。武蔵と呼ばれた方だ。
「来い」
「かっ」
見えぬ一刀にはたかれたかのように伊織と又右衛門が殺到した。
それより一瞬早く小次郎と呼ばれた骸剣士の背から白光が噴いた。一度下げられた刃は地をするように薙ぎあげられた。
それを伊織はかわした。が、空で反転して薙ぎ下ろされた刃までは避け得なかった。
鮮血がしぶいたのは伊織が脳天から股まで両断された後であった。
同じ時、又右衛門は武蔵と呼ばれた骸剣士に斬りつけていた。澄んだ音を響かせ、しかしその又右衛門の一刀は武蔵と呼ばれた骸剣士の左右手の両刀によって受け止められている。
「うっ」
愕然たる呻きを又右衛門は発した。彼はこの時、武蔵と呼ばれた骸剣士が右の大刀を離すのを見たのである。
驚くべし。武蔵と呼ばれた骸剣士は左手の小刀のみで又右衛門の豪剣を受け止めているのであった。
のみならず武蔵と呼ばれた骸剣士の左刀は打ち合わせた際の衝撃をなおも又右衛門の刃に叩きつけていた。
腕を痺れさせつつ、がくりと又右衛門は膝を折った。武蔵と呼ばれた骸剣士の膂力の成せる業であった。
ゆっくりと武蔵と呼ばれた骸剣士が右の大刀を振りかぶるのを見ても、もはや又右衛門にはどうすることもできない。
実はすでに又右衛門は骸剣士の正体を察している。
敵の剣流は二天一流。これほどの二天一流の使い手は世に一人しかおらぬ。
又右衛門の顔に童子のごとき微笑がういた。
「本望でござる」
武蔵と呼ばれた骸剣士が又右衛門を胴斬りした。
「この上は」
半蔵は刃を投げた。それを惟孝と呼ばれた骸剣士は難なく叩き落した。そりより早く半蔵は走り出した。
「芹沢、伊集院、逃すな!」
黄金髑髏が命じた。
闇の山道を多羅尾半蔵は疾駆していた。背後に迫る灼熱の殺気に追われて。
追っ手である二体の骸剣士のうち、一体の正体を半蔵は推察していた。考えに間違いがなければ、おそらくは新撰組局長である芹沢鴨だ。
勝てるか?
自問し、空しく半蔵は首を振った。大刀を失った今、万に一つも勝ち目はない。
その時、背後で何かが空に舞った。蝙蝠のように飛翔した影が一気に半蔵の背めがけて躍りかかる。
豪、と唸ったのは嵐であろうか。
振り返った半蔵は、吹き飛ばされた骸剣士の姿を見た。そして彼の傍らに立つ一人の若者の姿を。
月に浮かび上がった若者の右眼は糸のように閉じられていた。
「十兵衛様!」
「半蔵」
十兵衛はニッと笑うと、
「こいつらは何だ」
「お気をつけください。そやつはおそらく芹沢鴨」
「芹沢?」
さすがに表情を変え、十兵衛は芹沢に眼をむけた。骸剣士の正体が芹沢かどうかはわからぬが、殺気から芹沢と同程度の技量の持ち主と一瞬にして十兵衛は看破していた。
「面白い」
十兵衛が笑った。
その時だ。待て、と声が響いた。闇に浮かんでいるのは黄金の髑髏であった。
「芹沢、退け。伊集院を失い、これ以上死霊衆を失うわけにはいかぬ」
「そうはさせぬ」
退いてゆく芹沢を追って十兵衛は足を踏み出し――足がとまった。
闇の彼方から熱風が吹きつけてくる。それは、かつて彼が感じたことのない圧倒的な殺気の風であった。
十兵衛が息をついたのは、闇のむこうに敵が消えた後のことであった。
●
大和国と河内国の国境に生駒山がある。
その生駒山上に築かれた城。信貴山城である。
その信貴山城本丸に一人の男が座していた。
腸の臭いが漂っていそうな男。欲望にぬめりと濡れ光っているような面をしていた。
松永久秀である。
「柳生十兵衛が参ったと申すか」
久秀の眼が輝いた。柳生十兵衛の名は天下に鳴り響いている。久秀が知らぬはずはなかった。
「すぐにこれへ」
「あいや」
重臣の一人である楠木正虎が手をあげた。
「十兵衛はすでに立ち去っておりますれば」
「立ち去った? では、何故十兵衛はここに?」
