【風魔忍法帖】三郎
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 47 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月21日〜02月28日
リプレイ公開日:2007年03月03日
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●オープニング
昼下がりの陽光をはねて、きらと白光が疾った。
刹那、旅姿の娘が身を翻した。キンッと音たてて、はじきとばされた手裏剣は地に落ちている。
「蛍!」
声がした。呼んだのは娘の連れで、深編笠をかぶった侍だ。
「三郎様!」
叫び返したのは蛍と呼ばれた娘だ。年の頃なら十七。涼しげな目元の、可憐な面立ちをしている。
「ここは私にお任せを。お隠れになっていてください」
そう云うと、娘――蛍は忍び刀を逆手にかまえた。そして周囲を見回す。
前。遠く離れたところを一人の行商人が歩いている。
後方には雲水が二人。突如刃を抜き出した蛍に驚いたのか、竦んだようにその場に佇んでいる。
どこだ?
蛍がすばやく視線を走らせた。
行商人も雲水も、どちらも殺気をおびてはいない。手裏剣の投擲者は別なところに身を潜ませているのだ。
ややあって――
蛍は刃をおろした。すでに殺気は跡形もなく消えうせている。
もはや襲撃はない。そう蛍は読み取ったのである。
「三郎様」
刃を鞘におさめると、物陰に隠れた三郎のもとに蛍は駆け寄っていった。
その日、冒険者ギルドの表戸を二人の男女がくぐった。
一人は深編笠をかぶった侍で、名を三郎と名乗った。そしてもう一人は――蛍であった。
「ご依頼でございますか」
手代が笑みをうかべた。その前に腰をおろすと、蛍が口を開いた。
「はい。私達二人を送っていただきたいのです」
「送る? どちらにでございますか?」
「上州、沼田まで」
「上州沼田‥‥それはちと遠いところでこざいますねえ」
呟くと、手代は筆をとった。
「ところでお送りするということですが、そのようなところまで‥‥何か事情でもあるのでございますか」
「ええ‥‥」
躊躇いがちに蛍が肯いた。そしてすぐに迷いを振り払うように、
「詳しい事情は話せませんが、私達‥‥いえ、こちらの三郎様がお命を狙われていらっしゃるのです」
云って、蛍は憂慮に翳る眼を深編笠の侍にむけた。
冒険者ギルドの表戸から天蓋をかぶった虚無僧と蛍が姿を見せた。いつの間に着替えたのか、三郎と名乗る者は虚無僧に変形していたのだ。
「三郎様、お待ちを」
蛍が虚無僧を押しとどめ、周囲を見回した。
天秤棒を担いだ魚屋、反物をもった小僧、二人の雲水、町娘――常の江戸の風景だ。何らおかしなところはない。
「蛍‥‥」
「大丈夫でございます」
にこりと微笑むと、蛍が肯いた。
その様を――
見ている影があった。
屋根の上。平蜘蛛のように這いつくばった影がある。
「何をしておる」
声がした。すると屋根の上に潜んだ男は昏い眼をあげた。
「彼奴ら、冒険者ぎるどに入りおった」
「冒険者ぎるど!?」
問うた男が顔を顰めた。
「それは厄介な‥‥真田の忍ともあろう者が、 何故、ここまで来る道中で三郎を殺らなんだ?」
「あの娘が邪魔をしおったのだ」
「娘? たかが小娘一人」
「馬鹿な。ああ見えて、あの小娘は風魔だぞ」
「ふん、いくら風魔といえど‥‥」
男の眼に嘲弄の光が浮かんだ。
「もうよい。ここからは我ら‥‥真田の芦名道剣率いる三忍衆がやる」
「なにっ」
口をゆがめる男の眼前、別の二影がいずこからともなく現出している。
