死人返り

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月01日〜06月06日

リプレイ公開日:2005年06月09日

●オープニング

 暗雲のように京を覆っている――
 穢れたる、おぞましき瘴気が――
 それが呼ぶものか、はたまた人の想いが形づくるのか、それとも業の深さゆえか――

 美代は嗚咽をもらしていた。
 彼女の前には亭主の伊助が横たわっている。美男というわけではないが、精悍な顔立ちの若者だ。
 が――
 かつてお美代に愛を囁いた唇は、もう決して開くことはない。昏く冷たい静寂のうちに彼の身はあった。
 伊助が心の臓の発作で亡くなったのは今朝のことだ。お美代が目覚めた時には、すでに伊助の身は冷たくなっていた。婚儀を済ませてから、たった二月後のことである。
 今は通夜客の姿も失せ、しんとした薄闇のみが重い。その中に、忍びやかなお美代の泣く声のみがか細く‥‥
 と――
 美代の腕を、手が掴んだ。冷たい、氷のような手だ。
 ひっ、と息をひき、お美代は伏せていた眼を見開いた。
 伊助の手が、自分のそれを掴んでいる。その手は身体の脇にあったはずなのに。
「い、伊助さん――」
 そのお美代の声に応えたものか、伊助の顔が動いた。ばかりと開いた眼がお美代を凝視ている。
 硬玉のような眼。虚ろだが、ある意志を秘めた眼だ。
 のろのろした仕草で、伊助は身を起こした。お美代に眼をむけたまま。
 ――息を吹き返した!?
 惑乱の中で、お美代は燭光のような希望にすがりついた。
 そのお美代を、伊助はがっしりと抱きしめた。お美代はただ、伊助の抱擁に身を任せている。
 さらに柔らかな身体を抱きしめる手に力を込めつつ、伊助はお美代の白い首筋に唇を寄せた。
「あっ」
 お美代が小さな声をあげた。
 刹那――
 伊助の歯が、お美代の首を噛み裂いた。

 同じ頃――
 夜道を急ぐ影が二つ。伊助の弔問をすませた猪吉とお蒔の夫婦だ。
 月明かりだけが頼りの闇道だが、我が庭をゆくがごとく、その足取りはしっかりとしている。
 その時――
 がさり、と音がした。彼等の住まいまで半ばほどのところである。
 山犬か?
 つと立ち止まり、振り返った猪吉の眼が張り裂けんばかりに見開かれた。
 彼の眼前に、それは、いた。妄執の権化として。
 身なりは武士だ。
 片手に鞘、そして残る手に白々とした刃の太刀。
 骨身となっても、人は何を欲するのだろうか。
 骨骸武者はするすると近寄ると、恐怖に棒立ちとなった伊助を無造作に斬り下げた。

 江戸と並び、京にも冒険者ぎるどはある。
 係りの者は、見目麗しき黒髪の、巫を想わせる美少女だ。
 「?」
 きるどの入り口で泣いている女の子を見とめ、少女は小首を傾げた。
 年の頃は五つほど。粗末な身なりは別に不審なものではないが、その手足の傷は――
 擦り傷や切り傷は無数に。足の爪ははがれている。
 どれほどの距離を歩いてきたものか。どれほどの想いを抱いてきたものか――
 依頼を告げかけている中年男をおしのけると、係りの少女は立ちあがった。

「――近隣の役人に助けを求めたそうですが、かなわなかったようです。忙しいと、魔物の相手は我等の仕事ではないと」
 ふっと溜息をもらすと、少女は長い睫を伏せた。
「‥‥役人は言ったそうです。魔物を調伏してほしいのなら冒険者に頼めと」
 唇を噛むと、少女はよく光る眼を上げた。
「それでお恵ちゃんは歩いてきました。わたしたちに助けを求めるために」

●今回の参加者

 eb1530 鷺宮 吹雪(44歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1559 琴宮 葉月(41歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1679 スタン・ハリセン(37歳・♂・ナイト・シフール・ビザンチン帝国)
 eb1758 デルスウ・コユコン(50歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb1795 拍手 阿義流(28歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1798 拍手 阿邪流(28歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1842 北宮 明月(24歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2472 ナミ・ツユダーク(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

