【上州忍法帖】駆け落ち

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 72 C

参加人数:7人

サポート参加人数:4人

冒険期間:10月19日〜10月26日

リプレイ公開日:2006年10月28日

●オープニング

「もう大丈夫でありましょう」
 足をとめると、瀬名真二郎は額にういた汗をぬぐった。
「そうですね」
 頷いて微笑んだのは、連れの美しい娘だ。名を菊といい、真二郎の仕える若島家の姫君である。
「ここまで来れば」
 云って早苗は振り返った。そこは峠で、見下ろせば、今抜け出て来た城下町を眺めることができる。
 上州館林。それが町の名であった。
「姫。お疲れでありましょうが――」
「わかっています。私のことなら心配はいりません。それよりも追っ手が心配です。急ぎましょう」
 菊に促され、旅装束の二人は再び歩き始めた。
 と、ややあって菊が窺うように真二郎の横顔を盗み見た。真二郎の頬をよぎる暗鬱な翳を見とめた故だ。
「どうかしたのですか?」
「いえ――」
 一度頭を振りかけて、しかしすぐに真二郎は真摯な眼を菊にむけた。
「本当に、これで良かったのでありましょうか」
「真二郎――」
「いや」
 真二郎は菊を遮った。
「姫のおっしゃりたいことはわかります。ですが、主君の姫君を婚儀を前に連れ出すなど家臣にあるまじき行為。不忠の謗りは免れますまい。いえ、私のことなどどうでも良いです。それよりも姫のことが案じられてならぬのです。国を抜けた上はもはや禄など望むべくもなく――」
「真二郎」
 今度は菊が真二郎を遮った。
「私の気持ちはわかっているはずです。あなたについて行くことに何の躊躇いもありません。それとも真二郎は私のことが嫌いになったのですか」
「嫌い、などと――」
 あわてて真二郎は声をあげた。
「とんでもありませぬ。私は、恐れおおいことながら姫を誰よりも慕うておりまする」
「ならば何の問題もないではありませぬか」
 菊は輝く微笑をむけた。その匂い立つような笑顔に、たまらず真二郎はひしと菊を抱きしめた。
「姫」
「真二郎」
「よくもやってくれる」
 嘲る声がひとつ。
 はじかれたように振り向いた二人の眼前に人影が現れた。眠たげな眼をした優男だ。
「金沢様!」
 菊の口から悲鳴に似た声がもれた。すると金沢と呼ばれた男は口の端をキュウと吊り上げた。
「そのような姿でどこに行くつもりですか?」
「こ、これは――」
 菊が口ごもらせた。と、真二郎が足を踏み出し、
「金沢様、誤解でござります。私達は逃げようなどと――」
「語るに落ちたな。誰が逃げると云った?」
「あ――」
 絶句する真二郎をニンマリと眺めながら、金沢は菊の手をがっしりと掴んだ。
「さあ、戻るのです。父上がお待ちです」
「お、お放しください。私は真二郎と共にゆくのです」
「聞き分けのない」
 面倒くさげに、ちらと金沢が視線をはしらせた。その先、いつの間に現れたのか、四つの影が地に片膝ついている。
「諏訪、菊姫をお連れしろ」
「はッ」
 四つの影のうち、丸々と太った男が立ち上がった。そのまま音もなくするすると菊に近寄る。そして眼にもとまらぬ疾さで菊の腕をとった。
「あっ」
 菊の口から声がふいたのは一瞬。すぐに菊はもがくのをやめた――いや、やめさせられた。どのような業があるのか、軽く掴まれているようにみえて、菊は手足の指一本動かすこともままならなくなっている。
「そこでおとなしく見物しているのですな。不義の侍がどのような仕打ちにあうのかを――芦名」
 金沢が顎をしゃくってみせた。
 それを合図に、残る三影のうち二影が化鳥のように空に躍り上がった。ほとんど反射的に抜刀した真二郎であるが――
 一影を薙いだとみえたのに、真二郎の刃は空をうっている。
「真田得意の分身の術でござる」
 嗤い、芦名と呼ばれた忍びが真二郎の腹に拳を叩き込んだ。
「命はとるな。婚儀の前に面倒が起こるのは拙い。荒谷」
「はッ」
 残る一影――荒谷と呼ばれた男が立ち上がった。
「軽く焼いてご覧にいれまする」
 その言葉の終わらぬうちに、荒谷の手から炎がほとばしり出た。

