【鉄の御所】月王

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月25日〜07月30日

リプレイ公開日:2007年08月02日

●オープニング

●討伐の勅令
 新撰組に酒呑童子討伐の勅令が下されたのは、7月下旬の事である。
「歳、討伐の勅が出るぞ」
 その数日前、御所に呼び出された新撰組の近藤勇は、安祥神皇の近臣より近いうちに勅が下る事を知らされた。
「ようやくか、待ちくたびれたぜ。鉄の御所の鬼どもに、目にもの見せてやる」
 土方歳三は不敵な笑みを浮かべる。鬼の襲来から約一月、激戦に参加した隊士達の傷も癒えて、戦いの準備は整っている。

 去る6月末、突如として都に襲来した鬼の軍勢。
 京都を守る侍と冒険者の活躍により、辛うじて撃退したものの、酒呑童子が率いる数百体の人喰い鬼に禁門まで侵入され、ジャパンの帝都はその防備の甘さを露呈した。
 折しも、京都方と反目する長州藩の吉田松陰、高杉晋作らが滞在中の事件であり、少なからず交渉にも影響を与えたと言われている。
 この時、守備勢の主力として奮戦し、多くの犠牲を出した新撰組は直後より酒呑童子討伐を願い出ていた。
「だが、俺達だけで戦うことになりそうだ。見廻組も今回は手勢を出すと言ってくれているが、正規の兵は動かせんそうだ」
「相変わらずだな、御所の連中は。鬼の報復も怖いし、負けた時は新撰組の責任にしようってことか。まあ、おかげで俺達が戦えるんだから皮肉だが‥‥」
 比叡山の酒呑童子退治は筋目からいえば見廻組、黒虎部隊の管轄だ。或いは大大名が大軍を動かして討伐に当たるべきなのだが、そこには今の京都の複雑な政治事情が関係していた。
「悲観する事はない。あそこを本気で攻めるなら、かえって少数精鋭の方が成功率が高いと思っていた。都の警備も疎かに出来ないが、動ける組長を集めて討伐部隊を編成しよう。冒険者ギルドにも協力を要請しなければな」
 そして、新撰組局長近藤勇より冒険者ギルドに酒呑童子討伐の依頼が届けられた。


 部屋に戻ってくるなり、男は一升徳利を拾い上げ、口に酒を流し込んだ。そしてニヤリと笑う。
 新撰組十一番隊組長。男の名は平手造酒といった。
 はっとして、十一番隊伍長・不破蘭子は眉をひそめた。平手がそのような笑い方をする時、それは異常事を意味する。
「組長。副長の話とはどのようなものであったのですか」
「鉄の御所に攻め込むことになった」
 事も無げに平手がこたえた。
「鉄の御所!?」
 蘭子が瞠目した。
 鉄の御所とは、酒呑童子とその軍勢が霊峰比叡山の一角に作り上げた拠点である。その名の通り、そこは鉄の塀に鉄の門で囲まれた御殿であり、精強な鬼に守られた難攻不落の城塞でもあった。
「それでは――」
「ああ。酒呑童子を殺る」
 そして平手はふんと苦く笑った。
「そう簡単にはいかねえだろうがな」
 酒呑童子には副将ともいうべき茨木童子がいる。さらには四天王と呼ばれる熊童子、星熊童子、虎熊童子、金熊童子等の熊鬼将軍が。そして鉄の御所内にひしめく数百の鬼。それらを突破して酒呑童子にまで辿り着くのは果てしなく困難だ。
「が、やるしかねえ」
 平手の眼が凄絶に光った。
「蘭子。十一番隊隊士を呼べ。それから冒険者ぎるどにも走ってくれ」


 白く煙る雪景色を眺めながら、その者は杯を口に運んでいた。
 貴族的ともいうべき整った顔立ちの青年。もし都の女達が見れば、誰もがその瞳を思慕に潤ませてしまうだろうほどの美形である。額にぬらりと生えた角さえなければ――
 酒呑童子である。
「――どうも人間どもが騒がしいようだ」
「まさか、この鉄の御所に攻め入ってくるとでも」
 こたえる影は菜の花の前に立っていた。
「かも知れぬ」
 云って、酒呑童子はその影の虎のものに似た足に視線をとめた。それから蛇の尾に視線を移す。
「此度は奴らも本気のようだ」
「笑止」
 影は嗤った。
「戦士は皆死んだ。奴らに、何ほどのことができようか。縦んば攻め入ることができたとて――」
 影の笑みがさらに深くなった。にいっと口の端を吊りあげ、牙を覗かせる。
「この俺がいる限り、酒呑には指一本触れさせぬよ」
「さすがは親爺殿の盟友たる月王殿」
 薄く笑うと、酒呑童子はゆるりと杯をあけた。そして背後に控える二体の鬼をちらりと見遣った。
「白角、黒角」
「ハッ」
 二体の鬼が顔をあげた。相貌はおぞましき化生のものであるが、どこか理知の光をとどめた眼をしている。異相の鬼であった。
「白角、ココニ」
「黒角、ココニ」
「うむ」
 酒呑童子が肯いた。
「お前達は以降、月王殿に従うように」
「ハッ」
 こたえ、二体の異形の鬼は深々と頭を垂れた。

