【黄泉人討伐】人質

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 81 C

参加人数:6人

サポート参加人数:4人

冒険期間:10月03日〜10月06日

リプレイ公開日:2005年10月17日

●オープニング

「待たれよ」
 呼びとめる声。
 地の底から響くかのようなそれに、二人の武士が立ち止まった。
「待てとは――」
「儂らのことか?」
「左様」
 頷いた声の主。総髪の、身なりからして陰陽師のようである。
「常世の御方とお見受けしたが」
「なにぃ――」
 ぞわり。
 二人の武士の顔に怖いものが浮かんだ。
「儂らのことを知っておる以上、生かしてはおけぬが――」
「見たところ源徳や平織の手の者とも思えぬ。何者じゃ?」
「葛葉幻妖斎と申す」
 口辺に嗤いを散らし、陰陽師――葛葉幻妖斎は名乗った。
「ご心配めさるな。儂はお手前方の敵ではない」
「――と申して、それをうかと信じられようか」
 軋るような声で答え、二人の武士――黄泉兵どもはそろそろと刀の柄に手をのばした。
 が、そうと見てとっても幻妖斎に動揺はない。のみか、さらに嗤いを深くし、
「すぐに信じよと申しても無理でござろうな。なれど、まずは儂の話をお聞きあれ」
「話、じゃと?」
「そう。お手前方が石舞台に戻るよりも、より良い方策を伝授してさしあげる」
「ぬっ」
 黄泉兵が顔を見合わせた。柄にかかった手は凍結している。
「黄泉比良坂のことまで知っておるとは‥‥よかろう、話してみよ。ただし――」
 黄泉兵の眼に鬼火のような光がゆれた。
「愚にもつかぬことであったなら、そのそっ首刎ねてくれるぞ」
「けっこうでござる」
 細く吊りあがった笑み顔のまま、幻妖斎はするすると足を運んだ。
「さて、その方策でござるが‥‥京にお戻りなされい」
「なにぃ、京へ?」
 ここは京の外れ。新撰組や見廻り組の眼を逃れ、やっと黄泉兵達は飛鳥石舞台へ帰還を果たそうとしていたところであった。
「そう。京にお戻りいただく」
「何故、京へ?」
「人質を取り、立てこもっていただくためでござる。人質はそう‥‥か弱き者が良いでござろうなあ。それもできるだけ多くの者が。その上で――」
 広げた扇で口元を隠し、幻妖斎は声をひそめた。
「神皇を呼び出すのでござる」
「神皇を!」
 さしもの黄泉兵が息をひいた。対する幻妖斎は白々とした顔で頷いたのみだ。
「左様。いかに神皇とて民の目がござる。むざと人質を見殺しにすまい。のこのこと出て来たところを好きに料理するというのはいかがでござる」
 告げて。
 にぃ、と幻妖斎の口が鎌のようにつりあがった。

 そして幾許か後。

 くすくす、と。
 忍ぶ笑いは樹間の奥。
 やがて、それは大笑に変わり――
 幻妖斎の手から銀光が疾った。
 そして、また数瞬。
 がさりと藪を分け、二つの人影が現れた。
 共に鈴懸に結袈裟という姿は山伏のものであるが、一人は凛々しい美丈夫だ。
 そして、もう一人。こちらは巨躯で、その面は――人のものではなかった。嘴をもつ人に似た者――烏天狗だ。
「なかなか面白い話を聞かせてもろうた」
 美丈夫がさらに笑う。どうやら先ほどの高笑いは彼が発したものであるらしい。
「あの常世の者どもを手玉にとるとは‥‥人質をとったとて、神皇が出てこぬのは承知の上であろうが」
「ほほう」
 幻妖斎の眼が刃のように細められた。
「儂に気取られることなく、またそこまで読んでいようとは‥‥何者じゃ、貴様?」
「俺か?」
 美丈夫はちらと眼をあげた。うっすらと微笑んだまま、耳をすます。
「そう、つくつく法師丸とでも申しておこうか」
「なにぃ」
 幻妖斎の面が僅かに歪んだ。が、すぐに冷笑の細波をゆらめかせ、
「ふざけたことを‥‥まあ、良いわ。どのみち話を聞かれた以上、生かしてはおけぬゆえな」
「剣呑、剣呑」
 嘲弄するかのようなつくつく法師丸はすすうと幻妖斎の前に廻り込み、烏天狗に手を振った。
「九門。ここは俺に任せてお前はゆけい! 黄泉兵どもを京に入れてはならぬ!」
「承知仕りました」
 肯首ひとつ。
 地を蹴る烏天狗――九門を追って、幻妖斎もまた足を踏み出し、煌く光流に飛び退った。
「おのれ、邪魔だてするか!」
「そのとおり」
 白光をはね零し、つくつく法師丸と名乗った美丈夫は刃をゆっくりとふりかぶった。そして、にやり、と――
「京八流、ご覧にいれる」

