竜の探索
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月18日〜04月28日
リプレイ公開日:2008年04月29日
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●オープニング
●
天に蒼、地には緑。
髪は黄金、胸には闇。
カーラ・オレアリス(eb4802)はじっと通りを見つめていた。
その眼前、人々が、ゆく。それぞれの想いを抱き、それぞれの人生を背負って。
カーラは黙したまま、ただ人々を眺めていた。
そのカーラの胸は、重くふさがれている。昨今のジャパンの情勢を慮ってだ。
戦、裏切り、憎しみ。負の想念が渦巻き、まさに世は麻縄のように乱れている。今にもはジャパンは悪意におしつぶされそうだ。
でも――
ようやく、カーラは人々から眼をはなした。そして自身の両の掌に視線をおとす。
小さな手。人一人を抱きとめる事がやっとの。
このような手で、いったい私に何ができるというのだろう。
その時――
カーラの視線の隅で動いた者がある。
はっとあげた彼女の眼の前、七、八歳ほどの一人の少年が歩いている。足を挫きでもしたのだろうか、杖をついていた。
「あっ」
カーラが声をあげた。その少年が転ぶのを見とめた故だ。
慌てて駆け寄り、カーラは手をのばした。しかし少年はカーラの手を拒むと、地に両手をついた。そして半身を起こそうともがく。
地についた少年の両手がぶるぶると震えていた。が、少年はやめない。
やがて少年は半身を起こした。頬に土がついていたが、少年は気にもとめていない様子だ。
「大丈夫、立てるよ」
少年は転がった杖に手をのばした。そして杖にすがり、今度は立ち上がる為に奮闘し始めた。
カーラはじっと少年を見つめている。今はもう少年に手を貸す気などない。少年がそれを望んでいない事、そしてまた少年には必要ない事を悟っているからだ。
どれほど刻が流れただろう。
少年は再び立ち上がった。泥だらけではあったが、陽光の中に立つその姿はまるで英雄像のように美しく、雄雄しかった。
「ほら、ね」
微笑すると、少年は歩み始めた。その背を見送るカーラの相貌にも微笑が浮かんでいる。
「どんな苦境でも、動かなければ現実を変えることはできないのね。そう、待っているだけでは何も変わらないのよ」
カーラは悟った。それは、この世の真理の一つだった。
●
越後へいきたい。
カーラは思った。
無論、物見遊山ではない。上杉謙信をめぐる不穏な動きを探る為だ。
各大名には、それぞれの色がある、とカーラは思っている。武田信玄には武田信玄の、伊達政宗には伊達政宗の。そして上杉謙信には義という名の鮮烈な色が。
然るに――
昨今の謙信の色合いの不明瞭さはどうだ。裏切りという名の灰色に染まり、今は越後の竜と呼ばれた面影はない。
越後に――
何か、ある。
そうカーラは確信した。
謙信ほどの英傑を、裏切りという薄汚い所業にはしらせたモノ。それが必ず越後に潜んでいるはすだ。
その何かは、ジャパンを戦国と成さしめたモノと繋がりがあるのではないか。そして、そのモノの正体を暴く事で、このジャパンの混沌に光明と秩序を与える事ができるのではないか。
そのようにカーラは考えたのである。
では――と思い、すぐにカーラは混迷に陥った。越後にむかい、具体的にどうするかという事について。
越後領内にとどまり、密かに探索を行うのならば問題はなかろう。派手に動きさえしなければ上杉家乱破――軒猿の眼にとまる事もないはずだ。
問題は城の中である。もし春日山城中に秘密があるのなら――果たして一介の冒険者が城内に入る事などできるだろうか。
