【鬼の腕】羅刹童子

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月08日〜10月13日

リプレイ公開日:2007年10月18日

●オープニング


 壬生屯所。
 一人の若い隊士が廊下を渡り、一つの部屋の戸に手をかけた。
 そこは組長に与えられた部屋。中には十一番隊組長である平手造酒がいるはずだ。
「平手さん」
 声をかけ、若い隊士は戸を開けた。
「あっ」
 隊士の眼が丸くなった。
 平手が謹慎処分となった事は新撰組内に広く知れ渡っている。当然、この若い隊士もその事実は知っていた。
 普段豪放――というより、むしろ無頼なこの組長も、さすがにこの時ばかりは大人しくしているものと思い込んでいたが――
 事実は違う。あろうことか平手は寝転がって、昼間から酒をあおっていたのだ。
「ひ、平手さん、謹慎中に酒を飲むなどと――」
「仕方ねえだろう。他にやることがねえんだから」
 平手はどこ吹く風といった様子だ。
「それより何か用か?」
「ふ、副長が呼んでおられます」
「土方さんが」
 ようやく平手は身を起こした。

 それよりわずか後のことだ。平手が奥座敷にむかったのは。
 がらりと戸を開けた平手の眉が微かにひそめられた。
 奥座敷の中。二人の男が相対している。
 一人は見慣れた顔だ。端正といえなくもない面に、氷の瞳を煌かせ――新撰組副長・土方歳三である。
 そして、もう一人。こちらは僧侶だ。
 年の頃なら三十半ばというところか。中背で、女のように色が白く、鳥のように細い体躯をしている。
 不審げな平手の表情に気づいたのだろう。土方が僧侶を紹介した。
「こちらにおられるのは文観殿だ」
「文観?」
 どかりと胡坐をかいた平手の眼がわずかに見開かれた。文観という僧侶が何者であるか、思い出したのだ。
「確か酒呑童子降伏の祈祷を行うとか云っていた――」
「今では不可能となってしまいましたが」
 文観が薄く笑った。
 それに対し、平手は苦く笑ったのみだ。降伏の祈祷を行うのに必要な酒呑童子の腕。それを鬼に奪い去られたのは他でもない、平手が率いる十一番隊であったのだ。
「で、その文観殿が新撰組に何の用なんです? まさか鉄の御所に押し入って、もう一度酒呑童子の腕を取ってこいなんて話じゃねえんでしょうね」
「いや」
 土方がかぶりを振った。
「文観殿の依頼はそんなことじゃねえ。此度、十一番隊には文観殿を守ってもらう」
「文観殿を守る?」
「そうだ」
 肯いて、土方が説明した内容はこうだ。
 酒呑童子の腕が奪い去られて以来、鬼どもの間に奇妙な動きが見られるようになったという。
 京近辺への出現。それも古刹付近への。
「この事実から、俺達は推測した。鬼どもは高僧を狙っているのではないか、と」
「鬼が高僧を‥‥」
 平手の眼がぎらりと光った。
「なるほど。くろーにんぐか」
「そうです」
 文観が肯いた。
「鬼どもは酒呑童子の腕の接合を試みようとしています。その為には高位の僧が必要。ならば、真っ先に狙われるのは私でしょう」
「ははあ」
 平手は皮肉に笑った。
 文観が酒呑童子降伏の祈祷を行おうとしていたことは鬼達も知っているだろう。ならば文観は鬼達にとって不倶戴天の敵ともいうべき存在のはずだ。
「それで文観殿を守れってわけか」
「嫌か」
「いいや」
 土方の問いに、平手は軽く答えた。
「そろそろ退屈になってきてたんでね。身体を動かすには丁度良い頃合だ」
「待て」
 立ち上がりかけた平手を、土方は冷徹に呼びとめた。
「おめえは謹慎中だ。屯所から出るんじゃねえぞ」


