小夜

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:08月06日〜08月11日

リプレイ公開日:2007年08月14日

●オープニング


 小夜は泣いていた。
 たった独り。小さな小屋の中で。
 周囲には埃が堆く積もっている。時折隙間風がひゅうと吹き込んだ。
 たまらず小夜は窓から外を見渡してみた。
 誰もいない。通りすがる人も。
 また寂しくなって、小夜は再び泣き始めた。ぽろぽろと涙が頬を伝い落ちる。
 その時――
 入り口の戸が開いた。
「よかったな。小屋があって」
「これで夜露に濡れずにすむ」
 話し声から察するによ、どうやら旅人のようだ。
 小夜は満面を輝かせると、入り口に向かって駆け出した。
「あの‥‥」
 声をかけた。が――
 小夜を一目見るなり、旅人の顔色が変わった。そしてゆっくりと後退りはじめる。
「あの‥‥」
 もう一度声をかけ、小夜は手を差し伸ばした。すると、その手から逃れるようにして旅人達が表に飛び出していった。
「どうして‥‥」
 小夜の口から溜息がもれた。そして再び小夜は泣き始めたのである。

 もう何度目だろう。
 小夜は思った。
 先ほど、ふらりと寄った旅人らしき男が飛び出していった。何かに恐れ戦くように。
 わたしはただ話し相手になってほしかっただけになのに‥‥
 親もなく姉妹もなく、小夜は一人ぼっちだった。そして飢えていた。苦しくて動けなかったことを覚えている。
 そして、気がついたらこの小屋に住み着いていたのだ。
 今も飢えは飢えはおさまらなかった。しかし不思議と食べ物が欲しいとは思わない。欲しいのは話し相手だけだった。
 でも――
 誰も話し相手にはなってくれなかった。たった一つ、暖かい言葉が欲しかっただけなのに。
 突然、小夜は憎くなった。話し相手にもなってくれない旅人全てが。
 だから仕返ししてやろうと思った。
「それで良い」
 声がした。はっとして振り向いた小夜の眼前、白い衣をまとった童が立っている。人形のように整った顔立ちの童だ。
「あなたは、だあれ?」
「誰でも良い。それよりも、わしが話し相手になってやろう」
「ほんと!?」
 小夜の眼が輝いた。そうと見てとって、童の口の端が鎌のように吊りあがった。
「本当じゃ。だからの、わしの云うことを聞け。ぬしの話し相手になってくれなかった者どもに復讐するのじゃ。良いか」
「う、うん‥‥」
 小夜は小さく肯いた。


「廃屋に亡霊が出ます」
 冒険者ギルドの手代は、開口一番そう告げた。
「幾つか目撃された話があったようです。しかし被害もないことから話しだけで終わっていたようなのですが‥‥最近被害が出始めました」
「被害が?」
 幾人かの冒険者が耳をそばだてたようである。手代は、うむと頷くと、
「はい。最初の犠牲者は旅人であったようです。廃屋に迷い込んだところ、襲われたのだとか。すでに数人襲われ、今では街道をゆく者まで襲われているようです」
「そいつは大変だな」
 冒険者の一人が声を発した。が、手代の眼に迷いの光が浮かんでいるのを見てとって、その冒険者は不審の色を面によぎらせた。
「何かあるのか?」
「それが――」
 亡霊は子供です、と手代が云った。
「子供の身でどれほどの想いが残ったか‥‥できれば、ただ退治るだけでなく、成仏させてあげてほしいのです」
「私が――」
 その時、一人の若者が声をあげた。
 花のように美しい若者だ。ただし左眼に黒い眼帯をつけていなければ。
「私がその依頼を受けよう」
 子供のように意気込む若者に、手代はおやと眉をひそめた。あまり見かけない顔だったからだ。
「お顔をあまり拝見した覚えがないのですが‥‥新人の方でございますか?」
「あ、ああ」
 若者は曖昧に肯くと、
「だから先輩冒険者の仕事を見てみたいのだ。そういう理由で依頼を受けるのはだめだろうか」
「いや、それは宜しゅうございますが‥‥。では依頼をお頼みするとして、お名前をお聞かせいただけますか」
「遮那だ」
 若者がこたえた。そして眼をきらきらと煌かせながら続けた。
「では仲間を集めてもらえるだろうか」

