【飯綱忍法帖・龍脈暴走】髑髏舞

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 95 C

参加人数:10人

サポート参加人数:7人

冒険期間:02月02日〜02月09日

リプレイ公開日:2006年02月12日

●オープニング

 哭いた。
 それは時空すら震わせる怨嗟の声。巨大な怨霊のひしりあげるもの。
 
 そして、別の。
 とてつもない妖気が渦巻いた。

 中天にかかった陽は明るく、しかし、しとしとと降り出した雨は地をけぶらせている。
 その中を、艶やかな着物をまとった女が足を運んでいた。その顔は、陽が翳っているわけではないのに陰に隠れてよくは見えない。ただ首の白さだけがやけに鮮やかで――やがて、その姿は水煙の彼方に埋没した。
 いったいどれほどの刻が流れただろう。
 祠の中央に端坐する陰陽師然とした男が薄く眼を開いた。
「右京」
「ここに」
 祠の片隅の暗がりに気配がわいた。
「此度はいかなる御用でござりましょうか、幻妖斎様」
「うむ」
 陰陽師然とした男――葛葉幻妖斎が軽く頷いた。
「上州に飯綱の者を差し向けよ」
「上州に、でござりますか」
「左様」
 応える幻妖斎には身動ぎもなく。ただ声のみが陰陰と、
「お前も知っていよう、此度の九つ様の御企て」
「はっ。ジャパンを走る龍脈を斬り、富士を噴火させ争乱を引き起こすという――」
「そうじゃ。したが、その御企ての前に立ち塞がる影がある」
「影?」
 右京とよばれた気配の声がわずかに揺れ動いた。
「それは何者でござりまするか?」
「将門」
「それは――」
 気配は息をひいた。ややあって、
「――しかし将門はとうに」
「御霊となり、歴史の闇より立ち現れようとしておるのじゃ」
「!」
 今度こそ気配は絶句した。
 が、かまわず幻妖斎は続ける。御霊将門を封じねばならぬ、と。
「死して後すらも強大な霊力を備えておる。放置しておかば、九つ様の最大の障壁となろう。何としても、その力を削ぐのじゃ」
「しかし、どのように」
「そのための上州じゃ。そこに――金山城の北に、将門の塚がある」
 幻妖斎がニタリとした。そして、いつの間に広げたか床の地図の一点を扇子でぴたりと指した。
 新田家に伝わる将門伝説。門外不出とされていたが、新田家家臣団七党十一朗の一つとして新田家に食い込んでいた金狐教は、すでにその情報を手中のものとしていたのだ。
「しかとその塚が御霊将門の首塚と判明したわけではないが。――さすればこそ、その塚を暴かねばならぬ。そして御霊将門の首塚と判じた時には」
「その時には?」
「滅せよ」
 毒蛇のように幻妖斎が告げた。返るのは無言であるが、確かに肯首する気配。
 が、
「待て、右京」
 すぐに幻妖斎は右京をとめた。
「江戸の大手町にも塚がある。そちらにも差し向けよ」
「はっ」
 応えの響きが消えぬうちに、右京と呼ばれた気配は空に溶け去った。

 そして、一息二息。
 かすかに幻妖斎が身動ぎした。刹那、光芒が空を疾り――天井にカッと小柄が突き刺さった。

 祠の屋根の上、ひらりと人影が現出した。
 切れ長の眼。紅をさしたような朱い唇。女性的な美しさを漂わせた若者だ。
 と、若者の動きがとまった。背後に気配――
 振り向きもせずに若者の手がふられた。その指先がきらりと陽光をはねちらし――
 流星のように空を裂いた手裏剣であるが、しかし背後の気配――幻妖斎はかわしてのけている。
「何者じゃ。この幻妖斎に気取られることなく潜みおるとは――」
「ふっ」
 薄く嗤い、若者は揃えた二本の指を顔の前に。その指の間には一枚の紙片がはさまれている。
 瞬間――
 銀灰色の霧が世界を覆った。

