【華の乱】百鬼襲来

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:04月30日〜05月05日

リプレイ公開日:2007年05月09日

●オープニング

 江戸に続く山の中。
 距離にして四日というところか。
 そこを歩くものどもがいる。
 異形のもの。鬼だ。
 数はおよそ百。
 それが黒い颶風のように、のたくりながら江戸を目指している。それは、まさに百鬼夜行の図であった。

「大瀧丸が来る」
 童が云った。
 おかっぱ頭の、端正な顔立ちの童。男の子か女の子かよくわからない。どこか超然としたところのある童だ。
「おや」
 冒険者ギルドの手代は眼を見張った。その童に見覚えがあったからだ。確か以前、姉妹を牛頭鬼から救い出してくれと依頼を出した童ではなかったか。
 いや、それだけではない。先日、鬼に拉致されたところを冒険者によって救い出されている。
「大瀧丸が来る」
 童がもう一度云った。
「大瀧丸?」
「そう。奥州の鬼じゃ。それが百もの鬼を従え、江戸を目指しておる」
「えっ!」
 再び手代が眼を見張った。そして息をひく。
 今、童は何と云った? 百もの鬼が江戸を目指していると?
 俄かには信じられない情報である。が、一笑に付すことのできぬ何かが、眼前の童にはある。
「それは――」
「まことじゃ」
 童が肯いた。
「悪路王の意向を受け、大瀧丸が動いた」
「悪路王‥‥」
 手代は思い出した。奥州の大妖怪である悪路王が江戸を狙っているとの報せを、眼前の童がもたらしてくれたことを。
「では、その大瀧丸は――」
「ああ。江戸を攻めるつもりじゃ」
「なんと!」
 今度こそ手代は絶句した。
 今、江戸に源徳の兵は少ない。上州征伐へと向かっているからだ。そこを鬼の軍に襲われでもしたら‥‥
 もし童の言葉が真実だとするなら大変なことになる!
 満面蒼白となった手代をちらりと見上げ、童が口を開いた。
「冒険者に依頼を出したい」
「い、依頼?」
「そうじゃ。大瀧丸にかかってもらいたい」
「それは――」
 無理であろう。鬼の軍に数名の冒険者がかかったとて、とても防ぐことなどできるはずがない。無駄に命を落とすのが関の山だ。
 その手代の思いを読み取ったのか、童はかぶりを振った。
「冒険者に鬼の軍を退治しろとは申しておらぬ。少しでも大瀧丸の襲来を遅らせることができれば、江戸にも用意はできよう。その為の刻を稼いでもらいたいのじゃ」
 云って、童はきらりと眼を光らせた。
「儂は人などどうなっても良いと思っておった。が、冒険者を見て少し気が変わった。人は、もしかすると生きるに値するものではないのかと。‥‥だから救え。少しでも多くの命を」

 鬼の軍の中、ひとつの台が動いている。数匹の鬼に担がれた台だ。
 その上に、異様な風体の者が座っていた。
 着物をまとい、肩に太刀を担ぎ上げている。そして左手には熊のものらしい肉片。
 風貌は人と変わらぬ。金茶の魔眼と唇から覗く牙、そして額に生えた二本の角を除いては。
 大瀧丸である。
 大瀧丸は精悍な面にニヤリと笑みを刻むと、台を担ぐ鬼の頭をドンと蹴った。
「急げよ。江戸を潰してやるんだからな」
「シカシ悪路王様は江戸城ヲ‥‥」
「しるか!」
 大瀧丸は抗弁しようとした鬼を蹴った。
「悪路王の野郎がどんなつもりだろうが知ったこっちゃねえ。俺は、俺のやりたいようにやる。久々に暴れられるんだ。思いっきり遊んでやるぜ」
 大瀧丸は再びニヤリとした。すでに地獄絵図を映しているのか、その瞳は血色に爛と光っていた。

●今回の参加者

 ea2389 ロックハート・トキワ(27歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea3094 夜十字 信人(29歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6130 渡部 不知火(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea9191 ステラ・シアフィールド(27歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0712 陸堂 明士郎(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

