【獅子王伝】昴
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:7人
サポート参加人数:7人
冒険期間:07月04日〜07月19日
リプレイ公開日:2009年07月25日
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●オープニング
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長き沈黙を破り、ついに源徳家康が動いた。江戸を再びその手に取り戻すために。
冒険者達はその報を聞き、またその渦中に巻き込まれた。
その冒険者のうち、六人が冒険者ギルドに集まった。年齢も性もばらばらの六人である。
が、その六人にはたった一つ共通していることがあった。
源徳信康逐電。家康の鼻を明かすかのように、切腹の場より源徳家嫡男である信康を逃したのは彼ら六人であった。
そしてまた六人は集まった。
空間明衣(eb4994)。
三菱扶桑(ea3874)。
片桐惣助(ea6649)。
トマス・ウェスト(ea8714)。
渡部夕凪(ea9450)。
大蔵南洋(ec0244)。
目的はひとつ。ジャパンに吹き荒れる嵐の中、信康がどこに翔ぼうとしているのかを知ることである。
が、困ったことがある。肝心の信康の居所がわからない。京にいると噂で聞いたことがあるが、果たして現在もそこにいるかどうか。京にむかったものの。もし不在であるなら無駄足ということになりかねなかった。
「教えてやってもいいぜ」
声がわいた。
愕然として六人の冒険者が振り向いた。彼らほどの手練れがまるで声の主の存在を感知できなかったのである。驚くのも無理はにかった。
「あんたかい」
声の主の正体を見とめ、夕凪が苦笑した。彼女のみは――いや惣助を含めた二人は声の主の正体を知っていたのである。
驚くべきことに、冒険者に気配すら悟らせなかった声の主は少年であった。野性味をそなえた風貌の中で瞳がきらきら光っている。
少年の名は九郎。風魔の忍びであった。
「知っているのですか」
惣助が問うた。すると九郎はふふんと悪戯っ子のように笑った。
「風魔にわからねえことはねえさ。とはいえ冒険者に教えてやる義理もねえんだが」
九郎がちらりと夕凪の腰を見た。その腰で揺れている印籠を。
龍のものであるという伝説の三つ鱗の家紋のついた印籠。北条家印籠であった。
「そいつを見ちまうとどうもなあ」
頭をぼりぼりと掻くと、九郎は口を開いた。
「源徳信康と柳生十兵衛の居所を教えてやるぜ」
●
信康の姿は小田原にあった。
昨年まで、彼は京に臥していた。が、源徳動くの報にさすがにたまらず小田原に駆けつけたのである。
が、戦は膠着していた。そして信康もただ手をこまねいていた。
「さあて、若様、どうします?」
くすりと笑って声をかけたのは西洋人のように彫りの深い顔立ちの男であった。
名は勝麟太郎。源徳家家臣である。
「うむ」
信康は黙した。
●
空を舞ったのは細い小枝であった。
白光一閃。
地に落ちた時、小枝は真っ二つに割れていた。
「ふふふ。眼があったぜ」
笑った。
鬼である。精悍な風貌は人間のもので、端正ともいえなくもない。
金色の魔眼を爛と光らせているが――
左目が糸のように閉じられていた。刀痕が縦に走っている。
鬼はとてつもない巨刀を肩に担ぎ上げると、背後で寝そべっている男をちらりと見遣った。
「どうだ。今の俺は両目が開いていたときより良く見えるぜ」
「あーあ」
男が欠伸をもらした。顔が鬼の方にむく。
男は貴族的といってよい風貌をしていた。が、身形は浪人のそれだ。不羈奔放たる気風を漂わせている。
男が眼を開いた。左眼のみを。
驚くべきことに、男もまた隻眼であった。
「棒切れを斬るのはけっこうだが、約束は破ってないだろうな」
「わかってらあ」
鬼は舌打ちした。男との約束とは人を殺さぬというものであった。
最近のことだ。鬼はある報せをうけた。奥州――それも鬼の地を人間がうろついているというものであった。
