天誅

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月26日〜03月03日

リプレイ公開日:2007年03月06日

●オープニング

 風が哭いた。獣のひしりあげる遠吠えのように。
 びゅうと吹きすさぶ風は戸をぎしりと軋ませ――
 近江屋の小僧はぎくりとして片付けものをしていた手をとめた。
「なんや、風か」
 小僧がほっと息をついた。その時――
 とん、と。
 戸が鳴った。
 ――今夜は風が強いな。
 小僧は思い、再び片付けにかかろうとし――
 どんどん。
 再び戸が鳴った。今度こそ間違いない。誰かが戸を叩いているのだ。
「へい、ちょっとお待ちを」
 小僧が慌てて木戸の新張り棒に手をのばした。そして急いではずす。
 刹那、戸ががらりと開けられた。そして滑り込む蝙蝠のような影。その数は三。
「騒ぐな」
 影のうちの一人が押し殺した声をあげた。理知的な面立ちの若い侍だ。
 すると別の一人――熊のように毛深い男が刃を引き抜き、小僧の首に凝した。
「声を出せば殺す」
 男が殺伐とした声で命じた。
 と――
 突然、障子戸が開いた。そこから中年の女が顔を覗かせる。どうやら奉公人の一人らしい。
「長吉どん、もう片付けは終わった――」
 云いかけて、女の口があんぐりと開いた。そのまま声もなく眼前の光景を見つめる。
「まずい!」
 声をあげて、残る一人の侍――痩せた男が風鳥のように女に躍りかかった。閃く一条の白光。
 鮮血がしぶくより一瞬早く、女の悲鳴が噴出した。
「おのれ!」
 痩せた男の刃が再び翻り、今度こそ女の悲鳴は絶たれた。
「何をする!」
 理知的な面立ちの侍が倒れ伏した女に駆け寄った。そして首筋に手をあて、
「死んでいる‥‥」
 理知的な面立ちの侍が顔をふりあげた。
「津上、何故斬った!? この者には罪はないのだぞ」
「騒ぐからだ」
 痩せた男――津上が口をゆがめた。
「どのみち源徳に与する近江屋の奉公人だ。どうということはない。そうだろう野々村」
「馬鹿な」
 理知的な面立ちの侍――野々村がぎりっと歯を噛んだ。
「我らは長州の侍、天誅を行う者だ。無頼の徒でない。無辜の民を斬ってどうする!」
「甘いぞ、野々村」
 津上が嘲笑をうかべた。その時だ。
 呼子の響きが夜気を震わせた。

「どうだ?」
 声とともに現れたのは端正な顔立ちの、しかしひやりとする刃の光を眼に浮かべた侍だ。
 土方歳三。新撰組副長である。
「だめですな」
 近江屋の前でこたえたのは、その身から酒の匂いを漂わせた男で。新撰組十一番隊組長・平手造酒だ。
「人質がいる」
「人質?」
「ええ。店主、内儀、奉公人が数名」
「なるほど‥‥で、賊の正体は?」
「長州浪士だな、ありゃあ。天誅なんぞとほざいちゃいるが」
「長州か‥‥」
 苦々しげに土方はつぶやき、
「しかし平手よ、このまま刻をかけるわけにはいかねえぜ」
「そうはいっても人質がいるんでね」
「平手よ」
 土方の眼の光が強まった。
「長州を京から追い出し、新撰組の名は高まった。力も大きくなった。見廻組を凌ぐほどな。その新撰組が長州浪士ごときにひっかきまわされちゃならねえんだよ」
「そうはいってもねえ」
 平手がニンガリと笑った。人質の安全をはかるため、そう簡単に踏み込むことはできない。
「おめえらしくもねえ」
 土方は皮肉に口をゆがめると、
「明後日の夜明けまでに何とかしな。でなけりゃ、俺がやる」
「副長が!?」
 平手の眼が薄蒼く光った。
「しかしさっきもいったように人質がいるんだぜ。踏み込むったって、どうするつもりです?」
「まだ生きているとは限らねえ。そうだろう」
 土方が云った。その声音は氷のように寒々と響いた。

