●リプレイ本文
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「上州も最近騒がしくなりましたね」
この季節にしては随分と薄着の歌って踊れる魔法使い、リアナ・レジーネス(eb1421)がほっと息をついた。
「両雄並び立たずというからな」
ふむと頷いたのは思慮深げなゲレイ・メージ(ea6177)である。すると御影一族の若き当主、御影涼(ea0352)もまた冷厳な面持ちで頷き返し、
「上州は江戸にとって眼の上の瘤、いずれはこうなっていだだろう。それより榊原外記だ」
と、かたい表情のまま云った。彼の脳裏には、生きて帰ってこいよというシーヴァス・ラーンの言葉がまざまざと蘇っている。
「死神どもの噂はほとんど耳に入らなかった。それはとりもなおさず、奴らが隠身に長けているということだ」
「隠身だけではない」
それまで黙していた闇目幻十郎(ea0548)が翳りのおびた顔をあげた。
「榊原外記本人についての噂を調べてみたのだが、良くはわからぬ」
「やはり、その榊原外記という男、侮れないようですね」
山本建一(ea3891)が嘆息した。
「けひゃひゃひゃ、だから作戦が必要なのだよ〜」
笑ったのはトマス・ウェスト(ea8714)である。雪色の髪を肩よりも長くのばし、猫を模した頭から足までを覆う防寒着を身にまとった男。
と、楊飛瓏(ea9913)がちらりと一瞥をくれた。
「それは分かっている。肝心なのは、策の内容だ、トマス殿」
「けひゃひゃひゃ、我が輩のことはドクターと呼びたまえ〜」
トマスがやや顔を顰めつつ、再び笑ってみせた。
「ドクター?」
顎に指をあて、艶っぽく小首を傾げたのはマクファーソン・パトリシア(ea2832)だ。
「あなた、確かクレリックじゃ‥‥」
「マクファーソン君、我が輩はジャパ〜ン最狂のドクターなのだよ〜」
トマスはニンマリ。薬品による死者蘇生を夢見ていることは秘密だ。
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この季節、上州の森の中は真冬のように寒い。が、冒険者にぬかりはなく、全員防寒対策は整えている。
それよりも――
見よ、森が殺気で凍りついている。
「森の案内役は任せて!」
白い息を吐きつつ、マクファーソンが云った。
その言葉どおり、彼女の案内は的確で。死神達がひそむという森を難なく抜けていく。
「さすがは達人!」
建一は驚かざるをえない。
森は深く、もしマクファーソンがいなければとっくに迷っていたにちがいない。
「マクファーソン君、助かるよ〜」
若虎である斗羅慈丸の背を撫でながら、御満悦なのはトマスである。
「君が道を選んでくれて〜。なんせ斗羅慈丸は目立つからね〜」
「木は森に隠せとよく云うが‥‥」
ゲレイも自身のペットであるウッドゴーレム――木人1号を見遣りながら呟いた。確かにマクファーソンがいなければどれほど彼らは噂に上っていたか。木人1号が目立つのは斗羅慈丸以上なのだから。
「待って!」
その時、声がとんだ。マクファーソンのあげたものだ。
「どうした?」
涼が足をとめた。するとマクファーソンは前方の樹枝を指差して、
「見て、あれを」
「何!? どうしたの?」
銀の髪をはらりと払い、リアナは海色の眼を眇めた。
が、わからない。マクファーソンの指し示す先に異常はみとめられなかった。
「何もないように見えるけど‥‥」
「そんなことはない。おかしいわ、枝の張り方が」
「確かに」
枝を確かめた飛瓏(ea9913)が肯首した。
彼の伸ばした指の先――枝に細い糸がくくりつけられ、さらに藪の中に糸がのびている。
「やっぱり駄目だわ」
藪の中を確かめたマクファーソンが唇を噛んだ。
藪の中には罠。糸を切れば発動する仕掛けだ。
