人斬り祁蔵

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 64 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:10月16日〜10月19日

リプレイ公開日:2005年10月27日

●オープニング

 針のような雨。
 散りしぶく光は、ぎら、と白銀。

 ぬらりとけぶる人影に、軋みながら牛車がとまった。
「下郎」
 誰何の声をあげて、家人が飛び出す。その数は四。
「秦雅隆様の御車と知っての狼藉か」
「承知」
 言葉が終わらぬうち、閃いた。
 雨滴すら断ち切る抜き打ちは深紅の花を咲かせ、どうと家人の一人が崩折れる。
 地にも散った朱は見る間に薄く――また濃く。
 返す刃が、別の家人を斬りさげた。
 ざん、ざん。
 泥をはね、残る二人が殺到する。
 二条の光芒が躍り――
 すべての刃風をかわした血刃が胴を薙ぎ、袈裟に裂く。骨肉を斬るのは、容易い。

 牛車の戸が開き、どっぷりと雨に濡れた顔が覗いた。
 瞳の小さい、昏い眼の男。身なりからして浪人者だ。
「秦雅隆か」
「な、何者じゃ、お前は」
 震える声で雅隆が問うた。浪人者は、ただ仮面の相貌と眼で、
「伊庭祁蔵」
「伊庭‥‥祁蔵!? な、なぜ――」
「天誅」
 すうとのびた剣先は、豆腐のように雅隆の首を貫いた。

 血刀を払うと、祁蔵は土手を下り、川原におりたった。
 鋼の眼がさ迷い――ある一点でとまる。
 天秤棒としじみののこった盥。
 見た者の痕跡。死への道標。
 祁蔵の手が、誘うように、のびた。

 目撃者は、いた。
 新吉という蜆売りの童だ。役人は話をきき、人相書きをつくり、そして――

「先日のお公家様斬殺の件でございます」
 長い黒髪に蕾の唇。巫を思わせる美少女が口を開いた。
「人相書きを元にしてのお調べでありましたでしょうが、やはり子供の物覚えによるもの。さしたる成果をえられぬまま数日。いまでは、その蜆売りの子供が顧みられることもなく‥‥しかし、顔を知る唯一の証人を下手人が放っておくとは考えられず――とは、その新吉の母親の申されることでございます」

●今回の参加者

 ea0366 藤原 雷太(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6201 観空 小夜(43歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9704 狩野 天青(26歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb1605 津上 雪路(37歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb1624 朱鳳 陽平(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2007 緋神 那蝣竪(35歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2886 所所楽 柚(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

伊珪 小弥太(ea0452)/ 狩野 琥珀(ea9805)/ 所所楽 苺(eb1655

●リプレイ本文

●事前
「やることが一杯なのだー」
 陽の光いっぱい。荷を背負った所所楽苺が冒険者ぎるどに走り込んできた。
 その姿を見とめ、慌てて所所楽柚(eb2886)は立ちあがる。頬に紅。可憐な身をすくませるようにして、彼女は妹を窘めた。
「ちょ、ちょっと、静かに‥‥」
「だって、なのだー」
 効果なし。騒がしい。
 が、それは決して不快なものではない。苺という少女のもって生まれた徳ともいうべきものなのだろうが――その証拠に、ぎるどにいる者すべての面は小春日和だ。
「柚ねーちゃん、これ」
 苺が荷の口を開けて見せた。覗いているのは数日分の活計。そして――
「苺、ありが――」
「気をつけていってらっしゃいなのだー」
 送り出す方が先に姿を消すなんて。またもや慌しく駆け出していった苺を見送り、柚は小さな溜息を零した。

「賑やかでござるな」
 ちらりと転じた視線を戻し、藤原雷太(ea0366)ははらはらと埃っぽい空気を手で払った。
 ぎるどの書庫。
 幾百、いや幾千のつわものたちの足跡がのこされている寂寞たる中である。
「江戸は生き馬の目を抜くところって云うからね」
 ぱん、と。閉じた帳面をはたき、緋神那蝣竪(eb2007)は咳き込んだ。先人の残影は身体に悪い。
「で、何かわかったでござるか」
「いや――」
 那蝣竪は頭を振った。
 ここにこもって半日。まだ件の人斬りと殺害された公家とのつながりは掴めない。
 個人としての怨恨による犯行か、それとも何らかの企みによるものか。もし念ずるところがあるならば、その思いを読み解くことで敵の成り立ちを計ることができるかも知れぬ。
「因果応報、命を狙われるには相応の理由が相手にもあるはず。‥‥とはいえ、無辜の町民が巻き込まれる不運は見過ごせないわ。それに子供が命を狙われる母親の気持ちは、私も‥他人事ではないもの」
 焦りが云わせたものか。それとも那蝣竪の女の部分が疼いたか。己を語ることをよしとしない彼女には珍しい述懐である。
 雷太は、ただかろく肯首した。
「何とも、難しい依頼でござるな。斬られたのは源徳に近い公家であるゆえ、その辺りが怪しゅうござるが‥‥」
 きな臭い。ただの人殺しということ以上に仄冥い何かが蠢いている予感がある。
「さて、行くか‥‥」
 背を返した雷太を、帳面に面を伏せたまま那蝣竪が問うた。
「どこへ?」
「昼寝でござる」
 日にあたったことのないような白い面の中、大きく開いた口を雷太は掌で覆い隠した。