「お命、お気をつけあそばされますように、との伝言をのこしておったと家臣のものが」
「命? ふふん」
ふてぶてしく笑うと久秀は立ち上がった。梟雄と自他ともに認める武将だ。恐れなどあろうはずがなかった。
「ゆくぞ」
久秀は云った。
ゆく、とは女漁りのことである。彼はしょっちゅう城下をめぐり、気に入った女を側女としていた。
英雄、色を好む。その意味においても久秀は雄であった。
「はッ」
面をさげながら、しかし正虎の胸には暗雲が渦巻いていた。
柳生十兵衛ほどの剣客の忠告。無視してよいものだろうか。
「‥‥冒険者」
呟くと正虎は顔をあげた。
●リプレイ本文
●
「あれが信貴山城か」
信貴山上に築かれた山城を見上げ、軍馬に跨った巨漢が呟いた。
風雲寺雷音丸(eb0921)。冒険者である。
「これがあの武将の‥‥」
と声をもらしたのは、長い黒髪を肩まで垂らした美しい女性である。名は和泉みなも(eb3834)といった。
「松永久秀でしたよね」
みなもに眼をむけたのは煌く金髪の娘だ。名はセシリア・ティレット(eb4721)というのだが、そのおっとりした外見とは似合わぬ恐るべき夢想流の使い手であった。
「戦国の梟雄」
ふふ、と微笑ったのは月詠葵(ea0020)という新撰組三番隊隊士であった。
「義とか民の為ってお題目で戦争してる人よりは人間的に好きですね」
「それは上杉謙信公のことでござるか」
雷音丸とは別の巨漢が問うた。
アンリ・フィルス(eb4667)。獅子の如き偉丈夫である。
葵は答えず、笑みに紛らせた。代わって口を開いたのは細身だが、鍛えられた筋肉を備えた体躯の持ち主であった。
「梟雄かどうかはともかく、松永公が斃れればこの地は大きく混乱する。何としても守らねば‥‥」
「でもね」
皮肉に笑った者がいる。
渡部不知火(ea6130)。三十半ばの浪人で、筋骨隆々たる体躯の持ち主である。
「護衛をつけたがらないんじゃ、側近はさぞ胃の腑が痛い事でしょうねーえ」
不知火はレイムス・ドレイク(eb2277)を見返した。
その不知火の胸に、この時義弟である木賊真崎の言葉が蘇った。
――大和の国‥黄泉人達の拠点を抱く地、か。其の地を護る者が狙いとなると、無関係ではないのやも知れぬな。
同じ時、同じ思いを抱くものがあった。
エルフの志士。ステラ・デュナミス(eb2099)である。
(自信満々で忠言を聞かない武将さんって、前もどこかでみたような‥‥。狙ってる敵まで同じ相手じゃないことを祈るばかりね)
ああ、と。もし天に声を発することができれば慨嘆したに違いない。
もしこの時、不知火とステラが胸の内の声を仲間にもらしていたら結果は少し違ったものになっていたかもしれぬ。
とまれ、冒険者達は信貴山麓の町に入った。そして松永久秀を待ち受けた。
実は、事前に冒険者達は楠木正虎と連絡をとっていた。が、久秀のその日の動きは思いつきで、重臣正虎ですらあらかじめ久秀がどう町をめぐるのかはわからぬという。
「あの柳生十兵衛殿が動いた程だ。相手も其処らの刺客じゃあなかろうね」
不知火の口からかわいた声がもれた。もし予測が正しいとすると、一手の後手が即ち致命の一手となりかねない。
「並外れた刺客‥‥」
みなもの顔色が蒼く翳った。
志士であるみなもはあまり剣客について詳しくはないのだが、彼女の恋人である橘一刀から十兵衛の噂話はよく聞かされていた。
当代無双。その十兵衛が恐れる相手はとは何者か。
ふっとみなもは一刀がもらした言葉を思い出した。彼の胸の温かさとともに。
――要人を陰ながら護衛か。先日の加藤清正公の一件と似ているな。
その時、アンリは懐から一枚の紙片を取り出した。正虎から送られてきた久秀の人相書きである。
どこか凶猛そうな面つきであった。が、そのくせ妙に理知的である。
