金狼ゆく
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:4
参加人数:8人
サポート参加人数:9人
冒険期間:03月02日〜03月13日
リプレイ公開日:2008年03月09日
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●オープニング
●
男がゆく。只ならぬ精気を噴き零しつつ。
馬の背に揺られるその男は独眼であった。その眼に宿る光の何たる凄まじさか。
と――
男が馬をとめた。そして道の傍らに佇む人々に視線をむけた。
ぎらっ、と。空に火花が散ったようである。刃のような視線がからみあって。
が、それに気づいた者はなかった。たった二人を除いては。
やがて男は視線をそらせ、再び馬を進めた。ゆっくりと、充溢した気の尾をひきつつ、男が遠ざかっていく。
その背を見送りつつ、一人の男が薄く笑った。
どこか飄然とした、しかし鉈のような鋭くふてぶてしい印象をもった男。黒崎流(eb0833)である。
「伊達政宗。‥‥どうやら自分に気づいたようだな」
流が呟いた。
●
「娘」
声とともに腕がのび、むんずと娘のそれを掴んだ。
あっと声をあげ、娘は腕の主を見返した。
侍だ。田舎者らしい顔立ちだが、身形は良い。
「な、何か‥‥」
「少し付き合え」
侍が云った。そして娘を引き寄せると、
「さすがに江戸。仙台とちごうて、皆垢抜けておる」
ニヤッと笑った。
「お、お放しを」
「ならぬ」
さらに笑みを深めると、侍は娘を引きずるようにして歩き始めた。暗がりにむかって。
と――
突然侍の足がとまった。
自らとめたのではない。何者かによってとめられたのだ。何者かに腕を掴まれて。
「な、何だ、貴様」
「やめろ」
侍の問いには答えず、何者か――男が云った。
「な、何」
侍が男の手を振り払った。いや――
振り払えない。どころか、腕を動かす事すらままならぬ。
と、突然侍の腕が自由になった。男が手を放したのだ。
「おのれ!」
憤怒にかられた侍が、ほとんど反射的に抜刀した。たばしる剣光は迅く、本能的な一撃とは思えぬほど鋭い。戦いなれた斬撃であった。が――
ギンッ、と。闇に雷火散らせ、侍の一刀は男の左手の刃に受け止められている。のみか、男の右手の刃は侍の首に凝せられていた。
「に、二天一流‥‥」
男の剣流を読み、侍が呻いた。そして、
「な、何者だ、うぬは?」
と問うた。すると男は薄く笑い、
「黒崎流。冒険者だ」
「冒険者!?」
侍の眼に、その時、嘲弄に近い光が浮かんだ。
「ふふん、そうか」
嘲笑うと、侍は刃をはずし、飛び退った。そして懐から金子を取り出すと、地に放った。
「冒険者ならば話は早い。拾え。そしてその金をもって、とっとと消えうせろ」
「‥‥」
男――流はじっと金子を見下ろした。ややあって金子に歩み寄っていく。
「そうだ。拾え」
侍が笑った。そして、犬め、と吐き捨てた。
その間、流は金子に歩み寄りつつある。そして金子の前で立ち止まり――金子を踏み越えた。
「な、何!?」
カッと眼をむいた侍の意識は、次の瞬間、爆発的な衝撃によって消し飛んだ。
「‥‥良いのか」
声がした。続いて暗がりから姿をみせたのは空間明衣(eb4994)だ。
「あれは伊達の侍だろう」
「ふっ」
流は冷笑を浮かべた。
「気絶させただけだ。それに伊達政宗は江戸支配に腐心している。乱行の家臣の為に、冒険者を敵にまわすほど愚かではあるまい。それよりも」
