しゅ、習慣なんだから‥‥!

■ショートシナリオ


担当:深白流乃

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 78 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月26日〜10月02日

リプレイ公開日:2006年10月05日

●オープニング

 月も厚い雲に遮られ、明かりとしてはまったく役を果たさない夜。
 木に吊るされたランプによるわずかな光が、その木を不気味な影へと変化させる。
「ふふふふふ‥‥ついにこの時が来たわ」
 その光源の下にたたずむ一つの黒いわだかまり。それの発した声はまだ若い女性のものだった。その姿は黒いローブを羽織り、フードを目深に被っているため、この暗がりでは本来の姿を闇に隠している。
「この時をどれほど待ったか」
 フードがわずかに下へと傾く。足元には横たわる犬が一匹‥‥動く気配はない。心臓も、動いてはいないだろう。
「これで私は解放される」
 フードの下で、わずかに唇が動いた。直後、生きてはいないはずの犬が‥‥自身の力によって立ち上がった。
「成功、ね‥‥」 
 声は、静かに、そして冷静であった。
「もう私を縛るモノは無い。ふふ‥‥ふふふ‥‥」
 闇に広がる、暗い笑い声‥‥その時、声の主はふと、起き上がった犬と視線を交わした。
 見上げる犬。その瞳は光を反射出来ないように出来ているかのごとく艶に欠け、牙はむき出しとなり、肉の一部は軽い腐敗に犯され尾は失われており、尾があったであろう根元では骨の一部が崩れた肉の隙間から姿を覗かせていた。
「ふ‥‥ふ‥‥‥‥‥‥‥きゅぅ」
 黒いローブを身にまとい、闇に溶ける黒いわだかまりがぽてっと横に倒れた。


――そして、翌朝。
「‥‥と、言うわけなの」
 冒険者ギルドの受付カウンター。そこに腕を組んで立っているのは、長い金髪をツインテールに結んだ、どちらかといえば小柄な方に分けられるような少女であった。
「つまり、アンデット嫌いをどうにかしたい、と?」
 その少女の相手をしていたギルドの職員が、割愛された少女の長々と回りくどい説明を一言でまとめる。
「違うって言ってるでしょう! わ、私は別にアンデットなんかなんともないんだから! ただ‥‥ちょっと‥‥」
 そこまで言って言いよどむ少女。今、彼女の頭の中では最適な言葉を探すべく激しく活動している事だろう。
「そう、習慣よ! 私はアンデットを見ると気絶する習慣があるの! 決っして苦手とか嫌いとかダメとか、そういう事じゃないんだから!」
 『いや無理』きっと、少女の今の言葉を聞いた人の九割ほどはそう感じることだろう科白を聞き流し――受付のギルド職員もプロである――職員は話を続ける。
「‥‥で、その『習慣』をどうにかしないと親に一人前と認めてもらえないわけね」
「うっ、そ、そう。私はもうとっくに一人前なんだけど、ほ、ほら、親ってなかなか子供の事を認めようとしないじゃない? うん、そう、親が認めないだけであって、私はもう十分に一人前の立派なレディなんだから!」
 ちなみにこの少女、生まれて今まで自力で収入を得た経験は無い。
「し、仕方ないじゃない。今までずっと‥‥親から朝から夜まで『修行』と称して‥‥」
 ほとんどずっとテンションの高かった少女だが、その話題になると突然マイナスまでテンションが下がり、ガタガタと小刻みに体が震えだした。瞳には本気の怯えがうかがえる。
「どんな修行だったのか、聞いてみたい気もするけれど‥‥」
「ヤメテ! 思い出したくない!!」
 手を耳に当ててその場にしゃがみ込む。‥‥本当に、一体どんな修行だったのか。
「‥‥じゃあ、聞かない事にするけれど」
「本当に‥‥?」
 カウンターに手をかけてそこから目から上だけ頭を出し、上目使いに聞いてくる。瞳がちょっとだけ潤んでる気もする。
「そんな事、あ、あるわけ無いじゃない!」
 パンパンと服に付いたほこりを払いながら立ち上がる。ついでにテンションも元の高さに戻っている。
「そうよ! それで昨日の晩、修行の成果を確認するためにこっそり練習してたのよ! うまくいえば、私は地獄のような修行の日々から解放されるはずだったわ!」
「で、ダメだったと」
「だって、アンデットなんて直に見たの初めてだったし」
 昨晩、少女が試していた魔法は『クリエイトアンデット』、文字通り死体からアンデットを生み出す魔法である。
「適当な死体を見つけるのにも苦労したのよ? 裏通りなんかそれっぽい所をひたすら徘徊して、ようやく衰弱死している犬を見つけて‥‥」
「死体を見るのは平気だったわけ?」
「死体は動かないからね!」
 ともかく、少女の狙いとしては、親に「まだ十年早い!」となかなか実践的に魔法を使う機会が無い、よって親に『自分は一人前だ』と証明する材料にも乏しい。だが、問答無用で親の目の前で魔法を成功させればそれを盾に押し切る事も出来る‥‥といことらしい。
「もっと他に分りやすい魔法は使えないの?」
「うん、クリエイトアンデットだけ」
 何がどうなってそういう選択になってしまったのか‥‥
「ともかく! 私がアンデッドを見ても気絶しなければ‥‥残る障害はそれだけだわ!」
 そう言って拳を握り締めると、
「という訳でどうにかしてちょうだい! 任せたわよ!」
 一方的に言い残し、もう言う事は無くなったのか少女は踵を返し出入り口へと消えていった。
 その後姿を眺めてため息を一つ吐きながら、職員は『アンデッド嫌いの克服』、依頼人『シフィン・グレイシー』として依頼書を作成するのであった。

