●リプレイ本文
年の頃なら十くらい。おかっぱに髪を切りそろえたその少女はどこか儚げで。しかし眼にやどる光のみは強く‥‥
六人の冒険者にかこまれた加奈という少女を見遣りつつ、新撰組十一番隊隊士・将門司(eb3393)はそっと新撰組十一番隊組長・平手造酒に歩み寄っていった。
「どないしたん? らしくないお節介なんかして」
「将門か」
平手は苦笑を零して、
「俺は女には優しいんだよ」
「よういうわ」
ニヤリとし、しかしすぐに司は真顔にもどった。
「ところで、あの子のことやけど」
「何だ?」
「依頼のことや。何か裏があるんやろ。ただの護衛とは思われへんのやけど」
「そうだ〜」
ついと所所楽柊(eb2919)――彼女も司と同じく新撰組十一番隊隊士である――もまた顔を出した。そしてくくっと笑いながら、
「願い、大事な用、送る‥‥ただの帰郷にしちゃ物々しいな?」
「‥‥ったく」
平手が肩を竦めてみせた。
「察しが良いにもほどがあるぜ‥‥」
呆れた顔で二人の十一番隊隊士を眺め遣り、それから平手は少女に視線を転じた。
「おめえらのことだ。もう気がついちゃあいると思うが、あの子には何かある」
「ああ」
柊と司が同時に頷いた。
先ほど見た加奈の眼。それに二人は見覚えがある。
死を映した眼。修羅場をかいくぐった経験が幾度もある二人が見たことのある、それは死に臨む者だけがもちうる透徹した眼差しだ。
「確かにあの眼は異常やな」
「なんというか‥‥死地に向かう眼だねぇ」
云って、司と平手の顔を交互に覗き込んだのは新撰組三番隊平隊士・狭霧氷冥(eb1647)だ。
「おめえ‥‥わかるか?」
「わかるよ」
氷冥が平手に頷いてみせた。
「新撰組隊士なら見慣れた眼つきよね」
「だろう。だからおめえらに頼むんだ」
平手が三人の新撰組隊士を見渡した。
「あの子がこれから帰る村。そこにきっと何かある」
「何かって、何よ?」
氷冥が問う。すると平手は頭を振って、
「わからねえ。けど、おめえらなら何とかできんだろ」
「まあな〜」
再び柊がくくっと笑った。
楽しくてたまらぬ笑み。それこそ彼女の自負のあらわれだ。
「しっかし、つくづく女運が悪いみてぇだな?」
「ちげえねえ」
口をゆがめ、平手が腹の辺りを見下ろした。その背側、そこにはまだ伊集院静香の手になる刺し傷が残っている。
「じゃあ俺は先に行くぜ〜」
ひらり、と柊が愛馬疾風の背に飛び乗った。そこに近づく、同じ騎馬の影が一つ――
「では柊殿、参ろうか」
「おめえは――」
平手が眼を眇めた。
黒髪黒瞳の凛々しい若武者。何度か新撰組屯所で見かけたことのある貌だ。
「十番隊隊士、氷雨鳳(ea1057)と申します。確実性を上げるためにも事前調査はしておいたほうが良いでしょう。私は鋼で先行いたします」
「隊は違うが、あの子のこと、頼んだぜ」
「承知!」
肯くと、鳳は愛馬鋼の馬首を返した。その先、中天の太陽は冬には珍しく白く輝いていた。
●
「たわばっ!」
奇声を発して、頭から鷹村裕美(eb3936)が地に突っ込んだ。
すってんころりん。それは、あまりにも見事なこけっぷりで――
「大丈夫か?」
慌てて助け起こしたのは巌のような体躯の男で。名を明王院浄炎(eb2373)という。
「頭から倒れたようだが――」
「だ、黙れ」
頬を染め、裕美が唇の前で指を立てた。
「誰にも云うんじゃないぞ」
「誰にもと云うてもな――」
浄炎が振り返る。そこには六人の冒険者と加奈がいる。
中の一人、テスタメント・ヘイリグケイト(eb1935)が氷のような瞳を裕美に向けた。
「ここの全員の口止めをする気か?」
「するんだよ」
裕美が霞刀の柄に手をかけて地を蹴った。そのまま凄い形相で駆け巡る。
「七人であろうと何人であろうとな!」
――くすくす。
加奈が笑った。ふにゃぁぁっ、と声をあげ、三度目に裕美が転げた瞬間にだ。