「避けて通りましょう」
「いや、それよりも」
涼が刃を抜き払った。抜けば珠散る氷の刃――名刀村雨丸だ。
「こうすればよい」
涼が村雨丸の刃で糸を切断した。
瞬間――
ヒュウと空が唸り、涼を掠めるようにして矢が飛来した。
地に深々と突き刺さる矢を見遣りつつ、誰もが口を閉ざす。唯一人を除いて。
その一人――飛瓏はこう呟いたのだ。
「戦場駆けし死神、か。常命狩りし死神狩りの任、確と引き受けた」
それは――
死神の実力を目の当たりにして、あまりにもふてぶてして言辞であった。
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ふわり、と空からリアナは舞い降りた。
フライングブルーム。彼女の飛行術である。
「どうでした?」
建一が問うと、ブレスセンサーで死神部隊の位置を探ってきたリアナはぶると身を震わせて、
「いましたわ。やはりあなたの云ったとおりでしたね」
マクファーソンに視線を転じた。罠の張り方から、死神部隊のおおよその位置を彼女は示唆していたのだが、それが見事的中したというわけだ。
「では、後は自分達が」
幻十郎が立ち上がった。もう一人、 飛瓏もまた。
「敵の本陣の様子、見分は任せてもらおう」
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ぴたり、と幻十郎は足をとめた。
「これは――」
呻き、幻十郎は足元を見下ろした。
草に隠れるように細い糸が一本。先端を辿ってみると鳴子が仕掛けられている。
「ここにもだ」
飛瓏が別な罠を発見した。あると注意していなければ絶対に発見できぬほどの周到な罠だ。
飛瓏が糸を断ち切ると、矢が空を裂いて飛んできた。のみならず――
別の位置からも矢が撃ち込まれる。――罠は二段仕掛けとなっていたのだ。
が、飛瓏は飛燕の如く身を翻らせると、矢をかわしてのけた。矢は飛瓏の肩を浅く抉るにとどまったのだ。
「大丈夫ですか」
「大事ない」
忌々しげにこたえると、薬水を口に含みつつ、飛瓏は地に落ちた矢を拾い上げた。
鏃は銀の色に光っている。毒を塗った形跡はない。どうやら解毒の心配はいらぬようだ。
「では行きましょうか」
「ああ」
頷きあう二影は、すぐさま闇に溶け込んで、消えた。
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「で、どうだった?」
涼が問うと、幻十郎が疲れた顔をあげた。
「大丈夫です。見分はすませてきました」
「それは――」
飛瓏の衣服の破れに気づき、涼が顔色を変えた。すると飛瓏は何事もないかのように、どうということはない、と応えるのみ。
それではと涼が促すと、幻十郎と飛瓏が見分の様子を披露してみせた。
「思いの外、見張りの数が多いな」
涼が呟いた。
別段源徳の動きが活発というわけではないのに、その用心ぶりはどうであろう。やはり外記という男、並ではない。
涼は身が疼くのを覚えた。
彼とて那須動乱の際には隊を指揮した経験がある。それ故、外記の思考も読みやすいといえよう。
ねらい目は、こちらの人員が少ないということだ。それは弱みになる反面、やりようによっては強みにもなることを涼は承知している。
それに――
「けひゃひゃひゃ、奴らは我が輩達のことは知らないからね〜」
トマスが口をゆがめる。ゲレイも大理石のパイプをくゆらせながら、
「知る者と知らぬ者、この差は大きいな」
と呟いた。
こちらは幻十郎と飛瓏によって罠を無効と化さしめ、おまけに敵情――見張りや輜重品などの位置も知れている。やりようは幾らでもあるのだ。
「私たちは撹乱が目的だったわね。派手に暴れてやるわよ〜!」
マクファーソンが小悪魔のようにニッと笑って見せた。
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「おい」
