翔ぶように
 |
■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜17lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 24 C
参加人数:10人
サポート参加人数:9人
冒険期間:05月09日〜05月16日
リプレイ公開日:2006年05月18日
|
●オープニング
ぴた、と。
三つの人影が足をとめた。
その眼前、月光に蒼く濡れた街路にばらばらと現れたのは八つの影だ。
只者ではない。
全員がその身から凄惨な気配を立ちのぼらせている。面を布で隠し、すでに抜刀された刃は氷のように冷たく煌いて――
「いいかげんにしねえか」
面倒臭げに声をあげたのは、三つの人影のうちの一つ。やや小柄の若者だ。西洋人との混血かと見紛うほど彫りの深い顔をわずかに顰め、
「俺は忙しいから、おめえらの遊びに付き合ってらんねえんだよ」
ごちた。
が、八つの影に応えはなく。さらに殺気の焔を燃えあがらせ、ずいと間合いを詰めてきた。
「しようがねえな」
若者が腰に手をのばし――
すぐにあっとうめいた。
「どうしなすった勝さん」
問うたのは勝と呼ばれた若者と同道していた別の影。こちらは痩躯で、立ち居振舞いがきりりと引き締まっており、見ていて気持ちが良い。身なりからして渡世人のようだ。
「いや――」
苦く笑うと、勝と呼ばれた若者が頭をかいた。
「脇差しを忘れてきちまった」
「まったく、あんたってお人は‥‥」
やれやれとばかりに肩を竦めて見せたのは、三番目の影。身なりはもう一人と同じく渡世人で。取り囲む白刃を気にするふうもなく――その渡世人は隻眼を勝にむけた。
「だから、いつも差してなせえって云ったじゃねえですか」
「仕方ねえだろ。あれは重いんだから」
「重いって‥‥」
痩躯の渡世人が呆れたかのように溜息を零した。
「刀ってのは侍の魂でやしょう?」
「これだから‥‥次郎長親分が心配するわけだ」
隻眼の渡世人がニヤリとした。すると勝は呵呵と笑い、
「面目ない」
と、一言。
「――う、うぬら」
初めて――八つの影のうちから声がもれた。声が軋るように震えている――のは、怒っているからだ。
「こ、この場で、な、何をふざけておる」
「あ――」
ようやく気がついたというように、勝を含めた三人が顔を見合わせた。
「確かにその通りだ」
「ともかく勝さん、ここはあっしらに任せて、ひとまず逃げてくだせえ」
「そうかい」
至極簡単に。二人の渡世人に促され、勝は背を返した。
と、一歩踏み出しかけて足をとめ、
「おい、斬るなよ」
と、勝は云った。
「へっ」
驚いたのは隻眼の渡世人だ。
「き、斬るなってのは、どういうこってす?」
「だって斬ると痛えじゃねえか」
「そういう忠告なら、あいつらにしてもらいてえな」
こたえ、痩躯の渡世人が刀の柄に手をかけた。そして、すうと身を低く――刹那迸る凄絶の殺気。
疾風に吹かれたように、殺意に彩られた八つの影がずずうと後退った。
その刺客にむかい、
「おい」
と、声をかけたのは勝である。彼は不敵に笑いつつ、
「おめえたちが相手にしているのは清水次郎長の身内――鬼より恐い小政と森の石松だ。あんまり怒らせると怪我だけじゃすまなくなる。気をつけるんでぜ」
云って、今度こそ後も見ずに、ただ風をまいて勝は闇の彼方に走り去っていった。
大丈夫なんだろうか‥‥
危惧すると、冒険者ぎるどの手代は、目の前に座った二人の依頼人の顔を心配そうに覗きこんだ。