 冒険者ぎるどの受け付け。
 巫を思わせる楚々とした美少女は、入り口をくぐった巨躯の修験者らしき者の相貌を一目見て、はっと息をのんだ。
 人と鳥を混ぜたかのような――か、烏天狗!? いや――
 それが面であると見てとって、少女は胸を撫で下ろした。
「あの‥‥ご依頼でございますか?」
「ああ」
 烏天狗は首を縦に。そして腰をおろした。
「ここで良いのか?」
「はい。でもその前に面をお外しくださりませぬか」
「おお――」
 やや慌てた仕草で巨躯の修験者は面を外した。
 あらわれたのは――
 巌のようにごつごつと。しかしどこか優しげな風貌だ。
「ではご依頼をお聞かせ願いましょうか」
 少女に促されて、巨漢は重そうな口を開いた。
「黄泉兵を追っていたのだが‥‥見失ってしもうた。すまぬが京に潜り込んだ黄泉兵をとらえていただきたい」
「黄泉兵と――」
 少女は瞠目した。
「ただならぬご依頼でございますが――して、貴方様のお名前は?」
「儂か? 儂は鞍馬八僧の一人、金剛坊九門と申す」
「鞍馬八僧の‥‥九門様――」
 細い糸を手繰るように。沈思にふける少女の眼は伏せられた。
 ややあって――愕然とした少女は眼をあげた。
「鞍馬八僧と申せば‥‥もしや、貴方様は鬼一――」
「左様。儂の師は鬼一法眼じゃ」

「皆様もお聞き及びのことと思いますが――」
 依頼書を破り捨てると、ぎるどの受け付けの少女は別の紙片にさらさらと筆をはしらせた。
「手習いの童を人質とし、屋敷に立てこもった者がございます。その者の正体、おそらくは黄泉兵でございましょう。京潜入の黄泉兵捜索を中断し、お出張りの新撰組が力押しをするより早くその黄泉兵を駆逐、童を救い出していただきとうございます」

●今回の参加者

 ea6201 観空 小夜(43歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9659 竜造寺 大樹(36歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 eb1624 朱鳳 陽平(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1795 拍手 阿義流(28歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1900 縹 弦露(58歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2886 所所楽 柚(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

