餓舌女
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月26日〜09月02日
リプレイ公開日:2007年09月05日
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●オープニング
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奥州は広大だ。
そこには何十万という数の人々が生活を営み、またそれと同じだけの数の鬼がいる。奥州には数千の鬼の集落がある。
とは言え、関東や畿内にも多くの鬼が棲む。殊更に奥州を鬼の国という者があるのは、人の数が少ないゆえか。それとも、都より遠いからか。
その鬼の中に――実に、数万に及ぶと言われる勢力を持つ者がいた。
悪路王。
奥州の鬼を統べる鬼の中の鬼。いわば奥州の酒呑童子ともいえる存在だ。伝説によれば、坂上田村麻呂に討ち取られた鬼王。今代に現れた悪路王はその末裔なのか、真偽は明らかではない。
それほどの威勢を持つ悪路王であるが、昨年までは目立った動きは無かった。
今年の春より、奥州鬼の関東進出が噂となっている。実際に、数十の群れの移動を目撃した者もあり、村々が襲撃を受ける事態さえ起きた。
異常なことだった。鬼にも暮らしがあり、住み慣れた土地を捨てる事は滅多にない。少数のはぐれ者ならともかく、数百の奥州鬼が関東に移動するなど有り得る事では無い。
嘘かまことか大瀧丸、人首丸、夜叉鬼といった名のある奥州鬼の名前も挙がっていた。
故にこれは悪路王の仕業であり、あの鬼王は関東を狙っているのだと噂された。
京都の酒呑童子といい、一昨年の九尾の狐といい、これまで沈黙を守っていた大妖怪達がこの数年で一斉に動き出したのには、何か意味があるのだろうか。
降るような星空の下、巨躯を有する若者が仁王立ちしている。
人か。
違う。断じて人ではない。
その証拠に、精悍な若者の面――その額には二本の角がぬらりと生えている。
大瀧丸だ。
「ふん」
鼻を鳴らすと、大瀧丸はどっかと手近の岩に腰をおろした。
江戸での報告はかなり前にすませている。が、悪路王はうむと肯いて聞いたのみ。それきり動かない。
それが大滝丸は気にいらないのだ。彼としては、彼自身の率いる軍勢を用いて今すぐにでも江戸に攻め入りたいのである。
いや、事実はそうではない。もっと単純に、大滝丸は大暴れをしたいのであった。が、悪路王は大滝丸の勝手な行動を許さぬであろう。
それにしても、と――
大滝丸の脳裡を、先日の江戸攻めの事がよぎった。
――あれは面白かったな。
大滝丸は一人ほくそ笑んだ。
百の鬼の軍の足止めをした八人の人間。その強い事といったら‥‥。
同時期に大滝丸は源徳武士団とも相対している。が、そんなものは彼の眼中にはない。所詮は数で押すことしかしか知らぬ虫けらのような連中だ。それよりも、あの八人である。
知略、体技、共に並みの者ではなかった。あれほどの人間はこの奥州にはいない。
何者か?