「なるほど。では、これではない、と」
 狩野天青(ea9704)の父、狩野琥珀が用意した人斬りの人相書きを手にエンド・ラストワード(eb3614)が念押しすると、新吉はおっきな眼を見開いてこっくりと頷いた。
 ふうと溜息を零し、エンドは人相書きをしまいこむ。新吉から聞いた件の人斬りの特徴はあやふやで、おまけに人相書きも新吉本人の意にそぐわぬものだという。ならば、そこから人斬りの素顔を推量するのは困難だ。
「あの、おいら、もういって良いかな」
 座り心地悪そうに。もじもじしていた新吉が勝手に眼をやっている。
 そこにあるのは天秤棒と盥。蜆売りに使っているものだろう。
「いや、商いに出てもらっては困る」
 エンドは新吉を押し止めた。
 ちょこまかと新吉に動き回られては、こちらが困る。敵の襲撃の機会が増え、それに比して警護用の戦力が分散されてしまうのだ。
 ふむと肯首ひとつ。エンドは新吉の母親の前に布包みをおいた。
 こうある時を予期しての金子。刃振ることは得手ではないが、諸手のさばきは上手である。
「これで、しばらく内に身をひそめていただきたい」
「いえ――」
 静かに母親が頭を振った。そうかと思えば、
「おいらたち、働いてもいないのに金なんかもらえないやい」
 新吉が元気良く。
 この親にして、この子あり、か。
 菩薩に似た笑みを浮かべ、観空小夜(ea6201)は布包みを押しやった。
「良いではありませんか。せっかくの冒険者の方達のご親切――中には天青のものも含まれている――、有り難くお受け取りになられては」
「姉ちゃんがそういうのなら‥‥」
 ちょっと膨れっ面ながら、それでも新吉はしたがった。
 母親の了承を受けての客人訪問。すでに新吉に姉のように慕われているのは、小夜が優しさだけなく強靭さもあわせもっているからに他ならない。
 立ち去るエンドにちらりと目配せ。すぐに小夜は立ちあがり、住まいの中を検分する。
 野暮な力押しする敵ではあるまい。押し込みの恐れはないと思うが、それでも‥‥
 裏戸を開け、小夜は路地裏に視線をはしらせた。
 命を護るに、賭けをするわけにはいかぬ。

●影
「待て」
 呼びとめられ、朱鳳陽平(eb1624)は振り返った。
 武家屋敷が立ち並ぶ一角。林道の入り口にそいつはいた。
 深編笠の。みなりからして浪人者だ。
「貴様、何者だ。何故平織を探る」
「とは、こっちの台詞だ。お前は誰だ」
 陽平が問う。が――
 実はこの時、彼はすでに相手の正体を推察している。
 被害者の線から平織の者へと線引き。さらに人斬りとの線をつなぐために人相書き片手に探索を始めた陽平だ。もし彼を狙う者があるとするなら――
「お前が人斬りだな」
「ならば、どうする」
 嘲笑がながれ――浪人者が抜刀した。
 対する陽平もまた刃を抜き払い、上段へかざす。
示現流。後退を知らぬ殲滅の剣流。されど、この人斬り相手にどこまで通じるか。もとより一人のみにての対峙は想定外だ。
 が、迷いは一瞬。
 自らの戦きを打ち砕くかのように、一気に陽平は刃を振り下ろした。精根のすべてを込めて。
 唸る旋風。それは白刃の切れ味を抱いて、浪人者めがけて疾った。そして――
 すでに袈裟に斬りおろそうとしていた浪人者はさすがにかわしきれず、深編笠をとばして仰け反った。
 あいた空と瞬。その狭間に滑り込んだ陽平の一撃が、浪人者の頭蓋を小砂利と変えた。

