鬼の車

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:01月14日〜01月19日

リプレイ公開日:2007年01月23日

●オープニング


 ふと――
 その侍は足をとめた。なにものかの気配を感じたからだ。
 が、何も見えぬ。
 すでに夜。灯火のとぼしいこの辺りにおいては、それも仕方ないことなのだが。
 ――気のせいか。
 苦笑をこぼし、再び侍は歩き始めた。
 しかし、数歩行きかけて、再び侍は足をとめた。やはりなにものかの気配を感じたからだ。
 それだけではない。
 
 がら。

 音がする。
 何だ?
 侍が耳をすませた。すると、またもや――

 がら、がら、と。

 音がする。今度は間違いなく。どころか、それはどうやらこちらに近づいてきつつあるようである。
 そして――
 
 それが現れた。
 車だ。牛車であるらしい。
 最初、侍は何気ない風でそれを見遣っていた。深夜に見ることは珍しいが、決して見ることはないというわけではない。
 が、すぐに侍の眼が驚愕にかっとむきだされた。
 牛がいない。車を引いているはずの牛が。
 それなのに、車はがらがらと音を立ててすすんでいる。まるで見えぬ綱にでも引かれているかのように。
 さらに、眼を眇めてみた侍は驚くべきものを見た。
 車の正面。青白い朧にかすむ鬼の顔が浮かんでいる。
「よ、妖怪!」
 咄嗟に、侍は抜刀した。
 その前に、その奇怪な車は飛ぶような迅さで迫り、眼前でぴたりととまった。
「お、おのれ、妖怪め」
「雅弘様か」
 侍の声が聞こえない如く、車から声がした。すると車の戸が開き、白い衣をまとった、非人間的なほど整った顔立ちの童が顔を覗かせた。
「いや、これは雅弘ではないぞ。お前を騙したのじゃ。殺せ」
 刹那、
 おおん、
 と鬼が哭いた。
「安心しろ侍。死んだ後、骨も残さず喰ろうとやるほどに」
 童がニィと笑った。
 その背後、くわっと耳まで口の裂けた鬼の顔が見えている。そして、そいつの口もめくれあがり――獣のもののような牙が露出した。
「わあっ!」
 たまらず侍が悲鳴をあげた。
 刹那、侍めがけて車が疾った。

「ふふん」
 笑う声があった。
 屋根の上。下の惨劇を眺めながら、笑う者が一人。闇の中で正体はわからぬが、ぱっちりと開いた眼が確かにニッと笑んでいる。
「蜜姫様も酔狂なことで」
 呟くと、影はすっと立ち上がった。そして化鳥のごとく、地に飛び降りたのであった。


「妖しを退治せよ、と」
 新撰組十一番隊組長・平手造酒が聞き返した。
「そうだ」
 年老いた侍は肯いた。
「極秘のこと――いや、妖し退治はおぬしらの得意とするところであると聞いた。今、世間を騒がせている朧車とやら、これ以上の騒ぎにならぬうちに何とか滅してもらいたい」
 云って、侍は尊大に金子を平手の前においた。
「こんなもの差し出されてもなぁ」
 云いはしたものの、平手はまんざらでもない顔だ。
「ところでひとつ聞きたい。どうしておめえさんが大枚はたいてまで妖し退治を頼むんだ?」
「それは‥‥」
 老侍が口ごもった。が、すぐに居丈高な態度を取り戻し、
「そんなことは知る必要はない。おぬしはただ妖しを退治すれば良いのだ。謝礼の方も通常よりも多いはず」
「多い、ねえ」
 平手が金子を眺めおろした。要は口止め料も含んでいるということだろう。
「ともかく考えさせてもらうぜ」
 ちゃっかり金子を懐にしまう。そして侍の帰った後、不破蘭子を呼んだ。
「冒険者ギルドに走ってくれ。依頼だ」
 云うと、平手は徳利の酒を美味そうにあおった。

●今回の参加者

 ea5062 神楽 聖歌(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea6130 渡部 不知火(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2064 ミラ・ダイモス(30歳・♀・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2919 所所楽 柊(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb3393 将門 司(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)