すぐさま鬼は数匹の手練れの鬼をむかわせた。が、人間はいとも容易く鬼達を斃してのけたのである。
その後、平然と昼寝してのけた男に鬼は惚れた。そして剣術の指南を請うたのである。それは不遜なるこの鬼にしては珍しいことであったのだが。
が、その鬼をしてそうさせぬものが男にはあった。なんとなれば男もまた鬼と同じく隻眼であったから。
隻眼でありながら、このような超絶の剣技をふるえるものなのか。鬼は思った。
彼の左眼は先日ある冒険者によって傷つけられたものであるのだが、それ以来、彼の剣は封じられた。距離感が微妙に狂ってしまったのである。
今にして思えば、その冒険者と決着をつけなくて良かったと思う。もし対決していたら、あの精妙なる剣の使い手によって斬り捨てられていたに違いない。
鬼の申し出を、男は簡単に承諾した。見返りは酒と食い物である。
それとあとひとつ。指南をしている間は人を襲わぬようにと男は注文をつけた。
そして数日。でかい口をたたいたくせに、男は手ずから鬼を指南しようとはしなかった。毎日嬉しそうに空の雲ばかり眺めている。
それでも文句ひとつつけず――いや、実際には舌打ちの音を響かせながら、鬼はひたすら男の前で剣を振った。そして、ようやく鬼は距離感を取り戻したのであった。
「へへへ、十兵衛。これでようやく死合えるぜ」
「つまらん」
十兵衛と呼ばれた男は再び欠伸をもらした。
鬼は名を大瀧丸、男は名を柳生十兵衛といった。
●
「もし柳生十兵衛殿のもとにゆかれるのなら」
六人の冒険者に声をかけてきた者がいる。
侍だ。かなりの手練れのようである。
「拙者、栗原又右衛門と申す。柳生十兵衛殿と申さば稀代の剣豪。かねてより、ぜひともお会いしたいと念じておった次第」
侍――栗原又右衛門は云った。
●リプレイ本文
●
「信康殿が小田原なのは解るが‥奥州とは。余程にじっとしてるのは嫌いらしい」
溜息に似た声をもらしたのは渡部夕凪(ea9450)だ。
風魔の九郎のもたらした情報によると、柳生十兵衛は奥州、それも大瀧丸のもとにいるという。大瀧丸といえば悪路王配下の鬼王の一人で、その精強さは奥州鬼中随一であるとの噂だ。かねてより無茶苦茶な漢と思っていたが、此度ばかりは呆れた。
「自分もいくぜ、奥州に」
夕凪と同じく奥州への街道に足をむけたのは、小山のようなごつい体躯の浪人であった。名は三菱扶桑(ea3874)という。
「信康が動く時に十兵衛が居ないというのも何か違和感を覚えるんでな」
「夕凪」
と呼び止めた者がいる。夕凪の兄である渡部不知火(ea6130)だ。
「この時期、わざわざ伊達のお膝元に逗留中っていうのもアレよねん」
可笑しそうに笑い、しかしすっと笑みをひくと、不知火は夕凪の耳に口をよせた。
「つか、気になるのは同行者だ。単なる剣客か、其れとも‥刺客だとすりゃ面倒だぞ」
「‥‥」
黙したまま、夕凪は一人の侍に眼をむけた。
十兵衛に会うならばと同行を求めたという男。栗原又右衛門だ。
身ごなしから、かなりの手練れのようだが今ひとつ素性がつかめない。その目的も。
夕凪の懸念を同じく抱いていたものだろうか。扶桑が又右衛門に歩み寄ると訊いた。
「何故奥州くんだりまで足を運び、十兵衛と会いたいんだ?」
「理由は明白」
又右衛門の口元が綻んだ。
「およそ剣の道を歩む者で、柳生十兵衛殿に会いたいと望まぬ者がおりましょうか」
「なるほどなあ」
扶桑は顎を手でまさぐった。
「もっともらしい理由だ。一応信用しておいてやろう。が、今の言葉、忘れるな。もし十兵衛に害をなすつもりなら、自分は敵になるぜ」
「ほほう」
又右衛門の眼に刃の光がよぎった。
刹那、扶桑の背筋に寒気がはしった。野太い笑みが扶桑の口元にも浮かぶ。又右衛門の技量の侮れぬこと、扶桑は看破してのけていた。
「面白いな、おまえ」
扶桑の身裡に殺気がたわんだ。
その時だ。依頼主である空間明衣(eb4994)の声がした。
「では私達は小田原にゆくぞ」
「お、おう」
扶桑の注意がそれた。その隙をつくように、又右衛門は扶桑との間合いをはずした。
