鬼鎚
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月08日〜11月13日
リプレイ公開日:2005年11月16日
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●オープニング
その村の名主はわりと富農で、住まいは大きく、幾つかの蔵があった。
その中のひとつ。
急ごしらえの頑丈さを施した蔵の戸に、繊手がかかった。
漆黒の闇の中。それなのに、その繊手の主のまといし着物は、なぜか血の色と同じと見てとれて。
と――
すっと繊手が戸の表面を撫でるように動き、錠に触れた。と、みるや――
繊手は無造作に錠を引き千切り、重い戸をすすうと引き開けた。
現れたのは第二の戸。格子を巡らせたそれにもまた大きな錠が、今度は三つ。
繊手の主は、一度その錠を弄んではみたものの、すぐさま先ほどと同じく簡単に引き千切り、第二の戸をも引き開けた。
とたん。
吹きつけるのはむっとするほど灼けた殺気。――いや、獣気。
見よ。闇に沈む蔵の中に、血の坩堝のような眼が光っている。
が、何の恐れげもなく繊手の主が足を踏み入れれば――
刹那、闇の向こうから巨大な影が躍りかかってきた。
猪のものに似た相貌の鬼。のばした爪は血に狂い、巣穴に迷い込んできた獲物に食らいつく毒蛇のように繊手の主にむかって疾り――
繊手の一振りで、豚鬼が虫のようにはねとばされた。
「慌てるでない」
はじめて。
繊手の主が口を開いた。幼いのか歳経ているのか、よく判別できぬ声音。
ややあって、豚鬼が身を起こした。己の身に起こったことが理解できぬかのように、いやにのろのろとした仕草で。
当たり前だ。
豚鬼を軽くはじきとばした繊手の主は、豚鬼の背丈の半分にも満たぬ女童であったのだから。
「ふふふ。おまえたちをとらまえた人どもは外におる。存分に殺しつくすが良い」
云うと、女童はきゅうと唇をつりあげた。端正な面立ちがおぞましく歪み、人外の笑みを形作る。
一瞬後、殺戮の悦びに震える狂気の奔流が闇に解き放たれた。
冒険者ぎるどの中。
巫をおもわせる可憐な少女が静かな口調で告げる。
「先日、冒険者が豚鬼討伐を行いました。冒険者側にも被害は出たものの、討伐は成功し、生き残りの豚鬼はとりあえず依頼主の村名主に預け冒険者は帰還致しましたが‥‥その生き残りの豚鬼――役人が到着するまで蔵に閉じ込めていたそうでございますが――が逃げ出したそうでございます」
ざわり。冒険者に動揺の波が伝わった。
同じ冒険者の始末に関することだ。他人事ではない。
「で、その豚鬼どもはどうした?」
「はい。名主の者達を皆殺しにし、また近隣の百姓衆も手にかけ、今は名主宅に陣取っているようでございます」
「役人は?」
「だめでございます。相手が人であるならばいざ知らず、鬼である故。おまけにその鬼の中には戦巧者も混じっているとか。そのうえに――」
少女が言葉を切った。その怪訝な様子に、
「その、うえに?」
冒険者の一人が問うた。すると、少女は切れ長の涼やかな眼に、ちろと炎を宿し、応えた。
「豚鬼どもは名主の孫――赤子を人質としているとのこと。どのようにして察したか、鬼どもは人の弱みを熟知しているようでございます」
「なんと!?」
再び、冒険者達がざわめいた。昨今魑魅魍魎の跋扈が噂されているが、事態はそこまで進行しているのか。
「で、依頼の内容は」
「豚鬼どもの殲滅。そして赤子の奪還。所用にて村を離れ、災厄を逃れた名主の娘、杏様のご依頼にございます」
●リプレイ本文
●月下
血の色に似た黄昏は青黒く沈み、村に夜が忍び寄りつつある。
そこは豚鬼が襲撃をかけた村の隣村。そこで――
「無辜の民を殺し、あまつさえいたいけな赤子を人質に取る。まさしく鬼の所業でござるな‥士たる者として、見過ごせぬ!」
瞑目するがごとく。すっと眼を細めて山野田吾作(ea2019)が立ちあがった。
「赤子を人質に取るとは、豚鬼ぶぜいが」
小柄だが、巌を削ったかのような肉体を誇るギヨーム・カペー(ea9974)が両刃の巨剣を引き寄せた。鏡に似た刀身に映る顔がニヤリと歪む。
「丁度良い。最近体を動かしていなかったところだ。このラージクレイモアの錆にしてくれる」
「それは頼もしい限りですが‥‥」
ふっと重い声をもらしたのは夜と同色の頭巾姿の忍び。火射半十郎(eb3241)である。焦慮にせかされるように手の爪を噛みながら、彼は続ける。
