【外法師】巾着

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 22 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月15日〜11月18日

リプレイ公開日:2007年11月20日

●オープニング

「死にまする」
「死ぬ?」
 狩衣姿の娘のもらした言葉に、岩を切り出したかのようながっしりとした体格の侍が杯をおいた。
「死ぬとは穏やかではないな」
「はい」
 娘が頷いた。わずかに身動ぎし、その拍子に手首にからみつかせた枷にも似た鎖がじゃらりと音をたてる。
 侍の名を木村直人、娘の名を小鳥といった。
「また観たのか?」
「はい」
 小鳥が答えた。
 以前、小鳥は美登里という娘の未来を観たことがあった。結婚を控え、将来を知りたいという依頼であったのだが、その先観において小鳥は美登里の死の相を観たのである。直人のいうまたとは、その事を指しているのであった。
「今度は誰が死ぬのだ?」
「勘助という方です」
 答え、小鳥が説明した内容はこうだ。
 最近、よく顔を見せる若者があった。江戸から一日ほど離れた町の者で、商いに江戸を訪れているという。
 誠実そうな彼は自身の占いを願いはしなかったが、時に江戸に住むという友人を連れて来ることがあった。武家の屋敷に仕えるという彼の出世や、恋人の事を観てもらう為に小鳥の元を訪れていたのだ。
 その勘助が、先日、いつもとは違う顔つきでやってきた。いつもは願わぬ占いを願う為に。
「それで死の相を観たというのか?」
「はい」
「で、その結果を勘助という若者に告げたのか?」
「いいえ」
 あまり表情のない美しい顔を、小鳥は左右に振った。
「その未来を変えていただくつもりでしたから」
「変える?」
「はい。勘助という方は友を思う優しい方に見受けられました。そのような方が死ぬのは悲しい事ですから」
「なるほど。で、その勘助とやらは何を占ってくれといってきたのだ?」
「よくはわかりません。これからやろうとしている事が叶うかどうかとだけ」
 云うと、小鳥は巾着を取り出した。
「これは?」
「勘助さんがおいてゆかれました。もし占いが外れて自分が死ぬような事になったら、これを奉行所に届けてほしいと云って」
「奉行所?」
 直人は首を捻った。何やら只事ではすまなくなる予感がする。
「開けて良いか?」
「‥‥」
 小鳥は一度眼を閉じたが、すぐにこくりと頷いた。よし、とばかりに巾着を開け――直人の眼がわずかに見開かれた。
「これは‥‥」
 巾着の中のものを取り出し、直人は息をひいた。
 中におさめられていたのは血染めの手ぬぐいであった。すでに血は乾いて変色している。
「うん?」
 直人は手ぬぐいの端に眼をとめた。相模屋とそこにはあった。
「そういえば‥‥」
 直人は思い出した。三日ほど前、相模屋の奉公人であった娘が刃物で刺し殺されている。物取りの仕業であるとみられているということであったが‥‥
 さらに直人は別のものも見出した。お守り袋だ。中に紙片のようなものがおさめられているようなのだが、さすがにお守り袋を開けるのは躊躇われた。
「こいつは‥‥よし」
 巾着に手ぬぐいとお守り袋を戻し、直人は立ち上がった。
「どうやら大事になりそうだ。冒険者ぎるどにゆく」

●今回の参加者

 ea0988 群雲 龍之介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb5647 小野 志津(35歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb7814 ミッシェル・バリアルド(38歳・♂・ジプシー・人間・イスパニア王国)
 ec3527 日下部 明穂(32歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