「――雷電」
 呼ばれ、男が顔をあげた。
 と、その眼が、彼を呼んだ若者の頬にはしる糸のような切り傷を見とめ、驚愕に見開かれた。ジャパン広しといえど、雷電が主と仰ぐ眼前の若者の身に傷を負わせることのできる者がざらにあろうとは思えない。
「これか」
 若者は苦く笑い、頬の傷に指を這わせた。
「幻妖斎――。恐ろしい奴であった。さしもの霧隠才蔵も冷や汗をかいたわ。それより――」
 若者――霧隠才蔵はぎらと眼をあげた。
「町人に身をやつし、冒険者ぎるどへ赴くのだ」
「冒険者ぎるど?」
 雷電の表情が不審に揺れた。霧隠一党と冒険者とはいわば敵同士の間柄。その敵の真っ只中に、何故の――
 その疑問を口にすると、才蔵は冷笑を返し、
「業腹であるが此度の件、さすがに捨ておくわけにはいかぬ。ぎるどに幻妖斎の目論みを阻止するよう依頼を出すのだ」
 告げた。
 
 孤影、寂として。
 雷電が去った後、霧隠才蔵のみはその場に立ち尽くし、同じ独りの月をずっと見つめ続けている。闇がゆっくりとその身を覆い隠しても、髪が翻る音だけはいつまでも夜の底にたゆたっていた。

●今回の参加者

 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7078 風峰 司狼(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8209 クライドル・アシュレーン(28歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb0340 夕弦 蒼(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb0882 シオン・アークライト(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb1655 所所楽 苺(26歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1833 小野 麻鳥(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2390 カラット・カーバンクル(26歳・♀・陰陽師・人間・ノルマン王国)
 eb2658 アルディナル・カーレス(38歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb3534 平山 弥一郎(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ヴィグ・カノス(ea0294)/ 大神 森之介(ea6194)/ 渡部 夕凪(ea9450)/ 和久寺 圭介(eb1793)/ 所所楽 柳(eb2918)/ 蛟 清十郎(eb3513)/ アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751

●リプレイ本文


 高低二種の組み合わせ。
 人の心理をついた罠を仕掛け終えた木賊崔軌(ea0592)と渡部夕凪が戻ってみると、焚き火の暖かなそうな灯りに濡れた風峰司狼(ea7078)が振り返った。
「お疲れ」
「いや――」
 応えかけ、
「良い匂いだな」
 崔軌が小さく鼻をひくつかせるた。すると、すっとその前に湯気のあがる椀が差し出され、
「ごはんごはん〜♪ 今回はジャパンの味噌スープに兆戦してみました〜♪」
 にっこり。仲間の夕餉の支度をしていた、あまりに可憐なカラット・カーバンクル(eb2390)である。
 が、こいつ、実は掏摸だ。指先の器用さは料理にも活かされているらしく――
「美味い」
 崔軌が舌鼓をうった。その横顔を苦笑をもって夕凪が眺め遣る。一日費やしての協力。弟に甘いといわれそうだが仕方ない。
 と――
「何が美味しいの?」
 問う声。
 眼を遣った冒険者の前で、月光にも似た銀糸の髪の娘が重そうに桶をおいた。
 いざという時のために消火用の水を汲みにいっていたシオン・アークライト(eb0882)だ。
「カラットが作ってくれた味噌汁のことだ」
「ふーん」
 崔軌が手にした椀を覗きこみ、次いでカラットに眼を転じ、シオン一言。
「本当に美味しそうね」
「どっちがだ」
 さらり、と。
 云って闇にわいたのは小野麻鳥(eb1833)である。
「えっ、どっちって――」
「それは、だな――」
「あー」
 カラットと麻鳥の間に割って入ったシオンは彼女らしくもくなく慌てた調子で、
「あ、麻鳥。用事はすんだのかい?」
「ああ」
 頷くと、麻鳥は仲間の前を通り過ぎ、禹歩に似た足取りで祠の前に。
「将門公。この地の安寧をおまもりいたしますれば――」
 礼をとり、口中に韻されたのは何らかの呪言か。はたまた祝詞の類いか。
 刹那、吹く。荒ぶ風が。
 一通りの儀礼を終えた麻鳥が焚き火の側に腰をおろすのを待って司狼が口を開いた。
「で、届けの方は?」
「すんだ」
 言葉少なく。それは麻鳥の特徴の一つである。
 言霊を扱う呪法において、いらぬ文言は余計な因をつくる元となる。その因は縁となり、時に邪につけこまれることもある。それを陰陽師たる彼は恐れているのだ。
「では大手門の心配ないのだな」
 司狼がさらに確認する江戸城城郭大手門は、それを由来とした大手町に当然あり、その町には将門公腕塚がある。ここで騒ぎが起こる可能性がある以上、面倒の種は早めになくしておいた方が良い。
「心配ない。それより此度のことだが」
 カラットから椀を受けとって後、麻鳥は仲間を見渡した。
「上州に向かった平山殿からこれまでの経緯を聞いた。それと大神森之介殿からも。それは――」
 麻鳥がひろげて見せた内容は江戸城地下秘図面騒動から始まる飯綱衆と金狐教との繋がり。そしてまた九尾との関連。さらに――
「全て一つに繋がっていると思われる。だとすれば、此度の依頼人もただ塚への狼藉を憂えた為とは思えん」
「だとしたら?」
 シオンが問うた。すると麻鳥は氷の刃のような眼をすっとあげ、
「この勢力的に情報を漏らして得をする者、若しくは現状に不利な者の逆転か邪魔目的であれば意味が通る」
「それは?」
「真田」
「!」
 冒険者達は顔を見合わせた。
 確かに真田がからんでいるとなれば筋が通らぬこともない。さらに霧隠才蔵ならば飯綱衆の動きを知ることも可能であろう。
 と、カラットが小首を傾げた。
「なんか凄いのがからんでるみたいなんですけど、大っぴらに焚き火なんかしてて大丈夫なんでしょうか」
「表立って張るのも牽制だ。どうせ来るときゃ来るんだし」
 応える崔軌は屈託ない。肝がすわっていると云えば云えるのだが‥‥
 と、司狼が立ちあがった。すでに昼に休息をとっているので疲れた様子はない。
「事情はどうあれ、ともかくここを穢されてはならぬということだろ」
 がっしと。長弓を手にとる。
「下手をすれば富士で死闘を繰り広げる仲間達が不利になる。それだけはさせない!」 