「一人では食事を取ることも出来ない赤子を何時までも豚鬼どもの手元に置いておいては衰弱死してしまいます。一刻も早く救出しなくては‥‥」
そう呟いてはみたものの、時が至らぬ。
討ち入るは昼。
そう決めてはあったが実際のところ、馬に慣れぬ者をかばい、二人乗りし、ようやく辿りついてみればすでに夕刻。やむなく依頼人の生家で一夜を過ごすこととなったのだが。
いたたまれぬ。
こうしている間にも赤子の身はどうなっているのか。
その焦燥を誤魔化すわけではあるまいが、田吾作と半十郎は再び杏から件の名主宅の間取りを確認し、他の者もそれぞれの胸の騒ぎを鎮めるべく――
秀麗な顔立ちの陰陽師と、同じ顔立ちながら衣服の前をはだけて防寒着を羽織っただけ――粗野な印象の、これも陰陽師がもめている。
「何をしているのです。依頼の最中に風邪をひいたらどうするのです」
「だ〜! うるせえな! まためんどくせえ依頼に俺を巻き込みやがって!」
豚鬼をぶっ絞めるなら得意のうちだが、ちまちま人質を助けるなんていうのはまったく俺向きじゃない。
不貞腐れる拍手阿邪流(eb1798)。いさめるのは双子の兄、拍手阿義流(eb1795)である。
そのとき。
がたりと名主宅の表戸が開かれ、反射的に冒険者達は身構えている。いかなる場合も瞬時にして臨戦態勢に滑り込むことができる――それこそ冒険者の冒険者たるべき点なのだが。
その彼らの視線の先。姿を見せたのは、見事にしなやかな肢体を墨染めの衣におしこんだ狭霧氷冥(eb1647)である。
「おかえり」
旅帰りの者への挨拶のよう。陽気に手をあげて迎えるクリス・メイヤー(eb3722)に、たっだいま〜と返答を返す氷冥の成し遂げてきたのは、その何気ない風からは窺い知れぬほどの難事。たった一人にての偵察行であった。
「で、仕儀は?」
「うん、今から説明するよ」
すたすたと部屋の中央に歩みいる氷冥。その後姿を見送り、ひゅうと口を鳴らしたのは先ほどの阿邪流である。
「あんたって、かなり良いからだしてるよな」
「斬るよ」
一刀両断。あくまで、爽やかに。
が、一人、爽やかではない者もいる。
所所楽苺(eb1655)。可憐な頬をぶっと膨らませ、向日葵のような娘は庭を見下ろす縁側に出た。
「依頼中に、やらしいことは云わなくてもいいと思う、のだ」
「あの人のこと、好きなの?」
「えっ」
はっと視線を転じた苺の前で、彼女の呟きに応えた主――佐々宮鈴奈(ea5517)が微笑んでいる。
「あんな人、好きになったら苦労するわよ〜」
「べ、別に‥‥」
慌てて言葉を濁す。が、夜目にも真っ赤な苺の可愛い面は雄弁だ。それを隠すように、
「そ、それより、何をしているのだ?」
「私? 私は――」
鈴奈は庭先に眼を戻した。
農作業や活計の道具。乾した野菜。藁。そして、転がった独楽。
そこに生きる欠片がある。
ささやかな、もの。
「生きるって簡単な事じゃないのよ、ね」
その村の人も、また。
が、その懸命を、鬼が踏みにじった。彼女の肉親と同じように。
悲しいけれど、悔しいけれど。今、できることは弔うことだけ。せめて魂安かれと。
鈴奈が手を合わせた。
その鎮魂を、彩るのは琵琶の音。爪弾く天道椋(eb2313)は、一人屋根の上にいる。銀盆のような月を背にして。
欠け、そしてまた満ちる。月は不死の象徴だ。魂のように。
ならば、音に乗って届け。輪廻の彼岸へと。
●北天
むっとする臭いに、木陰に隠れた鈴奈は顔を顰めた。
名主宅の庭先。打ち捨てられたままの死体はかなり腐敗がすすんでいるようだ。
遠見を続けていた阿邪流もぺっと唾を吐いた。なまじ眼が良いと、つまらぬものを見てしまう。
「どうでござる」
それが癖でもあろうか。またもや細めた眼を、田吾作は阿義流に向けた。すると阿義流は深沈たる面持ちで頷いた。
「鬼どもの所在は掴めました」
阿義流の指が、急ごしらえの名主宅の見取り図の幾点かを指し示した。
「で、赤子はどこに?」
クリスが問うた。が、阿義流は空しく頭を振る。
バイブレーションセンサーは動きある者を感知する。それでは赤子は――
薄墨のように。胸のうちに広がる最悪の予感を振り払うように、氷冥が懐から眩く光る十字架を取り出した。聖なる力を帯びたそれを、彼女は椋に差し出す。
「よかったら使ってよ。期待してるんだからね」
「‥‥」
無言であるが。