大滝丸は思う。一旦疑問に思うと、彼は知りたくて矢も盾もたまらぬ性分であった。
「おい」
大滝丸は声をあげた。
「餓舌を呼べ」
●
それから数日後のことであった。
息せき切って冒険者ギルドに駆け込んできた一人の女があった。目元の愛くるしい可憐な顔立ちで、名を千といい、旅の者であるという。
「いかがされたのですか?」
女の異常な様子に、ギルドの手代が問うた。それに震える声でこたえた女の話の内容はこうだ。
女が旅の途中で立ち寄った村が、突然鬼の集団に襲われた。命からがら村を抜け出した千は、このような場合は冒険者に頼むと良いと教えられ、それで江戸にむかったのだという。
「‥‥それは大変でございましたね」
さすがに表情をかたくした手代が労うと、千は蒼白な顔を小さく横に振り、
「私のことなどどうでも良いのです。一夜の宿を貸してくださった村の方々をお救いくださいますよう」
云って、千は手代の前に金子をおいた。
●リプレイ本文
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奥州道中でのことだ。
夜半。焚き火の傍で、常盤水瑚(eb5852)が用意した酒を酌み交わし、冒険者達は酒宴をひらいていた。
「鬼のくせに知恵なんか使っちゃって‥‥全くめんどうったらありゃしない」
そうごちると、紅鶴いづな(ec1507)は、ぷるんとした胸に押し当てるように腕を組み、ぷいと唇を尖らせた。
「絶対なんかの入れ知恵があるわよ、これ!」
「入れ知恵?」
瞠目したのは、小麦色の肌の少女で。名を日輪稲生(eb2171)という。
うん、といづなは肯いた。
「でもよ」
蝦夷のカムイラメトクであるアトゥイチカプ(eb5093)が小首を傾げた。
「人質取るのに何か意味あるのか、鬼が。餌目的なら解るんだけどさ」
「‥‥千殿に尋ねてみればよいのではありませんか」
水瑚が琥珀色の瞳をあげた。
すると、そうだな、とアトゥイチカプは腰をあげると千に歩み寄っていった。
「鬼から逃げてくるの怖かっただろ。戻っても大丈夫か、お千さん?」
優しく問うと、千は黒目勝ちの眼を瞬かせながらこくりと肯いた。
「大丈夫です。それよりもお世話になった村の事が心配で‥‥」
「お優しいのですね」
云って、水瑚が酒を差し出した。
「どうですか?」
「いえ、私は――」
「御遠慮なさらず」
「で、では」
と千は酒を受け取り、数度に分けて飲み干した。その様子を、ただ水瑚は良く光る眼でじっと凝視つめ――
「大丈夫ですか?」
水瑚が千に手を貸した。酒を飲み干した後、千の身がぐらりと揺れたからだ。
「は、はい」
頬を紅潮させ、千がほっと息をついた。
「ちょっと酔ってしまったのかもしれません」
「そのようですね」
すっと水瑚の口元に微笑の翳がよぎった。
村の様子や家の配置、村人の様子。そして鬼の特長。さらには冒険者を頼ることになった経緯。
一通りの質問に対する千の返答が終わった後、いづなは勢い込んで尋ねた。
「ねーねー、千さんは旅をしてるんでしょ。だったら、他にもこんな事あったんだー、みたいな話、ない?」
「こんな事?」
千がとろんとした眼をいづなに向けた。
「‥‥そういえば餓舌女という鬼の話を聞いた事があります」
「餓舌女?」
初めて口を開いた者がいる。夜の闇の中にあってさえ妖しく光る紅眼の持ち主――酌喇紅玉(eb3479)である。
「聞いた事のない名でござるな」
「はい。奥州の鬼であります故、お江戸の方は御存知ないかもしれません。いえ、奥州の者でさえ、その真の姿を見た者はないとか」
「真の姿を‥‥どういう意味でござるか?」
「さあ」
くすくすと千は微笑った。
と――
その千の笑い声に唱和するように、微かな笑い声が響いた。さっと振り向けられた冒険者の視線の先、燃えるような紅髪の男が冷笑を浮かべている。
「何が可笑しいのです?」
問うたのは、落ち着いた物腰の男で。名をヨシュア・グリッペンベルグ(ea6977)といい、紅蓮の魔道士である。
