【獅子王伝】根来結界

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月21日〜11月26日

リプレイ公開日:2009年12月09日

●オープニング


 一人の侍が足をとめた。深編笠の内で炯と眼を光らせる。
 源徳信康であった。
「わかるか、勝」
「左様‥‥三人というところですかね」
 勝と呼ばれた若者がニヤリとした。彫刻的な相貌の中で子供のような眼が煌いている。
「やはり簡単に京には入れてもらえねえみたいですな」


 京。
 聚楽第の一室にその男はいた。
 若い。年齢は二十歳にも満たないだろう。
 藤豊秀勝。子のない秀吉の養子となった若者である。
「で、信康はどうした?」
「見失うてござる」
 声がどこから響いた。
 秀勝ぎりっと歯を軋らせた。
「根来忍者ともあろう者がなんたることだ。たわけめ」
 秀勝は吐き捨てた。
 彼の父である秀吉は元来人の良い人物である。生来の人間好きといってよかろう。
 が、彼の後継者を狙う秀勝は違う。藤豊の磐石たる世を揺るがすかもしれぬ因子を放っておくわけにはいかぬ。
 声が答えた。
「申し訳もござらぬ。しかし決して京には入れ申さぬ」
「当たり前だ。家康が朝敵となり、摂政の地位から転げ落ちたのだ。これを生かさぬほうはない。よもや神皇様が信康を受け入れるとは思えぬが、しかし信康は我が眼にて見ても傑物。もしもということもある」
 秀勝の眼が底光りした。
 父である秀吉ならば笑って信康を受け入れよう。家康の事ですら、秀吉は今でも真に見限っていない節があるのだ。が、秀勝はそうであってはならぬと思っている。
 神皇は家康の甥である。信康は源徳を廃嫡されと言っても、血脈の上では外戚だ。神皇のもとにあって信康がどのような影響力をもつか――それが秀勝には不安であったのだ。
 秀勝は命じた。
「よいか。鉄壁の陣をしけ。そして信康を抹殺するのだ」


「何者であろうか」
 京より一日ほどの距離にある破れ寺。その荒れた堂の中で信康が問うた。
「不穏の気配の主。半蔵の手の者であろうか」
「さあて」
 勝は首を捻った。
「服部党や裏柳生が狙っていることは当然でしょうがね。しかしどうも」
 勝は立ち上がった。信康は見上げ、
「どこへ?」
「一足先に京に。下手に京に入ればどうなるとわかったもんじゃねえですからね」
 ニヤリとすると、勝は腰に刀をおとした。そして信康を見やると、
「若様。少しじっとしていてくださいよ」
「わかっている」
 信康は微笑んだ。
 今、信康の心は凪いでいる。すでに命は捨てていた。故に死ぬことは恐くはないが、ジャパンの平和に何ら寄与することもなく朽ちることだけは避けたかった。
「勝、頼んだぞ」
 信康は云った。

●今回の参加者

 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 ea9450 渡部 夕凪(42歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb2408 眞薙 京一朗(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb4994 空間 明衣(47歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb7679 水上 銀(40歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb7816 神島屋 七之助(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb7876 マクシーム・ボスホロフ(39歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)

