静香
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:5人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月23日〜03月28日
リプレイ公開日:2007年03月31日
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●オープニング
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女侍は秀麗な相貌をしていた。
涼やかな目元。細い鼻梁はすっと高く、きりりと引き締まった朱唇は意思の強さを感じさせる。簡単にひっかかったとは思えぬほどの美しさだ。
男は女を御堂に引きずり込んだ。女には抵抗の様子はない。
「こ、ここでいいだろう」
鼻息荒くそう云うと、男は女を見つめなおした。
薄暗がりの中、女の姿は花の精のようにぼうと霞んでいる。それは、あまりに美しく――こんな上玉を抱けることなどめったにない。
たまらず、男は女を押し倒した。そして女におおいかぶさる。
「あ――」
女の口から微かな声がもれた。それを封じるように、男の口が女のそれをふさいだ。
――あまい。
男は思った。唇も舌、何もかも、と。
次に男は女の胸元をはだけさせた。そして勢いよく零れだした乳房にむしゃぶりつく。
桜色の乳首を舌で転がした。歯で甘噛みする。ああん、と女の口から喘ぎがもれた。
と――
男の姿勢が変わった。そのまま顔を女の下半身にずらし、今度を着物の裾をめくりあげる。
白い、雪の色の足が露出した。その付け根には淡い翳りが見える。
そこまでが男の限界であった。
男は猛り立った陽物をだすと、腰を進めた。あん、と女の口から呻きにも似た声が発せられる。
かまわず男は腰を動かした。その度に女の喘ぎは高まり、その身体も反応する。
やがて耐え切れなくなったのか、女の手が男の背にまわされた。そしてぎゅうとしがみつく。
可愛い奴だ。
高まる快感の中で男が思った。その時だ。
激痛が男の背を貫いた。
●
新撰組十一番隊組長・平手造酒は酒をあおっていた。ゆったりと。
場所はこじんまりとした居酒屋。酒が吟味され、美味い肴を出すのでそこそこ有名な店だ。
最近見つけたこの店で、平手は非番の一時を過ごしていたのである。すでに一刻半――
突然、平手はかっと眼を見開いた。続いて猪口を叩きつけるようにしておくと、そのまま店を飛び出していく。
――今のは‥‥
慌てて平手は周囲を見回した。が、彼の目的とする人物の姿は見えない。
平手は駆け出した。その人物の歩き去った方向に。
が――
いない。すでにその人物の姿は消失している。
溜息を一つ零すと、平手はもと来た方に戻り始めた。そして居酒屋を通り越す。
その先は、平手が目撃した人物が歩いてきた方向だ。もしかすると、その人物に関する手がかりが何か掴めるかもしれない。
やがて――
平手の足はぴたりととまった。小さな御堂の手前だ。
――これは‥‥
平手の眼が薄く光った。彼の嗅覚は異様な臭いをとらえている。
血臭。微かなそれが、空に溶けている。
平手は迷わず御堂に歩み寄った。そしてゆっくりと戸を開け放つ。
「ぬっ」
平手の口からくぐもった呻きがもれた。
その彼の足もと、男が一人倒れている。着物の前をはだけ、小さく縮んだ陽物を露出させた異様な風体で、だ。
片膝つくと、平手は男の首に手を当てた。
何の脈動もない。すでに事切れているようだ。背に滲んだ血はまだ乾いてはいなかった。
「こいつは――」
平手が立ち上がった。そして昏い眼を外にむける。
その人物が現れた場所。そこに転がる死体。これは単なる偶然なのであろうか。
いや――
その人物――彼女の存在自体が夢ではなかったか。
「ありゃあ確かに伊集院静香だったよな」
平手の口から乾いた声がもれた。
平手が御堂から立ち去ってややあってのことだ。
樹陰から一つの影が滑り出た。
