【十一番隊・外伝】ぎるど襲撃

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月05日〜02月08日

リプレイ公開日:2006年02月16日

●オープニング

 御所襲撃。そして此度の龍脈騒動。
 うちつづく変事凶事は江戸のみならず、京においても人心を惑わし、畏れさせ――それが起こったのは、そのような京にはりつめた緊張の糸が寒風に吹かれて震えている、そのような夜のことであった。
「それでは、お先に」
 声をかけると、巫を想起させる楚々とした少女は冒険者ぎるどの裏木戸を閉めた。まだ書面の片付け等でかなりの者がぎるどに残っているが、普段受付をつとめている彼女は少女であることから先に帰されたという成り行きだ。
「今、帰りか?」
「えっ」
 声に少女が振り返ると、幾つかの提灯が見えた。頼りない灯りに浮かびあがるのはまだ十八にも満たない若者達だ。
「これは――。ご苦労様でございます」
 ぺこりと少女は頭を下げた。
 眼前の若者のことを少女は見知っている。昨今の京の物騒なることを憂いて集まった夜回りの若者達だ。所詮素人の集まりであるため、普段は火の用心の拍子木を叩くことしか役にはたたないが、それでも夜歩きする娘には重宝されているらしい。
「夜道は危ない。送っていってやるわ」
「おおきに」
 再び若者に頭を下げ、共に歩き出し――幾許か。
 少女が足をとめた。
「どうした?」
「はい――」
 怪訝な表情の若者の前で、少女はじっと前方に眼をすえている。
 闇の街路。がたぴしがたぴしと、車輪を軋ませて荷駄がやってくる。
 何を積んでいるのだろうか。荷台にはかけられた筵が小山のように盛り上がり――
 いや、それは別段不思議でもなんでもないが、それよりも――荷車をひいている馬の妖しさはどうだろう。
 名工の手になるようなしなやかな体躯。濡れたように艶やかな毛は緑というより深蒼に近く――見たこともない馬だ。
 それに――異様なことはもうひとつあった。通常荷駄をひくのは馬子であるが、眼前の馬の背にはちょこんと子供が跨っているのみで。
 その間も荷駄は石畳に轍を刻むかのように音たてて――呆然と立ち尽くす少女の前を通り過ぎようとした。
 その時、少女はふと気づいた。馬の蹄――そこに水かきがありはしなかったか。
「あの、お待ちを」
 たまらず少女が呼びとめた。すると馬がぴたりととまり、背の子供――緋の衣を纏った女童がゆっくりと顔をねじむけた。
「何か、用か?」
 妙に大人びた口調で問う。
「はい。‥‥このような夜更け、どこに向かわれます?」
「冒険者ぎるど」
「!」
 さすがに少女は息をひいた。が、すぐに息をととのえ、
「その冒険者ぎるどに何故?」
「届け物を届けにじゃ」
「――」
 少女はこんもりと膨らんだ筵の山に眼を向けた。
 それでは、この大きな荷が――
 胸の内に広がる黒雲のような不安感におされるように、少女は荷車に歩み寄る。
「娘、何をする?」
「私は冒険者ぎるどで働きおる者。荷を確かめさせていただきます」
「ほお」
 感心したかのように声をあげる女童の眼が、この時、不気味に金色の光を放ち――しかし、そのことは知らず、少女はそろと筵に手をのばした。
 瞬間、筵がはねのけられ――
 愕然とする少女の眼前で、ぬうっと四つの巨大な影が立ちあがった。
 薄蒼い月の光に浮かびあがったのは熊。いや、熊ではない。泥色の剛毛に覆われた熊様の巨躯の上にあるのは猪の貌。
 涜神的としか云えぬその鬼の正体を、しかし少女は察している。
「熊鬼!」
 悲鳴をあげる若者達の中、一人少女は懐剣を抜き払った。刹那、唸りをあげて斧が疾り――飛燕のように少女が飛び退った。
「ほお」
 再び女童が感嘆した。
「さすがにぎるどで働くだけのことはある。が――」
 女童がじろりと眼を遣ったその先――一人の若者が熊鬼の一撃を受けて血飛沫を散らしている。
 少女の口を割って迸り出た悲鳴を耳に、きゅう、と緋の着物をまとった女童の唇が吊りあがった。
「くくく。さんざん邪魔をしてくれた冒険者ども。その拠点たるぎるどの者どもを血祭りにあげる前の余興としては、まずまずか」