 土方と平手が対面を済ませた時から一刻ほど後のことである。
 冒険者ギルドに一人の女が息せき切って駆け込んできた。
「た、助けてください」
「お急ぎのご様子で」
 慌てた様子の女を前に、巫を思わせる少女はゆったりとした仕草で筆をとった。
「何がありました?」
「そ、そのことですが――」
 女は事情を口にした。息子の長吉の奉公先――近江屋に長州浪士が押し込み、店主ともども奉公人を人質にとってたてこもっていることを。
「その事件なら知っております」
 少女がうなずいた。
「しかし、その件ならば新撰組が出張っているはずですが」
「それが‥‥」
 新撰組が人質を無視して踏み込むつもりであるらしい。耳にした噂を、女は少女に告げた。
「それは無体な」
 呟くと、少女は先ほど知った報せを反芻してみた。
 確か出張っているのは十一番隊。といえば酒呑みで有名な平手造酒の隊だ。
 おかしい。
 と、少女は思った。噂に聞く平手という人物は一癖も二癖もあるようだが、人質を見殺しにするというような無情な人物ではなかったはず‥‥
「よろしゅうございます。それでは依頼をだしましょう」
 頷くと、少女は筆に墨をふくませた。

●今回の参加者

 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5067 リウ・ガイア(24歳・♀・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 ea8755 クリスティーナ・ロドリゲス(27歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb1624 朱鳳 陽平(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2408 眞薙 京一朗(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2886 所所楽 柚(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3797 セピア・オーレリィ(29歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb4605 皆本 清音(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

蒼眞 龍之介(ea7029)/ 片桐 弥助(eb1516

●リプレイ本文


「おめえらが、やる!?」
不審げに眼を眇めたのは刀を肩に担いだ男で。北辰一刀流千葉道場の鬼と噂された平手造酒。十一番隊組長である。
 それに対して恐れげもなく、巨大な胸を突き出したのは紅玉色の瞳の娘。名をセピア・オーレリィ(eb3797)といい、彼女は雪色の髪を繊手で払った。
「そうよ」
 セピアはこたえた。そして、やや怒りを込めて、
「人質を無視して踏み込むつもりなんでしょ。そうはさせないわ」
「おい、ちょっと待てよ」
「何を待つの」
 挑みかかるように口を開いたのは皆本清音(eb4605)。京都見廻組隊士だ。
「人命は無視‥‥。それで、よく京都守護だなんていってられるわ」
 嘲笑う。
 京の町と、そこに住む人を守る。それが京都守護の役目であるはずだ。少なくとも見廻組はそうしてきたという自負がある。しかるに新撰組は―― 
「云いやがるなあ」
 平手の口辺に苦笑がういた。痛いところを突かれたためだ。
「そこまで云うのなら、おめえらはよっぽと良い策でもあるんだろうな」
「やっても良いのか」
 少年のような瞳を輝かせた者がいる。朱鳳陽平(eb1624)。新撰組十一番隊隊士だ。
「助けられる人がいて、ほっとくのは我慢できねえと思ってたんだ」
「おめえらしいな」
 呆れたように平手はニンガリした。が、その眼は嬉しそうに細められている。
「で、どうする? ただ助けたいって想いだけじゃ、人質は救えないぜ」
「そのことだが」
 進み出た者がいる。その面を一目見て、平手が破顔した。
「眞薙じゃねえか。おめえも、この件にかかわってるのか」
「ええ」
 肯いて、眞薙京一朗(eb2408)は策を披露した。その一部始終を聞いて後、平手は顎に手をやり、沈思する。
 その様子に、空を映したかのような色の羽を翻らせた娘が舞い降りてきた。
「我々の仕事はあくまで人質の救出。後は貴公らの都合良いように処理しても構わん。平手殿、冒険者に任せるは面子にかかわるとお考えか?」
 リウ・ガイア(ea5067)が問うた。すると平手はかぶりを振り、
「別に。面子なんぞはどうでもいいが」
「先に陣を組んだ新撰組が遅れを取ったと映るは拙かろうと思い、あくまで此方が協力した形でおさめようとは思っておりますが。‥‥何より、真意はどうあれ、大の為に小を捨てたなぞと流布させる訳にはいくまい、かと」
 京一朗が静かな声音で告げた。平手はぎらりと眼を光らせ、やるな、と唸った。
「ま、陽平のはねっかえりも、おめえがいりゃあ抑えられるだろ」
「じゃあ、やって良いんだな」
 陽平がニヤリとした。はねっかえりと揶揄されたことには不満があるが、今は人質奪還に腕をふるえることが嬉しい。
「が――」
 平手の冷徹な声音が陽平を制した。
「期限は明後日の夜明けまでだぜ」
「十分よ」
 セピアがぞくりとするほどの艶笑を返した。
「それだけあれば、ね」
 そう。冒険者には数刻あれば事足りる。
 あと、必要なのは覚悟。それは、すでに胸の内にある。
「では」
 声をあげた者がいる。巫女装束の少女だ。
 名を所所楽柚(eb2886)といい、彼女はまっすぐな眼差しを平手にむけた。
「お願いしたいことがあるのです」
「何だ?」
「近江屋の裏の方なのですが。捕り手を解いて、わたくしを入れてもらいたいのです」
「そりゃあ良いが――おっと」
 平手が柚を抱きとめた。いきなり柚が転びそうになったからだ。
「大丈夫か、おめえ」
「はい」
 柚は頬に紅を散らし、
「念話にて人質の方と話をします。それで幾分かは内情を知ることができると思います」
「頼むぜ」
 平手が柚の頭に手をやり、髪をくしゃりとした。その様子を静かに見守りながら、リウが仲間を見渡した。
「いいか。全ての命を救うぞ」
「そして、俺達も生きてもどる」
 低いが、しかしはっきりとした声音で京一朗が告げた。
 その瞬間――
 五つの命と未来が冒険者の手に委ねられたのだった。 

