【上州征伐】暗殺行

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 48 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月18日〜11月25日

リプレイ公開日:2006年11月27日

●オープニング

 篠つく雨にうたれ、山道をゆく一団があった。
 ある者は徒歩で、ある者は荷車をひいて。
 源徳家足軽衆五十人。旗本草津重三郎に率いられた武士団である。
 何故、このような雨の中、彼らは山の中をゆくのか。
 それは源徳家と新田家が戦の真っ最中である故だ。
 この時、中山道を確保した源徳家康は三千の兵を率いて江戸を出発し、新田義貞守る平井城に迫っていた。が、新田義貞はこれをよく守り、家康すらも攻めあぐねているのが実情だ。おまけに敵には名将真田昌幸、幸村親子がいる。魑魅魍魎と化した真田忍軍がいる。さしもの家康も手を出しかねていたのであった。
 その為、城攻めは思いの外長引いた。それは当然補給を必要とし――
 誰あろう草津重三郎こそ、その補給部隊の隊長であったのだ。
 
 どさり。
 突如、足軽の間から大きな音が響いた。
「どうした?」
 重三郎が問う。すると足軽の間から応えがかえってきた。
「泥濘に足を滑らせてしまいました。申し訳ございませぬ」
「ならば良いが」
 重三郎はずっぽり濡れた顔を拭った。
 この季節の雨はすでに冷たく、身体の熱を奪う。気をつけねば風邪をひきかねない。
「皆の者、心せよ。どこに真田の乱破がひそんでおるか知れぬぞ」
「その通りだ」
 薄く笑う声に、愕然として重三郎が振り向いた。
 その眼前、濡れた闇の中にうっそりと立つ影がひとつ。
「な、何者だっ?」
 惑乱して問う重三郎に、影はさらに嗤いを深くして、
「霧隠才蔵」
「な、なにっ」
 悲鳴に近い叫びを重三郎は発した。その名は夢魔のように重三郎の胸に暗雲を巻き起こしている。
 霧隠才蔵。
 真田十勇士最強の一人。その勇名は遠く江戸まで鳴り響いている。
 恐怖に震える手で重三郎は抜刀した。
「おのれ、真田の山猿!」
「その山猿に、死肉と変えられるのはうぬらだ!」
 刹那、霧隠才蔵の身の周辺から銀灰色の霧が湧きだした。それは茫漠と足軽衆達を包みだし――
 見えぬ。何もかも霧が閉ざしてしまった。
 その時、悲鳴があがった。
 もし霧を見通せる者がいたら、驚くべき光景を見出したに違いない。それは――
 数本の樹が突然溶け出したかのように人に形を変え、一気に足軽衆に襲いかかったのである。たちまちそこは阿鼻叫喚の巷と変じ――
 ここに至り、足軽衆達は混乱した。皆、見えぬ敵を求めて刃を舞わせる。
「ま、待て、慌ててはならぬ! 同士討ちとなるぞ!」
 重三郎が絶叫する。が、その叫びも耳に入らないかの如く、足軽達は互いに互いの肉と骨を削っていく。
 やがて幾許か。
 霧の引いた地には、鮮血にまみれた源徳家足軽衆の骸が横たわっていた。
「お、おのれ‥‥」
 身を横たえたまま、重三郎が歯噛みした。その彼の胴からも血がしぶいている。
 ガッと重三郎の背を何者かの足がふみつけた。
 その者――壮年の男で、名を唐沢玄蕃という。
「ははは、江戸の犬侍。もう吠えることもできぬか!」
 玄蕃が重三郎の背を踏みにじった。それへ才蔵は冷たい視線を送り、
「玄蕃、止すがいい」
 と、とめた。
「才蔵殿、何故とめなさる?」
「もはや戦えぬ。これ以上甚振ることもあるまい」
「はっ」
 玄蕃が嗤った。
「この世に並ぶ者なき霧隠才蔵ともあろうお方が甘いことを‥‥忍びに情けは無用」
 云うと、玄蕃は重三郎の背に刃をつきたてた。
 と――
 才蔵はくるりと背を返した。
「才蔵殿、どこへ?」
 玄蕃が問う。
「幸村様のところへ。是非にも聞いておきたいことがあるのだ」
「ならば、ここは任せていただけるのでござるな」
「好きにするが良い」
 そう応える才蔵の背は、すでに渦巻く霧に薄れつつある。遠くなる気配を感じ取りつつ、玄蕃はニタリと笑った。
「霧隠才蔵などおらぬとも、ここはこの俺、唐沢玄蕃が‥‥」

