彼方への言伝

■ショートシナリオ&プロモート


担当:陵鷹人

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:5人

サポート参加人数:3人

冒険期間:03月24日〜03月28日

リプレイ公開日:2008年03月31日

●オープニング

「‥‥また、この季節がきたのね」
 窓の外を見ていた女性は、ほうっと溜息を一つ吐く。
 この季節、他の国では暖かい日和もあるが、キエフの冬は長い。
 それでも、今年こそは行こうと決めていた。

 次の日、冒険者ギルドに女の姿はあった。
「ある場所への護衛をお願いしたいのです」
 と、そこで言葉が終わる。
「あの‥‥もう少し詳しくお願い出来ますか?」
 いくらなんでも情報が少なく、これでは依頼書に書き様がない。
 受付の女性は苦笑しながら説明を願い出た。

 目的地はキエフより一日半程歩いた場所にある山荘。道中は坂の上り下りもある。
 山荘は持ち主の手を離れてから、結構な時間が経っているらしく、道中の情勢も判らない事から護衛をお願いしたい様であった。
 特に何か重要なものが安置されている山荘などではなく、管理を頼んだ事もないという。最悪朽ちていても、用事が済ませられるそうである。
「行って、約束を果たしたいのです…これからの為にも」
 最後にそう告げると、依頼人の女性は頭を下げてギルドを出て行く。ギルド員はそれを見送ると、預かった現地の地図を見返し、日程と道筋を依頼書に書き込んだ。

●今回の参加者

 ea6282 クレー・ブラト(33歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9740 イリーナ・リピンスキー(29歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0298 ユリア・サフィーナ(30歳・♀・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ec0854 ルイーザ・ベルディーニ(32歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec2055 イオタ・ファーレンハイト(33歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)

●サポート参加者

アド・フィックス(eb1085)/ 早瀬 さより(eb5456)/ 水之江 政清(eb9679

●リプレイ本文

●出発
 冒険者一行はギルドの前に集まり、依頼人を待っていた。自然、今回の依頼についての話となる。
「んー‥‥やっぱ現地に何かあるんだろうにゃー‥‥」
「そうですねぇ‥‥私も気になっていたのです」
 ルイーザ・ベルディーニ(ec0854)の独白にユリア・サフィーナ(ec0298)は荷物を確認する手を一旦止めて言う。
 少々量が多かったせいか、持ち切れず政清が代わりに愛馬へ乗せていた。
「気になる点はいくつか質問しようかと思う」
「結果悪事の片棒を担がされた‥‥という話もありますからね‥‥」
 イリーナ・リピンスキー(ea9740)の提案にイオタ・ファーレンハイト(ec2055)も同意して答える。
 詳細が不明な事もあり、冒険者達は少々不安があった。
 幾ばくか話をしつつ、憶測を巡らせていたところで、依頼人が到着する。
「済みません。遅くなりました‥‥私は、トラーナと申します。今回は宜しくお願いします」
 ざっと視線を巡らせ、一息ついたところで深々とお辞儀をする。
「では――」
「すんまへーん、遅ぉなりました」
 イリーナが質問を切り出そうとしたところで、遠くからの声に一同は振り返る。
「そういえばクレーちん居なかったにゃー」
 駆け足で皆に合流するとクレー・ブラト(ea6282)は肩で息をしながら暫しそれを整える。
 話によれば、出発前に現地への道則の情報を仕入れていたらしく、道中の動向や休める場所などの情報を皆で共有する。
「事前情報も大事ですね」
「その事前情報で、トラーナ殿に確認しておきたい事があるのだが‥‥」
 イリーナは依頼人に詳しい事情を聞こうとしたが、まずは出発して道すがらに聞く事にしようという提言もあり、一行は出発の準備を整える事になる。
「あ‥‥良かったら、馬に――」
 手持ち無沙汰に準備を見守っていたトラーナに気付き、ルイーザとイオタが息を合わせた様に言う。
 その様子が可笑しかったのか、彼女はくすくすと笑っていた。
 幸か不幸かイリーナも言おうとしていた事であったが、それは黙っておく事にした。

