ならず者

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月13日〜06月18日

リプレイ公開日:2005年06月19日

●オープニング

「金だとぉ」
 顔を歪めると、男は居酒屋の亭主の胸倉をつかんだ。狂犬の目をした、渡世人風の男だ。名を吉三という。
「俺たちを誰だと思ってるんでぇ。相手を見てものを言え!」
 怒鳴り、吉三は亭主を突き飛ばした。皿や小鉢の割れる音が響き、亭主が倒れる。
 その様を嘲笑いつつ、吉三と連れの三人は肩をそびやかせて店を後にした。
 が、
「――お、お待ちを‥‥」
 転ぶようにして亭主が追いすがってきた。
「い、今まで何度もお代をお支払いいただきませんでしたが、こ、此度は‥‥」
「なにぃ‥‥」
 怒りに満面をどす黒く染めた吉三が目配せした。頷いたのは連れの浪人風の男だ。
 刹那、浪人風の男が刃を鞘走らせた。
 斬撃は目にもとまらぬ速さで――
 空に血の花を咲かせ、亭主が弊れ伏した。
「お父っつぁん!」
 絹を裂くような悲鳴をあげて、娘が亭主に駆け寄った。その面前を縦に白光がはしる。
 と――
 ぱらりと娘の着物が二つに裂けた。耳朶まで真紅に染めて、娘が慌ててしゃがみこむ。
 ぱちり、と。
 娘に冷笑をおくり、もう一人の浪人風の男が刃を鞘におさめた。
「へっ。これに懲りたら、次からは大人しくするこったな」
 娘を見下ろし、吉三がにやりとした。

「‥‥その連中が住みつくようになったのは三月ほど前から。当初はさして迷惑をかける様子もございませんでしたが、地回りのヤクザを始末してから横暴が目立ちはじめ、近頃の傍若無人ぶりは目にあまるということで‥‥」
 先日も居酒屋の亭主が斬殺された――ぎるどの手代が付け加えた。
「そこで依頼でございます。そのならず者どもを何とかしていただきたいので‥‥」


 
 

●今回の参加者

 ea6493 白瀬 沙樹(28歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea8099 黒眞 架鏡(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9450 渡部 夕凪(42歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb1118 キルト・マーガッヅ(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb1164 本多 風漣(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1833 小野 麻鳥(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2614 秤 都季(40歳・♀・陰陽師・パラ・ジャパン)
 eb2641 静月 久遠(24歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

御影 涼(ea0352)/ アルファリイ・ウィング(ea2878

●リプレイ本文

 ●騎影
「馬鹿野郎!」
 渡世人風の男に殴り飛ばされ、男が倒れた。荷が転がり、細物がこぼれる。
「ご、ご勘弁を――」
 慌てて細物の行商人らしき男が地に額をすりつけたが、渡世人風の男に容赦はない。薄ら笑いを浮かべつつ、なおも足蹴にする。
 遠巻きにその様を見つめる野次馬の中に、幾つかの騎影があった。そのうちの一つから一人が飛び降りかけたが、別の一騎にとどめられる。
「今、出るのは拙い」
 静かな声音で小野麻鳥(eb1833)が諭した。くっと唇を噛み締めたのは美少年――いや、少女の浪人だ。名を静月久遠(eb2641)という。
 その彼女の肩を、ポンと黒髪の志士――本多風漣(eb1164)が叩いた。
「下郎は世の為にも排除した方が良いだろう。が、今は我慢することだ」
「そうそう。あたしたちの目的は、村にきてちょーしこいてる奴等をやっつけるんだったねぇぇ♪」
 目立たぬようにと懐にさしこんだ般若面に、秤都季(eb2614)は手をのばした。これをつけた時、奴等は真の恐怖を知るだろう。
 と、都季の前で手綱をとるキルト・マーガッヅ(eb1118)が小首を傾げた。
「あれが吉三でしょうか?」
「もしくは半次郎だな」
 言って、年嵩の女浪人、渡部夕凪(ea9450)が口をゆがめた。
「‥弱いモン甚振って楽しんで‥か。まあ、堅気の衆に手を出したからには‥私らみたいなのが出てきても文句は云えまい‥」
 ニヤリとする夕凪の側で、片金妖瞳の黒眞架鏡(ea8099)は肩を竦めて馬首を返した。
「どこへ行くのですか?」
 問う白瀬沙樹(ea6493)に、架鏡はちらりと目を向ける。
「見世物にも飽きた。俺は廃寺の構造と相手の事を調べてくる。相手に利のある場所へ行くのだから、あらかじめ中の様子を知っておきたいからな。それに顔と名前も分かれば、手練れか否かの判別もつけられるだろう」
「では、私もご一緒しましょう」
「いや」
 同じく馬首を返そうとする沙樹を、架鏡が制した。
「遠慮しよう。群れると目立つ。密かに調べるには一人の方が都合が良い」
「そうですね。ああいう手合いはややもすると悪知恵が働くもの」
「然り」
 肯首した麻鳥が冷然たる語調で続ける。
「俺達の動きが気づかれ、人質をとられると厄介だ。余計な足枷を作る気はない‥‥冒険者が出張ったと警戒させぬよう、情報収集は極力目立たぬように注意せねばなるまい」
「そういうことだ」
 再び馬を進めようとする架鏡を、キルトが呼びとめた。
「なら、廃寺が壊れてもいいかどうか確かめてきていただけませんか。もし壊しても良いのなら、思いっきり呪が使えますので」
 ほんわりと笑うキルトの後ろで都季が頷いた。
「ついでに四人の特徴とかぁ、そういうのも調べてきてねぇ♪」
 隠密としての技術がないこともあるが、立っている者は親でも使えという例えもある。片目を瞑って見せる都季に、架鏡は冷笑を返した。