山崎 剱紅狼(ea0585)/ アルファリイ・ウィング(ea2878)/ 風霧 芽衣武(ea9934)/ 来須 玄之丞(eb1241

●リプレイ本文

●危惧
 震える。
 屋敷を取り囲むように、浅葱色。
 
 震える。
 見上げるように、闇夜色。

「どうした?」
 朱鳳陽平(eb1624)に問われ、剣たつ屋敷を見つめる所所楽柚(eb2886)が強張った笑みを返す。墨染めの衣がさらりと揺れた。
「いえ、何でも‥‥」
「とは、云えぬ顔色だぞ」
 憂えるように覗き込む陽平であるが。
 陽平の金茶の瞳の眩しさに――何しろ純粋培養に近い柚には男の耐性がない――、なにより己の胸の戦きに、柚は面をそらす。
 彼女の元に、江戸の姉から文があった。妖し退治はいつものことだが、此度の報せは幾分か様相を異にしている。
 妖物の陰の闇の蠢動。より強大な災厄の触手。それは、新撰組に包囲された眼前の屋敷に潜む不死者の背後にもちらついて。
 柚は、冒険者達とはやや離れたところに立つ鈴懸に結袈裟姿の巨漢に眼を向けた。
 金剛坊九門。
 鬼一法眼が弟子、鞍馬八僧の一人であり、此度の騒動の依頼人でもある。
「‥‥金剛坊さん」
「何か?」
 ごりっと。
 九門が柚を見下ろした。相貌も声も岩のようにかたいが、その眼の色は思いの外温そうだ。
「いえ‥‥これは、本当に黄泉兵達自身が考え、仕組んだものなのでしょうか? どうも私にはもっとどす黒い何かが背後に横たわっているように思えてならないのですが」
 我知らず、柚は己を抱きしめている。震えがとまらない。
「金剛坊さん、なにか、ご存知ではないのですか?」
「‥‥そなた、聡いな」
 笑った。その眼と同じく日溜りの笑み。
「そなたの想到した通り、此度の騒動は黄泉兵どもの一存ではない」
 冒険者達が耳をそばだてる中、九門は続ける。
「術者が背後におる」
「術者!?」
 はっと顔をあげる柚の前で、重々しく九門が首を縦に振った。
「左様。葛葉幻妖斎と申す妖しの術者‥‥ただ者ではあるまい」
「!」
 声もなく。柚と陽平、そして縹弦露(eb1900)と観空小夜(ea6201)は顔を見合わせた。
 昨今続いた自然ならざる封印の破壊。妖しの目覚め。四人の冒険者はそこにひとつの悪意を感じとっている。やはり‥‥
 背を這う戦慄はとまらぬものの、しかし柚はひたむきに唇をひきむすんだ。
 今、ジャパンを暗雲がつつみこもうとしている。見渡す地平の中で孤独に立つのは恐ろしいけれど、誰かが事の真相を見極めねばならぬ。
 その彼女を、別な意味で気遣わしげに見遣っている者がある。
 拍手阿義流(eb1795)。恋する陰陽師だ。
 常に人を、世を慮っていた彼であるが、ここ最近、気にかかるのはたった一人の少女のことのみである。
 柚。その微笑みのためなら千里も駆けよう。恋とはいつも最強の魔法である。
「あっ」
 柚がよろけた。
 毎度のことだが、なぜ、ここで!? という疑問はさておき――
 咄嗟に手をさしのべた陽平を半ば突き飛ばすようにして、阿義流が柚を抱きとめた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい、阿義流さん」
 頬に桜。慌てて身を離す柚の姿は初々しい。
 しかし陽平は呆気の態だ。
「な、何なんだ、野郎――」
 眉をひそめる彼は、傍らでくすりと小夜が笑っていることに気づいた。
「何か、おかしいか?」
「いえ」
 姉のように口元をゆるめたまま、小夜は頭を振った。口を尖らせる陽平と同じ依頼は此度で三度。今では利かん気の弟であるように感じている。
「陽平さんは示現流をお使いでしたね」
「ああ、そうだが‥‥」
「剣流と同じで、まっすぐでいらっしゃる」
「‥‥!?」
 わからない。剣と阿義流の奇矯な行動と、どうつながるのだ。
 肩を竦める陽平であるが。その背をぽんと叩く者がある。
「首でも凝ってるのかい?」
 ニンマリと。来須玄之丞が佇んでいた。

●新撰組五番隊
 陽平と玄之丞を見送り、積まれた荷にどっかと腰掛けた巨漢の僧がちらりと視線を転じた。
「どこに行ったんだ、奴ら」
 問う。そして立ちあがった彼――竜造寺大樹(ea9659)の手にかかれば六尺棒ですらただの棒切れにしか見えなくなる。
 振り向いたのは、彼の胸の高さほどの背丈の弦露である。見端の圧が実際ほど違わないのは弦露の内なる年層によるものかも知れない。
「新撰組に話をとおしておくと申しておった」
「新撰組? しかし、ありゃあ五番隊だろ」
「ああ」
 難しい顔で弦露は肯首した。
 新撰組、五番隊。その組長の野口健司のことを、およそ京においては知らぬ者はいない。おそろしく冷めた、気難しく、怜悧な男であるという。
「ゆえに念のため、木簡を用意した。‥‥まあ、年寄りの節介だがな」
「‥‥」
 弦露の言葉をうけて、大樹は彼らしくもない思案めいた視線をなげた。その先で――屋敷を取り囲む浅葱色がざわざわと揺れた。