●道中
「なーんでイオ太なんかと息が合わなきゃいけないにゃー‥‥」
 出発の時の事を未だに愚痴るルイーザ。きっと仲が宜しいからですよとユリアに言われ、更にご機嫌斜めになった様である。
「‥‥ところでトラーナさん。何か手伝えることがあれば手伝いたいし、これも何かの縁。少し詳しく話して貰えんやろか?」
 口火を切ったのはクレー。流石にむくれていたルイーザもこれには敏感に反応し、静かになった。
「――――そう、ですね。それでは少し休憩を頂いてからに‥‥」
 長めの沈黙の後、彼女は呟いた。

 周囲が開けた場所で、落ち着くと一堂は思い思いに腰を降ろす。
 喉を潤し、一息ついたところでトラーナはぽつりぽつりと話し始める。
 目的の山荘。それは友人が作業場として使っていたところで、落ち着く為に暖かくなった頃に向かう事が多かったらしい。
 その友人は既に亡くなり、生前に交わした約束を果たす為に行きたいのだと言う。
「現地でわたくし達はその場に居合わせても良いのだろうか?」
「片付けとか必要なら、あたしと‥‥主にイオ太が働くにゃー」
 イリーナ、ルイーザの二人の言葉に、彼女は静かに首を横に振る。
「構いませんよ。片付けも‥‥恐らく朽ちている気もしますので、そのままで宜しいです」
 そこまで言うと言葉を切った。
(「流石に約束の内容までは聞けませんね‥‥」)
 思案を巡らせて、仲間を見回すユリアだったが、幾人かの様子の変化に気付いた。その中で一点を見据えるイリーナの視線を追う。
 視界に入ったのは、かなり距離はあるが、いくつかの影――。
「んー‥‥野犬かにゃー」
 聴覚の優れたルイーザが予測する。
「まだ様子見の段階だね。短い休憩になったけど、出発して諦めて貰おうね」
 クレーの台詞に頷くと、一同は手早く出発の準備を済ませてその場を後にした。

 必要以上に警戒も、手出しもせず野犬と思われるものをやり過ごし、陽が落ちたところで野営の準備を始める。
 クレーは保存食に手を加えると、後をイリーナに任せて周囲に罠を仕掛けに行き、ルイーザは馬達を繋いで世話をしていた。
 イオタとユリアはテントの設営をしていたが、程なくユリアはトラーナの元に戻ってくる。
「‥‥余りお役に立てない様でして‥‥」
 戻ってきてそう言う彼女以上に何も出来ないせいか、苦笑で応えるしかないトラーナであった。

 暖かい食事を摂り、人心地ついたところで雑談に花が咲くが、普段旅慣れていないトラーナには少々堪えたのか、早々にテントで休んでいた。
「あたしも色々と思い出の詰まった家をそのままにして出てきたからなぁ‥‥何となく判るよ」
 しみじみと語るルイーザ。触発されたか、皆も感慨に浸る。
「‥‥あーもう、こういうのってあたしらしくなーいにゃー!」
 キエフの寒空に響くルイーザの叫びであった。

●山荘
 二日目。今回の旅路での難所に差し掛かった。登山である。
「トラーナさん、大丈夫?」
 クレーの問い掛けに、半ば条件反射で首を縦に振る‥‥休憩時だと判断すると皆の足を止めた。
「‥‥お手数、おかけします」
 馬で移動が出来れば良いが、悪路が多く徒歩での移動の比率が高かったせいもあり、トラーナの消耗は激しかった。体力的にユリアも辛い筈であったが、表面には出していない。
(「これが冒険者との一線を介する所なんだろうな」)とイオタが感心していたところで、イリーナが姿を現す。
 行きが時間を取られる分、帰りは少しでも早くいける様に、イリーナは障害物を撤去しながら進んできた。流石に疲労の色が見え、役目を交代して再度進む事になる。

