●リプレイ本文
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「だったら組長は狸だろ〜?」
云って、所所楽柊(eb2919)はククッと笑った。平手造酒が安倍晴明を狐と評したのを耳にした直後のことだ。
すると平手は苦く笑って、
「俺は信用されてねえみたいだなぁ」
「そら、仕方ないわ」
ニンマリしたのは将門司(eb3393)だ。
「今まで何度も組長には騙されてきたからなあ。自業自得っちゅうもんやで」
「確かに、な」
静守宗風(eb2585)がぼそりと呟いた。これにはさすがの平手も閉口し、傍にあった一升徳利を口に運ぶ。
まるでじゃれあっているようだ。が、これでもこの四人、鬼より恐いと噂される新撰組十一番隊の組長と隊士達なのである。
「ところで」
平手が一升徳利を置くのを待って、司が再び口を開いた。
「上賀茂神社の事や鬼の腕の事なんやけど。どうせ色々と調べてはいるんやろ?」
「まあな」
平手が肯いた。その、どこか思わせぶりな態度に、司はふふんと口を歪め、
「また鬼を誘う餌にされるんやないやろな」
「俺もそう見た」
平手が答えた。が、すぐにぎらりと眼を光らせる。
「ところが、そうでもないようだ」
「そうでもない?」
カノン・リュフトヒェン(ea9689)が仮面めいた顔で問い返した。ハーフエルフの神聖騎士である彼女は、此度のあやふやな依頼の裏で蠢く暗雲のような影を感じ取っている。
「そうでもないとは、どういうことだ?」
「噂だけじゃすまねえかもしれねえってことだよ」
平手がニヤリとした。
「晴明の野郎と陰陽寮を探ってみたんだが、様子がおかしい。鬼の腕、どうやら上賀茂神社にあると見ていい」
「!」
愕然として十一番隊隊士と冒険者達は顔を見合わせた。
全てが『らしい』の一言で統一されていた依頼。そこに油断、侮りがあったとはいわないが、やはり冒険者も人間である。彼ら冒険者の双肩に酒呑童子の腕がかかっているのが確実となれば、自ずとやりよう、さらには思い入れが違う。一人、宗風を除いては。
この男、常に一筋である。不器用無骨といわれればそれまでだが、曲者揃いの新撰組の中にあって、宗風は一際異彩を放っている。
その宗風の背を、ちらりと柊が窺った。
広い背だ。そして風のように迅く、遠い。
いつか追いつける事ができるのだろうか。柊は思う。
――掴めずとも追える‥だから、目の前に‥近くに居る。今はそれで充分だ。
柊はとりあえずは胸落ちすることにした。
「では、上賀茂神社に赴く前に」
突然口を開いた者がいる。
貴族然とした面持ちの、華国風の衣服を纏った若者。陰陽師の拍手阿義流(eb1795)である。
「未来を見てみましょう」
云って、 阿義流はフォーノリッヂの呪符を取り出した。
そして、幾許か。ややあって阿義流は首を傾げた。意図する未来が見えない。
が、それも仕方ない事だ。 阿義流の所持するフォーノリッヂの呪符は初級のものである。指定できる単語はひとつしかなく、それでは上賀茂神社を襲撃する鬼に限定することはできない。
「それではわたくしが」
それまで末座に控えていた娘が声をあげた。可憐な娘で、柊の妹の所所楽柚である。
――上賀茂神社、襲撃。
念じつつ、柚は上位のフォーノリッヂの呪符を開いた。すると、柚の脳裡に異様な光景が浮かび上がった。
金色の鬼。煌く熊鬼が神社らしき建物を打ち砕いている。
その内容を告げると、腕を組んで瞑目していたアンリ・フィルス(eb4667)の眼が開いた。
「金色の熊鬼?」
「はい」
「そうか」
重々しくアンリが肯いた。
彼の脳裡にひとつの名がよぎっている。虎熊童子。酒呑童子四天王の一鬼だ。
その虎熊童子を鉄の御所内においてアンリは屠っている。もしかすると、柚の見た金色の熊鬼というのは残る四天王の一鬼ではあるまいか。
「だとしたら、厄介だな」