 坊主がいる。
 坊主じゃ。
 坊主じゃ。
 軋るような声が響いている。
 蠢く異形。無数の鬼よりもらされた呻きだ。
「文観ダ」
 一際体格の良い鬼が呟いた。吹き零れる妖気に、周囲の鬼どもがずずうと退る。
 その鬼の名は羅刹童子。酒呑童子配下における小頭ともいうべき存在だ。他の鬼どもが畏れるのもむべなるかな。
「‥‥文観」
 一匹の鬼が云った。すると他の鬼どもがざわめいた。
「文観」
「酒呑様ヲ降伏スルトヌカシタ奴」
「忌々シイ奴」
「殺セ」
「喰ラエ」
「八ツ裂キニシロ」
「馬鹿メ!」
 羅刹童子が怒鳴った。刹那、見えぬ衝撃にうたれたかのように、他の鬼どもがさらにずずうと退った。それらをじろりと睨めまわし、
「虎熊童子、金熊童子ガ斃レタ今、文観ヲヒッ浚ウ事ノデキルノハ、コノ羅刹童子ヲオイテ他ニナシ。喰ラウノハ、彼奴ガ酒呑様ノ腕ヲ付ケタ後ノコトダ。ソノ後ナラ喰ラウナリ、引キ裂クナリ、好キニスレバ良イ」
「羅刹童子」
 声がした。振り向いた羅刹童子の眼前、とろりと蜜の滴るような妖艶な女が一人。
「文観はここにいる」
 告げて、女が一枚の紙片を差し出した。
 ――文観の居所は東寺。
 紙片には、そう書かれてあった。
「何ダ、コレハ?」
 羅刹童子が問うた。すると女はニンマリと笑い、云った。
「どこぞの物好きが御所に投げ込みおった」

●今回の参加者

 eb1624 朱鳳 陽平(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1655 所所楽 苺(26歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2018 一条院 壬紗姫(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb3736 城山 瑚月(35歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb7152 鳴滝 風流斎(33歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb7213 東郷 琴音(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb7816 神島屋 七之助(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec1064 設楽 兵兵衛(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

眞薙 京一朗(eb2408)/ 所所楽 柊(eb2919

●リプレイ本文


 眞薙京一朗が梅干を差し出した。小鉢に盛ったそれを抓み、その男はぐいと椀の酒を飲み干した。
 男の名は平手造酒。新撰組十一番隊組長である。
「おめえは気が利くなあ」
「たいしたものではありませんが」
「酒飲みにはこれが一番さ」
 平手がニッと笑む。
 その時だ。がらりと戸が開き、三人の男女が顔を覗かせた。
 二人は共に十一番隊隊士である。朱鳳陽平(eb1624)と所所楽柊。残る一人は柊の妹で、浪人の所所楽苺(eb1655)であった。
「おっ」
 金茶の瞳を輝かせる、どすんと陽平が腰をおろした。
「くさってると思やあ、随分と楽しそうだな」
 ニンマリし、陽平が一升徳利に手をのばした。その掌をぴしゃりと平手がはたく。
「ガキにはまだ早えよ」
「誰がガキだ、誰が」
「キミだ〜」
 くくっと笑い、柊は一升徳利に手をのばした。その手を、今度は陽平が掴んだ。
「おまえは俺より年下だろ」
「俺の方が背が高いけどな〜」
「何だと!」
「うるせえってんだよ」
 平手がわざとらしく舌打ちの音を響かせた。
「てめえら、ここに何しに来やがったんだ。まさか遊びに来たんじゃねえんだろうな」
「俺は仕事の報告だ」
 と、陽平。
「俺は見舞いだ〜」
 と、柊。
 二人とも、全く悪びれた様子はない。その横では苺がばたんと足を投げ出して梅干を頬張っている。
「すっごく酸っぱいのだ〜」
「ここは寺子屋か」
 平手が頭をがりがりと掻いた。
「ところで組長〜」
 柊が身を乗り出した。そして再びくくっと笑いながら、
「文観サンが狙われている話は方々でも聞いたが、短期間の護衛で簡単に鬼にかち合うもんでもないだろ〜? 今回の護衛の間に来るお墨付きでも、誰か仕込んだのか〜?」
「さすがに柊。抜け目ねえな」
 平手がニヤリとした。そして陽平に眼を転じると、
「あの文観の野郎、どうも臭え。陽平、気をつけな」
「任せといてくれ」
 陽平は快活に笑ってみせた。が、その眼のみには敵愾の炎が紅蓮に燃えている。
「組長の仇はきっととるぜ!」
 陽平がぐっと拳を握り締めた。その後ろでは苺がふらふらと千鳥足。足元には空になった一升徳利が転がっている。
「はにゃあ。良い気持ちなのだー」