渡部 夕凪(ea9450)/ 静守 宗風(eb2585)/ フローライト・フィール(eb3991)/ 鳴滝 風流斎(eb7152

●リプレイ本文


「百の鬼の、足止めか‥‥」
 それはある意味簡単だ。山に火をつけ、山火事に巻き込んでしまえば事足りる。
 燃えるような赤毛の浪人の眼に剣呑な光がゆらめいた。夜十字信人(ea3094)という。
「折角、見る目を変えてくれそうな奴に、脆弱な部分を見せるわけにゃいかないな」
 それに――
 鮮血にまみれた、この身。人斬りの己に生きる価値があるのかどうかはわからないが、生きる意味ならある。
 まだ見ぬ友。いつかは巡り会える友が必ず江戸にいるだろう。
 その友の為に、この命は賭ける価値が十分にある。
「しかしこの時期、鬼までもが攻めてくるとはな」
 鞘の内の刃のような印象の男――陸堂明士郎(eb0712)が呟いた。
「奥州から乱を知ってじゃ、この時機に辿りつける訳が無い」
 五尺にも満たぬ体躯の少年がこたえた。
 日向大輝(ea3597)。若年ながらも、彼は不敵にニヤリとする。
「では、鬼とこの乱とは結びついているとでも?」
「組んだのか利用したのかされたのかそれは分からないけど‥‥。だが、鬼なんかに好き勝手やらせるかよ」
「云うわね、ボ・ウ・ヤ」
 御陰桜(eb4757)が微笑った。その桜を、大輝はキッと睨みつける。
「誰がボウヤ、だ」
「怒っちゃって」
 くすくすと桜は笑う。その度に露出ぎみの乳房がぶるるんと揺れ――
「だからボウヤだっていうの」
「なんだと――」
 詰め寄ろうとする大輝であるが。その肩をロックハート・トキワ(ea2389)がぐっと押さえた。
「俺も存分にやらせてもらうさ」
 此度の件は只の鬼征伐ではない。盾となる八人の冒険者の背後には江戸そのものがあるのだ。江戸に住む人々すべての命が。
 と、桜がロックハートの顔を覗きこんだ。
「そういうの、好きよ。ロックハートちゃん」
「ちゃんづけするな、ちゃんづけを。あと――」
 ロックハートがすっと桜から身を離した。
「顔が近い、顔が」
「ロックハートちゃんもおこちゃまなんだ」
 桜の微笑に艶がまじる。ぷいとロックハートは妖しく光る紅眼をそらせた。
 その二人のやりとりを微笑ましく眺めていたステラ・シアフィールド(ea9191)であるが。急にその美しい面を引き締めた。
「ロックハートさん、突出は禁物ですよ」
 敵は百匹の鬼。こちらはたった八人だ。取り囲まれでもしたら嬲り殺しにあうのは目に見えている。
 しかし――
 アイーダ・ノースフィールド(ea6264)は黙している。一人、殺気を内にふるふると秘めて。
 何故なら――アイーダは一人で奇襲をかけるつもりなのだ。
 その危険は十分に承知している。もし逃げ遅れれば只ではすまぬことを。
 が、鬼を率いるという大瀧丸。狙うには価値ある相手なのだ。
 そのアイーダの思いを知ってか知らずか――渡部夕凪はしかし泰然自若としていた。
「奴等の事は頼んだよ、兄上」
「はぁい任されてー♪ って云いたいトコだけど、きっついわぁ」
 こたえる渡部不知火(ea6130)はどこか緊張感が足りぬ。――ように見えるのは、いつもの事で。
 その実、彼は心中に刃を呑む。
 ――まだ江戸をくれてやる気はないぜ。
 月光を宿したかのようによく光る眼を、不知火は夕凪にむけた。
「江戸の事は任せたわよ」
「‥これ程に大きな形で返してくれた借りだ。無駄にする訳にはいかないさ」
 肯く。その脳裡には一人の童の顔が浮かんでいる。
 おかっぱ頭の、どこか超然としたところのある童。此度の件の依頼主。夕凪は知らぬが、その正体は座敷童子である。
 座敷童子は悪路王の、そしてまた大瀧丸の襲来のことを報せてくれた。彼らのために。
「残った者に打てる手はまだある筈さね」
「戦う準備をしておくさ」
 フローライト・フィールは薄く笑う。鬼は嫌いなんだよね、と云って。
 と――
 明士郎が視線を振り向けた。
「そちらの方はどうなった?」
「勝はいない」
 こたえたのは河童――鳴滝風流斎である。彼は鬼襲来の報を携えて勝麟太郎のもとを訪れたのであるが、門は閉ざされていて会えなかったのだ。
「柳生へは話がついた」
 次にこたえたのは静守宗風である。どこか狼のように翳のある男は云った。
「宗矩や十兵衛はいなかったがな」
 が、残っていた柳生一門が源徳に働きかけてくれると確約してくれた。それは新撰組十一番隊隊士である宗風の身分が役立ったことはいうまでもない。
「これで後顧の憂いはなくなった」
 明士郎が腰に刀をおとした。それは通連刀。皮肉にも、鬼の王が使用したといわれるものであった。