 同じ刻。
 一升徳利を口から離すと、新撰組十一番隊組長である平手造酒は眼をあげた。
「今、何か声が聞こえなかったか?」
「いえ」
 十一番隊伍長、神代紅緒が頭を振った。
「私には聞こえませんでしたが――」
「いや」
 応える平手の声には迷いはない。彼の聴覚は確かに闇に消え入りそうな女の悲鳴をとらえている。
「あの方向には、確か冒険者ぎるどがあったな」
 呟くと、平手は警邏中の十一番隊士を見遣った。そして、紅緒に眼を転じ、
「紅緒はこのまま屯所に戻り、静香に報告を済ませてくんな」
「組長は?」
「俺か?」
 平手は徳利に口をつけると、鞘ごと刀をややひきぬいた。わずかに近づけた柄に酒を吹き付け湿り気をあたえる。
「一仕事済ませてから、戻る」
 云って、平手はニヤリとした。

●今回の参加者

 ea2019 山野 田吾作(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5517 佐々宮 鈴奈(35歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb0971 花東沖 竜良(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1496 日下部 早姫(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1599 香山 宗光(50歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1647 狭霧 氷冥(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2585 静守 宗風(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ケイ・メイト(ea4206)/ 楠木 麻(ea8087)/ 鷹村 裕美(eb3936

●リプレイ本文


 吹きつけた酒、霧のよう。
 しゅると大刀を腰に落とし様、新撰組十一番隊組長平手造酒は日下部早姫(eb1496)に眼を向ける。
「早姫、先にゆけ」
「承知しました」
 頷く早姫の眼は湖面の如く。誠の一字を背負った時から迷いは捨てている。
 その手が防寒着にかかり――
「新撰組十一番隊、日下部早姫、参ります」
 刹那、翻る。脱ぎ捨てられた防寒着、彼葉のように地に落ちた時、すでに浅黄の羽織の羽ばたきは遠くにある。
「相変わらず迅いな‥‥」
 苦笑をもらしたのは、これも同じく十一番隊隊士である静守宗風(eb2585)である。彼は平手を見遣り、
「では我らも」
「ゆくか」


 夜半。冒険者ぎるど内――
 すでに手代は店仕舞いの支度をいそいそと。丁稚にいたっては土間の箒がけさえ始めている。
 その中にあって――
 我関せずと話に熱中している者があった。狭霧氷冥(eb1647)とケイ・メイトの二人である。
「これか〜♪」
 ケイから一振りの刀を受け取り、氷冥は眼を輝かせた。
 刀――「九字兼定」。「和泉兼定」の作であるといわれる、柄に九字真言の描かれた呪法剣だ。
「つい最近、これ――指にはめた「石の中の蝶」を示し――が反応するような犬ころと接触してさ〜」
「犬ころ?」
「うん」
 応える氷冥の眼に僅かな恐怖の翳りが過る。豪胆な彼女にしては珍しいことだが無理もない。何故ならその犬ころ――デビルによって彼女はあやうく噛み殺されそうになったのだから。
「そういうわけで魔法武器が欲しかったのよ。わざわざ江戸まで行かせてごめんね」
「どれどれ」
 さっと背後からのびた手が「九字兼定」を取り上げた。
「なっ」
 慌てて振り返った氷冥の眼前、壮年の侍が「九字兼定」を鞘から引きぬき、刀身をまじまじと眺めている。
「あんた。何すんのよ」
「あんたではない。拙者には香山宗光(eb1599)という立派な名があるでござる」
 見向きもせずに応えると、宗光は取り出した砥石に「九字兼定」の刃をあてた。
「よし、やるぞ」
「やらせるか」
 ぽかりと一撃。いたたと頭を押さえる宗光の手から氷冥が「九字兼定」を取り戻した。その時――
 はっと氷冥は顔をあげた。同じく宗光も。
「今のは――」
「悲鳴、か?」
 探り合うように、氷冥と宗光は視線を交し合った。