流がぎりっと唇を噛んだ。
「金子で手懐けようとは‥‥。冒険者も甘く見られたものだ」
「伊達は田舎者。冒険者の事を理解していなくとも仕方あるまい」
「とはいえ‥‥」
流は憂愁の色をおびた瞳を闇天にあげた。
「冒険者とは何であろうなぁ。ある時は冒険者風情と蔑まれ、ある時は源徳の犬と謗られ‥‥金で動く信用ならぬ連中と呼ばれ、敵として戦った伊達に囲われている。では、今の我々は何だ? やはり飼い犬か。いや、捕らわれた狼か。それとも‥‥」
言葉を途切れさせ、流は睫を伏せた。
対する明衣には声もない。彼自身、明確な答えをもたなかったからだ。
「源徳‥‥」
突然流が顔をあげた。その黒曜石にも似た黒瞳に異様な光がやどっている。
「源徳?」
「そうだ。自分は源徳家康に会う」
「何!?」
明衣が驚倒した。
「源徳家康に会う? 正気か?」
「正気だ。家康公に江戸に残る冒険者として話しておきたい事が幾つかある」
「待て」
「とめるか?」
「いや」
明衣がニヤリとした。
「私もいく」
「あなたこそ、正気か?」
「正気だ。しかし、家康公に会うのは難事。できうるのなら仲間がほしい」
「ああ。それはわかる。が、俺は報酬を出すつもりはない。此度の件、金で動くばかりの冒険者はいらぬ。今の江戸を――いや、ジャパンを憂い、思うことがある者のみ共に岡崎にむかいたい」
「よし」
明衣が肯いた。
「ならばお前の名で依頼を出そう」
「ああ」
流が答えた。
その面によぎるのは、船出を前にした船乗りに見られるような希望の光に満ちたものではない。むしろ暗澹たる翳である。
何故なら、流にはわかっていたからだ。源徳家康に会う事の困難さが。
長く江戸を支配していただけあって、家康はジャパン中最も冒険者への理解が深い武将といってよい。が、逆にそれは、最も冒険者が気を引き難い人物という事でもある。地方の武辺好きな武将ならいざ知らず、一介の冒険者が面会を求めたとしても家康に会う理由は無い。
のみならず、信康の一件以来家康と冒険者の関係は冷えている。今も冒険者を恨む家臣は多いという噂であり、並の手段では門前払いは必定、最悪源徳家と冒険者の関係を悪くしかねない。
ある意味現状では一番面会が難しい諸侯の一人である。
更に、もし首尾よく会えたとして、一介の冒険者が大大名と何を話すのか。
江戸奪還の秘策あり、ともちかけたところで一笑に付されるのが落ちだ。せいぜいが下っ端役人が聞けば済む程度の話であり、家康の謀臣本多正信にでも相見える事ができれば望外と言える。家康にしか話せぬと訴えたところで、それだけの価値が果たしてあるのか。
会うは至難であり、会う価値のある話をするは更に難しい。
では、どうするか。
流の眼の光が次第に輝きを増しつつあった。それは曙光のように強く、ひたすら強く‥‥
●リプレイ本文
●
「今の流れじゃ、源平合戦の悪夢現つのものになりかねないからね」
一人の女侍が憂慮の呟きをもらした。
彼女の名は水上銀(eb7679)。尾張藩母衣衆の一人である。
「増上寺ではどうであった?」
白隠が問うた。
「話はしたよ。霊的素養を持つ者が次々と殺害され、江戸の霊的守護が危機に瀕してるってね。でも、どれだけ理解してくれているか‥‥まあ、源徳にかかわりのある僧侶が誰かってのは聞きだせたんだがね」
「天海と崇伝か」
白隠が云った。
「家康の両輪たる二大法者。しかし」
白隠は苦い顔をした。
「その二僧、ぬしの話を聞こうか」
「駄目かねえ」
「ふふん」