 ●隠密
「目立たないようにこっそりとか。ちょっと苦手だな〜」
 溜息をついて酒場の前に立つのは久遠であった。如何しようかと思案した末に、旅人の振りをして酒場まで来たものだが‥‥
「そういうのは姉ちゃんの方が得意なんだけど‥‥」
 俺は、やはりこいつで訊く方が良いな。
 久遠が腰に落した大刀の柄に手を添えた時、酒場の暖簾をめくって男が出てきた。口に楊枝をくわえ、不精髭に月代をのばした浪人風の侍だ。
 一瞬、ちらりと二人の目があった。交される視線――殺気の交流が始まる前に、久遠は視線を外した。
「ふうっ」
 立ち去る浪人を見送りつつ、久遠は太い息をついた。
 物腰からして、今のが件の浪人の一人であろう。猪原か野村か‥‥さすがに剣流までは見ぬけなかったが、容易ならざる使い手である事だけは察せられた。技量は互角か、それ以上――
 まともに立ち会えば俺も危ないな。
 背を走る戦慄が恐怖によるものか、それとも悦びによるものか。久遠に理解する術はなかった。

 浪人の背を見送り、夕凪は同席の職人風の若者の猪口に酒を注ぎ足した。
 酒を奢って話を聞き出すつもりであったのだが、どこが気に入ったのか若者の方から酒を勧められ、ちょっとした酒宴となっている。
「浪人者か‥‥珍しいな」
「しっ」
 口に立てた指を当て、慌てて若者が周囲を見回した。
「あれには拘わらねえ方が良いぜ、姉さん。触らぬ神に祟りなしってやつだ」
 声をひそめて注意する。
「ほう‥‥ところで」
 端から酒の肴に噂が上がる事は期待していない。夕凪はならず者が棲みついているという廃寺の件に水を向けた。
「ああ。古寺のことだったな」
「そうだ。道すがら聞いた噂だが‥‥女の旅道中だ、物騒な場所を避けたいのでな」
「そりゃあ尤もだ」
 頷くと、若者は懇切丁寧に廃寺の場所を説明し始めた。
「すまぬな。助かった」
 話を訊き終えると、最後に酒をあおって夕凪は立ちあがった。
「なんでぇ、もう行くのかい?」
「ああ」
 夕凪が頷いた。
 寺の場所さえ聞ければ長居は無用。親切な御仁を巻き込む訳にはいかないのだ。

 一方――
 期せずして、沙樹はもう一人の剣客と出会っていた。
 廃寺へと向かう道――前方から懐手で歩み寄ってくる荒んだ浪人を見とめ、沙樹は一瞬足をとめた。が、すぐさま動揺を覆い隠し、いつもよりさらに背筋をのばし歩き始める。すれ違いざまに交される殺気の光波は一瞬。大刀の柄に手をかけそうになる己を必死に抑え、沙樹は歩きつづけた。
 木立の向こうに浪人の姿が見えなくなって、はじめて沙樹は足をとめた。
「――奴が野村庄左衛門だ」
 声に、ビクリと沙樹が振り返る。その視線の先――木陰からするりと風漣が姿を見せた。
「見たところ、かなり使えそうだ。悔しいが、今の俺では勝てぬ。――沙樹さんはどうだ」
 勝てるか、と問われ、沙樹は沈思した。
 勝てる見込みはない。が――
 勝たねばならぬ。
「勝ちますよ」
 沙樹は答えた。