●サポート参加者

リュー・スノウ(ea7242)/ 橘 一刀(eb1065)/ 所所楽 杏(eb1561)/ 将門 雅(eb1645)/ 眞薙 京一朗(eb2408

●リプレイ本文


「お酒‥‥あらあら」
 多少呆れ気味に、それでもにこやかな笑みを零れさせて部屋に入ってきた所所楽杏に、さすがの新撰組十一番隊組長・平手造酒も、おやと顔をあげた。
「あんたは‥‥?」
「俺のオフクロさんだ〜」
 こたえ、顔を見せたのは梅花まといつかせたかのように艶やかな芸妓姿の所所楽柊(eb2919)だ。
「相変わらず昼間からやってんな〜」
「良いだろ」
「羨ましくはねえけどな」
「嘘つけ」
 笑う平手であるが。その足をポンと蹴り上げた者がいる。
「なんや、化けて出たんちゃうんやな?」
 ニンマリし、とんとどぶろくの入った徳利をおいたのは将門司(eb3393)である。
「勝手に殺すな」
「迂闊に信用せんようにしたんや」
 皮肉である。
 妹の将門雅に、面倒を押し付けるのは裏があるって兄貴も病んでるなぁ〜と笑われもしたのだが、今まで何度も騙されてきたのだ。まずは疑ってかかるくらいが丁度良い。
「挨拶代わりや」
 胡坐をくむなり、司が右手で平手の茶碗に白い液体を注いだ。
「やはりおめえは話がわかる」
 ニヤリとし、平手が茶碗をあおった。
 その前、残る冒険者――神楽聖歌(ea5062)、渡部不知火(ea6130)、リュー・スノウ、眞薙京一朗、和泉みなも(eb3834)、橘一刀、の六人が腰をおろす。
「おっ、来たな」
 平手が破顔する。京一朗に対してだ。
 かつては平手が隊士にと望み、しかし技量未熟として土方によりはねられた京一朗であったが、今、彼から立ち上る剣気は並みのそれではない。此度ならば土方も頷かざるを得まい。
「ちょぉっと聞いてもいいかしらぁーん?」
 五人のうち、真っ先に口を開いたのは不知火だ。
「何だ?」
「冒険者に任せて我関せず‥‥ひょっとすると依頼を持ち込んだ人物が別に居るんじゃなぁい?」
「おめえ‥‥」
 平手の眼が薄く光った。そして頭を突付いて、
「京一朗の知り合いらしく、ここが切れるな」
「こないだ来た、年取った侍やな」
 とは司だ。先日、平手が老武士と面談したことは雅が探り出している。
「酔っ払いの戯言やけど、あの侍は何者や?」
「新撰組の方に手を回すなんて二度手間じゃね〜か。何か裏でもあるんだろ」
 柊もくくっと笑ってみせる。身形は変わっても、この癖だけは変わらない。
 すると平手は呵呵と笑い、首筋をぼりぼりと掻いた。
「まったく十一番隊隊士らしいっていうか‥‥おまえらには隠し事もできねえな」
「というと、やはり?」
 聖歌が膝を乗り出した。しんと鞘の内でしずまった刃のような可憐な娘を平手は見遣り、
「ああ。確かに将門のいう年取った侍が依頼人だ。三条何某の付け人とかぬかしてたが、ありゃあ偽名だろうな」
「どうして偽名だと思うのですか」
「調べたのさ。三条家に、あの人相の付け人はいねえ」
「ははあ」
 聖歌が合点する。
 噂に聞く平手造酒。酔ってはいても抜け目はないということか。
「それで新撰組なんやな」
 司が肯いた。すると不知火がふふんと笑い、
「朧車を恐れる辺り、女絡みで痛い腹が有る人物がいるってことでしょうね。金子出した老侍はその身内か家臣、噂が真相導く前にさっさと片を付けたい‥ってトコ?」
「そんなところだ」
 平手がぐびりと酒をあおった。
 おそらく老武士が新撰組に依頼を出したのも、その辺の事情があるために違いない。格式高い武士は冒険者を信用してはいないからだ。
 だから、せめて武士格の新撰組に妖退治を任せた。口封じの金子をつかませて。平手がどういう人物かも知らずに。
「その侍こそ、いい面の皮だな〜」
 再び柊がくくっと忍び笑う。その横では不知火が眼をぎらりと光らせ、平手を見つめていた。
 ――いらん節介焼いても構わん、そういうこったろ? 俺達担ぎ出したのは。
 平手は知らぬ顔で酒を呑んでいる。が、その真意を不知火は見抜いていた。
 妖退治だけならば新撰組隊士で事足りる。それをおして冒険者に任せたのだ。むしろ節介を焼けといいたいのだろう。
「では」
 紅玉を溶かしたような瞳をゆらせて、リューが紙片を取り出した。
「その老武士の人相をお教え願えましょうか」
「人相?」
「はい」
 リューがさらさらと紙片に筆を走らせる。覗いてみると、見事な平手の似顔絵が出来上がっていた。
「すげえな」
 平手は心底から感心したようである。それほどの出来映えであった。