白隠は苦く笑った。
「その二人、源徳の損にならぬ限り動くまいよ」
「ふむ。‥‥ところで、老師は鬼一法眼という者をご存知か」
「知っておる」
白隠が肯いた。
「名、のみはな。陰陽師にして稀代の剣客。‥‥ぬし、会うたのか?」
「いや」
銀は答え、仲間が聞いたという法眼の言葉を白隠に告げた。
「‥‥江戸湾か。五行相克という奴じゃな」
「らしいね。で、老師はどう思う?」
「確かに何かあるのかも知れぬが‥‥それより銀よ。その黒崎流(eb0833)とやら、何故家康にこだわるのだ」
「それは」
銀は云いよどんだ。流に江戸蜂起の考えがある事など、さすがにこの場で口にするのは憚られる。
「マリス・エストレリータから聞いたんだけど、黒崎は、一年近くたった今も時々はらわたが煮えくり返りそうになるらしい。彼は、誰かを殺したり、裏切ったり、殺されたりしなくても良い世の中になればと願っているんだ」
「ふむ」
白隠は頷いた。
「その黒崎とやら、大した男のようだが‥‥しかし家康という男、黒崎の頼みとするに足る男であろうか」
「えっ」
銀はわずかに顔色を変えた。
「老師は、家康公は頼みにならないとでも云うのかい?」
「そうではない。確かに家康はじゃぱん全土をおさめるに最も近い位置にいる武将かもしれぬ。が、その家康は殺し、裏切り、今の地位を掴んだ男であるぞ。冷徹、かつ貪欲でなければ、今日の源徳はなかったであろう。いや、それが悪いというのではない。武将とはそのような生き物じゃ」
「それでも、あたしは三河にゆく。今度来る時は‥‥」
銀は、憂いを含んだ眼を伏せた。
「もっと美味い茶を立ててあげるよ」
●
三河国渥美郡今橋にある吉田城門前。
今、そこに二人の男が立っていた。
一人は流。そしてもう一人は加賀美祐基(eb5402)という名の志士である。
「よおし」
深く息を吸い込むと――
がばと、いきなり祐基は土下座した。
「北武蔵が武将、畠山荘司次郎重忠様の元で魔法部隊を指揮しておりました、加賀美祐基と申します。火急の用につき、何卒城主様への御目通りが叶います様!」
大音声で叫ぶ。これには、かえって門番の方が驚いた。
「ま、待て」
棒をふりかざしつつ、門番が祐基の顔を覗き込んだ。
その祐基の眼は真っ直ぐであった。どころか湖面の如く澄み、美しくさえある。
顔見合わせた門番に、流は書状を差し出した。
「黒崎流と申す。松山の比企氏には客将として扱って頂いており、また微力ながら五徳様の房総行きに御同行をさせて頂いた事もある」
「と、徳姫様!?」
門番の顔色がやや変わった。五徳とは平織虎長の長女であり、信康の正室だ。
「し、しばし待たれよ」
云い残し、門番は門の内に姿を消した。
「‥‥中仙道の熊谷館防衛、さらには勝呂ヶ原の合戦で長尾景春と戦ったとな」
感心したように唸ったのは無骨剛直の侍であった。
酒井忠次。源徳四天王筆頭と噂される吉田城城主だ。
祐基は満面に輝くような笑みを浮かべ、問うた。
「黒崎の文はお読みいただけましたか」
「うむ」
忠次が頷いた。
「平織の反源徳工作、さらには伊達との同盟計画があるとの噂。江戸で魔性の手と思われる呪術工作が行われ、鬼の流入も止まらぬ。そして平織虎長殿復活には不審な点があり、また武蔵周辺の諸藩の情勢も乱れあり‥‥との事であったな」
「はい」
流が身を乗り出した。
「我々の同志には平織の武将も居り、家康公のお許しあれば参上致すべく待機しております。この国家大乱、危急存亡の難事に際して、家康公に申し上げたき言があり、馳せ参じました。何卒家康公との謁見が叶いますようお口添えいただきたく」