 「茶刃倶、一緒に走るのだー♪」
 雄叫びだけを後に残し――
 走り去る影を、呆然として早駕籠の舁き手達が見送る。
 途中でゆきあたった五人の者達。異人、侍、娘と顔ぶれは様々だが、驚くべきはその脚力――持続力だ。
 足が自慢の駕籠舁きすら遠く及ばず――ひたすら五つの影は目指す。上州へと。

 ぴた、と。
 クライドル・アシュレーン(ea8209)は足をとめた。
「日が暮れてしまいましたね。峠に入る前に野営の準備をした方が良いでしょう」
「そうだな」
 応え、群青よりも黒といっていい色の空を見上げていたアルディナル・カーレス(eb2658)は眼を地に戻した。それからクライドルの馬に積んでもらっていた自身の荷をおろす。
 彼は四人用の天幕をもっている。確かクライドルは二人用を所持していたはず。この二つがあれば夜露はしのげよう。
 あらためてアルディナルはクライドルに感謝の目礼を送った。もしクライドルの馬に荷を積んでもらわねば、馬をもたぬ彼の足が遅くなっていたのは確実だ。
「でも‥‥なのだ」
 一人、所所楽苺(eb1655)だけは承服しかねるよう。愛馬茶刃倶の手綱を手に、まだ走り続けたそうだ。
 何故なら――此度の件は皆の‥‥というより、京にいるはずの大事な人と苺との未来にかかわる事。動機の澄明さなど問題ではなく。やれる事はしたいのだ!
「塚の在処がわかっていないから、ゆっくりはできないのだ」
「確かに将門は公式には大罪人であるため塚にその名が記されているとは考え難いだろうが‥‥。まあ、依頼人が大凡の位置を伝えてくれているから、現場で地元の者に尋ねねことで何とかなるさ。首を埋葬したお墓のような物なんて、そう多くはないだろ」
「その依頼人のことですが」
 荷をおろす手をとめ、和久寺圭介から授けられた知識を披露するアルディナルに、平山弥一郎(eb3534)は眼を遣った。
「解せませんね。この依頼人はどこでこれだけの情報を仕入れたのでしょう‥裏があるのは間違いないでしょうが」
 疑念はある。また、その答もおぼろげながら見えている。が、敢えて口にはのぼせず、彼は此度の敵にのみ注意を向ける。
「上州といえば将門公が首を落とされたと伝承される地――」
「待て」
 とめたのは夕弦蒼(eb0340)である。
「確か金山城の近くには胴塚があったはず。それではないのか」
「いや」
 弥一郎は頭を振った。
「依頼人が示した塚の位置は金山城のはるか北。胴塚とは違うでしょう」
「ならば、やはり首塚か‥‥」
 沈思は一息二息。やおら蒼は眼をあげる。
「ともかく敵は飯綱衆と決まっている。せめて見えた忍びのことを伝えておいた方がよかろう」