きるどに入ってきた時から足取りがおぼつかなく、様子が変であったが――今近くで見ると、青い顔に脂汗を滴らせている。とてもまともな状態であるとは思えない。
「あの‥‥どこかお具合が」
「いや――」
一人――痩躯の男が手を振った。
「たいしたこっちゃねえ。ちょっと食い物にあたっただけだ」
「そうでございますか。‥‥では、お二人のお名前をお聞かせください」
「小政」
痩躯の男がこたえた。次にもう一人、隻眼の男が、
「森の石松」
「えーっと、小政様に、森の石松――えっ!」
帳面に筆を走らせていた手代が愕然として顔をあげた。
駿河の清水次郎長の身内――俗に二十八人衆と呼ばれる猛者の中でも名高い小政と森の石松の名はこの江戸にまで鳴り響いている。
しげしげと眺める手代に舌打ちし、
「名前なんぞより、頼みてえことが――」
云いかけた痩躯の男――小政の腹がぎゅるぎゅると鳴った。慌てて小政が唇を噛む。代わって口を開いたのは隻眼の男――石松だ。
「あ、ある人を守って、駿河まで送り届けてもらいてえ」
「ある人?」
「ああ。勝麟太郎って侍だ」
「勝?」
聞いたことがない名だ。それにしても守らねばならぬとは――
手代は再び筆を握り締めた。
「宜しゅうございます。で、ひとつお聞きしたいことが。その勝というお侍様を何からお守りすれば宜しいので?」
手代が尋ねた。すると小政と石松はちらと眼を見交わし、
「うーん、あのお人は色んなところから狙われてるからなぁ」
「そうよなぁ。どこの誰とは‥‥まずは源徳の侍か」
「げ、源徳様の!?」
手代の声がひっくりかえった。
「ああ。他には薩摩、長州、奥州、越後‥‥数えあげればきりがねえな」
こともなげに小政の男が云う。が、手代は肝を潰していた。
――源徳様のお侍に狙われているだけでも只事ではないのに、薩摩? 長州? 奥州? 越後? ‥‥ほぼジャパン中から狙われているに等しい。いったい、その勝というのは何者なのであろう。
と、はたと思い至ったというように石松が瞠目した。
「そうそう、駿河にも狙われていたっけか」
「随分と賑やかなお人なのでございますね」
手代が微笑んだ。駿河一国が増えたぐらいでは、もはや驚かない。
「しかし、何故、その勝というお方は源徳様、薩摩、長州‥‥」
「越後だ」
「駿河も忘れんじゃねえぞ」
「‥‥」
こほんと手代は咳払いひとつ。
「‥‥で、そのような方々から、何故お命を狙われていらっしゃるので?」
「良くは知らねえが」
口を開いたのは小政だ。
「源徳の方からみりゃあ、薩摩や長州に出入りしている勝さんは面白くねえ。で、他藩の中には源徳の侍がでかい顔して出入りしているのが気にくわねえって奴がいるってところらしい」
「なるほど。しかし、その狙っているかも知れぬ駿河に向かわれるとは――」
「早雲に会うらしいぜ」
「早雲公!」
今度こそ手代は絶句した。
駿河の北条早雲といえば、二十歳に満たぬ身の上ながら、わずかの期間に駿河一国を手に入れたという稀代の風雲児だ。その早雲に目通りするという勝とは――
その手代の当惑も知らぬげに、石松が小政を睨みつけた。
「本当なら次郎長親分の云いつけ通り、俺達が供をしなけりゃあいけねえんだけどよ。こいつが変な食い物をもって帰ってきやがるから――」
「俺の残した分まで食いやがったのは、どこのどいつだ!」
「なに!」
「なんだ!」
血相を変えて立ちあがった小政と石松であるが。すぐにへなへなと腰をおとす。
「な、情けねえが、こんな有様だ」
「どうか俺達に代わって勝さんを守ってやってくれ」
●リプレイ本文
●
江戸湊を見渡す宿の屋根の上。
空の蒼が染みた微風にふかれ、勝麟太郎はごろりと寝転んでいた。