声をかけられ、見張りの侍は眼をしばたたかせた。
「どうした?」
「そろそろ夜が明けるな」
「ああ」
暁闇を見つめ、侍が頷いた。
――死神部隊の本陣。しんと冷えた夜気の底、その大多数の者は眠りに就いている。
その背後――。
夜闇を縫うように幾つかの影が動いている。涼、幻十郎、建一、飛瓏の四人だ。
そしてさらなる背後。そこにはマクファーソンとトマスが控えている。ゲレイとリアナは空爆に備えてフライングブルームを用意していた。
その時、涼が片手をあげ、振った。
それが合図。一斉に幻十郎、建一、飛瓏の三人が散り、本陣に近づいていく。
が、見張りに動きはない。まさか死神と恐れられる自身達が、今死神に魅入られているなどとは思いもしないのであろう。
それは驕りである。そして、それこそが奇襲を敢行しようという冒険者達のつけめであった。
一人、幻十郎のみがさらに影のようにそろそろと本陣に近寄っていく。見張りを沈黙させるためだ。
しかし幻十郎の歩みは本陣手前でとまった。見張りの数が多く、とても一人ずつ幣せる状況にはない。飛び出せば、すぐに蜂の巣をつついたような騒ぎになることだろう。
幻十郎が目配せを送った。受けた涼が、ゆっくりと片手を、先ほどよりも高くあげた。
時はすでに暁。東の空が漆黒から群青へと変わり――夜が明けはじめている。
と――
その空を目指してフライングブルームに跨ったゲレイとリアナがふわりと空に浮かびあがった。
空に染み入るような黒点二つ。
「あれは――」
声があがった。見張りの侍のあげたものだ。空を見上げ、一点を指差している。どうやら白みはじめた空を眺めていたものらしい。
「鳥か?」
「いや、鳥にしては大きくはないか」
やや上りはじめた太陽を背に、黒点は次第に大きくなりつつある。そして――
「人だ!」
侍の一人が大声をあげた。
刹那、涼が手を振った。
一瞬後、マクファーソンが樹間から身を滑り出させる。その身から蒼い燐光が散りしぶいていた。
呪法の発動。その身に呪力が収束していく。
次の瞬間、マクファーソンの手から氷嵐が吹いた。それは周囲の木々を凍りつかせ、のみならず見張りの侍数人をたじろがせた。
「て、敵襲だ!」
侍の一人が喚き声をあげた。一息二息、わずかに遅れて侍達が身を起こし始める。それはひどく手馴れた動きであった。
眠気の残滓など少しもない。よく訓練されているのは明白だ。が、それでも起きぬけの襲撃はそれなりの衝撃を与えている。
「て、敵だと!」
「ど、どこだ!?」
侍達が怒鳴りあう。まだ冒険者達の動きは掴みきれてはいない。
「あ、あそこから」
一人の侍がある一点を指し示した。マクファーソンがアイスブリザードを放った位置だ。が、そこにはすでにマクファーソンの姿はない。
「いないぞ」
いいかけた侍だが、突如その動きがとまった。まるで見えぬ糸にからめとられたように。
「コ・ア・ギュレイトぉ〜! さあ斗羅慈丸、行きたまえ〜!」
どこからか叫びが響いた。それがジャパン最強のクレリックのあげたものと誰が知ろう。
次の瞬間、朝日を浴びて巨大な獣が現出した。
一目見て、侍達は我が目を疑った。それはジャパンには生息しないはずの――虎だ。黒黄の縞模様の猛獣が、この上州の森の中に現れたのだ。
よく仕込まれたはずの彼らであったが、瞬時狼狽にとらわれた。その隙を突くように虎が襲いかかる。のみならず、その背後からはウッドゴーレムが‥‥
「黒い蝙蝠羽織を攻撃!」
空にありて、メダルを手にしたゲレイが叫ぶ。それを受けてウッドゴーレム――木人1号が、
「ガオーン!」
と哭き、抜刀した侍を邪魔とばかりに両手で薙ぎ払った。
「いいぞ、木人1号!」
ほくそ笑むと、ゲレイは身を紅く発光させた。
呪法詠唱。高密度に編み上げられた呪文は精霊の力へと変じて、火球を地に降らせる。