●今回の参加者

 ea0031 龍深城 我斬(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3744 七瀬 水穂(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4591 ミネア・ウェルロッド(21歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea6649 片桐 惣助(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb2585 静守 宗風(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2919 所所楽 柊(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb3393 将門 司(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

片桐 弥助(eb1516)/ 朱鳳 陽平(eb1624

●リプレイ本文


「いよいよ酒呑童子との総力戦だね」
 恐れ気もなく、並みの者なら気死しかねない事をさらっと云ってのけた者がいる。
 信じられないことだが、少女だ。それも妖精じみた可憐な。
 新撰組三番隊仮隊士・ミネア・ウェルロッド(ea4591)である。
 それに肯いてみせ、一人の娘が海色の瞳をあげた。
 その清純な相貌には不釣合いなほど大きな胸の半ばまで露出させたウィザード。名をステラ・デュナミス(eb2099)といい、彼女は一人の男を見つめた。
 新撰組十一番隊組長・平手造酒である。
「大本命は一番隊、けど十一番隊も酒呑童子討伐目指して攻めるっていう認識でいいのかしら?」
「ああ」
 ステラの問いに、平手はあっさりと肯いた。
「が、特攻をかけるつもりの四番隊と違って、俺達はひっそりとやるつもりだがな」
「‥‥」
 はっとしたように唇を噛んだのは新撰組十一番隊隊士・将門司(eb3393)だ。彼の妻は今、平手の話に出てきた四番隊と行動を共にしている。特攻をかけると聞いて、司が心中穏やかでいられようはずがない。
「嫁さんにも聞いたんやけど、連携というのは無理なんやろか?」
「無理だな」
 平手が言下に否定した。
「新撰組の各隊は、いわば独立部隊だ。手を携えって訳にはいかねえだろうよ」
「だろーな〜」
 新撰組十一番隊隊士・所所楽柊(eb2919)がくくっと笑った。
 新撰組の各組には独自色が強い。市中取締りならともかく、慣れぬ鬼退治で各組が連携を取るのは至難であろう。それよりは自主性に任せた方が働きが良い。
 それに――と、同じく新撰組十一番隊隊士である静守宗風(eb2585)は思う。
 連携どころか、各組全てを十一番隊の為の陽動としかねない。そのような恐さが平手にはある。
 と――平手が全員を見渡した。
「一言云っておくが、誰も死ぬことは許さねえぞ」
「わかりました」
 片桐惣助(ea6649)の眼がきらりと光った。
「俺が誰一人傷つけることなく、酒呑童子の元へ送り届けてみせます」
 云って、惣助は片桐弥助と朱鳳陽平に視線を転じた。共に飄然とした忍びと新撰組十一番隊隊士だが、頼りになる男達であることは間違いない。誰もが初めて入った鉄の御所で、潜入活動に明るい者は貴重だ。
「では」
 と、冒険者達が立ち上がり――
 しかし、平手は一人の冒険者を呼びとめた。
「待て、宗風」
「‥‥」
 無言のまま、宗風が振り返った。そのどこか虚無的な眼を、平手の静かな眼が見つめ返す。
「忘れるな。おめえの死に場所は鉄の御所なんぞじゃねえぞ」
「そうだ〜」
 柊が宗風の手にあるモノを握らせた。
「これは‥‥」
「吹いてこその風を止めたくないし、俺は風を追いたいだけだから‥‥。約束はいらない」
「いや」
 宗風はかぶりを振った。
「約束しよう。俺はいつもお前の前にいると」
「いいのです!」
 ぱちぱちと手を叩く音がする。振り向けられた冒険者の視線の先、七瀬水穂(ea3744)が嬉しげに胸の前で手を重ねていた。
「乙女との約束は守らなければならないのです。だから絶対宗風さんは死ねないのです」
「よく云ったぜ、水穂」
 冷然たる龍深城我斬(ea0031)の面に、その時わずかな表情が動いた。
 笑み。あるかなしかのものだが、それはゆったりとした心地よいものだ。
 我斬はふっと眼をあげた。彼の所属する一番隊はすでに比叡山に出立したはずだ。
「‥‥援護位は出来そうだ。頼んだぜ、組長代理」