カイト・マクミラン(eb7721)/ 神島屋 七之助(eb7816

●リプレイ本文

●開かれた秘密
 小鳥という娘は、どこか小野志津(eb5647)と似ている。どちらもあまり表情を面に表すことはなく、冷ややかだ。
 といって、顔つきまで似ているというわけではない。小鳥は可憐ともいっていい相貌をしているが、志津はきりりと引き締まった凛とした貌をしている。
 その時、小鳥がわずかに身動ぎした。その拍子に、彼女の手首に巻かれた鎖がじゃらりと音をたてる。
 まるで枷のようだ。
 と、群雲龍之介(ea0988)は思った。この娘は一体何を戒め、何にからめとられているのだろう。
 その龍之介の迷いは、日下部明穂(ec3527)の一言でかき消される事となる。
「死の未来を変える、か」
 呟くと、明穂は髪をかきあげた。燃えるような真紅の髪が揺れ、たわわな胸がかすかに揺れる。
 それに眼をとめたミッシェル・バリアルド(eb7814)の頬が朱に染まった。三十という年になるが、どうにも女性は苦手な彼であった。殊に明穂のような美しい女性は。
 そのミッシェルの前で、明穂はにこりと微笑った。
「まあそう大仰に考えなくても、何か危ない事をしようとしてる勘助君を止める、もしくは助ける、ということでいいのよね」
「はい」
 こくりと小鳥が頷いた。そして、
「できましょうか?」
 と問うた。するとミッシェルは大きく肯首し、
「できますとも。なんとかしてみせようじゃないですか」
「有難う御座います」
「礼は事が終わってからでいい。それより小鳥殿に聞きたい事がある」
 問うたのは龍之介であった。
「先ずは勘助殿や友人の人相、友人の名前と仕え先だ」
「それなら」
 小鳥は二枚の紙片を取り出してみせた。どうやら人相書きのようだ。随分と用意がいい。
「こちらが勘助様。こちらが、そのお友達でいらっしゃいます伸治様です」
 小鳥がそれぞれの紙片を指差して告げた。そして伸治がある武家の中間をしているとも。
「どちらの武家かはわからないのか」
「須賀様とおっしゃる御武家です」
「では、その伸治という者が占ってもらった事の内容と結果、その時の伸治の様子等話してもらえないだろうか」
「はい」
 小鳥は答えると、記憶を探るように瞑目した。そして、
「伸治さんは主にお仕事の事と、恋する方との事を占うのを願っておいででした。結果は‥‥お仕事は順調。恋の方は暗雲が立ち込めていました」
「暗雲? とは」
「お春様――伸治様の想い人の方ですが、そのお春様との喧嘩の場が浮かんでまいりましたので」
「その内容は」
「詳しくはわかりませぬ」
「そうか」
 ふむと頷き、再び龍之介は口を開いた。
「で、その内容は伸治に告げたのか」
「いいえ。しかし仲良くするようにとは伝えました」
「その時の伸治の様子は?」
「怪訝な表情をされていました」
「怪訝な表情?」
 ミッシェルが腕を組んだ。小鳥の占いの結果に怪訝な不審を抱いたということは、伸治にはその結果に得心がいっていないということになる。ということは、その時点において伸治とお春の仲は良かったということだ。
 が、フォーノリッヂの結果は別の地平を指している。一体この先、伸治とお春に何が起こるというのだろう。
「ところで」
 腕を解き、ミッシェルは小鳥の眼を見つめた。
「勘助さんは巾着を残されていったらしいですね。見せてもらえませんか」
「はい」
 答えると、小鳥は巾着を取り出した。それ自体はどこにでもある小さな茶色の巾着だ。
「中を見せてもらっても宜しいですか」
「はい」
「では」
 ミッシェルが巾着を開けた。中には話に聞いた通り、血染めの手拭が入っている。それとお守り袋も。
「このお守り袋も開けますが、いいですね」
 小鳥に念を押し、ミッシェルがお守り袋に手をのばした。その時だ。
「ちょっと待って」
 明穂がとめた。
「仮にもお守りよ。開けるのは遠慮した方が良くはない?」
 明穂は陰陽師だ。呪符の類に関しては常人とは違う感覚を持っている。呪いのかかった物は無遠慮に扱うと、どんな返りの風が吹くか知れない。
 が、同じ陰陽師であっても志津の見解は違った。彼女は返りの風など恐れない。それよりも人だ。命の真実は呪いのそれを凌駕する。
「同じ陰陽師。明穂殿の懸念はわかるが、事は急を要する」
 云うと、志津は自らお守り袋を開けた。
 中には二枚の紙片。一枚には伸治、一枚にはお春と書かれてあった。

