【華の乱】お守り
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:5人
サポート参加人数:5人
冒険期間:05月26日〜05月31日
リプレイ公開日:2007年06月03日
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●オープニング
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江戸城陥落の直後。
未だ阿鼻叫喚の巷である堀端に、一人立つ深編笠の武士の姿があった。
その足元には無数の骸が転がっている。源徳と伊達の武者達だ。
ふっと武士は身をかがめた。深編笠の内の彼の眼は、一人の死者の手に吸い寄せられている。
お守り。死者が握り締めているのは、それであったのだ。
死んでいく者。その無事を願う者。
その小さなお守りに、いったいどれほどの祈りが込められていることか。
「‥‥命より、木と石の作り物の方が大事とはな」
呟くと、武士は立ち上がった。そして寂然として背を返した。
●
子供が飛び出した。小さな男の子だ。
慌てて止めようとした母親らしき女の前に、一人の侍が立ちふさがる。
「無礼者」
侍が刀の柄に手をかけた。が、馬上の男の声がぴしりと侍の動きをとめる。
「よせ」
男が云った。そして子供を、抱きしめようと走り寄る母親を見下ろした。
「気をつけよ。今は誰もが気がたっているからな」
「はい」
震えながら肯くと、母親は顔をあげた。その眼前、隻眼の男はふてぶてしい笑みをうかべていた。
江戸城はおちた。
今、江戸の町の支配者は源徳家康から伊達政宗へと変わっている。
その変化は、暗雲のように江戸に暮らす人々の上にも恐怖と不安となって垂れ込めていた。ここ花町にも。
が――
ここに一人、悠然と茶屋座敷で寝転がっている者がいる。
まだ若い。月代ののびたところは奔放不羈な浪人者のようで。しかし、精悍無比なその面ににじむ、どこか端正ともいえる上品さは身分の高い侍のようでもある。
眠っているのか。
よくわからない。ただ、その胸は規則正しく上下していた。
そして――
その若者の前、一人の少年が端座している。年の頃なら十四、五といったところか。
「十兵衛様」
少年が呼んだ。その面は苛立ちを隠そうともしていない。
と同時に、少年は眼前の若者の放胆さにも呆れている。若者にとって、今の江戸は敵で溢れかえっているからだ。
少年はもう一度若者を呼んだ。
「十兵衛様」
「何度も呼ぶな。聞いている」
ようやく若者が身を起こした。が、その右目のみは糸のように閉じられたままだ。
「政宗を討ちたいというのだろう」
「はい」
少年は大きく肯いた。
「父の仇。あの男が裏切りさえしなければ、江戸城に詰めていた父は死なずにすんだのです。だから政宗を――」
「やめておけ」
若者――十兵衛が少年の言葉をさえぎった。
「戦は殺し合いだ。いちいち恨んでいてはきりがない」
「しかし――」
「第一、どうやって政宗を討つというのだ。江戸市中検分の時も、大勢の警護の者をひきつれているのだろう。とてもお前一人の力では討てまい」
「だから十兵衛様のお力をお借りしたいのです。天下の柳生十兵衛なら、いかな堅固な警護であろうとも打ち破ることは可能」
「面白そうではあるがな」
十兵衛は再びごろりと横になった。そして窓から覗く蒼空を眩しそうに見上げた。
「しかし気はすすまないな」
「何故――」
問いかけて、少年は血のにじむほど唇を噛みしめた。そしてはじかれたように立ち上がった。
「怯えたか、柳生十兵衛! 天下第一の剣豪と噂されていても政宗一人討てぬとは‥‥。俺の父上はあんたを尊敬していた。その剣技、器、父親の宗矩様以上であろうと。もし江戸城にあんたほどの侍がいれば、父上も、いやもっと多くの源徳の侍も死なずにすんだんだ。それなのに‥‥。もういい。あんたの力は借りない。俺一人で仇は討つ」
「待て」