「実物はどのような男であろうか」
アンリはぽつりともらした。
●
初日、二日目と数人の供を連れた松永久秀は籠で町を巡った。
やっていることは女漁りだ。それに付き合う冒険者こそある意味いい面の皮であった。特に肉欲などというものはあまり縁のないセシリアにとっては。正直辟易する思いである。
「早く終わってほしいですね」
肩を竦めつつ、久秀の前をセシリアは歩いていた。
彼女はレジストデビルやデティクトアンデットなる呪法を身につけていたが、敵についての推察がなされていない以上、当然それらは発呪されていない。ただ仲間にグットラックを施呪しただけである。
故にセシリアにはわからなかった。空の高みから、不吉な夜鴉のような黒影がじっと久秀一行と冒険者達を見下ろしていることに。
●
冒険者が大和に着いて四日目。
この日、松永久秀が町に姿を見せたのは夕刻であった。町は白と黄金の混じった色に染まっている。
そして襲撃は突如来た。通りに面する家屋の屋根から四つの影が舞い降りてきたのだ。
それは二手にわかれた冒険者の前後に降り立った。
急襲した者とされた者。待ち構えていたとしても、当然された側の方が一瞬反応が遅れた。
完全に冒険者達が臨戦態勢に滑り込む前に、空間を噛み砕きつつふたつの衝撃波が襲った。それがソードボンバーと気づくより先に冒険者達は動いている。
が、避けきれぬ。超人的ともいえる戦闘能力をほこる彼らにしても。避け得たのは回避能力の高いみなも、そしてオーラシールドを発動させていたアンリとディフェンダーをもつ雷音丸だけであった。
「これは――」
驚愕の声は、盾受けに失敗し血反吐を吐くセシリアの口から発せられた。
彼女は見たのだ。敵の正体を。
それは人間ではなかった。骸だ。着物をまとい、刀を帯びている。いわば死霊剣士ともいうべき存在であった。
慌ててセシリアは自らにレジストデビルを施呪しようとして――やめた。
前後の死霊侍から圧倒的な殺気が吹きつけてくる。たとえ一瞬といえども施呪のために意識を中断されることはできない。
同じ時、セシリアと同じ愕然たる呻きを発していたのはレイムスであった。
彼の足元にはふたつの死体が転がっている。葵とステラだ。
恐るべし。敵はたった刃の一振りで一騎当千ともいえる冒険者二人を屠ってのけたのだ。
その時である。空よりさらに何かが舞い降りてきた。久秀の籠の側に。
あっ、と声を発したのは誰であったか。
その何かもまた人間ではなかった。マントに似たものを翻らせたそれは黄金の髑髏であったのだ。
「きさまは――大禍津日神!」
不知火の口から軋るような声がもれた。唯一、彼のみは黄金髑髏の正体を知っていたのだ。
「ほほう」
大禍津日神の口から興を深めたかのような声がもれた。
「我を知っているか。されど不覚であったな。この数日、我はずっと松永久秀を観ておった。そしてうぬらの存在を知った」
大禍津日神はアンリを見た。いや、その手のオーラシールドを。
「軍をもたぬ松永久秀を殺ることなど容易きこと。むしろ厄介なのはうぬらの方だ。故にまずはうぬらを殺ることにした。どうやらうぬらは己らこそ標的とは思わなかったようだがな。ふふ」
大禍津日神はアンリから葵とステラに視線を転じた。そして抜刀した。久秀の供侍を無造作に斬り下げる。
しぶく鮮血でようやく我に返ったか、供侍達が籠をかためた。が、軽々と大禍津日神は供侍達を切り捨てていく。まるで案山子を斬るような呆気ない殺戮であった。
「させるか」
身代わり人形のおかげで無傷な不知火が足を踏み出そうとし――見えぬ一刀にはたかれでもしたかのように振り返った。魂まで凍りつきそうになる凄愴の殺気が背に吹きつけたからだ。
そしてレイムスもまた足をとめた。眼前にもう一体の死霊侍が立ちはだかっている。