 この日、佐々宮鈴奈(ea5517)は機嫌が良かった。
 依頼は無事果たせたし。
 ――助平な親父にお尻を触られたけど‥‥
 報酬はたんまり貰ったし。
 ――必要経費差っ引いたら‥‥うーん‥‥。
 それに何より、危険なことが少なかった! あとはひとっぷろ浴びて、熱燗でキュッとやるだけ――
 軽快な足取りで橋のたもとにかかった時。
 ふっと鈴奈は顔をあげた。そして肩を竦めると、不機嫌な顔で鈴奈は元来た道を駆け戻り始めた。


 そして、他方――
 疾る鬼あり。
 市女笠ゆらし、紅椿、舞い躍らせながら。
 その者の名は――
 神楽龍影(ea4236)といった。


 重い唸りを発して棍がたたきつけられた。ざくっと地が穿たれ――少女は飛んでかわしている。
 何度か夜回りの若者達を救おうと試みたのだが、さすがにこれはかなわず、ただ逃げ回るだけが渾身の業だ。が、それも、ここまで。
 いかに冒険者相手の生業をしているとはいえ、仮にも幼き身。この苛酷な状況は加速度的に少女の精神と肉体を苛み――すでに眼は虚ろ、息は荒く、足は乱れている。そして――
「あっ」
 少女の口からひび割れたような声がもれた。
 またもや振り上げられた熊鬼の棍を避けようとし――少女は足をもつれさせてしまったのだ。
 なんでそれを見逃そう。肉塊に変えるべく、熊鬼が棍を打ちおろした。

 来ぬ衝撃に、少女は不審にゆれる眼を開いた。
 その眼前、顔が笑っている。少女を庇って盾となった者の顔が。
「拙者、山野田吾作(ea2019)と申す」
「花東沖竜良(eb0971)です」
 颯然と。傍らに立つもう一人の武士が、田吾作の身寸前で受けとめた熊鬼の棍を刃ではねあげた。
 再びあっと声を発した少女が、問う。貴方達は――?
「冒険者でござる」
 振り向いた田吾作が鞘走らせた刃が、水鏡光わたるように、しゃらんと夜を斬り裂いた。