「組長」
 部屋から立ち去り際、司がふと足をとめて振り返った。平手は胡坐をかいたままだ。
「俺の処遇のことで聞きたいことがある。誠を司る連なる蛇を扱えるんは、あんたやと思うんやけどな」
「戻るか」
「ああ。今のまんまやと、こう気持ちが悪いんでな」
「わかるぜ〜」
 柊もまた足をとめた。彼女も先日復隊したばかりであったのだ。
「尻が落ち着かないっていうかな〜」
「これ、柊」
 杏がめっと顔をしかめる。しかし柊はどこ吹く風といった様子だ。
 それに優しげな眼をむけ、次いで平手は司に視線を転じた。
「わかってるさ。お前らが、そんじょそこらの奴らに扱えるような連中じゃないっていうのはな。――だがな、新撰組はこれから嵐にさらされる。それを承知なら戻ってきな」
「おおきに」
 司が不敵に笑ってみせた。

「平手様」
 冒険者が立ち去った後、ただ二人残った来訪者のうち――みなもが口を開いた。
「お久しゅうございました」
「久しぶりだな」
 こたえ、平手は雪色の髪をゆらせた浪人者に眼をむけた。
「橘一刀。初めてお眼にかかる」
 手にした悪魔学概論をおき、一刀が頭をさげる。それに目礼をかえし、平手はみなもに笑いかけた。
「どうしたい? えらく神妙な面してるじゃねえか」
「はい」
 みなもが頷いた。
「此度、一刀殿と共に蝦夷へ向かう事になりましたので」
「蝦夷に?」
 平手が瞠目し、みなもの金銀妖瞳をまじまじと見返した。
「そうか‥‥そりゃあ残念だな」
「はい。しばらくはお眼にかかれませぬが、此れまで十一番隊に関わって来た事は良き経験になりました。真に有難う御座います。此度も良き結果を出せる様頑張らせて頂きます」
「そうか‥‥」
 平手が微笑った。その脳裡には、みなもの放つアイスチャクラの唸りがまざまざと蘇っている。
 平手ですら背筋の凍る思いのする一撃。その射手であるみなもなら、遠い蝦夷地にあっても心配はいるまい。
「楽しんできな。十一番隊はいつでもあんたを待ってるからな」
「はい」
 みなもが深々と一礼した。


 町中で、二人の冒険者が行き会った。共に異人であることもよりも、町人の眼をひいたのは彼女達の胸の布地をおしあげる見事な双丘で‥‥
 ジャイアントのナイトであるミラ・ダイモス(eb2064)とエルフのウィザードであるステラ・デュナミス(eb2099)である。
「どうでしたか?」
 ミラが問うた。妖の情報についてである。
「もう五人やられてるみたい。襲撃時刻は案の定というか丑三つ時が中心みたい」
「同じですね」
 ステラのこたえに、ミラが頷いた。
「私も、襲撃されたのが皆男であり、襲撃場所がばらばらであることまでは突き止めたのですが‥‥」
「襲撃場所がばらばらなのは厄介よね」
 ステラが嘆息した。
 退魔の作戦は囮と決まっている。その場合、襲撃位置の予測がたたないと妖のおびき寄せが困難になるのだ。
 ミラが首を傾げた。
「しかし妖の正体は何なのでしょうか」
「朧車っていう妖らしいけど」
 しかし襲われた者の肉体は獣に食い荒らされたようであったという。それでは噂に聞く朧車の特性とは違うのだ。別の妖の存在があるという事なのかもしれない。
「それもそうだけど、依頼人のことよ」
 ステラが細い顎に指をあてた。
「多すぎる依頼料は口止め料込みってことなんでしょうけど‥‥普通に考えれば世間を騒がせているもんすたーを退治するのに口憚ることなんてないと思うのよね」
「何か裏があるということなんでしょう」
「そうね。‥‥まあ人はそれぞれ。被害もでているし、それを倒すのが悪いわけもなし。気にせずいきましょう」
「ええ」
 褐色の肌を火照らせ、ミラは斬魔刀を肩に担ぎ上げた。闇色の刃は必ず役にたってくれるはずだ。