すると紅髪の男――ジョンガラブシ・ピエールサンカイ(ec2524)はふふんと口を歪め、
「見えない鬼さん。鳴く蝉はどれかな?」
「どういう意味かな」
「血の色は何色かということ」
虫のように無表情にジョンガラブシが答えた。その異様な様子に、ごくりと唾を飲み込んだ稲生が控えめに口を開いた。
「‥‥そろそろ策について話し合った方が良いのではないですか?」
「いや」
突然ヨシュアが声をあげた。
「私は千君と話があるんだ。策については、向こうで打ち合わせてはもらえないかな」
「えっ?」
不審げな面持ちの稲生であるが。
その肩をぎゅっと掴んだ者がいる。
ひたむきな瞳の騎士。ルナ・フィリース(ea2139)だ。
「ここはヨシュアにまかせて、我々は向こうに行こう」
「で、でも――」
抗弁しかけた稲生が、再び口を開いたのは千からやや離れたところだ。
「あ、あの‥‥何か千さんの前で話しちゃいけないことでもあるんでしょうか」
「これは忍びとしての勘と呼んでしまえば、それまででござるが‥‥」
ルナの代わりに紅玉が口を開いた。
「一宿の恩義とはいえ、それだけの金子を出せる旅人というのも珍しいのでござるよ。まして、命からがら逃げてきた割に、鬼の数を大まかであれ確認しているというのが‥‥不思議でならないのでござる」
「語った事情も戻る理由も‥確かに合点はゆくのですが」
しかし合点がゆき過ぎる。と、水瑚は思うのだ。そこに何らかの作為はないだろうか。
「じゃあ千さんを疑ってるってこと?」
いづながルナと水瑚を交互に見比べた。それからヨシュアと話す千に視線を転じる。
「確かに、よっぽどのお人よしじゃないとここまでできないけど‥‥」
声を途切れさせ――しかし、いづなは無理やり満面に笑みをおしあげた。
「ま、そんなわけないっか! きっといい人だよ〜♪」
歌うように云った。しかし、その眼には依然として拭いきれない疑惑の翳がまとわりついている。
いづなもまた忍び。それは忍びとしての彼女の勘のようなものであったのかもしれない。
「恐怖に打ち勝ち助けを求める気丈さ。これほどの情報をか弱い女性の身でよく集められたものだ。素晴らしい」
ヨシュアが優しく微笑みかけた。すると千は頬に紅を散らし、そんなことはありません、と答えた。が、まんざらでもない様子で、鬼の様子はどうであったかなどと、さらにヨシュアに話して聞かせた。さらには冒険者について根掘り葉掘り尋ねだしはじめるに及んで、ようやくヨシュアが、
「我々について興味をお持ちのようですね」
「あ――い、いえ」
千が慌てて顔をそらせた。その際、一瞬千の顔に浮かんだ狼狽の相をヨシュアは見逃さなかった。
「安心してください。これからは、私が傍についていますから。片時も眼を離すことなく、ね」
唇の端をわずかに吊り上げ、ヨシュアが笑って見せた。
●
珍しく雨が降った。
件の村は今、雨に煙っている。
その中、物陰を伝うように疾る朧な影がふたつあった。一足先に村に到着した紅玉とアトゥイチカプである。
そして――
村長宅を見下ろす崖の上、ジョンガラブシが蹲っていた。
彼は何をしているのか。
ジョンガラブシは指で泥を掬い取ると、丹念に顔に塗っていた。一筋 一筋。ただ、一筋と‥‥。
●
冒険者達と千が村に着いたのは、江戸を発って四日目。まだ地にぬかるみの残る早朝のことであった。
「ヨシュアさんには、見てもらいたいのあるんだけど」
アトゥイチカプがヨシュアを呼んだ。そして偵察した内容をヨシュアに耳打ちする。
肯くとヨシュアは懐から紙を取り出した。バーニングマップ発呪の為である。
それを見届け、ルナはそっと愛馬の首を撫でた。朝霞みに人馬の姿が滲む。
「ロイヤーとは初の実戦ですか‥‥頼みますよ」
ルナが囁いた。
それが――戦いの幕開けとなった。
●
助けて。
助けて。
助けて。
声にならぬ村人の叫びが天をうつ。が、天は応えない。
いや――
天は応えた。その証拠に地を穿つ蹄の音が遠く、高く。
