●リプレイ本文
●帰還と咆哮
「ここがそうか」
鬱蒼とした森の手前で止まった守人の青年――クレイスを見やるとデュラン・ハイアット(ea0042)は呟く。振り返ったクレイスもまた頷き示唆をする。
「狼達の事が心配なのは判るが‥‥まずは村の解放だからな?」
ラドルフスキー・ラッセン(ec1182)は、出発前に話をしておいた事に念を押す。守人である彼が狼達の安否を気遣うのは当たり前ではあるが、やはり優先すべきところは見極めておいて欲しかったのである。
(「‥‥流石に足の怪我のせいか、移動は時間が掛かったな。心情的には彼の友にも同行させたかったが‥‥」)
風にたなびく兎耳とは裏腹に真剣な表情のラザフォード・サークレット(eb0655)。オリガ・アルトゥール(eb5706)はともかく、ラザフォードのその姿に、二日前、クレイスとその友人が顔合わせをした時に苦笑を隠せなかった。
‥‥勿論それは、ジュラ・オ・コネル(eb5763)に会った時もであったが、冒険者はそういうものなのだろうと、納得する事にしたクレイス達であった。
クレイスの話によれば、森を抜けるには半日もあれば良いらしく、冒険者達は早めの野営準備に入る。
ウォルター・ガーラント(ec1051)は森の手前だからと言って油断する事なく、周囲を念入りに警戒、視察して来て戻ると、盗賊達がこの辺りまで見回りに来ない事を皆に伝えた。
皆が野営の準備をしている間、キエフを出発してからの日課である、馬達との意思の疎通をはかるガブリエル・プリメーラ(ea1671)。
村と所縁のある狼達は、恐らく村が占拠された事や、少なからず森に侵入してきたであろう盗賊達に敏感に反応して、殺気だっている筈であると考えたからである。余計な混乱を招かない様に、大人しくして指示に従う様に言い聞かせていた。
火に当たりつつ、黙々と食事をする一同。ふと静寂を破るかの様に狼の遠吠えが耳に入る。クレイスは咄嗟に面を上げて森へと視線を移す。
「焦ってはいけませんよ」
心中を察したのか、オリガは彼に釘を刺す。表情を曇らせて俯くクレイス‥‥やや重たい空気のまま、一同は交代で休息を取る事になった。
●占拠せし者達
翌日。朝早くから一行は移動を開始する。狼を刺激しない様に慎重に進むが、非常に優れた嗅覚を持つ彼らには、やはり守人の存在が感じ取れるのか、それは杞憂に終わる。
そして、森の出口に近付く頃になると、ラザフォードが足を止めた。
「これ以上団体で進むのはまずいかも知れんな」
僅かな音。彼に少し送れて何人かもそれを察して頷いた。各員は茂みや木上などに身を潜め、ウォルターは村の偵察へと向かう。
クレイスの話を聞いていたせいか、地理的に不利な状況での偵察もなく、彼は見張りの配置と規模を把握していく。
一つだけ問題があったのは、クレイスから聞いていたのと異なり、村人と思わしき者達が少数ながらも残っている事が確認出来た事であった。
(「やはりか」)
危惧はしていたせいか、然程動揺こそしなかったが、楽にはいかないだろうと気を引き締め直すと、冒険者達の所へ戻った。
「まぁ、私には関係のない事だがな」
戻ったところで、襲撃の打ち合わせを行うと、デュランはきっぱりと言い切る。不意に視線が集まると、咳払いを一つして続けた。
「しかし、私の力を持ってすれば助ける余裕はあるわけだがな。助けてやらんでもないぞ」
うんうんと頷き、揺れる満月と兎耳達。
夜に襲撃が決まる‥‥が、クレイスは残る様に言い聞かせると、各自は体力の温存と準備、そしてそれまでに発見されない様に身を潜めるのであった。
●何かが強過ぎた者達
