飢餓の森

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:05月26日〜05月31日

リプレイ公開日:2005年06月03日

●オープニング

 霧の深い夜。
 それは――目覚めた。

「あっ!」
 房は、息をひいた。
 薄闇が落ちた林の中。すでに鳥獣の哭く声すらない。
 顔色をなくした房の背には、山菜でいっぱいの籠が背負われている。思いの外収穫が多く、刻が遅くなってしまった帰り道だった。
 やや吊りあがった房の眼は、闇の奥に浮かぶぼんやりとした白いものを見とめている。黒緑の梢の下に一瞬見えたものは、人の顔のように思えた。
 お義父ちゃん――
 なぜか、房はそう思った。死んだはずの義父の伊吉の顔であると。
 人相などを良く見極めたわけではないのだが、房にはそう見えたのだ。口減らしのために棄てた――その事に対する後ろめたさがあったからかも知れない。
 背筋を冷たい手に撫でられる怖気に襲われ、房は後ずさった。義父を棄てたのは去年の事だし、場所は深い山の中である。生きて戻って来られるはずがなかった。
 恐怖がはじけたとたん、房は駆け出していた。いや、駆け出そうとした。
 しかし、現実には房の足は動かなかった。震える足は悪夢の中でもがいているかのように、一歩たりとも踏み出すことはかなわぬ。
 刹那、それは舞い降りた。
「ぎぃ‥‥」
 房がもらしたのは声ともいえぬものである。
 一瞬後、房の姿がかき消えた。動くもののいなくなった林の中に、房が背負っていた籠のみが転がっている。
 そして‥‥
 ぞぶり、と。
 じゅるり、と。
 しんとした静寂の中に、なにかが、なにかを咀嚼する音が響いた。

 村の長は顔色を変えた。
 行方知れずの報を耳にした直後の事である。血相を変えて報をもたらした当の太吉はただうろたえるばかり。
 村の者の消息が知れなくなったのは、すでに房で三人目である。いずれも野良仕事等で戻りが遅くなった者。場所は林付近と察せられた。
 獣にでもやられたか――最初はごく小規模で捜索は行われたが、効は奏せず、それどころか新たな行方知れずまで出す始末。怖れた村の者が捜索を諦めてから三日が過ぎている。
 しかし、此度は房と太吉の娘、妙の姿が消えた――

 漆黒の闇。
 蒼月は顔をのぞかせているものの、生い茂った木々の葉のために濡れたような銀光も地までは届くことはない。
 そこに――
 ひっく、ひっく、と。
 妙の泣く声が、弱く、か細く‥‥

●今回の参加者

 ea8628 月風 影一(26歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea9028 マハラ・フィー(26歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 ea9450 渡部 夕凪(42歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb1773 宮崎 大介(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1817 山城 美雪(31歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1833 小野 麻鳥(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2168 佐伯 七海(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2387 内栖 双葉(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

甲斐 さくや(ea2482)/ 南天 輝(ea2557)/ 大神 森之介(ea6194

●リプレイ本文

 くおん、くおんと――
 異形のものが哭いた。
 がちがちと歯を噛み鳴らし、それは飢えにもだえている。
 すべてを押し包む、ねっとりと重い闇の中。
 それはゆっくりと蠢いた。

 同じ闇のうちに――
 妙は眠っていた。先ほどまで泣いていたのか、両の頬はまだ濡れたままだ。
 寝息とともに上下する胸の動きはやけに浅く小さく――
 おぞましき恐怖が忍びよりつつあることも知らずに――

 時ならぬ馬蹄の響きに、粗末な住まいから幾人かが顔を覗かせた。彼等の痩せこけた顔は、この村の貧しさを物語っている。
「幼子の命が係ってる、此処は村人にも協力願おうか」
 手綱をひく女武者の言葉に、陰陽師はひらと馬から飛び降りた。
 女武者の名は渡部夕凪(ea9450)、陰陽師は小野麻鳥(eb1833)といった。
「俺達は冒険者。依頼を受け参った。長に会わせていただきたい」
 麻鳥の叫ぶ声に、村人の一人が転がるように駆け出して行った。どうやら冒険者の事は聞き及んでいるらしい。
 やがて鳥を思わせる痩せこけた老人がよろめきながら現れた。
「長殿か?」
 老人が頷くのを待って、麻鳥が続ける。
「捜索は俺達で行う。だが不慣れな場所だ、情報が欲しい」
 彼が問いただしたのは行方不明者の出た森についての噂、規模や生殖する動植物、房の籠の位置や他不明者遺留品のあった場所などだ。敵の正体が死人憑きの可能性が高い為、口減らしの件もそれとなく確かめる。
 ――この妖かしが村の口減らしによるものなのかは不明だが、悲しみの連鎖は断ち切っておきたい。身内による凶行は救われん。
 麻鳥には、その想いがある。が、彼の耳に届く話の内容は要領を得ないものばかりだ。
 焦慮の滲む面を上げる麻鳥の前で、夕凪は肩を竦めた。深緑の木々に向ける眼差しには困惑の色が濃い。
「迷い子ってのは難儀だね。大人なら出立点と終点結べば手掛かりは得られるんだが‥‥」
 予想の斜め上をいってくれそうで――溜息とともに、夕凪はそっと呟いた。