「アン、もう」
 馬から飛び降りたステラは、思わず形の良いお尻を撫でさすった。
「お尻が痛いです、乗りなれていないからだと思いたいですけど」
 独語すると、ステラは他の冒険者に視線をむけた。
「ごめんなさい、上手く馬をあやつれなくて」
 謝った。
 ステラに騎乗の技術はない。それ故に速く馬を走らせることができなかったのだ。
「いいわよ、気にしなくって」
 不知火が洒脱に笑った。
「ステラには後で頑張ってもらわくちゃならないんだから」
 不知火はあらかじめ数本の樹木に切れ込みを入れておいた。ステラのクエイクを使えば倒木させて足止めに使えるはずだ。 
「はい」
 微笑を返しはしたものの、ステラの笑みにはどこか翳りがある。
 今回の敵は鬼。それ故に、此度は存分に攻撃魔術が使用できる。が――
 撃つ力。それをステラはあまり好きにはなれない。
「‥‥でも、やらなければ」
 幾万の命。その為に、ステラは鬼になるつもりであった。

「いつも荷物持ちありがとね♪」
「いいさ」
 荷物をおろすと、信人は桜に眼をむけた。
「それよりも気をつけろ。お前は忍術のみで、戦う術を知らぬ」
 忠告する。どうも信人にとって、桜は捨て置けぬ相手であるようだった。
「心配してくれて、ありがと」
 ぎゅっと。桜が信人を抱きしめた。ぎくりとして信人は身を強張らせる。刃の下においても動じることのない信人が、だ。
「な、何をする?」
「お、れ、い」
 可笑しそうに桜がくすりとした。一方の信人は、柄にもない狼狽振りを誤魔化すかのようにぷいと視線をそらせ――その先、明士郎が大斧をかつぎあげていた。
「明士郎さん、そろそろやるか」
「そうだな」
 頷きはしたものの、明士郎の黒瞳はステラの姿を求めて動いた。
「ステラ殿、鬼どもの気配はどうか?」
「はい」
 こたえるステラの身から燐光が零れ落ちる。
 バイブレーションセンサー。彼女は地を伝わる振動を感じ取ることができる。
「まだ鬼達の気配は感じ取れません」
「よし。俺が遠見を試してこよう」
 名乗りをあげたのはロックハートだ。そして彼は、ちらりとアイーダに眼をむける。
 それを受け止め、アイーダは小さく肯いた。
 たった一人の奇襲。その恐れなど微塵も感じさせぬ碧の瞳に氷の光煌かせ。

● 
 ロックハートが歩みを進めていた。
 山の中。鳥達は人などいないかのように囀っている。
 無影無音。鳥獣にも気配を察知されないロックハートの身ごなしは、もはや常人のものではなかった。
 と――
 突如、視界が開けた。ロックハートの足がとまる。
「あれか‥‥」
 ロックハートが眼を眇めた。
 遠い山の懐の中、土煙が巻き起こっている。おそらく、あれが鬼の軍勢であろう。
「大輝の云ったとおりだな」
 鬼の進路。それは大輝の予見したとおりである。
「うん?」
 ロックハートが眼を瞬かせた。
 長蛇の鬼の列。その中に際立ったものが見える。
 鬼に担がれた台だ。その上には着物をまとった影が座っている。
「あれが‥‥」
 一人頷くと、ロックハートは背を返した。