 鉄の御所付近の情報は、先行した仲間からもたらされていた。さらには弥助の偵察もあり、十一番隊と冒険者は難なく鉄の御所へと辿り着くことができた。
 そして――
 聞こえる。天と地に響もす怒号と剣戟の轟きが。
 九番隊による陽動と三番隊の力押しに始まり、すでに一番隊と四番隊は突入を果たしたらしい。為に鉄の御所門前の守りに一瞬の隙が生じていた。
 時は今。
「いきますよ」
 唯一開いている門めがけ、惣助が一陣の疾風のように駆けだした。その後を、他の冒険者と平手が追う。
 と――
 門を潜り抜けたところで、惣助がぴたりと足をとめた。
 眼前に影が見える。
 鬼ではない。人だ。
「あれは」
 司が瞠目した。新撰組隊士として、彼はその人物に見覚えがあったからだ。
「京都見廻組、渡辺綱!」
 司の口からくぐもった呻きがもれた。


 戸の影に、惣助は身を潜めた。後ろには猫のように足音を消したミネアと、隠身の勾玉で気配を消した柊が続いている。
 柊が後ろを振り返った。
 気配はない。どうやら背後に敵はいないようだ。
 さらには天井までの高さを確認。これは外観から推測したよりも遥かに高い。剣戟の音が聞こえるが。
「騒ぎにゃ近づかない方が良いよな〜」
「そうですね」
 惣助が肯いた。
 頼りとするのは戦いの鳴動。 張り巡らせた惣助の感覚の糸がとらえるそれは、綱から聞いた酒呑童子の居所――御所の奥へと十一番隊と冒険者を誘う。
 できるだけ戦いを避ける道筋は――
 惣助が思考を巡らせた。その時だ。
 彼の鋭敏な感覚が一つの巨大な熱量を感得した。
 人ではありえない。鬼――
 そう惣助が判断するより早く、ミネアが砲弾のように飛び出した。数間の距離を飛ぶように詰め、戸の陰からふらりと現れた一匹の山鬼に刃を抜いて飛びかかる。
 ミネアの身が鬼を掠めた――と見えた一瞬後、
 ザンッ!
 鬼の首がぱっくりと割れ、鮮血が霧のように噴出した。これで鬼は声を出せない。
 ウォーターボムを撃とうとして、しかしステラは慌ててやめた。
 この先、どれほどの敵が現れるか知れないのだ。雑魚鬼に貴重な呪力を割いている場合ではない。
「俺がやるぜ〜」
 柊の刃が凶暴に煌いた。