レイムスはこの時、すでにコルブラントを抜刀していた。が、レイムスの刃は上がらない。上げることができない。死霊侍から発せられる豪宕の剣気にレイムスほどの騎士が圧し潰されそうであった。
「武蔵、小次郎、惟孝、鴨、そやつらを近づけるな」
残る三人の供侍のうち、一人を斬り捨てて大禍津日神が叫んだ。
「ええいっ!」
アンリが横殴りに刃を払った。圧縮した剣気が迸る。ソードボンバーだ。
その一撃を死霊侍は避けた。技量が上の敵ではそうそう当たるものではない。
が、一瞬死霊侍に隙が生まれた。その隙をつくようにみなもが矢を番える。
「いってください!」
「おお!」
疾駆したのは雷音丸だ。同時にセシリアの友たる川姫――フィディエルが咆哮をあげる。
しかし、かまわず死霊侍が立ちはだかった。抜刀した刃は雷音丸めがけて疾り――いや、飛来した矢を叩き落とした。みなもの矢だ。
そのわずかの間隙をついて雷音丸が死霊侍の脇を走り抜けた。
その一瞬後のことである。みなもの小柄の体がまるで巨人の手で打ち払われたかのように吹き飛んだ。もう一体の死霊侍の放つソードボンバーの仕業であった。回避能力に長けたみなもも、さすがに矢を放ちつつ敵の一撃を避けることは不可能であったのだ。
続こうとしてセシリアは足をとめた。レイムス同様、彼女の前にも死霊侍が立ちはだかったのだ。
「そこまでだ!」
一気に籠との間合いを詰め、雷音丸が吼えた。残る供侍を斬り捨てた大禍津日神が顔のみをむける。再び雷音丸が吼えた。
「松永公、お逃げください!」
籠の戸が開いた。人相書き通りの相貌の男が姿をみせる。松永久秀であった。
さすがに青白い顔で、
「妖怪。貴様ごときにこの久秀が斬れると思っているのか」
久秀が喚いた。声も身体も震えていない。さすがであった。
「下郎。神に対する雑言、命で贖ってもらうぞ」
大禍津日神の身体からゆらと炎が立ち上ったように見えた。
「待て」
雷音丸が怒号とともに闘気をたたきつけた。ほうと声をあげつつ、大禍津日神は完全に雷音丸にむきなおった。
この時、すでに冒険者達は死霊侍達の正体について悟っている。
武蔵、小次郎、惟孝、鴨と大禍津日神と呼んだ。そして、それぞれに使う剣流は二天一流、佐々木流、新陰流、神道無念流である。
その名、剣流、凄絶なる剣技。この三つが一つとなった時、ある恐るべき事実が浮上する。
すなわち敵の正体は宮本武蔵、佐々木小次郎、愛洲惟孝、芹沢鴨。芹沢鴨を除いたいずれもが剣流の創始者であり、無敵ともいってよい剣の使い手だ。
レイムス・ドレイクと宮本武蔵、不知火と佐々木小次郎、セシリア・ティレットと愛洲惟孝、アンリ・フィルスと芹沢鴨、風雲寺雷音丸と大禍津日神、今剣をもって相対す。
それは冒険者にとって悪夢のような状況であった。彼らは何より一対一の対決になることを恐れていたのだから。
とまれ対決の時はきた。彼ら稀代の剣豪達を斃さねば久秀は守れない。
十の凄まじき殺気がからみあい、黄金色の空にしぶきを散らした。
世界は凍結した。風すらやんだ。時ですらとまったようで――
同時に冒険者と死霊侍が動いた。
●
鴨が横薙ぎに刃を払った。豪と唸る刃はアンリの想像を遥かに超える鋭さをもっている。
アンリはオーラシールドをかまえた。が、彼の卓越した戦士としての勘が告げている。受けるのは不可能と。
ならば――
アンリは全精魂を込めた袈裟の一撃を放った。それは避けもかわしもならぬ芹沢鴨の骸の身体を斜めに斬り下げた。
同時、アンリの胴を灼熱の激痛が襲った。鴨の胴薙ぎだ。
やった。新撰組局長芹沢鴨を斬った。
沈みゆく意識の中で、アンリは快哉をあげた。
来る。
殺到する惟孝に対し、セシリアはすうと身を低くした。剣の柄に手をそえる。
敵は新陰流の創始者である。技量の違いは手練れのセシリアなれば十分に承知していた。
