【上州騒乱】上州忍法帖
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 75 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月24日〜11月01日
リプレイ公開日:2005年11月01日
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●オープニング
杯をあおると、夕里弾正は血筋のからみついた眼を隣の女に据えた。
おもむろに抱き寄せ、口を吸う。女はわずかな抵抗をしめしただけで、すぐに全身から力をぬいた。
「弾正殿」
黄昏に似た蝋燭の光に浮かびあがった男が声を発した。
やや吊りあがった眼。細い鼻梁。酷薄そうな薄い唇。どこか抜き身の刃を想起させる、総髪のその男は、身なりからして陰陽師だ。
「幻妖斎か‥‥。お前も、飲め」
夕里弾正が杯を差し出した。それを受け取り、総髪の陰陽師――葛葉幻妖斎はニンマリと口元をゆがめた。
「此度の上州騒乱、よほど弾正殿にはお気に召されたようで」
「うむ」
夕里弾正が頷いた。
「これが召さずにおれようか。この騒動、うまくのれば領地が増える」
「いや――」
幻妖斎は頭を振った。
「弾正殿の力量は疑いもないが、しかし、そう簡単にはまいりますまい。誰もが虎視眈々と牙を磨いておるこの地にあっては」
「何ぃ‥‥儂では領地をとれぬと申すか」
「そうではござりませぬが‥‥少々仕掛けが必要でござる」
「仕掛け? そりゃ、何じゃ?」
夕里弾正が身を乗り出した。
「加持祈祷でござる。我らが呪力、弾正殿も承知でござろう。呪をもって弾正殿に刃向かう者を調伏せしめれば、すでに事はなったも同然」
幻妖斎の眼が血の坩堝のような赤光を放った。憑かれたように、夕里弾正の眼もまた熱病のように熱くぬめる。
「よかろう。好きするが良い」
「ははっ」
幻妖斎が面を伏せた。そして――再びあげたその眼には、先ほどとは別種の鬼火のような青い炎が揺れている。
「で、早速でござるが、入用のものが」
「入用のもの?」
「はっ。‥‥九つ様の生贄となるべき、見目麗しき生娘が」
「ほお‥‥。ならば家臣に命じ、娘どもをかき集めさせるとしよう」
「いや、それには及びませぬ」
幻妖斎がちらりと背後に視線を投げた。それを追う夕里弾正の眼がカッとむき出された。
そこに、三つの人影が浮かび上がっている。いつから居たのか、いつ現れたのか、わからない。まるで朧のように不気味な存在だ。
「飯綱の者でござる」
「飯綱‥‥忍びか」
「左様。女狩りに弾正殿のご家来衆をつかわれては差し障りもござろう。代わりに、この者どもをおつかいくだされ」
幻妖斎の眼の炎がさらに大きくなり――三つの人影が伏せていた面をあげた。能面に似た、蝋のように白い顔。そのいずれもがそっくりの――
「蓑輪白彦」
「蓑輪黒彦」
「蓑輪灰彦」
三人の飯綱衆は名乗りをあげた。
「上州に赴いていただきとうございます」
冒険者ぎるどの手代の発した言葉に、冒険者達はやや呆気にとられた。
「上州とは‥‥」
ちと遠いな。ごちる冒険者の前で、手代は微かに笑った。
「それはそうですが‥‥依頼がございまして」
「どのような依頼だ?」
「娘をお探しいただきたいので」
手代は帳面をめくった。
上州のある村で旅芸人の一座の娘が行方知れずとなった。当然一座の者はその娘――お峰を探してまわったのだが、行方は杳として知れず。
「一座の者は役人に捜索を願ったそうでございますが、上州はかねてから荒れた地。おまけに今は騒乱の巷と化しております。役人の働きはおざなりであったそうで」