●サポート参加者

将門 雅(eb1645

●リプレイ本文


 京に塵風が吹いた。
 そこには死の匂いが含まれているようで。
 死者の軍との決戦が近づいている。
 そのような噂がある。
 真偽は知らず。ただ風にむかって立つ影がある。
 七人の冒険者。
 名はトマス・ウェスト(ea8714)、渡部夕凪(ea9450)、眞薙京一朗(eb2408)、空間明衣(eb4994)、水上銀(eb7679)、神島屋七之助(eb7816)、マクシーム・ボスホロフ(eb7876)。
 その八人にむかって近寄ってくる者があった。馬に荷車を引かせている。
「わざわざすまんな」
 声をかけたのは三十過ぎた年配の女――明衣であった。
「かまへんよ」
 荷車の引き手が笑い返した。
 こちらは二十代後半の年頃の女だ。
 名は将門雅。明衣の姪で、将門屋なる万屋を営んでいる。
 雅はふうと息をつくと、
「明姉のためやから。せやけどこっちが拠点やし、怪しまれるとは思わんけど気をつけて」
 積荷の目録と将門屋の商い手形を明衣に手渡した。
「すまない」
 と明いは目録と手形を懐にしまうと、苦く――しかし瞳にのみ会心の笑みを滲ませた。
「手数をかける。それというのもあの馬鹿正直者のせいだ。困ったものだよ。真正面に策無しで京入りしようとはな」
「嬉しそうやな」
 雅がくすりと笑った。
「尾行されなかっただろうね」
 銀が周囲を見回した。切れ長の瞳が針の先のように光る。
 信康を狙う敵の正体はわからない。当然考えられるのは源徳の追っ手――服部党、もしくは裏柳生だ。
 が、果たしてそうか。
 冒険者中、唯一敵の正体について疑念をもつ者がいた。
 京一朗。新撰組十一番隊隊士である。
「京の様子を窺いに来てみれば‥御曹司殿も忙しい事だ」
 独語し、京一朗は依頼人を見遣った。
 勝麟太郎。源徳家家臣である。
 よくわからぬ。
 勝に対する京一朗の印象である。
 源徳家のために奔走するかと思えば、平気で他藩とも行き来する。噂では北条早雲や上杉謙信と昵懇の仲であるらしい。そして今も源徳手配である信康を陰から支えている。
 頭がおそろしいほど切れる。言動から京一朗はそう見た。
 が、知恵のみの人物ではない。
 直心影流免許皆伝。手の動き、足運びから見て、勝の実力はかなりのものと知れた。
「御曹司殿を狙う気配の主。勝殿は何と見られた?」
「さあて」
 勝は腕を組むと、
「考えられるのは服部と柳生だが‥‥どうもひっかかる」
「とは、どういうことです」
「勘さ。服部と柳生のやり方は知っている。どうも敵は信康様を京に入れまいとしているようだ。服部や柳生ならそのようなことはするめえ」
「では‥‥まさか」
「そのまさか、かもしれねえ」
 勝がニンマリした。対する京一朗は顔色をやや変えている。
「藤豊が‥‥いや」
 京一朗の眼がかすかに光った。
 噂に聞く藤豊秀吉という男は清濁併せ呑む度量をもっている。ならば藤豊ではないかというと――違う。
 藤豊は関白となり、今や絶大な権力を握っている。その権力の基盤が揺らぐことを恐れる人物が藤豊の中にいるのではないか。
「どうやら藤豊も一枚岩ではないようだな」
 京一朗が呟いた。


 今にも崩れそうな破れ寺にその男はいた。
 剛毅重厚な相貌は獅子の如く。しかしその眼はかつてないほどに涼やかだ。
 源徳信康。今は徳側信康と名乗っている。
「やあ、信康君。久しぶりだね〜」
 無造作ともいえる歩みでトマスが近寄っていく。この男の傲岸不遜ぶりは相変わらずだ。
 が、それを気にする信康ではなかった。トマスには慣れている。
 馬鹿、と声がとんだのはその時だ。
 さすがに驚いた顔をむけた信康の口元がほころんだ。
 そこに信康は懐かしい顔を見出した故だ。友とも呼べる懐かしい顔を。
「空間」
「笑い事じゃない」
 明衣は顔を顰めると、
「真正面から堂々と京入りしようとは何事だ! 貴殿は自分の事が分かってないようだな。それにまた勝殿に迷惑をかけて」
「すまぬ」
 信康はあっさりと謝った。まあ、と明衣は苦笑すると、
「そういう所が気に入っているのだがな。しかし一言云っておかねばな」
「ところで信康殿」
 銀は咳払いすると策を授けた。
「酒樽に隠れてもらう」
「俺が、か」
「そうだ。そして死んだように気配を隠してもらう。まさに、生きるために死ぬ。此度ばかりはいくさ人らしく、戦う前から死人となってもらわなくちゃいけなそうだ。ま、信康殿が死ぬならあたしも付き合ってやるから安心しとくれ」
 銀はニッと笑った。信康が肯く。
 その信康を感慨深げにじっと夕凪は見守っていた。周囲の気配を探りつつ。
 ――生きて相見えるとの金打の誓い、信康殿が新たな道を目指す為の切っ先ならば‥果たす時は今、か。
 夕凪はそろりと頬を撫でた。
「源徳家よりの御手配は上等、此れは私の約束手形さ。信康殿が名実共に陽の下へ戻る時こそが十兵衛さんの願いが真に叶う時‥私が友との約束を果たす日だ。其れまでは誰にも消せぬし‥消させぬ」
 信康を見つめる夕凪の眼が凄絶に光った。
「参りましょうか、信康殿」