「北条三郎‥‥早雲の弟めは沼田にゆかせてはならぬのだ」
三影のうち、先ほどの一人――芦名道剣が呟いた。その声音は、闇の中の鴉の鳴き声のように不吉に響いた。
●リプレイ本文
●
「二人してぎるどに駆け込んだ故、二方とも狙われておるものと思うたが‥‥」
呟いたのは、はちきれんばかりの胸の双球と妖精のような顔の持ち主で。名を瀞蓮(eb8219)という。
胸をゆがませつつ腕を組むと、瀞蓮は依頼主を見つめた。
一人は虚無僧姿で面もわからぬ。そしてもう一人は人形のように頬の白い可憐な娘で。
「娘の駆け落ち相手が娘の家の手のものに狙われて‥‥というわけでもなさそうじゃの」
「じゃー、何モンなのか聞いてみっか」
勇躍飛び出そうとする鷹城空魔(ea0276)であるが。その少年のように弾む肩を掴んでとめた者がある。
狩衣姿の陰陽師。上杉藤政(eb3701)という。
「やめておけ」
澄んだ黒曜石の瞳を細め、藤政は云った。
「どうしてだ?」
空魔はきょとんとした表情を浮かべた。
「金で雇われてて俺ッちたちが信用できねーかもしねーけど、教えてもらえなきゃこっちも信用できねーじゃん」
「それも一理あるな」
水上流水(eb5521)が頷いた。彼はよく光る金茶の瞳をあげて、
「三郎さんが命を狙われているということは、護衛するこちらも命懸けだ。理由はともかく、どんな相手に狙われているのか、それくらいは知っておきたい」
云った。
当然だ。いくら依頼を受けたといっても、何者とも知れぬ者との命のやりとりは、やはり空しい。それに敵を知ることは戦う備えともなる。
「だろー」
同じ忍びである空魔がニヤリとした。
「やっぱ聞いてくるぜ」
「待てというに」
背を返した空魔の肩を、今度は瀞蓮が掴んだ。
「要らぬ詮索じゃ。分からずとも何とかするのが、冒険者じゃしのう」
ふっと笑った。その何気ない笑みに、瀞蓮の深い自負が滲んでいる。
「もしやするとやんごとなき人物である可能性もある――ならばこそ自分から正体を語らぬ限りは詮索せぬ方がよい」
いいきかせるように、藤政もまた頭をふった。
「そうであろう、崔軌殿」
同意を求めて声をかける。すると木賊崔軌(ea0592)は頭をがりがりと掻きながら、まあな、とニンガリ笑い、
「折角の若い娘との二人旅。ただでさえ野暮な連れ立ちで無粋なこった。これ以上野暮な真似をしなくても良かろうよ。どのみち沼田にとって重要な人物、そして腕利きの護衛には間違いっこあるめえ」
「沼田かぁ」
空魔が小首を傾げた。
沼田辺りはつい先頃まで戦の真っ只中にあった。とても訪ねゆくべき人などあるとは思えない。
そのことを空魔が口にすると、一人、氷のように蒼く眼を光らせた者がいる。
御影涼。御影一族の当主だ。
「もしやすると‥‥」
涼が口を開いた。
「沼田には今、上杉謙信がいる」
「まさか」
愕然とし、片桐惣助(ea6649)が顔を振り向けた。
上杉謙信といえば、越後の竜と徒名される大武将だ。もしその戦の天才に相見えるつもりであるならば、そも三郎とは何者であろうか。
優しげな、しかし狼の俊敏さを秘めた伊賀の忍びである若者の眼の光もまた強まった。彼の炯眼は蛍の正体を忍びと見抜いている。
その時――
「真田‥‥」
涼の口から呟きがもれた。すると、なるほど、という応えが響く。
驚いて振り向いた惣助の眼前、ゆったりと佇む男が一人。その男――柚衛秋人という名の志士は、名槍を肩に担いだまま云った。
「上州でなにかある、とくれば真田の忍びだろう。俺も以前にやり合ったことがあるんだがな」
「真田忍軍か‥‥」
考えられることだ。そう柊海斗(ea7803)は思った。