 触れれば血を噴きそうなそそけだった空気の中。
 五番隊隊士と刃をかわした玄之丞の口利きを頼りにねじこんだ陽平であるが、事はやはりそう簡単にはいかぬ。
「玄さ‥来須さんの太刀筋はどうでしたか? 俺も同門です、信じて少しだけ時を貰えないでしょうか。いや、何も他意あってのことではない。お望みならば新撰組配下としていただいてもけっこう。我らは、ただ人質の救出がなればよいのです」
 刃で理解しあえることもある。武芸者なれば、なおさら。が――
「馬鹿な。立て篭もりの殲滅はお上の御用。うぬらの出る幕はない」
 隊士が吐き捨てた。そのとき――
「どうしたのです」
 歩み寄る影。薄緑紺の羽織を着込んでいるところから新撰組の隊士であると思われるが、かなり小柄のその男から放たれている気風はいやに威圧的で。
「隊長」
 隊士が駆け寄り小男――野口健司の耳元に何事かを囁いた。一度頷き、会釈する陽平、玄之丞を見遣る眼には何の感慨も窺えない。それは、まるで路傍の羽虫を見るように空虚だ。
「良いでしょう」
 陽平の危惧に相違して、野口はあっさりと冒険者の介在を許諾した。

「隊長、冒険者づれの申すこと、お認めになって宜しいのですか」
 冒険者の背が人ごみに消えるのを待って、隊士が口を開いた。すると、野口は懐から木簡を取り出した。
「それは――」
「ふん」
 ――囚われた者達を憂う者が在り、その意を受けた以上‥我等も貴殿等と同じく引けぬし譲れぬ。暫しの猶予を頂けぬだろうか。
 内容を読み上げると、用済みの塵紙のように野口は木簡を放り捨てた。
「くだらぬことです。が、何とかと鋏は使いよう。首尾良く果たせば我らの成したこととすれば良いし、下手をうてば、その時は冒険者ぎるどに責任をとってもらえば良いのです」
 口辺にうかんだ微かな笑み。それは初めて見せた新撰組五番隊組長の表情であった。

●探り
「ご苦労様です」
 柚がねぎらうと、小夜は何事もなかったかのようにさらりと笑んだ。
 隠身の勾玉で気配を消しての探索。ぎりぎりまでの接近を刃で斬り結ぶ術をもたぬ小夜一人で行ったのだが、それは心気を小刀で削る労苦であったに違いない。それをおくびにも出さぬ小夜の立ち居振る舞いは見事の一言に尽きる。
「で、どうであった?」
「そうですね」
 弦露に問われ、小夜は彼の足下の地に描かれた簡単な屋敷図を覗き込んだ。そして最も広い一室を指し示した。
「おそらくその部屋だと思います。人質は皆集められているみたいですね」
 ブレスセンサーの結果。それを受けて、弦露は絵図に指で印をつける。
「これで人質の位置は知れたが‥‥問題は黄泉兵がどこにおるかだな」
「それは――」
 阿義流が屈み込み、弦露の印を指でなぞった。
「おおまかだが、一人、動いている者がいます」
 この状況下で動き得る者。それこそは黄泉兵以外の何者でもないだろう。が、ひとつ疑問がある――
「確か黄泉兵は二人と申されておりましたな」
 阿義流が問うと、九門が頷いた。
「おかしいな。それでは残る一人は何をしておるのだ?」
 大樹の発した疑問は当然だ。が、肝心要のその謎の絵解きをする手札はここにはない。
「‥‥やはり、私が心話を試みるしか手はなかろうな」
 唇を曲げると、弦露は陽平を仰ぎ見た。
「新撰組の方は、しかと大丈夫であろうな。黄泉兵達は人質を取引と逃走時に保身と成る『道具』としてしか見てはおるまい。彼奴らの要求――上皇様が御越しになるはずはなく‥‥下手に先に討って出られては彼らが危険に晒されるからの」
「その点は大丈夫だ。五番隊組長が請合ってくれた」
 合点しながら、しかし陽平は不安を拭いきれない。あの野口健司の眼つきを見るに、信用して良いものか‥‥
 その自らの疑心を払いのけるように、強いて陽平は深く地を指でえぐった。
「これが俺の算段した救出の為の経路だ」