 京に一人残った冒険者がいた。七之助である。
 都の入り口近く。そこで七之助は何をしていたか。
 辻占である。そこで彼は行き交う人々をつかまえては、ある噂をそれとなく耳打ちしていたのであった。
「さて」
 七之助は気品あふれる美貌を街道にむけた。早ければ今夜にでも信康をともなった仲間が到着するはずである。
「信康殿。今はどうなっておられるか」
 かつて七之助は駿河まで赴き、信康を見送ったことがあった。その際のことなど信康は覚えてはいるまいが、七之助の胸には信康の姿がくっきりとやきついている。それは谷底から這い上がろうとする獅子の子に見えた。
「私のことなど御記憶されてはおられないでしょうが‥‥。京に参られた折は微力を尽くさせて頂きますという約定、果たします」


 裏街道をゆく三人。
 トマス、京一朗、勝の足がぴたりととまった。
 眼前に三人の男が立ちはだかっていた。僧形である。
 気づけば背後にも五人。こちらも僧形であった。
「おどきください〜」
 トマスが口を開いた。
「ジャパ〜ンの平和のために諸国を巡って修行をしています〜」
「‥‥」
 黙したまま僧達はトマス見た。そして次に勝に眼をむけた。肯き交わすと、
「源徳信康よな」
「良く見破ったね〜!」
 トマスがニヤリとした。
「我輩がドクターだ〜!」
「顔は知っている」
 僧の一人が云った。
「トマスだな」
「そこぉ〜! トマスゆーな〜!」
 叫ぶとともにトマスは呪唱。呪形はコアギュレイトだ。
 が、遅い。魔力の縄が届く前に僧達から手裏剣が放たれた。
 はじかれたように勝が動く。京一朗めがけて飛ぶ手裏剣の一本を抜刀した刃で叩き落した。
 が、残る七本の手裏剣は京一朗へ。
 眼にもとまらぬ迅さで京一朗は飛び退り、手裏剣をかわした。見事な手練だ。
 とはいえ、すべてはかわしきれなかった。四本の手裏剣が京一朗の肉を切り裂いた。
「まずいね〜」
 トマスは懐から経巻を取り出した。
「捕まってなるものか〜」
 ぴしいっとはためくような音は経巻を開いたものだ。
 呪法発動。展開。
 爆発とともに煙が噴きあがった。


