●リプレイ本文
●各々の準備
朝――家屋が並ぶ街道だが、構造上からか、やや薄暗い通りの中の一軒の前で冒険者達は足を止めた。
予め指定されていた時刻。扉を1回、3回と叩くと、暫くしてからそれは開いた。
「随分慎重ですね‥‥」
中に入り、ざっと部屋を見渡すとフローネ・ラングフォード(ec2700)は誰に言うでもなく呟く。
「宜しくお願いします。こちらの担当は‥‥三名ですね?」
「いや、もう一人は今日一日裏で動いて貰うんでな。ここには来てねぇぜ」
やや不安気に確認した女性に、馬若飛(ec3237)は書簡の受け渡し方法と偽者の書簡入れの事を話す。
女は頷くと後ろに控えていた男性へ顔を逸らすと再度頷く。
「皆様の配慮に感謝致します‥‥」
書簡の中身を入れ替える提案をしてみたイオタ・ファーレンハイト(ec2055)だったが、あっさりと断られた。だが、元々駄目でも仕方がないと思っていたせいか、彼はそれ以上食い下がる事もなかった。
「ハロルド、どうしたの?」
手持ちの本にハロルド・ブックマン(ec3272)が何かを書き込んでいると、アクエリア・ルティス(eb7789)が覗き込んでくる。
ハロルドは静かに本を閉じると、何でもないと首を振って見せた。
「今のところは問題なさそうですね‥‥ところでアクアさん、少し荷物が重いのでは?」
軽く周囲を意識していたフォン・イエツェラー(eb7693)は僅かだが動き辛そうな印象を受けた事を示唆する。
「あ‥‥いけない。ニスに預けてくるわね」
フォンと同じく周囲を警戒していたウォルター・ガーラント(ec1051)は、忙しなく視界を出入りする彼女を見てやれやれと溜息をついた。
(「さて‥‥そろそろか」)
ハロルドは高く昇った日を仰ぐと、憂いを断つ初手を待つ事にした。
昼間の街路。雑踏をすり抜けて九烏・飛鳥は狭い路地へと入る。
既にそこで待機していたローラ・アイバーン(ec3559)と目を合わせると、両者は頷く。
飛鳥はハロルドから預かった靴を二つ渡し、書簡入れを二つ受け取る。一つは偽物、本物を渡す際にローラが手を上下させてそれを示す。会話は一切ない。
手早く事を済ませると飛鳥はそのまま奥へと進んでいった‥‥そして、ローラは何食わぬ顔で路地から出ると人の波に飲み込まれていった。
二人がそれぞれ受け取ったものは、夕方には無事に届けられた。
●書簡の中身は
「やる事ないのも結構暇ね〜‥‥」
護衛組から遅れて出発する手筈になっている輸送組。周囲の警戒はフォンやウォルターがしているせいか、手持ち無沙汰にアクアは呟く。
聞こえているのかいないのか、ハロルドは本に集中したままである。
「‥‥書簡って何なのかしらね。気にならない?」
皆も気になってはいるが、素振りを見せない様にしている事を口にすると、本に目を走らせていたハロルドの動きが止まる。そして何かを羊皮紙に書くと手渡してきた――いつか人の目につくこともあるだろう。と書かれてあった。
「――そろそろ出発しましょうか?」
見かねたのか、フォンが切り出してくる。ゆっくり進めば時差も出せるだろうと、異論が出ないところで軽く出発の準備を始める。
先頭を歩くつもりであったウォルターは既に魔法の靴を履いて驢馬の手綱を握って待っていた。
●道中〜夜
「こっから先は林道か」
若飛は一度足を止める様に皆を促すと、横を鷹が通り過ぎて行った。
――暫くすると遠くで鳴き声が二度。それをローラは聞き逃さない。
「‥‥何か居るであります」
若飛は馬を降り、得物を構える。イオタ、フローネは依頼人の前に陣取った。
鷹を呼び戻すと、それが合図であったかの様に、林の陰から人影が飛び出してきた。一見したところ盗賊である。
「1、2――6人か。中途半端な気がするが‥‥」
手練れなら油断は出来ねぇな、と心中で続けて若飛は駆け出した。来た道に脅威がなかった事からか、イオタも前に出る。
ローラは前に出た二人と一定の距離を維持したまま進む。伏兵の可能性を考えると、迂闊に前には出られない。
若飛が防具の隙間を狙って縄ひょうを振るい、一番手前に来ていた盗賊の足に突き刺す。手ごたえを確認すると、反動をつけて刃を引き戻し、別の盗賊の腕を捕える。
その間にも間合いを積めていたイオタは、若飛の攻撃を受けた盗賊に追い討ちをかける。続け様に斬り伏せたところで、その先にある木陰から見えたものを警戒して一旦後ろへ下がった。
「弓、居ますよ!」
短く呼吸を整えて、剣を構え直しながら言う。
「‥‥やべぇ‥‥弓は絶影Jr.んところだ」
射程の差で間合いを積めあぐねつつ防戦していると、ローラが脇を通り抜けて行く。
静止よりも援護が優先であると判断した若飛は、突破口を開く様に射撃で牽制して周り、イオタはそれによって散った盗賊を押し留めた。
弓を持った盗賊はすぐさまローラに狙いを移すが、彼女の対処の方が早かった――鷹が照準をつける妨害をしたのだ。