呟き、――この場合、アンリは笑った。
彼自身、意識して笑ったのではない。彼の内に潜む修羅が戦いの予感に戦慄しているのだ。
その間、柚は鬼の襲撃の目的を知ろうと、フォーノリッヂの呪法を続けていた。が、単語の組み合わせが上手くいかない。
「まあ、良いではありませんか」
もう一人のハーフエルフ、『尾張に轟く爆炎の大魔女』と呼ばれるジークリンデ・ケリン(eb3225)が云った。そして、艶っぽく笑むと、
「上賀茂神社が金色の熊鬼に襲われるとわかっただけで十分です」
ねえ、と視線を転じた。その先では巫女装束の娘、明王院未楡(eb2404)が優しく微笑んでいる。
「それでは参りましょうか」
云って、未楡が立ち上がった。が、ふと足をとめると、柚の肩にそっと手をおいた。
「ご心配に及びません。拍手さんと組まれるのは静守さんですから」
「えっ、わ、わたくしは――」
慌てる柚の頬に紅が散った。すると、こほんと阿義流が咳払いし――さらに柚が真っ赤になった。
「ははあ、そういうことですか」
ジークリンデが苦笑した。不安な時期には悪いことが重なるものだが、人が恋する心を失っていない限り、世界はまだまだ捨てたものではない。
ジークリンデは興味深げに未楡を見遣った。
「どうしてわかったのですか?」
「どうして?」
未楡は一瞬小首を傾げたが、すぐに眼を輝かせると、
「私には愛が見えるのです」
と、答えた。
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「確かに広いな」
呟くと、カノンは額に浮いた汗を拭った。
上賀茂神社。神の息吹立ち込める静けさの中に、ただ寒蝉の声だけが染み入っている。
場所は二ノ鳥居の前である。遥か前方には一ノ鳥居が見えていた。
「確かに、ね」
答え、ジークリンデは振り返った。その身ごなしは軽い。すでに早朝のうちから自らに強力なフレイムエリベイションを施呪しているからだ。
ジークリンデは上賀茂神社を見渡した。左には別の鳥居があり、右には片岡山の裾野が張り出している。
「やはり攻めてくるとするなら片岡山か」
京を良く知る司が片岡山からの襲撃について言及していた事を思い出し、アンリが云った。
片岡山。賀茂山、双葉山、日蔭山とも呼ばれる神山である。鬼が人目につくことを警戒するのなら、山に潜んで後の襲撃の可能性が最も高い。
「山を調べなくても良いでしょうか」
ジークリンデが問うと、カノンがぼそりと答えた。
「そいつは拍手殿の知り合いがやっている」
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「よお」
裸に衣をひっかけただけの若者が手をあげた。阿義流の双子の弟、拍手阿邪流である。
片岡山の麓。上賀茂神社の周囲を馬で巡り終え、今は鬼の姿を求めて山裾を調べているところであった。
「そっちはどうだ?」
問うた。すると相手――しなやかな肢体のくの一である風魔隠は馬上でかぶりを振った。
「鬼の姿どころか、獣一匹見当たらないでござる」
「どうやら、こいつは長丁場になりそうだな」
阿邪流が溜息を零した。
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「確かここの神さんって雷の神さんやったな。この前の鵺の雷とかにご利益があるとええんやけどな」
冗談めかして司が云った時だ。障子戸が開き、上賀茂神社の宮司が入ってきた。
「新撰組の方々やとうかがいましたが」
「左様」
宗風が答えた。続いて柊が警護の旨を告げる。すると、すんなりと宮司は肯いた。どうやら阿義流の見込んだ通り、陰陽寮から達しが届いているようだ。
最後に参拝を一時的に中止させる事を確約させ、冒険者達は宮司のもとを辞した。
そのわずか後――
未楡は本殿前で立ち止まった。楼門があり、その前を流れる御手洗川にかかる玉橋が見える。