「うむ」
再び忠次は重々しく頷いた。
「信康様の事では冒険者に世話になった。できるものなら力になってやりたいが‥‥で、其の方ら、殿に会って何とする?」
「確かめたい事が‥‥」
流の眼がきらりと光った。
「我々が伊達を江戸城より放逐する結果となれば、家康公は如何なされるや、と?」
「何っ」
忠次が声をあげた。そして身を乗り出した。
「面白い。で、具体的にはどのような計画になっておる?」
「それは‥‥」
流が言葉に詰まった。此度の冒険行において、そこまでの用意はしていなかったのだ。
忠次は肩を落とした。
「‥‥それでは口添えする事はできぬ。源徳を信頼し、世を憂う其の方らの想い、痛いほどわかるがな」
稀に、心に太陽を持つ者がいる。祐基とはそのような者であったのだろう。
へこたれる事なく、深々と頭を下げると、祐基は立ち上がった。と、ふいに足をとめ、彼は源徳四天王の他の三人について問うた。すると忠次は遠い眼をして、
「忠勝は水戸で苦労しているらしい。伊達攻めを心待ちにしていた康政や直政はお主達を恨んでいるらしいぞ」
苦く笑った。
●
岡崎城下の辻。ぴたりと黒装束の若者は足をとめた。
最高度に研ぎ澄まされた彼の全感覚器が今、不気味な気配をとらえている。それは例えて云えば蜘蛛の糸のようにあるかなしかの微細なものだ。
「忍び‥‥服部党か」
若者――天堂蒼紫(eb5401)は含み笑うと、再び足を踏み出した。
●
岡崎城門前に異様な風体の者が座っていた。
茨の冠を被り、真紅の八卦衣を纏い、純白のたすきをしめている。虎魔慶牙(ea7767)であった。
「よお、あんたらも一緒に呑まねえか」
大笑しつつ呼びかける。が、門番は苦い顔をして睨みつけるだけだ。
その時――
「貴様、冒険者だそうだな」
「うん?」
問う声に、慶牙と妖精の菊開が酔眼を上げた。屈強な侍が一人、苦々しげに見下ろしている。
「邪魔だ。失せろ」
侍が云った。しかし慶牙は平然として徳利を差し出した。
「呑まねえか。驕ってやるぜ」
「しゃあ!」
いきなり侍が抜き撃った。目にもとまらぬ一閃は慶牙の持つ徳利を叩き斬り――いや、寸前で横からのびた手が侍のそれを掴んだ。
「やめな」
「か、勝殿!」
手の主の正体を見とめ、侍が呻いた。
「ふふん」
手の主――勝は嘲笑った。
「門前を血で汚しちゃあ、おめえさんも只ではすむまい。ここはひいた方が身の為だ」
「あんた、勝ってのかい?」
慶牙が問うた。すると勝は子供のようにきらきら光る眼むけた。
「ああ。勝麟太郎ってんだ。‥‥おめえさん、源徳様に会いたいっつってるらしいな」
「そうだ。酒でも酌み交わしながら、話でもしてみたいと思ってな。磯城弥魁厳――俺のダチだが、そいつから聞いた五行相克についての話もしなきゃあならないんでな」
「面白えなあ、おめえさん。でも、いくらここでねばったって源徳様にゃあ会えねえぜ」
「ほう」
慶牙の眼がすうと細くなった。その中にぎらりと閃いたのは刃に似た光だ。
「どうして会えない?」
「大身上の大名だからだ。酒を手土産にしたくらいで会えるもんかよ。云っとくが、源徳様はおめえが思っているほど」
勝は声を低め、ニヤリとした。
「粋じゃねえ」
「ふん」
慶牙がつまらなそうに鼻をならした。
「ひとはみなおうであり、おうはみなひとである‥‥ジョンガラブシ・ピエールサンカイって野郎の言葉だが、家康はそう思っちゃいねえようだな」
