●リプレイ本文
薙刀を肩に、ぬうと竜造寺大樹(ea9659)が立ちあがった。
「行くのですか」
「おう」
頷く大樹を――
さらに観空小夜が呼びとめた。
「敵は三蛇と呼ばれる手連れ。わかってはいると思いますが――」
「長よ、承知している。が――」
大樹はニンマリとした。
「俺は楽しくてならねえんだ」
●
「おまえさんが依頼人かい」
云って、来須玄之丞(eb1241)は縁台に腰掛けた女浪人を見遣った。
冒険者ぎるどの手代に聞いたとおりに美しい。が、身ごなしが並の者ではない。
「いや、なに、うちの身内にナメた真似してくれてる三蛇に拘われる機会を与えてくれたんだ。礼を云っておこうと思ってね」
「それには及ばん」
短く女浪人がこたえた。
「そうはいかねえさ」
ニッと笑ったのは朱鳳陽平である。
「自分のケツは自分でふきたかったが‥‥ともかく、鬱陶しい蛇野郎を始末できるんだ」
「そうや」
声とともに。金子がじゃらりと縁台の上におかれた。
すっとあげられた女浪人の前、ふてぶてしく笑っているのは将門司(eb3393)だ。
「報酬はいらんで。わいも朱鳳はんと同じく三蛇に狙われてる身やからな」
金子など貰わなくても、蛇を狩れることは願ったりかなったりである。できることなら、こちらから礼をはずみたいくらいのものだ。
その想いは、彼の妻である将門夕凪(eb3581)にとっても同じあるらしく、
「私も」
と、同じく彼女もまた金子をおいた。
「司の妻として、私も報酬はいただきません」
「ところで、や」
司が身を乗り出した。
「三蛇について知っていることがあるなら教えてもらいたい。獲物についての情報は多いに越したことはないからな」
「そうだ」
玄之丞が女浪人の隣に腰をおろした。
三蛇の手の内がわからぬ時、司と所所楽柊(eb2919)がやられている。対決の前に、得られるものはすべて手にしておいた方が良い。
「人相書きについても、どこで入手したのか聞きたいねえ」
「人相書きか‥‥」
女浪人はよく光る眼で玄之丞を見返した。
「そいつをどこで手に入れたかを教えるわけにはいかない。いろいろとややこしいことがあってな。ある者が入手した。それでよかろう。それから三蛇についてだが――」
女浪人が三蛇それぞれの流派等について説明した。それは三蛇と対峙した司の知る特徴と合致している。
「この世の裏に生きる者が相手か」
時羅亮(ea4870)が春風のような溜息を零した。聞きとがめた女浪人が冷ややかに視線を転じて、問う。
「恐いか?」
「いや、別に」
亮はこの場合、むしろ微笑して、
「厄介だけど、何とかなるんじゃないかな。仲間の顔ぶれを見るに、やりようはありそうだから」
「なんか、色々因縁があるみたいだからね」
縁台から足をぶらぶらさせ、テリー・アーミティッジ(ea9384)が無邪気に仲間を見まわした。
「縁を餌にして、引っ張り出すことができそうだよ」
「だが気をつけたがいい。蛇は利口だぞ。これが一番肝心なところだ」
「こっちの方なら、負ける気はねえんだな〜」
それまで縁台の端で黙然と座っていた柊が、女浪人にむかってこめかみを指で突ついて見せた。
「こう見えたって、俺は元十一番隊だぜ〜。裏で闘うのは慣れてる」
「その通りだ」
柊の肩を、静守宗風(eb2585)ががっしと掴んだ。
「三蛇がどれほどのものか知らんが、裏で俺達と殺りあうことが何を意味するか、目に物見せてやろう」
「へっ」
満足げに笑い、それから柊が金茶の瞳で女浪人を覗き込んだ。
「キミは酒はいけるクチか? それとも紅をはいて着飾る側か〜?」
「なに?」