アウル・ファングオル(ea4465)/ サイラス・ビントゥ(ea6044)/ 笹林 銀(eb0378

●リプレイ本文

 緑の匂いを多く含んだ初夏の風が吹きすぎる京洛を、異様な風体の若者が歩いていた。
 袖に腕だけを通し、はだけた表着からは上半身が覗き――これでも陰陽師である。
 と、若者はふっと足をとめた。慌てて周囲を見まわし、足音を忍ばせて茶店の影に逃げ込もうとする。その背に、
「拍手阿邪流(eb1798)。どこに行くのです」
 呼びとめられ、若者――阿邪流は顔をしかめて振り返った。
「あ、兄者。おれは――」
 口ごもる阿邪流を、声の主――双子の兄、拍手阿義流(eb1795)が静かに見つめ返した。
「村を襲う化け物を弊し、生き残っている村人を救出してほしいと頼まれました。人々のためです、阿邪流も来なさい!」
「いや、俺は‥‥」
 阿邪流はぎるどに貼り出されていた依頼書を思い浮かべた。あの中でお人よしの兄貴が請け負う依頼といえば‥‥
「またガキかよ‥‥」
 舌打ちする阿邪流にむかって、阿義流が優しく微笑んだ。
「村が心配です。早駆けでお願いしますよ」
「馬で早駆けか‥‥疲れるんだよな〜」
 しかし、やらねば兄に何を言われるかは想像がつく。
 と、その時になって、ようやく彼は兄の背の異様に大きい荷物に気づいた。
「いやに重そうだが‥‥引越しでもするのか?」
「保存食です。二十人分ほど。村の人の為に用意しました」
 真顔で返す兄に、弟は大きな溜息をついた。
「いくらなんでも、そりゃ持ちすぎだって」

 すでに黄昏の光は消え去り、今は薄闇の色が濃い。
 もう少し早く着くと思っていたが、笹林銀との打ち合わせに思いの外時をとられてしまった。
 闇に沈みつつある山道に身を伏せ、デルスウ・コユコン(eb1758)は独りごちた。
 が、忍びの銀の情報は貴重なもので、捨て置く事ができなかったのも事実である。
 デルスウは周囲の気配を探りつつ、そろそろと進み始めた。村はこの少し先にあるはずだ。
 お恵を気遣いつつ進む為、騎馬の仲間の到着は遅れるだろう。
 そう読んだデルスウは、独り村に入り込む事に決めた。本来ならば危険を避け、日のあるうちに生き残りの村人と合流したかったのだが、そうもいかないようだ。
 その時――
 木陰から覗かせたデルスウの眼は、こじんまりとかたまった粗末な家々の間を蠢く幾つかの影を見出した。夜目の効く彼は、その影の正体を見とめている。
 腐った魚のように白く濁った目。口辺にべったりとついている黒い液体の跡は血であるらしい。
 慌ててデルスウは身を隠した。

「この分だと、明日には着きますね」
 銀髪のたおやかな女志士――琴宮葉月(eb1559)の言葉に、彼女の馬の同乗者であったナミ・ツユダーク(eb2472)が頷いた。
「できれば、明るいうちに戦いたい。けど、あくまで希望」
「そうですね」
 答えると、葉月は、仮面めいた面持ちのハーフエルフの女戦士からテント眼を転じた。入り口を割って、シフールのナイトが出て来るところだ。
「傷の具合は?」
 問う葉月に、スタン・ハリセン(eb1679)は微笑み返した。
「もう大丈夫だ。アウル・ファングオルのおかげだな」
 スタンの脳裡を 黒髪の神聖騎士の面影がよぎった。アウルは村人にも連絡をつけようとしてくれたはずだ。
「サイラス・ビントゥも走り回ってくれているはずです。今、村に戻らないようにと」
「しかし‥‥」
 スタンがテントに目を戻した。そして痛ましげに呟く。
「あんな子供がどんな思いで歩いてきたんだろう。おそらく親御さんは既に‥‥」
「まだ、そうと決まったわけやない。そうならない為に、うちらは急いどるんどすえ」
 スタンを、漆を流したような黒髪の女志士が遮った。名を鷺宮吹雪(eb1530)という。
「‥‥そうですね」
 暗鬱な表情で葉月が頷いた。
 その時――
 大きなくしゃみの音が響いた。
「おいおい、大丈夫かよ。お恵にテントも寝袋も貸してやったりして」
「ミーは毛布で十分さ。鍛えている筋肉が寒さなんて‥‥」
 ヘクショ!
 阿邪流の顔に、スタンは唾を飛び散らせた。

 同じ夜空の下、表着を翻して街道を急ぐ影があった。陰陽師、北宮明月(eb1842)である。
 唯一徒歩であり、セブンリーグブーツも所持していない彼は、かなり仲間より遅れてしまっている。その遅れを取り戻そうとしての強行軍であった。
「先に行く者達に、やや任せてしまう形になるな‥‥」
 僕も後から向かうので、それまで頑張ってくれ――心中でつぶやくと、明月はさらに足を速めた。