●潜入・壱
「ええい」
 舌打ちすると、薄暗い部屋の中で、侍は戒められた童の一人に刃をつきつけた。ひっと童は息をひき、他の童達からも悲鳴があがる。慌てて後ろ手にくくられた娘が立ちあがった。
「な、何をするのですか」
「知れたこと。見せしめに、わっぱ一人を殺す」
 侍が刀を振りかぶった。刹那――
 物音が響いた。はじかれたように刃を引っさげて部屋を飛び出した侍は見た。ぶち破られた雨戸のむこうにうっそりと立つ四つの影を。
 中の一人、九門の錫杖が地をうった。鳴る金剛。
「黄泉兵、よな」
「なれば、どうする。がきどもの命、どうなっても良いのか」
「この雑魚ども、ガキを盾にしてねーと戦えねえとは情けねぜぇ」
 雨戸をバーストアタックで破壊した主――嘲笑う大樹であるが、侍――黄泉兵もまたけくけくと嗤った。
「ほざけ。所詮は野良犬の遠吠え。我らを退け、がきどもの命、助けられるものなら助けてみよ」
「どっちが野良ですか」
 やや後方に位置する阿義流。不敵不遜の風はいつもの彼らしくなく。恐るべし、フレイムエリベイション。
 そして肩に白銀、おいて。陽平は足を踏み出した。
「刃が怖いなら、どきな。罷り通るぜ」
「ぬかせっ!」
 叫ぶ黄泉兵が抜きうった。空を薙ぐ刃風をかわし、陽平が飛び退る。その前に、するすると大樹がすべり寄った。
「常世の剣の冴え、見せてもらおうか」

 大音声。
 それは時が満ちた証しだ。
 身をひそめた柚の目配せを受けて、小夜は懐の童の名を書き連ねた書面に手をあてた。
 仲間の陽動。それにおいて空いた穴は大きくはない。迅さと確かさが必要だ。
 するり、と。小夜、弦露、柚が勝手口に近づいた。が――
 戸に手をかけた弦露の顔色が変わった。
「戸が開かぬ」

●潜入・弐
「きええい!」
 鞭に似て。しなる六尺棒が黄泉兵の胴を薙ぐ。
 大樹の渾身の一撃。爆発音に似た轟きを発して黄泉兵が仰け反った。
 が、それも一息、二息。黄泉兵は次なる陽平の刃を平然と身で受け流しつつ、白刃を疾らせた。 刹那、飛ぶ。後方に。
 黄泉兵と対するに四度。陽平は戦い方を心得ている。常世の者に現世の刃は無力だ。
 それを承知で。大樹は二撃目を繰り出す。
 牙折る牙。大樹渾身の一撃は黄泉兵の刃を打ち砕いている。
 地に突き刺さった刃にはねる光をうけて、陽平が踊りかかった。斬ることはかなわぬまでも打ち伏せることはできよう。
 突!
 苦鳴は陽平の口を割って。
 その肩には深々と雷光の刃。