 この先に酒呑童子がいる。
 惣助が広大な中庭らしき庭園に足をおろした。桜が咲き誇り、雪が舞い散る異界の風情を宿した庭園。
 酒呑童子がいると思われる御殿の奥とは方向が違うが、戦闘を避ける為には遠回りもやむをえない。
 続いて他の冒険者達が庭に飛び降りた。その時――
「待ってください!」
 手をあげ、惣助が制した。
 ――おかしい。
 はっと惣助が顔をあげた。気づけば蒼穹に墨を流したような黒雲が広がっている。
 そこに――
 いる、鬼とは違う何かが。
 そのモノの正体を確かめようと惣助が眼を眇めようとした時だ。突然、司が宗風を突き飛ばした。
「危ない!」
 次の瞬間、司の身に天空を割って降った雷が叩き込まれた。蒼い煌きが散った後、地には異臭が立ち込めている。肉の焦げる臭いだ。
「将門!」
 宗風が司を抱き起こした。
「だ、大丈夫や」
 炭化した皮膚をぽろぽろと落としながら、司は苦しげにニヤリと笑った。そして震える手で薬水を取り出し、口に含む。さらには御薬酒を飲み干した。
「そうゆえば酒呑は酒呑んだら強うなるんやってな?」
「――あれは!」
 天を見上げていたステラの口から愕然たる声がもれた。彼女は――彼女のみはそのモノと一度遭遇し、正体を見知っていたのだった。
 様々な獣を組み合わせたような奇怪な体躯。その身には蛇がのたくるような紫電をまといつかせている。
「鵺!」
「何っ!?」
 冒険者達の間から只ならぬ呻きがあがった。
 その時、唯一鵺を知るステラの脳裡に疑念がよぎった。
 確か鵺はただの魔物ではなく、風の精霊であったはず。その鵺が、何故この場にいて冒険者に攻撃を加えてくるのか。
「――まさか、鵺は酒呑童子を護って!?」
「その通り」
 その距離でステラの声など届くはずがないのに、鵺の口がきゅうと吊りあがった。
「我は月王。ここから先はいかさぬよ」
「ぬっ」
 宗風が呻いた。さしも十一番隊きっての使い手の彼も、天空に滞空する月王には手も足も出ない。刹那――
「ええいっ!」
 ミネアが刃を鞘走らせた。唸る刃風は、そのまま剣圧をまといつつ衝撃波となって月王へと疾る。が――
 月王は悠然と空に浮かんだままだ。ミネアの放ったソニックブームは、避けもかわしもせぬ月王の目前でかき消えた。衝撃波の間合いを見切っているのか。
「気をつけて、奴に普通の攻撃は通じないわ」
 ステラが唇を噛み締めた。
 高位の精霊獣である月王には通常の攻撃はきかない。効果があるのは、魔法と魔法の武器のみ。
 が、それは月王が地にあった場合だ。今、月王を斃す手段は魔法による攻撃のみである。
 しかし先手をとれなかった事で、ステラはアイスブリザードは使えない。月王が風の魔法を使うと知る以上、反射されたら味方が全滅する。
「だったら――」
 水穂の身が真紅の光に包まれた。逆巻く焔にも似た闘気ともいうべきものが、我斬、静守、平手に燃え移っていく。
「乙女の力は愛と努力と根性なのです」
 ニッと笑む水穂の手が真紅に染まる。それが一気に膨れ上がったと見えるや――炎の塊となって水穂の手から撃ち出された。
 空を灼きつつ疾るそれは、月王の直前で弾けた。だが、空駆ける雷獣は、名の通り雷の閃きの動きを見せてファイヤーボムの爆風をかわした。
「ああ、やっぱり手強いです‥‥」
 水穂は驚きの声をあげる。ファイヤーボムをかわすなど滅多な話ではないが、こちらの呼吸を読んで直前で高速移動されたのか。
 ミネアに眼を転じた。
「ミネアさん、そにっくぶーむをお願い」
「えっ!?」
 ミネアが眼を白黒させた。
 ソニックブームが月王に通用しないのはすでにわかっている。それなのに――
「まっ、いっか」
 ミネアはあまり悩まない。それよりも未来にむけて足を踏み出す方が得意だ。
「ええいっ!」
 ミネアが刃を振った。その刃から迸る剣風が空に亀裂を刻んでいく。
「?」
 無意味な行動に訝しみつつ、月王は用心深く衝撃波の射程外に後退した。
 と――
 再び冒険者を見下ろした月王の顔から笑みが消えた。
 確か敵は九人であったはず。それが――八人!
「遅いです!」
 月王の遥か高みから、炎をまといつつ舞い降りる影があった。それこそはファイヤーバードの呪を発動させた水穂!
「紅蓮四連脚なのです!」
「遅いのは、うぬだ」
 月王が刃のような爪を疾らせた。
 もし――
 水穂の格闘能力がもう少し上であったならば。惜しむらくは彼女格闘能力は素人並みである。それに炎鳥でさえも雷獣の速度にはまだ遅い。
 月王の爪に切り裂かれ、水穂は血飛沫をばらまつつ地に叩きつけられた。
「馬鹿め!」
 月王が吼えた。
 呪的発語としか思えぬその咆哮は、ある種の拘束効果をもちつつ空を振動させ、そして冒険者達の魂をも震わせた。
「あ――」
 悲鳴に似た声をもらし、ミネアと惣助が身を強張らせた。その身が瘧にかかったように震えているのは、魂に打ち込まれた恐怖故のことである。
「しっかりして!」
 ステラ――彼女は自らかけたオーラエリベイションの為に恐慌を免れていた――が二人に声をかけた。が、二人の身体の震えはとまらない。
 その時、からりと襖戸が開いた。御所の奥へと向かう襖戸だ。
 そこに二つの影が見える。
 鬼だ。むっとする獣気にも似た殺気をまといつかせた化生――白角と黒角であった。
「ええい、どけ!」
 叫びつつ、我斬は刀の柄に手をかけた。閃くはソニックブーム――いや、我斬が刃を抜くより先に、空を裂きつつ疾った紫電が我斬の身に突き刺さっている。
 それが月王の放ったライトニングサンダーボルトと冒険者達が知るより早く、白角が我斬めがけて襲いかかった。が、我斬にそれを防ぐ余力はなく――
 戛然!
 さっと割って入った一本の刃が、唸りをたてて振り下ろされた白角の棒を受け止めている。
 狼。
 刃の主を一言で表現するならば。そういうことになろう。それほど彼の剣は迅く鋭く、そしてしなやかで――宗風である。
 と――
 突如、黒角が宗風に襲いかかった。
「宗風サン!」
 肉体の駆動限界すら超えて、柊の身が躍った。それは一瞬常人には視認不可能な動きとなり――が、次の瞬間、柊の身は黒焦げとなり空に舞った。月王のライトニングサンダーボルトの仕業である。
 それとほぼ同時、黒角の棒が宗風を打ち据えた。岩すら砕きかねない衝撃が宗風を貫き、彼は床に叩きつけられた。あまりの重圧により床が悲鳴をあげ、陥没する。
 誰もが宗風は死んだと思った。しかし黒狼は死なない。
 ゆっくりと宗風は身を起こした。見よ、その足元には柊が手渡した身代わり人形が落ちているではないか。
「‥‥悪・即・斬‥‥。人外のものよ、誠の矜持に懸けて、壬生の狼がその首貰い受ける!」
「こいつは俺に任せろ」
 薬水の入っていた竹筒を放り捨て、我斬もまた立ち上がった。
 獲物を狙う大型猫族の如く身を低くし、すうと刀の柄にかろく手をあてる。夢想流必殺の構えだ。
「将門、動けるか」
「大丈夫や」
 平手の問いに、司が不敵に肯いた。
「月王をひきつけるんやろ」
「そうだ。ゆくぞ」
「おお」
 こたえ、司は背をむけたまま叫んだ。
「魔法は俺が盾になるから、敵を斬る刀は任せるで!」
「よし」
 二対の眼が猛禽の如く煌いた。我斬と宗風の眼だ。
 刹那、銀光が噴いた。空間に光流の残滓が消えた後、二匹の鬼がよろけている。いや、我斬と宗風も。今の一合は相打ちであったのだ。
「ガッ!」
 すぐさま我斬と斬り結んだ方の鬼――白角が棒を振り上げた。我斬と宗風の二人がまだ戦闘態勢にないのに。恐るべき肉体の強靭さであった。
 と――
 白角の身が吹き飛んだ。嵐が吹きつけたかのような水飛沫を残して。
「戦闘魔法が使えるのは月王だけじゃないのよ」
 ウォーターボムを放った姿勢――右手をさしのばしたまま、ステラが云った。その言葉の響きが消えぬうち、再び我斬が白角に殺到する。
「そこっ! ‥‥名無しの奥義だが受けやがれ!」