可憐な美少女。円らな瞳が愛くるしい。
「びっくりしましたねぇ」
美少女が呟いた。彼女もまた伊集院静香に瓜二つの女の出現に驚いているようだ。
その時、彼女の足元に別の影が現れた。血で染めたかのような緋の衣をまとった女童である。
「どうするつもりじゃ、紅緒?」
「そうですねぇ」
紅緒と呼ばれた美少女が小首を傾げた。
「面白そうなんですけど‥‥さて」
●
数日後のことである。
商売から帰った勇作は荷をおろし、食事の支度をはじめた。奥では病の妹――美里が眠っているはずだ。
「兄さん?」
声がした。美里のものだ。どうやら起こしてしまったらしい。
「ごめん、起こしてしまって。‥‥でも、俺が帰ったってよくわかったな」
「だって楽しそうに鼻歌を歌ってるんだもの。何か楽しいことでもあったの?」
「別に」
「嘘」
云って、しばらくして美里はにっこりと微笑んだ。
「好きな人でもできたんでしょう」
「そんなことはない」
慌てて勇作は否定したが、熟柿のように赤くなった顔からは本当のところが窺い知れる。
「どんな人?」
美里の問いに、ようやく諦めたか、勇作がぽつぽつと話し始めた。
「とっても綺麗な人なんだ。信じられないくらいにな。その女性が俺をことを好きだっていってくれたんだ」
「そう」
美里の顔に本心からの微笑がうかんだ。
病気の私のために、ずっと働きづめだった兄。好きなことは何もしないで。
そんな兄のことを好きだといってくれる女性がいる。兄には何としても幸せになってもらいたい。けれど――
くすりと美里は笑った。
生真面目な兄だ。きっと、まだ手も握っていないに違いない。そうなるまでは半年くらいかかるかも‥‥
「その女性、名前は何ていうの?」
「静香っていうんだ」
少し照れながら、勇作がこたえた。
●リプレイ本文
●
ふるふると暖かい春の風が吹く。
が、新撰組壬生屯所の一室だけは違う。そこにはうそ寒い風が澱んでいるようで。
「ほんまに静香はんやったんか?」
問うたのは、新撰組十一番隊隊士・将門司(eb3393)だ。それに対し、平手造酒はニンガリと笑って見せた。
「ああ。静香本人であるはずはねえが」
「そうですね‥‥」
暗鬱たる色を面に過ぎらせて、神楽龍影(ea4236)が肯いた。
彼は伊集院静香の処刑に立ち会っている。眼前で静香の首がはねられているのを目撃しているのだ。その静香が生きているなどということは断じて考えられないのである。
が、小面に面を隠した宿奈芳純(eb5475)がかぶりを振った。
「とは云いきれませんよ」
「どういうこと?」
眉をひそめる神楽聖歌(ea5062)に、芳純は面をむけた。
「その静香殿とやらが悪魔であるかもしれないということです」
「悪魔‥‥なぁ」
馬鹿な、と司は一笑に付すことはできない。何故なら――
伊集院静香と同じように新撰組を裏切った神代紅緒。その彼女の身には刃が通じなかったという。それは悪魔の属性ではなかろうか。
「静香はんは、紅緒はんのことを知らんかったんやな」
「ええ」
龍影が肯いた。
彼が紅緒の事を尋ねた時、確かに静香は知らないと答えた。その様子に嘘はなかったように見えたが‥‥
もし静香の言葉通りだとするなら、静香もまた悪魔であるという線は弱くなる。しかし‥‥。
その時、司は妹の将門雅が口を開きたそうにしているのに気がついた。
「こいつは妹なんやけど」
「初めましてやね。万屋『将門屋』店主、将門雅や。兄貴が世話になってる。入用ならゆうてな。うちが家長やから安うするで」
ニッと笑ってみせる。すると、その傍らに座していた美しき混血――将門夕凪が月の光で織り上げたような髪をゆらして平手に会釈した。
「ご無沙汰しております、平手様。傷の方はもう大丈夫ですか? 痛みが残っているようならお薬出しますよ」
「そいつは心配はいらねえが」
検死の結果はどうだ、と平手が問うた。
御堂で発見された死体は、平手の通報により番屋に引き取られていった。本来冒険者が検死など行えるはずはないのだが、そこは、今京で一番の力をもつ新撰組。その組長である平手の口利きで検死を行える段取りとなったのである。