かつて白隠と同行した時でさえ、謙信との対面はかなわなかった。ましてや今度は冒険者のみにての探索行だ。白隠の書状などもっていたとしても謙信対面はおろか、春日山城内に入ることさえ至難であろう。
しかし、カーラは挫けない。退かない。
一歩を――そう一歩を踏み出せばよい。それはいと小さき道程なれど、昨日ではない。明日に続く一歩だ。
「大丈夫。ゆけるわ」
カーラは力強く微笑んだ。
●リプレイ本文
私の願いは唯一つ。
謙信公があるべき色を取り戻すこと。真実の輝きを取り戻すこと。
カーラ・オレアリス(eb4802)は祈りを捧げる。その姿は殉教者のようだ。
そして現れた五人。天の御使いのように。
「面白えなあ」
虎魔慶牙(ea7767)が楽しげに笑った。
「いいのですか。越後に何が待っているか、わからないのですよ」
カーラが問うた。
「だから面白いんじゃねえか」
慶牙がさらに笑みを大きくした。この男に脅しは通じない。困難であればあるほど慶牙は勇躍する。元来度外れたところのある男なのである。
「虎魔殿らしい」
薄く微笑んだのは、すらりと立つ、どこか物憂げな男である。
が、その眼は深く鋭く。遥か遠くを見つめているような眼差しをもっていた。
誠刻の武主席、陸堂明士郎(eb0712)という。
「自分もゆく。越後へ」
明士郎は云った。
「弱き者を救い、理不尽なものには命をかけて抗う。自分の武士道とはそのようなものであった。そういう意味で、自分と上杉謙信は近い信念の持ち主であるように思う」
「私も興味があるな、謙信には」
「空間さん!」
「久しぶりだな」
空間明衣(eb4994)が手を差し出した。その手をとり、カーラはしっかりと握り締めた。
「来ていただいたのですね」
「この前は謙信には会えなかったからな。謙信には云いたい事があるんだ」
「云いたい事?」
「冒険者の事さ」
明衣の眼がきらりと光った。
「謙信は、どうやら冒険者は金のみで動く義無き者と思っているようだ。それが勘違いであると知ってもらいたいんだ」
「わたくしは、一度行ってみたかったのだわ」
微笑み、空が人の形をとったかのように爽とした風をまといつかせた女性が眼を輝かせた。
人ではない。半透明の羽根を持つところから見てシフールである。
吟遊詩人。名をヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)といった。
「まだ見ぬ越後。まだ見ぬ上杉謙信。楽しみなのだわ」
「私もです」
カーラは微笑み返した。
「謙信公を誑かす奸悪の正体と尻尾を掴むつもり。そして再び謙信公には義の道を歩んでいただこうと思っています。――銀さん」
カーラが、背を返した女侍を呼びとめた。
「何だい?」
女侍は足をとめた。
美しい女だ。前髪を左目に軽くかけたその相貌は端正といってもよい。
ただ、その眼のみは異様であった。知的な眼差しの中に、刃の光が瞬いている。
「尾張藩武将のあなたが来てくださるとは思っていませんでした」
「越後に気になる事があるのでね」
女侍――水上銀(eb7679)が答えた。
刹那、銀の眼が剣呑に光った。昏い怒りに燃える眼だ。
(朱美‥‥)
銀は心中に呟いた。そして思い描いた。朱美の面影を。
哀しい眼をした、美しい娘であった。一途に一人の男を愛する娘であった。
その朱美が死んだ。愛する男に化けた悪魔に殺されたのである。
(聞いたよ、あんた自身が朱に染まった顛末を。無念は晴らしてやりたいけど、さて‥‥)
「鬼道八部衆か」
銀の朱唇から声がもれた。
朱美を殺した悪魔の名は知れていた。自ら名乗ったのである。