●今回の参加者

 ea0440 御影 祐衣(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea7242 リュー・スノウ(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb2007 緋神 那蝣竪(35歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3797 セピア・オーレリィ(29歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb7311 剣 真(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ec0244 大蔵 南洋(32歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ec0586 山本 剣一朗(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

御影 涼(ea0352)/ 小野 麻鳥(eb1833)/ 御簾丸 月桂(eb3383

●リプレイ本文


「私の名は大蔵南洋、宜しくお願いいたす」
 と、名を名乗った大蔵南洋(ec0244)に、ほお、と遮那は穴のあくほど南洋の顔を見つめ――
 この恐持てする面に興味を抱かれるのは常の事だが、さすがにそれほど熱心に見られるのは南洋としても始めての事で。
 南洋が苦笑を浮かべた。その時だ。
「子供の亡霊を成仏させることか‥‥」
 沈痛な声をもらした者がいる。
 山本剣一朗(ec0586)。夢想流使いの浪人者である。
「悲しいものだな。何とか成仏させてあげたいものだが‥‥」
 子供とは一途なものだ。その一途さが、時として悲劇を生む。
 しかし、一途なればこそ救う道もあるはずである。誰かが、その真っ直ぐな想いを受け止めることができれば。
「そうですね」
 肯いたのはリュー・スノウ(ea7242)だ。が、さらりとした銀糸の間から覗く紅瞳には懸念の光が揺らめいている。
「しかし、突然変容した理由‥気になりますね」
「そうね」
 セピア・オーレリィ(eb3797)が同意した。
 子供の亡霊が人を襲うようになったのは最近の話であるという。逆にいえば、亡霊は以前は人を襲ってはいなかったのだ。それはとりもなおさず『人を襲う理由』が『その子が亡霊になってしまった理由』とは違うという事を意味してはいまいか。
「問題は、その理由だけど‥‥」
 セピアが呟いた時、狩衣姿の長身の男が進み出た。名を小野麻鳥という。
 麻鳥は、大粒の宝石がはまった指輪を御影祐衣(ea0440)に手渡した。
「これは――まさか!?」
 祐衣がわずかに息をひいた。
 指輪は石の中の蝶という呪法具で、悪魔の存在を知らせるという働きを持つ。ということは――
「悪魔がかかわっているとでも?」
 祐衣が問うた。が、麻鳥は答えない。
 しかし、と剣真(eb7311)は思うのだ。たとえ悪魔がかかわっていようとも、まずは廃屋の亡霊に会ってみないことには、何もわからないと。
「その為には、一度その廃屋とやらに赴いてみないとならないでしょうね」
 きりりとした佇まいのまま真は云った。左様、と南洋は肯いてみせ、
「成仏させる為には、この世への未練を断ち切ってやらねばならん。その未練の正体を探る為にも、ここは剣殿の申される通り、一度亡霊とやらに会ってみるしかないだろうな」
「かなり危険だぞ」
 雀尾嵐淡(ec0843)の眼が底光った。もし廃屋に向かうとするなら、亡霊のみならず悪魔までをも相手どらねばならぬ可能性がある。
「では、私はどのように?」
 誰にともなく遮那が問うた。
「遮那君は私達と来ればいいじゃない」
 緋神那蝣竪(eb2007)がくすりと笑った。
「緋神殿と?」
 遮那はやや戸惑いの態だ。
「嫌?」
「嫌というわけではないが‥‥」
「だったら良いじゃない」
 那蝣竪の笑みが深くなった。少女のようにころころと笑う。
「遮那君は美人だもの。一人にしといたら危ないわ」
「‥‥」
 遮那は返答に困った。
 わずか二十七歳の娘であるのに。那蝣竪の底が知れない。
 見かねたのか、リューがそっと微笑みかけた。
「私も、遮那さんは聞き込みに同行されるのが宜しいかと思いますよ」
「リュー殿も?」
「はい」
 リューがこくりと首を振った。
「何事にも裏と表は御座います。隠れ見えぬ事を拾うも冒険者なればこそ大切‥きっと御自身の糧になりますよ」
「ううむ」
 遮那が唸った。云われてみれば、確かにリューの云う通りだ。
「わかった。同行しよう」
「なら、そろそろいきましょ。先の乱で焼け出され親からはぐれてしまったのか、それとも迷子の内に力尽きたのか。‥‥何にせよ、放っておいたら冒険者の名が廃る、ってものよね?」
 那蝣竪が可憐に片目を瞑ってみせた。それを眩しそうに見つめ、遮那が大きく頷いた。
 その時――
 一人、祐衣だけはある人物の異変に気がついていた。彼女の兄である御影涼の様子に。
 いつもは冷然たる相貌の兄であった。その兄の眼に、今、微笑みの光がたゆたっている。
 何故?
 と、いぶかしみ、祐衣は涼の視線を追った。
「遮‥‥那?」
 眉をひそめ、次いで祐衣の眼が驚愕に大きく見開かれた。
 もし祐衣の想像に間違いがなければ、遮那という若者の正体は‥‥
「いきましょうか、遮那さん。私たち冒険者のやり方を、良く見ていてください」
 祐衣が遮那を促した。