「朱鳳さんが人斬りを斬った!?」
 囮となるべく仕掛けた引越しの真似事。その最中、荷――実は毛布であるが――をまとめる手をとめて、天青は父者である琥珀を見返した。
 頷く琥珀は人遁の術により新吉の母親の風情を装っている。我が父ながら、ちょっと気色悪い。
 そこに、ぱっさぱさの黒髪を揺らせた可愛い童が戻ってきた。こちらは苺が用意の黒髪で新吉に変じ、挨拶回りの大芝居をうち終えた柚である。
 天青は思わず破顔した。彼と柚は同い年。とは思えぬほど柚という少女は可愛い。
「あの‥‥何かおかしいでしょうか」
 ちょっとおろおろ。問う柚に、天青はやや慌てて、何でもないと返答し、そして琥珀は――ははあっと一人合点する。
 嫁には良い娘だと思ったのは秘中の秘だ。
「で、首尾は?」
 何かを誤魔化すように、天青が口早に問うた。
「はい。顔馴染みの方だけには本当のことを。それと口裏をあわせてもらうようお願いしました」
「上出来です」
 が、斬り捨てられた人斬りの面を新吉に確かめさせねばならぬ。
 そのことを口にすると、いや、と柚は頭を振った。
「今、新吉さんを外に出すのは拙いと思います」
「それは、そうですけど‥‥」
 妙案は、ない。
 困惑する息子を見かね、琥珀はよしと一言。
「じゃあ、あたしが朱鳳さんと人相書きを作ってこようかねえ」

「‥‥どうぞ足をとめ、神の御言葉をおききくください。さすれば神の門へと至ることができるでしょう。新吉と申す蜆売りの童すら、引越しの手をとめて帰依したのでございますぞ」
 エンドの説法。
 ジャパンにおいては珍しい ハーフエルフである彼の様子はどこか人間離れして見え、説く技の未熟さを補って余りある。
 と、エンドは人ごみに紛れてつくねんと佇む那蝣竪に気づき、笑いかけた。
「どうしました?」
「これも役に立つと思って」
 感心した。那蝣竪は口の前で掌を嘴に似せ、ぱくぱく。エンドは苦笑ひとつ。
「で、あなたの方の首尾は?」
「うん‥‥」
 那蝣竪は難しい顔となる。
 斬られた公家――秦雅隆の周辺の調べははかばかしくない。それは蜆の行商の線も同じ――
 元々親子の糊口を凌ぐことのみを目的とした新吉の蜆売りは行商というほどのものではなく、それ故縦横の繋がりもない。そこから人斬りの影に光をあてることは難しい。
 が、それは人斬りとても同様だ。
「だから人斬りも新吉のことを探しあぐねているかも知れないわ」
「なるほど」
 肯首したものの、エンドは何かひっかかっていた。他愛ない風景に置き忘れた要のもの。
 はっとエンドを眼を見開く。
 新吉宅を訪れた時。確か天秤棒と盥があった。まさか新吉は自らそれを取りに――
「拙い。すでに新吉のことは知られているかもしれません!」
 茫然とするエンドの口からうめくが如き声がもれた。

●夜襲
「これで、よし」
 伊珪小弥太から伝授された鳴子を仕掛け終え、天青は上がりち框に腰をおろした。父と入れ代わりの隠し技。外見だけでは数の異常はないはずだ。
 そして、背後。行灯の薄黄色い光の中で新吉がすやすやと寝息をたてている。その手はしっかと小夜の手を握り。
 覗き込んで、小夜は慈笑を頬によぎらせた。
 しっかりしているように見えても、すべてを下ろした寝顔はまだまだ幼い。それが母親を助けての日々暮らし。ただ、ひたすらにいじらしい。
「小さいのに頑張ってるね」
 新吉の、額にかかる髪を指ですくように撫で上げ、天青が呟いた。ええ、と小夜は一言。
 しかし、その眼は爛たる蒼い光に燃え――
 絶対に助けてみせる。

 すでに秋。
 夜になれば、その事実は確実に身を苛む。風の冷たさは全身から熱を奪い取り――
「冷えてきたでござるな」
 雷太に声をかけられ、陽平は懐手をといた。
「交代か」
「左様。やすんでくだされ」
 雷太が促す。が、陽平は動かない。
 常人にはとらえられぬが、隠身をつかう那蝣竪と、勾玉に加護されたエンドが闇の中にひそんでいるはずだ。そして、あの人斬りも。
 結局のところ、新吉に似顔絵を確かめさせ、陽平を襲った浪人者は件の人斬りではないと知れた。上田某とかいう浪人者で、金をもらえば友人でも手にかけるという輩だそうだ。おそらく、此度も襲撃に買われたというところであろう。
 その事実。
 それが陽平を戦慄させる。
 人斬りは――
 冒険者のことを知っている!
 エンドは当初より新吉は尾行られていたと推論していたが、この一事も、それを裏打ちするものだ。もしかすると、この布陣すらも見透かしているかも知れぬ。
 が――