――あそこが最終防衛線になりそうですね。
ファイターのしての彼女の勘が告げている。鬼との攻防における戦術の要を。
その未楡とは逆に、司は本殿を眺めていた。彼の脳裡では綿密な戦術試行が行われている。
――まぁ俺なら正面から突入したのを陽動に、その隙をついて裏から潜入するんやけどなぁ。
司は思った。それが此度の依頼の帰趨を決するであろう事も知らずに。
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柊と司が歩いている。
祝橋付近。時は昼過ぎである。
すでに警護を始めて四日。二班に分かれて休息をとっているので肉体的な疲れはあまりない。
がさり。
草を分ける物音に、はじかれたように柊と司は振り返った。
そこに、彼ら二人は見た。輝く金色の鬼を。さらに、その金色の鬼の背後に従う数匹の山鬼を。
「ゆけ、朧!」
仲間に急を知らせる為、司が犬を放った。首に色違いの布を巻きつけてあるので襲撃位置は分かるはずである。
その刹那だ。金色の鬼が動いた。
迅い。熊並みの巨躯とは思えぬほどの身ごなしである。
とっさに柊は左手の十手をかまえた。が、金色の鬼のふるう六角棒の軌跡は彼女の眼をもってしても捉えられぬほど迅く――
爆発が起こったかのような衝撃に、柊の身は吹き飛ばされた。そのまま地に叩きつけられ、転がる。
「大丈夫か、所所楽はん!」
「大――」
丈夫、と司の問いに答えようとして、柊は愕然とした。
口からたらたらと血が滴り落ちている。折れた肋骨が内臓を傷つけたに違いない。
「くっ」
柊を庇い、司が両刀を構えた。得意の左構え――巳の型である。が、いつもは飄然たる彼の満面は色を失っている。
今見た金色の鬼の技量、そしてその恐るべき膂力。とても太刀打ちできるものではない。
――宗風はん、アンリはん、早く来てくれ!
心中司が叫んだ時だ。金色の鬼の六角棒が舞い、司の胴がひしゃげた。
「来たようですね」
駆けつけてきた朧を見とめ、本殿近くにいたジークリンデが空を見上げた。
鈍色。妖狐対策にと、彼女はウェザーコントロールの呪符を用いて空模様を変えていたのである。
「行くぞ」
アンリがフライングブルームに跨った。そして矢のように楼門を抜け、空を疾る。
「あれか」
アンリの猛禽のものに似た瞳が、柊と司に群がる鬼の姿を見出した。
「ふん!」
フライングブルームから飛び降りざま、無造作にアンリが一匹の山鬼を斬り下げた。ジークリンデのフレイムエリベイションにより賦活化された鬼切丸の一撃は、豆腐のように山鬼の身を両断している。
さらに別の山鬼に斬撃を放とうし、しかしアンリの動きがとまった。彼の身を凄愴の殺気が灼いている。
彼の眼前、地を揺らしながら金色の鬼が歩み寄りつつあった。
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わずかに遅れ、二班の冒険者達は休息に使っていた社務所――阿義流の提案によって許された――から走り出た。
四人の冒険者達は一度立ち止まり、拝殿の様子を探った。司がもらした陽動策云々が気になったからだ。
本殿脇には阿義流の焚いた篝火の燃え残りがあるのみで、拝殿裏に鬼らしき姿はない。と、阿義流は背を見せて震えている巫女を見出した。夜ではないので、巫女や宮司の外出は自由だ。
「ここは危ない。本殿に逃げてください」
「はい」
震える声で答え、顔を覆うようにして巫女が走り去った。阿義流は気づかなかったが、その隠された巫女の面にはニタリとした笑みが刻まれていた。
一匹は酒呑童子四天王の一鬼。
一人はその四天王の一鬼を斃した男。
アンリと金熊童子、今相対す。
刹那、金熊童子が動いた。眼にもとまらぬ素早さで六角棒を繰り出す。
轟と唸りをあげて迫るそれを、アンリは盾で受け止めた。シリーズ名『ブレーメン』を冠する盾だ。防げぬものはない。が――