「おや」
 小首を傾げ、足をとめたのは所所楽柳だ。傍らをゆくヴィグ・カノスも眼を細め、前方から難しい顔で歩みを進めてくる若者の顔を探り見ている。
「あれは、確か――」
 蛟清十郎。魔性の若者を追うと云っていたが‥‥
 その柳とヴィグの姿が眼に入らないかのように、足早に清十郎は歩みすぎていく。幸か不幸か、彼は着々と魔界に近づきつつあった。


「ほんと、助かりました。シオン様がテントをもっておられて。野宿だけは勘弁って思ってたものですから」
「喜んでもらえて良かったわ」
 妖しく笑うと、シオンはカラットを見返した。
「ねえ、カラット」
 呼ぶ。が、返事はない。ゆるりと開いた蕾のような唇、規則正しく胸が上下しているところから見て早々に寝入ってしまったものだろう。
 ――なんて可愛いのだろう。
 舌なめずりしそうな顔で、シオンはカラットの寝顔を眺めた。
 カラットのような娘と二人きりで寝るなどというチャンスはそうそうあるものではない。せめてキスだけでも‥‥
 そろそろとシオンが濡れた唇をカラットのそれに近づけ――
 鳴子が鳴った。崔軌が仕掛けたものだろう。
「チッ」
 派手に舌打ちの音を響かせて、シオンは刀をひっ掴んだ。そしてカラットを揺り動かす。
「起きて。敵が来たようよ」

 カラットを伴ってシオンがテントを飛び出してみると、焚き火の側には麻鳥のみが佇んでいる。
「敵?」
「ああ。このような夜更け、塚に近寄る酔狂者などおるまい。三人いる。気をつけろ」
 ぶれすせんさーの結果を織りこみ、麻鳥が注意を促した。頷くシオンが足を踏み出そうとし――
 前方に二つの影が浮かびあがった。侍だ。すでに抜刀している。
 と――
 ひゅっと夜気をついて飛来した矢が侍をかすめて過ぎて地に突き刺さった。
「司狼、どじったね」
 笑うシオンの腰から白光が噴出し、同時に、彼方の叢から二振りの刃を手にした司狼が立ちあがった。
「すまん。始末は我が二天一流が――」
 すう、と。左右手が上がり、司狼の影を猛禽のそれにした。
「日本の平和は、子供の未来は穢させない!」
 自らの叫びを追い越すように、司狼が殺到する。同じくシオンも。
 そして――
 戛然!
 空に小星散らせ、四つの刃が噛み合った。
「やるな」
 相手の刃を受けた左手はそのままに、司狼は右の刃を疾らせる。咄嗟に侍は飛び退ったものの、動きは鈍い――それは寒さのためばかりでなく、カラットのあぐらべいしょんの呪法にもよるのだが。地についた時、斬られた脚は身を支え切れず、がっくと侍は片膝ついている。
 一方のシオンは――
 彼我ともに飛んで離れ、一息、再び間合いを詰めて交差する陰影。
「あっ」
 侍の口からくぐもったうめきがもれた。何故なら――
 侍の一撃は確かにシオンに斬りつけてはいる。が、それは致命の一点をはずされ――のみならず、するとのびたシオンの手が侍のそれを掴み、
「死になさい」
 シオンの刃が、麻鳥の影縛呪で動けぬ侍の腹を貫いた。