「やっと笑いましたね」
隕鉄の背にゆられる加奈を見上げ、女と見紛うばかりに優美な微笑みを沖田光(ea0029)が送った。
「ところで加奈さんに聞きたいことがあるのですが」
「何?」
「村のことです」
云うと、光は加奈の眼を覗き込んだ。
「村に帰ったら、何かあるんじゃないですか? 僕達で良ければ、力になりますよ。教えてくれませんか?」
「それは‥‥」
加奈が、光の微笑みから眩しそうに眼をそらせた。それに気がつき、光はわざと明るい声をあげた。
「あっ、いえ、貴女がなんだか消えてしまいそうに見えて、心配だったから。‥‥それに、ただ送るだけの仕事なら、もう僕達呼ばれなくなっちゃったんですよ。だから、貴女も何かあるのかなって。余計なお節介だったら、ごめんなさい」
「‥‥ううん、あの‥‥」
慌てて首を振る加奈に、今度は隕鉄の手綱を引く司が笑いかげた。
「なんか若いのに悟りきった感じやな? これから起こる事に身を任せるみたいやで」
「それは――」
言葉を濁し、しかしすぐに加奈を思いつめたような眼をあげた。
先行した鳳と柊が、加奈の村のことを知る行商人と行き合ったのは、その日の夜遅くであった。
「少し良いかな? これからちょっとこの先に用があってな・・何か危険がないか調査しているところなんだが」
「この先?」
行商人の男は顔を顰めた。
「なら気をつけた方がいい。この先には――」
変わった村がある、と男は云った。
「変わった村?」
柊が身を乗り出すと、男はぶると身を震わせ、
「はい。奇妙な風習の村がありましてね。近くを通ったんだが異様な雰囲気だったんで、ちょうどその騒ぎにとりかかろうって時じゃねえのかも知れねえ」
「騒ぎ、か‥‥で、その風習とは何なのだ?」
鳳が問うた。すると男はぬめりと光る眼をあげて、
「それは――」
次に男の告げた言葉に、はたと鳳と柊は顔を見合わせた。
「お守り様の嫁になる!?」
とは、どういうことであろうか。
テスタメントが瞠目し、彼自身のテントに視線を転じた。その中では、氷冥に抱かれて加奈が眠っているはずだ。
「確かに、あの子はそう云ったのか?」
「間違いありません」
光が肯首した。すると、自分もまた聞いたと裕美も頷いた。
「今から行く村はどんな所なのか。行ったら何をするのか、とか訊いて見たけれど――」
加奈がこたえたのは村が貧しいということだけ。何をするのかという問いに対しては、光と司にこたえたのと同じ、お守り様の嫁になるという返事だけだ。
「‥‥しかし、そのお守り様とは何者なのだ?」
誰にともなく浄炎が問うた。すると先日の依頼でも一緒であった司が、
「どうやら村の守り神みたいなモンらしいで」
「守り神?」
浄炎が眉をひそめた。
「うさんくさいやろ」
「ああ」
浄炎がちらと暗い夜空に眼をあげた。
「どうした?」
テスタメントの問いに、浄炎が懐かしげにごとりと笑ってみせた。
「加奈という娘‥‥俺の娘らと対して変わらぬと思うてな」
「貴方‥‥娘さんがいるのか」
「ああ。蛙の子は蛙とは良くいったもので、娘らも冒険者となってな、今は欧州の空の下だ。何時かは巣立つものとは判っておっても、気になるものよ。それと同じく――」
浄炎が、その名と同じく炎を宿した眼をテントにむけた。
「加奈の親御さんも無事を祈って待っておろう」
必ず、と。浄炎は胸の内で呟いた。
「眠った?」
氷冥が問う。
その腕の中で、加奈は安らかな寝息をたてている。どうやら氷冥に抱かれていることが心地良いようだ。
その眠っている様子は、普通の十歳ほどの少女のそれである。とても死地に向かう眼をもつ娘とは思えない。
「何が待っているのさ、村で‥‥」
氷冥が呟いた。そして加奈の額に被さる柔らかな髪を、そっと指でわけた。
●
「生贄、だと!?」
浄炎がかっと眼を見開いた。傍らの氷冥は、見えぬ一刀にはたかれたように、道端の草をつついている加奈を見遣った。