「急ぎましょう。時は宝石の様に貴重です」
 宮崎大介(eb1773)の言葉に頷くと、内栖双葉(eb2387)はたいまつに火をつけた。広大な闇の中では頼りない灯火かも知れぬが、仲間内の目印にもなる。
 日はまだ中天にあるが、鬱蒼と茂る森に落ちる闇は夕刻のそれに近い。すでに闇に属するものの蠢動する刻限であるのかも知れぬ。
 ふむ、ともう一人肯首した。濡れたような黒髪の、美しい女陰陽師である。
「妙様の身に危害が及ぶ前に見つけださなければなりません」
「まさに――」
 冷然たる口調の女陰陽師――山城美雪(eb1817)に相槌をうち、麻鳥は懐から大神森之介から譲り受けた護符を取り出した。続けて彼の繊手が走り、護符が翻る。
「急々如律令!」
 紡がれた呪は燐光となって麻鳥の身をつつみ、発動されたブレスセンサーが周囲の息吹を探る。
「どうだい、反応は?」
 女志士、佐伯七海(eb2168)の問いに、麻鳥が頭を振った。
「そう容易くは見つからぬよ」
「だろうね」
 頷く七海は、友人の甲斐さくやの言葉を思い浮かべた。
 さしたる手掛かりはない――江戸において周辺の村の噂を聞き込んでくれた彼女の返事だ。どうやら件の事件は、まだ周辺には広まっていないようである。
「しかし動死体なんて、自然に出て来るものでは有るまい。一体、何が有るんだ、この森に?」
 大介のもらした疑念は、深さを増した闇に飲み込まれるようにして消えた。

「妙ちゃーん!」
 幾つかの呼び声が交差し、黒くぬりつぶされた静寂を破る。ちらちらと揺れる明かりはつかず離れずも、互いの声の届く距離をたもっている。
 ――二班に分かれ、森に入り込んだ冒険者達であった。
「探している時は、失せものっていうのは見つからないもんだね‥‥」
 双葉が落ち葉を握りつぶした。
 口調はおちゃらけているが、地を這う視線は真剣そのものだ。彼女は足元を調べつつ歩んでいたものだが、未だ成果はない。
「そっちは、どう?」
 双葉の問いに、マハラ・フィー(ea9028)は頭を振った。
「だめです。手掛かりは何も――でも、眼だけに頼っていては危険かも。妙さんは怖くて声をからすか、小さく泣いているものと考えられます。しかも狭い場所にもぐりこんでいる可能性も」
「然り」
 頷き、麻鳥は鬱蒼と生い茂った木立を見上げた。
 そこに妙の痕跡があるわけではないが‥‥敵は死人憑きと決まったわけではない。怨霊の類ならば、頭上からの襲撃にも備えねばならぬ。
 麻鳥は独り、警戒の糸を張り巡らせていた。

 一方――
 影のように夜の底を進む者があった。
 忍びの月風影一(ea8628)である。
 優れた視覚と聴覚を駆使し、彼もまた妙の声と姿を求めていたものだが、他の者と同じく依然として収穫はない。
 それは、傍らで叢をかきわけている美雪も同様であった。さすがに髪をとかすことも忘れ、疲れのまじった吐息をつく。
「少しは手伝ってはいただけませんか」
 美雪がちらりと冴えた眼差しを上げた。提灯を掲げ持ち、周囲に鋭い視線をはしらせる夕凪に向かって。
 が、年嵩の夕凪は平然とうそぶいた。
「何かがこの森にいる事は間違いないんだ。警戒を緩めるわけにはいかない。妙坊の保護より先に、私達が倒れる訳にはいかないだろ」
 相棒の銀が居れば、妙な気配には先に反応してくれるんだが‥‥夜目がきかぬと鷹をおいてきたことを、夕凪は悔やんだ。
「これだけ騒げば、妙ちゃんだけでなく、その敵を引き寄せることにもなるからね」
 その敵に専念したい――クーリングの発動に備え、七海は何度も掌を握り締めた。
 