「まだか」
 弦露が小夜の肩を掴んだ。衣服を裂いたように指が食い込む。
「もう少し」
 さらに眼は冴え冴えと。サンレーザーで戸を焼く小夜に遅滞はない。危機的状況に陥った時こそ小夜の真価は発揮されるのだ。
 そして――
「やりました」
 焼けた穴から手を突っ込み、小夜が心張り棒を取り除いた。音もなく戸を開き、三つの影が入り込む。
「急がないと。予定より遅れました」
 焦る柚の満面は蝋の色と変じている。遅延の時の刻みは、そのまま陽動の仲間達の命をけずる刃の閃きだ。
 柚の脳裡を阿義流の面影が過った。そして陽平の、それも。
 女心は複雑である。
 その間も、五感のすべてを針のように研ぎ澄まし、冒険者達は部屋を潜り抜けて行く。雨戸が近い廊下を避けて。
 と――
 弦露が足をとめ、他の二人を制した。
 二つ向こうの部屋。そこに人質がいる。そして、隠居侍に扮し、待ち構えている黄泉兵も。
 巡らせた罠の糸であろうが、すべては心話を操る弦露の掌の内だ。
「いきます」
 つつう、と。小夜が畳の上を滑って行く。
 コアギュレイト。速やかな呪の発動を成しうる小夜の手にかかれば、いかに黄泉兵といえど、瞬時の呪縛は可能だ。
 が――
 数歩行き過ぎて、小夜は立ちすくんだ。その身に細雷の如き紫電がからみついている。
 ライトニングトラップ!
 その事実を冒険者達が認識するより早く障子が開き、姿を見せた着流し姿の侍の口から怪鳥のような絶叫が迸り出た。

●死闘
「奥の手は最後の最後に使うものだ」
 もう一人の黄泉兵の叫びを耳に、不死者が口の端をきゅうと吊り上げた。一瞬後、とどめを刺すべく雷刃を振り下ろし――
 戛!
 唸る九門の錫杖が紫光の刃を受けとめた。鋼と呪が噛み合い、ぎりぎりと火花を散らす。そのとき――
 刃がのびた。それは薄笑いを滲ませた黄泉兵の胸にあたり――刀身が薄桃色の燐光をおびていることに気づき、はじめて黄泉兵の面に狼狽の相がよぎり――世の境を破るように、貫いた。
「‥‥き、きさま――」
 カッ、と。
 黄泉兵の口から憎悪と苦痛が吐き出された。惨風を面に受けた刃の主――陽平は、血笑。
「奥の手は最後に使うもの、だったな?」

 キィィィィィ。
 鼓膜をうつ耳障りな雄叫びを発しつつ、黄泉兵は小夜に殺到した。
 無論小夜に逃れる余力はなく、弦露と柚には迎え撃つ策がない。とっさに巻物を翻すのが精一杯だ。
 が、それすらも遅い。柚においては荷の為に発呪すらもままならぬ。
 すべてを嘲るように、黄泉兵の指が毒蛇のように小夜の白い首に――
 煉獄の触手がとまり、無間の背を黄金光が灼いている。
「阿義流さん!」
 柚の満面が輝いた。彼女の眼はサンレーザーの二射目にかかりつつある阿義流の姿を見とめている。
 なんで黄泉兵が再びの陽撃を見逃そう。魔影を返し、生ける亡者は一気に飛んだ。
 どこへ――人質の童に向かって。それは少数の不利さを補う、唯一の手駒だ。
 が――
 空で黄泉兵が針鼠になった。
 貫く意志。飛来した無数の矢には元より黄泉兵を傷つけること能わない。が、その身を押し止めることなら、できる。
 雪崩れ込む浅葱色の渦、そして舞う乱刃。最後にゆったりと姿を見せた新撰組五番隊組長はニコリともせず、ただ一言、
「新撰組五番隊、推参」

「まあ良いんじゃねえの」
 すでに新撰組は意気揚揚と引き上げ、最後の童もまた親に引き取られてゆく――今や屋敷は夢の跡。大樹は磊落に笑った。
 どのみち取りは新撰組に任せるつもりであったので文句はない。それは他の冒険者も同じだ。
「明日からも子供達が元気に走りまわってくれりゃあ良いが‥‥」
「そうですね。でも今は、陽平さんが元気にならないと」
 小夜の手が傷口に触れ――陽平は痛みに顔をしかめた。