「――真田の忍びです、その三人は」
 あらましを話し終えると、冒険者ギルドの手代はそう付け加えた。
「真田昌幸の家臣の金沢甚太夫に付き従ってきた上は、おそらくはそうであろうと‥‥」
 咳きをひとつ零すと、手代は依頼書をめくった。
「真二郎という若侍の命に別状はありません。ただ顔をひどく焼かれてしまったようで‥‥それと菊という姫様は城下の屋敷内に閉じ込められているようでございます。今は外出もできぬ様子ということで」
 それで――
 一人の冒険者に促されて、手代は依頼書を前に押しやってみせた。
「婚儀は間近。それまでに菊と真二郎を逃してやってください」

●今回の参加者

 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea6649 片桐 惣助(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7310 モードレッド・サージェイ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea9028 マハラ・フィー(26歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 ea9450 渡部 夕凪(42歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb3305 レオン・ウォレス(37歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb5106 柚衛 秋人(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

御影 涼(ea0352)/ アキ・ルーンワース(ea1181)/ ヨシュア・グリッペンベルグ(ea6977)/ ルース・エヴァンジェリス(ea7981

●リプレイ本文


「ろまんすですね〜」
 青柳采女から再度事情を聞いて後、初めて発せられた言葉はマハラ・フィー(ea9028)のこの言辞であった。それに対してニヤリと笑ってみせたのは、モードレッド・サージェイ(ea7310)である。
「道ならぬ恋には、障害やら試練は付きもの、ってな」
「その方が恋の炎は燃え上がるってか」
 木賊崔軌(ea0592)も軽口をたたく。
「身内を哀しませるのも、自分達が去った後の不都合も‥全てを承知で、捨てていく覚悟ができてるって事なら、他人がそれを止めるお節介も無ぇわな。‥‥ましてや、今回はどーもキナ臭い雰囲気もしやがるし、な」
「真田の家臣が‥ってこた、姫の相手は真田の縁者だろうな。忍びを共にしてるからにゃなんぞ又企んでんだろうぜ。子の為に主君に牙剥く親も居りゃ、子を差し出す親も居る‥解らねえよな、武家ってな」
 崔軌が大げさに溜息を零せば、渡部夕凪(ea9450)が苦笑を返す。
「真っ直ぐなあんたにはわからないだろうねえ。侍って生き物は」
「わかりたくもねえよ」
 それもそうだろう。
 以前、彼は源徳家康の暗殺を阻止したことがある。その際、ある侍は江戸の命運と忠義を量りにかけ、我が子の命をとったのだ。そうかと思えば此度は無理無体な結婚騒動。武士道とは、そも何であろうか。
「ともかく」
 夕凪が口を開いた。
「忍びが出張ってるってのは只事じゃなかろ。真田が欲しいのは姫か、それとも上州館林か。‥‥どちらにしても祝言では済まなかろうさ。ならば‥私が頷く相手は決まっている」
「えっ」
 采女は息をひいた。
 夕凪の眼にたゆたう刃のものに似た光を見とめた故である。いや――
 夕凪だけではない。
 マハラ、崔軌、モードレッドの、そして未だ口を開かぬ片桐惣助(ea6649)、 レオン・ウォレス(eb3305)、柚衛秋人(eb5106)の眼にも同じ光を見つけ、我知らず采女は肌が粟立つそうになるほどの戦慄を覚えた。
 この者達はいったい何者なのであろう。もしかして、私は今、とんでもない者達を目の当たりにしているのではなかろうか。
 その時、見送りに来ていた御影涼が一枚の紙片を惣助に差し出した。
「これは?」
 惣助が問う。
「ヨシュア・グリッペンベルグが施したばーにんぐまっぷで得られた情報を元に作ったものだ。上州を抜けた辺りに寺がある。当面の隠れ場所としてはふさわしいだろう」
「手数をかけます」
「いや」
 こたえると、涼は冷厳な面をわずかにほころばせ、
「真田の好き勝手にはさせたくはないからな」
「はい」
 ふわりと、しかし決然たる面持ちで惣助が笑った。
 何故なら――
 優しげに見えて、彼は名だたる伊賀忍びの一人だから。真田なにするものぞという気概がある。
 と――
「‥‥これで差しあたっての隠れ場所は見つかったし、後は――」
 マハラが細い顎に指をあて、森の妖精のように沈思する。やがて采女に眼をむけると、
「着物に関しても目立ちすぎても困るでしょうし、逃亡のための金子を少し用意できませんでしょうか?」
 と、頼んだ。
「金子ですか」
「そ。生き残るためにはかかせないものでしょう」
 国を抜けた上は、姫であったことなど、何の足しにもならない。生存術に長けたレンジャーであるマハラは、すでに逃げ延びた後のことまで計算している。
「わかりました。できるだけ用意いたしましょう」
「なら、もう安心だね」
 それまで控えていたアキ・ルーンワースが小さく微笑んだ。
「彼も命懸けで、動いてる。みんな‥その気持ちに応えてあげられれば、良いね」
「色恋沙汰には余り首を突っ込みたくないんだが、これも人助けだな」
 頷いたのはレオンである。
 その言葉通り、彼はあまり色恋などには興味はない。ないが、それよりも力で色恋を引き裂くなどという無粋な真似は許しておけぬ。
「おうさ」
 秋人が、楽しくてたまらぬように自らの掌に拳をうちつけた。
 元来、型にはまったことは嫌いな性質である。ならば。此度の依頼は彼にうってつけだ。
 武家世界の常理。それを木っ端微塵にぶち壊すのは痛快事である。
 それはモードレッドにとっても同じであるとみえ、
「さあ、噂に聞く真田忍軍とやらをぶっ潰すとするか」
 十字の形した剣を引っ掴み、モードレッドが風立つ町に足を踏み出した。