●縁談
「すまぬ」
 呼びとめられ、男は立ち止まった。身形から、どうやら武家の中間であるらしい。
「須賀家の中間殿とお見受けしたが」
「そうだが」
 男は振り返り、呼びとめた者達を見た。
 一人は筋骨隆々たる大柄の侍だ。年の頃なら二十歳半ばであろうか。
 もう一人は異人である。色の白い優男で、背はそれほど高くない。こちらの方の年齢は三十路といったところか。
「何なんだい、お前さんら」
「俺は群雲龍之介という」
「私はミッシェル・バリアルドです」
 龍之介とミッシェルは名乗った。
「ちょっとお聞きしたい事があるのです」
 たどたどしい日本語で云うと、ミッシェルが微笑んだ。すると男は怪訝そうに眼を細め、
「聞きたい事? 何だ」
「伸治という方が須賀家に勤めていらっしゃいますよね」
「ああ。伸治なら同じ中間だが‥‥それがどうした?」
「どのような方かと思いまして」
「どのような方って‥‥まあ、利口な奴だな。おまけ面が良いんで、えらく女にもてる。まあ、俺ほどじゃねえがな」
「では須賀家においての評判は?」
「上々ってところじゃねえか。瀬田様にひどく気にいられてるみたいだからな」
「瀬田?」
 新たに出てきた名に、ミッシェルはややひっかかるものを覚えた。
「その瀬田様というのは?」
「賄い方の用人様だ」
「その御用人に伸治殿が気にいられているというのか」
 今度は龍之介の方が尋ねた。すると男は苦く笑い、
「まあ御用人本人というより、娘御の早苗様が見初めなさったそうだがな」
 そこで男はニヤリとした。
「ところで、何で伸治の事を調べてるんだい? あいつ、もてやがるから、どうせ縁談か何かの調べだろうが無駄だぜ。あいつには、今早苗様との縁談がもちあがってるからよ」
「何っ!?」
 はじかれたように龍之介とミッシェルは顔を見合わせた。

●無残
「あの娘のお知り合いだそうで」
「あ‥‥はい」
 曖昧に頷くと、明穂は焼香をすませ、相模屋の内儀と向き合った。
「田舎が同じだったものですから」
「そうですか」
 内儀は深々と頷いた。明穂は一息吸い込み、
「確か、物盗りの仕業だとか」
「ええ。お役人がそう云っていました。あの娘は気立ての良い娘でねえ。恨みなんか買うわきゃないし」
「未来を奪われるには早かったでしょうに」
「そうですよ。もうすぐ所帯を持つんだって喜んでたんですけどねえ」
「所帯?」
 明穂は眼を見張った。
「所帯を持つつもりだったんですか」
「ええ、あの娘は身篭っていましたからね。ですから恋人ともうすぐ所帯を持つんだって、そりゃあ大喜びで。ところが」
 内儀はがくりと肩を落とした。
「あんなことになってしまって」
「その恋人とやらの事ですが」
 明穂が声をあげた。語調は変わらない。逸る心を彼女は見事に自制していた。
「できることなら、一度ご挨拶しておきたいと思います。どこのどなたか、ご存知ありませんか」
「伸治さんと申されまして。須賀家の中間をされていると聞きましたよ」
「伸治‥‥」
 明穂は呟いた。
 この時点、彼女は伸治という名に心当たりはない。何故なら、明穂はお守り袋の中身を見なかったからだ。
「ほんに優しい方で。お春は幸せそうでした」
「お春‥‥さん」
 呟くと、お邪魔しましたという台詞を残し、明穂は相模屋を去った。くすぐるような芳しい香りのする風を残し。その後姿を見送る相模屋の男衆は皆、呆けたような面つきで明穂を見送っていた。