十兵衛が呼びとめた。が、その制止の声を振り切るように少年は座敷から飛び出していき――
十兵衛がむくりと身を起こした。そしてふっと溜息を零す。
「‥‥やはり放ってはおけないなあ」
それからしばらく後のことである。冒険者ギルドを柳生十兵衛がふらりと訪れたのは。
「中川清九郎を助けてほしい」
開口一番、十兵衛はそう告げた。
「たった一人で伊達政宗を討とうとしている」
「ば、馬鹿な――」
冒険者ギルドの手代は息をひいた。
伊達政宗といえば、今や江戸城の支配者である。その政宗を一人で討とうなどと無謀にもほどがある。
「そう、馬鹿な奴なんだ」
十兵衛が苦笑した。その隻眼にゆれる光は殊の外優しい。
「馬鹿がつくほど真っ直ぐな奴でな。だから、助けたい」
「助ける‥‥」
「ああ。政宗に斬り込むのをやめさせ、できれば思いとどまらせたい」
十兵衛は云った。
その脳裡には死者が握り締めていたお守りが過ぎっている。
さぞや生きて戻りたかったであろう。愛する者達のもとへと。
が、その祈りは果たされることなく。おそらくは無数の祈りが此度の乱で潰えたはずだ。
だからこそ――
生きてある者は、生きるという責任があるのだ。少なくとも憎しみを抱いて散っては欲しくない。
十兵衛の隻眼に浮かんだ哀しげな光に、手代は言葉もなく頷いていた。
「承知しました。依頼をお受けいたしましょう」
●リプレイ本文
●
茶屋座敷。
十兵衛が経緯の説明を終えた時、渡部夕凪はほうと溜息を零した。
「‥‥それで、黙っていかせたってのかい」
「ああ」
十兵衛はニンガリと笑った。
どうも、この夕凪という女浪人は苦手だ。東海一の弓取りといわれた源徳家康にも臆することのない柳生十兵衛ともあろう男が、である。
「思いは口に出さなきゃ伝わらないさね、十兵衛殿」
「そりゃあ、そうだが」
十兵衛は頬を掻く。その様子を眺めながら、夕凪は苦笑をうかべた。柄じゃないのは良くわかっているのだ。
と――
「‥‥ほっとく訳にはいかないな」
と呟いた者がいる。
鳶色の瞳の愛らしい娘。名を崔煉華(ea3994)という。
「無茶するなあ‥って云いたいトコだけども。その位大事な親父さん亡くしたんだよね」
命を捨ててまで胸を駆け抜けるもの。その鋭角な思いはわからぬでもない。
「が、相手が悪い」
にべもなく答えたのは蛟清十郎(eb3513)である。冷たく光る蒼の瞳で煉華をちらりと見遣って、
「敵は、今や江戸城を治める伊達政宗だ。犬死するのが関の山だろう」
冷然たる語調で清十郎が云った。
先の乱で、意味のある死をむかえた者はどれだけいるか。天下の動きに興味のない清十郎には知る由もない。
が、一つだけわかっていることがある。
生まれた以上、人は死に向かって歩んでいる。そして終焉は何時訪れるとも限らず――
だからこそ、生きてある者は、意味のある生き様を歩まねばならぬのだ。それが生き残った者の責任であり、思いを残して死んでいった者への手向けにもなる。
「それは煉華はんもわかっておすえ。せやから放ってはおけないんどす」
と云い、うっすらと清十郎に微笑みかけたのは鬼灯(eb5713)である。
「神楽舞の鬼灯いいます。どうぞ宜しゅう」
「ほっ」
十兵衛の隻眼がわずかに見開かれた。鬼灯の十七とは思えぬ妖艶さに興味を覚えたからである。
その十兵衛を眺め遣りながら、一人の狩衣姿の娘が冷笑をうかべた。
「隻眼の男というのは癖があるのだな」
十兵衛といい政宗といい、どうも一筋縄ではいかない――そう小野志津(eb5647)は思っている。陰と陽、この世を形づくる理の奥を見通す陰陽師にとっても、眼前の剣豪の心底は見えない。
「面白いだろう」
「はい」
ゆったりと笑う兄――小野麻鳥に志津は肯き返した。そして鬼灯に涼しげな眼を転じた。
「ところで鬼灯殿。一つ頼みをきいてもらえまいか」
「お志津はん」
艶然と微笑みながら、鬼灯が会釈した。
「お久しゅう御座います。お志津はんが依頼を受けはったと聞いてお手伝いに来ましたぇ。せやからウチに出来る事あったら遠慮のぉいぅてください」