 念じ終わった道返の石を部屋の中央に置くと、デルスウは家の住人を振り返った。
 中年の女と、その娘であろう小さな女の子が一人。生き残った村人だ。
 戸を堅く閉め、じっと息を殺していたものだろう。多少の飲み水は甕に残っているものの、満足に食事もとっていない二人はやつれきっていた。今はデルスウの与えた保存食で少しは落ち着きを取り戻している様子である。
「じきに後発の冒険者も追いつくでしょうし、もう安心して良いですよ。それより、酒はありませんかな」
 デルスウが問うと、女が頷いた。よろけるようにして土間に降り立ち、隅の瓢箪をとり上げた。
「少しは残っていると‥‥」
「有り難い」
 受取った瓢箪の中で、小さな水音がする。亭主が飲み残したものかも知れぬ。
 デルスウは瓢箪を傾けた。焼酎らしい強い刺激が唇を焼く。
 ふっと息を吐いたデルスウの身体から、少しずつ震えが拭い去られていった。

 はじかれたようにデルスウは身を起こした。
 まだ夜明け前の、しんとした冷えた空気の中――デルスウはハッと目を上げた。
 外の様子を窺う為に開けた窓。その隙間から、じっと中を凝視ている目がある。
 白濁した、ある妄執の凝り固まった目。蠢く死者の目だ。
 デルスウは己の迂闊さを呪った。完全に閉め切ったと思ったのに‥‥
 直後、衝撃を受けて戸が軋んだ。死人憑きが戸を叩いているのだろう。耳を塞ぎたくなるような怨嗟の呻きが響いている。
 かばと立ちあがったデルスウは、傍らに立てかけてあった剣をひっ掴んだ。
 じきに他の死者どもも押し寄せて来るだろう。それまで、この家の住人を守りきらねばならない。

 暁闇の中、五つの騎馬がとまった。夜が明けるのを待ちきれず、馬をとばしてきた冒険者達だ。
「不穏な気配はないようですね。ここに繋いでいきましょう」
 吹雪の言葉に従い、他の冒険者達も木立に馬を繋いでいく。
「お恵ちゃん」
 お恵を抱き下ろしたスタンが、彼女の顔を覗き込んだ。おずおずとお恵が青ざめた顔を上げる。冒険者のおかげで落ち着きをとりもどしたようだが、村を目前にし、再び恐怖が蘇ったようだ。
「大丈夫。敵討ちと村人の救出は任せて! ユーのためにこの拳を振るうゼ!」
 こくりとお恵が頷くのを確かめて、スタンは拳を突き上げた。
「モエさかれ! ミーのハート! ウリィィィィィッ!」
 その時――
 何かが砕ける音が、暁闇の静寂を破った。

「あれはっ!」
 スタンが叫んだ。
 空にある彼の目は、一件の家の前に殺到する人影をとらえている。異様な様子からして死人憑きだろう。さらに――
「!」
 戸の破れ目から覗く人影を見とめ、スタンは息をのんだ。
「ユー! ――デルスウ!」
 瞬間、スタンの身体が燐光につつまれた。一気に急降下し、スタンは死人憑きの一人に身体をぶち当てる。
「ウリィィィィィッ! ユーはすでに死んでいるっ!!」
 地に倒れた死人憑きを指差し、スタンが叫んだ。なぜか苦笑を浮かべて。
 ――そりゃそうだ。アンデッドだもん。
 その心中の呟きは秘密である。
「危ない!」
 デルスウの警告に、横から襲いかかってきた死人憑きを間一髪かわし、スタンは再び空に舞いあがった。
 が、その足に死人憑きの手がからみついた。思いの外強い力で、ぐいと地に引かれる。
 もがくスタンは見た。かっと死人憑きが歯をむきだすのを。