 酒場の客達の視線が、随分前からちらちらと動いている。その先にあるのはたわわな胸を揺らせた妖艶ともいえる娘で。
 セピアである。
「で」
 セピアが男を促した。
「ああ」
 セピアにじっと見つめられ、頬を赤らめながら男が話し出した。その内容はというと――商用の帰りに雨に降り込められ、雨宿りに立ち寄った廃屋で男は少女の亡霊に出くわしたらしい。
「少女?」
 セピアが柳眉をひそめた。子供と聞いていたが、亡霊は少女であったのか。
「ああ。恥ずかしいが、這う這うの体で逃げ出しちまったから、詳しい事は良くわからねえ。ただ――」
 男は視線を宙にさまよわせた。
「その幽霊の哀しそうな顔が脳裡にこびりついて離れねえんだ」


 生暖かい風の吹く夜のことである。ばさりと大きな羽音がし、
「丁度良い所に小屋がある。今宵はここで休ませて貰おう」
 安堵の吐息ともに声が流れ、次いで三つの影と、荷を乗せた犬らしき影が廃屋の扉をくぐった。ややあって闇に沈む廃屋の中に黄色い光が満ちる。焚き火でも焚いたのであろう。
 その光に浮かび上がったのは二人の男と一人の娘で。いや――
 もう一人、いた。決してこの世にあってはならぬモノが。
 廃屋の片隅。そこにぼおと霞む、青白い炎の如き影が揺れている。その中に、三人の男女は小さな少女の姿を見出した。周囲にはカタカタと硬い物同士が触れ合う音が響いている。
「な、何奴!?」
 男の一人が問うた。が、少女の亡霊は答えない。どころか、三人めがけてするすると近寄りつつある。
 その時、白光が煌いた。
 娘だ。娘の手が輝いている。
 すると少女の亡霊が一瞬たじろいだ。そうと見てとって、別の男が口を開いた。
「あなたは誰ですか? なぜこんなことをするのですか?」
「‥‥」
 答えの代わりに、再び少女の接近が始まった。娘の翳す白光を苦にすることもなく。
「ここまでです。退きましょう」
 娘が促し、二人の男が頷いた。
 廃屋から一町から離れた辺りであったろうか。三つの影が立ち止まった。
「私のホーリーライトが効きませんでした。やはりあの亡霊は自分の意思で襲っているのではないようですね」
「何者かの差金か‥‥」
 娘の言葉に、男の一人が呟いた。
 あの少女の寂しげ眼。確かに邪悪な者とは思われぬ。
「どうでした?」
 別の男の問いに、街道脇の暗がりから一つの影がわいた。手に不気味なしゃれこうべを持って。
「大鴉に化けて空から観てみたが、怪しい者の姿はなかった」
「そうですか」
 ほうと吐息をつき、娘――リューは廃屋を眺めやった。それに合わせ、他の三人――真、南洋、嵐淡もまた廃屋に視線を飛ばした。
 今、廃屋は地獄の深淵のように禍々しく静まり返っていた。