女浪人が眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「いや〜、俺は酒派なんで興味があってな〜。聞くくらいはかまわないだろ〜」
口調には嘲弄の響き。が、柊の眼は真摯の輝きをゆらめかせてじっと女浪人の表情を窺っている。
それに対し、女浪人の面に漣はない。夜の色をとどめた黒瞳に冷えた光浮かべ、
「私は酒も紅もやらぬ」
「では最後に」
立ちあがりながら玄之丞が口を開いた。
「名は聞かないが‥なんと呼べばいい?」
「蘭」
一言――
女浪人は冷然たる声音でこたえた。
●
同じ頃、白河義雪は酒場にいた。酒を舐めながら誰にともなく声をかける――相手は誰でも良かった。
「何ていいよったけ、三蛇とかん奴か」
何人かがちらりと視線を寄越す。それに気づき、彼はわざと大げさに、
「あいつりゃァ賞金首に金さ積まれって、仕事を反故にしたてね。金しゃえ積みゃあって聞いちゃ居たけんど‥‥」
溜息をつく。それは無味無臭の毒だ。
そしてまた同じ頃、義雪の友である神楽龍影(ea4236)は薩摩藩邸にいた。
対座するのは薩摩藩士・新納忠続である。
「細雪華虎、先日のご返事を致したく参上致しました」
「よくぞ参られた」
忠続の眼――針のような視線が探るように龍影の鬼面頬の上を這った。
「で、返答はいかに?」
「私の身で良ければ、薩摩でお使い下さりませ。‥‥神皇様の御為なれば、何でも致しましょう」
「よくぞ申された」
忠続が相好を崩した。
「やはり見込んだ通りのお方なあ。これからは共に手を携えて、神皇様の御為に働きましょうぞ」
「はい」
龍影が初めて自ら鬼面頬を外した。そして深々と一礼しつつ、
「志士の神楽龍影。改めて御挨拶申しあげまする」
「こちらこそ改めて。新納忠続と申しもんで。‥‥ところで」
笑みを消した忠続の眼の針の光が強まった。
「早速だが、頼みたかちゅうこつがあう」
「はっ、何なりと」
龍影が白蝋のような面をあげた。
「どのようなことでござりましょうか」
「それよ」
忠続が膝を進めた。そして肉食獣の眼を近寄せ、
「神皇様近侍の京都守護たる平織虎長殿、その暗殺の裏には新撰組が蠢いておるとのこと。神皇様の御為、その首魁、このままには捨ておけぬとは思われませぬか」
にぃ、と忠続が嗤った。
そして龍影といえば。
深い淵のような眼に、謎めいた煌きのみをたゆたわせて――
●
依頼人から聞いた幾つかの場所、それから鶸の天狗なる通り名を使って裏稼業のつてを辿り――
すでに宵の口。
朱鳳陽平を狙っていると装い、闇界隈を巡っての帰途であった。
突然吹きつけた灼熱の殺気に、咄嗟に堀田左之介(ea5973)と玄之丞は横に飛んだ。一瞬遅れて、彼らのいた空間を小柄が貫いて、過ぎた。
「なんだ」
その言葉が終わらぬうち、さらに左之介は飛んだ。きらと閃いた銀光が、鋭利な旋風を巻きつつ彼の頬をかすめて過ぎる。
「野郎!」
地に降りざま、左之介が右手の龍叱爪をかまえた。傍らで噴き零れた白光は玄之丞の抜き払った刃光だ。
「何モンだ!」
「朱鳳ってガキから手をひけ」
闇の奥から声がした。
「なにぃ」
左之介の口がニヤリと歪んだ。
「そうはいかねえ。大枚積まれて頼まれた殺しだ。おまえらが何モンか知らねえが、おいそれと手をひくわけにはいかねえな」
「なら、死ね」
刹那――
玄之丞ががくりと膝を折った。
慌てて振り向いた左之介の眼前、総髪の侍と、その背後に僧形の男が立っている。
「朱鳳は俺達の獲物だ。邪魔をする奴は殺す」
「わかったよ」
不貞腐れた態で、左之介がかまえを解いた。
端から三蛇と事をかまえるつもりはなかった。それよりも確かめねばならぬことがある。
「ひとまず手をひいてやらあ。依頼人――訛りからして南国の藩士らしい侍には申し訳ねえがな」