●
短刀が差し出された。
その柄、降り注ぐ陽光を集めたように煌くのは三つ葉葵の紋――即ち源徳家家紋だ。
「拙者は結城友矩(ea2046)。故あって源徳家康殿に御目通りいたしたくまかりこした。これは源徳長千代様より拝領した短刀でござる。何卒お取次ぎをお願いしたい」
「‥‥」
門兵らは顔を見合わせた。そして一人が門内へと消えた。ややあって一人の侍が姿を見せた。
「奉行である。ついて参れ」
侍が告げた。
「やったな」
流が会心の笑みを浮かべ、友矩が肯いた。
「貴殿の熱き思いに感服し、先達として一肌脱がねばなるまいと馳せ参じた次第であったが‥‥どうやら力になれたようでござるな」
「行きましょう」
七瀬水穂(ea3744)が足を踏み出した。
二刻ほど後の事である。岡崎城下の町の中に六人の冒険者の姿があった。
「徒労であったか‥‥」
心中桐乃森心に詫び、流が呟いた。奉行は彼らの話に耳を傾けたものの、結局家康との対面は果たされなかったのだ。
その時、突如蒼紫が仲間をとめた。
「俺を見張っていた奴だな」
「気づいていたか」
虚無僧が一人、建物の陰から姿をみせた。
「うぬらに用がある。ついて来い」
●
同じ頃、銀は天海の弟子と名乗る僧――道哲と相対していた。岡崎城下において天海を探していたところ、道哲の方から声をかけてきたのだ。
「信心深い源徳家御重臣の方を御紹介いただきたい」
庵の中、端座した銀が云った。
道哲はにこやかな笑みを消さず、
「尾張藩武将であられる水上様が、何故源徳家重臣との会見を望まれるのですかな」
「源平合戦の悪夢を阻む為」
「ほほお」
道哲の笑みがさらに深くなった。
その瞬間、銀は悟った。天海の意図はこちらの腹を探る事であると。
「天海殿に一言伝言をお頼みしたい。平織にも雪解けを願う者がいると」
銀は立ち上がった。
●
広壮な屋敷の奥まった座敷。一人の侍が六人の冒険者を待っていた。
その初老の侍の顔を一目見るなり、空間明衣(eb4994)は声をあげた。
「本多正信殿!」
「いかにも儂は本多正信じゃ」
初老の侍――源徳家家老たる本多正信が答えた。
「ならば話は早い。家康殿と謁見したい」
「殿と?」
「ああ。以前申し上げた江戸城攻略の際の協力について話がある」
「ならぬ」
冷然たる語調で正信は云った。
「那須藩藩士も混じっておるようだが、やはり一藩士。冒険者風情が何の手蔓もなく、天下の摂政たる源徳家康との謁見が容易く叶うとでも思ったか。代わりに儂が話を聞こう。申せ」
「では」
わずかに鼻白み、しかし思いなおしたように明衣が一枚の書状を差し出した。誠刻の武主席たる陸堂明士郎から預かった書状で、世良田二郎三郎との約定を守るとの内容が記されている。
「まず申し上げておきたい。誠刻の武は源徳家康殿に協力すると。その上で‥‥私達は伊達体制での江戸統治は望まない。が、ただ江戸城を落としても統治者がいなければ意味が無い。これは十種之陽光の一員たる将門夕凪から聞いた事だが、伊勢で神が降臨したとか悪魔の件とか色々と話もある。こうなれば家康殿に再度江戸を統治してもらい、この国の平穏を取り戻していただくしかないのだ」
「そうだ」
蒼紫が声をあげた。
「一条院壬紗姫なる者の伝によれば、鉄の御所の件より鬼の脅威は当面は無くなるとの事。が、代わりに異国からの脅威が存在する。現に北武蔵の勝呂家では、私とそこに居る加賀美」
祐基をちらりと見遣り、
