【水無月会議】血風

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 38 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:06月28日〜07月01日

リプレイ公開日:2007年07月06日

●オープニング


 京は震撼した。鬼の御所襲撃によって。
 そして――
 阿鼻叫喚の巷の上空を、ひらりと舞う真紅の影があった。
 それは血で染めたかのように緋の衣をまとった少女であった。人形じみた非人間的な美しい相貌をしている。
「くはは。面白い眺めじゃのお」
 少女が嗤った。
 その横に、するりと飛び来たったのは、これも女であった。年の頃なら二十歳そこそこか。とろりと蜜の滴るような妖艶な娘である。
「いかがですか、蜜姫――いや、鬼道八部衆、夜叉王殿」
 娘が問うた。すると夜叉王と呼ばれた少女がつっと唇の端を吊りあげた。
「酒呑童子殿のおかげで、良い見世物を見ることができた」
 こたえた夜叉王の、紅を塗ったかのような唇がさらに吊り上がった。そして切れ長の眼が興趣をたたえて細められる。
 夜叉王が見つめているのは知恩院だ。境内には大勢の女子供の姿が見えている。おそらく鬼や妖から避難させるべく、霊力の強い知恩院に一時的に集められたものだろう。
「女に餓鬼。最も殺し甲斐のある連中じゃ」
 夜叉王と娘が顔を見合わせ、ニッと笑った。

 すうと夜叉王が空から舞い降りた。気づいた数名の女子供が逃げようとしたが、それより早く夜叉王の手が手近の子供の頭を掴んだ。
「恐がらずとも良い。すぐに殺してくれるほどに」
 唇をぞろりと真っ赤な舌で舐めつつ、夜叉王が手に力を込めた。一瞬後、子供の頭蓋が西瓜のように砕け散った。
 血と脳漿のまじった血煙の中、新たな獲物を求めて夜叉王が襲いかかった。
 その時――
 一つの影が、夜叉王の眼前に立ちはだかった。
 異臭を放つ、汚れたぼろぼろの衣服をまとった男だ。身形からして浮浪の者であるらしい。
 が、頬かむりした手拭から覗く眼は異様であった。怜悧であり、かつ活力に満ちている。並みの者の眼ではなかった。
「何者じゃ、きさま」
「桂小五郎」
 告げると、男――桂小五郎は小脇にかかえた筵の中から刀を取り出した。
「妖怪、これ以上の無体はやらせぬぞ」
 眼にも眩しい銀光が迸り出た。桂小五郎が抜刀したのだ。
「桂小五郎?」
 夜叉王の眉が一瞬ひそめられた。
 桂小五郎とは長州の首魁である。京に潜伏していたはずのこの男と、このような場所で相見えようとは――
 その奇遇に、夜叉王が愉しげに笑った。
 刹那、桂小五郎の刃が閃いた。それは眼にもとまらぬ迅さで夜叉王めがけて疾り――
 がっきとばかりに夜叉王の繊手に掴みとめられた。
「このようなもの、我にはきかぬ」
 夜叉王がニヤリとした。
「ぬっ」
 はじかれたように桂小五郎が飛び退った。そして叫ぶ。
「誰か、助けを――」
 桂小五郎の脳裡を、この時一つの名がよぎった。長州とは不倶戴天の敵だが、この場合、頼るべきはそれしかない。
「誰か、新撰組を――」


 走ったのは少年であった。
 新撰組を求めて。が、新撰組がどこにいるのかわからない。
 それでも少年は走った。今はそれしかない。
 と――
 少年が転んだ。これで何度目だろう。すでに身体は擦り傷だらけだ。
 が、少年は立ち上がろうとした。友達を救えるのは彼しかいないからだ。
 その時――
 すっと手が差延ばされた。
 驚いて見上げた少年の眼前、浅葱色の羽織と一升徳利が揺れていた。

●今回の参加者

 ea2445 鷲尾 天斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6269 蛟 静吾(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7029 蒼眞 龍之介(49歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb2585 静守 宗風(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2919 所所楽 柊(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb3393 将門 司(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