 荷をくくりつけた驢馬を柱につなぎ、巌を思わせるがっしりした体躯の男は居酒屋の席にどっかと腰をおろした。
「ほお」
 男が店内を見回し、客の少なさに声をあげる。刻はすでに夜。本来なら繁盛しているはずだ。
「妖騒ぎで、商売あがったりで」
 店主の親父が苦く笑う。それに男は愛想笑いを返し、
「夜は危ないと噂だからな。その妖だが‥‥朧車であると聞くが、さて此度は何処の悲恋が引き金であろうな」
「それでございますが‥‥」
 親父が声をひそめた。
「どうやら探し人があるようでございますよ」
「探し人!?」
 男が片眉をあげた。
「朧車が人を探しているというか?」
「はい。噂なのでしかとはわからぬのですが、何でも雅弘という名の者を探しているとか」
「雅弘‥‥」
 男は親父のおいていった酒に口をつけた。
 ――それが本当ならば、その雅弘という者こそ朧車となった女性と確執を持つ者。大方は体裁が悪く、それ故に新撰組を使い密かに退治ようといったところなのだろうが‥‥。
「‥‥不実であるならそれ相応の報いは必要であろう」
 呟くと、男――明王院浄炎(eb2373)はゆらりと席を立った。

 噂に伝わる朧車、そしてその内にあるという化生と童について、みなもが調べた内容を告げたのはその夜のことであった。
「人喰鬼と悪魔!?」
 ミラが愕然として声をもらした。童の正体を鬼の姫とふんでいたからである。
「はい。その童とやら、私が一度相対した化生の者であると思われます」
 みなもが云った。
 刃のきかぬ敵。その属性は悪魔に他ならぬ。
 と、不知火がリューの書いた人相書きをとりだした。
「ところで雅弘という者のことだけど、身元が知れたわよ」
「身元が!?」
 聖歌が柳眉をよせた。
「何者なのですか?」
「ある小藩の若様よ。こいつが実に女癖が悪くてね〜。騙されて、捨てられた女の数は両手の指じゃ足りないくらい」
「許せんな」
 ごきり。浄炎の拳の内で指が鳴った。