 その日、冒険者ギルドを訪れたのは赤子を抱いた二十歳そこそこの娘であった。血管が透けるほど白い面は、色白というよりやつれているためであろう。
「真田の唐沢玄蕃という忍びを殺していただきとうございます」
 娘はそう告げた。
 娘の名はお鈴。唐沢玄蕃に殺された重三郎の妻であった。

●今回の参加者

 ea1112 ファルク・イールン(26歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea9028 マハラ・フィー(26歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 ea9450 渡部 夕凪(42歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9916 結城 夕貴(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0272 ヨシュア・ウリュウ(35歳・♀・ナイト・人間・イスパニア王国)
 eb3534 平山 弥一郎(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb5106 柚衛 秋人(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb5421 猪神 乱雪(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

片桐 惣助(ea6649

●リプレイ本文


 マハラ・フィー(ea9028)は深い溜息を零した。
「またもや真田の忍びさんが相手なのですね」
 云って、マハラは渡部夕凪(ea9450)と柚衛秋人(eb5106)の二人と眼を見交わした。うむと二人が肯き返すのは、共に真田の忍びと殺りあった縁ある身ゆえだ。
 夕凪はふと気づき、草津重三郎の妻であるお鈴から、隣の部屋ですやすやと寝息を立てている赤子へと視線を転じた。
「戦に泣くは、いつも女子供‥。重臣達も迂闊な判断を下したものさね」
 夕凪が苦い顔をした。するとマハラが肩を竦めて、
「なめてかかったのかも知れませんわね」
 マハラは思う。
 その慨嘆は平山弥一郎(eb3534)とて同じ。彼もまた、真田とは深き因縁にあるからだ。
 ゆえに燃える。敵愾の炎が。
「相手が真田‥霧隠となれば黙っていられませんね」
「云うねえ、おまえさん」
 秋人が薄く笑う。
 無論からかってなどいない。真田を恐れぬ弥一郎を、心底から面白いと思ったのだ。それは彼自身、同じ不敵の者であるのだが。 
「ところで」
 マハラが口調をあらためた。
「一つお尋ねしたいことがあるのです。何故――」
 仇の名がわかったのか、とマハラがきいた。それに対するこたえは、まだ息のあった者がいたからということで。
「御新造さん」
 次に口を開いたのは夕凪だ。
「何でございましょう」
「御亭主のことだ。お役目は何だったんだい?」
「兵糧を運ぶお役目でした」
「ははあ」 
 それでは、真田の狙いは源徳軍の兵糧攻めか。知恵者夕凪は一人合点する。逆手に誘き出す手としても使えそうだ、と。
 では、と――。
 弥一郎が重三郎の当日着用していた着物を所望した。
「どうなさるおつもりなのですか」
「聞けば下忍も多くいるという。‥‥ならば唐沢から来させればいい。その為の仕掛けです」
「では、私は煙草入れでも拝借していこうかねえ」
 夕凪が云った。
「煙草入れ?」
「そう。一緒にさ、連れていってあげようと思ってね――」
 夕凪が微笑う。洒脱な笑みだ。
 たまらずお鈴が嗚咽をもらした。
 その泣き声を背に、弥一郎は羽織をはおっている。
 ――南無‥‥。必ず無念は晴らします。
 心中に期す。
 同じ時、仏壇に祈りをささげている者一人。イスパニア王国のナイトであり、東洋人との混血であるヨシュア・ウリュウ(eb0272)である。
 ――あたし達が依頼を受けて退治出立いたします。
 彼女もまた心中で約定を交わしていた。手ではなく、心と心を繋がせて。
 それは強く。何よりも強く。きっとヨシュアに常にはない力を与えるはずだ。
 やがて――
 その血の証ともいうべき黒曜石に似た瞳を、ヨシュアはお鈴に転じた。
「あの、悲しいでしょうが立ち直ってください。騎士は主の為に命を掛けて働きます。多分侍としての誇りは失わずに逝ったのでしょうが、あなた達の事はきっと最後まで大切に想っていたと思います」
 云った。そっと、しかし決然たる語調で。
 それが、さらにお鈴の涙を呼び、
「ほ、本当に草津は誇りは失わずに逝ったのでしょうか‥‥?」
「ったりめーだ」
 ファルク・イールン(ea1112)が閉じていたアイスブルーの眼を開いた。
 冷たい、そして熱い眼。彼は続ける。
「だからこそ、俺達はいくんだぜ」
 身内が殺される悲しみは誰よりも彼自身が知っている。あの無邪気な赤子も、いずれその寂しさを知るだろう。
 その時に、せめて仇をとって手向けとしてやりたい。大人になった時、胸を張って父親のことを誇れるように。
 と――。
「誇りを汚す奴は許せんからな」
 凄とも剛とも。腕を組んだまま、猪神乱雪(eb5421)も云う。
 その身から、その時ゆらと殺気の焔が立ち上った。その面もむけられぬ熱風の如き殺気に、武芸もたしなまぬお鈴が身を強張らせ、しかし赤子は――
 そう赤子は、その殺気に触発されたか眼を覚ましていた。キャッキャッと笑いながら――。
 もしかしたら、赤子には無意識的にわかっていたのかも知れない。今、眼前に居る八人が勇者であることに。
 確かに――。
 この後、この赤子は成人した後も語り続けていくことになるのだ。彼の親の敵を討つ為に、命をかけて戦ってくれた八人の冒険者がいたことを。