●幻影の真実
「あれか」
 烏の濡れ羽色の髪を背に流した娘が、塀際からすうと身を離した。志津である。
 彼女の眼は、黄昏の色に染まる一人の若者の姿を追っている。役者と見紛うばかりに様子の良い若者だ。
 伸治。その顔は小鳥の所持していた人相書きにあった通りだ。
「伸治殿」
 志津が呼びとめると、伸治はぴたと足をとめた。場所は須賀家屋敷の近くである。
「うん? 俺に何か用か」
「お急ぎのところ、すまない。少し尋ねたい事があって」
「俺にか」
 伸治が眉をひそめた。そして探るような目つきで、
「尋ねたい事って何だ?」
「勘助殿の事だ」
「勘助?」
「ああ。伸治殿は勘助殿と友人であると聞いてな」
「確かに友達だが」
 伸治は眉をひそめた。
「勘助がどうかしたのか」
「行方知れずとなった」
「勘助が行方知れず?」
 伸治は愕然としたようである。志津はうむと頷き、冷然たる語調で、
「そこで勘助殿のご実家から頼まれたのだ。勘助殿の行方を調べてくれと。伸治殿には心当たりはないだろうか」
「知らねえ」
 伸治はかぶりを振った。
「行方知れずになったってのも初耳だ」
 伸治は心底心配そうな素振りを見せて云った。どうやら、その様子に嘘はないようである。
「そうか‥‥仕方ないな。では、これにて」
 頭を下げて、志津は背を返した。伸治もまた。
 が――
「伸治殿」
 再び志津が伸治を呼びとめた。何だ、とばかりに足をとめた伸治が振り返り――
 一瞬後、伸治の眼がかっと剥き出された。
「あ――」
 ある一点――正確には志津の傍らだが――を見つめ、伸治は唇を震わせている。それは恐怖の表情以外、なにものでもなかった。
「ば、馬鹿な‥‥化けやがったか」
 悲鳴に近い声をあげ、伸治はその場から逃げ出した。遠くなるその背を見つめながら、しかし志津の面を覆う色に変化はない。
 ただ白く。ただ昏く。
 しかし、その眼に燃える炎の色は蒼から真紅に変わっていた。全ての真実を見通した故に。
 すでにものいえぬはずのお春。その無念を代弁するかのように展開させた志津のイリュージョンは――いや、お春の無念そのものは、伸治の真実を暴きだしたのであった。