上杉謙信は確か上州で真田昌幸と戦っていたはず。その謙信に見えるための上州行ならば、襲撃者の正体が真田であるのも十分にうなずける。
海斗の彫刻めいた相貌にわずかな翳がよぎった。
敵は真田。余人に読み取られることはなかったが、彼は面白いと思ったのだ。
その海斗の思いはよそに――
冒険者達は、無言のまま三郎と名乗る虚無僧と蛍という少女を眺め遣った。
ゆく二人も命をかける旅。護るもまた命をかける旅。
紡ぐ想いは違えど、今凄絶なる旅は始まろうとしていた。
●
三国街道を上州にむかう旅人の中に、異様な一団があった。
三人の虚無僧。
それ自体は珍しいものではないが、それを取り囲む者達は眼をひいた。六人の男女である。
中でも一番にすれ違う人々の注視を浴びたのは異国の娘であった。
夢見るように黒瞳は潤み、薔薇色の唇は濡れたように微かに開かれて――
胸はたわわに実り、それを支える腰はきゅうと締まっている。
シルフィリア・ユピオーク(eb3525)。フランク王国生まれのレンジャーだ。
「お利口ね。偉い、偉い」
蛍に近寄り、シルフィリアが囁いた。その傍らでは二人の虚無僧が天蓋をわずかに揺らせている。
中身は――惣助と流水だ。敵の霍乱を狙った惣助の案に、流水が乗ったという格好である。
「ところでさ、蛍ちゃん」
シルフィリアが続けた。はい、と真剣な面持ちの蛍の耳に唇を近寄せると、
「相手の心当たりはあるかい? そこらのゴロツキから、果ては真田忍軍なんて有名どこまで相手した事があるけどさ、相手が判らない事には裏のかきようがないからねぇ」
「真田‥‥」
蛍の表情が微かに動いたようである。そのことを目聡いシルフィリアは見逃さない。
「そうだよ。上杉謙信公子飼いの軒猿衆と競ったりしたたこともあったねぇ」
ふふっと笑うシルフィリアの眼が、この時ぎらりと光った。蛍の表情がまたもや動いたからである。
上杉謙信。
その名に蛍は反応したのだ。
――やはり目的は上杉謙信。敵は真田ってところかねぇ。‥‥それじゃ三郎に蛍ってのは何モンなんだろ?
思いつつ、シルフィリアは値踏みするように蛍を眺め遣った。
外見からは楚々とした風情が伝わるばかりで、崔軌のいう腕利きの護衛という雰囲気は感じ取れない。が、端々――身のこなしや眼の配りは、やはり尋常ではなく。それに何より、敵霍乱のために三郎ばかりに近寄るなという惣助の警告を、よほど聡いのか反対もせずに律儀にこなしている。
――惣助のいうとおり、やっぱ忍びかねぇ。
その傍らで――
崔軌は大きな溜息をついている。三郎と名乗る虚無僧に関してだ。
二本差しだとばれないように注意しろと警告したのだが、これがなかなか。見せつけているのかと疑うほど侍らしき挙措をとる。
――難しいだろうとは思ったが、これじゃ狙ってくれっていってるようなモンだぜ。
崔軌は呆れた。
鳴子の細工によるのか、宿での襲撃はなかったものの、この様子では遅かれ早かれ襲撃を受けるだろう。惣助と流水が誤魔化してはいるが、それもどこまで通用するか‥‥
神経を刃で削ぐような緊張感に包まれた旅は、ようやく二日目を終えようとしていた。
●
三日目の夜。
明日には沼田に着こうかという山の中、冒険者達一行は野営していた。
辺りは湖の底のように蒼く染まっている。月が中天にかかっているのだ。
「あーあ」
声がした。
野営地から離れた木陰の中。潜んだ空魔が欠伸をかみ殺したのである。
すでに三日目。その間真田の襲撃はなく。
もはや襲撃はないのではないか。そんな予感さえしてくる。
その時、空魔は近寄ってくる蛍を見とめた。
「何か用か?」
「これ」
蛍が握り飯を差し出した。
「すまねえ」