観空 小夜(ea6201)/ 片桐 惣助(ea6649)/ 朱鳳 陽平(eb1624)/ 所所楽 柚(eb2886

●リプレイ本文


「どうした?」
 問われ、少年は顔をあげた。涙で霞む視界の中、何度か見かけたことのある羽織が揺れている。――新撰組だ。
「あ――」
 安堵の為か、少年の眼からさらなる涙が溢れ出した。その震える小さな身体を、そっと抱きしめた者がいる。
 巫女装束の、どこかしら白菊を思わせるたおやかな娘。明王院未楡(eb2404)である。
「このような擦り傷を負って‥‥どうかしたのですか?」
 未楡が問うた。
 その柔らかな身に包まれて落ち着いたのだろう。少年が口を開いた。
「た、助けて」
「助ける?」
 蛟静吾(ea6269)がしゃがみ込んだ。
 志士である彼は、弱き者を見捨ててはおけない。常々情報を交し合っている観空小夜も、きっと京のどこかの街角で見知らぬ誰かを助けているはずだ。
 静吾は少年の眼を真っ直ぐに見つめた。
「助けるとは、どういうことです?」
「それは」
 少年が話し始めた。知恩院での一件を。
 ややあって、新撰組一番隊組長代理である鷲尾天斗(ea2445)と新撰組十一番隊組長・平手造酒は顔を見合わせた。年端もいかぬ少年のことであり、なおかつ狼狽している為に要領は得ないが、知恩院に逃げ込んだ者達が少女の姿の魔物に襲われていることだけはわかった。さらに一人の男がその魔物を防ぎとめていることも。そして――
 少年のもらした内容の中で、一つだけ新撰組十一番隊隊士・所所楽柊(eb2919)の注意をひいたものがあった。
 緋の衣を纏った少女。その魔性の存在に、柊は思い当たることがある。
 柊はちらりと視線を転じた。その先、妹の所所楽柚が肯いている。
 柚もまた、その少女を追っていた。数々の怪異の裏で蠢く緋の衣を纏った少女を。もし知恩院を襲ったモノと同一存在であるなら――
「ずいぶん前から手を伸ばしてたよ〜だが、やっぱりこう大々的に動けるのは気がすくものなんかな。派手に大暴れして鬱憤晴らすってか〜?」
 ふん、と鼻を鳴らし、柊は少年の頭にぽむと手をおいた。
「ん、お前さんはこのまま避難しろ、頑張ったな、ここまで〜」
 ニッと微笑う。それはほんわりとした、心まで包み込むような微笑みだ。
「た、助けてくれるの? 魔物が相手だよ」
「それがどうした〜。俺達は鬼より恐い新撰組だぜ〜」
 少年に片目を瞑って見せ、すっと柊は眼をあげた。そこに――
 鬼より恐い奴らがいた。
 未だ眼を閉じ伏した竜の如き剣人、蒼眞龍之介(ea7029)。
 新撰組十一番隊きっての使い手であり、その技の冴えは天狼の翔ける様にも似た静守宗風(eb2585)。
 陽気な笑みの内に毒の牙を隠す曲者、将門司(eb3393)。
 白髪を髪になびかせ、うっそりと立つ巨漢、アンリ・フィルス(eb4667)。
「陽平君」
 龍之介が呼んだ。それに、おう、と応えたのは同じ御影一族であり、さらには新撰組十一番隊隊士である朱鳳陽平だ。
「何だ、蒼眞サン?」
「どうやら安全な救護場と医師が必要なようだ。君は知恩院の外で待機し、我々が助け出した人々を一時預かる役をうけもってもらいたい」
「えっ、俺が」
 陽平はわずかに口を尖らせた。が、頼みの主が御影四天王筆頭ともいえる龍之介である。不承不承陽平は肯いた。
「じゃあ、惣助サン」
 陽平は、偶然にも彼に武器を手渡す為に来合わせていた片桐惣助に視線を転じた。
「惣助サンは脚が迅い。屯所まで疾って、新撰組隊士を連れてきてもらえねえかな。それと医者も用意してもらいたい」
「わかりました」
 惣助が肯いた。それを確かめ、龍之介は平手に顔をむけた。
「組長を差し置いての指示、失礼した」
「かまわねえよ。どころか面倒がなくて助かったくらいだ」
 平手が洒脱に笑う。そのような些事を気にしない男であることを承知しているのは天斗だ。彼は叫ぶ。
「増援を早めに頼む! それ以外の者は急ぐぞ!」
「おう!」
 アンリの眼が琥珀色の凄絶な光を放った。
「譬え天が許そうとも、このわしがその暴虐を許しはしない!」
 獅子の如く、アンリが風を巻いて疾駆し始めた。