 東寺。
 京の九条町に位置するそれは、教王護国寺とも呼ばれている。国家鎮護の寺院という意味合いがある故だ。
「門の数が多いですね」
 東寺境内。瓢箪池の傍らで周囲を見回しながら、一人の男が呟いた。
 身形は寺男だ。が、その容貌は貴族といってもおかしくはないほど整っている。神島屋七之助(eb7816)。陰陽師である。
 その七之助の右手には東大門がある。前方には北大門、左手には蓮華門、そして背後には南大門。他には慶賀門や西門まである。これではとてものこと、全部の門は守りきれないだろう。
「多方面からの強襲を避ける為、開門数を絞る様に進言しなくてはならないでしょうね」
「あなたですか」
 声に驚いて振り返った七之助がほっと息をついた。
 彼が全く人の気配というものを感じとれなかったのもむべなるかな。声の主は城山瑚月(eb3736)。端倪すべからざる忍びの者であった。
「脅かさないでください。で、十一番隊の方々は?」
 七之助が問うと、瑚月が小さく頷いた。
「数名、外に。念の為に羽織は外していただいています」
「そうですか」
 七之助が腕を組んだ。彼は以前に七番隊の依頼に参加し、組長の谷三十郎と共に戦った経緯があるのだが、どうも十一番隊には戸惑うところが多い。まるで隊の雰囲気が違うのだ。
 組長が掴み所のないのは平手も谷も同じなのだが、どこか十一番隊には仄暗いところがある。まるで新撰組の影――いわば暗躍部隊といっていい恐さがあるのだ。
「どうですか、東寺は?」
 声がした。
 振り向いた瑚月と七之助の眼前、一人の痩躯の僧が立っている。年の頃なら三十半ば、妙にぬらりと色の白い男だ。
 文観。東寺の長者である。
「警護にはむかないようですね」
 ふっ、と。微笑を顔にはりつけたまま答えた者がいる。自称浪人の設楽兵兵衛(ec1064)だ。
 おや、と瑚月は眉をひそめた。兵兵衛と初めて対面した時、彼は自身の事をへぼ浪人と云っていたが、どうしてどうして。今の無音の足運び、決して只者ではない。
 その瑚月の疑心は知らず、兵兵衛はさらに深みを増した微笑を文観に向ける。
「高名になるのも考え物ですねぇ。腕をくっ付けたりなんて奇跡みたいな事ができれば、それを求めるもまた多し、ですか」
「私、というより、仏教がそれほど素晴らしいということです」
 文観がやんわりと答えた。そして妙に熱っぽい眼で、
「それにくろーにんぐは奇跡ではありませんよ」
 と云った。
「奇跡では、ない?」
「ええ。貴方達の剣術同様、一つの技術体系です。が、只の技術ではない。森羅万象を統べるものです」
「文観殿」 
 声をかけたのは娘だ。鮮やかな黒髪が左目に被さるように垂れている。無造作に古びた着物を纏い、下働きの者といったいでたちであった。
「此度、護衛として参った東郷琴音(eb7213)と申す。早速であるが、この東寺の閉門、一切の外出の禁止、寝所の移動をお願いしたい」
「何故?」
「鬼どもの襲撃から文観殿を守る為」
「ならば必要ありませんな。たかが鬼如きの為に、国家鎮護の象徴たる東寺の門を閉ざすなど」
「馬鹿な」
 さしも冷静沈着な琴音も、この時ばかりは顔色を変えた。
 彼女は肉親を魔物に殺されたという過去をもつ。もう目の前で人が魔物に殺されるところは見たくない。
 と、その琴音の肩をそっと掴んだ者がいる。袈裟を身につけた河童の忍び、鳴滝風流斎(eb7152)だ。
 風流斎は琴音に首を振ってみせると、文観に眼を転じた。
「ならば文観殿、せめて身の周辺に注意をはらっていただきたいでござる」
「身の周辺?」
 文観が舐めるように風流斎を見た。その粘着質な視線を受けながら、風流斎は大きく頷いた。
「左様。鬼の腕が奪い去られた際、妖狐が忍び入っていたと聞いてござる。妖狐の類は神出鬼没。用心するに如かず」
「妖狐ですか」
 何が可笑しいのか、文観はくつくつと嗤った。そして承知しましたと返答すると、くるりと背を返した。
 その背をじっと見送る者がいる。黒曜石の瞳に硬質の光を浮かべた娘だ。
 一条院壬紗姫(eb2018)。八人目の冒険者である彼女は、同時に新撰組九番隊隊士でもあった。
 その壬紗姫の胸の糸に、何か引っ掛かるものがあった。が、それはあくまで直感のようなものであり、その正体を掴む術を彼女はもってはいなかった。


 陽は中天にあり、文観の姿は経蔵の中にあった。傍に控えているのは陽平だ。
 その陽平だが、彼にしては珍しく神妙な顔つきをしている。ただその眼だけは――ぬかりなく周囲を探る陽平の眼は豹のそれを思わせた。
 そして――
 苺は五重塔周辺を調べていた。
 五重塔は、どういう訳か文観が良く訪れる場所であるという。ここに敵が潜んでいては一大事だ。
 ぐるりと五重塔を一回りし、苺は境内を見渡した。参拝客に紛れるようにして佇む瑚月と風流斎―僧に扮する予定だったが、さすがに河童の僧はいないということで――の姿が見える。金堂の前には壬紗姫の姿があった。
 と――
 突然、その壬紗姫の顔があがった。彼女の愛犬、菊花が唸り声をあげている。
「どうしました、菊花?」
 壬紗姫が視線を飛ばした。その先――