●今回の参加者

 eb5288 アシュレイ・クルースニク(32歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5646 リョウ・アスカ(33歳・♂・エル・レオン・ジャイアント・ロシア王国)
 eb5976 リリーチェ・ディエゴ(27歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb6724 ロック・スター(21歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb6842 ルル・ルフェ(20歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb6993 サイーラ・イズ・ラハル(29歳・♀・バード・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb7154 鴻 蓬麟(22歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

バーゼリオ・バレルスキー(eb0753

●リプレイ本文

 ――あれは私が初めてズゥンビと戦った後のこと。ズゥンビのタフさにてこずった私は父上に「ズゥンビのように丈夫な相手とはどうやって倒したら良いのでしょうか?」と尋ねました。
 父は「根性で倒せ」と答えました。
 あれは祖父がレイス討伐から戻ってきたときのこと。私はお爺様に尋ねました「レイスのように実体を持たぬ相手はどうやって倒したらよいのでしょう?」
 祖父は「気合で倒すのじゃ」と答えました――

 月の無い夜、町の女の子情報によるオススメ墓地にたたずむアシュレイ・クルースニク(eb5288)は、先を一人歩き行くの少女に背中を見送りながら誰もいない闇に向かって昔語りをしていた。
 月の無い夜、そして墓地‥‥と来れば本日の予定は察しの通り。
 肝試しである。

 アシュレイに見送られ冒険者たちが用意した肝試しのルートを歩いている一人の少女、
「この下にはいっぱい死体が埋まってるんだろうな‥‥練習するのに少し分けてくれないかしら?」
 この状況下で果てしなくかわいげの無く、聖職者としては途方も無く問題のある発言を呟きながら結んだツインテールをゆらりと揺らしつつ墓地を歩いているのは依頼人であるシフィン・グレイシー。手には光を抑えたランプを持っている。
 動きが少々ぎこちないのは、隠そうとしても人並みに恐怖心があるのだろう。出発前に冒険者に聞かされたホラーな話もそれなりに効果があった。とは言え、このままではただの悪趣味な散歩である。そう、肝試しというからには脅かし役がいるはずである。そしてそれは当然‥‥
「がぁぁぁ!!」
「ぬきゃぁ!?」
 リョウ・アスカ(eb5646)が影から雄叫びを上げつつ躍り出てくる。全身が血のような赤い液体で染まっていた。
「び、ビックリさせないでよ!」
 それが仕事なのだから無理な相談である。
 それはともかく、驚きはしたシフィンだが‥‥それだけのようだった。
「まぁ、こんなんじゃ無理か」
 自らの演出に自分で自分にツッコミを入れるリョウ。
「当然よ! このくらい、ど、どうって事はないわ!」
 年の割には平らな胸を張って主張するものの、目じりにはちょっぴり涙が丸くなっている。 
「おう、まだ先は長いからな」
 リョウは再び歩き出したシフィンに一言かけて後姿を見送った。