「勝殿、そろそろ」
「そうか」
むくりと身を起こすと、勝はするすると屋根を伝い降り、猿のように窓から室内に飛び込んだ。その飛燕めいた身のこなしから察するに、直心影流免許皆伝というのもあながち法螺話というわけでもなさそうだ。
そう得心すると、御影涼(ea0352)は片桐惣助から受け取った煎じ薬を小政と森の石松にすすめた。
「な、なんでえ、こりゃあ」
湯飲に入った紅鬱金色の液体を、恐る恐る石松が覗きこんだ。
「腹下しに効く薬湯です」
「やく、とう?」
「薬ですよ」
胸の豊かな隆起とは不釣合いな楚々とした微笑を神楽聖歌(ea5062)がうかべると、石松は慌てて湯飲を鼻先から遠ざけた。
「薬ってのはどうもな‥‥。それよか酒を――」
「馬鹿野郎」
小政が叱りつけた。
「せっかくの心づくしだってのに、てめえっては奴は――」
「って、何でてめえの分を俺の湯飲に入れてやがんだ」
「まあまあ」
掴み合いになりかけた小政と石松を、どのような業でかするりとわけると、聖歌は石松の口に無理やり煎じ薬を流し込んだ。
「ご遠慮ならさずに」
「うっ‥‥ぐおっ」
ばたり。石松たおれる。
そんなはずは、という顔つきの涼の傍ら、氷の彫像にも似たエルリック・キスリング(ea2037)は興味深げに湯飲を手にとり、
「つかえる」
「何にだ」
と、キット・ファゼータ(ea2307)、若い狼のように口をゆがめる。その後では半透明の、天使というより妖精のものに似た羽はらりとひろげたアルフレッド・アーツ(ea2100)が神妙な面持ちで両の掌を合わせていた。
「迷わず神の御許に召されんことを――」
「勝手に殺すな」
天風誠志郎(ea8191)、入れた突っ込みはあくまで冷徹。しかしその眼には彼のつかう流派と同じ、翻弄の煌きを宿している。
「さてと」
勝が立ち上がった。
と、その袖を引く者がいる。先ほどのアルフレッドだ。
「勝さん‥忘れ物はないのですか?」
「うん? 忘れ物?」
「はい。お金とか‥お金とか‥お金とか‥刀とか‥」
いやにお金が多い。が、勝は莞爾と笑って、懐の金子をじゃらりと鳴らす。
「大丈夫だ。俺にぬかりはない」
「じゃあ、これは何かな」
ふっと浮いた小さな影が勝のものらしい脇差しの鞘で、ずいずいと勝本人の頬を突く。
「おっ、返せ」
「誰がよ」
ところで、と勝に脇差しを返し、ティアラ・クライス(ea6147)は商魂たくましく問うた。
「ね、今駿河で高く売れるものって何?」
「そうよなあ。‥‥まずは材木ってところか」
勝がこたえた。早雲は町の整備に励んでいて、建築材料が足りぬらしい。
うーん、ティアラはしかめ面。材木など、たとえ一本といえども馬にのせることなどできやしない。
「他には?」
「あとは、このご時世、どこもそうだが兵糧、武器鎧の類いだな」
「だめ」
ティアラは頭を振った。確かに戦に関するもの、特に損耗品である刀剣弓矢は儲かるらしい。が、ティアラは基本、商いとは庶民の生活に根ざして行うべきと考えている。戦を当て込んだ取引は商売ではなく、投機と呼ばれるものであろう。
「が、な」
勝はニンマリした。
「利のあるところに人が集まり、世が動くというのは確かだぜ」
●
冒険者一行は小政と石松が逗留している宿を出た。
夜十字信人が勝潜伏の偽情報を撒いてはいるが、やはりどこに襲撃者の眼があるか知れたものではない。用心のために、まず四人の冒険者が先に行った。わずかに遅れて勝と直接行動をともにする三人の冒険者が続き、最後はノルマン渡りの商人一行を装った三人の冒険者だ。
ところで。