「どこへ行くのですか」
 呼びとめられ、老婆が足をとめた。
 大師堂の前。振り向いた老婆の眼前、へらと笑っている男が一人。兵兵衛だ。
「カ、厠」
 ぎごちない口調で老婆が答えた。すると、
「厠はここにはない」
 と声がした。こちらは琴音だ。
「ヘエ」
 しわがれた声をもらし、老婆は踵を返した。
 その時だ。駆けてくる壬紗姫の姿が見えた。
「その老婆を逃してはなりません!」
 壬紗姫が叫んだ。
 刹那、はじかれたように琴音が抜刀し、兵兵衛が十手をかまえた。
「シャア」
 獣のような呼気を発し、老婆が飛んだ。人間の跳躍力ではない。化鳥のように軽々と兵兵衛の頭上を躍り越えて、老婆は地に降り立ち――ばたりと崩折れた。
「どうやらすりーぷが効いたですね」
 七之助がほっと息をついた。そして眠りこける老婆を見下ろした。
「おそらくは山姥。どうやら敵が動きだしたようですね」


 七之助の言葉を裏付けるように、異変は三日目の夜に起きた。
 刀を抱き、壁に身をもたせかけて仮眠をとっていた壬紗姫の眼がすうと開いた。犬の鳴き声が聞こえる。おそらくは床下に身を伏せたワン太夫と天晴丸のものだろう。気づけば菊花も毛を逆立てている。
「来たでござるな」
 新藤五国光を手に、風流斎が立ち上がった。

 それより少し前、本坊周辺を見回っていた苺、兵兵衛は異音をとらえていた。
 叫喚と剣戟。何かが戦う物音だ。
「来たのだー」
 苺が槍の柄を握りなおした時だ。東寺を取り囲む四方の塀を踊り越えて来る鬼達の姿が見えた。塀外で警備についていた十一番隊平隊士が防ぎきれなかった鬼達であろう。
 殺到する数匹の鬼の前に、二人の冒険者が立ち塞がった。
 ギンッ、と苺の十手が鬼の棍棒をはじく。一瞬遅れて炎が踊った。紅蓮の残像の尾をひいて疾ったのは修羅の槍だ。腹を貫かれた山鬼がのけぞった。
「やりますねえ」
 苺に感心しつつ、自身も山鬼を斬り下げた兵兵衛であるが――
「ぬっ」
 呻いて飛び退った。その傍をとてつもない殺気の主が疾り抜けていく。
 鬼だ。一際巨大な肉体を有した。
 それこそ――
 酒呑童子配下の一鬼、羅刹童子であった。


 本坊内は阿鼻叫喚の巷となった。が、冒険者達は動けない。文観を守らねばならぬ故だ。
 が――
 どかっと部屋の戸が蹴破られた。元々の文観の部屋ではない。移し変えたはずの部屋の戸だ。
「ソコニイルノハ分カッテイルゾ」
 ぬっと巨躯の鬼が身を現した。
 反射的に琴音がソニックブームを放とうとし、凍りついた。彼女の眼は鬼――羅刹童子が左右の手で引っ掴んでいる二人の小僧の姿を捉えている。
「俺ハ文観ノ顔ヲ知ラヌ。ダカラ餓鬼ニ案内シテモラッタ」
 ニタリとすると、羅刹童子は廊下に眼を転じた。そこに凄絶の殺気を放つ者がいる。陽平だ。
 文観の影武者として潜んでいた彼であったが、こちらの異変を感じ取り、駆けつけてきたという訳だった。
「ソノ眼、気ニイラネエ」
 羅刹童子が無抵抗の陽平の腹に蹴りをぶち込んだ。爆発的な衝撃に陽平の身が廊下の端まで吹き飛ばされる。
「動クナ!」
 羅刹童子が壬紗姫を睨みつけた。彼女の一触即発の剣気を感得した故だ。
「動カバ、コノ餓鬼共ヲ捻リ殺ス。オ前達ガ人質ヲトラレルト弱イトイウ事ハ、妖狐カラ聞イテイルノダ」
 羅刹童子が首を掴んだまま、小僧を持ち上げて見せた。
「サア、文観ヲ寄越セ」
「くっ」
 歯軋りするものの、冒険者にはどうする事もできない。残る手は七之助の高速詠唱におけるスリープ発呪だが、高速詠唱は失敗の確立が高くなる。もし失敗すれば小僧の命はなくなるだろう。
 その時――
 天井がぶち破られ、一つの人影が躍り出た。その人影の正体を羅刹童子が見極めるより早く、煌く光流が羅刹童子の腕を寸断している。
「今です!」
 人影――瑚月が叫んだ。
 刹那、壬紗姫が襲った。疾風の如き夢想流の一閃は、眼にもとまらぬ迅さで残る羅刹童子の腕を断ち切っている。
「グワハッ」
 苦鳴をあげつつ、羅刹童子が後退った。が、その前に立ちはだかった者がいる。口からたらたらと血を滴らせた陽平だ。
「十一番隊隊士・朱鳳陽平。そう何でも奪われて大人しいウチの組じゃねぇんだ、よ!」
 叫びつつ、陽平は袈裟に刃を薙ぎ下ろした。その一撃は――誠というより、十一番隊の面目を背負ったその一撃は何より強く、羅刹童子の肉体をすら半ば両断した。
 一瞬後、陽平の口から血がしぶいた。折れた肋骨が肺を傷つけたのである。
 その陽平めがけ、残る山鬼達が襲いかかろうとし――飛び退った。鬼達の前に四匹の犬が並び、威嚇していたからだ。
「さあて、雑魚どもの始末にかかるとするでござるかな」
 風流斎が新藤五国光を疾らせた。 