 点がある。
 と明士郎は思うのだ。人にも物にも。
 その点さえつけば、形あるものは脆くも崩れる。
 その証左であるのか――
 裂帛の気合とともに、樹木に斧の刃が叩き込まれた。陸奥流の達人、明士郎の一撃にはいかなる威力がひめられているのか、数度の斬撃で太い樹木がみるみる傾いでいく。
 やるな!
 心中にそう叫び、信人もまた樹木に刃を打ち込んだ。刹那、爆発に似た衝撃が樹木をはじけさせる。
 バーストアタック。一撃に大破壊の威力を込めた業だ。
 ゆっくりと崩れ落ちつつある樹木を背に、再び信人は黒光りする刃をかまえた。土煙に霞むその姿は、まさに鬼神を思わせる。
「まったく‥‥派手ねえ」
 全山を押し包む鬼気。それはすでに感得しているはずなのに、不知火は何事もないかのように苦笑する。
 その間も、彼は罠の設置に余念がない。不知火は矢をとった。
 その不知火からやや離れたところ。地に掌を押しつけた大輝の身が赤く光っている。
 炎の申し子。大輝もまた罠をはる。
 ロックハートの報せを受けて、すでにアイーダは奇襲にむかっている。あと少しすれば鬼が大挙して押し寄せてくるだろう。
 その時、大輝の背に震えがはしった。
 それが武者震いであるのか、はたまた恐怖のためであるのか、大輝にはよくわからなかった。


 視る。針のように。
 鉄弓の射程はおよそ二町。優れたアイーダの視力とあいまれば、それはほぼ無敵といえた。が、さすがに二町もの先から大瀧丸を視認することはかなわず――
 ――あれが大瀧丸か。
 アイーダの視線の先、人と変わらぬ姿の異形がいた。鬼に担がれた精悍な若者。しかし、その額には二本の角が生えている。
 アイーダの眼に炎のような光が揺らめいた。そして流れるような動きで弓に矢をつがえる。
 その時、風が吹いた。

 びゅう、と風が唸った。
 刹那、大瀧丸の眼がぎらと光った。彼の猛禽並みの視力は流星のように飛び来る矢をとらえている。
 大瀧丸は大振りの野太刀を抜き払った。
 が、遅い。アイーダの放った矢は鋭すぎ、さすがの大瀧丸ですらかわすことはかなわない。矢は大瀧丸の角へと疾り――
「ぬっ」
 大瀧丸が呻いた。目の前にかざした彼の腕には一本の矢が突き立っている。
「人間がいやがるぞ!」
 叫ぶ大瀧丸の眼から赤光が放たれた。彼の眼は矢の飛行経路を辿り、すでにアイーダの姿をとらえている。
 その時、アイーダの第二矢が疾った。それは台を担ぐ鬼の眼を射抜き――同時に、大瀧丸の身が空に舞った。
「はっはは。面白え! 追い詰めて、八つ裂きにしてやるぜ!」


「ええいっ!」
 舌打ちし、アイーダは矢をつがえて振り向いた。後方に鬼が迫っている。
 山道はほとんど獣道に近く、アイーダの手綱さばきは達人級とはいえ、さすがに馬の機動力は削がれていた。それに比べて鬼達は獣の如く俊敏で――
 アイーダは矢を放った。それは一匹の鬼をもんどりうたせたが、それを確かめることなくアイーダは馬の腹を蹴った。