はじかれたように窓に飛びついた村人達は見た。天が下しおかれた戦乙女が、白衣の裾翻し、馬に跨って疾駆する様を。
「出てきましたね」
戦乙女――ルナがスピアをかまえなおした。彼女の眼は、わらわらと村長宅から飛び出してくる数匹の小鬼の姿をとらえている。
その時――
轟、と。地からマグマが噴出した。
灼熱の炎泥は二匹の小鬼を巻き込み――一瞬後、皮膚を炭化させた小鬼が地に転がった。
「ルナ殿、今です!」
水瑚の叫びに、
「ぬん!」
ルナが横殴りにスピアを払った。唸る槍風は闘気に煮え立ちつつ扇状に空を裂き、残る小鬼を薙いだ。物理的としか思えぬ衝撃は小鬼の小さな体躯を鞠のように吹き飛ばしている。
「出て来なさい、猛者! ゴブリン如きでは物足りません!」
ルナが叫んだ。その一瞬後のことである。
肉食獣の咆哮にも似た雄叫びをあげて、のそりと二匹の鬼が村長宅から歩み出てきた。
身の丈はおよそ七尺。小鬼とは比べようもないほどの巨躯だ。さらには槍を軽々と扱うその物腰から、ルナは二匹の鬼を戦巧者と見抜いた。
「ハッ!」
鋭い呼気を発すると、チャージングを仕掛けるべくルナはロイヤーの横腹を蹴った。
「今ですロイヤー! 突撃っ!」
するすると村長宅の裏口から滑り込んだ影がある。稲生、紅玉、アトゥイチカプの三人だ。
「静かだな」
耳をすませていたアトゥイチカプが呟いた。中に残った鬼達の動きがあるだろうと踏んでいたのだが、そうでもないらしい。
「行くでござる」
より隠密能力に長けた紅玉が先にたって進み始めた。千の情報を信じるならば、赤子は奥座敷にいるはずだ。
と――
突然、紅玉が足をとめた。奥座敷の手前の廊下だ。
「どうしたのですか?」
稲生の問いに、紅玉がひそめた声で答えた。
「気配がある。鬼がいるでござる」
●
二影がすれ違った。
騎馬と鬼。共に得物は槍である。
雷火散った後、ルナは馬首を返した。その満面をおおっているのは驚愕の色である。
――つ、強い!
ルナが呻いた。
圧をのせたルナの一撃を、鬼は難なくはじき返した。技量としては鬼の方がルナよりも上であろう。
その時、二匹の鬼が同時に動いた。ルナめがけて殺到する。
刹那――
ひゅん。
風が鳴った。そして、二条の光流の閃き。
「グォッ!」
一匹の鬼から苦悶の声が迸り出た。その身に二本の矢が突き刺さっている。
誰が?
どこから?
撃ったのはジョンガラブシである。が、その姿は見受けられず。
さらに矢が疾った。続く二本の矢は、文字通り鬼を針鼠と変えた。
「あたしがいきます」
稲生がぎらと眼をあげた。
このまま赤子を放っておくわけにはいかない。襲撃されたと知った鬼がどのような行動をとるか知れないからだ。
「待て」
アトゥイチカプがとめた。が、稲生はかぶりを振る。にこりと微笑んで。
「いんびじぶるはあたしにしかできません。だからあたしが行かなければならないのです」
「しかし‥‥」
なおも躊躇い、しかしアトゥイチカプは気づいた。稲生の眼に宿る日輪のような煌きを。
「‥‥わかった。赤ん坊は頼んだぞ」
「はい。脱出経路はヨシュアさんに割り出していただいていますから」
こっくりと肯いた稲生の身がすうと消えた。ややあって紅玉が口を開いた。
「良いのでござるか。稲生殿はまだ十三‥‥」
「大丈夫だ」
アトゥイチカプはニッと笑んだ。
「あの娘には希望の匂いがする」
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「えいっ!」
いづなが矢を放った。が、流星のように疾るそれは小鬼をかすめたのみで。
それも仕方ないことだ。素人並みの技量のいづなが射程ぎりぎり、さらには一箇所狙撃を行った場合、成功率は限りなく低くなる。
それでもいづなの射撃が無駄であったかといえば、そうでもない。彼女がばらまいた十本近くの矢は、やはり小鬼の行動を阻害していたからだ。
他にもヨシュアの操る炎、水瑚のファイヤーウォールによって小鬼の動きは完全に牽制されてはいたのだが――