「組長、そろそろじゃねえか〜」
「そうだな」
 平手が、いつの間にか近寄っていた柊と眼を見交わした。
 月王をひきつけるのにも限りがある。それに時がかかりすぎた。もうすぐ陽動の効果も切れる頃だろう。
「‥‥潮時か」
 平手が血まみれで倒れたままの水穂を担ぎ上げた。そして二匹の鬼にとどめを刺し終えた我斬と宗風を呼ばわる。
「おい、退くぜ」
「おっと」
 退りかけて、しかし司は振り返った。そして月王にむけて片目を瞑って見せた。
「尻尾が蛇なんておもろい奴やなぁ〜。今度会う時を楽しみにしてるで」


 鉄の御所を抜けきり、比叡山を降りる十一番隊隊士と冒険者は満身創痍であった。それほど脱出行は困難を極めたのである。
 その足取りは重い。決して傷のせいばかりではなく。
 此度の戦いで、いったいどれほどの新撰組隊士や冒険者が斃れたことだろう。気掛かりなのは一番隊である。
 護衛の月王ですらあれほど強いのだ。首魁の酒呑童子の実力や推して知るべしである。
「しかし、誰かがやらなきゃならねえ」
 平手のもらした呟きに、声もなく京の防人達は肯いた。
 剣となり盾となり、彼らはひたすら歩み続ける。守るべき者の為に。

 今――
 命をかけた一つの戦いが終わった。