空魔が受け取り、頬張る。その様子をしばらく見つめ、そっと蛍は口を開いた。
「‥‥聞いてみたかったんだけど」
「うん?」
空魔は握り飯を口から離した。
「何だ?」
「あの‥‥冒険者はどうして危険な仕事を請け負うの? お金のため?」
「それは‥‥」
空魔は首を捻った。
わからない。考えたこともなかったからだ。
「馬鹿だからだ」
こたえは天蓋の内から――流水だ。するといつの間にか近寄っていた藤政も苦笑し、
「だから銭勘定もできない」
肩を竦めてみせる。その通りだと笑った空魔であるが――すぐに鏡面のような眼を蛍にすえて、
「でも約束は守るぜ。三郎ッちと蛍ッちはぜってー護ってみせる」
「あの‥‥」
蛍が何か云いかけた。その眼に浮かぶ翳――それは何故か悲しみのように見えて‥‥
その時、優れた空魔の感覚は迫り来る幾つかの気配をとらえた。
●
現れたのは数人の浪人者だ。彼らに追われるように、三人の娘が駆けて来る。
「お、お助けください!」
娘の一人の口から悲鳴が迸り出た。
刹那、はじかれたように海斗が立ち上がった。その眼前、すでに崔軌はましらのように疾駆している。
唸る蹴り一閃。空を灼き切るような一撃は、一人の浪人者を薙いでいる。
「お、おのれ!」
凶相をどす黒く染め、浪人者達が抜刀した。それに恐れをなしたか、
「きゃあ!」
と叫び、三人の娘達が虚無僧に縋りつき――
「危ない!」
という叫びは、三郎と名乗る虚無僧からあがった。その前に立ちはだかった影――シルフィリアの胸に刃が突き刺さっている。さらに流水の胸、惣助の腕にも。
「くっ」
舌打ちの音を響かせ、刃を手にした娘達が飛び退った。
何でそれを見逃そう。一気に間合いを詰めた瀞蓮の蹴り――影すら残さぬ神速の一撃は娘の一人の顎を打ち砕いている。
「くそっ」
娘の一人の口から、男としか思えぬ声がもれた。どうやら討ちもらした一人こそが三郎であると気づいたようだ。娘はシルフィリアを驚愕の眼で睨みすえて、
「まさか身を挺して守るとは」
「馬鹿だからね。それくらいしか思いつかなかったのさ」
シルフィリアが血笑を浮かべた。娘は恐怖すら浮かべた眼差しで呻く。
「‥‥恐るべし、冒険者。なれど――」
その時、娘の身が二つに分かれた。
分身の術。そうと冒険者が見破るより先に、二つの白影が三郎に躍りかかろうとし――
「待て」
声がした。どことも知れぬ空から。藤政のインビジブル――
そのために娘の襲撃は一瞬遅れた。その眼前、空魔が立ちはだかっている。全く同じ、二つの影として。
「分身が使えるのは、てめーだけじゃねーぜ」
空魔が笑った。その一瞬後のことだ。娘が身を仰け反らせた。
その背には苦無が一本突き刺さっている。襲撃の主は――おお、空魔の愛犬である疾風丸だ。
犬に視覚の幻惑はきかぬ。それは芦名道剣の思わぬ油断であった。
「ここまでか」
残る娘が――すでに声は男だが――身を翻した。その眼前、するすると海斗が滑りよっている。
「逃しはせぬ」
たばしる白光は一瞬。鍔鳴りの音が響いた時、血煙まいた片腕が一本、地に落ちている。
そして――すでに娘の姿はなく、また浪人達も逃げ去っていた。
「‥‥これが忍びの戦いか」
人の優しささえ利用する――非情なる忍びの戦術に、慄然たる藤政だけが夜気に響いた。
●
「待ってださい」
惣助が呼び止めた。
場所は沼田。すでに沼田城は目前である。
三郎と名乗る虚無僧はぴたりと足をとめた。そして、蛍も。
「思い出しましたよ」
惣助が虚無僧の背を見つめた。まるでその背を射抜くかのように。
「その声。聞いた覚えがあると思ったのですが‥‥風魔の九郎さんとおっしゃいましたね」