「ありがたい」
安堵の吐息をつき、志津が鬼灯に頼んだのは江戸城門番への聞き込みである。
伊達政宗の見回り経路特定の為。聞き込みの目的はそれだが、これが容易ではない。
が、志津は鬼灯の腕の冴えを知っている。弱冠十七歳でありながら、女郎蜘蛛のように男の心をからめとる鬼灯の手練手管は並みではない。
「あの時のように‥やな! 承知しました、ウチにまかしといて」
鬼灯がちろりと舌で蕾のような唇を舐めた。それはぞくりとするほど悩ましい姿で‥‥
「で、ね」
煉華が眼をあげた。
「じゅうべさんに聞きたいこと、あるんだ。‥‥清九郎くんには冒険者でなくじゅうべさんの知り合いだと名乗っていいかな?」
「俺の知り合い? そりゃあ、いいが。何故だ?」
「うーん、何故ってこと、ないんだけど‥何となくその方がいい気するんだ」
清九郎の十兵衛に対する憧憬。捨てきれぬその限りない思慕を、煉華は敏感に感じ取っていた。
鼻がきく。一言で云ってしまえばそういうことなのだろうが、それこそは、まさに直感を極限まで研ぎ澄ませることによってなされる犬嗅拳の使い手ならではであった。
すると――
一人の浪人が立ち上がった。その手弱女振りの懐の内に剣気を呑む――渡部不知火である。
「坊やもむやみに斬り込むんじゃなく狙いを絞ってくるでしょうし、伊達公の巡回経路張ってれば後手には回らないわねえ」
「では、俺もいくか」
続けて立ち上がったのは麻鳥である。
「俺は念話にて、清九郎の牽制を図ろう」
と、麻鳥は静かに告げた。上手くすれば皆の為の時間稼ぎができるかもしれない。
それが合図であったのように他の冒険者も立ち上がった。
江戸に吹き荒れた大乱。そこから零れ落ちた迷える魂。
その小さな煌きを消さぬ為、今、冒険者は動き出した。
●
その日、江戸城には異物ともいうべき一つの影が忍び入っていた。
音もなく。――影は高度の隠密能力を備えていた。が、それでも極度の厳戒態勢にある江戸城内奥までの潜入は不可能であったろう。
故に影は百人番所を目指した。かつて百人組の与力と同心が昼夜交代で詰めた場所であるが、そにには今、伊達兵が入っている。
やや黄昏が落ちて来た頃だ。堀の中から一つの影が浮かび上がってきた。
「嵐君」
呼ばれ、影――風守嵐は振り返った。そこにはうっそりと佇む別の影が一つ。蛟静吾だ。
「どうでした?」
「幾筋かの政宗見回りの経路を耳にした。そっちは?」
「だめですね」
静吾は苦く笑った。江戸城周辺での聞き込みを行ったのだが、これといった当たりはない。
「ともかく嵐君の得た情報を清十郎達にわたしましょう。後は彼ら次第です」
同じ頃。
平河門の前、黄昏の光にぼうと浮かび上がる人影があった。
最初、門の前に張りついていた二人の伊達兵は幻かと思った。それほど、その人影は美しかったのである。
「ねえ」
人影――鬼灯は甘ったるい声をかけた。
「ちょっと聞きたいんやけど」
「な、なんだ?」
どぎまぎと伊達兵は答えた。と同時に、伊達兵は鬼灯に棒をつきつけた。
「女、何者だ?」
「鬼灯、いいます」
伊達兵のつきつける棒を細い指ですいとどかせ、鬼灯は彼らに花の香りのする息を吹きかけた。
「江戸城の新たな城主さまって素敵な方って聞いたんやけど〜」
「と、殿が」
主君を素敵といわれて悪い気はしない。まんざらでもない顔で、伊達兵達は顔を見合わせた。
「た、確かに政宗様は凛々しきお方だ」
「やっぱり」
鬼灯の顔が輝いた。薄く開いた唇から覗く桃色の舌が戦慄するほど艶かしい。鬼灯はさらに眼をうるうるとさせて、
「なぁ? どこで待ってたら城主さま通りはるんやろか? どないしても、ウチもひと目でええからお姿ご拝見したいのぉ〜。ちょっとだけ教えてくれへぇ〜ん?」
「なに?」
さすがに伊達兵達は眼をむいた。
政宗巡視の経路は極秘である。それが末端である彼ら二人に知らされているはずもなく。
が――
実際は彼らは知っていた。