 村に走り込んだナミは視線を走らせ、死人憑きの姿を探した。隠れている村人を探すより、村人の方に死人憑きが集まるはずと考えた為である。
「あそこ!」
 クリスタルソードをかまえた葉月の指差す方を見遣り、吹雪が呻いた。
 スタンが死人憑きに掴まえられている。いかに死人とはいえ、膂力はスタンよりも上だ。このままでは引き寄せられ、噛み裂かれてしまうだろう。
 ストームの呪を唱えかけて、しかし吹雪は唇を噛みしめた。今、呪を放てばスタンも巻き込んでしまう――
 刹那、黄金光が迸った。それは白々と明け始めた空を貫き、スタンを掴む死人憑きの手に突き刺さった。
「上手いぜ、兄者!」
 阿義流のサンレーザーに快哉を叫び、阿邪流は霞小太刀を抜き払った。
 その前に、ゆらりと死者の一団が向き直る。新しい獲物の到来を喜悦しているかのように不気味な声をあげる。身の毛のよだつような憎悪の雄叫びだ。
 一斉に伸びる死者の手から、吹雪と葉月が飛んでかわした。人の姿の妖しに、さすがの女剣客二人の攻撃の手も鈍らざるを得ない。
 が、一人――
 ナミのロングソードが死人憑きの頭蓋にめり込んだ。武器の重さすら加えた一撃である。ぐしゃりという嫌な音とともに、血と脳漿がどす黒い飛沫となって飛び散った。
 元村人かもしれないけど、死者より生者が大事。遠慮はしない!
 その覚悟をもって、ナミが刃を抜き去ろうとし――するすると伸びた手が、ナミの腕を掴んだ。頭蓋を割られた死人の手である。
 その恐るべき活動力に慄然とするナミをかすめて、銀光がはしった。吹雪の放った矢だ。
 それは狙い過たず、死者の目を貫いた。続けて繰り出された葉月の斬撃は死者の腕を断ち切っている。
 今度こそ死者の頭蓋から刃を引き抜き、ナミは飛んで後退った。
 一方――
 家の中ではデルスウが骨骸武者と対峙していた。
 死者の群れの侵入を防ぐのが精一杯であったが、仲間が引きつけてくれたおかげで、ようやくまともに戦う事ができる――
 デルスウは瓢箪に口をつけると、唇を湿らせた。対する骨骸武者は、ただ凄愴の気を立ち上らせている。
 どこで野ざらしになっていたか、無限の虚無をたたえた眼窩はただ空しく――
 骨骸武者が刃を走らせた。重い衝撃を盾で受け止め、そのままデルスウはすりあげるようにしてシールドソードを振りかぶった。
 そして一気に――
 コナン流の達人の剣は、空を灼ききるような唸りを発し、骨骸武者の頭蓋を粉砕した。

「終わったのか‥‥」
 荒い息をついて、阿邪流が座り込んだ。死者の活動力はすさまじく、文字通り微塵に切り刻まねばとどめを刺すことができなかったのだ。
 さすがの冒険者達も全身を汗でしとどに濡らし、その得物は血肉でぬっとりと汚れている。
「そのようですね。しかし、死者は粉々か灰にするようにした方が良いでしょう」
 骨でも動くものは動きますし――吹雪の言葉に、全員が頷いた。
 その時、スタンが慌てた様子で周囲を見回した。
「‥‥お恵は?」
「!?」
 愕然として、冒険者達が立ちあがった。確かにお恵の姿がない。
 まさか――
 昏い予感に焼かれるように、冒険者達はお恵の姿を求めて散ろうとした。その時――
「あそこ!」
 葉月が叫び、一点を指差した。
 村の入り口の木立。その下生えの中で、小さな姿がしゃがみこんでいる。
 ほっと息をついた冒険者達は、次の瞬間凍りついた。お恵の背後に何かが佇んでいる。
 武者様の着物から覗く手足に暖かい血肉はなく、その唇もすでにものを語らず――骨骸武者だ!
 雷に撃たれたように何人かの冒険者達が駆け出した。吹雪もまた矢を掴む。が、全ては遅い。
 必死の冒険者の前で、骨骸武者が刃を振りかぶった。
「お恵、逃げろ!」
 スタンの叫びに、お恵が顔を上げた。その首めがけ、無情の刃が振り下ろされ――
 ぴたりと骨骸武者の動きがとまった。
「なんとか間にあったようですね」
 影で妖しを縛りし八番目の冒険者――明月がにっこりと微笑んだ。
 
「彼等は、この先どうするのでしょうね」
「さあ‥‥原因が解らない以上、また同じことが起きるかもしれないし‥‥」
 言葉を交し合う阿義流と吹雪。その彼等の眼前で、生き残りの村人達が、阿義流の用意してくれた保存食で飢えを満たしている。
 これからどうするかは、村人自身が決めるだろう。傍らではデルスウが死人の後片付けを手伝っている。
「一刻も早く平和になるといいですね」
 呟くと、阿義流は吹雪の側を離れた。向かうのは、こそこそと何事かを企む弟の元だ。
 そうとは知らぬ阿邪流は、
「お恵ちゃん、後五年したら兄ちゃんとこにまた来な〜」
 片目を瞑って見せている。
 が、すぐにその顔が痛みに歪んだ。耳を兄につねられて。
「お前とは、ゆっくり話をしなければならないようですね」
 阿義流に囁かれ、阿邪流の口から太い溜息がもれた。
 くすり、と。
 二人の様子を見つめるお恵の愛らしい唇に、微笑が滲んだ。