「おかしい」
 枝葉を施した手盾をはずし、隠形をといた崔軌が麻鳥に駆け寄った。
「三人目がいないぞ」
「なに」
 麻鳥は眼を凝らした。
 確かに二人の侍の姿があるのみで、三人目の敵の姿は見うけられない。では、どこに――
「よし」
 再び麻鳥は呪符を翻す。急々如律令――時空のきまりをその手に。
 そして――
 見えぬ刃にはたかれたように、はっしと麻鳥は振り返った。その眼に浮かぶ恐怖に近い色を読みとって、愕然と崔軌もまた眼を振り向けた。どこに――腕塚に!
 その時、崔軌の脳裡を蒼の残した言葉が過った。敵中に影を渡る忍びあり。
「ぬかった!」
 はじかれたように崔軌は塚に駆け寄った。見れば祠の封が破られている。やはり――
 崔軌は祠を開けた。そして、見た。祠内に立つ能面に似た顔の男を。
「飯綱衆か」
「――」
 崔軌の問いに応える代わりに、男は火種を取り出した。その時になって、ようやく崔軌は祠内に充満する異様な匂いに気がついた。
 これは‥‥油!?
 ほとんど反射的に崔軌がおーらしょっとを放つのと、男が火種を放るのが同時であった。
「くっ」
「ぬっ」
 苦鳴は同時にあがった。おーらしょっとを受けてのけぞった飯綱忍者のあげたものと、炎に追われるように祠から転がり出た崔軌があげたものだ。
「お、おのれ」
 身を起こした崔軌の眼前、ゆらめく炎の向こうで飯綱忍者がニンマリと笑っている。そうと知りつつ、しかし崔軌は動くことはかなわない。
 ぎりっと崔軌の歯が軋り鳴った。その時――
 突如、炎が消えた。
 はっとする崔軌の背後に立つ少女。歌うかのように、一言。
「こんなもので、いかがでしょう?」
「上等だ」
 カラットに笑みを返すと同時に、崔軌は地を蹴り、狼狽する飯綱忍者との間合いを一気に詰める。そして、二影は交差し――。
 あっと声あげるカラットの眼前。飯綱忍者の刃は崔軌の盾で受けとめられ、逆に崔軌のひかる剣――おーらそーどは深々と飯綱忍者の胸を突き刺している。
 仕留めた!
 心中で崔軌が凱歌をあげた時、彼の影が爆発した。


「来た」
 剣を片手に、すっくとアルディナルは立ちあがった。
 響く犬の遠吠え。敵の背後をとったという蒼の合図だ。
 傍らでは、落ち葉で偽装を施した天幕を割ってクライドルと弥一郎が姿を見せている。
「風向きは?」
「こっちが上なのだ」
 アルディナルの問いに苺が応え、音を封じるために木剣にまいていた布を取り払った。
 刹那――たたらを踏むように侍が樹陰から飛び出して来た。
 ――背面からすたんあたっく。無理ならそのまま苺の前に蹴り飛ばすか。
 見張りに散る前に蒼が云っていた言葉を思い出し、会心の笑みを浮かべつつ、苺は一気に侍との間合いを詰めた。瞬間、薙ぐ二条の木枯らし。
 そのうちの一つは苺の左手の十手に受けとめられ、逆に苺の木剣は敵の胴を薙いでいる。
 それが合図――でもあったかのように、同時に二人の侍が飛び出して来た。
 その前に立ち塞がる者がいる。ともに銀の髪翻し――クライドルとアルディナルだ。
「思い通りにさせる訳にはいかないんですよ」
「富士で命がけで戦っている仲間の為にも、此処は死守させて頂く!」
「ほざけ!」
 おめき、二人の侍は刃を舞わせて襲いかかる。
 迎え撃つクライドルは敢えてその身をさらけだした。戦場を知り尽くした剣――エンペランの使い手である彼は敵の動きを読んでいる。
 死生一如。致命の傷を防いだクライドルの刃が疾り――その刃風の届かぬ先に飛んでかわしたはずの侍の顔が苦悶に歪み、がくりと膝をついた。
 その背に一本の手裏剣。おお、蒼だ!
 そして、一方のアルディナルは――
 こちらの勝負は一瞬であった。侍は刃を横薙ぎ、アルディナルは上段からの真一文字の斬り下げ。
 剣理において、横に薙ぐよりも縦に振り下ろす方が迅いのは自明であり、事実、侍の刃が届くより先に達意のアルディナルの刃は侍の頭蓋を割っている。
 その間――
 一人、弥一郎は刃をだらりと下げ、瞑目。
 今ある敵は侍のみ。が、どこかに必ず飯綱の忍びはいる。変幻自在の忍び相手に返って視覚は不要――
 ただひたすらに殺気のみを追う。それは不退転の構えだ。
 と――
 彼は吹きつけて来る一点の冷気のようなものを感得した。
「黄泉への舞を舞ってもらいましょうか」
 刹那、流れ撃つ弥一郎の刃。その冷気に向かって。
「ぎゃ」
 うめきとともに、何かが地に落ちる音。開眼した弥一郎は地から飛び発つ鳥影を見とめている。
「危なかったな」
 アルディナルに肩を叩かれ、ようやく我に返った弥一郎であるが――
 彼の胸には墨を落したかのような疑念がある。
 初日の夜。彼を含めた冒険者全員が感じた天地の揺れのようなものは何だったか。錯覚のようなものと思われたが、何か良くないことが起こっている気がする。
 が――
 その答を知っているはずの。
 冒険者の前にひっそりと佇む塚は荘厳なまでに静かに、ただ沈黙していた。