「悪魔そのものと相対し、異国の道具によって悪魔であることも確認している。さらには、かの謙信公の裏切りの裏にも‥‥」
「駿河も同様」
祐基が、白隠暗殺事件の顛末を述べた。黒豹の姿をとった魔性が白隠を襲ったというものだ。
「ジーザス会の動きには合わせて魔性の影が見え隠れしております。問題は平織であると」
「平織?」
「そうだ」
蒼紫が肯いた。
「沖田総司殿が虎長殿を暗殺したのは御存知であろう。その理由は乱心かもしれぬ。が、もしそうでないならば‥‥」
蒼紫の眼の光が強まった。背筋に寒気のはしるほど強い光だ。
が、正信は平然と、
「要するに其の方らが江戸で蜂起し、源徳にはその後ろ盾となれと申すのじゃな」
正信が流に眼をむけた。どうやら忠次に渡した書状は岡崎にまで届いているようである。
その時、水穂がぎっゅと拳を握り締めた。
「策はあります!」
「策、じゃと?」
「はい。伊達討伐令を発するよう、朝廷に働きかけるのです」
水穂がにこりと微笑んだ。思わず引き込まれそうになるほど澄んだ笑みである。彼女は続けて、
「朝廷が討伐令を発すれば、立場上平織の動きは確実に止められるです。上州の統治権を朝廷に求めている新田、及び神皇家に忠義厚いと言われる上杉の動きも牽制できます。こうなれば利に聡い武田も伊達の為に危険を冒してまでは動かないでしょう。私達は朝廷工作の根回しの資金として金四千を用意しているです」
「ふむ」
初めて正信の表情が動いた。
「なかなかに鋭い。が――」
正信はじろりと水穂に眼をむけた。
「伊達討伐令の事、今はならぬ」
「なぜ?」
「考えてもみよ。源徳が伊達討伐令を得、江戸攻めを行った場合の事を。あの平織が座して見過ごすであろうか。もし源徳が江戸を攻めた時、平織が上洛し、討伐令を打ち消したならばどうなると思う? 飛んで火に入る夏の虫。餓狼と化して武田、新田、上杉、伊達が源徳に襲いかかろう。さらに」
正信は、氷のように冷たい視線を冒険者達の面上にはしらせた。
「じゃぱんの混乱は悪魔の仕業と云いたいようだが、そう云う其の方らが悪魔に踊らされておらぬという保障はない」
「何っ!」
ものに動じぬはずの流の顔色が変わった。
「自分達が悪魔の手先と申されるか」
「そうは云わぬ。が、源徳と伊達を相争わせる事が悪魔の目的ではないと云い切れるか。それに其の方ら、今一つ信用ならぬ。秘計を携えて来たのなら、何故隠密裏に事を運ばぬのだ」
「うっ」
流が息をひいた。その脳裏に慶牙の事が過ぎる。
満面を怒色に染め、いきなり明衣が立ち上がった。
「もはやこれまで。要するに源徳が動くつもりはないという事だな。が、これだけは覚えておいてもらおう。信康殿の件、決して冒険者の総意ではないという事を。さらには信康殿、失意の中にあってもなお源徳の行く末を案じているという事を」
「正信殿」
明衣について退室しつつあった友矩が足をとめた。
「確かにお家は大事でござろう。が、今は聖も俗もあらゆる者共が動いている。伊達は高尾山に封印されし何かに感づいている様子。鎌太刀は既に何者かに奪われた。すでに事態は静観している場合ではないのでござるぞ」
「‥‥」
正信は黙していた。冒険者の姿が消えても、なお。
やがて、静寂の染みた座敷の中に、正信の呟く声が響いた。
「野に放たれた狼共、どのような風雲を呼ぶか‥‥」
その狼達は、一刻の後、岡崎を後にしていた。
「まだ終わったわけではない」
流は顔をあげた。志高き者は、決して面を伏せてはならぬ。
暗雲渦巻く江戸めざし、金色の魂もった狼はゆく。
ひたすら、ゆく――