夜の帳が落ち、森には静けさが訪れる頃になると、冒険者達はそれぞれ三手に別れると慎重に行動を開始した。
日中に見張りの大体の位置を把握していたウォルターはまず見張りから狙いに茂みを進む。既に同行しているラザフォードはレビテーション、オルガはフレイムエリベイションを自らに付与していた。
首尾良く見張りを発見すると、ウォルターは続け様に矢を射り、一人、二人と倒していく‥‥が、三人目を攻撃した際に、僅かに致命傷には至らず、合図を送ろうとした相手をオルガはアイスコフィンで沈黙させ、事なきを得る。
ガブリエルとジュラは息を潜めて、彼らの背後を守る様に進んでいた。
余りそうなって欲しくはないが、盗賊達が騒ぎ出した後が彼女達の出番であったからである。
一方。ブレスセンサーを用いて外壁となる見張りの数が減った事を悟ったデュラン。ラドルフスキーに伝えると、彼と自らにインフラビジョンを使用する。
彼らは動きのある熱と呼吸を探りつつ、闇に紛れて村へと近付いて行った。
見張りをあらかた片付けたウォルター達もまた、村へと着実に近付いていった‥‥だが、見張り台のところまで来た辺りで、村の中を巡回していた盗賊が、ウォルターの弓が纏う光に気付き声をあげてしまった。レミエラは発動していなかったが、弓自体が闇夜では少々目立ってしまったのである。
一度騒ぎが起きてしまうと伝達は早く、民家という民家から盗賊が飛び出してきた。
「気付かれたか、まぁどうせいずれはなる事だ」
デュランは素早くストリュームフィールドを唱えると、威勢良く物陰から飛び出して声を挙げる。いくつかの矢が彼を襲うが、何事もなかったかの様にそれらは空を切っていった。
彼に攻撃の手が集中している間に、ラドルフスキーは魔法の効果範囲までじりじりと距離を詰めて行き、なるべく多くを巻き込む様にしてマグナブローを放つ。
その頃ラザフォード達は‥‥。
『はっはっはっは‥‥! 知る人ぞ知る。うさ耳のリューとは私の事だ‥‥! 覚えておきたまえ‥‥!! はっはっは‥‥!』
‥‥非常に目立っていた。
矢を避けながら時折魔法を唱えて、着々と盗賊の数を減らし、オルガとウォルターはラザフォードの援護を行っていたが、彼らもまたその光や容姿故にやはり目立っていた。
そんな中、遭遇する盗賊をイリュージョンでやり過ごし、村人の捕えられている場所を探して廻るガブリエルとジュラ。
喧騒とする戦場で、異質になる音や声を目指して行くと、やがてそこに辿り着いた。村人と思わしき女性を連れ出そうとしていた盗賊に、ガブリエルはすかさずシャドウバインディングを唱える。
「逃がさない‥‥わよっと」
動きが止まったところで、ジュラは一気に間合いを詰める。まず体当たりで村人の安全を確保すると、そのまま跳躍してくるりと回り、飛び越え様に背後から斬り上げる。
騒ぎを聞きつけた増援が来ると、身を翻して村人の盾になりつつ後退していく。いくつかの矢がそれを捉えたが、本人には当たっていない様で、その足は緩む事がなかった。
形勢が不利だと判断したのか、盗賊達は毒を塗った矢だけでなく、火矢を放ち始めた。それに気付いたラドルフスキーは、いち早く着弾した民家の火を消して廻る。
デュランは持ちうる魔法を駆使し、盗賊達に大きな打撃を与えていった。
完全に実力の違いを認識する他なかった盗賊達は、ある者は逃亡し、ある者は投降してきた。頭領もその例に漏れず、ガブリエルに所在を突き止められると、あっさりと投降してきたのであった。
●統べるもの、継ぐもの
夜が明ける頃。残った盗賊達を捕らえ、村人達も救出した冒険者達。