 そう――
 七海の読みは間違っていなかった。
 彼等の声と掲げる灯火は、確実に妙を呼び寄せていたのである。
 そして、別の何かをも‥‥

「ここですか?」
 美雪の問いに、重々しく影一が頷いた。その傍らを過ぎて、麻鳥が村人から聞いた目印の巨木に歩み寄る。
 森を外れ、彼等は山道にさしかかっていた。房の姿が消えた獣道だ。
「ここで、妙ちゃんのお母さんが消えたのですね」
 慨嘆する大介の周囲で、冒険者達がわずかに身動ぎした。
 無理もない。房が消えた現場であるということは、同時に敵の潜伏している場所である可能性も高いのだから。
 哀しみの地であると共に、ここは修羅の巷でもあるのだ。
「しかし、何が原因で死人憑きなど現れたのだろうか?」
 ぽつりともらした影一の問いに、答えを返せるものはいない。
 京都に死人の群れが出現したらしいが、ひょっとすると、この江戸においても地獄の釜が開いたのかも知れぬ。
「もし――」
 突然、マハラが口を開いた。
「思ったんだけど‥‥もし死人憑きの仕業だとしたら、ひっょっとすると妙ちゃんのお母さん――房さんも同じ末路を辿ってるかも知れないんだよね」
 彼女の最後の一言に、はっと美雪と影一が顔を見合わせた。
 マハラが指摘したのは、誰もが想到し、それでいて眼をそらしていた可能性だ。そして最も残酷な‥‥
「おっかさんの死人還り‥有り得ない、と云いきれないからな‥‥」
 呟く夕凪の眼は沈痛の色に彩られている。
 もし房が死人憑きとなった場合、妙の眼前で母親を弊せるか――
 苦悶に唇を噛む夕凪の傍らで、麻鳥は護符を取り出した。
「麻鳥の兄さん、何を――?」
「何が起きたのかを知りたい」
 影一に答えると、麻鳥は丸めた護符をするりと広げた。
 ステインエアーワード。護符に記された呪は、風と語らうことを可能とするものだ。
 が――
 数箇所に足を運び、麻鳥は首を振った。
「だめだ。風が澱んでおらん」
 溜息をつく麻鳥の眼が、何かを見つけ、ちらりと動いた。
 全員が見守る中で、麻鳥は指刀を立てた。
 ピシリッ、と――
 彼の指刀が躍り、空を打った。
 そして幾許か後――
 猿が跳び去り、麻鳥はゆっくりと息を吐き出した。
「獣の心に問うたのですね。で、何と?」
 美雪の静かな声音に、返す麻鳥の面には微かな狼狽が浮かんでいる。
「――俺達は間違っていたのかも知れぬ」
「間違い?」
 大介が眉をひそめた。
「そう。死人憑き――俺達はそう考えていた。が、房は頭上の何者かに襲われた」
 麻鳥の言葉に、はじかれたように冒険者達は頭上を振り仰いだ。
 ザワリザワリ、と――
 暗い樹葉は揺れ、ただ瞑目しているばかり。そこには何者の影も見出すことはかなわぬ。
 けれど――
 葉擦れの音一つ一つが魔性の跳梁跋扈に感じられ、冒険者達は我知らず身構えた。
 その時――
 慌しくマハラが周囲を見まわした。
「どうしたんだい?」
「声が――」
 問う七海には眼もくれず、マハラは夜目の効く眼で周囲を探りつづけている。
「声?」
「何も聞こえないぞ」
 顔を見合わせる美雪と麻鳥を、影一が制した。
「いや、確かにおいらにも聞こえた――」
 彼の真剣な面持ちに、ようやく他の者も合点する。
 マハラだけでなく、影一も――もはや間違いあるまい。
 一斉に冒険者達は声を張り上げ、妙の名を呼んだ。同時にたいまつや提灯を振り上げる。
 もし妙が気づけば、こちらに向かってくるはずだ。いや、すでに向かいつつあるのかも知れぬ。
「!」
 突如、影一が身を強張らせた。ちらりと向けた彼の視線の先で、マハラが頷く。
「拙い――」
 うめく影一に、大介が提灯を突きつけた。
「今度は、なんです?」
「殺気が‥‥何か、いる」
「なに!」
 双葉が頭上を睨みつけた。麻鳥の言葉が確かだとすると、殺気の主は樹上に潜んでいる公算が高い。
「房さんを襲った奴?」
「分からない‥‥でも、いるよ、近くに」
 答えて、マハラが身を震わせた。彼女もまた、からみつくような冷たい殺気を感得しているのだ。
「ええい、早くしなければ妙が――」
「麻鳥様ともあろうお方が、仰々しい」
 さすがに焦燥の声をあげる麻鳥の前に、冷笑を浮かべた白影が立った。
「此度は私が‥‥」
 ばさり、と美雪が巻物を広げた。紡ぐ呪は風精を呼び、周囲の息吹を読み取らせる。
「まだかい、美雪さん」
 問いつつ、夕凪は矢を地に突き刺した。その手には愛用の梓弓。敵の正体が分からぬ以上、片方は無手の方が勝手が良い。
 美雪はちらりと氷の眼差しを走らせただげで、なおも呪の詠唱を続けた。
 そして――
 美雪の指が、一点を指し示した。
 そこは凝固したような闇が黒々としているのみで、まだ何者の姿も見とめられぬ。が、その奥に妙がいる!
 枷を解かれたかのように、一斉に冒険者達が駆け出した。
 中から――
 さらに一つの影が飛び出した。疾走の術を用い、走る速さを増幅させた影一だ。
「いた!」
 樹間に見え隠れする小さな影に気づき、影一が叫んだ。が、同時に彼は、妙の頭上に浮かぶ幾つかの白い塊をも見とめている。
 なんだ?
 凝らした影一の眼が、驚愕にカッと見開かれた。
 顔だ。
 白蝋めいた顔色の、死人のような顔。それがじっと妙を見下ろしている。
 くわっ、と――
 首の一つが、耳まで裂けたような口を開いた。ぞろりと覗くのは刃に似た歯だ。
 一息二息――首の一つが、妙めがけて舞い降りた。
「チィ!」
 影一の手から手裏剣が飛んだ。空を裂くそれは、狙い過たず首の真中に突き刺さる。一瞬後、森を震わせて、この世のものとは思われぬ絶叫が木霊した。
「妙ちゃん!」
 走り寄ると、妙を抱き上げ、影一が跳んだ。一息遅れて、妙がいた空間を首の一つがかすめて過ぎる。がちりと歯が噛み合う音が響いた。
「あっ」
 うめき、影一がたたらを踏んだ。眼前に別の首が舞い降りてきたからである。そして背後にも――
「おのれ!」
 影一が妙を抱きしめた。せめてこの幼子だけは守らねばならない。
 しゃっ!
 夜気をつらぬいて、鋭い呼気が影一の首をうち――
 血飛沫をあげて、二つの首が地に落ちた。その額には、深々と矢が突き刺さっている。
 マハラと夕凪の矢だ。さらに――
 収束された月光が矢と変じ、美雪の手から放たれた。複雑な軌道を描き、自らの意思があるかのように地でのたうつ矢の突き立った首へ――
 ぎゅるるぅー
 耳を塞ぎたくなるような苦鳴が響いた。ムーンアローを撃ちこまれた首のあげた断末魔の雄叫びだ。
 しかし、手裏剣で傷つきながらも、なお妄執の晴れぬ首が、さらに影一に襲いかかった。
 ザンッ!
 炎をまといつかせた大介の刃が唸り、首を両断した。声すら上げえず、首は地に叩きつけられている。
 仕上げとばかりに、七海が地で蠢く首を押さえつけた。彼女の手に帯びた超低温の冷気が魔物を凍りつかせていく。
 その時、煙る黒血から庇うように、妙に毛布がかけられた。
「毛布被って、足下にしゃがんでてくれるかい?」
 優しき声は、弓を手に立ちはだかる夕凪の背からした。