 傲!
 と、化生の鬼が吼えた。
 刹那、繰り出される空を潰すかのような棍の打撃。
 それを――確かに竜良は刃で受けとめた。が、刃が軋み、骨が悲鳴をあげる。人外の膂力。業ではなく、肉体的にそう何度も受け切れるものではない。しかしこの場合、竜良は皆を気遣い、叫ぶ。
「これだけの騒ぎならばきっと新撰組が駆けつけるはずです!」
「今少しの辛抱でござる!」
 これはあながち嘘ではない。楠木麻が鷹の黄金丸をギルドに向かってはなっているし、また念のために本人も向かっているからだ。
 少女を竜良に託し、田吾作は夜回りの者救出に向かった。竜良との連携をとりたいところだが、多勢に無勢、他の者の命が危険にさらされている以上かたまっているわけにはいかない。
 その田吾作の前に別の熊鬼が立ちはだかった。ほとんど反射的に刃をふるった田吾作だが――
 僅かに血がしぶいただけで、さして熊鬼は痛痒を覚えぬようである。
 田吾作の満面が暗澹たる翳におおわれた。
 熊鬼の一撃は強力無比。一度でも受ければ只ではすむまい。さらに、並の撃ち込みでは強靭な皮肉を切り裂いて熊鬼に損傷を与えることは難しい‥‥
 その時。
 夜回りの若者を追う一匹の熊鬼の前に炎が立ち上った。それは炎のついた木切れが投げつけられたものであったが――驚くべきは、その炎だ。まるで意志あるものの如く躍り、熊鬼に襲いかかり――
 文字通り、霧消した。
 それが女童の跨る妖馬が放った水球の仕業であったと気づく者なく。ただ、蒸気の彼方に立つ鬼の姿を人々は見出した。
「さあ、今のうちに」
 数人の動ける若者に声をかけ、鬼――鬼面の龍影は炎の呪縛から逃れた熊鬼に眼を戻した。
 襲いかかってくる。そうと知りつつ、しかし龍影は動くことはかなわない。理由は一つ。彼の足下には、動けぬ若者が横たわっているからだ。
 もはや間に合わぬ!
 そう判じた彼は怯むことなく、むしろ両の手を広げた。
 打つなら打て! 我が身、命に比ぶれば安きものなり! 
 その声にならぬ叫びを打ち砕かんと、棍は――
 ぴたりと龍影の顔数寸手前でとまっている。
 はっと気配に振り向いた龍影は、射るかのように指刀を突き出している巫女姿の娘を見出している。
「貴殿は――」
「佐々宮――あー、そんなことより、早くしないとそいつ動きだしちゃうよ」
 応えかけ、慌てて巫女娘――鈴奈は熊鬼と斬り結んでいる田吾作と竜良に呼びかけた。
「大丈夫? きっと他にも駆けつけてくれる者がいるはずだから頑張って!」
「承知!」
 荒い息混じりながら確かな肯定。竜良は牽制に専念し、田吾作は熊鬼の斧砕くことに腐心している。
「ええい、何をしておる! そのような雑魚は捨て置き、そこの鬼面と娘を屠れい!」
 じれたように女童が繊手をあげて命じた。すると若者を追っていた斧もつ熊鬼が立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「もう!」
 地を鳴らしつつ、巨躯に似合わぬ素早さで迫る熊鬼を見遣りつつ、鈴奈は地団太を踏んだ。同時に女童をきりりと睨みつける。
 熊鬼を操る少女。一見した時から只者ではないと思っていたが――
 その鈴奈の疑念を読みとったか、
「女狐如きの犬畜生めが! 余りに畜生臭うて、化けきれておらぬわ!」」
 龍影が怒声を発し、同時に第二の小柄を殺到する熊鬼めがけて投げている。
 戛!
 蚊とんぼ払うように小柄をはじき、熊鬼がぬうっと鈴奈の眼前に立った。
「先ほどの不動呪を!」
「もうやってる!」
 龍影に叫び返し――
 そう――すでに鈴奈の指刀は熊鬼を切っている。が――
 かからない!
 絶望に白茶けた鈴奈の顔面を分厚い風圧がうち――斜めの熱風が吹き降ろした。
「えっ」
 自身をかすめることすらなく打ち下ろされた斧、そして僅かによろめいた熊鬼から鈴奈は視線を転じる。熊鬼に身をぶち当て、彼の鬼の斧の軌道を変えさせた――
「っ痛――。なんて身体してんのよ」
 氷冥がうめいた。
 その一瞬後、十文字の光波煌く。
 態勢を崩しながらの熊鬼の横殴りの一撃。噛み合う宗光の無意識的な袈裟一閃。
「あんた――」
「ではない。香山宗光と云うたでござろうが」
 氷冥に顔を顰めて見せ、宗光は熊鬼から飛んで離れた。このまま力押しできる敵ではない。
「流石は熊鬼、一筋縄ではいかぬ!」
 ふるいおこした刃は闘気の光まとい。破邪の桜花剣は鬼を斬ることができるはず。
 そして、咲く。濡れ牡丹。
 はじめて熊鬼の胴から噴いた具体的な血潮が、冒険者達の胸に曙光をもたらした。そこに――
 生じた緩み。
 彼らは忘れていた。鈴奈の呪縛呪の効果時間を。
 見えずとも砂は落ち、歯車は回り、熊鬼の凍結していた時間をとかし――
 流れ始めた動きはそのままに。偶然その軌跡の延長線上にあったまったく無防備な氷冥の頭蓋めがけて棍がぷちこまれ――なかった。
 人々が見たのは別の光景。熊鬼の身が浮き、地に這う有り得べからざる場面。
 そして見とめえなかった光景は、一人の娘が踏み出した熊鬼の足を払い、同時に腕をとり投げをうった数瞬の陰影。
 浅黄の羽織はためかせ、早姫が立ちあがった。
「新撰組である」
「遅かったわね」
 苛立った口調だが、氷冥の面は輝いている。一人だけとはいえ、やはり新撰組の名は絶大な威を放っているのだ。
「敵は熊鬼が四。二が斧で、二が棍棒。他にも厄介そうな女童と化物馬が一体づつよ! それに負傷者が四。ほっておけば命に関わりかねないわ!」
「わかりました」
 頷く早姫の判断は早い。自ら動きつつ指示を飛ばす。
「私は怪我人の治療を」
 云って、鈴奈は倒れている若者の息を確かめた。
 だめだ。呪では治せない。
 そう判断すると、鈴奈は別の怪我人へ。残酷なようだが、今は助かる可能性の高い者が優先だ。
「待て」
 嗤いつつ、女童が鈴奈を制した。
「大層力んでおるようだが、新撰組一人増えたとて、なにほどのことがある?」
「一人ではない」
 声に、さしもの女童がはっとして妖気からみつく視線を走らせた。
 その先――二つの浅黄の羽織がゆれている。それは――
「新撰組十一番隊‥見参!」