 廃屋に一人の少女が住み着いた。が、浮浪の者との接触を嫌う近隣の者達はその少女と触れ合う事を拒み、そうしているうちに少女の姿は廃屋から消えた。
 廃屋について詳しいという老婆の話した内容だ。
「わしが知っているのは名のみでのお。一人で、窓から外を寂しそうに眺めておったのを時々見かけたことがあったが」
「一人で‥‥」
 祐衣は暗鬱たる眼を伏せた。
 この時勢、浮浪の少女が一人で生きていける訳がなく。どれほど辛く、寂しかったことであろうか。
 那蝣竪が口を開いた。
「で、その少女の名は?」
「小夜、という」
「小夜‥‥」
 那蝣竪の眼がきらりと光った。
 ――小夜ちゃん。やっとキミを見つけたわよ。


 再び訪れた廃屋。
 当初魔界の入り口に見えたそこであったが、今は涙に濡れているかに見える。
 肯きあい、冒険者達は廃屋の中に身を滑り込ませた。
 と――
 いた。廃屋のほぼ中心。寂しげに肩を落とした、かつて小夜と呼ばれた少女の亡霊が。
「この前は世話になったな。今日はそのお礼に来させてもらった」
 南洋が声をかけた。小夜を取り囲む形に四方に冒険者が散った後のことだ。
 すると、小夜がさっと顔をあげた。悲しみとも怨嗟ともつかぬ表情を顔に浮かべて。
 刹那、すうと鬼に似た形相を浮かべて小夜が動いた。歩行しているとは見えぬ、流れるような動きだ。
 その眼前、リューがホーリーライトを発動させた。が、小夜はとまらない。
 その瞬間――
 静かな声音で那蝣竪が告げた。
「キミの事は、ちゃんと“見つけた”わ」
『えっ!?』
 初めて小夜の表情が戸惑いに揺れた。
『わたしを知っているの?』
「ええ。小夜ちゃんよね」
『あ――』
 すう、と。小夜の形相から鬼のそれが薄れた。
『どうして、わたしのことを知っているの?』
「キミの友達になりたいから。もう一人ぼっちで苦しむことはないのよ」
『ほ、ほんと? ほんとに友達になってくれる?』
「ええ」
 那蝣竪が肯いた。そして、でも、と続けた。
「その前に聞いてほしいの。キミが今、どういう状態にあるかを」
 そう前置きし、那蝣竪は話して聞かせた。小夜がすでに亡くなっており、今亡霊となって彷徨っていることを。
『‥‥そう』
 小夜が顔を俯かせた。ややあって再びあげられた小夜の顔には――鬼の形相が蘇っていた。
『‥‥やっぱりわたしを独りぼっちにするんだ』
「えっ!?」
 愕然として、那蝣竪は瞠目した。
「違う。私達はキミと友達になり――」
『嘘!』
 小夜が絶叫した。
『だって、わたしは死んでなんかいないもん。ここにいるもん』
 叫びつつ、小夜が那蝣竪に殺到する。一匹の復讐鬼と化して。
 その時、すすうと一つの影が那蝣竪の前に進み出た。法城寺正弘を鞘におさめたままの真だ。
 かまわず小夜は真に襲いかかった。斬られて死ぬのなら、それでもかまわないと思った。
 が――
 真は抜刀しない。苦悶に顔色をなくしながら、小夜にしがみつかれたままじっとしている。
「危ない!」
 反射的に遮那が刀の柄に手をかけた。と――
 遮那の手を、そっと押さえた者がいる。リューだ。
「な、何を――」
「――」
 答えず、リューはかぶりを振って見せた。その時に至り、ようやく遮那も真実に気がついた。
 真は抜刀できないのではない。抜刀しないのだ。たった一人の少女の為、我と我が身を犠牲にして――
「こ、これが冒険者――」
 遮那が息を飲んだ。これほど凄絶で、かつ心優しき者と遭遇したことがあったろうか。
 ない。
 その思いは小夜――幾度となく旅人を襲った経験から、小夜は自身に他人を傷つける力があることに気づいていた――も同じであったらしく、彼女の憤怒の鬼相が再び揺れだした。
 と――
 優しげな声音の歌が流れた。母親が子を想う歌――子守唄だ。
 吸い寄せられるように小夜が歌い手――リューに近寄っていった。そして、まるで母に甘える幼子のようにリューに抱きつく。
 リューの顔が一瞬顰められた。小夜に攻撃の意思がないにしろ、亡霊の接触は生者に無視できぬ苦痛をもたらす。
 が、それでも――
 リューは小夜を抱きしめた。いや、小夜の心そのものを。
 その時だ。
 石の中の蝶の変化に祐衣が気がついた。小夜が心開かんとする時、必ずや黒幕が姿を見せるとふんでいたが――
 小夜を守るように立ちはだかった祐衣の眼はとらえている。闇の奥に浮かび上がった小さな白影を。
「やはりでてきたか、傀儡師が」
 祐衣が怒りに歯を軋らせた。寂しさに震える魂を、この悪魔は闇へと引きずり落としたのだ。許せない。
 さっと祐衣の手が閃いた。撃つは闘気を衝撃の弾丸として放つオーラショット――いや、撃つより先に、祐衣の口からひび割れた声がもれた。
 何故なら――
 彼女は見とめたのだ。嵐淡が白影めがけて飛び出すのを。
 今、白き影と黒き影、交差す。
 次の瞬間、
「あっ――」
 愕然たる呻きは黒き影――嵐淡からあがった。
 嵐淡はメタボリズムの瞬間的発呪を狙ったのだが、その鍵となる右手ががっしとばかりに童の手に掴みとめられている。嵐淡の高速詠唱は失敗したのであった。
「肝が冷えたぞ、坊主」
 嗤う童の手が疾り、嵐淡の首から血飛沫が飛び散った。
「おのれ!」
 南洋と剣一朗が同時に抜刀した。疾る示現流の刃は袈裟に、夢想流の刃は真一文字に横に薙ぎ払われた。
 何でたまろう。童の身は寸断されて――いや、傷一つ負うことなく、童は平然と嗤っている。
「そのようなもの、わしには効かぬ」
 嘲りつつ、しかし童の身がすっと後方に飛んだ。祐衣の身が光に包まれた事に気がついた故だ。
「ここまでかよ」
 呪詛の如き言葉を残し、白影が闇に沈んだ。