 真二郎屋敷。
 門は閉じられたままで、ここしばらく開いた様子はない。
 そこを、立ち止まって眺めている者がいる。身形からして植木職人のようだ。
「待て」
 声がした。びくりとして身を竦めた植木職人の背後に、いつの間に現れたか黒影がひとつわいている。
 荒谷。火遁を使う真田の忍びだ。
「何者だ」
「へえ、植木職人の惣助と申します」
「植木職人?」
 荒谷が眼を眇めた。
「こんなところで何をやっている?」
「いえ‥‥このお家が近々改易になるので、その前に剪定をということで」
「剪定?」
 荒谷が僅かに首を傾げた。
「そのような話、聞いてはおらぬ。誰に命じられた」
「それは‥‥」
 惣助が一瞬云い淀んだ。それが拙く――荒谷の口が皮肉にゆがめられた。
「ほお、こたえられぬか」
「いえ、そのようなことは‥‥」
「よい。その身体に訊いて、あらいざらい吐かせてくれよう。来い」
 荒谷が惣助の襟首を掴み、木陰に引きずり込んだ。

「大丈夫か」
 血まみれの惣助を抱き起こし、モードレッドが問うた。すると惣助は弱々しい笑みを浮かべ、
「はい。少々、血を流しすぎましたが」
「よく我慢したな」
 モードレッドが感嘆した。甚振るのが得意な彼には惣助の痛みのほどがよくわかる。
「忍びってのもたいしたもんだな」
「慣れてますから」
「その分なら大丈夫だ」
 モードレッドの口から安堵の吐息がもれた。
「それで、段取りは?」
「屋敷の庭に文を投げ込んでおきました。必ず気づくはずです」
「そうか‥‥」
 それを真二郎が信用するかどうかわからぬが、今はこれ以上の接触はのぞめぬ。
 モードレッドは荒谷の姿の消えた道に眼を遣った。
 ――この借りは、百倍にして返してくれる。
 いずれ来る決着の刻を夢想して、モードレッドは抑えきれぬ冷笑を満面に浮かべた。


 やはり馬を二頭並べての早駆けは難しく(おまけに池月にはマハラをのっけていた)、秋人達が日の傾きかけた館林に着いた時、すでに崔軌は町の入り口付近に罠を仕掛け終えていた。
「遅かったな」
「すまん。で、罠の方は?」
「こんなところだ」
 自らの、そして夕凪から預かった馬を繋いだ辺りを崔軌が示してみせた。
「どこだ?」
 わからない。罠があると知らされていても、どこに仕掛けられているのか見当もつかぬ。その時――
「ここでーす」
 声に、慌てて振り向いた秋人の眼前、マハラが木の枝に紐で宙摺りになっている。
「あはは。引っかかってしまいました」
「あはは、じゃねえよ。また仕掛けなおさなくちゃなんねえだろ」
「しかし‥‥」
 ごちる崔軌を見つめつつ、秋人は絶句した。マハラほどのレンジャーがかかるとは只事ではない。
「ところで、渡部とレオンは?」
「姉貴か? 姉貴なら町だ。レオンは‥‥奴のことだ。好きにやってんだろ」
「好きに、か‥‥」
 確かに奴らしい。影のように得体の知れぬレンジャーの姿を脳裡に思い描き、秋人はこれから向かう館林の町を眺め遣った。