鬼道八部衆、緊那羅王。それが敵の名だ。
「化生が潜むとすれば、越後。つついてやろうじゃないか、思い切りさ」
銀が独語した。
●
薄紅色の吹雪が舞った。桜である。
甘い匂いの混じった風吹く中、冒険者達は北国街道を辿った。
「私はここで」
明衣が立ち止まった。後二里ほどで高田宿という辺りである。
街道をそれた脇道があった。村へと続く道だ。
「村に寄ってゆく」
云いおくと、明衣は足を踏み出した。
「これでいい」
薬水を飲ませ、明衣は怪我人を送り出した。すると村長が深々と頭を垂れた。
「空間様、有難うございます」
「気にしないでくれ。医師として、当然の事をしているだけだ」
「いいえ」
村長はかぶりを振った。
「昨今は医は算術でございますから」
「哀しい事だな。それより村長殿」
治療の手をとめると、明衣は村長に眼を転じた。
「なんでも上杉殿は一揆の事で心を痛めているらしいな。ただ話を聞く限り、何故一揆が越後で起こるのか理解できない。一揆を扇動して越後に害を成す者がいるんだろうか?」
「それは‥‥」
村長は当惑したように口を開いた。
「一向宗なる新興宗教の事は聞いておりますが‥‥。越後に害を成そうなどとは、とても‥‥」
「ふむ」
曖昧に明衣は肯いた。
一向一揆には、不明な点が多い。真宗という新宗教が関わるらしいが、余程結束が強いのか漏れ聞こえてこない。近年戦続きのジャパンで一揆は珍しく無いが‥。
「越後で真相にどれほど迫れるか‥‥」
再び神の手をふるいつつ、明衣は声をもらした。
●
林泉寺。春日山城麓に建立された寺院である。
その林泉寺の境内に三人の冒険者の姿があった。明士郎、カーラ、銀の三人だ。
その三人の冒険者の前に一人の僧侶が立っていた。七世住職である益翁宗謙である。
「お久しぶりです」
頭をさげると、カーラは二人の仲間を紹介した。益翁宗謙は軽く目礼すると、
「此度はどのような用件で越後に」
「桜の宴を催したいと思いまして」
カーラが答えた。
「昨今、じゃぱんは殺伐としております。だから、せめて桜の宴など催し、越後の人々の心が少しでも安らげばと考えた次第」
「それはいい」
益翁宗謙は微笑んだ。
「桜を愛で、心を溶かせば、重く雲の垂れ込めた人々の心にも光が差すやもしれませぬ」
「では、花見の協力をお願いしたいのだが」
銀が問うと、益翁宗謙はゆったりと肯いた。
「それは宜しいですが‥‥どのようにすれば良いのですか」
「宴の場として、この境内をお借りしたい」
銀は周囲を見回した。境内は薄紅の光に染まっている。
「費用と準備はあたしたちが。ただ一つ。住職殿には知り合いとの顔つなぎもお願いしたい」
云って、銀は俳句名鑑と桜餅を差し出した。
「承知しました」
益翁宗謙は合掌した。
と――
その益翁宗謙の前に、一人の男が進み出た。明士郎である。
「陸堂明士郎啓郷と申します」
明士郎が名乗った。
ほう、と益翁宗謙が眼を細めた。
明士郎から漂いだす静謐なる胆力といったものを彼は感得したのだ。この男、只者ではないと益翁宗謙は見た。
「何か御用か」
「お尋ねしたき事が」
明士郎が口を開いた。
「自分も武士の端くれ。義に生きるはまさに理想。その意味で謙信公は尊敬できる御仁と思っております。それだけに先の乱での行動はどうにも腑に落ちません」
「以前にも申し上げたのですが」
益翁宗謙がちらりとカーラを見た。
「謙信公と話しましたが、公に偽りはありません。その眼も澄み切っておられる」
「やはり迷いはないと仰せられるか」
明士郎は眼を眇めた。益翁宗謙がそう云っても疑念は拭いきれぬ。謙信が裏切ったのではなく、裏切らざるを得なかったとしたら?