「‥ふむ」
 溜息が零れた。すでに襲撃のやんだ本坊の中、振り向いた冒険者達の眼前で文観が肩を竦めている。
「大山鳴動して鼠一匹とは‥‥骨折り損となりましたか」
 文観が呟いた。
 その言葉を耳にし、陽平の眼がくわっと見開かれた。彼の脳裏にある言葉が蘇っている。文観に気をつけろと云っていた平手の言葉が。
「まさか、てめえ‥‥鬼を呼び込んだ張本人はてめえだな」
「その通りです」
「何故だ」
 琴音が問うた。普段感情を表に出さぬはずの彼女の声がかすかにひび割れている。
 文観の企みの為に、多くの者の命が危険にさらされた。返答次第では只ですませるわけにはいかない。
「何故、わざと鬼を呼んだ」
「鬼の腕を得る為ですよ」
 さらりと文観が云ってのけた。
「上手くいけば酒呑童子そのものが、或いは茨木童子あたりが来る事を期待していたのですが。茨木童子の腕ならば、降伏祈祷の良い予行になる。しかし、これでは」
 文観が羅刹童子の骸を踏みつけた。その背を見つめる壬紗姫の全身から、青白い炎の如きものが立ち上った。抑えても抑えきれぬ殺気――人の皮をかぶった魔物ともいえる文観を前に、壬紗姫は限りなく剣呑になっている。
 その時、すうと文観に歩み寄った者がいる。苺、と他の冒険者が気づいた一瞬後の事だ。
 ぴしゃり、と大きな音が響いた。苺の平手が文観の頬をはたいたのである。
「命を玩具にしてはいけないのだー。そんな事をする人には、メッ、なのだー」
 ぷっと頬を膨らませ、苺が文観を睨みつけた。その肩にぽん、と兵兵衛が手をおく。
「やりすぎですよ。でも、同じやるならこっちの方が効きますけどね」
 云って、兵兵衛は拳を握り締めた。これでは注意しているのか煽っているのか良くわからない。
 兵兵衛は相も変わらず浮かべた薄笑いを文観にむけた。
「ともかく依頼はこれで達成したわけですが‥‥一言だけ忠告しておきます。冒険者をなめない方が良い」
「ほお」
 広がりかけた文観の笑みが凝固した。その首には一本の短刀の刃が凝せられている。
「この通り」
 何時の間に文観の背後に忍び寄ったのか――刃をかざしつつ、風流斎が云った。
「拙者達を怒らせると、次に飛ぶのは鬼の腕ではなく、文観殿の首ということになるでござる」
「ほう」
 文観がわざと首を突き出した。為に、文観の首が浅く切り裂かれた。
 たらりと垂れる血を指でぬぐいとり、文観はニイッと唇の端を吊りあげた。高僧とも思えぬ児戯の振舞いだが、ぞくりと冒険者達は肌を粟立てた。
 彼らは確かに見たのである。文観の中に闇を。
 鬼以上の魔物を前にした怖気にとらわれつつ、冒険者達は言葉もなく立ち尽くしていた。
「非礼はお詫びします。鬼の腕を失い、私も焦っていたのです」

 時に神無月。神去りし都の夜は、さらに昏さを増しつつあった。