「うろたえるな!」
その時、叱咤の声が飛んだ。混乱の中にある侍達の中で、一際大柄の侍のあげたものだ。
蝙蝠羽織の巨漢――榊原外記である。
「敵の数は多くない。各個散って殲滅せよ!」
叫んだ。
見抜いている。榊原外記は冒険者の敵の少数であることに。
涼は戦慄した。おそらくは牽制ばかりで一向に力押しのないことを見てとってのことだろうが。
急がねば。時を逸すれば榊原外記は討てぬ。
涼は灼けつくような思いにとらわれた。
その涼の思いを裏書するように――見るがいい。死神部隊の侍達が落ち着きを取り戻しつつある。
「あそこだ」
マクファーソンが見つかった。数名の侍が殺到していく。
その身が赤々と炎の光に濡れていた。輜重品が燃えているのだ。
闇を躍り超えて飛瓏が疾った。輜重品に火を放ったのは彼であったのだ。
「殿、兵糧が」
「慌てるな! 敵の動きを見失ってはならぬ!」
再び外記の叱咤が飛ぶ。それにうたれたかのように、侍達は均一の行動をとりはじめた。すでに数名の侍がマクファーソンに迫っているが――一人がウォーターボムの一撃を受けて苦悶した。マクファーソンの放ったものだ。すでに仲間を巻き込む恐れがあるので広範囲魔術であるアイスブリザードは使えない。
「きゃあ!」
刃が閃き、マクファーソンが悲鳴をあげた。その肩から血が噴いている。とどめを刺すべき数名の侍が踊りかかろうとし――紫電が空を灼き、さらには一人の侍の背を灼いた。
リアナのライトニングサンダーボルト!
「させませんよ!」
絶叫するリアナの手から続けざまに雷が撃ちだされた。通常詠唱よりもより濃密でありながら、時間的に零に限りなく近い高速発呪。高速詠唱者のみに成しうる業だ。
が、それでも――
迫り来る侍の群れはとめようもなく、鬼神と化した侍達がマクファーソンに襲いかかり――またもや呪縛されたように動きをとめた。
「けひゃひゃひゃ、我が輩のコアギュレイトは完璧だ〜!」
走りよったトマスがマクファーソンにリカバーを施した。続けざまにソルフの実を口の中に放り込む。
「斗羅慈丸、戻ってくるのだ〜!」
トマスが呼んだ。が、斗羅慈丸が戻ってくる様子はない。
いや、戻れないのだ。数名の侍に取り囲まれ、全身に傷を負っている。
それは木人1号も同じで――
侍に立ちはだかられて、とても外記には近づけそうもない。
――早くかからねば。
戦況を見てとり、涼は焦りを覚えた。
すでに敵は牽制組の冒険者の配置を見てとり、的確に襲撃を始めている。弓矢の用意も始め、今度はゲレイ、リアナが牽制されている始末だ。
ゆく!
暗黙のうちに、四人の冒険者が飛び出した。榊原外記めがけて。今、榊原外記は三人の侍に取り巻かれているだけだ。
ほとんど反射的に侍の一人が刃を疾らせた。
がっきとばかりにその刃を受け止めたのは――おお、飛瓏だ。銀色に煌くヌァザの銀の腕が敵侍の刃をぎんっとはじいた。
「おのれ!」
残りの侍達が一斉に斬りかかってきた。
その斬撃の一つを――建一はかるくかわしてのけている。のみならず抜き胴。刹那に疾らせたルーンソードは敵侍の胴を薙いでいる。
さらには――
敵侍の一人ががくりと崩折れた。その首筋の急所に神刀クドネシリカの峰が叩きこまれたと誰が見とめ得たろうか。
が――
その神速の使い手、幻十郎もまた膝を折っている。その肩からは血がしぶいていた。
「ええい!」
涼が地を蹴った。残る侍一人が立ちふさがったが、その刃線をかいくぐり、一気に榊原外記に肉薄する。
「何者じゃ、うぬら!」
「冒険者!」
叫び交わす涼と外記が交差し――涼の衣服とともに身代わり人形がはじけとんだ。
外記の刃の仕業である。
そして同時――
涼の腰から噴出した光芒が榊原外記の首をはねている。
「榊原外記が首討ち取ったり!」
涼の勝鬨の声が響き渡った。