この勝という若者は実に脚が速い。まるで尻に火がついているように気忙しく脚を運ぶ。
では旅脚が速いかといえば、そうでもない。実に勝は道草が多いのだ。
そんなこんなで、まったく旅程はすすまず――いらついたのは先に進んだ冒険者四人だ。
「いったい何をしているんだ」
勝達の姿が見えぬことに気づいて足をとめた三人のうち、誠志郎がごちた。すると雪切刀也(ea6228)が油断なく周囲にはしらせていた眼をもどし、
「さすがにこれだけ続くと困ったものだな」
ひっそりと苦く笑う。
「もしかして、何かあったんじゃ‥‥」
梢の上。偵察がてら、さらさらと紙片に地図を描いていたアルフレッドがデザイナーのペンをもつ手をとめ、不安そうな顔で見下ろした。
「いや」
ザンッ、と梢鳴らしてましらのような影が舞い降りてきた。山肌を伝って街道の様子を探っていた風守嵐(ea0541)である。闇鴉のように地に片膝ついた姿勢から立ち上がると、
「俺も気になって木陰から勝を窺ってみたが」
蜘蛛の巣を突ついていた、と嵐が告げた。
「蜘蛛の巣?」
誠志郎は眉をひそめた。
「奴は子供か?」
舌打ちしたものの、事態はそれほど楽観的ではない。下手に動いて、もし先に行く者達もまた仲間と知れれば、結局ところ余計な負担が増えるだけだ。
「今夜の宿にてとっくりとしぼってくれる」
「こわい、ことだな」
刀也が肩を竦めてみせた。
同じ刻。
困っているのは商人一行に扮した三人の冒険者も同じで。
後衛を担当する彼らにしてみれば、まさか勝達を追い越すわけにはいかない。それで勝が足をとめると、必然的に彼らもまた馬の手綱を引くはめとなる。
「またですか」
「まただねえ」
天と地の色。やどした瞳で、エルリックとティアラが互いのそれを見交わし合う。ティアラが旅の六部などに気安く話しかけ間をとるなどしているが、それも限度がある。
と――
とっと、と童が虫でも追うように。キットが勝にむかって駆けていき、また駆け戻ってきた。
「どうでした?」
問うエルリックに、キットがぐっと握り拳見せ、
「どやしつけてやった。もう動くぞ」
●
湯殿の入り口、ちらりとエルリックは中を覗きこんだ。
最も無防備な状態が入浴時であり、用心にこしたことはないと判断したためであるが――
一人、女が着物をはらりと脱ぎ捨て――後姿であるが、豊かで瑞々しい肢体の稜線は聖歌のものであることは間違いなく。混浴、という言葉を思い出し、慌てて銀光散らすように髪翻して顔を引っ込めた。
「どうしたの?」
問う声。ティアラの弾んだ初夏の風にも似た。
「いや」
「ははあ」
情報収集に駆けずり回り、ちょっと汗を流そうとしていたティアラは悪戯っぽく微笑った。
「のぞき?」
「いや、一緒に入りたいのではないか」
「刀也さん、あなたまで」
ティアラの背後、揶揄するように口をだした刀也を睨みつけると、今度こそエルリックは風をまいて退散した。
そして――
春霞にも似た湯煙の中、勝と涼が並ぶように湯に浸かっている。
やや離れたところ、ゆったりと湯殿に背もたれているのは陸堂明士郎(eb0712)であり、さらに――茹ったような顔でそっぽをむいているのはキットだ。勝と知り合ったふうを装っていながら、正面をキットが向き直れないのにはわけがある。
彼の前、勝達と対する位置に白くけぶる影。
女だ。夜目にも鮮やかな赤い唇と磁器のように白いうなじがくっきりと。胸元まで湯の下であるとはいえ、透明度の高い湯は女の乳首とその下の翳りをあますところなく曝け出させている。
二年にも及ぶ冒険者稼業はキットを豪の者と化さしめているが、やはり十三、少年の蒼白い潔癖さが彼をして頬をねじまげさせるのだ。