 そこにいる全員がどきりとした。
 誰も、このような美しい娘に知り合いはいない。
「僕ですよ」
「ぼ、僕?」
 少年のような面立ちのファルクがやや頬赤らめ、繰り返す。が、わからない。
「僕‥‥結城夕貴(ea9916)ですよ」
「なにっ!?」
 七人の冒険者は眼をむいた。確かに結城夕貴という仲間がいるが、それはこような雅やかな娘ではなく――いや、よく見るとやはり見知った顔だ。が、それでも‥‥うーん‥‥・。
「で、草津の部隊のことはわかったのか?」
 秋人ほどのふてぶてしい男が喘鳴のような声を発した。
「ある程度は‥‥。でも、やはり自分で調節しないと駄目でしょうね」
 服装など、あまり細かく詮索するのも変だ。いくら身内といえど。
 それでも知りえた知識の断片。それを元に夕貴流の調整を加えれば何とかなるだろう。
「では、あなた」
 夕貴の手が弥一郎の帯にかかった。
「な、何をするのです?」
 慌てる弥一郎。が、夕貴は事も無げに、
「何をって‥‥脱いでもらうんですよ」
「ぬ、脱ぐ!?」
「そう。草津重三郎に変装するんでしょ」
「それはそうですが‥‥何もこんなところで脱がなくても」
「刻がないんです。さっさとやっちゃいましょう」
 云うと、夕貴がさっと帯をひいた。と、その繊手にどれほどの力がこめられていたのか、弥一郎の身がくるくると――。
「ま、待ってください。ぬ、脱ぐのは自分で――」
「いいですよ。脱がすのも面白いですから」
 きゅっと。弥一郎の悲鳴を耳に、夕貴は悪戯猫のように笑った。


 小糠雨のやんだ中。切り株に乱雪は腰をおろした。傍らには秋人が立ち、槍をしごいている。
「また一緒になったな」
「ああ」
 秋人が肯首する。山伏峠奪還依頼で行を共にしたことを思い出したのだ。
「おまえの夢想流の冴え、此度も見せてもらうぞ」
「キミの槍術の舞を拝見するのも楽しみだ」
 乱雪の頬に片えくぼが彫られた。その時だ。
 がさりと枝葉を分け、夕凪が姿を見せた。
「なんだ、脅かすなよ」
 ファルクがごちた。夕凪は軽く笑い、すまないと詫びる。
「ざっと見てきたところじゃ、近くには何の部隊もいやしないねえ」
 山の中の見分をすませてきた夕凪が云った。
「そりゃあ、そうだが」
 ファルクがまわりを見回した。
 吹く風に、葉は音たてて揺れている。まるでそこに何かが潜んでいるかのように。
 我知らず、ファルクは身を震わせた。