静かな、しかし確信のこもった声音で云った。しかし三郎と名乗る虚無僧にこたえはなく――
いや、天蓋の内から微かに響いてくるものがある。くすくすという笑い声だ。
それが爆発的に大きくなった時、もう、と蛍が溜息をつき、こつんと三郎と名乗る虚無僧を小突いた。すると三郎と名乗る虚無僧は天蓋をはずし、
「よお」
と顔を振り向けた。
野生の精気に満ちた少年の顔がそこにある。
風魔の九郎。三郎と名乗る虚無僧の正体が彼であったのだ。
「確か片桐惣助っつったよなあ。まさか、以前会ったおめえが混じってるとは思わなかったぜ」
九郎が笑った。その傍らでは蛍がぷっと唇を突き出している。
しかし――冒険者達に笑みはない。
さしもの崔軌も憮然としつつ、
「三郎の正体が風魔ってんなら、蛍もさしずめそういうことなんだろうが‥‥どういうつもりだ? 何故三郎などと偽って、俺達に護らせた?」
問うた。海斗も眼に刃の光だけを溜めて、
「風魔の忍びが、この沼田に何の用がある?」
「わからねえか」
九郎が問い返した。
わからない。冒険者は首を捻った。
当初、三郎とは上杉謙信と見えるほどの人物であると予想した。が、違う。三郎の正体は一介の忍者だ。
その事実に伴う違和感。もし忍びとして潜入するためだけなら大仰すぎはしないだろうか。
その時に至り、シルフィリアは翻然とあることに想到する。
「‥‥あたい達を囮に使ったね」
シルフィリアの美麗な面がわずかに顰められた。それに対して九郎はニヤッと唇をゆがめただけだ。そして、
「餌は大きいほど獲物も大きい。冒険者なればこそ、真田が釣れた」
と告げた。
瞬間、その場の空気が硬質化する。冒険者の身裡から立ち上る殺気のなせる業だ。と――
「まあ良いんじゃねーの」
空魔が云った。そして誇りを込め、
「俺は蛍ッちを護ると誓った。蛍ッちが誰だとか、目的なんか関係ねえ。ただ、護る。それを承知で命をかけたんだ。文句はねえよ」
ニッと笑う。煌くような笑顔だ。
気づけば他の冒険者達の頬にも微笑が浮かんでいる。それは命をかけて何事かを成し遂げた者のみが得られる宝石のような輝き。
命をかけた旅は今、終わりを告げた。
「‥‥あれが、冒険者」
蛍の口から声がもれた。立ち去る冒険者を見遣る彼女の眼は、まるで朝日を見上げたように眩しそうに細められている。
ああ、と九郎が肯いた。
「奴らの名、覚えとけ」
「どうして?」
「伝説になるからさ」
楽しくてたまらぬように九郎は笑った。
「表の歴史は知らず、裏の世界じゃな。少なくとも早雲様や謙信公は忘れはしねえだろ、あの八人の冒険者の名を」
●
沼田城の奥深く、相対している二つの影があった。
一人は上杉謙信。そして、もう一人は勝麟太郎である。
「勝よ」
謙信が口を開いた。
「お前が申しておった者達が着いたようだ」
「来ましたか」
勝が笑った。
その時、襖が開いた。
隣部屋。そこには笠を脱いだ二人の雲水が座っている。蛍が襲われた際に後方にいた、あるいは冒険者ギルドの外に佇んでいた雲水だ。
そのうちの一人。
精悍な若者だ。ただ座っているだけで周囲の者が息苦しくなるほどの精気を放っている。
そして、もう一人は少年。
年の頃なら十五、六。秀麗な面立ちの中、落ち着きはらった眼が光っている。
「その方が風魔の小太郎か」
「はっ」
若者――風魔小太郎がうなずいた。
「噂に違わぬ。よくここまで来れたものよ」
云って、謙信は少年に視線を転じた。
「よくぞ参られた。それでは、そなたが」
「北条三郎にござります」
少年がこたえた。
ここに――
北条三郎と上杉謙信の対面は果たされたのであるが。
運命の輪は八人の冒険者の手によって回されたのである。
未来へ。