 その得体の知れぬレンジャー――レオンは、実のところマハラ達とはそう遠く離れていないところにいた。
 草薮を覗き込み、そして樹上を見上げる。それから崖に眼を遣り、次に物陰に身をおき――
「ふむ。なかなか良い場所がないな」
 呟いた。
 こちらは隠れるに適し、なおかつ敵を見通すことのできる位置。できうれば見下ろす場所が良いが‥‥
 追っ手に対する狙撃。それこそが彼の狙いである。
 敵は真田の忍び。真二郎と菊を確実に逃すためには、誰かが盾になって二人を逃さねばならないのだ。

 そして、一方というか‥‥
 江戸にいるはずの柳生十兵衛が見れば腹を抱えて喜んだであろう見物――夕凪は鳥追に身形を変え、三味を弾きひき、逃走の為の経路を下見していた。
 すでに采女の安全の為に接触を絶っている。頼りは自分の眼だけであるからだ。
 やがて――
 夕凪は菊が閉じ込められているという屋敷にいきついた。
 門は閉じられている。門番も見張りらしき者の姿も見えぬ。が――
 いる。真田の忍びが。
 樹に化けたか地に潜ったか、はたまた影に変じたか。それはわからぬが、どこかに隠れ、じっと息をひそめてこちらの様子を窺っているはずだ。
 弦を爪弾く指にわずかに震えが生じた。
 その夕凪の眼の前、はらりと朽ち葉が舞っている。
 この辺りもすぐに銀の世界になるな。
 夕凪は思った。


「そろそろか」
 呟いて、崔軌は愛馬月光の首を撫で、しずめた。今、下手に嘶かれでもしたら元も子もない。
「姉貴とマハラは?」
「もう忍び込んだ頃合だ」
 屋敷から秋人が眼を転じた。
「騒ぎが起きねえところをみると上手くいったようだな」
「まだわからん」
 こたえる秋人の手が無意識的に腰の越中国則重にのび――

 闇夜に桜花舞うように。
 ゆるゆると風がそよぎ――しかし、何も起こらぬ。
 さすがに真田の忍び。使い慣れぬ春花の術で眠らせることはできぬ。
 が――
 動いた。
 気配が。術の発動に気づいたものであろう。
「うぬか」
 土塀の上に現出した影から声がした。
 荒谷。彼の眼は、路上に佇む惣助を見とめている。
「やはりただの植木屋ではなかったな」
「真二郎さんをいただいていきますよ」
 その惣助の言葉の終わらぬうち、何の予備動作も見せぬ彼の手から紐のついた刃が飛んだ。
 銀光の尾をひいて唸る縄ひょうの一撃。が、その攻撃を、荒谷は怪鳥のように空に飛んでかわしてのけている。
「馬鹿め。真田の荒谷を敵としたことを、あの世で後悔しろ!」
「後悔するのは、おまえだ」
 びゅっと豪風まいて疾る刃に、地に降り立った荒谷は再び後方に飛び退った。その眼前――
 神威やどりし剛剣を肩に、モードレッドが足を踏み出した。


 いる。
 中庭に一人。身のこなしからして真田の忍びであろう。
 物陰に身をひそめた夕凪は隠身の勾玉握り締め、息をつめた。
 勾玉の効果で気配は隠せよう。が、姿まで消せるわけではなく。菊の元まで辿り着くには、やはり身を晒さねばならない。
 そう夕凪が判断した時だ。
 
 ――チチッ。

 鳥の鳴き声がした。
 それはいかにもわざとらしく、一瞬忍び――芦名の注意がそれた。
 何でそれを夕凪が見逃そう。狼のように夕凪が襲った。が――夕凪の一刀は空をうっている。
 しくじったのではない。芦名の身が霞であるかのよう刃が素通りしてしまったのだ。
「分身か」
 敵の術を悟り、夕凪が歯をきしらせた。
 刹那、夜目のきく彼女は見とめている。芦名の幻が苦悶に顔を歪ませるのを。
 これは――!?
 夕凪がはしらせた視線の先、芦名の実体の首に毒蛇のようなものが巻きついている。さらに、その蛇の如き物の先には屋根に身を伏せた小さな影が――
 マハラ!
 夕凪の口から声にならぬ叫びが発せられた。その時だ。
 ぷつりとマハラのカラミティバイパーが千切れた。
 それが何者かによった放たれた手裏剣の仕業と二人の冒険者が知るより早く、別の真田の忍び――諏訪が現れ、抜刀した。
「よくぞ参った。だがの、生きてここから出ることは適わぬぞ」 
「それはこっちの台詞だ」
 ぬっと。闇の中から、秋人が姿をみせた。すでに十手と小太刀を左右手にかまえている。
「ゆけ、夕凪! ここは任せろ!」