「背を一突き。凶器は鋭利な刃物――おそらくは小刀ではないかと」
「小刀ですか‥‥」
空を映したような色の羽をたたみ、レディス・フォレストロード(ea5794)が小首を傾げた。
「被害者が町人、そして得物を持ち去っていることから、その小刀は下手人のものと考えてよろしいのでしょうか」
「そうでしょうね」
芳純が肯いた。彼は現場の状況を検分してきたのであるが、手がかりらしきものは見つかっていない。手がかりを残さぬ手馴れた状況から、女の凶行は今回ばかりではないと推察したのみだ。
「そういえば、静香のそっくりさんは侍の格好をしていたな」
平手が思い出した。
「やはりそうでしたか」
レディスは冷然たる面を一度伏せた。下手人が侍の身形をしているとなれば、小刀を所持していたとしてもおかしくはない。
「下手人は己の小刀を凶器として使ったとして‥‥わからないのは殺しの理由です。被害者の様子から、おそらくは秘め事の最中に刺されたものと推察できますが、しかし何故‥‥」
「それは調べみないことにはわからないでしょうね」
聖歌が溜息を零した。下手人の正体といい、この事件には謎が多い。
「確かに一つ一つ疑問を潰すしかないな」
司が重い声で呟いた。
現れた過去の亡霊。その正体が何であれ、踏み越えてゆくしかない冒険者であった。
●
「色を頼りに殺し‥‥嫌な巡り合せであるな‥‥」
龍影の声はややひび割れている。
彼の過去。そこにおいて、彼は色を餌に物盗りをしていたのだ。
それを思い出し、彼の胸からはうっすらと血が流れ出しているようである。
と――
僧形の彼は顔をあげた。
場所は京都薩摩藩邸。現れたのは薩摩藩士・新納忠続であった。
「神楽殿。久しぶりでござるな」
「お久しぶりでございます。此度はお尋ねしたい儀があり、推参仕りました」
「ほう」
新納の眼が光った。
「どのようなことでござるかな」
「伊集院静香殿のことでございます」
云って、龍影は平手が見た一件の内容を告げた。すると新納はやや驚いた表情を浮かべ、すぐにかぶりを振った。
「薩摩はそのような女は知らぬ。それよりも、神楽殿にだけはぜひ耳にお入れしておきたいことが――此度薩摩もまた京都見廻組を設立することになりました由、胸にとどめておいていただきたい」
●
芳純は足をとめた。そこは平手が女を目撃したという居酒屋の前である。
ここならば女の最初の足取りを追うことができるかも知れぬ。
芳純の右手が複雑な印形を組み始めた。
それはパーストの印。過去視を可能とする呪を紡ぐ結印だ。
やがて――
芳純の身から月光にも似た光が散りしぶいた。その身に呪力が収束し、高密度に織り上げた呪文が展開されていく。
そして――
見えた。ゆらめく人の波が――彼しか見えぬ過去の風景が、彼の眼前に広がっている。
その中、芳純は女の姿を追い求めた。。
どこだ? どこにいる?
僧侶。商人。町娘。その中に――いた!
聞いた人相に似た女がいる。それは町を行き過ぎ、角で曲がった。
急いで後を追い、再び芳純はパーストを発動させた。彼の眼前にまたもや過去の風景がひろがっていく。
そして三度、四度――パーストは芳純の呪力が尽きるまで行われたが、女の居所を掴むまでには至らなかった。
●
ひゅう、と風が吹いた。
はっと眼をあげた女であるが、すでに風を巻き起こした主の姿は天空に翔け去っている。
「さて」
屋根瓦に降り立ち、レディスは下を見下ろした。川岸に数人の女の姿が見える。街の片隅で春をひさぐ女達――夜鷹だ。
平手から夜鷹のいそうな場所を聞いて来たものだが、未だ静香に似た人相の女の姿は見当たらない。
「しかし‥‥」
その時、ぴぃと鳴く声が響いた。ふっと振り向いたレディスの眼前、木にとまった鷹――トガリが羽根を一振りした。
「トガリ‥‥」
呟く彼女は、道端に立つ聖歌の姿を見出した。どうやら聖歌もまた聞き込みに訪れたらしい。
レディスは身を翻らせると、ふわりと聖歌の前に舞い降りた。