その二人のやり取りをじっと見守っていた夕凪は、ふっと背を返すと、朋輩ともいうべき大蔵南洋(ec0244)に身を寄せた。
「南洋さんは小田原かい」
「ああ」
凶相ともいうべき相貌を南洋は頷かせてみせた。
「獅子の子を野に下らせたのは私達だからな。やはり信康様のことは気にかかる。あの頃の信康様は御家が総てであった。が、今は何を思われるか」
「確かめてみるつもりだね」
「うむ。源徳信康という武将、果たして女子供が泣くことのない新しい世をもたらさんという早雲様の夢を共に戴ける方なのかどうか」
「頼むよ」
夕凪は云った。
「あの獅子の子が早雲公の陣中にあれば、これほど心強いこともなかろうからね」
「任せておけ」
南洋が答えた。
それを待っていたわけでもなかろうが、明衣が歩みだした。血風渦巻く小田原にむかって。後には片桐惣助(ea6649)とトマス・ウェスト(ea8714)が続く。
と、明衣を呼びとめた者があった。フレア・カーマインと将門司だ。
フレアは調べた小田原の状況を説明して後、明衣をじっと見つめた。
「あんさんなら大丈夫やとは思うが気をつけて」
「心配はいらんで。なあ、おば」
ぴしりっ、と。さん、と司が言葉を続ける前に、肉が軋む音が響いた。
「明衣はん、道中気をつけて‥‥」
痛む頬をおさえ、司が云った。背をむけたまま、明衣が手をあげる。もう片方の手には司手製の弁当があった。
●
「ここですか」
惣助は、小田原城下にある屋敷の前で足をとめた。ここに源徳信康が逗留しているという。
「ゆこう」
南洋が先にたって案内を請うた。すると玄関に現れた娘が奥へと引き返し、代わって小柄の侍が姿をみせた。
少年の瞳をもった、尋常でない気をまといつかせた男。勝麟太郎である。
「おめえさんたちかい、家康様の手から信康様をひっ浚っていっちまったてのは」
勝が無遠慮に惣助と南洋を眺め回した。惣助が肯く。無論、惣助は勝の顔は知らない。
「案内してやる。ついてきな」
勝が歩き出した。廊下を通り、奥へ。中庭に一人の侍の姿がみえた。木剣を振っている。その顔は見忘れもしない――
「信康様」
思わずといった様子で南洋が声をかけると、侍――源徳信康は木剣をおろした。そして破顔した。
「其方らは――片桐惣助に大蔵南洋ではないか」
「お久しゅうございます」
南洋が頭を下げた。うむ、と信康は首を縦に振った。
「久しいな。其方達とはあれきりだが、その後、どうしていた?」
「はッ」
南洋は答えた。あれから北条家家臣となり、現在は源徳軍に加わりて江戸奪還を目指していることを。
「ほう。北条家に。となれば、主は早雲公よな」
信康は思案する眼になった。
少なからず早雲には興味がある。一度は会ってみたいと思っていた。
「はッ」
答えると、南洋は逆に問うた。その眼の奥に密やかな炎をやどらせて。
「我が主に、一度会うてはみられませぬか」
「早雲公に?」
「御意。信康様は一人の男として世を眺められて何をお感じになられましたか。もし世の在り方に疑念をもたれたならば、我が主にお会いなされることをおすすめ致しまする。何か道が開けるやも知れませぬぞ」
「信康様」
それまで控えていた惣助が文を差し出した。ぎくりとして信康が文を受け取る。彼は、それまで惣助の存在を失念していたのだ。
そこに在って、そこになし。忍びたる惣助の真骨頂であった。
「これは?」
「我が主、御影涼よりの文でございます」
「ふむ」
信康は文を開いた。
熟田津尓
船乗世武登
月待者
文にはそう書かれていた。古の歌の一文である。下の句は潮毛可奈比沼、今者許藝乞菜と続く。意味は船出を促すものであった。
「得手に帆を揚げる。‥‥海に関する言葉は希望に満ちてますね。主も申しておりました。好機は待つではなく、掴むものだと」
「好機、か」
信康は呟いた。その身が一瞬震えた。武者震いである。
その時である。信康を呼ばわる声がした。明衣の声であった。
●
中庭にむかう縁で、信康と明衣は座していた。
他には誰もいない。明衣の希望によるものである。
「元気そうで何よりだ。空の下で何か得るものはあったかな?」