「では、こうは考えられぬでしょうか。謙信公に迷いがないのは、それは天啓を得たからではないかと」
「天啓?」
益翁宗謙が眉をひそめた。が、表情に変わりはない。
「謙信公は信仰が篤い。天意を受けたならば民に話されるでしょう。貴方は謙信公が惑わされていると決めたがっておられる。それでは人に信用されませぬし、見えるものが見えないのでは?」
「確かに。おかげで良く白い目で見られますが、こればかりは冒険者の職業病でしょうか。何方か御力を御貸し頂けそうな方に心当たりがありませぬか」
「さて」
益翁宗謙は首を捻った。
「今すぐにはどなたとも‥‥」
●
ふっ、と。
根岸信五郎は木剣を持つ手をとめた。
涼やかな風が神道無念流道場の窓からそよいでいるのだが、その風に二つのものが含まれている事に気がついたからだ。
一つは濃い桜の匂い。そしてもう一つは、その桜の花がはらはらと散るにも似た心地よい笛の音だ。
「何だ?」
妙に気にかかり、信五郎は窓に近寄り、外を覗いた。
通りに人だかりが見えた。その中、馬に乗った小柄の影がある。どうやら笛の主らしい。
その信五郎に気づいたものか、笛の主が馬を進めてきた。
「ヴァンアーブル・ムージョと申しますのだわ」
ヴァンアーブルが名乗った。慌てて信五郎も名乗り返す。ヴァンアーブルはにこりと微笑み、
「明後日、桜の宴を催しますのだわ」
「桜の宴?」
「はい。林泉寺で。あなたさまも、お仲間を誘い、是非お越しくださいませ、なのだわ」
もう一度天使のように微笑むと、ヴァンアーブルは馬首を返した。その姿が、そして笛の音が遠ざかり、消え去るまで、ただ信五郎は見惚れていた。
●
一向一揆とは、新興宗教である真宗信者の一揆である。この越後において農民のみならず、商工業者、さらには武士までをも巻き込んで勢力を増しつつあるらしい。
慶牙は一日かけてそこまで調べ上げた。が、そこまでだ。肝心の一向宗徒と接触する事ができない。
確かに一向宗の看板を掲げたところはある。そこに一向宗徒はいる。
しかし、それは末端だ。訪ねた慶牙に仏の道を説くだけで、さしたる益はなかった。
当然だ。今、越後において一向宗は弾圧の対象である。ふらりと訪れた慶牙が、そう簡単に核心に迫る事のできるはずがなく。
と――
黄昏の中、慶牙は、愛馬颯をとめた。
前方に一人の男が立ちはだかっている。僧形だ。手に薙刀をもっている。
「何だ、おめえは、よ」
慶牙が問うた。が、僧形の男は答えず、薙刀の刃を慶牙に突きつけた。
「一向一揆について調べているようだな。何者だ、おぬし」
「虎魔慶牙。冒険者だ」
「冒険者?」
僧形の男の眼の光が、不審に揺らいだ。
「その冒険者が、何故一向宗を探る? 謙信に頼まれたか?」
「いいや」
慶牙はかぶりを振った。
「俺の独断だ。争いをなくす事ができぬかと思うてなあ」
「馬鹿な」
僧形の男が嗤った。
「争いをなくすだと? うぬ一人に何ができる?」
「そうかも知れねえなあ。が、一つ聞かせろ。おめえ、どうやら一向宗の者らしいが、何故、上杉のお膝元で一揆を起こす?」
「わかりきった事。一向宗を広める我らを、為政者が弾圧するからだ。我らが力を持つ事を、為政者は恐れているのだ」
云うと、僧形の男は薙刀をびゅうと振った。そして、その薙刀の刃先は、微動だにせぬ慶牙の顔の寸前でとまった。
「余計な事をすれば、殺す」
「面白えなあ」
白々と光る白刃を恐れるふうもなく、楽しげに慶牙は笑った。
●
「戦勝祈願、総髪の若者、そして変心――まるで三題噺さ」
皮肉に笑い、銀は眼をあげた。
その先、社がある。栃堀の巣守神社だ。
朝のうち、銀は神社近辺の噂を聞き込んでみた。が、特に変わった噂などなく。只、宮司が最近変わったという事実を掴んだのみだ。
「さて、ここの桜の色は何色だろうねえ」
銀が、境内を横切る一人の男の姿を見とめた。身形からして宮司のようだ。
「宮司殿」
銀が呼んだ。すると男は、満面に菩薩のものに似た笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。