●リプレイ本文
白く埃たつ街道。
山間をはしるそれは、むきだしの骨のように寒々しく。
と、馬の脚がとまった。
遅れて空よりひらと。舞い降りてきたものは、凧だ。人の大きさほどもある巨大な。
「楽しそうだな」
「とんでもない」
雷秦公迦陵(eb3273)の皮肉に応え、大凧から飛び降りたのは物見兵輔(ea2766)である。馬を所持していないため、玄間北斗(eb2905)から借りうけたものであるが。ぶるるとひとつ、身を震わせる。
風に吹かれての移動。すでに深くなった秋の空は刺すように冷たくて。
「あらら、可哀想に」
見かねた所所楽杏(eb1561)が自身羽織っていた妖蓑を差し出せば、いえ、と兵輔はことわって、襟元をかきあわせた。上だけでなく、下の風もそろそろ肌にしみる。杏の優しさに甘えるわけにはいかぬ。
「久方ぶりに英国から帰ってきたが‥噂以上に此方は物騒なようだな。内乱紛いの騒乱まで起こるとは、剣呑剣呑‥‥」
現在、上州では新田義貞が蜂起し、それに呼応するように各地の小領主達もさまざまに揺れているらしい。ただでさえ荒い上州の地はさらにそそけだっているいることだろう。
玄間北斗(eb2905)が頷いた。
「そんな騒乱の地で失踪じゃ、何されてるか判ったものじゃないのだ」
いつもと変わらぬのほほん面。しかし、その眼に揺蕩う光は厳しい。
「ま、、迷子ってのも考えられるが、な」
迦陵が云う。が、欠片ほども念頭にない証拠に、彼は自らの言葉を切る。
「それならばいくら役人でも何らかの手をうてているだろう。‥‥となれば、考えられるのは事故で既に‥‥もしくはかどわかし‥か」
「しかし代価の要求がないようだから、ただのかどわかしとは思えないわ」
言葉を選ぶようにゆっくりと。初の依頼でさすがに高鳴る胸を押さえつつ杏が口を開くと、崔煉華(ea3994)が小首を傾げた。
「私も『ただ』のとは思わないけど‥‥足取りが掴めないっていうのは手際が良過ぎるよだし‥‥じゃ、杏母さん、どゆ風に思ってるのかな」
「そうねえ」
形の良い白い頤に指を当て、杏は記憶をまさぐる。
彼女には七人の娘がいるが、驚くべきことにその全員が冒険者だ。当然、仕事の内容も耳に入る。それは秘であるとしても、だ。
それから類推するに――
「妖怪の補食行動が思いつくけれど‥‥」
が、結論を出すのは早計、と杏は締めくくった。他の被害の有無調べを提案したのは、さすがに年の功というべきか。
「ならば、おいらはここで」
誰が発したか。出立の声を聞いて、月風影一(ea8628)が枝道に足を踏み入れた。
それに気づき、平山弥一郎(eb3534)が眉をあげる。
「おや、月風さん、どこに?」
「ここからは独りでやらせてもらうよ」
応える影一の足さばきは、すでに無音。
御守の忍者は風の如くに姿無し。その信条に従っての隠密行動である。
「光と影‥‥」
遠くなりつつある影一の背を見送りつつ、弥一郎の微笑が深くなった。
「表手と裏手――諸手でなければ対抗できぬ相手であるかも知れませんからねぇ」
名主宅の離れ。
お峰を欠いたまま興行を済ませた旅芸人一座は、そこに逗留していた。
「‥‥なるほどね」
一度沈思し、すぐに鳳翼狼(eb3609)は四十半ばの女に海の色を宿した瞳を向けた。
女の名はわか。一座の座長であり、今、その面は心労のためか白茶けている。
「お峰さんは水を汲みに川におり、そのまま行方知れずとなったんだね」
「ええ」
首をがたりと縦にふると、わかはふうと重い息を零した。
一気に年老いたような。そうと見てとって、いたたまれず、煉華は部屋の隅でちょこんと座っている女童に意識を転じた。