 さらに進んだ道中のこと。
「待て」
 ファルクが制止した。
「どうした?」
 問う乱雪に、ファルクが眉をひそめてみせる。
「いるぞ。近くに」
「本当ですか?」
 ヨシュアがちらと周囲に視線を走らせた。が、それもまたファルクは制し、
「見るな! ぶれすせんさーに引っかかった。間違いない」
「確かに」
 肯いたのはマハラだ。
 無音無形。ただ銀の雨滴が枝葉をうつ音だけに包まれた森の中の道であるが、それこそはおかしいとマハラの本能は告げている。
 動物の声がない。それは人の多く潜みたる所以である。
「いますよ」
 マハラが囁いた。
 その彼女に目配せしたのはヨシュアである。
 彼女また感じ取っている。痛いほどの殺気を。
 それは針のようにするどく、蜘蛛の糸のように細くからみついてくる。
 その間、ファルクはさらなるブレスセンサーを発動していた。唐沢玄蕃を見つけ出すために。
「疾く示せ 闇に潜みし命の在処を」
 が――樹に潜む敵の数や距離はわかるものの、どれが唐沢玄蕃であるかの特定はできぬ。
「ちっ」
 ファルクの口の中で小さな舌打ちの音が響いた。
 ――どうせ後ろでこそこそ隠れてやがるんだろう。
「待て」
 ファルクの身が蛍火のような燐光に包まれていることに気づき、慌てて秋人がとめた。
 が、ファルクはとまらない。
「俺ァ、陰でコソコソするヤツが大っ嫌いなんだ!」
 叫び、続けて詠唱。
「集いて放て、見えざる大気と風の刃を!」
 刹那唸る、虚空の怒号が。
 見えぬ怪鳥が羽ばたきすぎるように落ち葉が一直線上に舞い上がり、一番奥まった位置の樹から呻きが迸りでた。
 それが合図――
 ででもあったかのように、一斉に数本の樹木がゆらいだ。それはたちまち人の姿へと変形し、一気に冒険者達に殺到する。
 その時、冒険者達は――
 すでに臨戦態勢に滑り込んでいる。
 ましらのように迫り来る黒装束の真田忍びを前に、結城夕貴(ea9916)は抜刀した。
「伊達や酔狂で達人言ってませんよ! 最近荒事無縁でしたし、自分で達人なんて言うとパチモンくさいですけどそれはそれで! 佐々木流結城夕貴、いっきまーす!」
 ざっと夕貴が地を蹴った。
 交差する二影。一瞬後、夕貴が降り立った時、鮮血とともに真田忍びの身が地に転がった。
「やるな!」
 二影が飛び出した。
 一人は秋人であり、もう一人は乱雪!
「ぬかるなよ!」
「秋人、誰に云っている!」
 乱雪がきりと秋人を見返した。
 直後、きらと白光が煌かせ、乱雪が刃を抜き打たせた。
 それは舞い散る朽ち葉を両断し、さらには真田忍びも――真田忍びが飛び退った。その胴から血を滲ませながら。
「ほお」
 乱雪が感嘆した。
 実は、彼女は真田忍びの身を断ち切ったと思ったのだ。が、真田忍びは肉のみでかわしてのけている。
「初めて見た。真田の忍びの実力を‥‥さすがに今までの野盗共と同じ様にはいかんか・・・・」
 言葉の終わらぬうち、乱雪が顔をゆがめた。
 その肩――小さな棒のようなものが突き出している。
 いや、手裏剣だ。真田忍びの放った棒手裏剣が乱雪の肩に突き刺さっているのであった。 
「こいつらには、こうやるんだ!」
 風車のように槍を旋回させ、秋人は放たれた手裏剣を弾き飛ばした。一度戦って、真田忍びの手の内は承知している。
 ニヤリと笑いつつ、秋人は手裏剣を放った真田忍びとの間合いを詰めた。
「くっ」
 真田忍びが飛んで離れた。
 なんでそれを見逃そう。秋人もまた同距離を飛び、魔槍河伯の槍を突き出した。
 空を貫いたそれは、真田忍びの身もまた貫き――
「うがっ!」
 真田忍びの口から苦鳴が迸り出た。
 