 ゆっくりと墓地を歩くシフィン。ゆっくりなのは余裕かはたまたその逆か。
 しばらく歩いていると、道先に横になっている犬を発見した。動く気配は無い。寝ているのだろうか?
 そう思い、起こしてしまわないようにシフィンは足音を立てないようゆっくりと横を通り過ぎようとする。
 だが明かりの届く範囲まで近づいてみると、その犬は‥‥とても生きているとは思えない姿だった。血まみれで内臓の一部が露出している。
「‥‥」
 それを確認するや否や、シフィンは辺りをきょろきょろと見回し始める。
「こんな所で死んでいるんだから、この死体は私が貰っちゃってもいいわよね? 持って帰って練習に‥‥」
 そう言って懐からこういう時のために常備していた皮袋を取り出そうとして‥‥その時、ガサガサと繁みの影からゆらりと人が一人、現れた。
「?」
 シフィンが首をかしげる。現れた人物はどうにも様子がおかしい。四肢をだらりと力なく揺らし、うつむいた顔は黒く長い髪によってうかがう事が出来ず‥‥何より不思議なのが、全身が不気味に濡れている事である。今日は雨などは降らなかったはずだ。
「‥‥」
 どう反応していいのか分からず黙ってその不気味な人物に注視するシフィン。そうしている間にも不気味な人影はゆらりゆらりとシフィンに近づき‥‥突然、がばっと顔を上げた。
「ひっ‥‥っ」
 シフィンが喉の奥で小さな悲鳴を上げる。 
 それの顔は、肌が異常に青白かった。
「‥‥‥ふ、ふん! これくらいじゃ私は驚かないわよ!」
 少し腰が引けながらも、気丈に振舞うシフィン。
 「乗り切った」そうシフィンが気を緩めたとき、風も無いのに近くの木がガサガサと揺れた。反射的にそちらへ首を向ける。
 何も無い‥‥けれど何かが引っかかる。それが何なのか、すぐにシフィンは理解した。あるのは地面にポツリとこぼれた赤い染み。そこはシフィンが犬の死体を見た場所である。よって、赤い染みがたれていることは不思議でもなんでもない。ただ、おかしな点は血の痕しか見えない‥‥つまり犬の死体が消えていることである。本来あるべきものすらも、本当に‥‥『何も無い』
「え?」
 混乱するシフィン。すると突然すべてを理解したかのように、
「はっ! だ、誰かに先を越された!?」
「違いますー!」
 思わず入れてしまったツッコミ――犬の死体を見て喜んで持ち帰ろうとするシフィンの先を越す人間はいない、というかいて欲しくない――に後悔する間もなく、シフィンはツッコミの聞こえた方へ振り向いた。
 そこにはツッコミを入れた一体の女性ズゥンビと、
「ワウゥ!!」
 消失した死体の犬が元気に吠えながら並んで立っていた。
「へぅ」


「うー‥‥まだ少しくらくらする」
 頭を手で支えながらふらふらと力なくシフィンが歩く。
 ズゥンビに変装したリリーチェ・ディエゴ(eb5976)と死体に見えるよう偽装した犬を目にし気を失ったシフィンは、濡れそぼった黒髪の女の格好をしたルル・ルフェ(eb6842)とリリーチェの介抱ですぐに気がつき、そして変装したままだったリリーチェを目にしもう一度気を失った後、変装をといた二人の介抱で無理やり気を取り直し再び肝試しルートを一人進んでいた。
 二度連続で気を失った――シフィンは「夜も遅いしもう寝る時間だったのよ!」と言っていた――のが少々効いたのか、ルルとリリーチェにうながされてもなかなか足が進まないようだったが、リリーチェの「怖いんですかー? 怖いなら止めてもいいんですよー♪」との言葉に‥‥この後のシフィンの反応はご想像の通りである。
 そんなやり取りを通し、シフィンは再び肝試しルートを進むこととなった。