その時、いづなはルナが再び残る鬼に突撃をかけようと馬腹を蹴ったことに気づいた。
「よし」
いづなが矢を番えた。
「やった!」
一気に駆け抜け、凱歌の声をあげてルナは再び馬首を返した。
彼女のスピアは今、血に濡れている。鬼の血だ。
無駄と知りつつ放った一撃であった。が、何故かはわからぬがそれが見事鬼の眼を貫いて――
その疑問はすぐに氷解した。鬼の背に突き立っているいづなの矢を見とめた故だ。
と――
ルナは鬼が何事もなかったかのように槍をかまえなおすのを見た。
チャージングを用いてすら軽傷しか与えられない。驚異的な鬼の不死身性であった。
しかし、この場合ルナは不敵に笑みをもらした。今のルナに恐れはない。
何故か。
彼女は一人で戦っているのではないことに気づいたからだ。仲間と一緒なら、どんな強力な敵とでも戦える。
とどめを刺すべく、ルナは三度目の突撃を仕掛けた。
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「こっちでござる」
紅玉の呼びかけに応じるかのように、のそりと鬼が立ち上がった。手に槍を携えて。
「ぬっ」
紅玉が呻いた。鬼から吹きつけてくる熱風のような殺気を感得したからだ。
俺の勝ち目は三分ほどか‥‥。
心中の慄きとは別に、彼の忍びとしての冷めた部分が冷静に彼我の戦力差を分析している。
ガタッ。
突然、音がした。鬼の背後。赤ん坊を抱き上げた稲生があげたものだ。
反射的に鬼が振り返ろうとした、その刹那――
豹のようにアトゥイチカプが襲った。が、一瞬早く鬼の槍がアトゥイチカプの脇腹を貫き――
「殺れ、今だ!」
何という不屈の闘志か。
自身、エペタムを鬼に突き立て、さらには鬼の槍を放さじとがっきと掴みながら、アトゥイチカプが叫んだ。
応!
返答とほぼ同時、紅玉の忍者刀が鬼の首を刎ねた。
●
「どこへ行くのかな?」
呼びとめられ、千はぴたりと足をとめた。ゆっくりと振り向いた千の眼は、うっそりと佇むヨシュアの姿を見とめている。
「あ、あの‥‥私は」
「眼を離さないと云ったはずだよね」
「‥‥」
黙したまま、千は顔を戻した。が、動かない。その眼前に、今度は水瑚が立ちはだかっているからだ。
「あのお酒は美味しゅうございましたか?」
水瑚が問うた。さらに続けて、
「あれは鬼毒酒といいまして、鬼には良く効くらしいのです」
「踊らされるのは、私の主義ではないのだよ」
ヨシュアが云った、その刹那だ。いきなり千がはね飛んだ。
人間とは思えぬ跳躍力。まるで化鳥と変じたかのように千の身は空に―― 水瑚の頭上を舞っている。
ほとんど反射的に水瑚は抜刀した。が、たばしる刃の軌跡のさらに上を千は踊り越えている。
逃した――
ヨシュアと水瑚が思った。その一瞬後――
草枝をはね散らして、すっくと泥まみれの影が立ち上がった。その手には梓弓が握られている。
「共に人あらざる者同士」
云いながら、影は弓に矢を番えた。そしてきりきりと矢をひきしぼる。
「せんべいを差し上げたかったが‥‥。撃つ」
ぱっと。ジョンガラブシは矢を放った。
●
「千は何者だったのでしょうか」
水瑚が問うた。
村長宅の縁。鬼を退治てくれた礼にと、座敷ではささやかな酒宴がひらかれている。
「わからない」
ヨシュアが答えた。そして、しかし、と続ける。
「奥州に、我々に興味をもっている者がいることは確かなようだね」
「誰でもいいさ」
アトゥイチカプが云った。彼の眼は赤ん坊を、そしてその赤ん坊をあやしている稲生をじっと見つめている。
「希望がある限り、俺達は戦える」
●
同じ夜。
山の中を疾駆する影があった。
振り乱したざんばらの白髪。眼は鬼火をやどしているかのように青白く光り、口は耳まで裂けている。そして、その背には一本の矢が――
山姥である。若い女に変化する、この山姥の名を餓舌女といった。
「恐ろしや、冒険者」
餓舌女は云った。
「大瀧丸様、確かに見届けましたぞ、彼の者の力を」