「無駄な犠牲は出したくない‥‥早く片をつけさせてもらう」
 するすると滑るように、宗風は竜良が相手している熊鬼に近寄った。
「熊鬼風情が舐めた真似を。‥狼に牙を抜かせた事をあの世で後悔しろ‥」
 告げざま、無造作に宗風は熊鬼を斬り下げた。長巻の重さすら加えた激烈な一撃は皮肉のみならず、骨まで断ち切り――熊鬼の巨躯が揺れる。
「悪・即・斬‥」
 すうと、宗風の長巻があがった。
「それは人外の者が相手でも変わる事の無い俺達の正義‥誠の一字が持つその意味を、我が身を持って知れ‥!」
 閃!
 苦し紛れの熊鬼の打撃を受けた十手が鳴き、響くかのように右手の長巻は咆えている。それは稲妻の轟きに似て。
 まさに天誅。
 今度こそ熊鬼の身が傾いだ。


 ここから先、語るべきことは多くない。
 女童と妖馬は、自らこの場で死闘を繰り広げるつもりはないらしく、平手と宗風の手並みを見届けると早々に霧を呼んで姿を消した。そうなれば、戦いの趨勢は決まったも同然。
 新撰組と合した冒険者達は絶妙な連携のもとに戦い、、一方の熊鬼は強靭な体力と破壊的な攻撃力を備えているとはいえ所詮はただの群れ。じりじりと、ただ体力が削りとられてゆくだけの戦いとなり――実質、冒険者ぎるどを目前にしたこの夜の遭遇戦は、平手と宗風が駆けつけた時点ですでに終わっていたと云えるかも知れない。
 やがてぎるどから、そして紅緒の知らせを受けた新撰組屯所からも人が送られて来、彼らはてんでに篝火を焚き、熊鬼の始末やら検分やらをやり始めた。
 当の冒険者や十一番隊は蚊帳の外、というより自ら騒ぎの外で互いに慰労――宗光のみは黙々と仲間の得物を研いでいた――しあっている。特に氷冥は早姫が気になるらしく、
「ありがとう。さっきは助かったわ」
 礼を述べると、さっと掌を早姫に差し出した。
「遅ればせながら‥私は狭霧氷冥。三番隊の入隊希望者よ」
「三番隊?」
 といえば、確か斎藤一が組長である。剣が滅法強くて酒好きで‥‥どこか平手造酒に似てはいまいか。
 早姫は氷冥の掌を握り返した。
「私は日下部早姫。狭霧殿が三番隊に入隊するのを楽しみに待っています」

 一方。
 他の者から離れ、平手に歩み寄る者達がいた。
 一人は田吾作で、以前伊集院静香に伝えた入隊希望の意志をあらためて平手その人に示すためであり、そして――
 その田吾作から離れて、ややよろめく足でゆくもう一人は龍影であり、彼の目的もまた入隊志願であった。
 志士入隊は無理。そうと聞いたが、彼には目算がある。志士であることが返って逆手となる、と。
 また想いもを乗せた口上も用意してある。
 ――京を、都を守りたい想いは誰にもひけをとりませぬ。血が流れるなら、影から影に流れた方が良う御座いませぬか。
 それは犬となる覚悟の言葉だ。そのつよさ、平手なら、きっと受けとめてくれるはず。
 そう確信もって龍影は歩みを進める。
 
 が――
 龍影は知らぬ。
 いや、平手造酒、その人も。
 
 ひたひたと忍び寄りつつある死神が、その手の弦月のような鎌を十一番隊の一人の頭上に振り下ろす日が近いことに――。