その間に素早く距離を縮め、縄ひょうを手に突き刺すと、相手は残った盗賊諸共逃げ出していった。
「ふぅ…何とかなりましたかね」
剣を鞘に戻しながら、逃げる盗賊を目で追う‥‥林に逃げ込んだところを見ると、安心は出来なかった。
「イオタさん、お怪我を‥‥!」
気付かない内にいくらか貰っていた様で、駆け寄ってきたフローネがイオタにリカバーをかけようとしたが‥‥口笛の合図で戻った鷹が荒れた羽を必死に毛繕いしているのを見て手を止めてくすくすと微笑んでいた。
「もう近くで危険はなさそうだが‥‥林の中で野営っつーのはゾっとしねぇな」
陽も傾き始めた頃合。若飛の意見も尤もだった。
移動速度を稼ぐ意味は薄くなってしまったが、下手な事をするよりはと一行は林の手前で野営の準備を始める。
そして、準備や食事の後、依頼人二人をテントで休ませると、冒険者達は話し合いを始めた。
「‥‥あっさり退き過ぎて逆に不気味ですね」
呟く様に言うイオタにフローネも同意を示す。
「明日が正念場であります」
鳴り子の設置を終えたローラが戻ってくると腰を降ろしながら言う。開けた場所のせいか、大した効果は期待出来ないが、ないよりはましである。
その後、見張りに二名が残り、冒険者達も体を休めるのであった。
道中は不思議な程順調であった。
目も耳も良いウォルターが前に立ち、ずっと周囲を警戒していたが、特に問題はなく、旅人と思われる一団とすれ違っただけである。
ランタンを片手に持ったフォンが野営場所に戻ってくると、肩を竦めて見せる‥‥拍子抜けといったところだろう。
「巧く誘導出来てるって考えるべきか悩むわね」
思わず零したアクアの台詞にハロルドも頷く。
「見張りは取り敢えず二交代でやりますが、そこまで過敏に警戒せずとも良いでしょう」
ウォルターの意見も判らなくもない。依頼人を襲撃したのはただの盗賊という可能性もある。だが、流石に決め付けるには早計であり、その台詞に眉をしかめる。
考えても始まらない上、見張りが二度ある事も踏まえて、早めに休む事になった‥‥それぞれの思案を胸に。
●目的地へ
「‥‥なぁ?」
「‥‥ですね」
危惧された夜襲はなく、朝から移動を再開した護衛組――既に陽は真上に来ようとしている。林道を進む歩は決して早くはない。
夜襲がなくとも、再び襲撃があると筈だと思っていた若飛とイオタはそんな遣り取りをした。
「不可解、でありますね?」
そんな意図を察したのか、はたまた偵察に出した鷹が普通に戻ってきたからか、ローラも同じ様に怪訝そうな台詞を発する。
「嫌な予感がします‥‥お二人を現地へ送ったら、書簡組の様子を」
一同は顔を見合わせて頷き、林道を抜けたと同時に全速で目的地を目指した。
夜の帳が降り、フォン達は二日目の野営の準備をしていた。
遅れて出発した事もあり、地図によれば到着までにはあと半日くらいはかかる。見通しが悪い森の中ではあったが、夜に動き廻るのは危険である。
「今日も何事もなかったですね」
食事を終え、見張りをしていたウォルターがフォンに話しかける。
「そうですね‥‥やはりただの盗賊だったんでしょうか‥‥」
苦笑して呟く。緊張続きだったが、交代になれば少し休めると思っていたその時。突然目の前の火が何かにかき消された。
ウォルターは、その何かが飛んできた方向を向くと暗闇に向かって誰何を問う。
「そんな場合じゃありません。武器を! 皆さん、夜襲です!」
フォンは素早く盾を前に出し、構えた剣をわざと打ち付ける。アクア、ハロルドの二人がテントを飛び出してくるのと、木の陰より人影が出てくるのはほぼ同時であった。
「‥‥眠ぃぞ!」
馬を駆り、半ばヤケクソに愚痴を叫ぶ若飛。すぐ後ろから他の面子も追って来ている。
「あれを!」
ローラが捉えたのは中空に浮かぶ影。近付くにつれ、それがハロルドであるのが判る。
「万一の時、ですか」
イオタと若飛は止まらずに突き進む。
暫く進むと金属のぶつかり合う音と、人影――見知った三名の姿を確認すると、若飛は鬨をあげ敵集団に突っ込んでいく。
イオタは仲間の援護に向かい、協力しつつ各個撃破をしていく。
戦力が揃った事もあり、その後は形勢逆転し、不利を悟った盗賊は散り散りに逃げていった。
冒険者一団は大きな傷を負ってはいたが、致命傷までは至らず、薬とフローネのリカバーによって傷を治した。
明け方まで新たに野営をし、落ち着いた後に荷物などを回収すると、彼らは依頼人の元へと戻った。
●顛末
目的地だったのは少し寂れた村にある一見普通の家屋。
到着した一行を依頼人達は出迎える。戦闘があった事を悟り、癒え切れなかった者達に薬を分けてくれた。
冒険者達はそこで僅かばかりの休息を取る事になり、次の日にはそこを発った。
依頼人は多くを語らなかったが、またお願いする事があるかも知れません、という言葉が印象に残ったのであった。