「来たわね」
 隠れた場所からふらふらと近づいてくる明かりを目にし、サイーラ・イズ・ラハル(eb6993)が呟いた。そして続き小さく唇を動かす。サイーラを包む淡く白い光から、呪文を詠唱していることが見て取れた。
「イリュージョン」
 サイーラが魔法を発動させる。対象はシフィンだ。イリュージョン、幻影を見せる魔法で、この状況下で見せる幻影と言えば一つしかない。
 ズゥンビの幻影を自分の体に重ね、一歩、シフィンの方へと歩み出た。それと同時に、今度はチャームの魔法を高速で発動させる。
 チャームのかかったズゥンビの姿で出ればシフィンもいきなり気絶することは無いだろ‥‥とのサイーラの狙いは、ぽてりと後ろに倒れるシフィンによりすぐに結果が判明した。


 最後の脅かし役であったサイーラを見てシフィンが気を失った――本人は「まだ寝足りなかったのよ!!」と言っていた――時点で肝試しは終了となり、ゴール予定地点にシフィンを含めた全員が集まっていた。
 結局、最後の結果を見るに肝試しでシフィンのアンデッド嫌いをどうこうすることは無理だったようである。
 が、話をまとめてみると少しは収穫があった。
 まず、シフィンは幽霊や怨霊などといったタイプのアンデッドは人並みかそれ以下にしか怖がらないらしい。ダメなのはズゥンビといった『動く死体』それもはっきり死んでいる事が頭で理解できてしまうような状態の者だけで、ズゥンビが敵性であるかどうかとは無関係に『動く死体』という存在そのものがキーとなるようだ。チャームの効果が影響しなかったのはズゥンビが好きだの嫌いだのという以前の問題だからだろう。実際にシフィンはついこの前、直接に自分の生み出したズゥンビを目にするまでズゥンビが嫌い、苦手、といった意識はまったくなかったし、今もそういった感情は意識していない。

 といった結論をまとめ、どうしたものかと頭を悩ませる一同にシフィンは何をやっているのかというと、
「アンデッドは素敵なお友達!」
「アンデッドは素敵なお友達!!」
「アンデッドは陽気なお友達!」
「アンデッドは陽気なお友達!!」
 脅かし役の着付けやメイクの手伝い、それに木を揺らすなどの裏方に回っていた鴻蓬麟(eb7154)の提案でイメージトレーニングに励んでいた。
 鴻の言ったセリフにシフィンが続き同じ言葉を暗い空に叫んでいる。効果のほどはまだ未知数だが‥‥
「私はシフィンさんで遊べたので満足ですー」
 とリリーチェがその姿を眺めている。
 ルルも死体役を演じていたペットの犬をなでながら同じように眺めていた。
 ちなみにルル、シフィンにいろいろと説教をしてはいたが、そのほとんどは適当に聞き流され‥‥というより無視されていた。とりあえず、説教を素直に聞くような娘ではない。
「流行の話なんかをしてみたかったんだけどね」
 そう言った話を一言も交わすことなくシフィンが気を失ったため――くどいようだが本人は「寝た」と言い張っている――サイーラは少し残念そうだ。流行の話題以外なら、シフィンが気がついた後に死者を使役することについての心構えを説いていたが‥‥ルルの説教同様にシフィンは聞いてなどいなかった。

「よーし、じゃあそこら辺に埋まってる死体にクリエイトアンデット使って試してみるわ!!」
『ダメーー!!』
 しばらく後、イメージトレーニングを終えたシフィンの提案は当然の事ながら全力で却下された。