 ――暖かい。
 リューに抱かれつつ、小夜は思った。まるで母さんに抱かれているようだ。
 その時、翻然と小夜は悟った。この人達は嘘などついていないと。
「皆でお話しませんか?」
 リューが市松人形を差し出した。
「うん」
 こくりと肯き、小夜が市松人形をぎゅっと抱きしめた。
 それから――
 冒険者達と小夜は色んな話をした。夏空に浮かぶ雲のことや最近みかけた子犬のこと。その他、いっぱいいっぱい。
 やがて、セピアはしゃがみ込むと、小夜の眼に自身のそれをあわせた。そらすことなく、真っ直ぐに。
「寂しいのは、きっとあなたが悪いわけじゃない。そして、あなたが襲った人たちが悪かったわけでもない。でもこのままだと、あなた自身の行いで寂しい思いをすることになる。だから、あなたが寂しい思いをしない場所へ行かないといけないの。わかる?」
「‥‥」
 無言のまま、ふっと小夜はセピアの眼を見つめかえした。そして、にこりと微笑んだ。


 冒険者達は報告の為に一旦ギルドへと戻った。が、一人遮那だけはギルドの前を歩きすぎ、江戸の闇へと姿を消す。
 やがて――
 江戸城堀端付近であろうか。突然遮那の足がぴたりととまった。
 ぬっと、遮那の眼前に黒影が現出している。頭巾をかぶった僧形の大男だ。
「随分と楽しまれたご様子」
「ああ、面白かった」
 こたえると、遮那は星を散りばめた夜空を見上げた。その脳裡に、ある一つの情景が浮かんでいる。
 消え去る寸前、小夜の口が小さく動くのに遮那は気がついていた。
 ありがとう。
 聞こえはしなかったが、確かに小夜はそう冒険者に告げていたのだ。
「法眼様が私と冒険者とを会わせた理由が良くわかった。世の中には、あのような者達もいるのだなあ」
「では、進むべき道も?」
「少しは見えてきたような気がする」
 云って、遮那――かつて遮那王と呼ばれた源義経は足を踏み出した。それは、彼の未来に向けての一歩でもあった。

 これは余談であるが。
 数日後の事である。街道沿いの廃屋に男女二人の僧の姿が見られた。
 夏の日差しの下、流れる汗を拭うことなく、彼ら二人は弔いの言葉を送っていたという。