 夜叉王の朱唇がめくれあがった。
「刃をひかぬか。このような虫けらどもとお主の命、引き換えにするのは惜しい」
「黙れ!」
 桂が刃をかまえた。
 その時だ。悲鳴と怒号が響き渡った。
 慌てて振り向いた桂の眼が、次の瞬間、驚愕にかっと見開かれた。
 知恩院の大門。そこに異形のモノの姿が見える。――鬼だ。それも一匹ではない。
 さらには空を飛翔する妖艶な娘の姿も見える。その娘もまた魔性の存在であろう。
「お、おのれ」
 桂が呻いた。その満面が絶望に歪む。
 その時――
 

 子供の頭めがけて、鬼の棒が振り下ろされた。
 が、さっと割って入った一刀が、がっきとばかりに鬼の棒を受け止めた。のみならず、ぐうと鬼の棒を持ち上げつつある。
「ぬん!」
 一刀が鬼の棒をはねあげた。返す刃は無造作ともいえる、しかし凄まじい剣圧を込めて垂直に薙ぎおろされている。
 刀の名こそ鬼切丸。鬼を斬る為にこそ鍛え上げられた業物だ。
 なんでたまろう。鬼が仰け反った。
「あ――」
 助けられた子供が恐る恐る顔をあげた。その眼前、ぬっと佇む背がひとつある。
 その背の主こそアンリ・フィルス。鬼すら喰らう鬼、修羅だ。
「何者じゃ、うぬら!」
 空に浮かぶ魔性の娘が絶叫した。その傍らには、すでに桂から離れた夜叉王の姿も見える。
「ふん。寺社を血で汚すとは。さすがに鬼は無粋だね」
 殺気の渦。その中から、一人の若者が不敵な笑みを返した。天斗である。
「新撰組推参! 外道共、覚悟しろ!」
「ぬかせ!」
 娘の顔が細く吊りあがっていく。みるみるその姿は黒面五尾の狐の姿へと変じた。
「殺れ。まずは新撰組を血祭りじゃ!」
 黒面五尾の狐――妖狐が再び絶叫した。その叫びの尾が消えぬうち、アンリが仰け反らせた鬼の首を、平手が刎ねてとどめを刺した。降りかかる血飛沫から庇うように、未楡が子供を抱きしめる。
 と、未楡の眼がかすかに見開かれた。子供の顔に、彼女は見覚えがあったからだ。
「あら、この間遊びに来た‥もう、大丈夫ですよ。あそこまで、走れますか?」
 未楡が指差した。その先、静吾と龍之介が陣を敷いている。龍之介がソニックブームを放って鬼を牽制し、その穿たれた隙を静吾が突くという戦法をとっているのだ。
 双龍として名を馳せた、それも肯きえる二人の活躍ぶりである。
「みんなの“おっかさん”を‥信じて下さい」
 未楡が長吉の手を引いて走り出した。が――
 その背めがけ、鬼の棒が疾った。
 戛然!
 薙ぎ落とされた光流が棒をはね、さらに地からはねあがった刃――いわば逆燕返しともいうべき刀法――が鬼を逆袈裟に斬りあげた。
「未楡君、早く! 先生のところへ!」
 斬りあげた姿勢のまま、静吾が叫んだ。
「ありがとうございます」
 未楡は子供の手を引き、龍之介のもとに駆けつけた。
「龍之介さん、お願い致します。子供達の命を‥未来を‥鬼に渡す訳にはいきませんから」
「任せておけ」
 応える龍之介が足を踏み出した。刹那、白光が閃く。
 夢想流は一陣の旋風だ。吹きすぎた後、鬼の血飛沫が舞っていた。