 お由美が用意してくれた農夫小屋の戸口に笠と蓑をかけると、キルトは空を眺めている都季に歩み寄って行った。
「どうしたんですか?」
「いやねぇ‥‥」
 答えはしたものの、目は黄昏の空に向けたままだ。
「もう日暮れだというのに‥‥遅いと思ってさぁ」
「ふふふ」
 キルトは軽やかに笑うと、都季の簗染めのハリセンに目をとめた。
「心配しなくても、遅刻はしませんよ。――ところで、麻鳥さんは?」
 一際目立つ陰陽師の姿が見えないことに気づき、キルトが問うた。すると、ようやく都季が顔をほころばせた。
「麻鳥さんかい? 彼なら夜に備えておくんだって昼寝してるよぉ。どうせ決行時は夜明け前ぇ。夜出歩いても夜明けには戻り寝床へつくだろうってねぇ。そこを狙うんだってぇ♪」

「ここか‥‥」
 黄金色の光の中、件の廃寺の門前で夕凪は足をとめた。
 調べねばならぬことは多くある。相手に気取られず接近潜伏出来る箇所や逃走に使えそうな道。
 敵は手練れなのだ。用心に越したことはない。
「あと厄介なのは、寺の配置や人の出入りだな。まあ、本堂で寝泊りしているだろうが‥‥」
 夕凪が独りごちた時、人影が塀を乗り越えてきた。地に降り立った人影を見とめ、夕凪が破顔する。
「架鏡さんではないか。脅かさないでくれ」
「驚いたのは俺も同じだ」
 憎まれ口をたたく架鏡は、すぐに声を低めた。
「中の調べはついた」
「で、奴らの寝場所は?」
「誰もいなかったので確かなことは言えないが――多分本堂だな。布団が何組かおいてあった」

「怒るよぉ?」
 声と同時に響いたハリセンツッコミの音に、麻鳥が目を覚ました。欠伸を噛み殺す彼の視線の先で、都季がペシペシと架鏡の頭に簗染めのハリセンを打ちつけている。
「な、何をする――」
 さすがに顔を強張らせる架鏡であるが、都季は平気の様子で、なおもペシペシと――
「ちょっとぉ? あたしと一緒のときに時間に遅れるのは考え無しじゃなぁいぃ?」
 簗染めのハリセンにそれほど威力があるはずはなかろうが、都季のにこにこ顔に架鏡は気死したように黙り込んだ。沙樹はといえば、すでに小屋の外まで逃げ延びている。
 と――
 何を騒いでいるんだと、麻鳥が立ちあがった。が、向き直った都季の爛とした目に思わず後退る。
「麻鳥さんも、何時まで寝てるんだぃぃ♪」

 ●襲撃
「四人の方たちが居る様子ですわね」
 ブレスセンサーの呪を紡ぎ終えて幾許か後――キルトが呟いた。
「奴らか?」
 問う風漣に答えたのは麻鳥だ。
「数は合う。が、まだ分からん」
「そうですね」
 キルトが困惑に柳眉を寄せた。
 確かに動かぬ状態の四人分の反応がある。が、とまったままの状態であるということは、件の四人組ではなく簀巻きで閉じ込められた無関係の人の可能性も拭いきれないのだ。周囲に別な存在がないか確認しないと、確信は持てない――
「ところで‥‥」
 突然沙樹が口を開いた。
「ならず者の始末ですが‥‥出来ることなら生きたまま捕縛してお上に引き渡せたらと思います。いかがでしょうか?」
「賛成だ。親父さんの仇とはいえ、雇われた私達が討つ事は‥あの娘が手を汚すのと同じ事。出来れば綺麗なままで居て欲しいからな‥」
 夕凪が賛同した。
 冒険者は敵を弊せばそれで事足りるという商売ではない。事件そのものを解決するのが本来の使命――そう彼女は考えている。
 が――
「なるべくなら殺さずっていうのは分かるけど、手加減して勝てるかな?」
 久遠のもらした言葉に、一同は水をうったように静まり返った。
 ややあって――
「相手を捕縛することができれば役所に引き渡すつもりだが‥‥手練れもいるようだし、そんな余裕はないかもしれないな」
「ああ。他のならず者達に対する見せしめにならなければ意味がないからな。首尾良く捕らえることが出来たら奉行所に突き出す、という事で、良いのではないか」
 冷然ともらされる架鏡と風漣の言葉に、麻鳥は薄く笑い、キルトは堅い表情で頷いた。
 それは――
 最悪状況になったとしても構わぬ――いや、むしろ望むところだという麻鳥の冷笑であり、そして、人をこの手にかけるかも知れぬというキルトの覚悟の現れであった。