「平手殿」
 声がする。
 すでに冒険者に任せたという安堵感からか、酒を含みつつ振り返った平手の眼前、悲しみを秘めた白い貌をうつむかせた者が一人――
 神楽龍影(ea4236)。京を、いやジャパンの未来を憂える志士である。
「ひとつお聞きしたき儀がございます」
「何だ?」
「伊集院殿のことでございます」
 龍影がこたえた。彼は伊集院静香の最後に立会い、その際、彼女と口付けをかわしている。
「眞薙殿が伊集院殿から聞いた、らんの意‥‥いかに取られますか?」
「長州の乱の事だろうなあ、額面通りなら」
「額面通り?」
 龍影が眉をひそめた。
「では違う意があると?」
「いや」
 平手がこたえた。
「俺も良くわかっているわけじゃねえんだが、静香が残したのはそのことだけじゃねえような気がするんだ。もっとじゃぱん全土を巻き込むような‥‥」
 云って、平手は眼をあげた。その視線を追うよう龍影もまた眼をあげる。
 西の空。そこには――
雲が迅く、ただ迅く流れていた。


「さがれ! 近寄れば近江屋の者を殺すぞ!」
 近江屋の店先。締め切った表戸の内部から殺気立った声が響いてくる。
「待ってください!」
 龍影が叫んだ。
 敵は押し込みといえど、志のある者。無駄に命は散らせたくはない。
 それは龍影の優しさだ。そして迷いでもある。承知しつつ、それでも――いや、それだからこそ彼は強い声音で云った。
「私とて神皇家に仕える志士。五条様を慕う想いも在ります‥‥。が故に、申します。必要以上の殺生は、五条様の御名を貶めてしまいましょう」
「黙れ!」
 長州浪士の怒鳴り声が返った。
「それ以上、五条の宮様の御名をだすと、こいつらを殺すぞ!」
「きゃあ!」
 女のものらしい悲鳴があがった。
「でも」
 龍影の背後、声がした。振り向いた彼の眼前、セピアがうんざりしたように肩を竦めている。
「掲げる志は人それぞれ、主義主張に口を挟む気はないのだけれど、こういう人たちってどうして自分と違う志、生き方を軽んじるのかしら」
「想いが強すぎると、時に人は、目の前の道しか見えなくなるものなのよ」
 清音が云った。その声音には、どこか寂しさが滲んでいる。
 そして陽平は、ただ黙然と。
 誠。
 陽平もまた、その一字に命をかけているからだ。清音もまた、己自身の信念を貫いているのだろう。
 その意味で、彼らは長州浪士と同じだ。ともに未来を守るため、戦っている。
 ただ、長州浪士は手段を誤った。彼らは小さな未来を踏みにじったのだ。
「やっぱり許しちゃおけねえな」
 汗の滲む手を、そっと陽平は刀の柄にかけた。
 彼の脳裡には蒼眞龍之介が教えてくれた突入経路が描かれている。それは片桐弥助によって確認されているので間違いないであろう。
「よし」
 陽平が近江屋の裏方に視線を飛ばした。そろそろ覚悟を共にした仲間達が動き出す頃だ。