明衣が空を見上げた。弁当を司につくらせておいたのだが、何しろ炎天下の長道中だ。とうに腐ってしまっていた。
信康もまた空を見上げた。
「ああ、いろいろとな。たとえば、これだ」
信康は箸を使うまねをした。
「駿河を出てから京へとむかったが、勝の助けがなければ、俺は食うにも困った。生きるための戦をしているのは、侍ばかりではない‥‥知っていたつもりだが、分かっていなかった」
「よく気づかれたな」
会心の笑みをうかべ、明衣は炎舞なる日本刀を差し出した。
「貴殿と共に歩みたい」
「俺、と?」
「ああ。貴殿がこれから何をするか楽しみでな。今まで人に仕えようとは思わなかったが、間近でこれからを見たいと思ったのは貴殿が初めてなのだ」
「明衣」
信康の手がすっとあがった。
その時である。
「信康君、元気だったかね〜」
大声をはりあげた者がいる。遅れて到着したトマスだ。
ずかずかと中庭に入り込むと、呆気にとられている信康の隣に傍若無人に座す。唯我独尊、それこそがトマスだ。
「私だ、ドクター・ウェストだよ」
トマスが顔を隠していたクラウンマスクをはずした。信康の表情がわずかに曇る。
が、トマスは何ほどでもないようにけひゃひゃひゃひゃと笑った。
「なに、我輩が好きでやったことだね〜。これくらいのこと、楽しませてもらっているよ〜。それより信康君、何を暗い顔をしているのだ〜? そういう時は、我輩のように名乗りを変えてみるとかどうかね〜? 源徳の側ということで、徳側なんてね〜。別人になってみると、違う世界が見えてくるよ〜」
「別人か」
信康が立ち上がった。何故か晴れ晴れと笑っている。
「お前を見ていると悩んでいるのが馬鹿らしくなってくるな。その暇があるなら俺も動いてみよう」
「ならば」
明衣が眼をあげた。信康が肯く。
「ともかくも一歩だ。早雲に会う」
●
奥州に向かった冒険者は四人いた。扶桑と夕凪と又右衛門、そしてカーラ・オレアリス(eb4802)の四人だ。
彼らは白河の関を越え、平泉へと足を運んだ。行く先は大瀧丸の治める地であった。
そして――
彼らは鬼に襲撃された。が、十兵衛の名を出したとたん、鬼達は急におとなしくなった。案内されてむかったのは鬼の集落のはずれにある小さな家屋で。
「ここにいるっしゃるんですね」
貴人めいた美麗な老女が戸に手をかけた。カーラである。
肯くと夕凪が又右衛門の耳に囁いた。もし又右衛門が刺客とて、それに遅れをとる十兵衛でもあるまいが、面倒事は真っ平だ。
「私に無粋な真似はさせないどくれよ?」
「‥‥」
又右衛門は黙したままである。そしてカーラもまた黙っていた。
冒険者ギルドにある時、実は彼女は又右衛門に対してリードシンキングの呪を試みていた。が、彼の心底を見抜くことはできなかったのだ。
カーラは戸を開いた。中には三つの人影があった。
一つは鬼である。が、精悍な面立ちは人間のそれだ。ごろりと寝転んだその身には噴きこぼれんばかりの熱い闘気をまとわせている。大瀧丸であった。
もう一つもまた鬼だ。しかし、こちらは化生そのものの相貌をもっていた。そのくせしんと冷えた雰囲気を放散させている。
その鬼が云った。
「気にいったか?」
「ああ」
答えたのは三つ目の人影だ。人間の若者で、玩具を見る子供のような眼で抜き身の一刀を見つめている。その右眼は糸のように閉じられていた。
「いい刀だ」
「その刀はもち手を選ぶ。扱える者はぬしくらいであろう。気にいったのならくれてやるぞ」
「ありがたい」
若者が笑った。その顔を一目見て、夕凪が声をかけた。
「十兵衛殿」
「おっ」
十兵衛殿と呼ばれた若者の隻眼が大きく開いた。その驚いた顔をみて、夕凪が苦笑した。なんて開けっぴろげな顔なんだい、と。
「夕凪じゃないか」
「夕凪じゃないか、じゃないよ。しかし」
と夕凪は大瀧丸にちらりと眼をむけた。以前、彼女は悪路王の会見の際に大瀧丸とは顔をあわせている。無論、大瀧丸の方は忘れているだろうが。
「‥暫く見ぬ間に随分と侍らす好みが変わったねぇ、十兵衛殿?」
「ふん、誰がこんな汗臭い奴を侍らせるものか。ところでどうした。こんな奥州なんぞにやってきて」
