●リプレイ本文
まだ開店前の朝。
いつもとは違う店の内容に、普段よりも早めに開店準備はスタートされた。
「困っているお嬢さんを放っては置けない、俺達が来たからにはもう大丈夫」
一礼をしつつ、ギルドへ依頼を持ってきた店員の女の子へと微笑を向ける真幌葉京士郎(ea3190)
「や、困ってるのはお店。私自身はまったく困ってないですから」
「‥‥‥」
あっさりと否定され、京士郎は微笑を浮かべたまま固まり、頬に一筋の汗が流れる。
ちらりと視線を左右させるものの、店内に女子の店員は彼女しかいない。店員は女の子の他にもう一人いたが、残念ながらそちらは男だ。
「ま、まぁ、力仕事があれば言ってくれ」
「はい、そのときは遠慮なくこき使いますから」
逆に微笑を返され、なんだか良く分らない負けを悟った京士郎である。
「あら、綺麗なお花」
「ええ、ご友人と早起きして近くの森で摘んで来たんですの」
連れたエレメンタルフェアリーと一緒に店内を掃除していたフィニィ・フォルテン(ea9114)が、抱えたかごにたくさんの花を持ったアクテ・シュラウヴェル(ea4137)を見て声をかける。
「た〜くさ〜んあーりま〜すわ〜♪」
そこへ、フィニィのフェアリーと一緒に高い所の掃除をしていたシフールのナイアド・アンフェルネ(eb6049)もパタパタと飛んできた。
常に歌うような喋りのナイアドだが、その歌は‥‥調子を外す事が多い。
「わ〜♪」
主人の職業もあり、それを真似て歌っているフィニィのフェアリーだが、真似ているだけにフェアリーの歌声もどこか調子外れ。
「このお花、お店に飾るんですか?」
フィニィが花の入ったかごを覗き込みながらたずねる。
「はい、他にもお客様に配ったり」
「では私たちもお手伝いしますよ。リュミィ、このお花、あそこに飾ってきてくれる?」
フィニィがかごからいくつか花を摘みフェアリーの名前を呼びつつ手渡すと、自分の手の届かない高所を指す。
「わた〜しも〜いってき〜まーすわぁ〜♪」
ナイアドもかごから花をいくつか取ると、フェアリーのリュミィに並んで飛び立っていく。
「すわぁ〜♪」
ずれた音程のナイアドを真似て歌うリュミィの歌声も‥‥やはり、どこか調子外れであった。
「アクテさーん、お水の用意できました」
フィニィと一緒に花を飾って回っていたアクテに、後から呼びかけるのは綺麗に身だしなみの整ったサシャ・ラ・ファイエット(eb5300)。
「分りましたわ、すぐに行きますね」
二言三言フィニィと言葉を交わし、フィニィへ花の入ったかごを手渡すと、アクテはサシャの後を着いて店の裏手へと回る。
「これです」
サシャの示す所には、サシャの身長と高さがほとんど変わらないくらい大きな樽。中にはサシャがクリエイトウォーターで生み出した新鮮な水で満たされている。
「それではさっそく‥‥」
アクテがそう言って取り出したのは一巻のスクロール。
そのスクロールを広げ念じると、二人と樽のある辺りだけ急激に空気が冷たくなる。
「わー‥‥涼しいです」
アクテの使用したスクロールに込められた魔法はフリーズフィールド。これを樽を中心に使用すれば、樽の中の水は魔法の効果が続く限り良く冷えた状態が維持される。
「風邪をひいたりしないで下さいね? では、私は花を飾る作業に戻ります」
「はい、私も戻ります」
店内へ戻るアクテを追うように、サシャも「やる事がありますから」と店へ入っていった。
「ん‥‥っと」
店に戻ったサシャは、自分の所持していた品物のいくつかを店に飾ろうとしている‥‥のだが、非力な上に背も低いサシャはその作業に悪戦苦闘。なかなか思い通りに進まない。
「サシャ嬢、手を貸そう」
そんなサシャの元へ現れたのは京士郎、とうぜん助け舟を出す。
「どうもありがとうございます」
サシャの飾ろうとしていた、自分の姿がすっぽり隠れてしまいそうな大きな盾を京士郎が軽く持ち上げるとサシャはぺこりと頭を下げる。
「いや、たまにはこういう仕事もしておかないと体が鈍るしな。それに、困っているお嬢さんを放っては置けない」
後半は、京士郎本日二度目となるセリフ。
「とても助かりました」
おっとりと微笑を浮かべるサシャ。今度は一度目と違い、きちんと相手へ伝わったようである。
「これはこっちでいいのかな?」
盾を飾り終わった京士郎は、次にサシャの足元に有った巨大な斧を手に取る。こちらは京士郎の力であっても、そう簡単に持ち上がる物ではない。
「はい、お願いします」
京士郎の協力があって、盾と斧の他にもローブと兜の二つを何とか無事に飾り終え、
「じゃあ、私はくじ引きの景品を預けてきますね」
そう言い残し、とてとてと走り去っていくサシャの背中を眺めつつ、京士郎は、
「(サシャ嬢‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥これらの品、どうやってここまで運んできたのだろうか)」