 京まであとわずか。あと半刻もあれば行き着く距離だ。
 明衣は荷車を引く軍馬をとめた。ここまで襲撃がなかったのは囮がきいたためだろう。
 信康に変形した銀はそっと荷の酒樽に身を寄せた。
「則天去私?明鏡止水? 生悟りは怪我もの元だけど、今は禅師の教えを活かす時なんだろうさ。覚悟は良いかい?」
 酒樽の中の信康に囁く。京に入りさえすれば御所まではすぐだ。
 が――
 まさに京に入らんとする手前、冒険者の前に二人の僧が立ちはだかった。
「何だね? 盗賊の類とも見えないが」
 明衣が問う。しかし答えず、二人の僧はじっと冒険者達を見ていた。信康に変形した銀にではない。夕凪を。
 僧の正体は根来忍者であった。そして彼らは知っていた。夕凪の顔を。
 夕凪こそは、彼らの狙う信康を切腹の場から連れ去った冒険者である。信康を追うにおいて、彼らは深き縁ある者達を調べておいたのである。
 さらに根来忍者達は噂として耳にしている。信康は冒険者と近しい間柄であり、高名な冒険者が匿っているらしいと。すなわち――
「夕凪だな」
「仕方ないねえ」
 夕凪がニヤリとした。
「名前まで知られてるんじゃあねえ」
「そうだな」
 銀は伏せていた顔をあげた。それは紛れもなく信康のものである。
 二人の僧の眼がカッと見開かれた。
「信康!」
 刹那である。殺気が渦巻き、幾つかの僧が現れた。すでに冒険者達は包囲されていたのである。
 銀は昂然と笑った。
「何を驚いている。それを承知で姿を見せたのであろう」
「殺れ!」
 一斉に手裏剣が飛んだ。銀めがけて。
 飛び退りつつ、銀は抜刀した刃で手裏剣を払った。払いえたのは夢想流の使い手である銀なればこそだ。
 が、手裏剣の数は多い。幾つかの手裏剣は避けも払いもならぬ銀の身体に吸い込まれた。
「くっ」
 苦悶しつつ、それでも銀は根来忍者に迫った。左右に踏み込む影が風を切る。
 銀光が噴いた。次に噴いたのは真紅の血飛沫だ。
「信康、逃げるぞ」
 明衣が軍馬に跨った。肯く銀はフライングブルームの上に。今は戦うより、信康から引き離す事が大事だ。
 残る一人、夕凪は迷った。信康から全員が離れることへの危惧を覚えたのだ。が、夕凪のみ荷車に残るのはいかにも不自然である。
 一瞬でそう判断すると、夕凪は背を返した。
 それを追うように――いや、フライングブルームを駆る銀を追って根来忍者が動いた。しかし、この時すでに銀はインビジビリティリングの効果を発動していた。故に姿は見えぬ。
「彼奴、消えたぞ」
「ええい、遠くへはいくまい。探せ!」
 手裏剣をばらまきつつ、根来忍者が四方に散った。


 時はやや戻る。
 黒灰色の煙から飛び出した影は三つあった。その三つを追い、根来忍者もまた三方にわかれた。
「遅い!」
 根来忍者が叫んだ。
 その通り。彼の眼前を走る人影の疾走は忍びのそれに遠く及ばない。
「死ね!」
 根来忍者の手から手裏剣が飛んだ。うっ、と呻いて人影が転がる。根来忍者の足が人影の背を踏みつけた。
「その手裏剣には毒がぬってある。動けまいが」
 根来忍者がニタリと笑った。
 刹那である。人影が根来忍者の足を払い、はねおきた。
「そうかね〜」
 同じく人影――トマスはニタリと笑み返した。
「我が輩に毒はきかないのだよ〜」
「なっ――」
 怒号は一瞬で途切れた。根来忍者の身体が凍結している。瞬間的に発呪されたトマスのコアギュレイトの仕業であった。
 けひゃひゃひゃと笑うと、トマスは顎をそらせた。
「忍者如きにおくれをとる我が輩ではないのだよ〜。ドクターの名をその胸に刻め〜」

 同じ時、京一朗の身は空に舞っていた。突風に翻弄される枝葉のように。
 地に叩きつけられた時、一斉に根来忍者が襲った。
 一人、胴薙ぎされた者がある。這いつつふるった京一朗の新陰流の一刀によるものである。
 ただでは倒れぬ。さすが新撰組十一番隊隊士といわざるを得ない、執念の抜き打ちであった。
 が、他の根来忍者の刃は京一朗を斬り刻んでいた。一瞬にして京一朗は血まみれの肉塊と化している。
「もはやここまでだ」
 とどめを刺すべく、根来忍者達が刃を振りかざした。が、一瞬後、根来忍者達の顔が驚愕に歪んだ。
「こ、こやつ――。信康ではない!」
「ふふん」
 凄絶な血笑を浮かべつつ、京一朗はがくりと伏した。