 出現場所の限らぬ妖しを誘き出すことはやはり困難で。期間は過ぎ、最後の夜となった。
 刻も更け、さすがに松明を片手に夜道をゆく浄炎、司の胸にも諦念が兆しかけた。隠身の勾玉を使う仲間の気配は探れぬが、思いは同じであろう。
 その時――
 がら。
 ――音がした。
 耳の良い浄炎の足がぴたりととまり、次いで司の足もとまった。
「今、音が――」
 口を開きかけた浄炎は見た。引く牛のない牛車が近づいてくるのを。そして――
 牛車の前に鬼の顔が浮かび上がった。
「雅弘様か?」
「出たな」
 浄炎が巨大な錫杖をかまえた。
「恨みに縛られておっては何時までたっても幸せにはなれぬぞ。その想い、利用され朽ち果ててなんになろう」
 浄炎が叫ぶ。すると――
 おおん。
 鬼が哭いた。のみならず、その眼から鮮血の涙を滴らせている。
 ぎりっと浄炎が歯を噛んだ。どうやら朧車は聞く耳をもたぬようである。それほど怨みは深いということか。
 シャア!
 朧車が殺到した。が、その前に立ちふさがった影がある。――司だ!
「突っ込むだけやったら猪でも出来るで!」
 叫びざま、司が飛んだ。その身体をかすめるように疾り――
 ギンッ!
 朧車がとまった。よく見れば、車輪の輻の隙間に錫杖が突き込まれている。
 おお、浄炎の昇竜だ!
「我が愛刀は、魔を断つ剣、これで止めだ。斬魔覆滅、彗星撃!」 
 そのミラの絶叫が消えぬ間に、朧車の扉が砕け散った。空すら焼き切るようなミラ渾身の斬魔刀の一撃が、朧車の側面に叩き込まれたのだ。
 刹那――
 朧車をぶち破るようにして鬼が飛び出してきた。獣の牙を持つ、凶悪な相をもつ鬼だ。
「かかってくるか〜」
 柊が立つ。それをめがけて振り下ろされた人喰鬼の棍棒の一撃を、しかし柊は舞のようにかわしてのけた。その瞬間、その場の誰もが降る桜ふぶきを幻視したのである。
 さらに――
 きんっと人喰鬼の棍棒がはねあげられた。聖歌の野太刀の仕業である。
「中条流の冴え、お見せいたします」
 胸をぶるんと震わせ、聖歌が薙いだ。鬼は血飛沫をばらまき――しかし逆に巨躯を聖歌めがけて躍りあがらせた。
 その数瞬前、ステラはすでに呪文の詠唱を終えている。高密度の呪力は降りしぶく燐光となり――
「そこまで!」
 空をうつ声はステラ。一瞬後、彼女の手から噴出したウォーターボムは鬼を地に叩きつけている。
「がっ!」
 鬼がむくりと半身を起こした。驚くべき体力である。が――
 一本の矢が鬼の眼を射抜いた。たまらず鬼は吠え――続く矢が鬼の胸に突きたった。
「ちっ」
 舌打ちは空から聞こえた。
 はっと見上げる冒険者の眼前、血で染めたような緋の衣をまとった童が空に浮かんでいる。
「朧車に鬼如きでは、やはり冒険者どもにはかなわぬか」
「逃さぬ!」
 鬼を射抜いたみなもが、さらに矢を番えた。が、童はすでに彼女の射程からはずれている。
「鬼の姫!」
 ミラが呼んだ。
「何故、このようなことを。理由をお聞かせ下さい」
「鬼の姫じゃと?」
 童がきゅうと唇を吊り上げた。魔性のものにしか成しえぬ、おぞましき笑みだ。
「鬼などという下等なものと一緒にされてはたまらぬのう」
「下等?」
 ステラが眼を見開いた。理を解き明かすのは彼女の本性でもある。
「では、お前は何者なの?」
「ふふ」
 童がまたもや笑った。
「悪魔よ」
 こたえる童の姿がさらに高く――やがてその姿は哄笑とともに闇天に消えた。

 人喰鬼をとどめを刺し終え、不知火は血濡れた岩透を振り、血糊を払った。
 ――まだ仕事は終わっていない。
 不知火は太刀を鞘におさめた。


 数日後のことである。
 ある武家屋敷から出てきた老武士は、眼前に立ちふさがった八つの影に気づき、足をとめた。
「何者じゃ、おぬしら」
「冒険者」
 こたえ、ミラが眼を眇めた。
「朧車を幣しましたので、その報告に」
「そうか」
 老武士は満面に喜色をうかべた。
「ご苦労。大儀であった」
「何が大儀だ」
 浄炎が老武士の胸倉を掴んだ。
「騙されて死んだ女の恨みを何だと思っているのだ」
「何を――」
 喚きかけた老武士であるが、ぞくりとする殺気に慌てて口を閉ざした。その殺気の主――不知火が老武士の耳元に口を寄せた。
「女の怨みは力技だけじゃ消せん。次もその次も又その次もと‥潰し歩いた所でいずれは追いつく。もし若様の命が大事なら、以後行動を改めさせるんだな」
「次、同じようなことがあれば、今度は俺達があんたの大切な者を追い詰めるぜ〜」
 柊が云い放った。
「‥‥」
 がくりと老武士が膝を折った。立ち去る八影は寂然と――
 依頼であれば鬼も撃つ。それが冒険者だ。
 が、鬼にも時として悲しみもある。それを知り、背負ってゆく者もまた冒険者なのだ。
 怒りは哀しみも、ただ深くしんと沈め――
 びゅうと吹く風は、この季節にしては珍しく暖かだった。