クレイスは、村人達と再会して喜んではいたものの、何処か浮かばない様子であった。そう、まだ冒険者達にはやる事が残っていた。
彼らも流石に無傷というわけでもなく、各々治療や解毒を施し半日程休息を取った後、狼達の居る森へ向かう事になる。デュランとオルガ、ウォルターは村に残り、逃げた盗賊や捕えたの者の報復、脱出を警戒する事になった。
森へ入り、クレイスが先に立ちながら進んで行くと、彼は不意に立ち止まる。
「‥‥ここからが、狼達の領域です――やっと帰ってこれた‥‥」
そう言って、感傷に耽るクレイスだったが、すっとジュラが前に出る。
「何か居るぞ」
彼女が言い切るかどうかの間で、一頭の狼が姿を現す。ゆっくりとすり足をする様に近付いてくる。冒険者達が警戒態勢に入るが、狼はそっぽを向くとあさっての方向へ歩を進めて行き、そして一度だけ振り返ると、再び遠退いて行った。
「‥‥ついてこいって事かもね」
ガブリエルがぼそりと呟く。テレパシーを使ったものの、返事はなかったので推測ではあったが、クレイスは意を決して前へと進む。
付かず離れずの距離を保ち続ける狼を追っていくと、崖に横穴が開いたところまで来たとこで、彼は姿を消した。
一行は顔を見合わせて頷くと、その横穴に入って行こうとする‥‥が、手前まできたところで、何処からか狼達が飛び出してきて、唸りながら行く手を遮った。
ガブリエルのテレパシーにも、やはり返事はなかった。ふと、ただ黙していたラドルフスキーは一歩前に出る。
「守人の力不足があったことは事実だ。だけど、守人は、常にお前たちのことを考えていたぜ?」
守るべきものを棄てるしかない状況も時にはある。ガブリエルもまた、思念での訴えを続けていた。それが暫く続き、やがて穴の奥より他の狼達より一回り大きい者が姿を現す。
『‥‥我等は彼の者を責めてはいない‥‥彼の者以外がこの先進む事を責めているのだ』
ようやく思念を受けられたガブリエルはそれを代弁する。そして、一行はクレイスを残し、数歩後ろに下がった。すると、唸り声は止んだ。
クレイスは冒険者達に振り返ると、ゆっくりと頷き、そこに足を踏み入れて行った。
『我等の王は傷ついた‥‥』
奥へと消えたクレイスが戻るまで、大狼は盗賊に襲われてからを語り始めた。
ここへも幾度となく盗賊は侵入し、彼らの王である銀毛の狼を狙ってきた。非常に珍しい毛色であるが故に、その価値も高いからである。
その度、狼達は応戦し盗賊を退けていたが、ある時‥‥一月程前に毒の矢を受けてしまったのだと言う。
そこまでを聞いたところで、クレイスが姿を現せた――その双眸に涙を蓄えて。
「クレイス‥‥」
ラザフォードの言葉に彼は首を振る。その意味を察した冒険者達もまた、首を折り、俯いた。
「――すが‥‥」
搾り出す様な声――顔を上げようとしたジュラは、瞬間手の痛みを感じる。
「いっ‥‥だぁぁっ!?」
ぶんぶんと手を振ると、何やら白っぽいものがくっついていた‥‥いや、噛み付いていた。それはやがて彼女の手から離れると、綺麗に着地してクレイスの背後に居た大狼の側に寄って行った。
その姿を確認した冒険者達の表情が少し明るくなる。
「ですが、意思は‥‥継がれました」
それは狼の子供であった‥‥そう、まだ白いものではあるが、銀毛のである。
その後、幼い狼が人に慣れてしまわぬ様、一行は手早く村へと戻り、村人達と共に弔いと、そして誕生を祝う事になる。
ある意味、何もない以上に大変な、一からの再会ではあったが、クレイスの表情に陰りはなかった。
冒険者達は、村に残されていた盗賊の宝物のいくつかを各自に合ったものであると村人からの勧めもあり、それらを譲り受けると、冒険者ギルドへ戻るのであった。