サシャに頼まれて飾り立てた四つの品、自分でも同時に全て運べるかは難しい所であろう割としゃれにならない重量のその四つの品に目をやり、そんな事をぼんやり考えるのであった。
品物を清算する一角のその隣、そこには売り物とは別にさまざまな品物が並べられている。そのそれぞれ『一等』『二等』などと書かれた木の札を下げていっているのは楠木麻(ea8087)
「楠木さーん、これも景品にどうぞ」
そこへさまざまな品物を両手に抱えたサシャがやって来る。
「良いんですか?」
札を付ける手を止め麻。
その足元には『20Gお買い上げごとにくじ引き一回!』と書かれた看板がある。景品と言うのはこのくじ引きの景品の事で、今麻が木の札を付けていっている品物も全てその景品だ。
「いいですよ」
品物を受け取り、その品も価値を考えて等級を決めていく。
「へー、面白そうですね」
サシャの後から覗き込むようにして看板を眺めているのは店員の女の子。
「じゃ、ハズレは保存食にしよっか?」
そう言って踵を返すと、保存食が大量に詰まれたコーナーへと向かっていく。
「勝手に良いんですか? お店の売り物を‥‥」
「そ、そうですよ‥‥」
二人の心配に、女の子は、
「大丈夫大丈夫、そろそろ傷んで破棄しないといけない古い物だけですから」
『‥‥』
長期間の保存が利くから『保存食』、その保存食で傷むという事は、どれだけ古い物なのか‥‥そんな事がちらりと頭をよぎる。
「そうそう、もうそろそろ開店の時間だよー」
上半身だけ振り返り――少しだけに楽しげに――告げる女の子だった。
『いらっしゃいませー!』
いよいよ開店した冒険者演出の冒険者向けの品物を扱うお店。
さすがに初日の朝からその効果が現れるという訳ではないが、それでもそれなりに客は集まってくる。
「切れ味の素晴らしいナイフをお見せしましょう。この木片、それほど硬くはありませんがナイフで削るのは一苦労。しかしこのナイフを使えばあっという間に一片が一片、さらに一片と、まったく削る事が出来ません。実はこのナイフ、名工の手によるナイフの親戚の孫の曾爺さんの親友の知人ともいうべき間柄の物なのです。その切れ味たるや、持ち主が望まなければまったく切る事が出来ず、持ち主が望んでも切る事は出来ないという伝説の逸品なのです」
店の前でそんな怪しい説明を長々としているのは、開店前の準備の時には姿を見なかったローザ・ウラージェロ(eb5900)、開店前に見かけなかったのは、おそらくどこかで準備をサボっていたためと思われる。
「そ、そんな切れないナイフに困っていても、俺ならばこの通り」
怪しすぎるその説明にそのままではまずいと思ったか、フォローに入る京士郎。ローザの持っていたナイフと木片を横からすり取ると、そのナイフにオーラパワーを施し、切れ味の増したそのナイフを使って木片を軽々削っていく。
「ま、まあ、誰にでも真似出来る事じゃないからな‥‥すまないアクテ嬢、見てもらえないか?」
とりあえずその場を誤魔化したものの、誤魔化しただけで何の解決になってなく‥‥京士郎は、そのナイフをアクテへと回す。
「はい、任せて下さい」
自信を持ってそのナイフを受け取り、研ぎ石を取り出すと手早くナイフを研ぐアクテ。研ぎ終わるとナイフを京士郎へと返す。
京士郎がナイフへ木の葉を落とすと、その木の葉は綺麗に二枚に断たれ地面へと落ちた。
「古い武器を蘇らせる事も良いですが、それはそれとして、新しい武器もいかがですか?」
断たれた木の葉に歓声の上がる中、アクテはにっこり笑って売り物を勧める。
そんな様子を、いつの間にかいなくなっていたローザは影から面白げに眺めていた。
皆が順調に‥‥おそらくは順調に店を盛り上げている時、街の大通りに一人の男がいた。
「はーはっはっはっはっはっ!」
豪華なマントを身に着け、腕組みをして高笑いを上げながら通りを歩いて‥‥いや、リトルフライの魔法でわずかに宙に浮き、足を動かさず直立不動で進んでいる姿は『歩いて』とは言わないであろうか。
とにもかくにも、そんな目立つ行為を昼間から行っているのはデュラン・ハイアット(ea0042)、彼も店に雇われた冒険者の一人である。
「あの人‥‥なに? 昼間っから‥‥」
「ママーあの人お空に浮いてる〜」
「コラ! 指を指すんじゃありませんっ。早く行きますよ、子供が見るようなものじゃありません」
「あ、あの人知ってる。確か冒険者の‥‥」
まさに、注目の的だ。
そんな人々の視線を一身に集めていた彼だが、目指す目的地である雇われた店、その場所が近づくにつれて徐々にその視線は少なくなってくる。
人が少なくなっている訳ではない。店が近づくにつれ、『あぁ、冒険者か』と一見するだけで終わってしまう人が増えてくるのである。