その様に苦笑しつつ、明士郎は勝を凝視つめ続けていた。
新撰組十一番隊の依頼に加わったアルディナル・カーレスから、勝を薩摩藩邸で見かけたということは報せをうけている。おそらくは他藩に出入りしているという依頼書きにあった内容は本当のことであろう。しかしこの時期、勝が駿河に向かう真意は何であろう。
「勝殿は駿河に向かわれるのだったな?」
「そうだが‥‥それが、どうかしたかい?」
頓着することなく問う勝に、明士郎はふっと口辺にえくぼを彫りながら、
「東海道といえば、海路以外では関東と畿内を繋ぐジャパンの大動脈。人も物も‥そして情報も常に一番多く行き来する。此処を塞がれたら、関東にとっては痛手だろうと思ってな」
「おめえさん」
ニヤリとすると、勝はこめかみの辺りを指で突ついて見せた。
「剣の腕前もたつようだが、それよりこっちの方が切れそうだな。だが、ひとつ読み切れてねえ」
「なに」
怪訝に眉根を寄せた明士郎の前で、さらに意味ありげに勝は笑ってみせ、
「今云ったろう、海路以外ではって。‥‥なら、もし海路も塞いだとしたら、どうなる?」
「!」
さしもものに動ぜぬはずの明士郎が息をひいた。代わりに口を開いたのは、それまで勝の話し相手になっていた涼だ。
「何か‥そう、新しい事を始めようとしているようですね」
小野麻鳥から届いた北条早雲についてのこと。そう、早雲と勝だ。
早雲は元々駿河の領主ではなく、その血筋につながる者でもない。領主吉良義忠と早雲の姉である北川方が結ばれ、その縁を頼って駿河にやってきたという身の上だ。
では、その早雲が二十歳にも満たぬ身でどうやって駿河一国を手に入れたか。そこには義兄義忠の引きたてもあったろうが、それだけで若造が一国を手中にできるわけもなく。
一方の勝は諸藩とつながりがあるだけでなく、大侠客清水次郎長とも親交が深い。早雲と次郎長の双手でかかれば、ジャパンを縊死させることも可能ではあるまいかと思われる。
北条早雲と勝麟太郎。風雲児と麒麟児が相見えた時、そこにいかなる風雲が去来するか。
元々涼も型にはまらぬ思考形態の持ち主だ。故に興味がある。
こたえようと勝が身動ぎした時――
女が立ち上がった。
雫が湯をうつ音が響き、さすがに冒険者達は視線をそらした。刹那――
女が躍りかかった。右手の刃が月光をはねちらし、鶴のように細く白い裸身を隠そうともせず一気に勝との間合いを詰め――
咄嗟に涼が勝の前に立ちはだかった。同時に明士郎の諸手が閃き、獲物とる鷲爪のように女の手を掴んだ。そして腕をひねり――たまらず女がもんどりうった。
「しまった」
明士郎の口からひび割れたうめきがもれ――ややあって湯に真紅の花が開いた。
すっと、僅かに障子戸が開き、刃の光をためた眼が宿前の街道を、次いで向かいの宿を見遣った。
宿の明かりはすでになく。勝達はといえば、一刻ほど前宿場役人の取り調べを終え、今は他の部屋同様行灯の明かりが消えている。
と、嵐は勝の隣部屋の窓障子が細く開いているのに気がついた。おそらく誠志郎もまた同じように深更の襲撃に備えているのであろう。
「うん?」
嵐は眼を眇め、同時に誠志郎ははたと身を沈めた。
宿の前、数人の雲水が佇んでいる。
それだけなら何ということもないのだが――彼らがじっと視線を注いでいるのは他ならぬ勝の部屋であった。
●
「団子、食ってこーよ!」
キットの歓声、ころころと転び。飛翔人の娘、峠の茶店とそこで憩う勝一行を見出し、華やいだ声をあげた。
「あら、昨夜宿で一緒だったよね。同じ道とは知らなかった」