 冒険者と根来忍者の姿が消え、街道にはぽつんと荷車のみ取り残されていた。
 隠れていた物影から姿を見せようとし、しかしマクシームはぴたりと足をとめた。荷車に近寄る幾つかの人影を見とめた故だ。
 僧形の男達。根来忍者であった。
「信康、隠れていることはわかっている」
 一人の根来忍者が云った。
 根来忍者。または根来忍法僧ともいい、源流は紀州根来寺の僧兵であった。故に、僧としての術を極めた者もいる。その術を使い、彼らは信康の存在を知ったのであった。
「囮の囮かも知れぬ故、先ほどの信康を仲間に追わせたが――。うぬは我らが殺す」
「信康殿!」
 響く絶叫はマクシームのものであった。そして同時に飛来した矢は一人の根来忍者の首を射抜いている。
「おのれ!」
 血を吐くような声とともに、根来忍者が飛び退り、地に伏せた。それを確かめ、マクシームはもう一度叫んだ。
「もはやここまで。逃げろ」
 酒樽の蓋がはじき飛ばされ、人影が飛び出した。信康である。
「ゆかせぬ」
 根来忍者が襲いかかろうとし、またもや飛び退った。その足元の地に矢が突き刺さっている。
「ゆけい、信康殿!」
 三度マクシームは叫んだ。そしてニヤリとすると、
「すまん。送れるのはここまでのようだ」
「マクシーム」
 信康が一瞬足をとめた。視線がからみあったのも一瞬。
 その刹那において、信康は悟った。マクシームは命をかけて逃そうとしている。いや、他の冒険者もまた。その心を無駄にしてはならぬ。
「すまぬ。この礼は必ず」
 信康が疾駆した。追おうとして、しかし根来忍者はたたらを踏んだ。背をみせた追跡は矢のかっこうの的となるからだ。
「お、おのれ」
 歯軋りしつつ、一人の根来忍者が吼えた。
「先に奴を始末しろ」
「おお!」
 吼える声が返った。
 刹那である。マクシームを闇が包み込んだ。
「こ、これは――」
 反射的マクシームは矢を番えた。迫る殺気がある。
 気配のみを頼りにマクシームは矢を放った。が、いかに手練れのマクシームといえど、勘のみにては当たるわけがない。
 刃がマクシームを貫いた。
「ぬっ」
 マクシームは転がり、逃れた。リカバーポーションを口に含む。が、傷が回復する暇もあらばこそ、さらに刃がマクシームを貫いた。
 やがてマクシームを覆う闇が晴れた時、そこには死微笑を刻んだマクシームの顔があった。

 同じ凱歌の笑みをうかべている者があった。
 銀。京からやや離れた林の中で彼女は倒れていた。
 その身体からは手裏剣は抜き取られているが、毒が全身に回っている。すでに死んでいた。
 

 駆ける者があった。血まみれの姿で。
 一度、その者は死にかけた。が、身代わり人形が彼を救った。二度はない。
 ゆく。
 その者は思った。
 彼らの想いに、俺はこたえねばならぬ。俺は獅子となるのだ。
 その者は疾った。
 が、死の手はすぐそこまで迫っていた。一人、途中で眠りに落ちたようだが追跡の手はゆるまない。あとわずかで背に届く。そう、あとわずかだ。
 と――
 突如、殺気が遠のいた。
 その者は知った。理由を。
 御所の前、衛士の姿が見える。根来忍者はこれ以上近づくことはできないのだ。
「待て」
 衛士がとめた。その者が立ち止まる。そして獅子の如く堂々と名乗った。
「徳側信康。神皇様の御意をえるため推参した」