所在なげにお手玉を弄んでいる姿はどこか儚げで。幼い身でありながらも、おそらくは峰のことが案じられてならず、泣き出したいのをじっと堪えているのであろう。
「ね、一緒にあそぼ、か?」
お手玉を三つ手にとり、煉華はすばやく曲芸る。見上げる女童の眼が輝いた。
「わあ、上手い。お峰姉ちゃんみたい」
「そう」
内心の動揺を見ぬかれぬように、煉華はさらに素早くお手玉を運び――
ちょっと疲れたと廊下に出た煉華の肩を、そっと暖かい手が包んだ。
「杏母さん‥‥」
手の主を振り向き、煉華は唇を噛んだ。
「旅芸人一座‥‥こゆのって、家族だよね。身内であってもなくても、ホントの身内以上にね。なのに、おざなりに扱われるのって‥どだろ?」
「煉華ちゃん‥‥」
なんと優しい子なのだろう。
我知らず、杏は煉華を抱きしめている。
その温もりの中、煉華はそっと呟いた。
「きっと辿り着く」
同じ頃。
迦陵は剣呑の中にいた。
名人とはいえぬまでも達者な弁舌で近隣の村での話を拾い集めていた彼であったが、地回りのやくざにとっては目障りであったようだ。
「てめえ、いろいろと嗅ぎ回ってやがるらしいが、なにもんだ」
迦陵を取り囲む野良犬の眼の男達の一人が口を開いた。
迦陵は動じる風もなく嘯く。
「俺は行方知れずとなった娘のことを知りたいだけだ。きさまらが童女趣味だってんなら黙っていても良いがな? その代わり明日から童女好みのと云いふらしてやるぜ」
「なんだとぉ」
やくざ達が一斉に刃を抜き払った。
「この上州でなめた口をききやがって」
「‥‥」
迦陵は無言のまま身を退いた。どうやら言葉でのねじこみは拙かったようだ。
そのとき、やくざの一人が斬りかかってきた。避けの技が未熟であるはずの迦陵がかろうじてかわすことができたのは、所詮やくざの腕前が喧嘩剣法の域であるからだ。が、多勢に無勢。
すぐさま結んだ印形は微塵隠れ。されど――
発呪なし。
とたん、二枚目の剣風。
必死にくぐりぬけ、再び発呪。この場を逃れるには微塵隠れしかない。強みは瞬時の祈り織り。
刹那、地が爆ぜた。
そして、また。
もう一人の忍びは風が色を変えるように、さまざまに己の現をやつし、人々の間をすりぬけていた。
訊き、聞く。まさにその名の通り、風となり影となり。
ふっと。
北斗は足をとめた。
名主宅の庭先。そよぐ風の中に、彼は己を呼ぶ声を聞き取っている。優れた聴覚でしかとらえることのできぬ微細な声音――忍び声だ。
「影一さんか、なのだ」
「然り」
応えは無影。
続いて、音波のやりとり。ややあって――
「わかった、なのだ。皆に伝えるのだ」
北斗がきゅっと笑ったとき、すでに影一の気配は消えうせていた。
「他にも!?」
眉をひそめる翼狼に、役人から聞き取りを終えて戻ってきた弥一郎が、ややかたい面を頷かせて見せた。「ええ。願いが出ているだけで数件。皆、旅の娘です」
「そうか、旅の者かぁ」
翼狼はひどく納得した様子である。彼は近隣での行方知れずの有無を調べていたのであったが、まったくその網にかかるものはなかったのだ。
「やっぱり足がつかない相手を選んでるよだね」
そう結論づけたのは、杏と親子旅を装って情報を拾っていた煉華だ。彼女達もまた、幾つかの旅の娘失踪の話を耳にしている。
「ええ」
肯首したものの、弥一郎には疑念がある。
旅の娘を狙う理由は、確かに煉華の云うとおりであろう。それは、わかる。
しかし、なぜお峰であるのか。
一座にはお峰よりも数段美しい娘が何人もいる。女郎にたたき売るのなら、そちらの娘の方が良いはずだ。にもかかわらず、何者かはお峰を狙った。
もしや――