盾が微塵に砕け散った。のみならず、 破壊力を保ったままの六角棒の先端がアンリの腹にぶち込まれた。
「ぐっ!」
さすがのアンリが身を折った。その隙を突くように、さらに金熊童子の一撃がアンリの後頭部を襲い――
ぴたり、と六角棒がとまった。金熊童子の身体に真空の刃が叩き込まれた為だ。
金熊童子の眼がぎろりと動いた。その先、指刀を斬りつけるように刺し伸ばした者がいる。ウインドスラッシュを放った阿義流だ。
「ヌルイ」
金熊童子の口の端が吊りあがった。その言葉通り、呪力により固定された真空の刃は金熊童子の身にかすり傷一つ負わせてはいない。
「ならば、俺が相手だ」
うっそりと。十一番隊最強の男が金熊童子の前に立ちはだかった。
「きさまらの相手は私だ」
漆黒のコートの裾翻し、死神のようにカノンが襲った。聖剣ミュルグレスが空に白光の亀裂を走らせる。
コナン流得意のスマッシュだ。なんでたまろう、山鬼は頭蓋を小砂利に変えて崩折れている。
未楡もまた、疾風のように居並ぶ山鬼の一匹に踊りかかった。巫女装束のその姿は、まるで舞っているかのように優美だ。
が、銀光が閃いた後、山鬼からは血飛沫が散っている。未楡の使う剣法ならではの華麗なる剣さばきであった。
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山鬼が地から吹き出すマグマに飲み込まれた。一瞬後――
しかし山鬼は倒れない。皮膚をわずかに炭化させたのみだ。
それは山鬼がただ強靱という理由のみではない。ジークリンデが手加減しているのだ。この乱戦の中、最強級のマグナブローを使えば仲間を巻き込みかねない。
と――
突如本殿の方から悲鳴が響いた。
はっとして振り向いたジークリンデは見た。本殿の上空を舞う巫女の姿を。その手には桐の箱が握られている。
瞬時にしてジークリンデは悟った。巫女の正体は妖狐であると。
照準を定めるようにジークリンデは腕を差し延べた。距離、威力、共に超越級のファイヤーボムを使えば妖狐を撃墜することも可能だ。
ジークリンデの朱唇は呪を紡ぎ始めた。その時――
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「悪・即・斬。人外のものよ。誠を背負いし狼の刃、後悔と共にその身に受けるがいい!」
叫びつつ、動いたのは宗風が先であった。敵がバーストアタックEXを使うとわかった以上、盾受けからのカウンターは不利と判断してのことだ。
が、金熊童子の一撃は迅い。かわすことはできないだろう。
相打ち覚悟の一撃であったが――
宗風の一刀は金熊童子の胴を薙いでいる。その一瞬後――
苦鳴が響いた。
愕然として振り向いた宗風は見た。発呪を終えぬうちのジークリンデの身が空を舞っている。
「貴様‥‥。ジークリンデにそにっくぶーむを放ったな」
「酒呑様ノ腕、確カニ返シテモラッタゾ」
「何っ!」
その瞬間、宗風は全てを悟った。金熊童子が妖狐潜入の為の陽動であった事を。そして今、己の身を犠牲にし妖狐を逃がしてのけた事を。
ジークリンデの霊鳥をもって妖狐を追わせるという手段も残されてはいる。が、たとえ追いついたとしても、霊鳥の戦闘能力では妖狐から鬼の腕を取り戻すことは不可能であろう。
「オーガでありながら、たいしたものだ」
抑揚を欠いた声音でカノンが云った。しかし、その眼は殺意に彩られている。
「が、死んでもらうぞ」
「‥‥」
ニヤリ。
金熊童子が笑った。
これだけの冒険者に囲まれては、もはや生きて逃れる事はかなわない。そうと知って、なお浮かべられたそれは、金熊童子の凱歌の死微笑であった。
金熊童子に止めを刺し終え、冒険者達は妖狐が飛び去った空を見上げた。
重く垂れ込めた暗雲の果て。そこから響いてくる酒呑童子の高笑いを、冒険者は確かに聞いたと思った。