「聖歌君」
「ああ、レディスさん」
聖歌が胸をなでおろした。
「脅かさないでください」
「ごめん。それより、何か手掛かりは掴めましたか?」
「いいえ」
聖歌がかぶりを振った。
「私の方はまだ。‥‥レディスさんは?」
「私も」
とこたえたレディスは、夜鷹達を見つめた。
身を売って糧を得る女達。理由は様々であろう。
子を食わせるため。あるいは親の病気の治療代。亭主の借金。
それぞれが、それぞれの業を背負ってここにいる。が、一つ共通している事が――
ここにもまた生きる為の戦いがある。
その時、ふと聖歌は気づいた。女買いの男達が自分達をじろじろと見つめていることに。
「ははあ」
レディスは合点した。男達が聖歌を見つめている訳を。
聖歌自身気づいてはいないが、彼女の肢体は実に魅惑的であったのだ。ふっくらと柔らかさそうで、布地を押す胸の双球はまるで水蜜桃のようである。
おまけに、その美貌。まるでどこかのお姫様のように可憐優美であるのだ。
まるで火に蛾が誘われるように、男達が聖歌に吸い寄せられたのもむべなるかな。
「男というものは‥‥私はもう一度上から探してみます」
告げると、レディスの空色の羽が風をはらんだ。
●糸口
居酒屋の一角で、数人の男達が気炎をあげている。酒をあおり、これから女でも買いにいこうかと相談しているところだ。
その前にふらりと立った男がいる。司だ。
「ちょっと聞きたいんやけど」
「何や、あんたは?」
「俺は板前をやってる将門いうもんや。ふと小耳にはさんだことがあるんやけどな」
「小耳にはさんだこと?」
「ああ。最近えらい美人が遊んでくれるって話を聞いたんやけど知らんか?」
「美人‥‥?」
ちらりと男達が顔を見合わせた。
「どうやら知っているらしいな」
「ああ。噂やけどな。女の侍で、すげえ美人がいるらしいんや。うまくすれば抱けるって話やけど、実際に抱いたって奴は見たことねえぜ」
「ほう」
司が相槌を打った。
もしその美人が件の女であるなら、抱いた相手は殺されているかもしれない。実際に抱いた男がいないというのも肯ける話だ。
「その女にはどこで会えるんや?」
「こいつも噂や」
薄く笑って、男はある辻の名をあげた。
●邂逅
ふっと龍影は足をとめた。
龍影もまた掴んだ夜の裏通り。表の灯りのささぬこの辺りは墨を流したように暗い。ただ月明かりのみ蒼く――
その月明かりに、人影が一つ浮かび上がっている。
女だ。身形は侍である。
もしや、と思い眼を凝らして、次の瞬間、龍影はあっと息をひいた。
月明かりに浮かび上がった女の顔。それは紛れもなく――伊集院静香!
龍影は我と我が目を疑った。
が、間違いはない。あの顔は伊集院静香だ。似ているなどという範疇は遥かに超えている。
龍影は伊集院静香をよく知っていた。口付けさえ交わしたことすらあるのだ。よもや見間違うはずはない。
その時、女は背を見せて歩き始めた。慌てて追おうとして、しかし龍影は足とめた。
もし眼前の女が伊集院静香であるのなら、とても龍影一人の手に負える相手ではない。それは虎の穴に身を投ずるに等しい。一人で手を出すなとは司からも警告されているところだ。
呆然と立ちすくみながら、龍影は背に冷たい汗が流れ落ちていることに気がついた。
亡霊か悪魔か。
まだ口付けの感触が残る唇に震える手をやり、龍影は寂然とただ立ち続けていた。
●追跡
「あれですか‥‥」
呟いて、隠身の勾玉で気配を消したレディスは下に眼をむけた。
そこは司が聞き出したという辻。そこに現れた女侍の人相はまさに噂に聞いた通りの秀麗さだ。
女はゆったりと歩を進めていた。まるで誰かの声がかかるのを待っているかのように。
レディスは視線をあげた。町の角、そこに冒険者達が潜んでいる。
が、手は出さない。いや、出せないのだ。
証拠が何もない以上、女を捕縛することなどできない。
と――
その状況にじれたのか、司が姿を見せた。そのまま女に歩み寄っていく。
その司の満面は驚愕に彩られている。
静香だ。これはまさしく。処刑されたはずの。