 夜風はすでに肌を刺すほどに冷たかった。しかし、その分空は澄んでいて、高く見える。
 そこに散りばめられた光の粒子。天蓋を覆う星々は、それぞれに様々な物語を紡いでいる。
 そして、地にもまた一つの物語の終焉が近づいていた。
 そこは小さな破寺の境内であった。星明りがあるとはいえ、漆黒に近い闇が辺りを包んでいる。
 と――
 ちらり、と人影が動いた。
「勘助」
 と、人影が云った。声から察するに伸治である。
「どうしたんだ、こんなところに呼び出して。行方知れずと聞いていたから心配していたんだぞ」
「そんなことより」
 勘助の沈んだ声が響いた。
「お春さんの事だ」
「お春? お春がどうしたんだ」
「とぼけるな。俺は見たんだ。お前がお春さんを殺すところを」
 勘助が叫んだ。血を吐くような声音であった。
「どうしてあんな事をしたんだ。縁談がもちあがったからか」
「その通りだ」
 答える伸治の声はぞくりとするほど冷ややかであった。
「別れてくれとお春に云った。しかしお春は云う事をきかなかったんだ」
「だから殺したのか」
「ああ。俺にもやっと出世の機会が巡ってきたんだ。それをお春なんかの為につぶされてたまるもんか」
「伸治‥‥」
 勘助は息をひいたようだった。が、すぐに、
「名乗って出てくれ。お春さんを殺したと」
「何っ!?」
 伸治はせせら笑った。
「自訴しろだと。そんな事をするくらいなら――」
 伸治が懐から匕首を取り出した。
「一人殺るのも、二人殺るのも同じだ。こうなったらお前も」
 伸治が勘助めがけて躍りかかった。刹那――
 一つの人影が物陰から疾風の如き迅さで飛び出して、伸治の前で立ちはだかった。唸る孤拳は闇に閃き、伸治の匕首がはじきとばされて闇に消えた。
「な、何だ、お前は?」
 突然の事に驚倒し、伸治が問うた。すると人影はニヤリと笑い、
「群雲龍之介。冒険者だ」
「ぼ、冒険者!?」
 伸治が呻いた。
「な、何で冒険者なんかがここに」
「伸治さんを守る為に来たのです。誰も勘助さんの居所を探らなかったので、伸治さんの後を尾行けなければなりませんでしたけど」
 ミッシェルもまた姿を見せた。勘助を庇うように。
 その鷹の陰影をもつ姿態を睨みつけ、伸治はすぐに獣のように周囲に視線を走らせた。
「つ、捕まらねえぞ。捕まってたまるもんか。あんなお春みたいな女の為に、この俺が‥‥俺は出世するんだ」
「馬鹿め」
 ギンッ、と。その時、志津の眼が月光の如き蒼い光を放った。彼女の顔の前には、人差し指と中指の二指にはさまれた呪符がかざされている。
「急々如律令!」
 志津が裂帛の呼気を吐いた。
 その一瞬後の事だ。伸治の動きがとまった。まるで見えぬ縄にかかったかのように。
「動いてみよ」
 志津が云った。そして伸治をぎらりと見上げる。
「そう簡単には動けぬはずだ」
「な、何だ――」
 云いかけた伸治の声は途中で遮られた。志津の繊手が彼の頬を打ったが故である。
「出世だと」
 志津は云った。声音は静かだが、刃のような鋭さがその内に込められている。彼女はきりりと唇を噛み、
「命を何だと思っている」
「い、命?」
「そうだ。お前は、お春殿だけだなく、この世に生まれいずる定めにあった小さな命まで手にかけた。泣き、笑い、恋をし、さらにはもっと多くの命を紡ぐはずであった命をだ。それは――その事だけは、世の誰が許そうとも、この私は許さぬ」
「志津君」
 志津の肩を、そっと明穂はおさえた。そして小さく首を振る。
「彼を裁くのは私達の仕事じゃないわ。でも」
 明穂は志津から伸治に眼を転じた。
「伸治君には、これだけは知っておいてほしいの」
 明穂は懐からお守り袋を取り出した。巾着に入っていたお守り袋だ。
「これはきっとお春さんのものね。中には伸治君の名前とお春さんの名前を書いた紙が入っていたそうよ」
「お、お春の‥‥」
「そう」
 伸治に頷いて見せ、明穂はお守りを両手で優しく包んだ。
「これはお春さんの想い。お春さんの願い。伸治君を愛し、未来を夢見た」
 明穂はお守り袋を差し出した。伸治の目の前に。
「伸治君を命懸けで愛した女性がいた。その事だけは伸治君は忘れちゃいけない」
「それと勘助さんの事もね」
 ミッシェルがちらりと背後に庇っている勘助を見遣った。
「彼は死ぬ気だった。伸治さん、あなたの為を思ってね。友の為に命をかけられる。そんな奴はそうそういるもんじゃない」
「‥‥」
 伸治ががくりと膝をついた。そして両手が地に―― 
 その時、伸治の唇を押し破って嗚咽がもれた。が、溢れているだろう涙は闇の為に見えなかった。
「運命は変わったみたいね」
 明穂がほっと息をついた。悲しみの連鎖をとめる事ができた、それはその安堵の吐息であった。
 が、龍之介は小さくかぶりを振った。
「運命は変わるんじゃない。頑張って、人が変えていくものだ」