「来ます」
 ステラが眼をあげた。
 呪によりとらえた振動。その数はおよそ百。おそらくは鬼の軍勢であろう。
「よし」
 冒険者達が、それぞれの得物に手をかけた。その頃には、彼ら自身にも異様な地響きは感じ取れている。
 その時、明士郎が倒した樹木の上を駆けあがった。
「うっ」
 明士郎の眼がかっと見開かれた。
 眼前の獣道。アイーダが乗った馬が疾駆してくる。その背後には土煙をあげて無数の鬼が追いすがっていた。
「飛べ、アイーダ!」
 その明士郎の絶叫と同時、馬影が空に舞った。いや――
 それだけではない。別の影もまた空に躍りあがっている。
 大瀧丸! 
 瞬時に悟った明士郎の刃が疾った。刹那、大瀧丸の野太刀も振り下ろされ――
 豪!
まるで稲妻が走ったかのような衝撃が周囲を圧した。
 人と鬼。互いの重い剣圧をのせた一撃が噛み合ったのだ。
「くっ」
 明士郎が飛び退った。刃をもつ彼の手が痺れてしまっている。大瀧丸のスマッシュのなせる業だ。
 と――
 倒れた樹木の横で火柱があがった。鬼が燃え上がっている。防御の薄い箇所に仕掛けられていた大輝のファイヤートラップだ。
 そしてまた――鬼が空にはねあげられた。その身には網がからみついている。不知火の罠が発動したのである。
「江戸を蹂躙させるわけにはいかない!」
「はい!」
 信人に肯くと、樹木の上、ステラが右腕を指し伸ばした。その指先から不可視の呪力が迸り出て、地を、鬼を揺らす。
 が、殺到する全ての鬼をとどまらせる力はない。桜の春花の術により数匹が昏倒するが、他の鬼に蹂躙されてたちまち眼を覚まし、再び群れに加わる始末だ。
「うーん、まずいわね」
 桜が形の良い眉をしかめた。その傍らでは信人が刃を振り上げている。
「くらえっ!」
 怒涛のように信人が刃を振りぬいた。その度に空を裂く衝撃波が疾り、鬼の足元の地をはじけさせる。もうと立つ土煙を確認すると、信人は樹木から身を投げ出した。
「いくぞ、ステラ!」
「はい」
 自身もグラビティーキャノンを放ち終えてから、ステラもまた樹木を駆け下りた。
 が――
 ぬっと一匹の鬼が樹木から顔を覗かせた。どうやら罠や冒険者の攻撃を潜り抜けてきて倒木にとりついたものらしい。化鳥のように飛び上がると、鬼がステラに襲いかかった。
 瞬間、きらと閃いた白光を見とめ得た者がいたか、どうか。
 不知火。彼の剛い一撃は鬼の頭蓋を砕いている。
 それでも鬼は立ち上がろうともがいた。恐るべき生命力だ。
 と、その鬼の心臓めがけて刃が疾った。ロックハートの一撃だ。
 が、一瞬早く閃いた刃が鬼の腹に突きたった。
「とどめは刺さない。お前には、鬼どもの荷物になってもらう」
 大輝がニヤリとした。その背に明士郎の声がとぶ。
「撤退するぞ。ここもやばくなってきた」
「おう!」
 大輝が地を蹴った。その後に他の冒険者達が続く。
「ええい、奴ら、逃げるぞ!」
 大瀧丸のものらしい怒号が響いた。その叫びにうたれたかのように、数匹の鬼が倒木を突破して冒険者に追いすがってくる。
 が――二匹の鬼が噴出する炎に飲み込まれた。さらに、倒れてきた樹木によって残る鬼達が下敷きとなった。
「待て」
 鬼達をとめると、大瀧丸がどっかと倒木の上に腰をおろした。その満面には楽しくてたまらぬような笑みがういている。
「奴ら只モンじゃねえ。態勢をたてなおすぞ」


「‥‥追って来ないわね」
「ああ」
 桜の呟きに、不知火が肯いた。その面には安堵というより、むしろ暗鬱な色がよぎっている。
 ――大瀧丸は粗暴なようで、油断ならぬ。
 童の言葉が不知火の胸に鳴り響いている。その事実を、不知火はまざまざと思い知らされたのである。
「急ぐわよ。‥‥戦いはこれからだもの」
 ステラが凄艶な笑みをうかべた。その眼が爛と血色に光っている。
 狂化。
 その事実は知らず、さらにはステラの変貌振りに驚きつつ、しかし冒険者にはわかっていることがある。
 そう。命を賭けた戦いは、まだまだこれからなのだ。

 未来。
 戦力差は歴然で、この場の冒険者に待っているのは敗北だ。しかし、ここで足止めを受けた大瀧丸は鬼の軍勢襲来に備えていた武蔵国境の源徳武士団に進撃を阻まれ、取って返すことになる。
 が、神ならぬ身の冒険者達はその事実を知ることはない。
 今はただ――
 その未来を築いた八人の冒険者は、一握りの希望を信じて死地をひた疾っていた。