餓鬼魂
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 64 C
参加人数:8人
サポート参加人数:10人
冒険期間:01月23日〜01月26日
リプレイ公開日:2006年02月02日
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●オープニング
清吉は憂鬱だった。。
遊び友達の進助達と隠れん坊をしていたのであるが、うっかり眠ってしまい、気がついた時には周囲は真っ暗。もう探すのも諦めたのか進助達の姿も消えていた。そこで慌てて帰途についたというわけだが――
進ちゃんのあほー。ほかして帰るやなんて‥‥きっとお母ちやん、怒ってるやろな‥‥
夜道そのものよりも、むしろ母親の怒った顔の想像にびくつきながら清吉は足を速めた。
その時、勢吉は前方から歩み来る人影を見とめた。身なりからして浪人者だ。
こんな時、娘なら浪人者を恐れるかも知れない。が、清吉は子供だ。かえって人の姿を見出したことに安堵し、足を速めさえした。
そして、行き過ぎようと――
突如、暗転。
浪人者がニヤリと口をゆがめたのをすれ違いざまに見た刹那、清吉は鳩尾に杭でもうちこまれたような激痛を覚え、後はそれっきり。
清吉が再び目覚めたのは、いやに尖った歯が彼の肉を噛み裂いた一瞬後であった。
「‥‥面白いのお」
女が爛れた笑みを零した。
三十路をわずかに越えたばかり。熟れ切った肉の持ち主であることは着物の上からも見てとれる。様子からして、どこぞの商家の内儀のようだ。
「ほんまによう食うわ‥‥」
笑みを顔にへばりつけたまま、女は牢の内部を熱心に眺め続けている。
「最初はなんでもかんでも噛みついてばかりやったけど、一度人の肉の味を覚えてしもうたら、最近はそればっかり。まあもいっつも飢えてるんやけど」
「左様で」
声とともに頷いたのは――清吉を攫った浪人者だ。
と――がたりと上戸が開き、初老の男が顔を覗かせた。
「おかみはん、こいつが――」
云って、男――番頭の嘉助は首根っこをつかまえた小僧を引き出した。すると女は僅かに柳眉を逆立て、
「恭松、おまえ――」
が、すぐに艶然と微笑むと、
「うちの玩具を見たのかい? ‥‥ほなら、しゃあないなぁ」
ちらと、嘉助に目配せする。そして、濡れた舌で紅い唇をねとりと舐めまわした。
京の冒険者ぎるど。
可憐な受けつけの少女を前に、商家の小僧らしき少年は頬を赤らめていた。
「で、ご依頼は?」
「うん‥‥」
少女に促され、戸惑いながらも少年――藤太は決然たる眼をあげた。
「友達を――恭松を探してほしいんや」
「友達を‥‥探す?」
「うん。同じ村から奉公に出てきたんやけど‥‥近頃全然見かけへんなあと思って近江屋の番頭さんに聞いたら、恭松は村に帰ったって――」
「では、そのご友人の方はお戻りになられたのでは?」
「ちがう!」
藤太は激しく頭を振った。
「おいらに黙って恭松が村に帰るはずない。きっと何かあったんや。番頭はん、嘘ついてるんや!」
懸命に訴える。その藤太の言葉はほとんど叫びに近かった。
●リプレイ本文
●
「失せ人探しか‥‥」
いつもの好奇心にきらきらした眼を、今は昏く。守崎堅護(eb3043)がぽつりともらした。
一見したところ他愛のない子供の戯言。が、彼の刃縁のような勘はそれだけでおさまらぬことを告げている。
その堅護に小さく頷いて見せ、四尺ほどの背丈の可憐な少女が藤太を見上げた。
「子供は国の宝です。困っている事が有るのなら力になりましょう」
「お前も子供やろ」
藤太が少女のおでこをこつんと指でつついた。自分よりちびすけの少女の大人ぶった云い様にむっとしたようだ。すると花東沖竜良(eb0971)が慌てて屈み込んで、
「藤太さん、みなもさんは子供じゃなく、貴方よりずっとお姉さんなのですよ」
「嘘やー」
口を尖らせ、それでも藤太は少女――和泉みなも(eb3834)の顔を矯めつ眇めつ。
頬を染め、咳き払いをひとつ。わざとみなもは静かな口調で訊く。何でも良いから近江屋のことで気がついたことはないかと。
「うーんと、ねー」
藤太は首を傾げつつ、
「お福さんが時々饅頭屋さんで油うってて‥‥恐いご浪人さんがいつも睨みつけてきて‥‥河童がいて」
「なにっ!?」
それまで黙っていたルース・エヴァンジェリス(ea7981)が突如声をあげた。
今、藤太は何と云った? 恐い浪人者と?