 黙々と山道を進む一行。撤去作業をしながら進む者達にも幾らか疲れが出始めてきていた。
「あ‥‥」
 真っ直ぐ一点を目指していたトラーナに、見覚えのある建物が映ると、表情から疲労の色が薄らいだ。
 体というものは実に現金なもので、到達点が見えると力が少し戻ってきたのか、歩みの速度が上がる。程なくして、目的の山荘の前に到着する一行。
「‥‥妙ですね。朽ちているどころか、ある程度使われていなければ、この状態は保てない筈」
 冒険者達は互いに見合うと頷き、トラーナを中心に円陣を敷く。
 山荘の扉前まで行き、それぞれの得意な方法で中の気配を探る‥‥が、それらしい気配はない。
 いつでも対応出来る状態のまま、イオタは扉を開ける――やはり、中には人は居なかったが、山荘が維持されていた理由はざっと見て理解出来た。
「なるほど‥‥どうも休憩所代わりに使われていた様ですね」
 クレーが猟師が使う様な道具をいくつか見付けて納得する。念の為に内部を調べるが、他は特に変わった様子はなく、粗方調べ終わると冒険者達はトラーナを残して外に出た。
「後はあたしらがどうこう言えるもんでもないし、これで良いでしょー」
「居合わせても良いとの事ではあるが‥‥流石にな」
 一同は周囲の警戒をする事にして、それぞれ居るべき場所へと散って行った。

●彼方へ
「‥‥まさか、残っているとは思いませんでした」
 感慨深く室内を見回して呟く。
「貴方は先に行かれて尚、私を心配しているのでしょうか‥‥もっと早く来れば、朽ちていなかったのにと後悔しない様に」
 勿論問いに対する返事はない。
 トラーナは静かに目を閉じると、深呼吸をする‥‥約束を果たす言葉を紡ぐ為。
「私は‥‥貴方を愛しませんでした――だから‥‥だから、これから私は幸せ、な‥‥」
 頬を涙が伝う。堪えようとすればするだけ、嗚咽で続かなくなる言葉を一度切った。
 再び深呼吸。これは約束――と自分に言い聞かせる。
「私は――私が幸せになる事を‥‥望んだ貴方との約束を‥‥果たし、ます!」
 言い切ったところで、彼女はその場に泣き崩れた。
 外に声が漏れていたのか、静けさが戻るまで、扉は開かれる事はなかった。

●再起
 直接聞かなかった者も、他の冒険者達の動向から察したのか、山荘での一泊、下山と無言のままであった。行きとは対照的に、トラーナの方が皆に気を遣って話していたくらいである。
「‥‥何かを棄てるのは、大変だし、辛いよね」
 誰かがぼそりと呟いた。
 冒険者である以上、何らかの一般的な生活に別れを告げて居る者も多い。増してこういう立場である以上、人の節目、生死に立ち会う事も多い。
 それぞれが、それぞれの想いを巡らせる。
「でも、棄てずに得る事も難しいにゃー、だから今を生きるの!」
 苦笑か、はたまた自嘲の笑みか。しかし、それでも空気は和らいだ様子で、その後は少しずつ皆も本来の調子に戻っていった。

「本当に、皆さんありがとうございました」
 冒険者ギルド付近まできたところで、トラーナとは別れる事になる。お辞儀をし、もたげた彼女の顔に先日までの陰りは薄らいでいた。
 決して明るいとは言い切れないが、凛とした表情になったのは、誰の目にも明らかである。
「これから、か‥‥」
 トラーナを見送った後、ふと誰かの呟きが聞こえた気がしたが、冒険者ギルドの扉を開く音で掻き消されたのであった。