頭に巻いた手拭を取り去った椋の面から、すうと笑みが消えた。北天の星に似た瞳の僧侶は、ゆっくりとのばした手で、強く十字架を掴む。
「さって、いっちょやるか!」
小さく、氷冥が叫んだ。
●奪還
こつ。
鳴った。
こつ。
また、鳴った。
たまりかねた、か。戸を蹴破るようにして現れたのは、人外。
猪に似た頭部をもつ巨躯の妖し。豚鬼だ。
荒い息を吐きながら周囲を見まわす豚鬼であるが。その頭に――こつ、と。
ぶつけられた小石に、反射的に顔をあげた豚鬼は、そこに異様なものを見た。空に浮かぶ二本の手足をもつ者。そんな鳥は見たこともないが――
豚鬼は戦鎚を振り回すと、鳥――クリスを追って駆け出した。
「クリスの奴、やるわ」
熊のように笑い、ギヨームが巨剣を肩に担ぎあげた。
一息後、臓腑を震わせるように鳴り響くのは阿義流の法螺貝の音。誘われるように蹴破られた表戸をくぐり、豚鬼がのっそりと現れ――その数は三。いや、遅れて二匹がふらふらと現れた。酔ってでもいるのか――
それより、最後に現れた豚鬼の手のうち。がっきと握られているのは赤子ではあるまいか。
陽動についた冒険者達は唇を噛みつつ、顔見合わせた。なぜ赤子は屋敷の内にとどめおかれたままになると早計したのか。盾と成すべく豚鬼が手にしている事も念頭においておくべきであった。
冒険者達の抜き払った刃が凍結した。このままでは、迂闊に動けぬ。
その冒険者の動揺を本能的に読み取ったのか、豚鬼どもの口が歪んだ。
嗤っている。愚かな人間ども、と。
そのとき。
苺は見とめた。屋敷の表戸の陰から様子を窺う椋の姿を。
まだ、陽動は活きている!
するすると苺は足を踏み出した。
「お尻、ぺんぺん、なのだ〜!」
引き締まったお尻を突き出す苺。さすがに馬鹿にされていることに気づいたか、豚鬼どもが咆哮をあげ、殺到する。赤子を掴んだ一匹のみを残して。
それは椋のコアギュレイト。フレイムエリベイションと聖なるロザリオの補助を受けた呪縛呪は、狙い誤ることなく問題の豚鬼を縛り上げている。
刹那、表戸から黒影が疾り出た。一気に動かぬままの豚鬼との距離を詰める。
その手――半十郎の手が赤子を掴む豚鬼のそれにかかった。が――
豚鬼の手が開かぬ。その手もまた凍りついたままであったのだ。
一瞬の遅延。豚鬼の手から半十郎が赤子を取り戻すのに要した刻はわずかであったろう。しかし、豚鬼の中でも戦巧者の一匹はそれを見逃さなかった。
唸りをあげて振り下ろされる戦鎚。
咄嗟に半十郎は赤子を抱きしめた。己の身を盾と成すべく。そして――
衝撃の後、苦鳴が流れた。半十郎からではなく、彼を庇って立ちはだかる氷冥の口から。
「は、早く‥‥」
「承知!」
赤子を抱きかかえたまま、半十郎が地を蹴った。向かうはひとつ。命をつなぐ母の元。
温もりは、ある。まだ間に合うはずだ。
その足音が遠くなるのを聞き届け、氷冥は血笑を浮かべた。
豚鬼戦士の一撃をまともに受け、本来ならばただですむはずがない。が、氷冥ならば生を掴みうる。生死一如の業を得意とする彼女ならば。
憤怒の声をあげ、豚鬼戦士が再び戦鎚を振りかぶった。と、その雄叫びはすぐさま苦悶へと変換される。
豚鬼戦士が――焼けている。阿義流のサンレーザーによって。そして――
戦鎚が氷のごとく砕け散った。その砕片降る中、刃を振り下ろした姿勢のまま田吾作は吼える。
「邪鬼ども、覚悟するでござる!」
「もはや、遠慮はいらぬな」
そして、交差。退かぬ盾はギヨーム。傷を負いつつ、放った一撃は確実に豚鬼をとらえている。
その陰で、鈴奈は一度の失敗の後、氷冥の治療を終えていた。
「あまり無理をしないで!」
鈴奈が叫んだ。 リカバーの効果は限られているゆえに。が、阿邪流は知ったことではない。喜悦の表情を浮かべ、薙刀を振りかざす。
「やっと俺向きになってきたぜ!」
快笑は、クリスの稲妻で紫に染まった。
鈴奈と田吾作によって、村人と豚鬼が埋葬されている。命の重さは同じらしいが、それが本当かどうか分らない。
とにかく、他の冒険者達はそのお手伝いだ。阿邪流などはぶつくさ文句をもらしているが。
一方。苺は一人、蔵を調べていた。同じ愚をおかさぬためであったが、それより――
苺は戦いている。
蔵の状態。それが浮かびあがらせる戦慄の真実。
蔵は外より破られていた。豚鬼が自力で破ったのではなく。では、何者が!?
見えぬ刃にはたかれたように苺は振り返った。その視線の先――答は豚鬼とともに、冷たい土に埋もれつつあった。