弥一郎の眼がすっと細くなった。
さらわれたのは、いずれも十四、五の乙女ばかり。その年ではさすがに男は知るまい。器量よりも、その点が要であるのではないか。
そのことを告げると、杏がぽつりと、
「生娘というと、贄として価値の高いものよね」
「そういえば」
ずいと北斗が身を乗り出した。
「影一さんが云っていたのだ。この辺りの領主――夕里弾正の館に陰陽師らしき者が出入りしているらしい、と」
「陰陽師!」
思わず声をもらした兵輔であるが、しかし、とすぐに腕を組む。
術師が下手人とするなら、あまりに手際が良過ぎる。
が、その疑惑は北斗の一言で解きほぐされることとなる。
「でも、ここまで手掛かりがないのは不自然なのだ。忍びの匂いがするのだ」
「忍び!? 何か証しでもあるのか」
「いや」
問うた迦陵を制し、弥一郎はゆっくりと眼をあげる。おちゃらけているようだが、北斗の見立ての確かさは、彼を良く知る弥一郎には疑うべくもない。
「それもあり得ます。‥‥ともかく、敵は手練れであることは間違いない」
しゅるり。
さらさら。
杏と翼狼の手により、煉華と翼狼自身が巫女――煉華の分は一座に借りうけた――へと塗りかえられていく。
手掛かりの少なさ故にひねりだした囮の策であるが、翼狼の化粧の技はいまだ名人には至らず。
「無理だな」
迦陵がごちた。見た目はともかく、煉華は十九。生娘とは見られまい。それに翼狼は大き過ぎる。確かに美形ではあるけれども。
ぴきぴきと、煉華のこめかみに青筋がたったようだが、北斗の、「美人さんなんだから自信を持つのだぁ〜」の台詞に多少は機嫌をなおし――
一方翼狼は余裕綽々だ。故にこその巫女装束であるのだから。これなら生娘の看板を背負っているようなものである。
そして――
化け終えた。
黄昏に群青が混じり。
すでに日暮れ。
ほうと息をつき、白い影が提灯をおろした。
巫女姿の煉華である。
旅芸人の力も借りて、霊験あらたかな麗しき巫女のことはふれまわってある。もし贄目当てのかどわかしならば、これほどの得物はなく――必ず餌にかかるはずだ。
そう思い、向けた視線の先に、同じ巫女姿の翼狼がいる。昼の間、ずっと、あれぇ、とか悲鳴の練習をしていたようだが、煉華のそれはさまにならず。
そして杏母さんはずっと前。敵を警戒させぬために離れてもらったのだ。
そうしているうちに、さらに群青は濃くなり、煉華は微かに身を震わせた。それは寒さのためばかりてはなく。
とたん、ぐっと首を掴まれた。寸前まで人の気配はなく。まるで影の中から現れたよう。
「騒ぐな。騒げば、殺す」
おしころした声とともに、首筋に氷の感触。そのまま木陰にぐいと引き込まれた。
そこには別の二つの影。全員が黒装束に黒覆面といういでたちだ。
その二人は、ちらと目配せをかわすと手馴れた様子で煉華に猿轡をかませ、後ろ手に縛り上げた。
そして――
いきなり影の一人が煉華の襟元から手を差し込み、乳房をまさぐった。別の一人は裾と股を割り、下腹部に手をのばす。
あまりのことに、夜目にもわかるほど満面を紅潮させ、煉華はじたばたと暴れ――腹に拳を打ち込まれ、身をぐったりとさせた。
「この様子では、やはり男は知らぬようじゃ」
ニンマリと眼を笑ませると、二つの影が煉華を抱き上げた。
それは半刻ほど過ぎた頃。
突如地から生えた――正確には影から突き出た刃に足を薙ぎ払われ、北斗は倒れ伏した。攫われた煉華(ea3994)の後を尾行けてきたものだが――気づけば、三つの影が北斗を見下ろしている。
「何者じゃ」
「云わねば、殺す」
「云わなくとも殺すがの」
嗤い、三つの影が白刃を抜き払った。