 闇の中――
 むくり、と影が身を起こした。
 浪人者――猪原源蔵だ。
 やや遅れて野村庄左衛門も目を開いた。
 互いに目を見交わすと、枕元の大刀を引っ掴み、源蔵と庄左衛門は立ちあがった。吉三と半次郎は酔い潰れて高鼾をかいている。
 舌打ちすると、二人の浪人者は足音を忍ばせ、本堂の障子戸をがらりと開け放った。
 刹那――
 二人の浪人者は息をひいた。
 彼らの眼前。雑草が生え放題となった境内に、法衣を纏った鬼が踊っている。
 いや――
 数瞬後、浪人者達は鬼の正体を見とめた。般若面をつけた何者かだ。体つきからして女である事は間違いない。
「――な、何者だ、貴様!?」
「ふふふ」
 源蔵に問われ、般若面の内から忍びやかな笑いがもれた。
「任侠裏方組が一人、タイムキーパーの秤都季! 二代目だけどぉよっろしくぅ♪」
「なに!?」
 愕然と庄左衛門が呻いたが、それは一瞬だ。すぐにニタリと笑うと、境内に降り立つ。
「どうやら街の奴らに頼まれたようだな」
「女、顔を見せろ!」
 踏み出しかけた浪人二人を嵐風が襲う。吹き飛ばされる寸前、浪人者二人は燐光に包まれる銀髪の魔女を見た。
「お、おのれ!」
「妖術とは――卑怯!」
「馬鹿め」
 身を起こして喚く浪人者二人の前で、氷の眼差しの陰陽師が吐き捨てた。闇から姿を現した麻鳥である。
「卑怯とは笑止。生憎と聖人君子ではないのでな。‥‥お前らがそうやったように、俺達もやらせてもらうぞ」
「くっ」
 ギリッと歯を噛むと、源蔵が振り返り、叫んだ。
「起きろ、吉三、半次郎。夜襲だ!」
「おう」 
 さすがに目を覚ましたか、二人の渡世人がおっとり刀で本堂奥から姿を見せた。
 その時、銀光が走った。咄嗟に身をひいた吉三の足元に手裏剣が突き刺さる。
「お前達の相手は、私達だ」
 本堂脇から姿を見せた夕凪と風漣が廊下に躍りあがった。
「しゃらくせえ!」
 無防備と見てとって、匕首を抜いた吉三が夕凪に襲いかかった。瞬間、風音が軋り、吉三ががっくりと膝をついた。腰を落した夕凪の刃はすでに鞘の中だ。
「!」
 驚愕した半次郎が踵を返して逃げようとした。その前に立ちはだかったのは風漣である。
「逃しはせぬよ――出でよ、雷光!」
 叫ぶ風漣の身が緑光に包まれ、はじける煌きは稲妻となって彼の手中に剣を形作る。
 きえぃ!
 風漣の一閃は、すでに気死していた半次郎を袈裟に斬り下げた。

 一方――
 源蔵と庄左衛門の前には、二人の剣客が佇んでいた。
 沙樹と久遠の二人である。
 ほぼ同時に、四人はかろく大刀の柄に手をかけ、腰を落とした。
 天の配剤か、はたまた運命の皮肉か――四人の剣客が使うのは、共に夢想流であった。
 林崎重信が起こした抜刀術。素早い剣を繰り出し、相手に防御する隙を与えないことを極意とした剣流だ。
 そして、今――
 同門同血の剣は暁闇の天空に殺気の飛沫を散らし――
 源蔵と庄左衛門がニヤリとした。
 対する沙樹と久遠は血の気のひいた顔に、冷たい汗を滴らせている。彼女達の脳裡には勝負の結末が幻視となって過っていた。刃を走らせた時、一瞬早く自分達が胴斬りされているだろう。
 その足元を蛇のようにするすると紐が滑っていくのを誰も知らぬ。そして陰陽師の一人が口中にて「急々如律令」と呟くのを。
 刹那、四つの刃が鞘走った。一瞬後、ぱちりと鍔鳴りの音が響いた時、どうと源蔵と庄左衛門が崩折れた。
「‥‥助かったぜ」
「本当に‥‥」
 久遠と沙樹が安堵の吐息をついた。
 彼女達は、麻鳥の念動の呪が敵の刃をそらせ、また都季の操る紐が敵の足をとった事にきづいている。
「殺したのか?」
 問う夕凪に、いいえと沙樹が被りを振った。
「まだ息はあるはずです」
「そうか」
 夕凪はかがみこむと、懐からポーションを取り出した。できることなら生かして奉行所に突き出したい。
 その傍らで、風漣が明け行く天を仰ぎ見ながら、そっと呟いた。
「これで、少しでも世の中が良くなったであろうか‥‥」