それは、やはり巡視ともなればそれなりの準備も必要なわけで。密かに行われる巡視の下見もまたその一つだ。彼らは、その下見の噂を聞いていたのである。
「なぁ」
「う‥‥」
身をすり寄せる鬼灯に、伊達兵は顔を熟柿のように赤くさせた。
確かに政宗巡視の経路は秘密であった。が、同時に江戸の民には親切にせよと政宗から達しが出ている。
ええい、ままよ。伊達兵達は思った。このような小娘に何ができよう。それよりも――伊達兵達は政宗の威光に傷がつくことを恐れた。
「鬼灯と申したな」
表情を改めると、伊達兵は口を開いた。
●
志津の探索にはかからず、また麻鳥の念話も届かず――
深更、煉華は再び清九郎の自宅を訪れていた。清九郎柳生門下生はほとんどが源徳武士である為、今の江戸には姿が見えず。故に、その線から清九郎を追うことは困難であったのだ。
と――
人の気配がする。煉華が木戸をくぐると、小さな庭に人影があった。
人影は煉華を見とめると、腰の刀に手をかけた。
「何者だ!?」
「崔煉華。じゅうべさんの知り合いだよ」
「十兵衛様の‥‥」
人影は刀から手をはずした。それを見届け、煉華が問う。
「清九郎くん、だね」
「そうだ」
人影――中川清九郎は肯いた。そして煉華を睨みつけると、
「十兵衛様の知り合いが、俺に何の用だ?」
「別に」
こたえると、煉華は庭を横切り、縁に腰をおろした。そして蒼い月を見上げた。
「ただ、どうしてもね、聞きたい事あるんだ」
「聞きたい事?」
「うん」
肯くと、煉華は月から清九郎に眼を転じた。
「親父さん好き?」
「なに?」
ふざけているのか。清九郎は疑ったが、煉華の真っ直ぐな視線は眩しいほどである。清九郎は我知らず、息をのんでいた。
「‥‥そ、そんなことを聞いて、どうする?」
「私はお武家さんじゃ無いから彼と考え方は違うけど。だからこそ怒んないで答えて欲しいのね。大好きな親父さんが尊敬してたじゅうべさん、あの人を臆病者て呼ぶのは親父さんに人を見る目が無いっていったのと同じだと私は思うのな。そんな親父さんだった?」
「あ――」
清九郎は言葉を失った。
煉華の声音は淡々とした、むしろ優しげなものだ。が、その煉華の静かな声に清九郎は打ちのめされたのである。
「父は‥‥父上は‥‥」
答えられない。
無骨だが、優しかった父。そして、いつも父は正しかった。
顔を伏せる清九郎にむかって、煉華は云った。
「父の目は確かだ、自信もってそう云えるのだろ? なら、あの人が動かない訳を君は知らなきゃいけないと思うよ」
「!」
はっとして清九郎は顔をあげた。
それっきり――
二人は黙った。そんな二人を、蒼く月は染め上げていた。
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朝。
すでに清九郎は眼を覚ましていた。端座し、抜いた刃にじっと視線を落としている。
と、障子戸を開け放ち、煉華が入ってきた。
「政宗さんの巡回路を掴んだから様子見いく?」
「なにっ!?」
愕然とし、清九郎ははね起きた。
「ど、どうしてそんなことを知っている?」
「どうしてかな」
煉華は屈託のない笑みをむけた。
夕凪が調べ上げた昨今の巡回経路。そして嵐が聞き及んできた情報。
その中に、伊達兵が鬼灯に指し示した地点は一筋の巡回路にしか含まれてはいなかった。神田、伝馬町牢屋敷。
その事実から、志津は巡回路を特定、さらには最も彼らの策にふさわしい地点を選び出した。
今そこに、清九郎は向かいつつある。待つのは只一人――伊達政宗!
●
「本当に、ここに来るのか?」
清九郎が問うた。その身が震えている。
武者震い。恐怖。様々な思いが清九郎の魂を揺さぶっているのだ。
「うん」
煉華が肯いた時だ。
はっと清九郎は身構えた。彼の眼は、土埃をあげて歩み寄ってくる行列を見とめている。
列の中央。そこに一際眼をひく偉丈夫の姿があった。
隻眼だ。――いうまでもなく、独眼竜伊達政宗であった。
「――来たな」
踏み出しかけ――しかし清九郎は足をとめた。眼をかたく閉じている。
――俺は‥‥俺は、間違っているのか?