「鼠賊の次は鬼か。‥‥まあいい、相手にとって不足は無い」
 死神が囁くが如く、宗風は呟いた。
 その宗風と背を合わせているのは柊だ。宗風が背を守ってくれているというだけで、今、柊の剣技は限りなく躍動している。
「酒を名に持つ上司もち同士、仲良くやろうじゃないか〜?」
 左手の十手、右手の小太刀。縦横無尽に得物を疾らせる柊の様は、まるで舞を舞っているかのようだ。
「しかし、江戸から戻ってすぐこれやから、あんさんらも大変やな。久しぶりに共にするんは嬉しいけどな。ところで俺邪魔か?」
 からかい気味に言葉をもらす司の口も軽快だ。その時――
 地が――いや、影が爆ぜた。宗風の影が。
 ジャドウボム。妖狐の仕業である。
「宗風サン!」
「前に出るな!」
 柊を制止する宗風の叫びが響く。
 土煙が晴れた後、満面を血に染めた宗風が立っていた。揺るぎもせず。
「俺のことは心配いらぬ」
 眼前を見据えたまま、宗風が云った。が、その想いは柊のもとへ――
「お前は‥無理はしても無茶はするな」
 云い様、宗風の刃が鬼を唐竹に割った。彼の得物もまた鬼切丸。鬼は頭蓋を小砂利に変えてよろめいている。
「人外のものよ。誠の名を背負いし狼の牙、その身に受けて地獄で後悔するがいい」
 宗風はぎらりと空を――魔性の娘を睨みあげた。
「悪・即・斬。‥‥この言葉にかけて、貴様等の思い通りにはさせん」
「おのれっ」
 歯軋りしたものの、妖狐が見たものは、人型の毒蛇が鬼を襲う光景であった。
 毒蛇――司は子供と鬼の間に身を滑り込ませてニヤリと笑った。左構え――即ち巳の構えをとって。
「鬼が蛇を怖がるとは思わんが、一応ゆうとくわ。この蛇は毒蛇やで」
「がっ!」
 鬼が踊りあがった。刹那、疾る。二条の光芒が。
 司の左手の太刀が鬼の棒を受け、同時に彼の右手の小太刀が鬼の胴を薙いでいる。これぞ、司得意の双蛇の剣!


「やるねえ、十一番隊も」
 ニンマリすると、天斗は刃をふるった。光流が空に十文字の亀裂を刻み――娘に襲いかかろうとしていた鬼の口から血反吐が迸り出た。
「あぶねーだろうが、外道。気をつけやがれ」
 云って、天斗は娘に片目を瞑って見せた。さらに、彼はほっと息をついた。見上げる夜叉王の美しさに感嘆したからである。
「けど人形の美しさだな。俺の嫁さんにはかなわねーか」
「天斗君、いくぞ」
 静吾が促した。
 たった今、彼らは助け出した女子供を知恩院外で待機している陽平に預けてきたところであった。未楡の愛犬である太郎(たろ〜)も子供達を守っているはず。後は鬼の掃討に専念するだけだ。
 龍之介は薬水を口に含んだ。彼のソニックブームは道を切り開くに有用であったが、先陣をきった龍之介の負った傷も無視できぬ状況であったのである。
 しかし鬼も無傷ではない。どころか、その数は当初の半数にも満たず――
「後一息でござる!」
 アンリの雄叫びが轟いた。
 それは物理的現象となり、同心円状に空を、地をも震わせ――そして仲間達の疲れきった魂をも震わせた。