「十兵衛様に会いに来たのです」
カーラが答えた。
その時である。十兵衛の手がさっと振られた。
「ふーん。血中に入らねば効かぬ毒をぬった含み針か」
十兵衛が云った。その手の指の間には一本の針が挟まれている。さっと又右衛門が飛び退った。
「ぬん」
反射的ともいえる素早さで扶桑が刃を疾らせた。が、驚くべきことに、その凄絶なる斬撃を又右衛門は抜き払った一刀で受け止めていた。扶桑が叫ぶ。
「貴様、やはり刺客か」
「裏柳生、栗原又右衛門」
名乗ると、又右衛門は戸をぶち破って表に飛び出した。追おうとした扶桑を十兵衛がとめた。
「いいさ。それより」
十兵衛がカーラの手の酒に眼をむけた。
●
ほどよく酒がまわった頃である。仲間が信康のもとにむかったことを夕凪が告げた。
十兵衛はあまり驚いた様子もなく、
「信康殿を動かすつもりか」
「まあな」
扶桑は肯くと、
「で、お前はどうする? どうせ強い奴が目の前に現れれば仕合って見たくて仕方がなくなるんだろう。都合が良い事に戦場には強者がわんさかと現れるぞ」
「興味ないな」
あっさりと十兵衛は答えた。
「俺は、俺の闘い奴と、俺の闘い時に闘う。他人の都合で動くのは面倒くさい」
「けれど」
思わずといった響きを込めて、カーラが声をあげた。関東の情勢など、知り得ることを披露した後、
「大義は権力者の都合で歪められますが、人と人が繋がることで得られた友情、即ち義は不滅、それ故に護り続けねばならないと思うのです。しかし伊達様が勝利し、権力に阿り不正と欺瞞で世界が築かれれば、結局苦しむのは末端に生きる人々。だから」
「伊達を斃せと。ふふん、俺も源徳武士、心は動かくが‥‥苦しむ民の為というなら、何故家康は東海道を攻めた? 伊豆駿河は伊達側では無かったぞ」
源徳は信濃に攻め込み、甲斐越後上州を成敗して江戸に入る事も出来た。
「伊豆駿河の民から、源徳は恨まれることをやった。俺に言えた義理ではないが、大名はどこも同じだぜ。伊達が勝利しようと、世は変わらんのではないかね」
「しかし伊達には悪魔が」
十兵衛は笑みを刷く。それも一興と。
「では十兵衛様は伊達との戦いにはたっていただけぬと」
カーラは肩をおとした。同時に聖人の魂をもつ彼女は決意した。たった一人でも、伊達と戦って死のうと。
「ああ。――うん?」
十兵衛が夕凪の懐から覗く印籠に眼をやった。
「これかい」
苦笑しつつ、夕凪は印籠を取り出した。北条家家紋のついた印籠を。
「北条家の家臣となったもんだからね」
「ほう」
十兵衛がやや意外な顔をした。夕凪が主持ちとなるとは思わなかったのだ。
「どうにも退屈させない御仁でねえ、早雲公は」
「そんなに面白い奴か、早雲は?」
「まあね。だから、此れからの私の喧嘩相手は‥全ての大名さ」
「何っ」
十兵衛の隻眼がギラッと光った。
「どういう意味だ」
「知りたけりゃあ、公に会って直接聞いてみるがいいさ」
夕凪は云った。
彼女の見るところ、十兵衛と早雲は驚くほど似ている。もし夕凪が危機にたちいたれば、十兵衛は平然と命を投げ出すだろう。が、早雲はといえばそうではない。冷静に秤にかけ、必要なければ夕凪を見捨てるに違いない。
それでも、と夕凪は思うのだ。たった一人の女のために命をかけるような馬鹿さかげんでは、むしろ早雲の方が上ではなかろうかと。早雲は、その一騎駆けの武者たる心情を必死になっておさえこんでいるだけではないかと。
「よし」
名刀会津兼定を腰におとし、十兵衛は立ち上がった。
「早雲の面を拝んでやろう」
「そうかい」
共に立ち上がりつつ、ふと夕凪は不安にかられた。
柳生十兵衛と北条早雲。最良の友か最悪の敵のどちらかにしかなれぬと思ったのだ。
「俺もゆくぜ」
むくりと大瀧丸が身を起こした。
「お前さんもかい?」
「ああ。その戦場――小田原だったか。そこに行けば奴に会えるかもしれねえからな」
ニヤリとすると、大瀧丸は左眼に走る刀痕に指を這わせた。
風が吹いた。
七人の冒険者のひたむきな想いが吹かせた風だ。それは嵐となるか、それとも――
関東の決戦はすぐそこまで迫っていた。