「やっぱりね‥‥。そんな事じゃないかと思った‥‥」
「本当か、それは」
裕美の問いに、合流を果たした柊が小さく肯いた。
「確かだ〜。村の者の口から聞いたんだから、間違いねえ〜」
「じゃあお守り様の嫁になるっていうのは――」
「生贄に差し出すってことであろうな」
鳳が唇を噛んだ。
「私には認められんことだがな、そんな話は」
「当たり前だ」
テスタメントの口から押し殺した声がもれた。そして彼は立ち上がり、加奈へと歩み寄っていった。
「お前は生贄になるそうだな」
「!」
はじかれたように加奈が顔をあげた。
「わたしは――」
「余計なことは喋らなくても良い。一つだけこたえてくれ」
「ひと、つ‥‥」
「そうだ。お前は村のために死ぬつもりなのか。生きたいとは思わないのか」
「わたし‥‥」
加奈がぽつりと呟いた。
「村のためなら‥‥」
ぱしり。加奈の頬が鳴った。
「命は粗末にするものじゃない」
あげた手を、裕美はおろした。
「加奈はこれからしなきゃならないことがいっぱいある。遊んで、恋をして」
「でも、わたし、生きちゃいけない――」
「なんてことがあるもんですか」
光が加奈の傍に屈み込んだ。
「子供が生きちゃいけないなんてことは、この世のどこを探してもないんですよ」
「わたし‥‥」
加奈が言葉を途切れさせた。しかし、すぐに小さな声で、
「わたし、生きたい」
と云った。
「それでいい」
ぽんと柊が加奈の頭に手をおいた。
「お前サンの命、しばらく俺らが預かるからな。‥‥信じとけ」
柊が微笑かけた。その眼前、加奈は泣きじゃくっている。
それは死を思いつめた者ではなく、十歳の、年相応の童の姿であった。
●
「勝手なことをするな!」
村長が怒鳴った。加奈を送り届けた冒険者が生贄に反対する旨を口に出した瞬間のことであった。
しかし浄炎は顔色も変えずに、
「勝手なことではあるまい。家族を失った者にしてみれば、到底容赦できるものではあるまいからな」
「お守り様に対して何という‥‥」
「何がお守り様よ」
氷冥が村長を睨みつけた。
「で、生贄を差し出せばそれ以上襲わないっていう保障でもあるわけ? それに生贄が必要だっていうんなら、ここにいる面々が自分で名乗りを上げればいいじゃないの。‥‥出来るわけないわよねぇ、自分が助かればそれでいいだけなんだから」
「‥‥」
言葉をなくし、村人が顔を伏せた。彼らにしても後ろめたいことをしているのは十分承知しているのである。
「だからだな〜」
柊が口を開いた。
「代わりに生贄を出してやろうってんだ〜」
「代わり? そのような者がどこに」
「ここにいるじゃない。そういう荒事が得意な面々が」
告げて、氷冥がぱちりと片目を瞑ってみせた。
●
森の中に長持ちが一つ、ぽつんとおかれてある。そして辺りには濃い香の香りが――長持ちの中から漂いだしているのであった。
と、樹闇の向こうから人影があらわれた。狩衣姿の男だ。
男は鼻をひくつかせると、そろそろと長持ちに歩み寄っていった。そして男の手が長持ちに伸び、その蓋を持ち上げ――
刹那、長持ちの蓋が吹き飛んだ。
「何っ!」
呻く男の眼前、長持ちの中にすっくと立つ影が一つ。
「贄は生きが良いほうが、お前としても、楽しめていいだろう〜?」
ニンマリ。柊が笑った。
「おのれ!」
男が歯を軋らせた。
「何者じゃ。村の者ではないな」
「冒険者だ〜!」
柊の腰から黒光が噴いた。咄嗟に男は飛び離れているが、地に着いた時、その顔面には糸のような血筋が走っていた。
「無礼者! 神に対して刃を向けるか!」
「人を生贄にしとって、何が神や」
樹陰から司が身を滑り出させた。傍らの鳳が大脇差の柄に手をかけた。
「生贄など‥人が死ぬことによって得る平和など、私は認めん!」
「ほざけ!」
男が嗤った。その顔が細く吊り上り、次第に異様なものに変形していく。獣のもの――犬の顔に!