 知恩院境内には血煙と静けさが立ち込めていた。
 地には数体の鬼の骸が転がり、空にはいつの間に逃げ去ったか、夜叉王と妖狐の姿はない。
 今、境内の中に生きて立っているのは血まみれの冒険者と浮浪姿の男が一人だけであった。
 龍之介は薬水を手に、男に近づいていった。たった一人で魔物を防ぎとめていた男に敬意をもって。
「待て」
 制止の声が飛んだ。
 声の主は天斗である。新撰組一番隊組長代理である彼は、人相書きとしてではあったが、その男の顔に見覚えがあった。
 天斗は平手に顔をむけると、
「平手さん、あいつ、まさか長州の桂では?」
「ああ」
 肯くと、平手は男に歩み寄っていった。
「桂小五郎だな」
「平手造酒か」
 二人の剣客が互いの名を呼ばわった。
 平手造酒と桂小五郎、今、相対す。
 実は、江戸において彼ら二人はそれぞれの噂を聞き知っていた。
 江戸三大道場。平手はそのうちの一つ、技の千葉と呼ばれた桶町千葉道場の小天狗と噂され、桂は力の斎藤と呼ばれる練兵館の免許皆伝者として。
「組長、斬るか?」
 静かな声音で宗風が問うた。
 ふむと唸り、平手は宗風の眼をちらりと見遣った。
 もし平手が斬れと命じたら、たとえ十重二十重の陣が敷かれようともその防御を突破し、宗風は難なく標的を始末してのけるだろう。そのような凄みが、確かにこの男にはある。
「いや」
 平手はかぶりを振った。
「桂には京都の民人を守ってもらったという借りがある。ここで斬っちゃあ寝覚めが悪かろう」
「平手組長やって良かったな。うちの鬼やったらぞっとするわ」
 司がニヤリとした。
 彼は生きてある者が好きだ。いや、命の煌きそのものが好きであるといってよい。
 その命を仮にも桂は守ろうとして戦ったのだ。それもまた誠――そんな桂を、この場で司は殺したくない。
 そのことを察してか、桂も不敵な笑みを送り、背を返した。と――
 桂の背に、静かだが、しかし厳しい声が飛んだ。
「お待ちを、桂さん」
 ぴたりと桂の足がとまった。それは桂ほどの男の歩みを止めることのできるほど重みのある声音で――未楡である。
「民人の幸せを護りたい。私が新撰組に組したのはただその気持ちだけです。貴方が今回見せた男気同様に‥‥」
 未楡が云った。そして、しかし、と続ける。
「もし再び貴方が戦火を持ち込むなら‥‥その行いは、これらの鬼と代わりません。此度の事‥‥忘れずに居て下さい」
「‥‥」
 応えは返さず、再び桂は歩みを始めた。来るべき風雲をその背にしまいこんで。
 すぐに桂の背は遠くなった。その迅さに、アンリは苦笑を零した。
「逃げの小五郎。伊達に噂されてはいないというところでござるか」
「そういうことやな。ところで」
 周囲を見回し、それから司は平手に眼を転じた。
「ここの騒ぎもどうやらおさまったようやし、どうや、今晩あたり部下をねぎらってもええんとちゃう?」
「やるか」
 平手が柊の肩に腕を回した。
「柊のおかげで酒はたんまりとあるからな」
 そして、平手は宗風の肩もぐっと抱いた。
「お前達も、少しは肩寄せ合って飲んだ方がいい」
「なっ――」
 さすがに飄々とした柊も、この時ばかりは絶句した。頬を薔薇色に染め、口を尖らせる。
 宗風に対する柊の秘めたる想い。そのことを平手が見抜いていることに柊は気づいたのだ。
 が、当の宗風は怪訝な顔である。その朴念仁ぶりに苦笑を零し、しかし天斗はすぐに彼らしくもない生真面目な表情を陽に晒した。
「さてさて、これからの京はどうなるんだろうなぁ‥‥」
 しみじみと天斗は呟いた。が、それに答えられる者はいない。
 ただ一人、静吾のみは鈍色の空にむかって独り毒づいている。
「西も東も人外の関わる動乱か。‥‥政治権謀に構っている場合じゃないと思うけどね、権力者の方々」
 そう。人と妖。それら両者のもたらす闇によって、今にも京は圧し潰されそうだ。
 それを防ぐことはできないのかも知れない。京の終焉をとめるには、人はあまりに無力でありすぎる。
 それでも――いや、だからこそ天斗は叫んだ。
「でも、この京は義と誠で新撰組が護ってみせる!」
 その声音は高らかに、しかし哀しく京の空に響き渡った。
 京の防人達はすでに満身創痍だ。それでも新撰組と冒険者は戦う。孤独で不毛な戦いであると知りながら。
 その時、逃げ延びた女子供達が、救援に駆けつけた新撰組隊士に守られながら知恩院に戻ってきた。まるで星の光に導かれる迷い人のように。
 そこに未来がある。冒険者が負った傷と、流した血によって拾われた未来が。
「ああ、きっと護ることができるはずだ」
 確信を込めて龍之介が云った。
 八つの魂の発する光は、その時暗雲垂れ込める京の中において、確かに燦然と煌いていた。