「裏にもいるな」
 近江屋の裏戸を見遣り、陽の光で織り上げたような髪の娘が呟いた。
 クリスティーナ・ロドリゲス(ea8755)。イスパニア王国のレンジャーである。
「わかるのか」
 リウが問う。するとクリスティーナは片目を瞑ってみせ、
「隠れた獲物を探るのは得意だからな」
 と、こたえた。今、彼女の研ぎ澄まされた感覚には、針の先のような殺気が突き刺さっている。おそらく長州浪士が裏の様子を窺ってでもいるのだろう。
「じれったいな。いっそのこと突っ込んでやろうか」
「無茶なことを」
「生憎と、歩く無理、無茶、無策、無謀といわれてるんでね」
「ならば歩かないでもらおう」
 リウが仮面めいた面を裏戸にむけた。そして苦々しげに呟く。
「長州浪士か。世を改めんとする志の者達と聞いていたが。‥‥やれやれ。これでは兇賊も同じだな」
「悲しいかな、人とはそういうものだ」
 京一朗が睫を伏せる。
 江戸において、彼は一人の若者を斬っている。その若者もまた世を憂い、そのあまり堕ちていったのだ。眼前の長州浪士のように。
「柚、念話の結果は?」
「人質はすべて座敷にいるようです」
 こめかみを震える指でおさえ、柚がこたえた。続けて人質の人数と見張りの有無を。
 と――
 柚がふらりとふらついた。それを京一朗がはっしと支える。
「大丈夫か。無理をするな」
「はい。でも――」
 苦しくてもやらなくてはならない。足掻くことで、一つでも多くの未来を掴めるのなら‥‥
 柚は決意し、再び念話にとりかかる。
 清音の案。人質の一人に厠に向かうよう伝えたのだ。
「動きますよ」
 ややあって柚が顔をあげた。それを確かめ、リウが羽を閃かす。
「私が表の者に報せてこよう」
「いよいよだな」
 面白い遊びを見つけた子供のように、クリスティーナがニンマリする。するとリウは氷の瞳をクリスティーナにすえ、
「命がかかっている。くれぐれも無茶はするな」
「わかっている。けれど――」
 クリスティーナの唇がすっとめくれあがった。
「だから面白いんじゃないか」


 疾風、粉塵を巻き上げて。
 切り裂くように影が疾った。その数は四。
「とまれ!」
 長州浪士の怒号が飛んだ。が、四つの影はとまらない。のみか、空を滑る見えざる刃が表戸に亀裂を走らせた。
「おのれ!」
 長州浪士が呻いた。それと同時――陽平が表戸を蹴破った。

 見えぬ一刀にはたかれたように裏戸の長州浪士――津上が振り返った。表から響く怒号と派手な物音が彼の鼓膜を打ったのだ。
 ――さては踏み込んだな!
 血走った眼で心張り棒を確かめると、津上は裏口を後にした。そのまま一気に座敷に走り込む。
「どうした」
「捕り手が踏み込んできた」
 野々村がこたえた。すると津上はきりきりと歯を噛み鳴らし、
「ええい、思い知らせてくれる」
 奉公人の小僧の襟首を掴んで、立たせた。
「どうするつもりだ」
 顔色を変えた野々村が問うた。津上は陰惨な笑みを浮かべ、
「知れたこと」
 と、こたえた。
「奴らが退かねば、この小僧を斬る」
「馬鹿な」
「馬鹿はおまえだ。この期に及んでもまだ甘いことをぬかしおって」
 野々村を睨みつけると、津上はすでに抜刀してある刃の切っ先を突きつけた。
「おまえは、ここで人質を見張っておれ。俺は表にまわる」
 云って、津上は刃を小僧の首に凝した。

「気配がなくなった。今だ!」
 クリスティーナが駆け出した。その後をリウ、京一朗、柚が追う。
「くそっ」
 クリスティーナが舌打ちした。彼女の手は裏戸にかかっているがびくともしない。どうやら心張り棒がかかっているらしい。
 リウが湖面のような瞳を柚にむけた。その語調に乱れはない。
「柚殿、できるか?」
「いいえ」
 無念そうに柚がかぶりを振った。
 彼女のサイコキネシスは対象が視認できることが条件だ。今、心張り棒を見ることはかなわない。
「仕方あるまい」
 京一朗が裏戸からわずかに退った。そして身を構える。
「刻がない。うち破るぞ」
 叫ぶと同時、京一朗が裏戸に身体をぶち当てた。