冒険者向けの品物を扱う店の周囲には当然冒険者を見かけることも多く、早い話が少しくらいおかしな人間がいても、店が開店して数日とはいえもうすっかり見慣れてしまっているのだ。
そんな悲しい現実に冒険者ギルドの存続へ一抹の不安がよぎるが、とりあえず今は関係のない話である。
「デュラン・ハイアット、注文した物を受け取りに来た!」
そうこうしている内に店へとたどり着いたデュラン。店の扉を両腕で思い切り引き開けるなり、店に響き渡る声で用件を告げる。
一応来るという事は聞いていた店の女の子も、一瞬デュランを凝視するがすぐに接客モードへと切り替わり、
「はい、お待ちしておりました。少々お待ちください」
言い残して店の奥へと姿を消す。
「お水、いかがですか?」
待っている間にサシャがやって来てトレイに乗ったコップを一つ取る。中は朝に魔法で冷やしておいた物だ。
「うむ、ありがとう」
コップを受け取り口をつけるデュラン。だいぶ涼しくなってきたとはいえ、この日の高い時間にはまだ冷えた水はありがたい。
「どうぞ、こちらがご注文の品です」
水を飲んでいる間に黒い包みを戻ってきた女の子、ずっしりと重いそれをデュランへと手渡す。
「30Gになります」
「うむ」
にこやかに請求する女の子に、そんな大金をあっさり払ってしまうデュラン。
「では、また来る!」
『また来る』という所を店中に響き渡る声量で強調する。
「あ、20G以上お買い上げなので、一回くじが引けますよ」
店を出ようとしたデュランだが、それを後から麻によって呼び止められた。
くじの景品を見てみると、いくつか数が減っている。20G以上とくじを引く条件は簡単な物ではないが、店に置いてある商品の値段を見れば、まったく引ける客がいない事もない。
それにこういうイベントがあれば、やはり20G以上の購入を意識してしまうのが人のサガと言うものである。
残念ながらディランが引いたくじはハズレだったが、周囲にそれなりのインパクトを与え、デュランの『あの有名冒険者が通う店』という噂を広める狙いは‥‥店にとってプラスになったかマイナスになったかは不明だが、とりあえず成功したのだった。
ディランが高笑いを上げながら帰った後、店の前には賑やかな歌声が広がっていた。
「とっても素敵な店ですよ♪」
「色んな物が揃ってて きっと見つかる欲しい物♪」
「いつも元気な店員が 貴方の冒険応援します♪」
「一度来て見て 今なら開店セール中♪」
歌っているのはフィニィ。もちろんフェアリーのリュミィも一緒になって歌っている‥‥のだが、
「しょ、少々お待ちくださいね?」
切りの良いところで歌を止めると、突然リュミィを連れて物陰に引っ込む。
「リュミィ、音程が変‥‥」
素人にはそう感じないが、やはりフィニィほどの歌い手になるとその違いが気になってしまうのか。
「いきますよ? ラーラーラーラーラー♪」
一音一音、音程を確かめるようにリュミィに歌い聞かせるが、
「ラーラーラーラーラー?」
続くリュミィの歌声はやはりどこかフィニィとは音が違っていて‥‥
「ジャーグーリーング〜♪」
そこへ聞こえてきたのは、下がったフィニィ達と入れ替わりジャグリングを始めていたナイアドの声。
「らーらーらーらら〜♪」
そのナイアドの音程を外した歌声に、自然と続いて歌い始めるリュミィ。その歌声はナイアドの調子を外した音程にそっくりで、
「‥‥‥‥」
リュミィとナイアドの両者を交互に見つつ、深く考えるまでもなくリュミィ不調の原因を察するフィニィであった。
『ありがとうございましたー!』
最後の客を送り出し、店の扉に下げられた札を『閉店』へと付け替える。
冒険者たちの行ったサービスの数々はおおむね好評で、売り上げも前日と比べ何割か上昇した結果であった。
だが、今日はまだ一日目。まだ仕事は続く‥‥。
と、そんな明日の準備を軽く行っていた閉店後の店内へ、裏口から一人の男がやって来た。
やって来たのはディラン、手には昼間この店で購入した黒い包みが抱えられている。
「購入した商品をそちらへ返して、こちらのお金を戻してもらおうかと思ってな」
ディランが昼間に買い物をしたのはあくまで周囲へのアピールであり、実際に受け取った商品が必要だったわけではない。
なので、購入した商品は返品してしまうのが仕事上は効率がいい、のだが、
「んー‥‥」
それを聞いた店員の女の子、片付けをしていた手を止め、ニッコリと営業スマイルを浮かべると、
「当店は、不良品以外の返品はいかなる理由でも受け付けておりませんので」
おもいっきり接客口調でディランへ告げる。
「いや、しかし‥‥」
「いかなる理由でも、です」
ニッコリと表情はまったく変えず、たんたんと女の子。
「‥‥‥‥」
結局、ディランは必要でもない高価な品を自腹で購入する結果となってしまったのだった。