云うと、ティアラは馬をとめた。それと入れ代わるように立ち上がったのはアルフレッド、刀也、誠志郎の三人だ。
「では、お先に」
会釈し、刀也はゆるりと足を運ぶ。すぐに勝達も出立するはずだ。
「勝さん、お茶とか飲んで大丈夫かな」
ややあって口を開いたのはアルフレッドだ。すると誠志郎は心配はいらぬとただ一言。
毒の点は彼も考慮のうちだ。どのような手段でうって出てくるか知れぬとは楊飛瓏の言だが、昨夜のこともあり、茶店の茶に毒が含まれていないことは確かめ済みである。それに、いざとなればエルリックのアンチドートという手もある。
と、突然刀也が足をとめた。
彼の眼前、杖をついた数人の虚無僧が通り過ぎていく。じっと見送り、やがて虚無僧の姿が遠くなり――
「どうした。行くぞ」
空と地。陰あるところ全てに視線を這わせていた誠志郎に促され、ようやく刀也は口を開いた。
「今の虚無僧、おかしくはありませんか。尺八をもたず、杖を持つなど」
瞬速無音。
陰と影を縫うように嵐は木陰を辿り、そして見とめた。弓矢の射手を。
狙っているのは茶店の勝であろう。
するすると近寄り、嵐は豹のように襲った。口をおさえ、喉を一掻き。あっけない殺戮だ。
が――
ひゅんと空気を劈くような音が響いた。
蒼空に鞭打つように、一声高く鳴いたのは鷹。
アルフレッドのものと知るより早く、ほとんど反射的に飛びだし、キットは矢をその身で受けとめている。
それが合図――ででもあったのか、峠を上ってきた虚無僧が一斉に仕込を抜き払った。
「またかよ」
うんざりした勝が腰に手をやり――低くうめく。ない。脇差しが。
「しょうがないなあ」
溜息零してティアラが地よりするりと抜き出したのは、日光目眩く水晶の剣。
「すまねえ」
「いいよ、ほら」
手渡そうとし――ぽろ。
「あっ」
ティアラの手から滑り落ちたそれは、一度くるりと回ってから――ざくっ、と。
勝の足すれすれに地に突き立っている。
「あら、またヤッちゃったわ」
「て、てめえ、わざとじゃねえだろうな」
「そ、そんなはずないでしょ」
笑いで誤魔化し、すすうと上空に逃げ――舞いあがる。
「じゃ、エルさんキトさん懲らしめてあげなさい!」
いや、キットさん、矢を受けて倒れちゃってるんですけど‥‥
ともかく。
涼が勝を庇って抜刀した。同時に明士郎の腰からも白光が噴出し――刹那、来た、袈裟の斬撃。
鋼の相うつ響きを発して、がっきとばかりに虚無僧の刃は明士郎の左手に受けとめられている。
聖歌といえば、その姓そのまま。まるで舞っているかのように一本刀で敵をあしらっている。
そして、キット。
愛鷹カムシンの牽制のうちに毒消しを口に含み、さらにはエルリックのリカバーとティアラの魔炎を短刀に受け、今参戦す。双手の刃煌かせ。
その剣流はノルド。独楽のように足をさばき、車輪のように刃閃かす。
しかし――だ。
彼らは気づいてはいなかった。茶店の老人と娘が懐に忍ばせた短刀に手をのばしていることに。
そのとき。
きら、と。流星にも似た二条の光流が大気に水平の亀裂を刻み――あっと苦鳴をもらした老人と娘が短刀を手に崩折れた。その胸に突き刺さっているのは――おお、刀也の風車、そしてアルフレッドの矢だ!
一息二息、殺到する。黒い颶風と化した誠志郎が。
間合い無用の陸奥流の使い手は、長大な得物をぶんと振り回し、薙ぎ払う。狭霧のような血煙にくるまれ、誠志郎の血笑がゆれた。
●
駿河。風雲の地。
「じゃあな」
背で手を振り、去り行く勝は翔ぶが如くに。あの龍が掴むのはいかなる風雲であろうか。
そして冒険者も。
大いなる風雲が江戸に近づいていることを、彼らはまだ知らない。