 同じ刻。
 ヨシュアは苦戦していた。
 下忍をひきつけるべくシールドソードで敵の刃をはねのけつつ戦っているが、すでに数太刀身に刃を受けている。おまけに手裏剣も一本背に――
 がくりとヨシュアの身がよろけ、胸がはずんだ。
 そうと見てとり、二人の真田忍びが不吉な鴉のように空に舞った。その手にはぎらと抜き放った忍者刀が一振りずつ。
「お、おのれっ」
 ヨシュアが歯噛みした。
 が、すぐさま戦闘体制のととのわぬヨシュアは、敵に身をさらしたままだ。
「死ねい!」
「しゃあ!」
 二人の真田忍びの忍者刀が光流の尾をひきつつヨシュア目がけて振り下ろされ――
「ぎゃん!」
「げはっ!」
 二人の忍びが地に転げ落ちた。何が起こったのか、よくわからない。
「な、なに――」
 眼を眇めたヨシュアは見とめた。二人の忍びの身に矢が突き立っているのを。
「これは――!」
 はじかれたように振り向いたヨシュアは見た。遠く、樹間に隠れるようにして立つマハラと夕凪の姿を!
「ここからなら見えないだろ」
 夕凪が矢を番え、放つ。眼のきく夕凪なら、この距離で十分なのだ。
 そして、夕凪の矢は剛い。それは天雷のように真田忍びを狙い――真田忍びの陣形が崩れた。
「マハラさん!」
「わかっています!」
 叫ぶマハラの手から矢が飛んだ。弓も使わぬのに。
 サイコキネシス。
 弓も使わぬマハラが矢を放つことができた秘密はそれである。
「うっ」
 真田忍びの一人が身を仰け反らせた。
 いくら手錬れの真田忍びとはいっても所詮は人間。有り得ぬ方向から飛来する矢には対処のしようもなく――。
「ぬうう」
 一人、黒装束ではない真田忍びの一人が呻いた。
「うぬら、ただの足軽ではないな」
「またきたか、真田の山猿」
 荷の傍に立つ弥一郎が云った。
「なにっ」
 真田忍び――唐沢玄蕃が眉をひそめた。
 今の一言。確かに聞き覚えがあるし――何と云った? また、だと?
「うぬは何者じゃ」
「見忘れたか、私の顔を」
「知らぬ。貴様は、たかる羽虫のことなど覚えているか?」
 玄蕃が嗤った。
「ぬっ」
 弥一郎の眼がぎらと蒼く光った。その身から凄絶の殺気が放射される。
 この男――おそらくは唐沢玄蕃は、草津重三郎のことなど覚えてはいない。羽虫を踏み潰すように、重三郎を殺した故に。
 こんな男に、重三郎は未来を粉々に打ち砕かれてしまったのか――。
 さしも冷静沈着な弥一郎の身が憤怒で膨れ上がった。
「ただではおきませんよ。あなたを殺してほしいと願っている者がいるのでね」
「俺を殺すだと?」
 再び玄蕃が嗤った。
「俺を誰だと思っている?」
「唐沢玄蕃! そして、私は平山弥一郎だ!」
「それがどうした!」
 玄蕃が躍りかかった。忍者刀を横殴りに薙ぎ払う。
 がっきとばかり――弥一郎がそれを受け止めた。
 受け止めたのは弥一郎なればこそだ。が、それは渾身の業で――。
 ずずうと、根源的な力量の格差に押され、弥一郎は後退りはじめた。はじめて弥一郎の貌に狼狽の相がうかぶ。その肩に、ぐっと玄蕃の刃が押し当てられた。
 その時――
 ずいと槍が突き出された。
「あっ」
 叫び、慌てて玄蕃が横に飛んだ。それを追うように、次には乱雪の刃が唸る。さらにはヨシュアのシールドソードが――。
「ちぃぃぃ!」
 さすがにたまらず、二度三度玄蕃が後方に飛んだ。それを冒険者が追おうとし――その眼前、玄蕃が地に掌をつけている。
 刹那、地が揺れた。抗しきれず、冒険者全てが地によろける。
「ふん、馬鹿どもが」
 玄蕃がせせら笑った。
「このケリ、いずれつけてやる」
 玄蕃が背を返した。嘲笑を残して――
 が、彼は知らぬ。地が揺れても倒れることのないものが、この世にはあることを。そして、そのものが彼を狙っていることも。
「うわあ」
 突如、悲鳴に似た声があがった。玄蕃があげたものだ。
 見れば、玄蕃の身に長大な太綱がからみついている。
 いや――
 綱ではない。
 蛇だ。巨大な蛇が玄蕃にからみついているのだった。
「夕斑、よくやりました!」
 マハラが叫ぶ。その脇をすり抜けるようにして夕貴が疾った。
「受けろ僕のこの秘剣! 佐々木流超絶すまっしゅ!」
 一気に振り下ろされた霊刀ホムラが、玄蕃の頭蓋を小砂利に変えた。


 暖かな―
 小春日和。昼下がりだ。
 赤子を抱いたお鈴は、所要で赴いていた実家から自宅へと戻ってきた。
 門をくぐり、庭先へ。そして――
 気づいた。縁におかれているものに。
 それは草津重三郎の羽織と煙草入れ。
 ああ、それでは‥‥
 赤子を抱きしめながら、お鈴は嗚咽をもらした。
 その肩を、落ち葉がさらりと撫でて過ぎた。