昨今の京が物騒であるとはいえ、真っ当な商売をしている商家が浪人者をおくとはさすがに只事ではない。いや、それよりも――
「河童? 見たのか?」
ヨシュア・グリッペンベルグ(ea7850)が問うた。すると、
「ううん」
藤太は頭を振った。
「見たことあらへん。でも鳴声は聞いたことあるねん」
「鳴声?」
「うん。近江屋さんの裏辺りで聞いたことあるねん。きーきーって、鳴いてた。うちの番頭はんは犬や云うてたけど、あれ、絶対河童やで」
得意満面の藤太である。
しかし一人、所所楽柚(eb2886)のみは犬と呟き、睫を伏せている。
先日、彼女は犬に変化した悪魔と相まみえたことがあった。藤太が耳にしたという犬の鳴声。此度もその魔犬が拘わっているのではないかという疑念が柚の脳裡を過ったのである。
と、やおらルースが片膝ついた。
「同郷の出、親元離れた友人同士なら兄弟同然。だから、信じるわよ、彼を」
微笑かけ、再び立ちあがったものの、ルースの面にはすでに笑みの残滓はない。
問題はこれからだ。もし藤太の云うことが真実であるとするなら、必然的に近江屋の番頭が嘘をついていることになる。
「さて、と‥‥とにかく事を見極めるには材料が不足しているわね」
「ですが、悠長なことはしておれませんよ」
組んでいた腕を解き、沈思していたレーヴェ・フェンサー(eb1265)が藍青鋼玉色の眼をあげた。ルースの信じる通りであるなら、事は急ぐ。
「さぽーとの皆にも協力してもらい、短時間で証言をそろえた方がよいでしょう。もし恭松が近江屋の番頭の云う通りに郷里に戻ったとするなら、街道の茶屋等で誰かが目撃している可能性があります。子供一人の旅姿なれば目立つはず」
「では、それは我々が」
云って、翻ったのは黒銀のうねり。円巴とリュー・スノウの二人である。
「ならば――」
と、ぎるどの上がり框から腰を上げたのは犬神外道丸だ。
「俺と花東沖総樹さんは近江屋の間取りや店主や奉公人について調べやす」
「わかったことは弟に知らせるわ」
総樹も頷く。彼女は竜良の姉であった。
「じゃあ、私は失せ人の事を調べるわ。まだ噂に上らない程新しい事は、足で聞き込むが早道ですものねーえ」
恐るべき剣の冴えは懐に。渡部不知火はふらりと背を返す。それを追うように霧島小夜も立ち上がった。
「何が出来るというわけでもないが‥恭松が消え失せた現場を特定してみよう」
かくして。
冒険者達は動き始めた。
●
仁王立ち。
やや離れた位置から堅護は近江屋を睨み据える。
格式ばった店構え。なるほど値のはる呉服を扱っているらしき外観だ。が、それ以外に別段変わったところは見うけられない。
と――
その前。異国人とジャパン人の二人連れが近江屋に歩み入った。
「オウ、コレガジャパンの着物デスカ」
近江屋の店内をぐるりと見まわして、ヨシュアは喚声をあげた。その大仰な仕草に苦笑をもらしつつ、御影涼は番頭らしき初老の男の側に腰をおろした。
「彼は最近イギリスから渡ってきたばかりでね。ジャパンの風俗にひどく興味をもっているんだ」
「へえ、それは――」
声が。
奥からすうと姿を見せたのは、ぬめるように肌の白い女だ。番頭を嘉助と呼び捨てしたところからみて近江屋の内儀であろう。
「異人はんがお珍しい」
「イエイエ」
立てた人差し指を振り振り、ヨシュアが内儀の前に腰を下ろした。
「珍シクハ、アリマセン。素晴ラシイ物ハ、イギリスデモジャパンデモ同ジ――ソウ、同ジトイエバ」
ふと思いついたかのように、ヨシュアが眉をあげた。
「イギリスデモ行方不明ノ者が多ク出テオリマスガ、ジャパンデモ‥‥エーット、何トイイマシタカ‥‥ソウソウ、金隠し」
「神隠しでっしゃろ」
内儀の突っ込みに、そうそうとヨシュアが手を叩いてはしゃいで見せた。
が――
彼の眼は油断なく、神隠しの一言の際に内儀と番頭が視線を交し合ったのを見てとっている。さらに――
香が強い。まるで嗅ぎつけられては拙い何かを覆い隠しているような――
と、彼の思考は突然飛び込んできた番頭はんという声に途切れさせられた。