 が――
 人斬りは来る。
 そう那蝣竪は見切っている。
 張られた糸に気づいたとしても、居を移されれば、もはや飛ぶ鳥。のばした掌では掴めぬと焦るはずだ。たとえ、それが虚であるおそれがあるとしても。
 と――
 蝙蝠のような幾つかの影が動いた。黒装束に黒覆面。禍禍しき凶影は乱刃を舞わせて音もなく長屋に殺到する。
 咄嗟に飛び出そうとする冒険者のうち、エンドのみは、すぐにその足を凍りつかせた。姿を見せたその瞬間、隠身の護玉の験力は破れ――彼の背に刃が突き刺さっている。
 噴く血飛沫をさけるように、人斬り――伊庭祁蔵は素早く身を沈めた。

「あなたが噂の人斬りですか? ‥‥…名乗りなさい」
 戸を蹴り破り、怒涛のように雪崩れ込んできた黒装束の一団。その前に立ちはだかる小夜の身と心はぶれる風なく、ただ凛然と。
 元より小夜に斬り結ぶ術なし。ただ時を稼ぐための長口上だ。
 同時に天青もまた、抜刀。我流の剣術は避けるしか能がないが、それでも場をかきまわすことくらいなら、できる。
 それよりも、多勢。すべてを防ぐことができぬ以上、逃すが賢明。
「ゆけ、柚さん!」
「はい」 
 天青の絶叫にうたれるように、柚は新吉の手をひいて裏口を飛び出した。

「早く!」
 新吉の手をひいて走る柚。仲間との合流を果たせば何とか逃げ延びることができるだろう。
 そして、数十歩。柚の眼は見覚えのある法衣をとらえた。
「エンドさん」
 駆け寄ろうとして、柚の足がとまった。はねた銀光を彼女が見とめえたか、どうか。
 崩折れた柚にはもはや眼もくれることなく、エンドの法衣をまとった祁蔵は滑るように新吉の眼前に。
「恨みはないが、死んでもらうぞ」
「そうはいかないわ」
 夜の底にきりきりと。那蝣竪は弓をひきしぼる。
 が、狭い間合いにおいては矢は不利だ。それを見越したかのように、祁蔵が地を蹴った。慌てて応射する那蝣竪であるが。
 唸りをあげた矢は箒星のごとく流れすぎ、祁蔵がぬっと那蝣竪に迫った。頭巾から覗く深淵のような昏い眼が那蝣竪のそれを睨みつけ――
 ざっと祁蔵が飛び退った。
 その前に、那蝣竪と体をかえるように陽平が進み出た。
「おっかねぇ、なぁ」
 裏腹。陽平の腰から迸った銀弧は、ふてぶてしいほどに眩く八双に。
 対する祁蔵はすうと身を低くした。右手はかろく刀の柄に。
 夢想流。
 陽平は祁蔵の剣流を読んだ。
 其れ、剣は瞬速。剣理においては抜刀術が有利だ。ましてや敵は手練れ。勝ち目は薄い。
 陽平の背をつうと冷たい汗が伝い落ちた。
 そのとき。
 気配がわいた。
 小夜と天青。その傍らでは雷太に助け起こされた柚が正気を取り戻している。さすがに失った血の量は多く、まだ立てるほどには回復してはいないが。
「ここまでです。貴方の雇ったごろつきたちは、騒ぎにならぬうちに逃げ出しましたよ」
「それでも新吉を殺るというなら、俺達が相手だ」
 小夜と天青が叫ぶ。響く路地裏はすでに無人の静けさではない。
 と、一枚の紙片が舞った。それは誘われるように祁蔵の足下に。
「御覧じろ。‥‥おそらく貴殿の素顔とは似ても似つかぬはず。童の見覚えなど所詮はこの程度のもの。それでも推してやりあうとなれば、もはや詮なし――」
 すっと雷太が短刀をかまえた。抜けば露散る――名刀「月露」。
 そして――
「――面白い」
 笑った。人斬り――祁蔵が。
 それは何故か子供ように無邪気なものに見え――
 祁蔵が身を翻した。

●後日
 その翌日。
 まだ傷の完治せぬエンドは、遠く響く蜆売りの童の元気な声を耳にし――

 そして二日後。
 捨てられた人形のような死体が川に浮かんでいるのが発見された。
 斬殺されたそれは、昏い眼を見開らき、虚空をじっと凝視つめていたという。