「きさま、妖か!」
光が叫ぶ。それにむけて、男――犬妖は牙をむいた。
「そうよ。その妖に、村の奴らは贄を差し出したんだぜ」
「きさま‥‥」
「馬鹿よなあ、人って奴は。この俺に餓鬼を差し出せば災難がなくなると思ってやがるんだから」
「何っ!?」
愕然として裕美が呻いた。
「では、お前が村を守っていたのではないのか」
「ったりめーだ。俺が災難を取り除けるわけがねーだろ」
「では、何故贄を要求した?」
「喰らうためよ」
ニィ、と犬妖は嗤った。
はじかれたようにテスタメントが足を踏み出した。ぞわり、その髪が逆立ちはじめている。
「喰らう、だと」
「そうよ。美味かったぜ、餓鬼どもは。太股なんて柔らかくてな――」
刹那、のびたテスタメントの手が、がっきとばかりに犬妖の顔を掴んだ。
「喰らうだとォ」
「アギィ」
テスタメントの手の中で、犬妖の顔が異音を発した。さらにクククとテスタメントの顔が邪笑にゆがむ。
「美味かっただとォォォ―!」
「ギャッ!」
犬妖がテスタメントの手を振り払い、後方にはねとんだ。
「逃がすと思ってるの!!」
するすると背後に回り込んだ氷冥のデスサイズが唸る。血煙をあげて犬妖は地に叩きつけられた。
「くそぉ!」
「お前は――」
一つの足が、がっと犬妖の顔を踏みつけた。犬妖の眼があがり、鋼の筋肉をよりあわせたような体躯の男を見上げる。その男とは――おお、浄炎だ。
浄炎はぼきりと指を鳴らせた。
「怒らせてはならぬ者を怒らせた。その罪、その命で贖ってもらうぞ」
「贄になる気持ち、今度はお前が味わったらええ」
すう、と。司の手の大小の刃があがる。それに双頭の毒蛇を幻視して、犬妖は悲鳴をあげた。
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「いっぱい食べてや」
司が手料理を披露した。犬妖退治を済ませた後のことである。
最初冒険者を敵愾の眼で見遣っていた村人達であったが、しかし暖かそうな料理から立ち上る湯気や美味そうな匂いには抗しきれず、やがて料理に群がりだした。
「腹が減ったらええ仕事もええ考えも出ん。神や仏に物を捧げるってのは、感謝でするもんや。頼む為にするもんとちゃうで。ご飯を頂く時に頂きますをするんも、食材に、食材を作ってくれる人に感謝するからやで」
司が訴える。その言葉は熱い煮汁とともに村人の心に染み入り――
「加奈は‥‥村は大丈夫だろうか」
村人を眺めやる裕美の問いに、浄炎は眼を眇めた。
「お守り様はもういなくなった。これからは村人達次第であろうな」
「そうか‥‥」
裕美が頷いた。
しょせん村一つの命運を数名の冒険者が救えるはずもなく――それでも村に幸あれと願わずにはいられない裕美であった。
その時――
裕美は駆けてくる加奈の姿を見とめた。
「どうしたの?」
氷冥が加奈を抱き上げた。
「もう帰っちゃうの」
「うん」
こたえると、氷冥は加奈の額に自身のそれをおしあてた。
「一つ約束してほしいんだ」
「約束?」
「そう。もう命は簡単に投げ出しちゃ駄目よ。生きてこそ意味があるんだからね。いい?」
「うん」
しっかりと加奈が肯いた。
氷冥の瞳に映るその顔は、冬を越して芽吹いた木々のように、蒼く大人びて見えた。