「何か御用ですかな」
「今度桜の宴を催すので、それをお知らせしようと思ってね」
「桜の宴? それはけっこうな事で」
「それはそうと」
慶牙が周囲を見回した。
「以前、総髪の男を見たのだが‥‥今日はいないみたいだな」
「総髪の男?」
宮司の表情が小さく動いた。
「逗留されていた旅のお方ですな。今は出立されて、この越後にはいらっしやいません」
恐い笑みを浮かべて、宮司は答えた。
「九鬼花舟」
カーラが口を開いた。巣守神社より離れた路上だ。
「宮司の心を読み取りました。おそらくは、その総髪の男の名でしょう」
「何者だ、その男?」
慶牙が問うた。
「わかりません。ただ乾闥婆王という言葉を、宮司は思い浮かべていました」
「野郎!」
慶牙が振り返った。
「やはり何か知ってやがるな」
「待ってください」
カーラが慶牙をとめた。
「にゅーとらるまじっくをかけてみました。しかし効果はありません。それは即ち、宮司は呪いなどかけられているのではないという事。多分全てを承知の上‥‥問うてみたところで、大人しく答えるはずがありません。それに‥‥」
カーラには気にかかる事があった。
九鬼花舟がすでに越後にはいないと宮司がもらした事である。もしそれが本当なら、九鬼の狙いは謙信ではないという事か。
「くそっ」
慶牙が地を蹴った。
●
乱れ、舞う。
桜と笛の音が。
桃源郷ともいえる世界で、宴に集まった人々は笛の音を介して見た。桜が芽吹き、咲き乱れ、やがてはらはらと花の雨を散らすまでの光景を。
まさに奏する笛の名は『桜の散り刻』。奏者はヴァンアーブルであった。
そして銀は舞っている。団子の商いの手をとめて。
さして舞の心得のない銀だが、北辰流達人たる彼女の動きは、剣の型をとるだけで一幅の絵と化していた。
その見事さは神道無念流道場の者達にもわかった。根岸信五郎もうっとりと見とれている。
「どうやら上杉の者は来ないみたいだな」
明衣がぷかりと紫煙を吐いた。
「そう簡単にいくとは思っていませんでした」
カーラが答えた。
「でも、上手くいけば白隠様に頼んでいた謙信公の返歌が私宛に届くはず。そうなれば敵が動くかもしれません」
「そうなれば面白いが‥‥」
明衣がちらりと眼を動かした。
「わかるか、明士郎殿」
「ああ」
明士郎は静かに肯いた。その研ぎ澄まされた感覚は、針の先のような視線をとらえている。
「いる。おそらくは軒猿衆だ」
「町の方の中に混じっているのだわ」
ひょい、とヴァンアーブルが顔を覗かせた。そして、告げた。九鬼花舟なる人物が春日山城下、さらには上州沼田で目撃された事があるらしいと。
「少し、見えてきたか」
呟くと、慶牙は杯に口をつけようとした。その杯に、桜の花びらが一片浮かんでいる。
「花見か」
慶牙は煌く桜を見上げた。そして三人の少女の面影を脳裏に思い描いた。
「奴らも連れてきてやりたかったが‥‥。俺が動くしかあるまいな」
ニヤリとすると、慶牙は杯を傾けた。瞬間、めらと慶牙の身裡より殺気が膨れ上がった。
●
カーラは、豪壮な屋敷の一室にいた。
その彼女の前、一人の初老の男が端座している。でっぷりとした侍。色部家用人、桑原主善である。
本当のところ、カーラは色部勝長との会見を希望していた。が、白隠同道なればいざ知らず、一介の冒険者が単独で上杉家重臣と見える事など不可能事といってよい。用人と対面する事ができただけでも僥倖といっていいだろう。文を送るなどしたカーラの地道な根回しがきいているのだ。
主善が口を開いた。
「其方の事は聞いておる。桜の宴を催したようだが‥‥此度はいかなる用件があっての推参か」
「色部様にお伝えしていただきたい事が」
カーラがぎらと眼をあげた。澄んだその瞳は常の如く静かだ。が、その瞳の中に、緑色の炎がちらちらと燃え上がってきつつあるようである。
「奸悪の影、おぼろげながらも見えてまいりました、と」
カーラが告げた。
時に卯月下旬。春真っ盛りの頃。
天をよぎる漆黒の魔影を、カーラは幻視していた。