誰もが彼女を窮鼠と思うであろう。が、迎撃態勢にあるセシリアの姿は豹を思わせた。
「ふん!」
身を揺らしつつ、惟孝が間合いに入ったとみるや、セシリアは電撃の一閃を叩き込んだ。並みの剣客では抜刀の瞬間すら視認できぬ神速の抜き打ちである。
誰が想像し得ただろうか。そのセシリアの一撃が空をうとうとは。
セシリアは惑乱の剣を覚えた。が、同時に彼女は剣の渾身の力をも込めた。それは夢想流の刃を鈍らせたのだ。
あっと呻くセシリアめがけて刃がとんだ。もはや避けもならず――刃はとまった。ハイアット家血統・ラルム――ペガサスが展開したホーリーフィールドの前で。
これが佐々木小次郎か。
余人には窺い知れぬが、茫乎と佇む不知火は戦慄と陶酔の境に沈んでいる。
このジャパンにおいて、およそ巌流島の決闘を知らぬ者がいるだろうか。たとえ武蔵に敗れたりとはいえ、小次郎が剣史中に燦然と煌く剣豪であることにかわりない。
蒼白な顔で不知火は告げた。
「来い」
「ぬん」
地を切り裂くように――いや、あまりの剣圧に事実大地は切り裂かれたのだが――小次郎の異様に長い剣が薙ぎ上げられた。
これが燕返しか。
伝説の剣を前に、不知火は刃で受けた。
その瞬間だ。激烈な衝撃が不知火の刃を襲った。
たまらず不知火の刃がはねあげられた。
まずい。
そう判断した不知火が咄嗟に飛び退った。それが不知火の命を救った。
空で反転した小次郎の長剣が袈裟に薙ぎ下ろされた。その一撃を不知火はかわす余力をもたない。が、後退したぶん斬撃は浅かった。それでも身動きならぬ傷をおい、不知火はどうと倒れた。
宮本武蔵。
生涯六十余度の真剣勝負で負けたことのない、大剣豪。最強無敵のこの剣客の名を知らぬ剣士はいない。
それほどの剣の使い手を前に、しかしレイムスは笑った。その眼が血光を放つ。狂化したのだ。
そのレイムスの眼に引き寄せられたかのように武蔵が動いた。左右の刀を舞わせ、猛禽の如く襲う。
「はっ」
レイムスが垂直に剣を薙ぎ下ろした。
雷火散り、その一撃は武蔵の左刀によって受けとめられた。のみならず、レイムスのコルブラントは氷片のように折れ飛んだ。
さらに武蔵の右刀が疾った。盾をかわしてレイムスの首を刎ねる。
「ぬっ」
呻きつつ、レイムスは飛び退った。泰山府君の呪符が彼の命を救ったのだ。
レイムスはコルブラントを放すと神刀クドネシリカの柄に手をかけた。抜刀する。対する武蔵はすでに間合いを詰めていた。
流れる銀光は二条。
そのひとつをレイムスは盾で受け止めた。受け止め得たのはレイムスなればこそだ。
しかし、それは渾身の業で。さすがのレイムスも武蔵のもう一刀は避け得なかった。一瞬後、レイムスの首がはねとばされた。
雷音丸の獅子王が袈裟に光の亀裂を刻んだ。
次の瞬間、あっと呻いたのは雷音丸であった。大禍津日神がくるりと背をむけたからだ。
獅子王は容赦なく大禍津日神のマントと背を切り裂いた。が――
再び雷音丸の口から愕然たる声が発せられた。
大禍津日神の背の傷が修復されていく。再生能力だ。
くくく、と嗤いつつ、大禍津日神は刃をふるった。なんでたまろう。久秀の首が空に舞った。
ざっと驟雨のように鮮血が血をうった時、大禍津日神は久秀の首を引っ掴み、すでに空に舞い上がりつつある。
「ゆかせぬ」
雷音丸は刃を薙ぎ上げた。が、疾る刃は大禍津日神の足をかすめたにすぎない。
哄笑を残し大禍津日神が飛び去ってゆく。三体の死霊侍達が退いてゆく。
そうと知っても冒険者は追う気力を失っていた。唯一セシリアは稲妻を大禍津日神めがけて放ったが、さして威力のないボォルトフロムザブルーでは効果があったかどうかはわからない。
その瞬間、冒険者は悟ったのである。落日とともに大和の梟雄が逝ったことを。