慌てて遣ったヨシュアの視線の先――奉公人らしき若者が泥だらけで立っており、その手は同じく泥にまみれた少女のそれを掴んでいる。
その少女の顔を見とめ、
「あっ!」
物に動じぬはずのヨシュアが小さくうめいた。
「おっ」
堅護が足をとめた。
近江屋の外見をはかるため、外塀にそって歩みを進めていた彼であったが――裏木戸の近く。屑箱を覗きこんでいる侍を見とめている。
「近頃の志士は塵漁りもするようになったのでござるか」
「ぬかせ」
志士――天城烈閃はからかうように笑う堅護を一瞥し、舌打ちした。
「誰が好き好んでこんな真似をする」
云って、烈閃が汚い布包みを放って寄越した。受け取り、広げ――次の瞬間、堅護の眼がかっと見開かれる。
「これは――」
震える彼の手の中で、赤黒い染みの浮いた布切れが揺れていた。
「近江屋さんに隠し蔵が」
「おっと。これは内緒でっせ」
最近近江屋の普請を行ったという大工の棟梁はにやりとして片目を瞑って見せた。口にのぼらせてしまえば隠しでもなんでもないのだが、話の相手が異国人のルースであることから口が軽くなったようだ。
もし番頭が嘘をついているなら恭松は近江屋のどこかに閉じ込められているのではないか。その場合、考えられるのは主以外は近寄ることのかなわぬ場所。――そうと予想しての探索であったが、どうやら当たりであったようだ。
「それは承知していますが‥‥」
ルースは言葉を継いだ。
「さすがに大店ともなると大変ですね」
「では、その倉はどこにあるのですか。他に近江屋さんの間取りなども教えていただきたい」
「倉は庭に――」
応えかけて、すぐに棟梁は怪訝な表情で問うた竜良を見つめ返す。
「あんたら、ほんまに地下部屋に興味があるだけなんか」
「ああ――」
曖昧に笑って頷き、慌ててルースは立ちあがった。下手に不審をもたれ、近江屋に注進されては堪らない。
竜良を促し、ルースはそそくさと棟梁宅を後にした。
「そこで一緒になってこけてしもて――」
「一緒に?」
奉公人の応えに柳眉をひそめ、内儀が立ちあがった。
「ほんまにお前はおっちょこちょいどすなぁ。‥‥まあ、しょうがおまへん。べべが綺麗になるまで、その子には奥で休んでてもらいまひょ」
「いえ、私は――」
困ったように身をひく少女であるが――いつの間に土間におりたっていたか、番頭がその背をおして奥に誘う。
「近江屋の者がべべを汚してしもうて、そのままにはしておけまへん。なあ、おかみはん」
「そうどす」
応え、内儀はニンマリとした。
暖簾をくぐり、降る日に濡れるヨシュアを見とめ、観空小夜(ea6201)が歩み寄っていった。
弥勒の教えを広めると見せかけ、近隣の店から近江屋――特に店の主人や番頭についてり情報を拾い集めていた彼女であったが。
「どうでしたか――」
首尾は、と続けかけて小夜は口を噤んだ。彼女の眼前、彼女と同じくさしてものに動じぬはずのヨシュアの満面が白茶けて――
「どうしたのです?」
「柚君が‥‥とらえられた」
●
障子にうつる影に眼を遣り、柚は溜息を零した。
内に入り込むことにより更に深く調べることもできようと、敢えて誘われるままになったのだが、いかんせん、汚れた衣服ともども呪符までも持ち去られる始末。おまけに廊下には浪人者――おそらくは藤太の云っていた恐い浪人――が居座っていて身動きがとれぬ。
番頭が嘘をついていることは判じたのに‥‥
――恭松が田舎に戻るはずがないんやけどなぁ。たった一人の身内の婆ちゃんが先日亡くなったところなんやから。
一緒に転んだ奉公人――彼は、そう云ったのだ。
「で、私がどないしても欲しがるものというのは」
「はい」
近江屋の座敷。風呂敷包みを置くと、小夜は結び目をほどき、ちらと中身を覗かせた。
「これでございます」
「ほお」
風呂敷包みから、ぬろうと眼をあげ、近江屋の内儀はきゅうと唇をゆがめた。
「こないな汚いべべの切れ端が、私の欲しいもの、と?」
「はい、喉から手が出るほどに」
小夜は静かに微笑み返した。
彼女が示したのは烈閃が見つけ出した血の染みが浮いた衣服の切れ端だ。あまりに直接的な揺さぶりではあるが、柚がとらえられたとあってはもはや悠長な仕掛けはしておれぬ。