「ちぇすとぉぉぉぉ!」
 陽平が袈裟に刃を薙ぎおろした。が、それはがっきとばかりに長州浪士に受け止められている。
 陽平が叫んだ。
「ここはいい! 先にゆけ!」
「やるな、新撰組!」
 陽平の脇を駆け抜けながら、清音が声をかける。その眼に宿っているのは敵愾の炎ではなく、信頼の煌きだ。
「頼むぜ、見廻組!」
 こたえつつ、陽平は長州浪士に向き直った。
「てめえら天誅なんざ奇麗事言っても、やってる事は外道じゃねえか。志だけ高くても実がついてこなきゃ何もならねえ‥だろ」
「ぬかせ!」
 長州浪士が満面を怒りにどす黒く染めた。
 その叫びを背に、龍影、セピア、清音は奥へと向かう。そして障子戸にセピアが手をかけようとした時――
 がらりと障子戸が開いた。続いて逆巻く一陣の刃風――
 が、その剣風は紅瞳白髪の美影身――セピアの寸前でぴたりととまっている。
 ――聖結界!
 白の呪であると長州浪士――津上が気づくより先に、清音の鉄扇が唸った。それは津上の頭蓋を打ち砕き――いや、清音の手が凍りついている。
 何故か――彼女は見たのだ。津上の刃が小僧の首にあてられているのを。

 人の気配に、びくりと四人の冒険者は身を強張らせた。
 次の瞬間、廊下に現れたのは小僧で――
「――長吉さんですね」
「うん」
 小僧――長吉が柚に肯いてみせた。
「厠に行っていたのね」
「うん。野々村って侍が一人で行けって」
「そう」
 柚の満面に安堵の微笑がひろがる。少なくとも、これで一つの未来は救えたのだ。
 長吉を裏口から逃がし、冒険者達は座敷に走り込んだ。すでに裏戸を破る音は届いているはずだ。今更潜んでも仕方ない。
「来たな」
 座敷の真ん中、長州浪士――野々村が立っていた。抜き身の刃をだらりと引っさげて。
「人質を放せ」
 リウが云った。すると野々村はするすると前に進み出て、
「天誅を行う者が人質を盾になどするものか。来い」
「良い覚悟だ」
 京一朗が進み出た。彼もまた、すでに抜刀している。
 八双と青眼。対峙は一瞬だ。
 しかし永遠とも思われた時を二条の光芒が打ち砕いた。


「おとなしくしろ」
 津上が冷笑する。その声に、冒険者達は呪縛されたように身動きもならない。
 その時――突然、津上が苦鳴をあげた。見ると、津上の肩に深々と矢が突き刺さっている。続いて数本の矢が飛来して――
 クリスティーナ!
 無頼なる矢の射手に冒険者達が心中手を合わせた時、しかし無情にも津上の刃は小僧に振り下ろされている。
 ガキッ!
 異様な音が響いた。まるで鋼が岩を打ったかのような。
「これは!」
 愕然として津上が呻いた。
 彼は見たのだ。小僧の身が蒼い氷に包まれているのを。そして、その氷に手を触れている一途で可憐な一人の少女の姿を。
「おのれ!」
 津上が刃を翻らせた。柚を狙って。
 が、その眼前、行灯から吹きのびた怪蛇の如き炎が舐めてすぎている。龍影のファイヤーコントロール!
 たまらず津上は飛び退り――何で清音が見逃そう。
「逃がさないわよ!」
 清音の鉄扇が、今度こそ津上の頭蓋を打った。


 最後に陽平が長州浪士を仕留め、事件の幕は下ろされた。近江屋の前に集まった冒険者達の前では、人質にされた者とその身内の者達が抱き合っている。
 その光景を眺め遣りつつ、しかし京一朗の顔色は冴えない。
 ――リウのアグラベイションの働きもあったろうが、野々村という長州浪士の刃は遅かった。まるで自ら斬られるのを望んででもいるかのように。あの時の、青井新吾のように。
 ――また俺は斬ってしまった。真面目すぎる奴を‥‥
 やり切れぬ思いに、京一朗が血の滲むほど唇を噛み締めた。と――
 その肩をぽんと叩く者がいる。平手だ。
「これが戦いだ」
 平手が云った。
「そして、これが得られたものだ」
 平手が指し示す。その先には涙と微笑が溢れていた。
「価値のあるモンだとは思わねえか」
「‥‥」
 冒険者達は己の手に視線を落とした。傷つき、血濡れた手に。
 そして、同時に悟った。その手が拾い上げてきたものに。
 命と未来。
 それは希望であった。