何故――という疑問とともに、司の満身は戦慄にも包まれている。
もし眼前の女が静香であるのなら、さしもの司ですら只ではすまないほどの相手だ。司の手にはじっとりと汗が滲んでいた。
「この顔に覚えはないんかな?」
司が問うた。が、女の顔には何の表情も表れてはいない。本当に司のことを知らないようだ。
「あんた、静香はんか?」
「‥‥」
女に答えはない。すると、
「私がやりましょう」
芳純が進み出た。
「貴殿は先日、御堂で男を殺しましたね」
「!」
初めて女の顔に愕然とした表情がよぎった。しかし、それは一瞬――
「私は‥‥知らない」
「では、これではどうです」
芳純の指が印を組んだ。刹那、その身が銀色の燐光に覆われていく。そして、その口から紡ぎだされたのは殺しの条件――
銀色の疾風が唸った。光流は矢と変じ、女の身に突き刺さっている。
「やはり!」
高らかに芳純が宣した。
「私のむーんあろーが当たったということは、即ち貴殿が伊助――被害者の身元はすでに調べ済みであった――を殺した下手人であるということ。返答はいかに?」
「‥‥」
無言のまま、じりじりと女が後退った。逃さずと、冒険者が包囲の輪を狭める。
「はてさて、これは面妖な‥‥。静――貴殿は何者なのです? いや――」
鬼面をかぶりつつ、龍影は首を振った。
「調べは後ほど。今は縛についていただきましょう」
「きいぃぃぃぃ!」
女の口から耳を塞ぎたくなるほどの耳障りな絶叫が迸り出た。そして女が背を返す。が、その背後にはするすると司がまわりこんでいた。
「あんさん、やっぱ静香はんやないな」
刃を逆手にもった司が云った。
今の身ごなし。確かに静香のそれではない。
その時、女の眼が不審にゆれた。司の構えに戸惑ったためだ。
左構え。彼いうところの巳の型である。
司の眼が猛禽のそれのように冷たく光った。刹那、疾る一撃が。
司の腕が蛇の牙のように閃いた次の瞬間、女の身は華麗な妖花のように地に崩折れていた。
その時――
あっ、と冒険者達が愕然たる呻きを発した。
彼らの眼前、女の身が異様な変形を遂げつつある。その肉が崩れ、すうと透明になり――
寒天状の物質にに包まれた人影が冒険者の前に横たわっていた。
●
「変魔って奴らしい」
平手が云った。
「人に化ける化け物らしいな」
「それじゃ静香さんに化けて!?」
聖歌の問いに、平手は曖昧に頷き、
「ああ。どこかで見かけて化けたってのが本当のところだろう」
だろう、というのは女が口を割らないからで。わかったといえるのは、レディスの塩により、女が死者ではないということのみだ。
「では、何故男を殺していたか、それもわからず終いなのですか?」
「ああ。奴は化け物さ。何を考えているのかわからねえし、おまけに俺達と話をする気もないらしい」
「そうですか」
壬生屯所の中、レディスは女が捕らわれているはずの蔵に眼をむけた。
何故、何故、何故‥‥疑問は山ほどあるが、女が怪物である以上、これ以上の交流をもつことは不可能だろう。ならば女の正体が変魔とわかっただけでも僥倖ではあるまいか。
「それで静香‥‥変魔はどうなるのですか?」
龍影の問いに、平手はどこか寂しげな表情で、
「女の正体が化け物とわかった以上、土方さんが始末するだろうな」
「そうですか。始末するのですか‥‥」
龍影が翳りをおびた声音をもらした。
やはり伊集院静香は死んでいた。静香の是非はともかく、仮にも共に戦ったかつての仲間の死という事実が、あらためて龍影の胸を締めつけるのである。
やがて――冒険者の依頼期間が過ぎた。そうなれば、もう女に関わることはできない。
その後、冒険者は風の噂で聞いた。伊集院静香に似た女の姿が町から消えたということを。
漠とした疑問を残しながらも、事件は、こうして幕を閉じたのである。
ただ一つ云えることは、冒険者の活躍により、一つの命が人知れず救われたということで‥‥。
一人――。
何も知らぬ勇作のみは寂しげに茜の空を見上げていた。好きでたまらぬ女を待ち続けて。