「なにぃ」
総髪の侍と僧形の男が――一瞬だがちらりと眼を見交わした。それを左之介は見逃さない。
「けど、いいか。おまえらが始末できねえ時は俺達が貰いうけるぜ」
「よかろう」
「んじゃ、お手並み拝見、だな」
にんまりとして足を踏み出した左之介の前に、氷の刃が突き出された。
「何の真似だ」
「とは、こちらの台詞だ」
刃を持つ総髪の男が嘲笑った。
「うぬらを引き連れて行くとでも思ったか。おとなしく仲間の手当てでもしておれい」
「野郎」
すうと、左之介の両腕があがりかけた。と――
傍らの玄之丞の手が左之介のそれをしっかと掴んだ。
「待て。――ならぬ」
三蛇の気配が完全に消失し――それを見透かしたかのようにふたつの影が闇の中にすうと浮いた。
「あれが三蛇ですか」
「惣助さんに弥助さんかい」
まだ片膝ついたままの玄之丞が苦く笑った。
「手加減をしたようだが蛇眼坊の手の内、確かに見届けさせてもらったよ。このこと、仲間に知らせてもらえるかい」
「承知しました」
片桐惣助が小さく頷いた。すると左之介が玄之丞を助け起こしながら、
「ところで十一番隊の方はどうだった?」
「動きはないぜ。組長代理もおとなしいままだ。それより――」
片桐弥助は彼らしくもない強張った面を左之介にむけた。
「屯所を見張ってやがる奴がいた。遠くない先、大事が起こるかも知れねえぜ」
●
すでに夜半。
新撰組屯所に続く道は漆を流したように暗く――一人、薄汚れた若者が歩いていた。
浮浪人に扮した亮である。
金目当ての密告者として三蛇に接触しようとしたものだが果たせず、それではと柊と司の居場所について噂をばらばいてはみたのだが――
それは、テリーも同じで。
彼もまたシフールであることを活かし、シフール飛脚に紛れ込んで三蛇を知る者を探してはみたのだが情報は得られず。せめてと囮役二人の動静を波紋の如くに広げてはみた。
――さて、上手く餌に食いつくかな。
おっとりとむけた亮の視線の先。柊と司はぶらぶらと歩を運んでいる。その姿は漫ろ歩きを楽しむ酔狂者と見えなくもないが――
キルト・マーガッヅが選別した迎撃適した地点。そこに至るまで三蛇が待ってくれる保証があるはずはなし。柊と司は無視できぬ緊張感に包まれている。
蛇は必ず十一番隊に近いところで這い出てくるはずなんだ。柊は思う。
常に蛇は隊の近くにいるところを襲ってきた。此度も必ず‥‥
そして、司は――
決して死なぬと心中誓っていた。
蛇に負けるなんて、巳の型を教えた私が許しませんよ――夕凪に抱きしめられ、伝えられた言葉。その温もりに賭けて、弊れることが許されようか。
「むぎゅう」
声が、した。司の背嚢の中――テリーだ。
「大丈夫かいな」
「暑いよー、暗いよー、息できないよー」
「もうちょっとの」
辛抱、と司が云おうとした時、彼らの眼前に三つの影が現れた。
深網笠の二人の侍に、網代笠を深く被った雲水が一人。ほとんど反射的にテリーが呪を紡ぐのと司が呼子笛を吹いたのが同時であった。
刹那、踊り出る。隠身の勾玉にて隠形していた宗風が、夕凪が。さらには龍影が。そして亮がはねあがる。
ところが――
「ぬっ」
うめいて、宗風がたたらを踏んだ。そのまま朽木のように崩折れ――抜刀した野太刀の刃で身を支えた。
何が起こったのか、わからない。蛇眼坊の黒の呪法はテリーのアグラベイションにより間隙を穿ったはずだ。いや――
司の背嚢から飛び出したテリーは見た。三蛇が風を巻いて逃げ出すのを。
さらに――
愕然として振り向いている柊と司は気づいている。宗風の後方に立つ総髪の侍と僧形の男を。
「いやにうぬらの動きが伝わってくるので念を入れてみたが、やはり、な」