仲間達が集めた証左の断片。それが形作る絵は、恭松のみならず柚の危機をも描き出している。
「千両で買いとって頂きとうございます」
「よろしおま」
内儀の笑みがいっそう深くなった。
「せやけど、今すぐには無理どす。明日、もう一度、今時分に来ておくれやす」
「承知しました」
頷くと、同行のルースを促し、小夜は立ちあがった。そのまま障子戸に手をかけ――内儀に呼びとめられ、小夜は手をとめた。
「何か」
「今晩は良い夢を見とくれやす」
内儀が艶然と微笑んだ。
●
浪人者の影が消えた。
今なら――
柚が腰を浮かした。この部屋から蔵までは距離がありすぎてれぱしーは届かない。故に蔵の中に恭松がいるかどうかわからないのだ。
その時、障子戸が開き、内儀と番頭が顔を覗かせた。
「えらい遅うなって、すんまへんどしたなぁ。生憎やけど泥が落ちんで。代わりに別のべべを誂えさせてもらいます。――蔵まで案内するさかいに、好きな反物、選んでちょうだい」
「いえ、私は――」
内儀から柚は身をひいた。
と、番頭の手がのび、柚のそれを掴んだ。
「遠慮せんと」
「あ――」
悲鳴をあげようとし、柚は必死になって己を抑えた。今騒げば、恭松の身がどうなるかわからない。せめて――
昼間の奉公人の若者にむかって。必死に飛ばした思念の声に――応えはなかった。
●
雲が迅い。
黄昏に夜の色が忍びより、人気のない小道に小夜の姿は蒼黒く染まり――。
わく闇の数瞬に乗じ――蝙蝠の如き影が舞う。
刹那、散る。小星にも似た火花が。
「来たわね」
一瞬閃いた光に浮かび上がったのは――盾をかまえたルースの姿だ。浪人者の存在はキルト・マーガッヅによって確認されており、襲撃は予想の範疇であった。
「ふん、察しておったか」
幽鬼のように嗤うと、浪人らしき侍は刀を振りかぶった。
新当流――剣流までは読めぬが、眼前の浪人者の技量が並々ならぬものであることをルースは見ぬいている。おそらくは盾で受けるだけが渾身の業であろう。
それを浪人者も読んだ。故の嘲笑、故の斬撃――送ろうとし、しかし浪人者の生んだ刃風は斜め後ろに疾る。
戛!
猛禽の翼の如く風まいた二条の光芒のうち、一条が浪人者の刃を受けとめた。そして、もう一条。それは湖面薙ぐように、ルースが生んだ間隙――浪人者の胴に吸い込まれて。
羽ばたきを終えた堅護の足下に、どうと浪人者が崩折れた。
それっきり。小夜の呪縛呪はあがくことさえ許さない。
老人とは思えぬほどの力。対する柚は冒険者とはいえ、所詮は十六の少女。膂力だけをとって見れば、仮面をかなぐりすてた番頭――嘉助の敵ではない。
無理やり蔵の地下に引きずり込まれ――今、柚の前では近江屋の内儀の持つ蝋燭の炎が揺れている。
「お前みたいな可愛い餌が飛び込んで来てくれるとはねぇ」
ニタリとし、内儀が蝋燭を格子に近寄せる。すると黄色い光が這い広がり、格子の中を――中にいるものを浮かびあがらせた。
それは――人に似てはいるが。断じて人ではない。骨に皮がはりついただけのやせ細った身体。ぎょろりとむいた眼――その奥に渦巻く底無しの飢餓。人にあらざる化物だ。
「恭松を喰らい終わって、ちょうど次の餌を探してたんや」
内儀がくつくつと笑う。その眼に、眼前の化物と同じ飢えの光を見とめ、柚は肌をそそけ立たせた。
化物は――ここにも、いる!
「さあ、観念しい」
内儀が格子につけられた錠に鍵をそろそろと近づけ――
きらっと蒼い光が煌き、内儀が鍵を取り落とした。それが氷の刃輪――氷の志士であるみなもの仕業であると、見とめ得た者がいたかどうか。
「観念するのはお前の方だ」
音もなく空を翔けたレーヴェが番頭と柚の間の床に降り立ち――
ヨシュア、竜良が階段に足をかけた。
●
地下の妖し――餓鬼は滅せられ、近江屋の内儀と番頭は奉行所に突き出され、事は終わった。
いや――
本当に終わったのだろうか。
藤太に真相を告げるべく向かう小夜の足取りは重い。
闇が人――魂を侵食し始めている。
それとも――
誰もが魂の奥に闇を飼っているのかも知れない。
呟くと、何かから逃れるように小夜は足を速めた。