清九郎の脳裏に、昨夜の煉華の言葉が蘇っていた。それが清九郎の足を縛る。身を凍結する。
清九郎はゆっくりと煉華を振り返った。その面には、哀しげな微笑がういている。
「‥‥すまないが、十兵衛様に伝言を頼まれてはもらえないだろうか」
「じゅうべさんに?」
「ああ。清九郎が申し訳ございませんでしたと云っていたと」
伝え、再び行列に視線を戻した時、ぎくりとして清九郎は立ちすくんだ。眼前に、いつの間に現れたのか政宗本人が立っている。反射的に清九郎が斬りかかった。
「馬鹿め!」
政宗の抜き撃つ刃が、清九郎の刃をはじきとばした。返す政宗の刃は清九郎の喉元に突きつけられている。
「お前の生きた時間は、これで終わろうとしている‥‥・それで満足か?」
政宗の叱咤が清九郎の鼓膜を打った。その声に含まれた優しき響きに、今の清九郎が気づく余裕はない。
それよりも、今の清九郎の脳裡に渦巻いているのは灼熱の悔恨だ。
――俺は、こんなところで何もできずに死ぬのか。本当に、こんなことが父上の望んでいたことだったのか‥‥。
その時――
政宗の顔がぼやけた。それは瞬時に消失し――後に現れたのは見知らぬ顔の少年であった。
「お、お前は‥‥?」
「蛟清十郎。冒険者だ」
「冒険者?」
慌てて清九郎が周囲を見回した。その彼の眼に、近づく政宗一行の姿が飛び込んで来る。
その時に至り、ようやく清九郎は真相を悟った。
「幻‥‥」
くっと唇を噛むと、刃を持ち直し、清九郎は駆け出そうとした。本物の伊達政宗目指して。
「あほ!」
叫びがした。その絶叫に、見えぬ刃にはたかれたように清九郎が振り返る。その眼前に立つのは――鬼灯!
「‥‥あほ」
再び鬼灯が云った。
「清九郎はん、伊達を斃すいうてはるけどホンマに出来る思ってるん? ・・・んん? 十四、十五の童が粋がるんやないで!! ホンマに親の仇討つ気あるんやったら剣術磨きながら今は耐える時とちゃう? それを無駄なん解ってて死に急いで‥‥只の独りよがりもエエとこや!」
「うっ」
清九郎が息を詰めた。返す言葉などあろうはずがない。
鬼灯の言葉は正しい。それはとっくにわかっているのだ。ただ眼をそらせていただけ――。
がくりと清九郎が項垂れた。その肩をぽんと清十郎が叩く。その時、初めて清九郎は清十郎の叱咤の内に含まれていた優しい響きに気がついた。
「‥‥何の騒ぎだ?」
●
声が降った。振り向いた冒険者達の眼前、隻眼の男が馬上から見下ろしている。
伊達政宗だ。
志津は清九郎を庇うようにして立つと、何事もないかのように政宗を見上げた。
「つまらぬ喧嘩だ。が、事は収まった故問題ない」
「ほお」
政宗の眼がぎらりと光った。それは何もかも見透かしているかのような眼であった。
「その若侍は何者だ」
「今を生き抜き、未来を目指す‥‥只のまっすぐな侍だ」
「まっすぐな侍?」
ふっ、と。政宗の眼が笑んだ――ように志津には見えた。
「政宗公」
志津が呼びかけた。
「貴公の思惑は我らには判らん。だが斯様な事は今後も起きる。嘆くのは常に戦場にたたぬ者。‥‥貴公が見回りで何を見てこれから何を為すのか、江戸に住む者として拝見させて頂こう」
「よかろう」
政宗がニヤリとした。
「この政宗のやりよう、よくその眼に焼き付けておくがよい」
云うと、政宗は馬を進めた。が、すぐに馬をとめ、
「若造」
背をむけたまま、清九郎に呼びかけた。
「もっと強くなれ。さすれば何時の日か、この政宗とも戦場で相見えることもあるであろう。その時を楽しみにしているぞ」
高笑いを残し、再び政宗は馬を進めた。その背を見送りつつ、清九郎はぎゅっと刀を握り締めた。
「‥‥強くなってやる」
清九郎の口から呟きがもれた。
「何時の日か政宗を斃せるように。いや――」
清九郎が振り向いた。その前に四人の冒険者が立っている。
彼らを見つめる清九郎の眼が煌いた。それは未来を目指す者のみが持ちうる光だ。
「――貴方達と同じように、誰かを守れるように」
清九郎が云った。
今――
少年は生きる意味を見出したのだった。