総髪の侍――大蛇丸が木枯らしの声で嗤った。
囮。
冒険者と同じ手を、三蛇もまたうってきたのであった。
「あっ」
苦鳴とともに、枯葉のようにテリーが地に落ちた。その背に――小柄が一本突き刺さっている。
――蛇童だ。大蛇丸達と挟撃する形で、闇の奥から小柄の影が現出した。
「おのれ」
はじかれたように柊と夕凪が、蛇眼坊めがけて地を蹴った。何としても奴のビカムワースだけは防がねばならない。
それよりも宗風を助けねば。
もしかすると、柊の胸を占めていたのは、その一事であったかも知れぬ。
「アンタの仕留めそこねが帰ってきたぞ」
「馬鹿め」
蛇眼坊の口の端が鎌のように吊りあがった。
一瞬後、ふたつのことが同時に起こった。抜きうたれた大蛇丸の一刀が闇を斬り裂きつつ柊に吸い込まれ――
夕凪の手の凶暴な三本の鉤爪が、三筋の亀裂を空に刻みつつ蛇眼坊に疾り――
「あっ」
苦悶の響きはふたつあがった。
ひとつは柊の口から、そしてもうひとつは――おお、蛇眼坊の口から。
やった。蛇眼坊を斬った。
心中快哉を叫ぶ夕凪の耳は、確かにとらえていた。
――のろのろこ〜せん、はっしゃ〜。
それは死力を振り絞って発せられたテリーの発呪の声である。
一方――
蛇眼坊が倒れ伏すのを見とめ、殺到しようとした蛇童が――化鳥のように飛び退った。彼のいた地、そこに一本の小柄が突き立っている。
「やらせないよ」
するすると進み出た亮が、十手もつ両腕を広げた。天と地を指すように。
すなわち二天一流。龍虎左右手に宿らせて。
「ええい」
蛇童が刃を一閃させた。
眼にもともらぬその斬撃は、文字通り亮の眼には映らず――いや、見えた。突如燃え立った炎――龍影によるものだ――に動揺した蛇童の刃は、かっと音たてて亮の左の十手によって受けとめられている。
「そこまでやな。覚悟せえや」
すすうと、もう一匹の毒蛇が蛇童に襲いかかった。たまらず、まだ動揺の尾をひく蛇童が一気に飛び退る。
何でそれを見逃そう。司もまた飛び、空で二影が交差した。
「くっ」
ぎりっと大蛇丸が歯を軋らせた。夜目のきく彼の眼は確かに見とめたのだ。血しぶかせ、蛇童が地に転がるのを。
その時――
背を氷の手で撫でられる感覚を覚え、雷に撃たれたように大蛇丸が振り返った。その眼前、薬水を含みつつ、ゆるりと宗風が立ちあがっている。
「俺に止めを刺さなかったこと、後悔させてやるぞ」
宗風の剣先が、彼の心胆に呼応するように鶺鴒の尾の如く震え――
「さあ‥この間のケリをつけるとしようか‥」
「ぬかせ」
刀の柄に手をかけ、まさに獲物を狙う蛇のように大蛇丸がすうと身を低くした。
宗風と大蛇丸。今、再び対峙の刻――
ぎりぎりと空間が殺気によって硬質化し、それが鏡のように砕けようとしたその瞬間。突如、宗風の身が闇に沈んだ。
●
闇を疾る影があった。
その前に立ちはだかる影があった。
ひとつは蛇眼坊断末魔のダークネスにより虎口を逃れて来た大蛇丸であり、ひとつは月風影一の情報により、ゆったりと夜の底で三蛇を待ちうけていた大樹である。
「おまえの云った通り、来やがったぜ、さるよ」
鬼神のように笑うと、大樹は薙刀を奮わせた。ただで通すつもりのない横薙ぎの一撃は豪風と化し――きいんと澄んだ金属音を響かせ、大蛇丸は大樹の傍らを疾り抜けている。
「面白いねえ」
薙刀を抱くようにし、どかりと大樹は胡座をかいて地に座った。その刀傷を負った面には、嬉しくてたまらぬように笑みが浮いている。
「面白いねえ」
もう一度大樹は呟いた。
抱き起こされ、柊は眼を開いた。
「無茶をするな」
「いつものことだ〜」
痛みをこらえて、柊が宗風に笑い返した。誰のためであったかは、黙っていた。