そうと見て取り、北斗は地を転がる。三人の忍びをさばくほど刃の手練は上手くない。頼みは迦陵と同じく微塵隠れのみ。
が――
発呪もまた同じ仕儀。しくじった。
刹那、刃が北斗の肩口を斬り裂いた。致命の一撃でないのはわざとであろう。さらに、また一撃――
そのとき、再びの機は至った。
ずるずると。
木に背をもたせかけ、北斗は蹲った。
微塵隠れで何とか逃れはしたものの、血を失いすぎた。もはや追うことはかなわぬ。
が、これも策のうちである。北斗と兵輔の虚実の追跡。北斗を撃退した油断は追尾を容易にする。
「兵輔さん、た、頼んだのだ‥‥」
その、兵輔は――
尾行に失敗していた。
保存食をまったく用意していなかった彼は――仲間にも余裕がなかったため、多くの提供を固辞していた――体力を消耗しており、三人の忍びを見失ってしまったのだ。
追いついた仲間達はその事実を知り、ただ呆然と立ちつくし――
明か暗か。
風が――誰一人知られることなく三番目の尾行者となっていた影一が馳せ戻り、告げた。
「奴らは、この先の森の中の破れ寺にいる」
「儂は幻妖斎様にお知らせしてくる」
そう云い残すと、一人の忍びが姿を消した。後に残った二人のうち一人は、柱にくくりつけられた、あるいは手足を縛られたまま床に転がされている十人以上もの娘を見遣ってから、煉華にねばりつくような眼をむけた。先ほど煉華の乳房をまさぐった忍びだ。
「暇ゆえ、少し楽しませてもらうぞ」
ニヤリとすると、忍び――蓑輪灰彦は煉華の襟元に手をもぐりこませた。
二人、出た。
確認し、木陰に身をひそめた冒険者達は顔を見合わせる。
あと一人敵は残っているが、機会は今しかない。
迷いは闇に捨てて。
する、と。七つの影が滑り出た。
胸をいいように嬲られ、煉華の眦から悔し涙が滲み落ちた。
こんな奴に、なす術もなく‥‥
と、霞む視界の隅に、煉華は見覚えのある顔をとらえた。
それは――兵輔!?
「ねえ、手が痛いの」
思いっきりの科。無理は承知と、煉華は自ら、その時をつくる。
すると灰彦は一瞬躊躇したものの、すぐにその迷いを嘲笑い――
女一人に何ほどのことができよう。
――煉華の戒めを解きはじめた。
と――
気配に灰彦が振り返った。そして、そこに印形を組む迦陵の姿を見出し、カッと目をむきだす。もう一人の忍び――蓑輪白彦は慌てて刀の柄に手をかけ、あっとうめいて眼を押さえた。それは灰彦も同じ――
星砂。
蓑輪忍び二人の眼をつぶしたものは、それである。
なんで煉華が無理やりこじあけた隙を見逃そう。
するすると疾り寄った弥一郎は刃を鞘走らせた。奮うは戦場の剣、新当流!
「おのれっ!」
空に血の花を咲かせつつ、しかし白彦は刃を横殴りに払っている。
と、その刃風をかいくぐり、懐に飛び込んだ翼狼の眼がぎらと光り――
龍が昇るが如く、彼の拳が白彦の顎を撃ち抜いた。
そして、もう一人の忍び。
灰彦は身を硬直させている。その首筋に手刀を叩き込んでいるのは――兵輔だ。
「聞きたいことがあるので、な」
兵輔が手刀を引きぬくと、白彦はどうと崩折れた。
名主宅の離れ。
再会を果たし、感涙に咽ぶ一座の者の声を遠く聞きつつ、杏は縛られた灰彦の側に屈み込んだ。
「聞きたいことがあるの。娘ばかり攫うのはなぜ?」
「それを儂が喋ると思うか」
口をつりあげ――次の瞬間、その端からたらたらと血が滴った。
「しまった」
慌てて駆け寄る冒険者達の眼前で、舌を噛み切った灰彦は死微笑を彫りつつ、告げる。
「九つ様の祟り‥‥思い知るが良い」
陰とした、滅とした声音。鬼が哭くように夜に消え――
上州の冥く冷たい闇がなおも深く、冒険者を飲み込もうとしていた。