 わずか、前―― 
 
 こん。
 小気味良い音たてて、見回りらしき家人が崩折れた。
 その身を抱きとめ、横たえたのは崔軌だ。彼は口辺に薄い笑みをはきながら、殺気うずまく屋敷を眺め、呟いた。
「始まったかよ」


「かっ」
 鋭い呼気とともに、荒谷の手から炎が迸り出た。紅蓮の怪蛇のようなそれを、危うくモードレッドは横に飛んで避けている。
「ええい、こいつ速えぞ!」
 荒谷の火遁は高速詠唱。迂闊に近寄る隙はない。
「俺が!」
 絶叫したのは背後に回り込むべく疾る惣助だ。再びその手から縄ひょうが虎落笛に似た唸りをあげて飛び――くるくると荒谷の腕に巻きついた。
 ぐいと引かれた左腕を、慌てて荒谷の右腕が追い――ぽとりと地に、荒谷の右腕が落ちた。
「な、なにっ!?」
「ばあか、印なんぞ組ませるかよ」
 獰猛な笑みを浮かべると、モードレッドは一気に荒谷を袈裟に斬り下げた。

 裏木戸が開いて、寝巻姿の娘が走り出て来た。
「菊さんか」
 崔軌は問うと、返事を聞くあらばこそ、菊をひっさらうようにして馬にのせた。そして自らも馬に飛び乗ると、
「ゆくぞ。真二郎って人が待ってる」
 叫んだ。
「で、でも私を救い出してくれた方達は?」
「心配ねえ。あいつらなら殺しても死なねえよ」
 呵呵と笑うと、崔軌が月光の腹を蹴った。直後――
「誰がよ!」
 屋根の上からひらりとマハラが舞い降りてきた。追うようにして、もう一影。こちらは芦名だ。
 続いて木戸をぶち破るようにして秋人が飛び出してきた。さらに二人。こちらは諏訪と夕凪だ。
「うぬら、何者かは知らぬが、何故命懸けでこのような真似をする!」
 遠くなりつつある馬影を眼で追いつつ、諏訪が焦りの滲んだ声で問うた。すると秋人は戸惑ったように――が、すぐににっと笑うと、
「理由なんぞねえ。ただの酔狂だ」
「酔狂!?」
 さすがの諏訪の面に、一瞬戸惑いのような色が過ぎり――すぐに、それを恐れるかのように彼は怒鳴った。
「芦名! ここは任せて菊姫を追え!」


 白い騎影が駆け抜けていく。それほど迅くはなく。
それを見送り、むくりと樹枝の上でレオンは身を起こした。菊の乗る馬が過ぎる前、すでに池月に乗った真二郎が疾り抜けている。すぐに真二郎と菊は新たな地平へと旅立つことだろう。
「あれは‥‥」
 レオンの鋭い眼は、遠くから飛ぶように駆けてくる一つの影を見出している。いうまでもなく、追っ手の真田忍者――芦名であった。
「来たか」
 流れるような動作で、レオンが矢を番えた。敵は、彼が路上に仕掛けた罠を悉く突破してきている。やはり並みの忍びではないようだ。
 その時、先ほど眼下を過ぎた菊のあげた声が耳に蘇った。
 ――レオン様、お気をつけて。
「ふん」
 彼らしくもなく、レオンは照れたような笑みを浮かべた。が、それを誤魔化すかのように眼を細めると、彼は第一矢を放った。それは避けもかわしもならぬ芦名の肩に突き刺さり――
「しばらく踊ってもらうぞ」
 氷に似た光を眼にゆらめかせ、レオンは矢をひいた。

●後日
 江戸に、七つの騎影が戻って来た。
 真田忍者にしてみれば、当面冒険者の始末などどうでもよく、そのために誰一人命を失わずに済んだのだが――
「殺しても死なないって、どういうことよ」
「だから、それはだなぁ」
 秋晴れの空に、高らかに声がこだました。
 それは、道中幾度となく繰り返された問答であった。