 毛布をとった途端、妙が双葉にしがみつていきた。安堵した為だろう、堰を切ったように泣きじゃくる。
 顔も手足も泥まみれだ。履物はどこかで脱げてしまったのだろう、足は傷だらけだ。
 どれほど痛く、恐かったことか――
「ほら、もう大丈夫だから、父さんの所に帰ろ‥‥」
 双葉が妙を優しく抱きしめた。
 その時、チチッ、チチッと――
 妙の耳に鳴声が届いた。小鳥の声だ。
 ピクリとすると、おずおずと妙が振り向いた。その無垢な眼差しの前で、鳥の鳴き真似をするのはマハラである。
 ――せめて、今だけでも笑っていてもらいたい。
 そのマハラの想いを知ってか知らずか、ニッと妙が笑った。

「もう母親がこの世に居ないって事、いつか自分で解かると思う。辛いだろうけど、しっかりと現実を受け止めて頑張ってほしいわね‥‥」
 父親に抱かれた妙を見送りつつ、双葉が言葉をもらした。
 冒険者にできる事は、所詮ここまでだ。哀しくとも、後は自分で乗り越えるしかない。
 頷いた影一は森の入り口に歩み寄り、手折った花を供えた。瞑目し、願いを送る。
 もう、あんな悲惨な事が起らないように‥‥
「あっ!」
 素っ頓狂なマハラの声に、影一が眼を開いた。
「今度は、なんですか?」
 もう何があっても驚かない。
 多少うんざりして問う大介に、マハラは瞳を輝かせて答えた。
「南天輝と約束していたのを思い出したの。妙さんを無事に見つけたら食事しようって」
「愚かな‥‥」
 冷然と呟く美雪の腹が、ぐうっ、と鳴った。